御坂山地の南側境界尾根. 御坂黒岳北稜と南稜・・御坂山塊,黒岳Top

  中越中越金城.巻機山に向けての体慣らしトレーニング
     霧雨がさ迷う鎌倉街道.藤野木から御坂黒岳北稜と南稜を繋ぐ・・遭遇した小鹿を追う猟犬と猟師 2011年06月19日.L松村m見城

    富嶽の展望
     昨年の師走に笹子雁ケ腹摺山を登った折.頂で出会ったハイカーから「もっと近くで富士山を眺めて見たい!」と尋ねられ.
   御坂黒岳の頂に立つと足元に河口湖が見下ろされ.仰げば迫力満点に聳える聡明な富嶽の大パノラマが開かれると紹介したことがある。

     50年以上の昔.高校時代に卒業山行として独り夜行「河口号」に乗車り.旧御坂峠から入山して黒岳へ一般登山道を歩んでいる。
   当時は登山ブームで新宿駅からは夜行電車が走り.路線バスも連絡されていた。今でもその時の壮大な眺めが記憶に確り残されている。
   河口湖の集落が湖畔に箱庭的に描かれ.途切れない壮大な裾野を持つ富嶽.その展望を見城先輩と共に味わいたく企画した。

     当時の国土地理院.s35年8月30日発行の1/5万地図「甲府」を開げると右下端に「黒岳と河口湖.大石に繋がるコース」が記されている。
   この破線は赤く綴られ.昔の山行を想い出させていた。又中央下には釈迦岳に烏帽子山が表示されているが.やや窮屈めに示されていた。
   新たに1/2.5万地図「河口湖東部」を購入した。東北沖大震災の直後に白内障の手術を受けた後で今回は初めての先輩との一泊山行に出向く。

     jr勝沼ぶどう郷駅から金沢中流の新田までは路線バスを使い.黒岳北稜を末端から登る。そして南稜をそのまま一直線に
   河口湖にでて湖畔で一泊。翌日は三ッ峠山府戸尾根を詰めて鉄塔尾根を下り.富士急行寿駅に至る計画を立てていた。

     それが今週末に急遽.広島から竹永先輩が訪れ.百名山を狙い越後巻機山へ出向くことになり.前半のみの日帰り山行になる。
   増して残念なことに梅雨の雨雫に一日中.雨に見舞われてしまった。望むべき富士の眺望どころか隣りの山陰をも見定められれぬ山行になった。
   天候悪く入山に悩はんだ末の決断だった。見城先輩から私の「足慣らし山行だ!」と云う言葉でから始っている。

    ありし日の好天の御坂黒岳
   釈迦ケ岳より.2012.11.19/13:23

       6月19日(sun).小雨
    jr御徒町5:21=神田5:31=新宿6:00=6:56高尾.甲府行7:02=8:08甲斐ぶどう郷.タクシー¥5030=唐沢林道ゲート8:35.

     御坂黒岳北稜は唐沢川と小川沢川とを隔て.ほぼ真北に位置する金川沿いの藤野木に北尾根の末端が下りている。.そこから取付いた。
   交通の便は路線バスの場合はjr石和駅から徒歩1kmの所に石和温泉入口バス停がある。jr甲府発の富士急山梨路線バス.

     御坂峠を越える富士吉田行に乗り.途中の国道137号沿いにあるバス停.新田に下車。・・7/1日より吉田は富士山口に改名.
   国道を100mも歩けば北稜末端の小宮神社にでる。私達は列車と路線バスの関係からjr勝沼ぶどう郷駅に下車.予約しておいた甲州タクシーに乗車した。

    道蕪入沢上芦川線
   開かれていた唐沢林道ゲートが北稜の取付き.8:38
    左に林道に入った所の尾根末端は扇状に広がる伐採地跡.

