| 百名山.高妻山と雨で諦めた戸隠表山・・北信の山々Top 冷雨に叩かれた戸隠山を早めに諦め戻り.牧場から幼馴染の長塩が執念を燃やす百名山の一つ.「高妻山」に立つ。 戸隠神社奥社から「ささやきの小径」を経て戸隠牧場から高妻山を目指した。 高妻山の頂では雲1つない紺碧の空に迎えられた。真近には新雪を薄っすら被る白馬岳連山が眺められる。 一方遠方には地平線・水平線が繋がるよう地球の丸みを大きく見せ眺められていた。風もなく.久し振り.頂の真ん中で日向ぼっこをした。 2009年10月22〜23日.m長塩.松村 戸隠奥社からから登り返した高妻山・・滴る冷や雨 高妻山の展望と弥勒新道から戸隠牧場 中学生からの同期Nから高妻山に登らないかと連絡が入る。彼は百名山を目標に山に登っている。 昨年の師走は富士山撮影山行に出向き.御正体山から三国山稜を共に縦走し湖畔に下りている。 戸隠山は山麓に静かな高原と牧場を従え.南北に細長く連ねる2000m級の中級山岳帯にあり.北西面の緩やかな尾根に対し 南東面は崚険たる絶壁を有する山稜に変えている。山全体は擬灰質集塊岩というポロリとはげるような風化しやすい岩で構成されていた。 又3つの山塊に分かれ.八方睨から五地蔵岳までの表山に対し.高妻山と乙妻山は裏山.そして八方睨から南端の一夜山に至る西岳がある。 今回は表山ルートを選んでいる。百名山登頂を目指す彼はヒルがでるのを嫌い.秋の紅葉期に変更させられた経緯がある。 彼は先週.越後平ヶ岳山行で新雪を踏んでいる。私は鼻曲山から軽井沢へ。2人とも間を空けぬ山行になっていた。 入山してから降雨に遭い戸隠山は諦めて高妻山の頂に立つ。そして奥裾花川源流の燃えるような華麗な紅葉美を見下ろしていた。 そして仰ぐ紺碧の空を仰ぐ。天空は私を頂点に360度に開かれる展望と北アルプスを真近に控え.見渡せる頂。 限りない遠望は北側の水平線が私をグルリと囲み.更に本州の南側のアルプス連山を地平線として取り囲む。その頂で昼寝をする贅沢さ。 10月22日木. 小雨後曇 上野.新幹線「あさま501号」¥7.260. 6:30=8:04長野川中島バス.戸隠高原フリー切符¥2.500.急行戸隠バードライン ループ橋経由.8:30=9:40戸隠神社奥社入口bs:50一10:35奥社⇔11:00五十間長屋手前. 諦めた戸隠山 戸隠神社奥社入口.9:44東京からのアプローチは乗物の乗り継ぎもスムーズに進んだものの.歩き始めたのは遅く既に10時と回っている。 私としては遅い入山になり.最近ではこんなに遅くから歩き始めることはなかった。
天気予報で荒天を予報していた通り.jr長野駅で日差しを見たものの崩れ始めていた。山に入る前に雨に叩かれている。 霧雨は路線バスのワイパーを動かさせ.路面を濡らし始めていた。越後道を右手に分け戸隠神社奥社入口に下車した。 一直線に真っ直ぐ進む戸隠神社の参道に入る。太い杉並木が大きな傘になり.雨雫は樹葉に留めさせられている。 薄暗い参道を進み,髄神門を抜け.少し登りになり奥社に着く。華麗な紅葉も朝モヤに被われ周りは神秘的な漂いを深めていた。 昭和28年冬雪崩で一度崩壊した奥社の境内に入り.山の安全を祈り社務所裏から雨雲に覆われた尾根に取付いている。急に雨雫が増してきた。 この裏から登山道は急登で岩壁がえぐられた長屋のような岩窟に回り込む。ただ次第に雨模様は怪しくなる。 