| 中.奥道志の春雪被る大展望と春雪残る倉岳山の3つの北支尾根の1つ山北東尾根を下る 細野山手前の伐採地から望む秋山.奥道志に倉岳山からの遠望.それぞれの山座同定を楽しむ 鳥屋山から更に前道志を西進し―立野峠にでて.倉岳山北東尾根に積もる雪面を切り.独り奇声を上げ立.・梁川の集落へ・・jr梁川駅から周回. 前道志.矢平山北西尾根から鳥屋山 鳥屋山から細野山を経て春雪被る倉岳山北東尾根を踏む。・・大月市秀麗富嶽一二景 倉岳山と下る北東尾根 細野山手前のコブで.12:24鳥屋山から倉岳山 12:08鳥屋山一12:25伐採地:40一12:45細野山一12:52立野峠一13:24倉岳山大:50. 鳥屋山から倉岳山までの表道志の頂稜は冬木の樹林を透し.周囲の山々が間近に垣間見られ.伐採地では北面の大展望を望む。 倉岳山はここ月夜根沢を隔て.すっきりした円錐形で望まれた。薄日は陰りだし.雲の流れが更に薄暗さを増さしていた。 斧窪御前山と寺山西尾根 小鞍部から桂川を隔て対岸を望む.12:29手前は倉岳山北面に広がる3つの支尾根・・北西・北と北東尾根が延び.越えての展望 倉岳山から北面に派生する3つの北尾根は桂川鳥沢と梁川との間に扇状に広がりを見せている。 裾野の落ちる桂川の対岸には小さなながら斧窪御前山が目に付く。手前の麓には桂川沿いにびこむよう斧窪の集落が見下ろされた。 この辺は過って武田・北条合戦の際に戦況を伝える手段として烽火台が利用されていた。そのあった頂を御前山と呼んでいる。 大月市内から上野原沿線に六座あり.猿橋城山.斧窪御前山.寺山(綱之上御前山).四方津御前山.鶴島御前山と栃穴御前山がある。 北東尾根の末端には桂川の河川段丘に広がる下畑.立野.斧窪.梁川の集落があり.今回は残雪に覆われた雪尾根になる。 中央の北尾根に顕著なコブがあり.470m圏コブと458m峰で.下る麓は下畑になる。 その奥に北西尾根が延びている。手前が北西尾根560m鞍部になり.左麓が猿橋町小篠の集落に没している。 伐採地跡から秋山川を隔てての展望・・秋山・奥道志の主稜 細野山前にて展望 鳥屋山から小峰を2つほど介した細野山の手前では左手が大きく伐採され.南面の眺望が見渡せる今日一番の展望台になった。 休んでから30分も経たぬが尽かさず1本取った。北面から望む秋山山稜.奥道志の山々が重なり合い.並行して見渡す限りの展望が開かれる。 豊かなる道志主稜の山並が起伏して波立つ展望を初めて望んでいる。大地に座り.コブを1つづつ地図と合わせ山座同定する。 眼を一杯開いた左端には丹沢蛭ケ岳から焼山へ延びる丹沢主脈の全体像が望まれ.更に秋山.道志.甲相の山々が切り開かれた。 その山並を右手に追い.右端にひときは大きな山並みで見定められたのが今倉山。 昨年7月に訪れた山域になる。その奥に聳えたつ御正体山.富士山は霞みが強く望めなかった。 手前には又それらの雄大な山並み背に秋山郷が広がり.無生野から続く秋山川沿いの集落が箱庭のように見下ろされている。 裾野に散りばめられた集落が初春の日差しを浴び煌めいている。・・無生野からの路線バスは富士急禾生24分.jr上野原50分. 入山し気になっていた大祭. 我が下町の大祭は昨年は東北の震災で中止になっている。そして今年の本祭が迫っていた。 連合幹事会を2日前に終え.今日は町会の幹事会がある。出られぬと町会T氏に電話する。 今日の欠席と3日後の連合打ち合わせ会の議事内容の連絡をお願いした。 そして用が済めばもう一度.秋山から裏道志の山々を見定めるよう眺めている。残雪が付いているせいか誇らしげの山々に見えた。 奥道志南・・南西に掛けれの山々 細野山手前の左手伐採地跡からの展望・・右景アップ 中央がヒカゲ舟1040m・・岩戸ノ峰(高丸)1288mから北へ延びる尾根. 