西上州4.下仁田の旅. 鹿岳・四ッ又山と荒船山・・西上州周辺の山々Top

  OB忘年会山行・・木枯らし吹く鏑川の支流南牧川の里山へ。下仁田の旅籠を起点に2日間の西上州の山
    下仁田の鹿岳.四ッ又山に登り.翌日は西牧川を遡り.荒船山からの大展望を楽しむ. 2010年12月25〜26日.L松村m見城.鈴木

     12.25. 下高原から鹿岳.四ッ又山・・凛々しいシロハヤブサ
     12.26. 内山峠から木枯らし唸る荒船山

    西上州
     西上州の山々の中で妙義山の山名は山に登らぬ人でも誰もが知っている山だが.私もその部類に入っていた。
   以前述べたように殆どと云うより西上州と云う地名だけが先行し.全く分らぬ未知の山域だった。

     私にとって妙義山は中途半端な山域にあり.アプローチとしてはもう1つ山越えをした信越地方へ出向くことが多く.
   日帰り山行は殆ど行われない時が続いていた。あっても夜行の利く上越国境の谷川岳方面が多かった。
   一昨年は両神山の西側から八丁尾根を越え.昨年は裏妙義山に入っている。そこから学んだ周辺の山から西上州の山々にも目を向けるようなった。

     その最初の一歩を踏み込む。今は路線バスの便が非常に悪く.マイカーなしでは殆ど登ることのできなぬ山々になっている。
   奇峰の多い入り組んだ山域で山里との結び付きも強く.攀じる頂からは山村の風景が見下ろせる魅力溢れる山域になっている。ただ.藪山は多い。
   アプローチを考えると低山でありながら.今は遠い山域の1つになっていた。

     西上州は群馬県南西部.鏑川と神流川流域に挟まれた広い山域にあり.アプローチとしては北側には信越道とR17号線が走り
   中央部には信州街道(姫街道.富岡街道)や雨降山付近から延長67.1qにも及ぶ御荷輔鉾スーパー林道がある。

     南部には神流川沿いに武州街道(十国峠街道)が東西に走っている。
   それらを結ぶ街道は下仁田を中心にした下仁田軽井沢線や下仁田上野線.臼田線が繋がれていた。

     妙義山塊を除くと山容は小規模で標高も低く目立たぬ山々が多い。山里にはびこむ集落とミニ岩峰が多いのが西上州の特徴のようだった。
   登山道も乏しく荒れている。ほぼ全域が人々の生活圏に組み込まれ山域で.山の麓には多くの集落が点在している。
   頂なり山の肩から望む陽溜りの奇岩や山里の風景はこの時期ならねばの哀愁漂わす雰囲気をかもちだしていた。

     街道にはコンビニ等は殆どない。信州街道に1軒あり.携帯電話も繋がらない所が多い。宿場も少ない地域になる。
   数年前までは両神山も妙義山も私にとって入ることのない山々だった。再び登り始めて知った山域になる。その空白地域に初めて入山した。

     宿を探すのにも苦労する。初谷鉱泉は登山者には贅沢過ぎ.南野牧の「神津荒船」は最初了承されたものの断られる。
   勧能鉱泉は既に廃業していた。結局.上信電鉄下仁田駅前の旅籠にお世話になることにした。

     車社会になり多くの峠道は廃道化され.バス路線も縮小されている。山々を求め里宿に寛ぎ繋ぐ山行も失われだしている。
   現在はマイカーを利用せねば全く手の付けられぬ山域になった。

    下仁田の山
     下仁田ICから直接.鹿岳登山口の下高原にでる。沢沿いは杉の植林帯。一挙に高度を上げると岩盤が山を覆い尽くしていた。
   浅い土壌に灌木が茂り.頂は奇峰.絶壁を持つ峰々で構成されている。鹿岳(かなだけ)のコルから一ノ岳.二ノ岳をピストンした。
   今回は途切れない上州のカラ風が渦巻く中.境界尾根から四ッ又山に立っている。そして大天狗から久保の集落を経て再び下高原に戻る。