ここから岩場を過ぎ八方睨から戸隠山を越えて戸隠表山を縦走し一不動で一泊し.高妻山をピストンする計画を立てていた。 諦めた戸隠山 11時.本降りになり先の難路を考える。表山は灰色の雲が垂れ込め,紅葉真っ盛りの樹葉を濡らし.雨音がカサカサ音を立て始めていた。 急遽戻り戸隠牧場から一不動へ迂回しても.3時には避難小屋に着けるとの予想から戸隠山の縦走は諦めている。 焦る山でもあるまい。この天気なら明日は楽に高妻山に登れよう。久し振りの避難小屋. 山で2人で酒を交し語るのも乙である。 2人だけの小屋でゆっくりした時を過ごせるだろう。 「ささやきの小径」 戸隠の東麓を横断.10:28改めて高原から大洞沢を遡り高妻山へ 五十間長屋手前一随神門経由ささやきの径一12:00戸隠牧場一12:20小:35一13:25滑滝:35一13:55帯岩 一14:05氷清水一14:30不動避難小屋hc. 色濃く静か過ぎる晩秋の森.10:48紅葉真っ盛りの回廊を歩む。随神門から高原を横切る散策路へ。「ささやきの小径」は緩やかな起伏の否や平坦な森の中を抜けている。 途中でバードウォチングしているグループに出逢った。望遠鏡を覗く彼女.彼等達。やはり会話も少なく静かだった。 蒼空は望めぬが雨雲は逸れ,切れだしていた。木々は色づき瑞々しい木の香りが漂う牧場への小道 もう他に擦れ違う人も居なかった。静寂なしっとりした高原の森にいる。 戸隠牧場より向かい左が大洞沢 手前に牧場第2ゲートがある.12:08大洞沢 戸隠牧場にでて薄日が射しだした。刈り終えた牧草帯に広い牧場の丘が緩やかな広がりを見せていた。 牧場にでるも棚に囲まれた牧草の主はもう1頭も居ず。牛達は放牧を終え我が家へ戻っているのだろう。 平日のせいか人影も疎ら。牧場を抜け大洞沢を遡る。見上げる上流の山並は何処もどす黒い山蔭は包まれている。 尾根鞍部までの窪んだ谷間はこことは違い暗く陰る別の世界の様相を示していた。そこに比べると牧場は更に明るくなっていた。 笹葉と紅葉 大洞沢に入り燃え上がる裾.尾根.12:54 明るくなり始めた一不動の稜雨雲が切れ.薄い層雲に変わりつつある。渓も明るさを取りし再び紅葉が目立ちだす。 二釈迦から三分殊に掛かる側壁 源流近くの側壁.13:01滑滝.13:37 ![]() 滑滝の鎖場 登るコースとしては短い。左岸から幾つもの枝沢を迎え.流心に沿って浮石伝いに遡ればゴロッたの枯れ沢にでて小さなナメ滝が現われた。 左岸に鎖が付けられている。リーダーらしき男性が率いる5,6人の女子パーティと出偶わす。鎖を頼りに下り終えるのを待つ。 皆大きなザックを背負っていた。一不動に昨日宿ったらしい。 帯岩の鎖場トラバース 前面を大きく塞いだ帯岩と不動滝.13:48帯岩 その上の幕岩は見事だった。谷幅一杯に広がる帯岩を右岸から鎖を頼りに横切り.不動滝の落ち口にでる。 安全の為確りした足場が岩場に刻まれていた。 ここで下ってきた3人パーティの1人が先週平ヶ岳で彼と行動を共にし.下山後その人の車で尾瀬入口まで送って頂いたハイカーだった。 小さな声で「高橋さん?」の後.再び再会を歓ぶ大きな声に変わっていた。その偶然に驚き.私もその中に加わった。 朝方新幹線の車内で先週の平ヶ岳山行の話を聞いたばかりだった。 間を空けず2人が又.同じ山で再会したことになる。2週間続けて同じ山で会うのも珍しい。 奇遇というか同じような気持が会う切っ掛けになったのだろう。 氷清水 大洞沢源流.