手前秋山川雛鶴沢. 背稜越えは朝日川大旅沢源流になる。 先は岩殿沢.手前が立野峠から秋山浜沢に下る尾根. 富士山は今倉山と二十六夜山の間から大きく望めると云う 奥道志主稜とタンノイリ沢流域 更にタンノイリ沢流域アップ.12:30手前の左手が秋山二十六夜山 主稜の山並は左手から1220m峰.秋山峠.赤鞍ケ岳と朝日岳(ワラビタタキ).岩殿山.岩戸ノ峰 タンノイリ沢の中間尾根が棚ノ入山北尾根になり.棚ノ入山から西方へ進めば棚ノ入(サンショウ平)に至る。 左下の尾根は二十六夜山の西尾根797m圏コブを越え無生野の集落に没している。 タンノイリ沢左岸沿いには日向舟(ヒカゲ)が以外と大きく望まれた。棚ノ入山北尾根を詰めた時は常に右手に臨め.高度的には低かったと思う。 赤鞍ケ岳 中央部アップ奥道志手前の秋山山稜は左肩は秋山二十六夜山. 右下が秋山街道で都留線の鉄塔が見下ろされる。 南東に延びる946m峰.その裏が三日月峠。峠からは手前の尾根に乗り秋山川浜沢の集落に下りられる。 中道志・・秋山二十六夜山 左景の右アップ左が鳥井立と長尾. 右が赤鞍ケ岳 二十六夜山の右肩奥は奥道志のワラビタタキ(赤鞍ケ岳). 左肩は奥道志の長尾(長尾山) 手前左の尾根林層の境が山径.降りて尾崎の集落. 都留線12号鉄塔対岸が寺下峠越えし塩瀬へ.2013.03 都留線12号アップ写真 手前がアオゲラの森キャンプ場. 14号鉄塔がある集落が浜沢.立野峠越えし梁川へ・・(旧鉄塔番号) 二十六夜山 秋山二十六夜山971.6mは秋山山域だけでなく.この周辺では何処からも象徴的に大きく望まれた。 尾崎二十六夜山とも呼ばれ1つの大きな山形が築かれている。 道志山塊にはもう1つの都留二十六夜山1297.3mがあり.そこから南西に直線距離で約10km.今倉山の西脇に聳えている。 他に同名山では南伊豆吉田の街の北西にも3等三角点峰310.7mを持つ二十六夜山がある。 この山の信仰は平安時代からの遺習で江戸.明治期の陰暦の正月と7月の二十六日の夜に.月の出るのを待ち拝み祭られていた。 ごく細い下弦の三日月で.明け方に近い午前3時頃に昇る。その月を拝むと月光の中に弥陀と観音と勢至の三尊が浮かぶという。 それぞれの二十六夜山には「二十六夜塔」と刻まれた石塔が建てられ.道志の二十六夜山は1854年(嘉永7年)に建立され, 秋山の二十六夜塔は1889年(明治22年)に建立されている。この碑は村民の病気.災害から守り.養蚕の守護神として崇めらていた。 地元では「高ガネ山」とも呼ぶ。高ガネは「高金山」.高ケ嶽山.高鐘」とも呼ばれ,信仰の習慣から通称「二十六夜山」と呼ばれている。 今日は主尾根にでた頃.雲間の切れる蒼空から昼間の下弦の月を仰いでいた。二十六夜は満月だとばかり思い込んでいた自分が恥ずかしい。 翌年3月に訪れることになる。 丹沢主脈と安寺沢左岸尾根 左景の左アッフ.12:39相模原市西野から這い上がる東海自然歩道は焼山から黍殻山.袖平山へと登り犬越路を越えている。主脈の尾根を詰めれば蛭ケ岳に至る。 見下ろされる中段からの山並は旧秋山村の山々。上段は奥道志御牧戸山(鳥井立). 大タギレ.池ノ上から阿夫利山を経て富岡の集落に下りている。 阿夫利山を雍する尾根は主稜から秋山川右岸尾根を綴っている。又尾根二又の裏側から見ると安寺沢左岸尾根になる。 手前から見下ろす秋山川沿いの集落は尾崎.神野.古福志.富岡へと街道沿いに点々と続く。又手前右端は二十六夜山の東尾根。 細野山838m 春雪が落葉径を埋める.12:45檜に包まれた緩やかなコブに立つ細野山 立野峠 立野峠は倉岳山と細野山に挟まれた帯状の鞍部。