    四ッ又山と鹿岳(一ノ岳と二ノ岳)
   下仁田ICに降り県道から.8:15
    向かいに横断する送電線は新榛名線。この先で下仁田の街に入る

     12月25日(sut)快晴風強し
       jr御徒町5:31=東武東上線池袋6:00=6:48若葉=鶴ヶ島IC=下仁田IC.馬山バイパス=8:45下高原登山口9:0
       一9:30着替え一9:45大岩一10:05鹿岳ノコル⇔10:20二ノ岳. ⇔10:50鹿岳.
    アプローチ
     川越市付近で夜が明ける。今日は典型的な西高東低の気圧配置。東北.北海道を中心に大寒波になり.関東でも今年の最低気温を記録した。
   下仁田では最高気温が5℃.最低は−5℃になる。今朝は9時に−1℃の予報がでていた。表日本は快晴の蒼空.

     信越高速道からは上信越に雪白く煌めく山並が望まれている。少し赤味を帯び朝日を反射させ.輝く山稜が前衛の山々を越し望まれた。
   今週の月曜日に渋川から戻ったT先輩は榛名山も赤城・武尊の山々も.まだ積雪に被われていなかったと語っていた。
   それが昨日の寒波で国境の山々は雪雲に白く覆われる。

    新榛名線
     甘楽ACで朝食の蕎麦を摂り.下仁田ICから高速道を降りて南牧川沿いの下仁田上野線を遡る。
   下仁田の街に向かう正面からは今日これから挑む四ッ又山と連なる鹿岳が望まれた。そして送電線新榛名線を潜っている。
   新榛名線は500KV×2の超高圧ネットワーク送電線

     新榛名変電所から妙義山東方を南下して鍬柄岳の東袖を回り込んだ送電線は鏑川沿いに走る私達の頭上を跨いでいた。
   稲含山.赤久縄山の肩を抜け新山梨開閉所と繋がる64.15kmの距離を結ぶ送電線で鉄塔163基.s56年11月完成

     四ッ又山は「下仁田富士」と呼ばれ.又双耳峰の鹿岳は西上州のほぼ中心にあり.何処からでも目立つ山だった。共に南牧川と西牧川との境にある。
   県道から真正面に塞ぐ岳の裏側にある南牧村の下高原から入山した。

     四ッ又山や鹿岳の勇峰を望むと次第に左車窓から小沢槍ケ岳が姿を現わしている。判り易い山容の槍ケ岳の右麓下には大塩沢川の出合があった。
   街道を南牧川沿いに真っ直ぐ進めば田口峠から佐久方面へ。湯ノ沢トンネルを抜ければ神流川流域に入ると武州街道沿いの山々。

     上信電鉄下仁田駅より南牧路線バスに乗り.下郷登山口へは宮室バス停に下車すれば.境界尾根は難路だが四ッ又山の雄姿が見上げられる。
   大塩沢川出合にある大沢橋バス停に下車すれば野々上登山口。尾根末端から風早尾根伝いに大天狗峠へと綴られていた。

     我々はマイカーで更に大沢橋を渡り.左手に曲って大塩沢川沿いに進み,黒滝不動寺・小塩沢登山口への分岐を過ぎ.大塩沢の集落を抜けている。
   その先で門衛のように立つゴルジュの谷底を遡り.明るく開けた大久保の集落にでた。更に進めば狭い谷間から下高原の鹿岳登山口に至った。

    南牧村からの入山
    
    下高原の集落.8:53                        民家の間に登山道が抜けている.8:57

     廃業した南牧ハーブガーデンの敷地には幾らでも車が置けられるが登山口斜め前の道路脇.やや膨らんだ場所に停めさせて頂いた。
   今日.明日は村道にミキサー車の往来があると掲示されていた。向かい宅の小母さんからそこなら大丈夫と念を押して下さった。
   ポリに飲水を満たし人の住んでいない民家の軒下を潜り山道に入る。

