| 晩夏の剣沢BC.その3.マイナーピーク 晩夏の劔岳bc1.八ッ峰上半・下半 晩夏の劔岳bc2.前剣東尾根・源次郎尾根 晩夏の劔岳bc3.マイナーピーク |
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| マイナーピーク bs13:00⇔16:50マイナーピーク.12:00 仙人新道.阿曽原.欅平.宇奈月.富山 剣沢よりマイナーピーク |
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| 9月02日.霧雨一時曇 三ノ沢よりマイナーピーク 真砂沢bc6, 13:10一13:16(水現れる)一14:24(12m滝上)一15:50(12m直登) 一16:28(20mチムニー滝上)一16:50(マイナー.ピーク)17:17一21:03bc7. 相変わらず雨が降る注いでいる。9時頃東の空にぽっりぽっりと雲が切れだした。 だが青空が覗くも又直ぐ.黒々した雨雲に被われる。 本峰は相変わらず厚い雲の中に沈み.Bcからはガス濃く何も見えず.常に見えていた源次郎尾根末端も望めかった。 テントに燻っているにも飽き.今回の決算として.マイナーピークに出向くことにした。 真砂沢小屋.横の二股より涸沢に入る。 傾斜が増すとゴーロの涸沢に湧き上がっる水が.泉の如く豊富な水量をもって岩々を縫っていた。 沢底から溢れ出した湧水は荒瀬となり沢を造り剣沢へ落ちている。 沢を詰めること30分.異様な雰囲気の中.滝に行く手を阻まれた。 |
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![]() 真砂より八ッ峰末端.マイナー.ピーク ハシゴ谷乗越より八ッ峰.マイナーピーク . |
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| 連続する滝 初めは7m程の緩い滝は直登するが後に控えた12mの滝が第一関門だった。 越えるのに直登だとハングになる。左岸は苔で滑り易く上部は不明, 左岸はホールドかあるが高くて届かず.40分程ロスする。 後で思えばショルダーで越す事が出来ただろう。 結局左岸を大きく巻き一ヶ所.ホールド変わりに縦のハーケン1本を使用した。 上にでると滝口の斜め手前には懸垂用のハーケンが打たれている。 流心に戻ると小滝を越えた上にでる。 続き18mの滝は初め左岸を詰めたが越せず.右岸草付きを壁に沿って這い上がる。 側壁のトラバースはアンザイレンでハーケン2本を使用した。 バンドから滝に近ずき.末端の草木を跨いで滝上に立つ。ハーケン1本落とす。 休む暇なく12mの滝が目の前に横たわっていたが.ここは水流を跨ぎ直登してザイルを解いた。 今までの滝は殆ど連続的に現れ.ここから下を覗くと1つの大きな滝を構成しているよう思われた。 |
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![]() 第二の滝 18m右岸と第一の滝.空中懸垂 |
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| 暫くしてチムニーの滝に出会う。 高さにして10m.その上にも10mの滝が1つの滝になっている。下段は右岸を直登した。 奥は谷を圧するよう両側壁が深く狭まり.一層深幽さを感じさせられたが.もうここまで来れば気を張る事もない。 5m程の傾斜の穏やかな滝となり.更に3〜5mの滝が続く。 そしてどんどん傾斜が落ち.もうただの歩みと変わらなくなる。 細い階段状の谷は増々勾配を緩めた。そして草付きになると最後の登りとなった。 傾斜は再び増し(30〜40度),更に急になって木の根元を掴む登りになった。(50内外) マイナーピークより八峰 ハシゴ谷乗越より八峰マイナーピーク写真・・1969.07帳の頂 沢は終わり明るさを取り戻した。ピークは直ぐそこに。 右手岩壁の左端を抜け.這松に入って15m程の岩を登り詰めれば.マイナーピークにでる。 霧中と言うより重い雲の中.黄昏近づく岳に立つ。灰色の世界が全てを包み.見届けられる筈の八峰は臨めなかった。 晴天なら八ッ峰を隔て.今回登った全ての岳の尾根が望めた筈だった。 遅くBcを出たので17時を回ってしまっていた。八ッ峰P1との切れ絶った断層にガスが舞っている。 パイナップル缶を開け急いで下る事にした。 懸垂下山 根元をピンとして懸垂で下るだけ下る。チムニーの20mの滝も.左岸にハーケンを1本使用して底に達し. 更に18mの滝は右岸寄りに残置ハーケンがあり.