別名に指峠(さす).又は叉峠(さす)と呼ばれている。 北側は檜の中林帯.南側は雑木の峠越えになり.峠自体は狭い。 秋山川浜沢への峠路は結構踏まれているが途中から分かれる無生野へ径は破線ルート気味になり.30分の距離。 地形図の寺院記号が「薬師堂」.前庭に「浜沢大ケヤキ」.山梨銘木100選が立てられている。樹高195.5m.樹回8.2m.大きな空洞あり. 境内の右脇裏から山道が延びている。 秋山.奥道志へのアプローチ 細野山から倉岳山を越えた穴路峠間の秋川に落ちる南面の尾根 間には5本の尾根があり.登山道.藪尾根を含め.秋山.奥道志に向うには便利なルートを選べる。 細野山南尾根@.立野峠から浜沢へ・・登山道A.藤ノ田沢両岸尾根B.穴路沢から穴路峠・・登山道C.天神山南東尾根D, 何処をも1時間強で下れ.バスの時刻表と考え.jr梁川から無生野のルートとして取れそうだった。 倉岳山々頂 残雪が乗る倉岳山.背は大菩薩山稜.13:24倉岳山の頂は誰一人居ぬ静かな平頂だった。東西に細長く広くゆったりした頂の中央には三角点標があり.幾つもの道標が散らばめられ 立てられている。甲斐国志では「鞍岳山」と書かれ.桂川方面から見ると鞍の形に見えるため.「鞍立山」とも云われてもいた。 山梨百名山.秀麗富嶽十二景の9番であると共にも.大月以東の山としては一番高い山だと後に知る。 雪解けで抜かるんだ頂から仰ぐ蒼空は狭いが眺望はよい。南西側の今倉山を望み.笹子川左岸沿いの山々がパノラマのよう開かれている。 その中ここから谷間に「芭蕉月待ちの湯」の位置が確認できたのには驚かされている。懐かしい山の湯になっていた。 又南東が僅かに切れ開かれ樹間から振り返ると.今綴ってきた前道志の主尾根と.その彼方に矢平山.丸山の特徴ある山容が認められている。 雲が多い割には周りは明るさを留め.見渡す遠望にも恵ままれていた。 頂から北東の踏み跡を追い下ると北尾根の取付き付近に落葉の乾いた所があった。腰を据え昼食を摂り.今日もサンドイッチを肴にビールを呑む。 日が傾き肌寒さが増し上着を身に着けた。それでも.ビールの冷たさも春らしくなっていた。一口だけでなく空になるまで美味い酒を味わっている。 今倉山山稜 朝日川源流の山々.13:29中央左がヒカゲ舟からの尾根 手前が日向舟927mで右に落ちて雛鶴峠になる。 今倉山稜の北尾根群 ・・前の拡大写真4つの北尾根 今倉山を主とする山々の北面には4つの北尾根が戸沢川沿いに延びている。 道志峠から今倉山に登り二十六夜山から下る北尾根には登山道があり.その東側の矢多沢に並行するのが松山北尾根。 西沢を挟んだ東沢との間には頭を笹ケ原とする北尾根がダイレクトに落ち.今倉山からの北尾根は猿焼山へとコブを連ね延びている。 そして西ケ原ノ台では南東に支尾根を派生させていた。 何処も頂稜を含め.ミズナラ.ブナの巨木林が多く心豊かにしてくれる尾根が続いていた。 松山北尾根は矢多沢と西沢との分水嶺を成し.松山(赤岩)の西.1410mコブから戸沢へほぼ真北に延びる尾根。 戸沢川に没する所には都留市温泉「芭蕉月待ちの湯」がある。 ここ湯館を起点に昨年7月に最短のルートで松山北尾根から御座入山に立ち.大旅沢と戸沢川東沢との分水嶺を成す.今倉山北尾根を下っている。 猿焼山西尾根から「芭蕉月待ちの湯」に戻り.今倉山北面の尾根を周回する形を取っていた。 残る北尾根は林道が横切る前に西ケ原ノ台からの南東支尾根になろうか? 又二十六夜山と結んだ西尾根もよさそうだ。何時になるだろうか? 南大菩薩連嶺 左景・・大菩薩の東南部手前中央が雁ケ腹摺山脇から長く南に派生させる吹切尾根の下端に位置する岩殿山 滝子山から南大菩薩連嶺. 