御坂山地の南側境界尾根.御坂黒岳・・甲斐.御坂山地Top
      御坂黒岳
        1965年(s40年)03月.高校卒業山行・・早春の御坂峠から御坂黒岳に立ち河口湖々畔の大石へ
        2011年(h23年)06月.一日中ガス切れぬ青葉に満ちる御坂黒岳を北稜から南稜に横断し広瀬

      御坂山地
   富士山の北麓,富士五湖の北側と甲府盆地の南とを隔てる南北に短く東西に主稜山域で地層は富士山より古い。
     最高峰は御坂黒岳で北限は笛吹川とその流域で限られ.東側は桂川.笹子川.西側は富士川に落ちる尾根に囲まれた流域になる。

   御坂の名は現在の笛吹市御坂町を流れる金川に沿った坂道(旧鎌倉街道)を日本武尊が登ったと言う故事から御坂と呼び.
     越えた峠は御坂峠に.それが山地名になったと言われている。


                       
早春の御坂黒岳
          
                大学受験を終え.早春の富士裾野を歩む
           旧御坂峠から河口湖
              陽差しの御坂黒岳 s40年(1965年)03月.単独.
                  国鉄新宿=大月.富士急行バス=河口湖=御坂峠ー御坂黒岳ー大石村.富士急行=河口湖

       正丸峠より.より近くから富士を望もうと。御坂山域に入る。
      御坂山地略図
      御坂峠は国道8号線→笹子峠へ
      2010年03月.笛吹市上芦川と富士河口湖町大石を結ぶ若彦隧道が開通・・茶破線の県道719号富士河口湖芦川線
      2011年現在.旧御坂峠が御坂峠に国道は137号線に指定去れる。

      旧峠と御坂峠.その後の峠
   旧峠は御坂山地の黒岳と御坂山との中間鞍部1520m地点で甲府盆地側と河口湖側.更に昔は富士吉田を通り鎌倉往還として
     結ぶばれた古道の峠越えでもある。

   1931年(s16年)に旧峠の2kmほど東に位置する御坂隧道396mを含む国道8号が開通した。その後路線バスも運行される。
   1952年(s27年)新道路法制定に伴い.国道8号が国道20号に変更され.その際に御坂峠越えから笹子峠越えにルートも変更された。
   1953年(s28年)には国道137号として指定されている。

   私の入山当時は富士急行河口湖駅発甲府行の路面バスに乗り.御坂隧道入口で下車している。バス停脇には天下茶屋(無人)があった。
     ここが御坂山登山口で黒岳へ登っている。

   その数年後.1967年(s42年)に旧峠のほぼ真下の標高1000m付近に新御坂隧道2778mが貫通し.有料道路として開通した。
     1994年(h06年)の無料開放に伴い.新御坂隧道の峠道は国道137号に昇格.(路線バスは富士吉田=甲府間がある。バス停は三ッ峠入口)
     旧御坂隧道は1997年(h09年)に登録有形文化財に登録され.この街道は国道指定を解除され山梨県道708号に移管された。

       木陰に残り雪と陽溜まりの尾根


                 笹子峠を隔て南大菩薩連山の山波
        回想
     肌寒く残り雪が山陰に被うも.春の柔らかい陽差しを受ける。
       じっとしていると震えが来るものの.登るには心地が良い。程好い汗が額に汗を掻かせ,体を温める。

     薄日を浴びての富士の雄大な秀麗さと湖畔に映る逆さ富士.
       好天に恵まれるも尋ねる人は少なかった。湖畔を覗む尾根径は少し閑散としているが.それ故静かな山旅を味わった。

残雪目立つ大きな黒岳                           ,
        黒岳ウォッ地図
   河口湖から峠へのバスは疎らだった。ここを越えると甲府盆地に至る。
     トンネル前.峠に立ち.森を抜け尾根道を辿った。

   登山道は広く歩き易い。森林の中を暫く行くと所々で伐採された跡地にでて.木蔭の茂みを切る陽差しが明るさを増さしていた。
     より高台にでて眺望が開ける。

   開けると陽差しと共に雪白き富士が圧巻する雄大さで姿を現わした。
     圧倒する迫力は富士を空に突き出し.一大パノラマを築いている。富士の大きな裾野が眼前一杯に広がっていた。
     そして足元には真正面に富士を望み.広く綴る裾が湖畔を巻き込むように大きく開けている。

   小さなコブを2.3越すとまもなく御坂山. 疎らな樹林に小さな草原にでる。疎らな登山者にもう会う人もいなくなる。
     旧御坂峠を越し山又山の波が続く.そして黒岳までの尾根径に陽溜りを求め楽んだ。

   山を下りるまで早春の弱い陽差しを浴るが,富士の姿が隠れてからは次第に朝方のような冷たい風になった。
     霞掛かった空に陽は傾きだす。陽差しも逃げ黒く被われた雲に肌寒さを感じだしていた。
     黒岳からの下り坂.更に頂稜から樹林を抜け湖畔の大石へ駆け下りた。

        大石岳下り径

    2007年暮れの三ッ峠山より御坂山稜
  

   十二ケ岳から御坂山
     十二ケ岳.節刀ヶ岳から中籐山と重なる破風山. 中央御坂黒岳南陵が左へ長く延び.頂稜を東へ下りた鞍部が御坂峠。
       (旧々峠と新国道137号)
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     御坂山を挟み越え下りた右鞍部が旧御坂峠(旧国道8号).初めて登った1960年代前半の御坂峠。
       この撮影の直後黒岳は雪雲に覆われる。

   黒岳の右肩奥の円錐が釈迦ヶ岳で綴られた府駒山. そこから北側に派生する日尻山(御坂山左上の茶色い山).
     御坂山右上の黒い大きな山陰が黒岳北陵. その1480.8m三角点峰から落ちる裾野は甲府盆地になる。2011.06
     雪雲で隠れて見えぬが.背は青薙山の南まで南アルプス全山が連なる。

   北面,芦川→笛吹川→富士川. 南面.馬場川→河口湖→宮川→桂川→相模川
   1965年の山行はs35年8月30日発行.1/5万地図「甲府」を使用. 2011年には1/2.5万地図「河口湖東部」を使用している。