それを利用した。 もう帳も落ち霧闇の中.うっそうとしたおぼろな明るさを頼りに降り下る。 執念ぶかいブヨを払い.暗くなる焦りもありザイルはよく絡まった。 最後のハング滝はリスが乏しく.右岸寄りに見付けた溝に逆の縦ハーケンを使用.最後のハーケンを使い間に合わす。 懸垂は7m程の空中懸垂になった。もうこれで全てが終わる。 目的の尾根も谷も.そして今日の登攀も終わった。 再びガスに包まれた真砂沢小屋. 雪渓はかすかな月光を透し.幻想の如く浮かび上っていた。今の凱歌を喜びBcへ。 詰まらぬミス 最初の悪循環が続き今日も出掛けるのが午後になってしまった。 時間のロスは更にチムニー滝の下りで.ザイルがこんがらい解くうち日が暮れ30分もロスした。 目に見えぬ疲労と闇への焦りがあったかも。 ヘッドエレキの配線が悪く.懐中電灯を使用しなければならなかった。 手に持つことも出来ず.カラビナに付け要所々々を照らしての下りとなる。彼のエレキも故障が重なり心細かった。 面白い沢だがベースを出て再び戻るまで,薮蚊に悩ませられる。 沢の中だろうがピークまで.藪蚊が付き纏い.痒いくてしかたがなかった。 前線が千島東方から本州南岸に延びた為.西日本の太平洋側を除き雷雨.俄雨の所が多し。 日本海には小さな高気圧(21時.1016.)がある。 仙人新道より |
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八ッ峰XYのコルより |
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明け方の氷付いた剣沢雪渓 仙人池よりガス湧く八ッ峰 八ッ峰と三ノ窓9月03日曇一時晴.真砂沢より仙人池 真砂沢bc7. 12:20一13:05二俣.吊橋:23一14:25小:50一15:27仙人池:44一15:56仙人谷.河原テ8 昨日のマイナーピークは帰りが遅かった為寝たのが1時を過ぎてしまった。今日も出発が午後になる。 剣沢 山小屋の横から剣沢左岸沿いに進む。一度.雪径に降り再び左岸に入って.大きく高巻きして二俣にでる。 北股の入口から吊橋を渡り.左上流からは三ノ窓雪渓が手に取るよう望まれた。 コルにはテントが張れそうだ。左側八ッ峰.ニードル.チンネはガスに閉ざされ.小窓王が青空に槍の如く望まれた。 霞む仙人谷 コースは仙人新道へ.新道は北股と剣沢の真中を通る尾根上にあり.仙人山まで続いている。 仙人池から八ッ峰がよく見える筈だが.ガスが掛かり.ここでも見ることはできなかった。 幕営地は定められているが.ヒュッテから10分程下った河原に天張る。雨と監視人が心配だが。 デブリに閉ざされた下廊下9月04日.曇後雨 仙人谷―阿曽原―欅平 仙人池Ts9.6:25一7:25小:41一8:14阿曽原峠一8:32阿曽原小屋 藪蚊が多くなかなか寝られない。11時頃とうとうテントの外にでる。 空は曇天のため真っ暗闇だった。以外にも外の方が居心地がよい。だが1時間程して今度は雨が降りだした。 下山 10分程下って雪渓にでる。一度右岸沿いに下り.それから左岸を下り気味にトラバースした。 仙人ノ湯には2天ぐらい張れる場所があり.更に下って2ヶ所ある。下の方が良い。 雪渓は再び東西に走る沢の出合付近にも残されていた。峠から一度.阿曽原小屋に下る。 雲切新道 近年.阿曽原温泉への径は途中.仙人峠で見る「裏剣の紅葉」を楽しみに登山者が訪れ.ここ最近は室堂から 仙人峠を往復する人が多くなっている。その理由の1つは仙人峠から先.仙人温泉から阿曽原峠までの登山道だった。 この間は谷筋の崩壊などで雪渓が不安定になる事が多く.登山道の崩壊も進んでいるため.滑落事故の多発する難所となっている。 それ故.阿曽原温泉小屋の主人.佐々木泉が新たな登山道を仙人谷の対岸の尾根に移す計画を環境庁に申請した。 ルートは仙人温泉から対岸の尾根に沿って仙人ダムに至り,新道整備は環境庁の直轄事業に。 新しい登山道は「雲切新道」と名付けられ.2007年夏のシーズンか通過可能の予定。07.01. 黒部川下廊下.8:32阿曽原小屋一8:35小9:05一10:00大滝:15一12:24欅平:39. 欅への径欅平への径 欅平へはここから関電登山道へと登り.軌道跡は幅0.8〜1mでよく整備されている。 ちょっと危なかしそうな所には必ずハリガネが付いてをり,一般者でも通れるようなっている。 5万分の1の地形図を見るほど上下もなく.3分の1程行くと大滝が黒部谷へ落ち込んでいる所にでる。 よい休憩所だ。欅平の赤い鉄橋が見え.汽笛が間近に聞こえてきた。だがまだまだ見えるだけで遠い所だった。 志合谷はエレキを頼りに堤防の下の岩がもろい露掘したトンネルを潜る。 大滝から11時半の電車に乗れると目論むも.それどころか12時過ぎにも間に合わず.見える欅平は遠かった。 すれすれで12時39分発の電車に飛び込んだ。 |
