| 初めての訪れた前道志・・jr梁川駅を起点に南面に広がる2つの北支尾根を綴る。矢平山と倉岳山・・前道志山塊Top 前道志の覇を競う矢平山北西尾根と倉岳山北東尾根で. この山並みコースはjr梁川駅ホームから南面に広く開ける背稜が見渡せらていた。 塩瀬からの最短ルートで矢平山北西尾根を詰め.まだ雪白き道志主稜の山々の展望を望みながら春雪覆う倉岳山北東尾根を下り立野.梁川に戻る。 2012年03月14日.単 矢平山北西尾根を登り裸林に覆われた丸ツガク山.舟山.鳥屋山へ・・背稜にでて春雪の残雪を踏む 鳥屋山からは細野山を経て倉岳山北東尾根を下る 前道志 道志山地の南側に連なる甲相国境尾根は道志川を隔てる山中湖を源とし.桂川が西側から北側に回り込み中央東線と並行して流れる流域が道志の山々。 この山地のほぼ中央の北側には東西に流れる桂川の支流.秋山川と朝日川が流れ.そこを分断する北側の山並みが前道志と呼ばれている山稜。 中央東線が小仏トンネルを潜り相模湖の湖畔に至ると河川名は相模川から桂川と変え.列車の左車窓からは前道志.東端の旧秋山村の山並が姿を現わしている。 海抜1000mに満たない山々は以外と個性的な魅力を持つ低山が揃い.桂川の屈曲点である大月市内まで延々と延びている。 又四季に合わせ装いを凝らす正体山・今倉山・赤鞍ケ岳といった道志主核の山々の前衛を務めているのが前道志の山々になる。 母の実家が南信州にあったため.幼い頃から蒸気機関車に揺られ,幾つものトンネルを潜り.川の河川を渡っては車窓から望んでいた山々。 還暦を過ぎ2012年03月14日.今回初めて前道志の山々に興味を示すようなった。 桂川に沿って走る中央東線から飯田線に乗り換え母の里.南信伊那へ。昭和20年代後半から通い続けていた.所謂蒸気機関車の時代だった。 又50年ほど前の第二次登山ブームの頃にはこの沿線を通り.大菩薩連嶺・三ッ峠山へのアプローチとして利用している。 今までは裾野の里山として通り過ぎるだけで.一度もこの山域に目を向けることはなかった。 2008年代から再び山登り始め.東京近郊の山々に入るようなる。そして三頭山笹尾根の主尾根・支尾根を知るようになった。 その折上野原駅ホームや駅北口の高台から桂川を隔てた里山を望んでいる。ただ最近まで道志の地名だけしか知らず.関心すら持つことはなかった。 向かいの高みが高柄山と知ったのも.今回道志を目指して初めて知ることになる。それも高柄山と鶴島御前山とを混同していた。 3月14日(水)曇一時晴 jr御徒町¥1280 5:10=神田5:24=6:40高尾:42=7:08梁川. 昨日と異なり関東地方は厚い雲に覆われ.午前中は晴れると云われていたものの予報は外れていた。 小仏トンネルを潜ると天空を覆っていた層雲が漸く切れ.雲の隙間から朝の陽光が射しだしている。ただ見るからに弱々しく漏れる日差しだった。 初めて前道志の山に出向く。上野原駅を過ぎると右手の車窓から八ッ沢発電所に落ちる4本の太い水圧鉄管を見て.四方津の駅に着く。 何度も通り過ぎていた筈の中央本線の南側に連なる前道志の山々.今朝は違っている。改めて関心を持ち始めていた。 これから目指す矢平山から倉岳山に掛けて.前道志北面の全体像を知ろうと左側の車窓を陣取っていた。 それが又不運にも.四方津・梁川駅間は5本ものトンネルが続き.眺望は全くと云うほど望めなかった。 情けないことに.つい最近大菩薩連嶺に続けて出向き通っている。それでも気が付かずにいた。 前道志高柄山と大丸の北西尾根.矢平山 甲州街道より.15:48塩瀬大橋からの入山ルート 河岸段丘の集落.塩瀬・綱之上から立野の集落上部を歩み.下山して再び林道富士東部(北)線に入っての展望・・前中央が上山. 遠く高柄山.その前には大丸から連なるコブ尾根が川合の集落へと裾野を扇状に広げ.河原を埋め尽くている。 その西側の枝尾根.630m圏コブと頂稜の寺山818mから北側に延び.