水が湧き出した所が氷清水。冷たい旨い水が岩の隙間の小さな筒から落ちている。 突き出し被る小枝には「ここは氷清水です。お手元の地図等の「一杯清水」を「氷清水」と訂正して下さい。戸隠ガイド組合」と木片に 注意書され吊るされていた。昔は「一杯清水」と呼ばれていた清水である。紛らわしく統一して決めたようだ。 水は2.000cc+1.800cc+500cc×2.減った分を給水し2日分の飲水し.後はネマガリダケの急登を少し登れば 九頭龍山と五地蔵山との鞍部にでて一不動避難小屋に着く。 五地蔵山と白く湧く雲 一不動鞍部より.14:44下山は急遽.五地蔵山東の新たに開拓された山道を下る 東の谷間から登り詰めと斜陽する日差しが踊る鞍部にでる。秋の大気に色づいた木々も半ば落葉し.裸にされた枝々に被われていた。 もう全ての樹葉を落とした雑木は枯葉に埋まる大地とは同化していた。木洩れ日に踊ると思えば木陰は肌寒く冬近しを示している。 もう谷間へ降りた小鳥達のさえずる声もない。 高妻山 避難小屋と以外と近く臨める高妻山.14:35戸隠,高妻連峰はネマガリタケが広く分布し.この小さな鞍部にも密生するよう生い茂っている。 日が差しだしたキラキラ煌く笹の葉とその上部の山肌を染める紅葉とが重なり合い.晩秋の夕暮れを深め始めていた。 ガスの塊は谷間に落ち.変わって現れた蒼空は既に斜陽しだした日差しがこの鞍部の小平地にも照り付けていた。 一不動の小平地に避難小屋が建てられている。最近この一峰で石仏が発見されたと云われている。 裾花川側は藪で望めぬが小屋横の高みから綺麗な円錐を描き.長く延びた尾根の先に高妻山が望められた。 明日ピストンする山は見た目より遠く高く.曲者の感あるよう思えた。 一不動避難小屋.10月22日14:33 小屋内.20:33避難小屋1730m 小屋の入口は東の牧場側に位置しブロック造りでカマボコ型で戸は鉄板敷き。確りした県営避難小屋が鞍部の分岐脇に建てられている。 扉を開けた瞬間は中が如何ようなっているか.盗み見する気持でそっと引き開けている。 重い引き戸を動かすと暗く闇に包まれた小屋の奥に私の背から日が射し込んだ。細い光の線が戸口から奥へ走る。 L字に板床が敷かれ天井は高い。右手前が土間で今日2人で宿る小屋。 2人だけの小屋と平日を選んだのも今回の山行の目的の1つだった。ただ玄関口の大きさに比べ2枚重ねた扉は短過ぎ.隙間から外が臨められる。 大は小を兼ねると思うが如何して小を考え余裕のない扉を付けたのかは不明。扉の頭にコロを付けた吊り下げ形の重い扉。 小屋内は綺麗に清掃されていた。外も裏に汚物らしき跡はあるものの綺麗い。周りのネマガリタケも大分前に刈り払ったようだ。 樹間を透す木洩れびを浴びながら小屋の周りを探散し.3時にはウィスキーを足しなんでいた。角ウィスキーに酒五合と酒は十分ある。 15人程収容できる小屋の奥にローソクとコンロの炎を隔て2人が陣取り.寝床の後はとピーナツにサラミ.チーズにチョコ等.小さな摘みの数が並ぶ。 彼が差し出した魚の缶詰から箸をだす。水割りがなくなれば日本酒と。無くなるまで呑む2人.そして最後にレトルトカレーが皿に乗る。 外は既に知らずして闇の世界になっていた。笹の揺れる音も聞こえぬ静かな夜を迎えている。 もう口に入れるものもなくなり酔いも進むと語る言葉も少なくなった。 夜半はよく冷えた。ダウンシュラフから真夏用のセンベイ(一枚のナイロン袋)に替え持参した。