黒岳楢ノ木尾根から雁ケ腹摺山. 奥が小金沢山. 中央右陰は百蔵山になる。 中景・・黒岳楢ノ木尾根とセイメイバン南東尾根 猿橋の街並と葛野川出合付近・・中央の森に名勝猿橋がある中央高速道の直ぐ下流側が甲州街道。右岸に渡ればその先は名勝「猿橋」にでる。その手前がJR中央東線の新桂川橋梁と一般道の曙橋。 新桂川橋梁の右岸が小田.久保地区に対し対岸の左岸は鳥沢地区。1/25千地形図の「上野原」と「大月」の境として明細に表示されている。 jr鳥沢駅を発つと直ぐ列車は轟音を撒き散らしながら橋梁を渡り.小田地区を抜け猿橋トンネルを潜り.猿橋駅に入線する。 今回はその手前の駅.梁川駅に下車し.この倉岳山の頂まで登ってきた。山とは異なった見方の街並にうねる河川が美しい。 曙橋には大桑山北尾根を下った折.新桂川橋梁の見学も兼ね渡っている。対岸から大桑山の北尾根群が夕陽を浴び.印象的に覚えている。2013.03 右下が小篠の地区.その上左岸が鳥沢地区. 扇山と権現山陵の東方の陵 右景・・右奥は笹尾根と境界尾根手前.足元が倉岳山北尾根で向かいが扇山北東尾根 権現山から東に延びたコブが雨降山.右奥が笹尾根土俵山.その奥に市界尾根の大岳山が望まれる。 陰った午後の縦走路 頂稜を先に向うと高畑山・大桑山への縦走道.13:30倉岳山北東尾根 13:24倉岳山大:50一14:15浅い鞍部:25一14:30下畑.梁川分岐一15:00小:15一15:34登山口一16:05jr梁川駅. 自らの浅いトレース 檜の尾根は北東から北にルートを取る.13:42倉岳山の3つの北尾根 中央東線の車窓からは桂川を隔て前道志の主稜.倉岳山がまず一段高く望まれた。その頂の北側に3本の北尾根が延びている。 北西尾根は北尾根肩から747mのコブを通り.580m圏コブを越える尾根。立野峠越えの登山道にでて.林道富士東部(北)線.終点で甲州街道にでる。 jr梁川駅前に直接至る。今回はこの時期一番残雪の多い北東尾根を下山に選んでいた。 倉岳山の北側肩から860m圏の大きなモミの立つ地点から派生するのが北尾根と北西尾根と2つの尾根。 北尾根は大きな恩賜林石標があり.2つの祠を通り.下畑に降りて北西尾根のルートと合わさり.下畑橋,紅吹橋を渡り.甲州街道からjr鳥沢駅にでる。 北西尾根は明瞭の山径が続き.標高840m付近の「ヘソの水」を通り.美しい雑木から作業道にでて.沢沿いに進み堰堤脇で北尾根と合わさっていた。 倉岳山北東尾根 頂の眺望を楽しみ北側の尾根に入る,取付きに「この先通行止」と白板に赤字で示された注意書きの看板が大きく目立ち立てられていた。 周りには誰もいないが遠慮がちに横を素通りした。足元は待望の足首以上の積雪に覆われている。 トレースを刻み少し下ると尾根は真北へ落ちている。慌てて右手の尾根筋に戻り返す。北東尾根と北尾根は私の居る直下で分かれていた。 即ち頂からは北東の踏み跡を追うと直ぐ.北尾根・北西尾根への踏み跡を分け.東北東に進んでいく。そして930m付近で北東に進路を変えた。 倉岳山北東尾根と北尾根 紅吹橋のバイパスを渡り左岸の堀之内より倉岳山北東尾根に重なる北尾根485mコブと河岸段丘上の下畑の集落。左端が立野 前道志の大桑山北西尾根から北東尾根を下った折.旧道からバイパスにでて撮影・・2016.01.07/15:09 北東尾根の取付きを見上げる 北東に折れ急斜面を下る.13:59雪面に薄い踏み跡が残されている。安心とガッカリの両面の気をもたらしていた。 それでもよく見ないと判らぬほどトレースは薄い。気をよくして一歩を踏み込む。 北尾根のツメは北西に延び急激な傾斜で落ちているのに対し.北東尾根は初めは緩い痩せ尾根が東北東に延びている。 