    重い雨雲
     梅雨前線が九州で活発に活動し.今週にも梅雨明けになる見込み。東京地方では午前中.雨の予報がでていた。
   山から遠ざかっている間に日は大分長くなる。東京を発った時は重い雨雲に覆われ.薄暗い空気が我が町を覆っている。

     先が読めぬ天空.それも小仏トンネルを抜けると路面は乾き.明るい兆しをに気を楽にさせていた。甲斐ぶどう郷駅から予約していたタクシーに乗車.
   唐沢林道のゲートに着くまではよかった。背の林道の南側.金沢の対岸には京戸山の大きな山容が冥一杯に広がりを見せていた。
   ただ周りの明るさは層雲の流れに乗り.見え隠れさせている。この京戸山が今日の見納めの山になるとは考えてもしていなかった。

     国道に入って直ぐ「県営林道蕪入沢上芦川沢線」と書かれた鉄塔巡視路標柱を左脇に見ている。
   タクシーは舗装されたアスファルトの林道からひび割れた古さを感じさせるコンクリートの路面に変わり.林道の開かれたゲートまで入る。

    黒岳北稜の末端
   左端下が林道で北稜の末端から歩む.8:49
    中央右の白みが末端の伐採地.横切る巡視路はあるが行くまでが大変?

     御坂黒岳北稜
       唐沢林道ゲート8:35一8:55北稜末端上一9:30上部林道:35一1280m地点一土沢山一10:55小11:00
       一釈迦岳分岐一12:05黒岳.展望台:40.
    入山
     唐沢林道のゲートの真上. 遥か頭上高いところに送電線御坂線と天竜南線が並行して渡っていた。
   この鉄塔巡視路を歩んで尾根に乗ろうと考えていたが鉄塔手前で広い伐採地にぶち当たり.取り付き地点が分からなくなっている。

     第一歩から荒れた斜面に踏む行動が馬鹿らしく.林道を100m程進むとか細い踏み跡を左前方に見付け.そこから尾根に取付くことにした。
   ルートは合理性があれば絡みが合っても何処でもよかった。枯葉を踏む抜かるんだルート. 踏ん張り尾根らしくなれば露岩帯が現れる。

    送電線御坂線
     御坂線は東山梨変電所の完成に伴い.10年ほど前に都留線と共に154KV甲信幹線から分離されている。
   この御坂線は山梨変電所と新山梨変電所を結ぶ154KV×2の送電線。

     東山梨変電所からは都留線と併架され.金沢上流の御坂線15号鉄塔で東西に分かれている。
   御坂線は御坂山地の北側.金沢沿いに西方へ登り越えている。そして北稜手前で天竜南線と並行しながら郡内・甲府盆地へ延びていた。

     平成になり改めて新山梨変電所を起点とし開設される。送電線の名称及び鉄塔番号(逆番に)は以前とは変わらず。
   古くは甲信幹線と呼ばれた一部。この送電線は大変古く竜島発電所から甲府変電所を結び.鉄塔数は約450基と多い。
   大正02年に建設され.御坂線の西側先は現在都留線と変わり.改めれ谷村変電所(谷村発電所)から橋本変電所へと結ばれていた。

    春蝉
     尾根を詰めだすと林道手前で小鳥達のさえずりを閉ざす勢いで.尾根筋は春蝉に占められ.一斉に鳴きだした。
   それは又一大合唱で繰り広げられる軍団のようだった。これでもかと思うほど鳴き叫ぶ声が尾根の周りに響き渡っている。
   数は多い.それでも夏蝉のような暑苦しさはなかった。

    尾根に乗る県営林道蕪入沢上芦川線
   上部林道を横断.9:35
    右肩の白霧下が唐沢川.擁壁の向かいは厚い白霧に包まれる

    林道蕪入沢上芦川線
     どんべい峠(日向坂峠)へ綴る林道は唐沢の河原から離れ.右岸に渡ると戻るよう北上し.北稜の西山腹を巻きながら1130m付近でている。
   北陵の背に乗るとここではスピンカーブの如く急カーブでUターンして南側に戻る地点にでた。私達は今この中腹に登り着いている。