     今日は羽毛のチョッキにウインドブレカー.軍手をはめ登っている。ナメ沢から杉の植林帯を抜け.大岩までは風がなく蒸す暑さになった。
   灌木帯に入り自然林に入ると共に風がでてきた。それと同時に列風の西風が体を振るわせている。

    一ノ岳
     鹿岳ノコルの取付き.10:11
    一ノ岳を仰ぐ.9:45

     右前方からおぼろに現れた奇峰が一ノ岳(南峰.雌岳)だった。鹿岳のコルに荷を預け.まず梯子から岩峰を攀じ登る。
   一気に高度を上げた。この傾斜で紅葉期に出掛けた会津蒲生岳を想いだしていた。短いながら一気に馬力を付け奇峰の上に立っていた。
   頂は魔利支天の石碑があり.二ノ岳の岩峰が目の前に聳え迫力がある。又南面は岩峰は抉れる絶壁で切れ落ちていた。

    荒船山.信州側を背に
   一ノ岳で和む2人さん.10:19

    南東90度の展望
   一ノ岳の南峰より.10:20

     右上を遠望すると荒船山々頂の両端が伺えた。最高地点の経塚山とトモ岩. 上州側からは物語山から望む荒船山の山頂台地の眺望が素晴らしい。
   荒船山の左奥は毛無岩.左角がトヤ山

     足元には大塩沢川沿いの集落が点々と見下ろされ覗き込む。対岸に重なるトヤ山と黒滝山。経塚山からは5時間の縦走になる。
    その奥が佐久.八ケ岳の山々。左奥は逆光に煌き望めぬが神流川流域の山並になった。

    一ノ岳南の峰から南面の眼下を覗く
    
    逆光の大塩沢川下流と上流(右)の上高原の集落.10:23

    
    鹿岳二ノ岳の登り.10:36

     再びコルに戻り鹿岳をピストンする。風は更にうねり声を増し.頭上を抜けては私の肩まで落ちてきた。
   素手では手がかじかみだす冷たさ。ウインドブレカーのチャックを命一杯上げ.鹿岳(二ノ岳の北峰.雄岳)の頭に立つ。
   鹿岳の由来は単純に岩峰の上から鹿を追い落とし狩猟したことから鹿ノ岳(かのたけ)と呼ばれていた。

    二ノ岳
    

    二ノ岳より北面180度全景
  
     手前茂みの冬木下だ木々岩峠.10:44
   南端からの展望がよく.西上州の山々.八ケ岳.浅間山.妙義山.奥上州の山々など両手をポケットに突っ込んで見る姿も久し振り。

     上信越国境は雪白き岳に変わり.霞む雪雲が深みを押さえるよう控えめに遠望された。見えぬ北信.越後の山々は豪雪に覆われているのだろう。
   一番大きく望める浅間山は長く優雅に裾野を延ばし.見えぬ頭は雪雲にすっぽり隠されていた。

    妙義山
   上の写真右端を撮る.10:36

    遠方は赤城山.武尊山. 右彼方は日光連山
    物語山の東尾根と榛名山. 右中央は大桁山と鍬柄岳. その右下の裾野に下仁田の街が広がる。

    筑波山
     更に右手奥の地平線の彼方に何となく眺められた尖起きが筑波山。驚くほど小さく見えるが磁石で確認すると藤岡付近を抜けた真東にあたる。
   筑波山は関東平野の北側に位置し.ここから首都圏は上武境界山稜北側の山々の陰に隠されている。その脇に筑波山があった。
   目のよいK先輩は私が見付けだすまで.指を指し続けていた。ここは上信国境に真近な地点。西上州から望む.驚き感嘆する自分がいる。

    物語山
   右手下が信州街道.10:48
   南峰より手前が木々岩峠. その先がゴシュウ山(仏岩山)と馬居沢川を隔て聳える物語山. 奥中央が雲掛かる浅間山

    シロハヤブサ
     真白い羽毛に被われた1羽のハヤブサが二ノ岳から少し南側に寄ったコブの岩頭に凛々しい姿て立すくんでいる。
   上野動物園の高い檻の最上部の奥寄りの枝に常に凛々しく胸を張り.見張らしている姿が直ぐ浮かんできた。