上山519m峰との間を隔でて流れているのが塩瀬川。 矢平山 前道志の東端.高柄山の西方の大丸730m圏コブとガシゾク山763mの間に聳えるのが矢平山860.2mの三角点峰。 細長い山頂を持つ平坦な低山で展望はない。頂まで最短でたどり着けるのは塩瀬の集落を流れる塩瀬川沿いに遡る。 二俣からダイレクトに突き上げる中間尾根で.矢平山北西尾根を詰めることにした。 右岸下流裾野には「川合」「塩瀬」と「綱の上」の集落があり.右手の272m峰手前の麓に架かるのがアーチ型の桂川塩瀬大橋。 橋の右手前は鳥屋山の北尾根末端になっている。 又頂の東面から北側に掛け.林道富士東部(北)線が前道志北面の裾野を囲むよう山腹を刻み.幾つもの尾根を越え立野に至っていた。 矢平山北西尾根 7:08jr梁川駅一7:274神社一7:30塩瀬大橋一7:48林道最奥のカーブ一8:05小:15一8:35二俣一9:00岩稜帯 一9:10小:40一10:13縦走路地点⇔10:16矢平山. 無人駅の梁川駅舎南面の広場からは.これから訪れる前道志の山々の全体像が眺められ.天高く連なり一大パノラマが創られていた。 「梁川町周辺案内板」と交互に見比べながら.先を追い出発した。 梁川駅に一人下車した。確か無人の梁川駅は過って過激派による放火で駅舎は焼失した。学生紛争から10年ほど経ち. 中核派中核派の残党だったと思う。その後休憩舎が設けられ.2016年3月には木造駅舎に建て替えられ現在に至っている。 改札口前に甲州街道R20号線が横切り,左手の上野原方面に少し戻り.桂川の下流沿いにある塩瀬の集落に出向く。 前道志の山並を見つつ歩むも高曇の空.時折朝の陽射しを浴びるも風にあおられると暖かさは感じられなかった。 今回は少し遅めに東京をでている。街道は車の往来が激しくスピードも上げ.路肩は狭く少々怖い。それに追われるよう桂川.河原側の里道へ抜けた。 表道志・・舟山.鳥屋山.細野山.立野峠.倉岳山 梁川小学校前交差点で細い車道を右手に折れ.三俣路を左手に取り.街並から外れて桂川河畔へと降りて行く。 まだ朝早く人通りはないが道の両側の軒先には綱に紙垂が結ばれているのが点々と見られた。お祭礼が始まるのだろう。 閑散とした中.その雰囲気を里道は示していた。そう云えば駅舎の待合室に「彦田観音祭り春を呼ぶ! 3/16日」と手製の大きなポスターが掲げられていた。 丸ツヅク山と寺下峠・舟山 小松大明神宮の高台の境内より綱之上の集落から外れると左手の高台に小松大明神宮が祀られ寄っている。ここは駅前広場に同様に.更地の広い境内からは前道志の展望が開かれた。 平坦な広い空地の境内には提灯が幾つも飾られ.仄かな風に大きな祭旗が大空に仰ぎ棚引いている。山の安全をお願いし山に入る。 又見るとはなく見る「虹マス釣大会」のポスターが所々の道端に幾つも貼られていた。3/25日.塩瀬大橋下流付近でエサ釣り大会が催される。 「日割¥500.中学生以下無料.桂川漁業協同組合」とある。街角や塩瀬大橋の手摺にも貼られていた。 河原に降り,新設された林道には旧来の吊橋に代わり.周りから見ると驚くほど頑固たるアーチ型の塩瀬大橋に代わり.異様な雰囲気をか持ち出していた。 2車線の立派な車道に変わり.河原を大きくカーブして.塩瀬の集落へと登って行く。 ヴァテイケーに歩む北面の尾根群 桂川右岸沿いの倉岳山北東尾根は下山ルート.7:32塩瀬大橋を渡り道伝いに左回りで大きくカーブし.直進し登坂に入ればそのまま塩瀬の集落に入いる。 そのカーブ地点手前で倉岳山とそこから派生する北東尾根が以外と高く望まれた。下山はその北東尾根を下ることになる。 又左手前の尾根は713m峰で.大平沢コゴマ沢右岸尾根に合流していた。 大丸からの塩瀬川右岸尾根と左岸尾根 下山しての梁川駅前台地からの遠望.15:52大丸の北西尾根と上山519m峰の谷間に塩瀬川が流れ塩瀬の集落を縫い下ると桂川にでる。 