雪粒の感触を気持ちよく味わいながら.やや大股に歩めば,摺り落ちながら浅く小さなトレースが築かれてゆく。 その先は急斜面になり立木を支えに.尾根幅は広がりを見せ外さぬよう雪斜面を蹴り下る。 崩れる足元は振り返ると浅いせいか.何人もが下ったような踏み跡を残していた。 倉岳山北尾根861mコブ 倉岳山北尾根と重なる北西尾根.14:12緩くなった台地.1930m付近で北側の尾根筋を下る。尾根は二股に分かれ.右手に入り込まぬよう注意した。 そして疎林の尾根筋から再び急斜面にでると真北へ下るようなる。 左側が雑木,右側が植林帯の尾根に分かれ.境目には小さな間伐材が多く横たわり,足先はやや雑木側を取っている。 ここまで来ると積雪は薄く.又見られなくなる。煩い枝藪もなく.踏み跡も確りし尾根を綴っている。 倉岳山北尾根上部 北東尾根より.14:27右の861mコブから北尾根と北西尾根に派生する 左手に北尾根を望みつつ下るが左足を踏ん張った途端.足が吊り.急にこむら返しが起きる。 747m手前の少し露岩状の浅いタルミで起き.少し間を開けるため1本取っている。 カップにスープの素とテルモスから湯を注ぎ.体を温め.残りのサンドイッチを完食した。 ついでに今日3本目の煙草を吸わして頂いた。風がないことを示すよう.淀んむ大空にゆっくり紫煙が昇る。 前道志北支尾根群 尾根伝いの分岐.直下すれば下畑の集落へ.14:30主尾根の上部から大丸からの北西尾根. 大平沢コゴア沢左岸尾根. 鳥屋山北西尾根 上着を脱ぎ.747m圏コブを越すと50mほど先の立木に「梁川」を指すプレードが針金で留めてある。ここがこの尾根のポイントだった。 更に少し離れた下側にも「下畑」へのプレードがあった。ここから真っ直ぐ北西の支尾根を下れば.下畑の集落から鳥沢へでる。 右手の主尾根に移動するには東側から大きく巻き込みトラバースして.尾根に戻る形を取っている。 又道中,あった道しるべはここだけで.この標識が大切だった。ここだけはマーキング類がないと間違い易く.地図の読解には苦労するだろう。 要注意! 見落とすと尾根を直進する恐れあり.尾根先にも「←鳥沢」の木片があり.補助のマーキングを担ってもいた。 月屋根沢側を覗き込む.14:39「梁川」のプレードに従い右手に直角に谷間に向い落ちるよう折れ,.尾根から外れて大きく落葉溢れる広い斜面を左下にトラバースした。 落葉落としの急斜面から再び右手の本尾根に乗る形を取っていた。トラバース後の駄々広い斜面は踏み跡と赤テープを追々下ればよかった。 無くてもよさそうなトラロープが650m付近から幾つも続いている。 倉岳山北東尾根の末端 左が鳥沢方面.右が梁川.四方津方面.15:12コブの先は斧窪御前山と綱之上御前山 御前山 ここからは2つの御前山が桂川を越え対峙して望められた。甲州街道沿いには「御前山」と名付けられた多くの山々がある。 1500年頃の戦国時代に甲州武田軍の狼煙信号を中継した烽火台のある山々を指している。 近くの「猿橋御前山」は別名厄王山.地元では猿橋城山.駒橋御前山と呼ばれていた。 次の580mコブで尾根は2つに分かれている。尾根末端493m点峰のある尾根は立野に向い尾根正面を直接下りていた。 右手の急斜面から枝尾根にルートを取る。途中に目立つ岩が2つあり.一気に460m圏地点への急斜面を下ると傾斜が落ち着き. 大きな恩賜林85号標石の脇に小さな恩賜石があり.又直ぐ大の標石がある所にでている。 淡い草色の竹藪の下山径.15:26その直ぐ下.440m付近からシノタケが尾根が一面に覆っていた。 久し振りに緑の葉々.その波の中に私がいる。何時もは何ともない所だが.細竹が背丈ほど伸び.