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   s43年度同期会山行. 紅葉の安達太良山U
     岳温泉から安達太良山五葉松尾根をピストン. 2010年10月11〜12日.L大川m鈴木.田沼.松村

    同期会山行
     大川が下見に出向き今年の同期会は東北の岳温泉「光雲閣」を起点にして.五葉松尾根から安達太良山をピストンする。
   和田は残念ながら都合が付かず欠席.天候は間々の好天に恵まれた。私は山スキーに出向いてから40年振りに安達太良山を訪れる。

     大川に山の選定から宿までお願いし.強風が吹く中下見山行まで甘え.当日は13時にjr宇都宮駅に出向けさえすればよかった。
   私は明後日の昼食用の食材とコンロをザックに詰め家を出ているる。

     大川は9月22日に下調べに安達太良山へ出向いてくれていた。風雨強くロープウェイは運行中止になり,変わって那須に向かったらしい。
   申し訳ないがその日に私は八ケ岳地獄谷へ.昔何度が訪れたことのある掘っ建て小屋のような小さな地獄谷の出合小屋にいた。

     小屋は昔のまま残されていると知り.懐かしさの余り昔を想い40年振りに訪れていた。
   夜半急に風がでて.「ゴー」とう響き渡る烈風が小屋の上空で叫び始め.次第に旋風は谷底へ降りてきた。小屋は揺れ軋み.季節の変わり目を独り感じている。

     岳温泉にコースの安達太良山東麓には現在,ゴンドラ「あだたらエクスプレス」が鳥川の右岸沿いにコースが設けられている。
   奥岳から安達太良山8合目にあたる薬師岳(標高1350m)まで.ゴンドラは高度差約400mを僅か10分足らずで私達を運んでいた。
   ゴンドラ山頂駅からは数分歩けば薬師岳の展望台にでる。その五葉松尾根を綴り.安達太良山をピストンする。宿は岳温泉

    10月11日晴
      jr上野11:50.¥1890.=13:38宇都宮駅全員集合14:20=宇都宮IC⇔二本松IC=16:30あだたら高原.岳温泉「光雲閣」.

     山のコースの選定や宿の段取りは昨年の桧枝岐と同様.大川に託している。マタは列車の事故でやや遅れるも.全員が各々宇都宮駅に集結。
   彼の車で岳温泉出向く。天候は寒冷前線が通過した後で明るく晴れ渡り.秋空は高くすこぶるよかった。

    「光雲閣」かまくら風個室での宴会.10月11日18:39

    光雲閣
     2連休の混雑を避けるため当日は宿泊に抑え.翌日安達太良山に登る計画を立てている。
   遅い出発で黄昏の頃に安達太良高原の岳温泉「光雲閣」に入館. 宿は岳温泉の本道りを抜けた最上部に位置していた。

     部屋から安達太良山は山陰に隠れ望められぬが大きなガラス窓からは逆側の阿武隈川を隔てた阿武隈丘陵の長い山並が望まれる。
   部屋のテーブルには36×16pの墨の絵図がテーブルに置かれてをり.22km離れていると示されていた。
   顕著な山容を誇る山々ではないが素朴な山名を持つ山々のコブが20近くビッシリ描かれていた。酒を交わし山々を仰ぎたま呑む。

    

     大川が缶ビールを何本も持参.風呂上がりには絶品のビール味.マタの呑みっぷりも見事。
   無くなると又,ビールが玉手箱のよう出てきた。彼が少し遅めに食事を頼んだ理由が分かる。
   彼の照れた笑い顔が可愛らしい。茶化す仲間の会話も楽しかった。4人でゲラゲラ笑いながらよく呑んだ。ビールに濁り酒.角ビン・・と。

     広い宴会場を仕切ったような空間の個室は雪洞と云うより.煌めく御殿のようで.少し薄暗い照明が落ち着きをもたらしている。
   創作的な日本料理が運ばれ酒も進む。彼のメールでは最低料金で食事は不確実と伝えていたが如何したものか美味い。

     皆元気である。体なり.会社を考え2人は今でも働いている。残る田沼と私2人は年金暮らし。
   今回の安達太良山行を考え偵察してくれた大川。田沼は来週.小中学校の仲間と白布高湯へ出向く。鈴木は今週トンボ返りで奥会津に出掛け.私も共にする
   和田は参加できなかったが勤勉? に働いている。 本当に皆元気である。

     湯は天然湧泉の中では珍しい酸性泉.無味澄透で無臭で源泉は鉄山の火口から「くろがね小屋」経由の形で引き湯されていた。
   届くまでの間で湯は揉まれ.肌に優しい温泉になるらしい。細かな湯の花が散る柔らかい湯で.風呂に4回浸かるのも珍しかった。Sと苦笑いする。

     そして下山してからも再び入湯のお世話になっている。宿¥11.500
   持ち帰ったタオルは他のものと洗濯した。源泉が強いのか.柔らかく感じた湯でも.半ば乾いていたタオルは他のもの全てに臭いが残り付けられていた。

    10月12日曇 安達太良山
      宿8:30⇔8:50あだたらエクスプレス.往復¥1300一薬師岳展望台一9:40仙女平分岐:50一10:05小:15一10:40安達太良山
      牛ノ背12:25一13:05仙女平分岐:15一13:40ゴンドラ=14:05「光雲閣」.