     林道は更に山腹の高みを絡みながら唐沢源流を巻き.どんべい峠を越える。
   地形図を読むと峠を越すと直ぐ芦川沿いに芦川町へ下る林道を分けていた。又そのまま南方へ進めば山越しで河口湖大石にでている。
   背稜の新道峠を越えると先は水ケ沢林道・中沢林道へと繋げ.御坂主稜の南山腹へと湖畔への林道に導かれていた。

     南稜の小コブを越えると突然.綺麗に改修されたような舗装道に変わり.先程の唐沢林道が近ずき現れた。
   起点の所と異なり.新たに立派過ぎるアスファルトで舗装されて林道幅も広い。その先では濃い乳白色のガスに包まれ.台地は天空との境とも消されていた。

     その北稜に出た林道からは見える筈の西側の山々も.湧き上がる霧粒のベールに閉ざされている。
   府駒山から派生する大木山や日尻山.その北東尾根に延びる子仏山の緩やかな曲線と初めての地で.期待していたが眺めることはできなかった。

     谷間を振り返る沢口末端方面には白霧の切れ目から今朝訪れた勝沼の盆地がほんの一部分だが漠然と覗き込むよう眺められている。
   もう少し眺めるられると期待を捨てずに持っていた。又一瞬だけでも雄大な富士の展望を先輩に見て貰えればと期待だけは大きかった。
   一瞬を期待した。林道の擁壁が山側に据え高く.又長く築かれた。尾根に乗るにはバックミラー裏側の擁壁端に踏み跡を見付け.窪地裏から辿る。

      県営林道蕪入沢上芦川線は御坂町藤野木と芦川町上芦川とを結ぶ林道でドンベイ峠までが県営林道9.869m.幅員3.6〜6.0m
    峠からは笛吹市営林道蕪入沢上芦川線6.059mになる。完全舗装で冬期閉鎖は12/下旬〜4/下旬

      どんべい峠から約900mで水ケ林道の支線にでる。新道峠の直下へ続く林道で長さは約2kmの完全舗装ピストン林道.
   その先に中沢林道がある。新道峠から下り湖畔県道21号へと延びる狭い林道。傍に大石登山口がある。眺望なし.延長約1.2km.幅員3.0〜3.6m
   林道図があれば一見で分かり判断し易いのだが。

    1280.0m三角点コブへの登り
   新緑が増し若草色が沁みる.9:55

     横切る林道の上部に出ると露岩した山肌はなくなり.歩き易い若葉茂る青葉の深い森に入っている。
   詰めた1380.0m三角点コブには石標ではなく真新しいステンレス製の三角標が埋められていた。再び急坂になり越えると土沢山に至る。

     山と趣味のHP「悠遊趣味」氏の山行記録によると釈迦岳の登山口に建つ.檜峰神社(ひみね)の境内にある
   「桃とぶろうと花の町の絵図」には「みさか山歩きマップ」に山名が示されていたと云う。
   私はこの記録と「静かな尾根歩き」松浦本を参考にさせて頂いた。ここは傾斜が緩まねば気にせず通り過てしまう小コブだった。

   土沢山への登り.10:01

    新しい三角点標石1430.8m
   大洞山.トウノギ山.10:30

     右は落葉松の植林帯.左側は自然林とその林層の境を詰めている。灰色の霧が湧く雲の中.足元には笹やシダ類の茂る尾根になる。
   やや足元の土壌は落葉のクッションで踏み跡らしくなっている。ただ時折樹間の開かれた所を通るも.目の前は何処も常にガスで閉ざされていた。

     1430.8m三角点峰の大洞山.トウノギ山にでる。ここにも真新しい立派な三等三角点標石を見ている。
   見慣れぬせいか古い標石とは異なり.違和感を感じさせられた。眺望もなくアップで標柱を撮ってみた。

    落葉松の藪
     南側に折れると直ぐ.真正面に大きく丸みの山型がおぼろに望まれ,右手に大きく尾根が延びている。
   黒岳らしき岳と思う間もなく.再びガスに包まれた。灰色のガスは動くともなく変わり.2度目は輪郭さえ分からなくなった。