塩瀬の集落に入いると立派な家屋が軒を連ね小道に変わり.道伝いに右手に曲りつつ緩やかな坂道を登って行く。 甲州街道の小学校前信号交差点からここまでの道のりは民宿「やまみち」の看板を見つつ来れば判り易い。 「やまみち」へ直進する道を辿れば,先は寺下峠に至る登山道。秋山十二夜山からの下山路としてよく使われている。 直進せず左に折れると直ぐ薄い朱色の屋根を持つ瑞淵寺が見られ.塩中橋を渡ればお寺の正門にでる。この沢がこれから遡る塩瀬川。 墓地を中心に寺院があり.右手から裏側の細道に入り.貯水槽の先を左上し藪ぽい所を抜けると立派な林道富士東部に入る。 塩瀬川上流 塩瀬の集落の塩中橋より.7:41遡った先が二俣で矢平山北西尾根が没している 林道富士東部(北)線 舗装された真新しい市営林道富士東部(北)線に入る。 この林道は秋山川側で南線(道志側)と北線(上野原側)に県道35号線秋山街道の下尾崎が起点になる。 今日も延伸工事が行われている。バブルの崩壊で余り進んでいないらしい。今はまだ起点から新大地峠へ延びるピストン林道。 矢平山の東側に聳える大丸付近で林道を繋ぐ工事が行われ.大丸730mから派生する北西尾根を乗り越えている。 そこからこの尾根の末端400m付近で塩瀬に入り込み.集落の上部を抜け.ここ私の立つ足元まで綴られていた。 更にこの林道は塩瀬川の右岸を遡り.U字状を左岸から下り.桂川北面の山腹を絡めて,月屋根沢左岸へ至る林道。 立野の集落からは甲州街道に繋がれている。倉岳山北東尾根を下り倉岳山登山口にでると又この林道に出会っている。 林道を上流に塩瀬川の右岸を遡った頂点に一ノ瀬橋があり.そこが矢平山北西尾根の取付きになる。 左岸にある貯水槽 林道の最高地点.一ノ瀬橋より.7:51林道が塩瀬川一ノ瀬橋を渡った所の左岸に貯水槽がある。下る林道を右手に分け.その脇を通りヘチをヘズリ山径に入る。 貯水槽に貯める送水用ホースが左岸沿いを上流へ延々と延びている。直ぐ上の小滝上で右岸に渡ると杉藪の小平地にでた。 ここまでは林道から直接右岸沿いにも踏み跡があると思われる。 桂川塩瀬川 小さな堰堤と雪溶け水.7:54やや広い藪台地から小さな堰堤が臨まれた。再び左岸へ飛び石伝いに渡ると杉の植林帯に踏み跡が綴られていた。 1本取り小休止,上着を脱ぎチョッキに。ジッとしていれば肌寒過ぎるが.我慢の境で登り始めればジワッと汗がでてきた。 頂稜の山肌は春雪に覆われている。何処辺で雪線が現れるのだろうか? 残り雪が少な過ぎるのも残念だ。ここで初めて赤テープのマーキングを見付けていた。 左岸の崩壊地やや高みを綴る.8:00やや高みを綴るが沢沿いを進めばよい。ヘズる径,幾つもの支流を越え.時には細い丸太が2本.紐で結ばれ朽かされた橋ある。 渡るのが恐ろしく.浅い沢底を渡っている。流水は殆どない。土壌の崩れている場所には長いトラロープが張られていた。 踏み跡自体は沢沿いに奥に入るにつれ確りしてきた。ただ道標類は全くなし。 滑から続く5mの滝 この上流の中州を抜け二俣へ.8:308時半,沢底の左岸寄りに陽光が射し込みだした。疎らに樹冠を抜け.陽光は私の足の元にも落ちて大気を和らげている。 射しこむ朝陽がひんやりした仄かな風をも押しのけだしていた。待ちに待った陽光.後は欲として残り雪がもう少し欲しかった。 沢中央に高さ5m程の2層の滝を見て下るとその先が二俣だった。「白井.所有地」と個人所有の白い看板がある所から沢底へ下りている。 矢平山北西尾根末端 塩瀬川二俣を見下ろす.8:39向かいの沢底が中州になっている所にペットボトルが2つ逆さに枝に突き刺されていた。 この先が矢平山北西尾根の末端で二俣で分かれ.右俣は又更に直ぐ2つに沢を分けていた。 右俣を遡ると寺下峠への登山道と交わり.その上の廊下を如何にか巻き込めば頂稜.舟山の西側の鞍部にでられる。 登る向かいは大平沢コゴマ沢右岸尾根になろう。 