     やはり山男.出発は遅いも目覚めは皆早い。鈴木と歯磨きに朝風呂へ。下駄を履き宿の上の林の中に露天風呂がある。
   朝陽は既に昇っているも日の出を望むにはよい場所だそうだ。その陽も雲の中だった。今日は崩れ気味.好天を願い朝食のバイキングへ。

     43年前.社会人になった頃はゴンドラもなく.岳温泉から晩春の残り雪を踏み.勢至平を経て鉄山方面から焼津の富山先輩と登っている。
   スキーシーズンを終え.静けさを取り戻した山麓はまだ深い残雪に覆われていた。

     それが当時.安達太良山の山中にセスナ機が墜落すると言う惨事が起きている。大編成の遭難救助隊の中に我々も居た。
   官庁.警察.自衛隊.地元消防団.それに取材人が集まって捜索が行われた。その間を縫い頂きに立ち.捜索隊と離れるよう岳温泉へ滑り降りている。
   今回はマタの体調も考え.新たに造られたゴンドラ(奥岳一薬師岳間)で五葉松尾根から目指す。

    薬師岳展望台.五葉松平より
  
    安達太良山1700m.牛ノ背.矢筈森.篭山.鉄山.遠く笹平の鞍部の先は箕輪山・・10月12日9:04

   五葉松平付近より乳房のような安達太良山.9:17

    親子で望む展望
     偶然にも妻と娘が先週3日に.この薬師岳展望台を訪れている。妻の快気祝いで高杖高原に泊り訪れていた。
   展望台から望む連山はガスで霞み.おぼろな山稜に裾野はまだ紅葉が始まりだしたばかりだという。
   ピクニックとからかわれるも.その1週間後同期会で私もここに立ち.頂に向かっていた。ゴンドラに乗り頂でゆっくり寛ぐ積りでいる。

     紅葉はこの1週間で大分進んでいた。改めて私が展望台に立つと右手烏川流域の丘陵は混ざり合う雑木の紅葉が錦に色付き.
   怒涛の如く押し寄せだしていた。そして高曇に覆われた空からは時折薄日の差す紅葉美に恵まれている。

    五葉松尾根
   奥中央の建物がゴンドラ終点.左肩が薬師岳展望台.12:34
    ナナカマドの赤.カエデの黄色.緑は五葉松. この混ざり合いが深まりだしている,

    五葉松尾根
     薬師岳からは風雪に抑えられた背丈の低い五葉松に被われた尾根を辿る。霜が降りたのだろうか?
   樹葉を真近から見ると荒れ裂かれ傷だらけに切れ.黒ずみに焼けた紅葉が朽ち切れ痛々しい姿を現していた。
   カエデにハクサンシャクナゲが混ざりシシマササに被われた山径を歩む。

     遠望の素晴らしさをよそに霜が遅い紅葉を早めたのかも知れない。
   この低木の群がる切れ目からは高曇の明るさが押し寄せ.広がる尾根筋に錦秋の色合いを描き出していた。

     安達太良山(乳首山)
   安達太良山々頂と隠れだす蒼空. 乳首型の突起.10:31

     ここは又粘土質の赤土で雨上がりでもないのに水吐けが悪く.滑りそうな粘土質の斜面が続く尾根だった。だが確りした径が頂まで続いている。
   ゆっくり頂に立つ。遠くからも望むことができる乳首状の溶岩の突起が頂になり.頂肩に道標が立てられていた。

     高村光太郎が妻の千恵子が発病前後に読んだ詩.「千恵子抄」には有名になった「あどけない話」の詩を謳っている。
   「智恵子は東京に空が無いといふ。ほんとの空が見たいといふ。私は驚いて空を見る。桜若葉の間(あいだ)に在るのは切っても切れない.
   むかしなじみのきれいな空だ。どんよりけむる地平のぼかしはうすもも色の朝のしめりだ。智恵子は遠くを見ながら言ふ。
   阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が智恵子のほんとうの空だといふ。あどけない空の話である。」とある。

     「そのほんとうの青い空」は望めなかった。秋霖の重い垂れ雲に被われている。如何にか薄れだし.淡い蒼みが沁みのような色立ちで.
   日差しはなかった。昭和40年代に春の安達太良山に出向いている。その折は紺碧の空に雪白き山を仰ぎながら登っている。

     ただ.この「あどけない話」を思いつつ登っていたが願いは叶わず頂のでるとガスが舞い覆われていた。
   積雪が多いせいか針葉樹は育ちにくく.森林限界は低い。樹海を抜け岩稜帯にでるも薄日は薄れやや風がでてきようだ。
   
   北側山稜の鉄山方面.10:37
    昔富山先輩とここに座り.雪原を進むセスナ遭難救助隊の長い列の行進を見詰めていた覚えがある.