     落葉松の枝打ちされた枝が踏み跡の上に被さると張り出した枝木が重なりだし.両手で漕ぐよう開きながら歩む。
   灌木の藪の中で「6」とオレンジ色で書かれたブレードが横切る枝に吊るされていた。先輩が何だとばかり私に示したが印は私にも判らなかった。

     下り返し右手にやや落葉松林が開けた場所にでる。資料によると伐採地らしい。
   白霧が放徊する空間で後方を望むとやはりおぼろに透す山陰を見ている。登ってきた大洞山だろうか?
   確認する間もなく又閉ざされた。京戸山連山やカヤノキビラノ頭を背に土沢山や大洞山の北稜が望められる筈の地点だった。

     腹を壊したか? 痛みはないが何となく落ち着きがなくなっている。傾斜が緩み更に登りだすと微風も治まり.
   周りは落ち着いた雰囲気をか持ち出す。無風の蒸す暑さに汗を掻くようなった。汗が目に入らぬようスポーツタオルで頭.顔を暫し拭いていた。

    釈迦岳分岐
   北稜と巻き込む釈迦岳の分岐にでる.11:44

     次第にブナ林が現れる。霧雨のような細かい霧粒がブナの樹間に留まり.舞う姿は更に周りをおぼろに見せていた。
   程よい湿気が頬に触れ.この上もない癒しの空間を作り出していた。大地に根を這うブナは更に深みを増し.神々しい森の中にいた。

     登るにつれ尾根幅は更に広がり.横切るドンベイ峠からの登山道と合わさと踏み込む一歩が.確りした硬い土壌に変わり登山道にでる。
   楽で歩き易い登山道。ただ3ケ月半振りの山行は足に負担を掛け.腿は重くこうぼらせ固く張り始めていた。
   御坂主尾根の分岐は又北陵への取付きだった。左の立木に赤いテープが垂れ.マーキングを示している。ただ下る場合は判りずらく注意を要した。

    山梨百選に選ばれたブナの森
   反対側は釈迦岳へ.11:58

     言葉数少ない先輩が傾斜が鈍り.「いいブナの森だ!」と言葉をだす。ここは山梨森林百選に選ばれた霧舞う癒しの森.
   起伏を失った大らかな尾根伝いに大ブナ混ざりのブナ林.灰色にかすれたガスの漂いが絵になっていた。

    山頂手前にて.11:59
     12:00

    猟犬
     トップを歩む先輩が「犬がいる!」と叫ぶ。前方に猟犬がいると私にははっきり判らぬが白き塊が蠢いているのが判る。
   それからそれ程ただずして目の前のブナの木陰から目の前に子鹿が飛び出した。後には猟犬が追っている。「キィー.キー」と奇声を上げ叫び逃げる鹿。

     やや大きな子鹿。そこを悠然と追い駆ける白い成犬がいた。目で見て.その追う立場の犬と追われる鹿の動作が余裕の違いを現わしている。
   メンタルな映像のシーンが映し出され.その場景が描き出されていた。先輩によると先程叫んだ時.やはり鹿を追っていたと云う。

     そして「犬がいる!」の声で一時追うのを諦めたらしい。ただもう追う鹿との間隔はないと云うほどほど近づいていた。
   谷間で待ちかまえる猟師の所に着く前に.鹿は捕まえられる余裕を持っていた。見なくともよいものを見てしまった気がした。
   全国的には鹿の頭数が多いのは確かである。机上の考えと現実に見詰める姿は考えを異にしている。

   御坂線7号併用線鉄塔手前からの御坂黒岳東面の全体写真

    全てがガスに包まれた黒岳
     12:05

    御坂黒岳
     黒岳は御坂山塊の最高峰1792.7m. 河口湖町・御坂町・芦川村との三境にあたり.草地の頂は樹林に囲まれ眺望は当然ない。
   昔高校時代に黒岳を縦走している。その折の面影は富士の素晴らしかった展望ばかりが想い出され.黒岳は樹林に覆われた中を乗り越えている。
   晴天なら混雑する頂も.少し離れると道標も読めぬガスの中だった。互いに頂に立った印にと写真を撮り見えぬ展望台で大休止した。