     鳥類の中でも動物園では一番整然としているのは常にハヤブサだった。絶壁に立ち留まっている姿は王者に相応しい風格を持ち.山裾を見張り続けている。
   陽射しが体の白さを強調させるほど白い。南の空.風下に顔を向けビビたりとも動かず.先を見詰める姿は周りに凛々しさを改めて示していた。

     そこは垂直に大塩沢川沿いに抉り落ちる絶壁の上。そこから望む谷間は足をくすぶらせ.覗き込むと恐怖心がまず先にでくる。
   昔北岳の八本歯で鷲が野ネズミを捕獲するところはを運よく眺めていたがある。上昇気流に乗り獲物を探す鷲とは別の異質の生き物に思えた。
   シロハヤブサが岩場の先端に微々たりとも動かず.立だづむ姿はそれ自体に風格があり.凄いと思うと同時ジッとしていることが恐ろしくも思えた。

     日本では亜種ハヤブサが周年生息(留鳥)し亜種オオハヤブサはに分布され.日本では冬鳥として北海道などに飛来する。
   又シロハヤブサは翼の先端はとんがっているが根元は広く,尾はハヤブサよりも少し長い。淡色型.暗色型があり.淡色型は全身が白く.和名に由来になっていた。
   北極圏近くのツンドラやその周辺の森林や高山帯等に生息し.冬季には海岸や原野など開けた場所に生息している。

     動物食で鳥類の場合は空中より地上や水面で捕えることが多く.5月頃岩場やそのような場所にある他の鳥類の古巣を利用して4.5卵を産む。
   抱卵期間は28−19日で雛に孵化してから46-49日で巣立つ。少数が冬鳥として稀に北海道に飛来する。本州は更に稀になる。

     或いはハヤブサの先天的なメニランの欠乏による突然変異の「アルビノ」現象か?
   メラニンの生合成に係る遺伝子情報の欠損による奇形動物に当たるのだろうか。

   1993年に希少野生動植物種に指定されるが又鷹狩りに用いられている。PCで調べるもこの周辺の記録は薄く.殆どが北海道を記していた。
   2013年3月.鹿岳二ノ岳の岩頭からシロハヤブサが飛ぶのをハイカーが見ている。
   2014年9月.一ノ岳南壁を登攀中に5P目で.シロハヤブサの巣を見付けていた。

     この辺は西上州らしき顕著な地形を示していた。高度の割に奇峰が聳え.周りは岩盤で固められた山々で覆われている。
   急な谷間の裾野を覗き込むと.狭い河原が少し広がりを見せる所には集落が造られ.峰の上からも小さな山里を見下ろされている。

     谷間に潜む丘陵の集落は師走の短い陽差しを浴びていた。日当たりの長閑で明るい山村の風景が広がりを見せている。
   その傍には狭い谷間ゆえ.直ぐ山蔭が追い迫っていた。

    一ノ岳と四ッ又山への境界尾根
   鹿岳のコルに戻る.11:03

     二ノ岳より四ッ又山と一ノ岳. 間の奥が小沢岳. その奥が稲含山から赤久縄山.志賀坂諏訪山.秩父方面へ。
   四ッ又山はマメガタ峠から続く四峰から由来し峠の方が若番になっている。

                                   カシューナッツみたいな愛嬌ある形の一ノ岳


     鹿岳のコルで1本
   下りの鎖場

      鹿岳から四ッ又山へ
   鹿岳ノコル11:15一11:55マメガタ峠一12:15小:30一四ッ又山12:40一13:05天狗峠一13:25山畑分岐手前大:40一13:55大久保
   一14:10下高原=上高原集落.大14:50=15:20下仁田「常盤館」.