今の時期は目に潤いを与え心を和ませられている。 そう云えば今回は黒木の針葉樹以外は入山から裸林に覆われ.初めて淡い草色のシノタケを見ていた。そのトンネルを潜る。 暫くして左手に古き荒れた社が現れると直ぐ貯水槽の脇を通り.立野峠から下りてきた確りした登山道と合わさった。 この先30m程先で舗装された林道にでる。道標「倉岳山登山口」と「倉岳山周辺案内図」が示されている。 又この右側にある唐栗橋を渡り左手にUターンして.林道が右に曲がる手前の電柱の少し先.待機場が鳥屋山北西尾根の取付きに。 広くなった舗装道路はこの先で2つに分かれた。右手の林道は今朝.塩瀬から辿った林道富士東部(北)線との続い路線になっている。 こちらは道志川側の反対側.西側の林道起点だった。直ぐ脇には月屋根沢の沢底に下るキャンプ場があり.「月尾根自然の森」が広がっている。 鳥屋山.細野山から立野峠を経て倉岳山 甲州街道にでて.7:09鳥屋山北西尾根と倉岳山北東尾根 林道を左(北)に進む。50mほど先でトタン沢橋を渡り.暫く林道沿いに下ると右後方に朝方から辿ってきた山々の展望が開かれる。 梁川駅から歩んだアプローチ.登り口までのルートも手に取るよう望められた。集落へ綴る塩瀬大橋は立派なアーチを描き目立ち見付けられた。 トボトボ歩き立野の集落の手前で左手の高台に立野神社があり.見上げるとここでも御祭礼の催しか.大きな祭旗が何本も棚引かせている。 圓通寺から始まる立野の地区を左手に見送り.左岸沿いに桂川に架かる梁川大橋を渡れば甲州街道にぶち当たる。 歩む背には北東尾根末端のコブを背負い,真向かいを見上げると駒橋線39号鉄塔が真正面に見上げられた。 朝方発った高台にあるjr梁川駅舎からも眺めていた。表道志を縦走してきて分かったことだがjr梁川駅は斧窪御前山と 綱之上御前山とに挟まれた位置にあり.入・下山口になっていた。 倉岳山と北東尾根末端の478m点コブ 梁川駅舎前より朝方の梁川大橋.7:14梁川駅舎前広場から右下が食糧雑貨店.手前が甲州街道で右方が鳥沢になる。 倉岳山3つの北尾根 下って来た夕暮れの立野地区.16:0516:05jr梁川.高尾行:25=16:55高尾快速17:11=17:20お茶の水. 梁川大橋を渡り向かいの食料品店「梶原商店」でビールを購入.駅舎の登り口を訪ねると真上の台地がホームとのこと。 右手の小道を登れば駅舎前の朝方の広場に戻っている。今日も早い下山になった。 列車を待つ間.最後のスナップ写真をとカメラを山に構える。その前に乗用車が停まり邪魔になった。駅前の狭い三角の空ペースで ここにはオートバイ3台と自転車2台が駐輪していた。駐車違反の取り締まりらしい。 JRの土地.違反は違反である。ただ情けない気持ちを最後に植え付けられていた。周りは幾らでも置ける場所がある。まして二輪車 今回は雲天の中.時折日差しにも迎えられ.悦ばしいことだった。梁川駅での乗降は共に私1人 山中では縦走路の細野山手前で単独行者に出会っている。 前道志の山々は登山者が多いと聞いていた。その割に.奥深い静かな山旅を初めて味っている。 今までは百蔵山や大菩薩.権現の山稜から遠く眺めていただけの山々だった。その一部を知るようになる。 積雪あっての入山. 前日決め決行した山だった。・・地形図「上野原」.山と高原08「高尾.陣馬」.ハングワ皮登山靴.26.932歩 大月市秀麗富嶽一二景・・一二景とはいえ実際には一九座が選ばれている・・富士の裾野が十二単衣から名付けられている。 2015年02月に高川山に初めて立ち.何時の間にか「富嶽一二景」を踏破.
矢平山北西尾根から鳥屋山 鳥屋山から春雪被る倉岳山北東尾根を踏む。・・立野・大月市秀麗富嶽一二景 |