    安達太良山
     東側は五葉松平.勢至平.僧悟台の緩やかな傾斜の斜面が広がり.紅葉の始まった上部は次第に麓へとその領分を広げだしていた。
   陽が射せば素晴らしい秋色美を現わすだろう。

     頂に立つと連峰最南端に位置する和尚山が顔をだし.穏やかな尾根を裾野へと幾つも扇状に広がりを見せている。
   頂から延びる山襞が紅く燃え上がり.逆光の薄日が山肌を染めている。

     それに対比するよう二重火山の西側には荒々しい岩肌の船明神山が頭を覗かしていた。
   以前に乳房形の突起脇まで登っている。そこに腰を下ろし.裾を岳温泉へ向かい滑っていた。船明神山の存在は分からなかったと思う。

     極端に違う船明神山から連なる牛ノ背への岩稜を綴ると安達太良連峰の主稜にでる。南北の並ぶ複合火山。
   背稜は穏やかな東面に比べ厳しい岩稜帯になっていた。特に鉄山.手筈山.船明神山で囲まれた沼ノ平周辺は火山性ガスが立ち込め.
   泥熱水の噴出が続き.入山禁止になっている。

   牛の背から沼ノ平.遠く猪苗代湖.11:10

     頂きを外れると静かさが増すと風がやや強くなってきた。コンロを点けられる場所を探しつつ牛ノ背へ。
   大きな沼ノ平の火口壁を見下ろす所にでる。船明神山と鉄山に囲まれた荒々しい山肌の沼ノ平は西側に荒涼とした火口クレイター。
   明治33年の新火口はほぼ中央になる。火山ガスが発生しているため北面のコースは入山禁止になっていた。

     その裾奥に霞む猪苗代湖が山陰に半ば隠れるよう形を変え.湖水を白く反射させていた。
   その牛ノ背脇.風下の南面で風を避け昼食を摂る。

   牛の背より安達太良山.11:48

    山上の昼食
     久し振り.否何十年振りだろうか同期会で.コンロを用い囲んでの炊事。
   40年以上の昔の第一回同期会以来だろう。今まではコンロは飲物だけに使用していたが今回は野菜に生卵,餅を加えた力ラーメンを作る。
   同期会でも山上での炊事が始まった。鈴木の小まめさが炊事を助けてくれている。

     2つのコンロを並べナベを乗せて定番となっている卵.力ラーメンを作る。食欲のない田沼と大川.は山での炊事が食に合わぬのかも知れない。
   次回はもっと皆で楽しみながら炊事ができればと考えている。

    満腹感に浸り仰ぐ岳
   牛の背から矢筈森.背は鉄山.12:17

   対岸が勢至平. 写真はOとM.12:37
    五葉松尾根から烏沢流域の早い紅葉群
     14:05「光雲閣」:45=二本松IC=宇都宮IC=17:10jr宇都宮.通勤快速17:37=19:10上野.

     中高年の登山ブームで平日でも意外とハイカーは多かった。今日の山の混雑を考えると昨日の連休は列をなしての登山だったと思われる。
   マイカーが裾のアプローチを縮め.ゴンドラの存在が又山との距離を縮めていた。紅葉のシーズンを迎え山はハイカーで更に賑わっている。団体ツァー客も多い。

     下山後再び「光雲閣」で入浴。まだ来客時間前の湯殿に入り込む。湯船にゆっくり浸かり.山での汗を流し落した。
   短い行程でも終えてしまえば程良い疲労感に浸かり.山を越えた喜びを味いう。そして再び大川の運転で岳温泉を離れた。

    ゴンドラ乗車券
     あだたらエクスプレスの往復料金¥1.600はインターネットの優待割引券では¥1.500に.又岳温泉旅館組合施設では¥1.400
   そして富士急ホテルを含めた12軒の宿は更に引かれ¥1.300となった。ただ手数が面倒だった。

     宿でゴンドラ引換券を買い領収書を受け取り.ゴンドラの発売所で本券と交換するという手間のかかる手続きとなる。
   奥岳=薬師岳間.高速ゴンドラ6人用.1505.54m.高低差391.05m

     肌着
   ブラッドラッシュ.スキンメッシュ肌着@4.200.finetrack制.ソフトな着心地の耐久撥水ベースレイヤー
   安定した保温性があり.上着が濡れても肌着は乾く。湿気の多い時は顕著に分かるが乾燥期でも体力の消耗は少ない。
   少し高価だがトレイルランニングしている息子夫婦の勧め品