   コルに戻り.一ノ岳の北側々壁を巻く.11:24

     鹿岳のコルからは一ノ岳の北側の側壁をトラバースし高度を落としてゆく。鎖とロープが頻繁に付いていた。
   岩肌から滲み出る清水は烈風に触れ.ツララを造り霜柱は氷付く。そこを踏み潰す足音も冬近くを感じ.侘しい音色に変わっていた。

    下る手前のピークより一ノ岳と・・鹿岳の頭
   マメガタ峠へ.11:39

    倒木
     鹿岳と四ッ又山は岩盤の塊で構成されている。痩せた境界尾根は両側を急激に谷筋へ落とし.擁壁のような傾斜の山肌に灌木が這え付いている。
   それは眺望を閉ざすほど茂り絡まっていた。立木が成長し太く重みを増すと根は支えられず.根底から折れるよう割れ倒された。
   浅い土壌が均等を壊し.所々で時には何本も一緒に大きく崩壊してはその倒木の根底を覗かせていた。

   二等三角点標石のある四ッ又山々頂.12:36
    標石の脇にある石柱を挟んで保護石が囲む。標高は899.68m.基準点は「横岩」.

   四ッ又から振り返る2つの岩峰.12:43

     一ノ岳南ノ峰と鹿岳南峰が共に絶壁を下高原へ落としている。
   右奥が雪雲被る浅間山. 一ノ岳北側壁下をトラバースして下り右手前鞍部がマメガタ峠

     途中で大休止する場所を探しつつ下るがマメガタ峠にでるも風強く適当な所が見付からなかった。単独者と3人組に擦れ違っている。
   四ッ又山手前で小休止した。袖に風が通り休むと寒さが身に沁みてくる。ビスにチョコにアメとT先輩の出すものはみな口にした。
   鼻水が止まらない。山越えをせねばコンロを出す所はないだろう。陽射しはあるが寒さは変わらず。

    下仁田を中心に大桁山.鍬柄岳〜大山.稲含山間
  
   1015m四ッ又山より.陽射しの割に寒い頂.12:35

     三角点.石像.石碑が立つ狭い四ッ又山の山頂。北側が開けていた。
   下仁田の街並みが足元に広がり.振り返ると妙義の奇峰や鹿岳の双耳峰が見詰められている。

     風速は以外と強く.風の息が見られなくなった。ジッとしていると寒さで足が笑いだしそうだ。写真だけにして南側に延びる尾根へ回り込む。
   右上の円錐をなす山は下仁田と甘楽の町界線をなす稲含山

  
    右方が朝方.送電線新榛名線を潜り.下仁田地区に入った地点

    風早尾根大天狗経由山畑分岐へ

   
    石仏「大天狗」.13:04 
 13:05
  山畑への下り尾根で前方は黒滝山〜トヤ山
     大天狗の像と石碑を見ると直ぐ大天狗峠にでた。
   マメガタ峠からの合流地点. 山畑分岐への下山路は沢沿いと勘違い西方へ派生する枝尾根に入りホッとした。

     斜陽した射しを目一杯受けての雑木林. 風が幾らかだけでも避け.柔らかい西陽を浴びるようなった。
   立木の長い影を踏み.明るい尾根径に気をよくしている。そして時折.忘れたように渦巻く風が落ちてきた。

    陽溜りに旋風あり
   山畑分岐手前の段々畑跡で.13:36

    仮の遅い食事処
     風が強過ぎ食事を摂るにも風を防げる所がなかった。又立っているだけで寒さを呼んでいる。
   鹿岳のコルからマメガタ峠への径は地形的にも探すは無理だった。峠からはコンロを出す場所は幾らでもあるが地形全体が風の通り道。
   風が強過ぎその間々炊事するにはツエルトの防御を必要とした。

     探しつつ登るうち.四ッ又山を越え大天狗から下って1時半になる。山畑分岐近くで漸く風の遮るよい場所を見付けている。
   日当たりのよい風の治まっている所だった。昔の段々畑の名残かも,かなり下り石垣を添えてある平坦地.カヤトに疎林が茂る場所になる。
   空腹で3人がそれぞ手際よくザックから食料や炊事用具を乾いた大地の四方に広げていた。