大き目のザックを背負ってきたわりに要領は悪い。 彼が色々気を使ってくれるが寒さが身に沁み.苦痛の眠りが襲いかかってきた。 シュラフカバーに雨具を着けザックを足元に置くも.寒さで体の何かが可笑しい。振え固まる体 酒を呑んだ割りに水分の補給は明日を考え極力避けていた。それが原因か? 判らないでいる。 流星 0時半,満天の星が樹冠に絡む枝々を抜け覗き見上げられた。今日はオリオン流星群が観察できる最後の日 ハレー彗星を起源とする流星群が地球との軌道に触れ.彗星の残党が尾を引きて望める筈だった。 1時間に12個位とは5分に1つの流星に会える筈だがそれが判らないでいる。 今日は観察するには条件もよく3日前が新月で.まだ月の光が欠けている闇夜が続いていた。 散りばめられた星は数多く.星座も判らなくなるほど煌いていた。枝の絡みが邪魔したのか.それで判らないでいる。 風もなく外では寒さを感せず小屋に入る。底冷えの感とは異なる別の身震いが寒さを感じさせていた。その後はうとうと眠ったようだ。 一番寒い夜明け前の時間帯に眠れたのも可笑しい。ゴソゴソする都度,起き上がる彼と同じことを繰り返していた。 私のエレキは新たに電池を購入するも.替え違いか? 途中で灯が落ちている。 10月23日快晴. 高妻山 一不動避難小屋6:45一7:25四普賢:30一7:50五地蔵山一8:00六弥勒:15⇔8:45八観音一9:00九勢至 一10:00十阿弥陀:15一10:27高妻山11:00. 朝食は初めて混ぜ寿司アルフャー米を試食した。混ぜ方が悪いのか酢味が強い。2/3程食べて満足感をもつ。それに比べ豚汗は美味かった。 水は1.800ccが残り今日の飲料水に。行動食はピスケット.1口マンゴプリン4.煮あずき2.菓子2.蜜柑6.リンゴ1. 昼食は菓子パンと ![]() 朝焼けのピンクと快晴無風の日の出.右は御鷹巣山の陰・・10月23日6:06 朝焼け 朝霧が谷筋を埋め.裾野の低山をも呑み込み.その勢いは全ての裾野と云わず谷間をも埋め尽くしていた。 その雲海に頭を尖き出しているのが黒姫山. その北側の一角で陽光が生れ.その煌き放された一点から微光が放された。 陽光を膨らませた太陽の形を覗かせると次第に煌き眩く陽光を放し.日の出を迎えている。 御来光を仰ぐと誰もが幻想的な神秘さを抱き.放出する光の得体の知れぬ魔力に身震いさせられている。 闇に包まれた雲海の山波は白みを帯び.夜明けをもたらした。 陽が昇り丸びだす毎に陽光は飛び散り.山肌を照らし始めている。今日これから登る高妻山の峰をも朝焼けで赤く染めた。 仰ぐ全ての山肌は濃い淡桃色に染変えていた。そして焼ける山肌は陽が昇るにつれ.淡桃色から淡い白光を交えている。 朝を迎えた。見詰めていた我々も高妻山へと旅に立つ。 大洞沢へ落ちる屏風岩の稜.6:55御巣鷹山と黒姫山 朝陽を浴びる雲海下は戸隠牧場.6:55高妻山へ 5時起床.7時前に小屋をでる。 一不動からピストンする予定でいたが昨日地元長野から来た乙女達が六弥勒から弥勒尾根を下り戸隠牧場へ下りていた。 新たに径が開かれたと聞き.好奇心を持ち.六弥勒まで出向き.高妻山をピストンする。 小屋のある一不動からは高妻山の十阿弥陀まで各ピークに順番に石祠が祀られている。二釈迦.三分殊.四普賢.五地蔵山.七薬師. 八観音.九勢至. その先乙妻山には最後の十三虚空蔵菩薩が祀られている。それらの石祠を綴り修験者の道を頂へと歩む。 