    展望台
     本来なら雄大な富嶽を.足元には河口湖とその湖畔の街並が望める筈だった。今は雨粒が落ちるのが見える雨雲の中にいる。
   右手に南ア全山が真近に望めるどころか霧中の白一色の世界。ただ展望台は周りよりやや明るい白霧に包まれていた。
   ビールを呑んでいるともしかしてと念の為展望台に降りてきた1パーティ4人組と出会っている。彼等も同じ考えだった。ここで共に昼食にした。

   南稜は所々緩やかに下る.12:47
   黒岳南稜
    12:05黒岳.展望台:40一中沢山一広瀬分岐⇔13:25.一13:40小:50一14:25広瀬.天水鉱泉15:40.

    南稜を下る
     展望台を離れると登山道も主尾根伝いと異なり.狭くなり急で又緩やかな尾根が続く。又南面は謙虚でブナの自生はない。
   新緑の樹葉が清々しく鮮やかというより.湿った台地は仄かな明るさが清楚感溢れた色合いを見せていた。
   展望台に咲いていたドウサンツツジや山ツツジ.それらを潜る灌木林は時折潜る枝木の頭上にも見上げられていた。

    中沢山
     赤土の土壌の急斜面.樹林を縫う山道に固定ロープが長く続く。そして下り通したコブは1.554mの中沢山。何の変哲もない山だった。
   濃さを更に増した霧雨は身の周りりの真近な枝木や樹葉しか臨めなくなっていた。少し離れてしまえば白霧のカーテンに包まれた。

     その下で地形図にないコブを1つ越えると右手にカーブする尾根筋の右肩に.やや大き目ものおぼろに霞む丸いコブを前先に見ている。
   右手に広く開かれた灰色の空間は中沢側の谷間なので.望めたコブは恐らく烏帽子ノ頭だろう。

     その先で雄大な裾野を持つ富士が望める筈だった。湖畔に浮かぶ富士.それどころか隣りの山の輪郭さえ分からなくなている。
   重なり合う樹冠から霧雨ならぬ雨滴が溢れるよう降り注いできた。もう展望は諦めているがシャツに沁み込む雨粒は更に重くべたついた。

    広瀬分岐
    
   前方左が広瀬分岐.13:20                   踏むだけのルートを諦め.戻り広瀬の天水へ.13:30

    広瀬分岐
     三ッ峠入口分岐.道標はない。ただ先を示す「至広瀬」の板切れと「休猟区」の標識がある。
   そして分岐道を左手に分けて直ぐ広瀬の分岐にでた。この道を下れば水口,野天風呂天水に通じている。

     濃霧の層は更に深みを増し濃いガスに覆われ白霧は数m先を閉ざし.前を歩む先輩をも閉すようになる。
   登山道から離れても迷うコースではないが.急変する小径は枝打ちされた間々の踏み跡に戻っていた。

    下山変更
     烏帽子ノ頭手前の鞍部で雨滴と濃霧に尾根を末端まで下る意義があるか考えながら下っている。烏帽子岩は滑り危険で登れないだろう。
   視界が全くない上に藪径になっいる。この間々予定どうり末端まで下るべきか? 広瀬に下り.天水で風呂に浸かるのが賢明か?
   自問自答し先輩の賛同を得て.広瀬分岐に戻り下ることにした。

    烏帽子岩ノ頭より広瀬の山道を
   13:21

     戻り改めて下った支尾根は枯葉の積み重ねられた歩き易い登山道に変わっていた。
   ただ気を引き締めていたせいか張り合いがなくなり,疲れがドッと現れる。腿や皿に痛みや違和感を感じだしていた。
   気にすれば重くなる下半身.下ってからゆっくり労わなければ。