     コッヘルに水を足しコンロに火を点けた。その時,突然突風が舞い下り.天空からの一陣の旋風が火を消している。
   風の流れがうねり抜けて行く。手元のビニール袋が飛された。慌てて再びパッキングを済ます始末。
   暫くは風が治まりそうな雰囲気に戻るがもう一度風のうねりが来れば大変なことになる。悲惨なめに遭う前に.炊事は諦めざるなかった。

    下山は大久保の集落回り
   再び大久保の集落から下高原に戻る.13:49

    遅い食事
     左手に砂防ダムを過ぎ大久保の集落に入ると通りの集会所にでる。四ッ又山登山口で「南牧村ハイキングコース」の大きな絵図と案内板がある。
   林道を右に折れ下高原の集落に戻っている。そこで空き家の縁側を利用させて頂くことを考えていた。
   ただ残念なことに14時を回り.日陰になってしまった。今度は車で陽溜りと風を防げる場所を探し.上流に移動し上高原へ出向く。

     午後の柔らかい陽差しを車窓に受ける上の集落へ。木々岩峠からの道(三ノ塔を越え木々岩峠分岐から入り込む林道)が右から合わしていた。
   集落の入口によい所を見付けるも.ゴミ置き場前の狭い空地だった。気分的なものだが更に奥の集落へ。二俣になった山側の南面を探る。

   漸くあり付いた日当たりの憩い場で遅い昼食を摂る

     そしてやや傾斜のある畑の高台に憩いの場所を見い出した。大塩沢川左俣の林道から二俣にでて右に入り.川底に沿りだした地点だった。
   まだ小さい河原には陽留りが残されていた。木橋を渡った対岸の高台に決め.早速先程の要領で炊事が始まった。

     急がねばならない。我々の所にも陰る陽が迫っている。仕度をしている間にも.車を停めた谷底から日陰が追ってくる。
   焼酎を呑みながらコッヘルにうどんにスープを加え.T先輩差し入れの野菜を放り込めばでくる。

     寒さもあり空腹感も強く.温かく出来立てのうどんは美味かった。日陰は私の足元まで登り近づきだした。
   陽が陰り.足元に届いた接線が2時50分。丁度食事を終えた時だった。後は下仁田に戻るのみ。宿には湯舟が待っている。
   ルートのポイントとしては鹿岳ノコルからマメガタ峠間の境界尾根。変化に富んだよいコースだった。路線バスでは小沢橋で下車し.先は徒歩になる。

    「常盤館」
     上信電鉄下仁田駅舎前の大通りを左へ2分程歩み.ずれた十字路の向かい角に旅籠「常盤館」があった。殆ど駅前と云ってもよい場所。
   今日はクリスマスの宴会が入っているようだ。最初は断られたが3人と判ると承諾して頂いている。
   中庭を挟むコの字の左角が玄関で.年季ある磨かれた木造が昔からの旅情を誘っていた。隣には1階がPの3階建てのビルがある。

     玄関に入って直ぐコンニャク玉が4玉飾られていた。置かれた最も大きなコンニャク玉は両手で抱きかかえると重い。
   10k近くあり5年ものだそうだ。食糧としては2〜3年のものがよく.品評会用は4〜5年と聞きカボチャに似ていた。

     まだ風は治まっていなかった。枝木が揺れ動く中庭を右手に見つつ.廊下を真っ直ぐ奥まで進むと,突き当たりが私達の部屋だった。
   部屋は暖まるまでが寒い。ただ嬉しいことに隣部屋には既にファファの布団が敷かれていた。

     風呂に入り体が落ち着くと忘年会山行らしくなった。ビールに焼酎.ウイスキーに日本酒を呑む贅沢さ?
   お燗をK先輩が惰性で? 3本ずつ気持よさそうに黙々と注文していた。見守るSと私.2人も呑む。
   下仁田ネギのスキヤキとコンニャク料理.宿泊料¥25.200+酒12本で1人¥4.848

     12.25. 下高原から鹿岳.四ッ又山・・凛々しいシロハヤブサ
     12.26. 内山峠から木枯らし唸る荒船山ピストン