高妻山と八観音ノ峰 蒼い空と秋色美の山肌.7:09夕日のように.もろに朝日を浴びる 四普賢と五地蔵山.左が七薬師.7:09高妻山には一不動から北の林の中を登ると直ぐ二釈迦から稜線にでて.東側がパッと開かれた。 眼下に昨日登ってきた大洞沢から戸隠牧場が望められている。石祠は江戸中期に祀られたらしい。 三分殊をやや下ると足元の石屑の中にちょっと探すと貝の化石が見られると云う。2.3個拾うが分からなかった。 この地域は海底で泥が静かに堆積してる。約400万年前に海底で火山活動が始まり.荒倉山や戸隠山を構成する火山岩が堆積したもの。 その一部が海面上に顔を出したため.砂浜や三角州が形成され.カキなどの二枚貝が群生され厚く堆積している。 そこにマグマが貫入して固結.その後の地殻変動で長野県北部は著しく上昇し地表に現れた。それが高妻山になる。 一不動鞍部と戸隠連峰.西岳 四普賢付近より振り返る.7:39南東面の視界が開けた一番のポイント. 遠方は北アルプス南部 高妻山 五地蔵1998mより.7:48高妻山が意外と近くに望めるが尾根は右から大きく回り込み.結構きつい登りが最後にあった。 妙高連峰と御巣鷹山,黒姫山 ![]() 中央左下が佐渡山,大ダルミを越えて黒姫山. 妙高連峰を隔てる奥側が関川流域になり.右手前がが鳥居川流域になる。7:52 二釈迦.三文珠.四普賢と石祠を祀るコブを越え.視界の閉ざすコメシガの林をひと頑張りすれば小広い台地の五地蔵に。 僅かで五地蔵山にでる。周りは笹原で広く見渡せる場所だった。 紺碧な空の下.妙高山.黒姫山.飯綱山と各々が雄大な裾野を広げ合い.紅葉満ちる大きな大地を飾りたてている。 妙高山には昔学生時代に登っている。女子パーティを引き連れトラブル多き山行だった。 松代地震の頃で列車が停まれば山で地震を起こしていた。白馬へ横断したが幕営地の選択に迷い.苦労させられた。 入山日9時間半の行動と闇で歩けなくなった1年生。ただ稜に出てからは残雪と湿原の素晴らしさに圧倒された山だった。彼も昨年登っている。 八観音を過ぎ高妻山.8:05五地蔵山から直角に西へ折れると直ぐ拍子抜けするよう石祠が2つ並ぶ六弥勒にでる。 道標はないが笹薮を切るよう右に小さく踏み跡が分かれをり.入口にはコメツガの幹に赤ペンキのマーキングがあった。 下山の取付け地点.新しい山径がここにある。ザックをデポ.水とリンゴを持ち高妻山へピストンする。 戸隠連峰 戸隠連峰.西岳と後立山連峰.8:14次が七薬師, 時折樹間が開け.左手に裾花川沿いの戸隠.西岳の奇岩奇峰を望む。この辺は6月中旬頃,径の両脇にシラネアオイが咲き競うようだ。 目指す高妻山は一度尾根通しに下り八丁ダルミにでると前方の視界が開け.高妻山がひときは大きく望まれた。 小コブ九勢至を越えれば再び視界が閉ざされる。最後の急登はジグザグ径になった。 戸隠連峰 ツメを終え背丈の低い笹と岩稜帯へそして急斜面を登り切ると西面の視界が突然開かれ.遠く近くに山々を望む。扇状に広がるよう空気が膨らみ見渡す限りの大地が開かれる。 中部山岳帯を代表する上信越.信州の山波が甲斐の山々も.1つ1つの山塊の塊りとなり姿を現わしだしていた。 その上この台地を覆う蒼空は更に広い。今までの疲れを吹き飛ばさせる高妻山の尾根。軽やかに大きな御鏡の十阿弥陀に立つ。 奥社から登り返した高妻山・・滴る冷や雨 高妻山の展望と弥勒新道から戸隠牧場 |