    大分明るくなった尾根
   13:56

     1323mコブを越し.1016m地点に派生する枝尾根を南下する。
   急坂は1/3程で緩斜面になり.高度が下がるにつれ.ガスは切れ.束の間の明るさが戻ってきた。

    若葉のカーテン
   下るにつれ明るくなるも望めぬ隣りの山と潤う樹林.14:13

    若葉と山ツツジが鮮やかな下り尾根
    
    次第に明るさを増し.14:10                 左側から国道が近ずく
    爆音
     左手の大川沿いは御坂に抜ける街道からか? 騒音をまき散らす車の轟音が急に激しく聞こえだす。
   サーキット場内で生で観戦しているようなアクセルを吹かす轟音が谷間一杯に響き渡っている。バイクのうなる騒音も混ざり.その音の迫力は凄い。

     国道137号線が真近に通り.ヘヤピンカーブも多い。そこを威勢を巻上げ走っているのだろう。
   目の前で耳を塞ぐような爆発音が谷間に反射してコダマが響く。それが以外と長く続き煩わしかった。

    枝尾根末端
   末端は堰堤を跨ぎ林道にでる.14:21

     取付き最後の急斜面を下ると尾根の末端の堰堤にでる。堰渡った対岸には林道が走り.目の前「天水の鉱泉」にでる。
   久し振り山での入湯に快さを味わう。生ビールでの乾杯は.山ではの特権と喉通しの贅沢さも味わっている。
   湯上りで疲れた体の重みは解れ癒された。山を下りて足は棒になるも.霧中で終えただけに.ホッとした安と感に酔いしれていた。

     河口湖温泉の元湯.日帰り温泉.野天風呂「天水」
   泉質はカルシュウム.ナトリューム硫酸塩.低張性.アルカリ性泉温32℃. 無色無臭の重曹成分を含み皮膚の正面に柔らかい湯.気持つるつる感あり。
   源泉は足湯に滝打ち.¥1000.翌日でも少しそのぬくこもりは残されていた。

    南稜末端の馬乗石山
   湖畔道レトロバス停.久保田一竹美術館.15:51

     バスbs.久保田一竹美術館¥370. 15:57=16:24富士急行河口湖:28=17:27jr大月.立川行:53=高尾18:48=19:45神田.

     バス停へは林道を真っ直ぐ下り.T字路を右折して直ぐ信号を左手に折れればレトロのバス停.久「保田一竹美術館前」にでる。10分弱
   手前のバス停は末端の隧道を潜った所にあった。そこは予定していた下山地点.「サニーデ長崎公園入口」になる。
   バス停からは霧が切れ南稜末端に乗る馬乗石山の丸い頂が望まれ.最後の最後に下るべき頂を見上げていた。

     久保田一竹美術館は染色家.久保田一竹が江戸時代初期に姿を消してしまった文様染「辻の花」に魅せられ.
   独自の「辻の花」を政策研究している。まずヨーロッパの国々で認められ.その壮大な製作は富士の望めるこの地に展示されている。

   レトロ周遊バスは路線バスと異なりジグザグに又はUターンし河口湖駅まで距離が長く運賃も高い。¥370
   信号の所には路線バスのバス停あり.22分

     東京へは高速バスの利用を考えていた。それが土.日曜日の全国高速道料金の均¥1000が今日で終了とのこと。
   常に渋滞する中央道.それに無料の河口湖線。宿主からは鈍い列車でも今日は我慢,列車で帰宅するよう忠告を受けている。

     それ故.16時発のホリデー快速を逃したこともあり.広瀬バス停からjr御徒町まで4時間を費やしている。
   又東北高速道は震災関係.大型に限り6/20日より高速道は料金無料になる。

    スチールカメラ
     白内障は大分治るもまだ近場の遠近感が掴めず撮影には苦労する。撮る都度メガネを掛けるも霧雫が常に付き煩わしい。
   ピントを自動に変え.目で見た感覚にカメラを向けてのめくら撮りにしている。その内.目も治まろう。

   地形図「河口湖東部」.山と高原08「富士山.御坂.愛鷹」. スカパ布製登山靴・・23.406歩