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大太鼓 |
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| 剣岳東面一般的概念 八ッ峰下半 八ッ峰下半は前日の疲れが残り.だらだらした行動になってしまったが, U峰をリッジ通しに登らない限り.技術的に難しい所はない。 ちょうど剣東面の尾根に取り付く体慣らしに適している。 八ッ峰上半 上半はやはり下半に比べ難しく思われる。だと言っても難する事はない。 小さな壁気味の岩が下半より多く現れるが.容易な登攀を楽しめる。 Cルンゼより前剣東尾根 このルートはルンゼに取り付て仕舞えば.どう言う事もない。 問題は剣沢出合からルンゼ取り付けまでの武蔵谷にポイントが置かれている。 ちょっとながら登って興味がある反面.肝を冷やすような所があり.八ッ峰より難しい方に部類する。 源次郎尾根 この尾根のキーポイントは何と云っても25mのアップザイレンにあり.又P1手前の峰の壁である。 そこさえ越せば何ともない尾根で.武蔵谷からの東尾根に並ぶ。 マイナーピーク この登降は二ノ沢であろうと一応の技術をこなせない限り.断念した方がよい。 今まで登って来た尾根や谷のうちで.やはり一番上に付く。 そして又.これらの山行の総まとめとして適当な沢であったと思う。 資料.新原稿「剣岳」登攀ルート解説.尽き筑地書館.第3版.s41.06.@480. 「岳人」東京中日新聞出版局. 「立山.剣岳」アルペンガイド山と渓谷社,s40.04.01.@300 志合谷出合大滝.欅平への最後の一本9月4日.12:24欅平:39.黒部鉄道(黒部峡谷鉄道)=15:09宇奈月16:18.富山地方鉄道.急=富山.急行「黒部」=5日.上野. 宇奈月=富山間の急行料金は時季制で9月より無料 トロッコ 雨が降りだした黒部渓谷のトロッコ電車は寒かった。窓にガラスのない軌道車は風雨をも吹き込まさせた。 軌道はトンネルも多く.露払い.雨雫.汗でびしょ濡れの体が肌寒い。 濡れた体に着替える所もなく,早く宇奈月(2時間30分着)に着かぬかとデッキで身を震わしていた。 もう景色どころではない。吹き付ける雨の雫に着替える気力さえ失っていた。 身を縮込ませ遅いトロッコに.早く宇奈月へと三浦と共に待ちに待つ。 黒部軌道 電源開発の為.工事用資材の運搬に敷設される。大正12年09月に宇奈月〜猫又間に着手した。 同15年に難工事の末.開通したのを皮切りに.昭和05年には小屋平まで..同06年には小黒部へと次々に延長され, 昭和12年07月.欅平まで総延長20.1kmの「黒部軌道」が完成した。 一方,発電所建設も大正13年09月に着手。洪水や大雪崩の難工事となるが昭和02年11..柳河原発電所が運転を開始する。 調査開始から10年目を迎えた。軌道の延長に伴い昭和11年10月には黒部川第二発電所が運転を開始. 同年08月には黒部川第三発電所の建設工事が着手された。 欅平から黒三ダム地点の仙人谷までの6kmは.両岸に絶壁が立ちはだかり軌道を延長する事ができず.トンネル工法を取る。 200mのエレベーターを掘り.改めてトンネルを掘る難工事となった。昭和14年貫通し.15年11月に運転を開始する, そこ後も電源開発は続き.黒部川第四発電所の建設へと繋がった。 黒部軌道は関西電力の「専用鉄道」だが.昭和28年11月,地方鉄道法による営業を開始.「黒部鉄道」となる。 昭和46年(1971年)07月には関電から独立し「黒部峡谷鉄道」に。 黒部川第四ダム 黒部川第四ダム坑内.黒四ダムの波紋 s31年.関西電力黒部川開発計画1966年09月.欅平=宇奈月 2002年10月.砺波福光の帰路.37年振りに妻と欅平へ行こうと宇奈月に寄る。 9月の集中豪雨で鐘釣橋付近で土砂崩れ.トロッコは出平止まりだった。 1/3の渓谷も秋の連休で混み会い.乗車は予約制.当日は1時間半待ちとの事。 宇奈月での紅葉を堪能し黒部渓谷を諦め.糸魚川から白馬.八方尾根へ回った。 2006年09月.妻と黒部峡谷鉄道(宇奈月⇔鐘釣.)と立山黒部アルペンルート横断 2009年08月.新穂高から赤牛岳.読売新道・・黒四ダム
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