北西尾根にはやや藪の中になるが取付き地点と云うより.沢を跨ぎ,漠然とした扇状の斜面を登る。 その間々末端から詰めると尾根幅は自然と狭まり30分ほどで尾根の上にでている。 大地山に至る左俣右岸尾根 右下は北西尾根末端の急登.8:43扇山と重なる綱之上御前山(寺山)568m東尾根 塩瀬川右俣を隔て.8:46右奥が笹尾根 初っ端から急登の尾根だった。足元を見詰めると中州の二俣が藪絡みで見下ろされる。 アッけなく高度を稼いでゆく。中間尾根に乗ると恩賜林標石や境見出票が点々とあり.赤テープも多く見られるようなった。 北西尾根509m峰手前の露岩.8:53踏み跡に露岩が現れると509m峰. 南東斜面には細かく結晶した雪粒が大地を枯葉にそっと乗るよう被っている。 陽光が当たれば一瞬に消えてしまうだろう。その雪の結晶が大きく谷間を埋め.尾根端にも見られるようなる。 登る一歩.一歩に結晶は大きなを増し.雪粒として見められるようなった。 逆光の矢平山 509m峰・・恩賜林標石や境見出票あり.9:01林道工事. 左手遠くからダイナマイトの破裂音が響く.見渡す塩瀬川左俣対岸の尾根からだ。 枝木の絡む薄い隙間から探し覗き込むと大丸.新大地峠の山腹を刻む大地林道がチラッと縦間を透し望まれた。その中腹で林道工事が行われている。 下尾崎から総延長4.9kmの舗装道路は今はピストン舗装林道として開設されている。幅員4.0m. その先尾根上742m峰の北側から490m圏峰の間で林道延伸工事が行われていた。重機が入っているようだった。再び爆破の破裂音を耳にする。 雲が切れた前日の春雪.9:09 陽光と枝藪.9:30 690m付近で一昨日の残り雪を見る.9:49 陽が見え隠れする春雪の尾根.10:08前道志の頂稜 境界石抗のある縦走路と合流.10:14真っ平らな前道志の頂稜にでる。さすが融雪した陽溜まりの樹走路にでる。左脇から北西尾根が入り込み.向かい先が矢平山の頂になる。 南側側からの.矢平山 鳥井立(御牧戸山)の頂からの展望・・2017.04.05/11:28初めて前道志の矢平山に立ってから5年が経ち.やはり春先に道志山稜の鳥井立北尾根から秋山川右岸尾根沿いの安寺沢左岸尾根を 末端の旧秋山村まで綴り.富岡の棚田を見下ろしていた。その折.頂点の鳥井立から真向かいに見下ろされたのが矢平山を中心にする山々。 私にとっては珍しいポイントになっている。前道志の山並みの背に平坦な背陵が続くのは権現山稜。 脇に従うよう権現山が眺められ.更に中央には三頭山が.右奥は都県境近くの川乗山か? それにしては大き過ぎるようにも思える。 矢平山・・カンノキソウリ ナラ.ヌクギに囲まれた頂.10:18陽溜まりの縦走路 10:16矢平山一10:44丸ツガク山一10:59寺下峠一11:19舟山一11:45(760m地点,南コブ前)12:00一12:08鳥屋山. 傾斜が緩むとナラ.クヌギの立木に包まれた頂稜の一角へと抜けでる。登山道は陽光がサンサンと頭上から照り付けられていた。 裸林に囲まれた落葉径. 東50m程先の矢平山をピストンする。 やや狭い草深い860.2mの平頂は何処にもありそうな頂だった。思いの他小広く.東側は深い植林に囲まれている。 過っては東方のみが伐開され.甲武相境尾根や高柄山.石老山などが望み得た頂だたらしい。それが植林の成長と共に再び閉ざされ.寂境に戻っている。 ただ縦走路にでて藪尾根から解放され.明るい日差しの下.人との擦れ違いもなく静寂な頂に立っただけでも気の安まる所だった。 三等三角点峰でもある。その脇に最近よく見る真新しい国土地理院の白い基本測量があり.小さな赤い恩賜石が立つ。 立木にトタンで「矢平山」と書かれた山名標が針金で吊るされ.年季が入っている。その下は赤テープで「火の用心」と幹に巻かれているのが 印象的に残されている。今日はまだ誰にも会わぬがもう少し暖かくなれば老若男女で賑やかな頂になるだろう。 ここからの下山路は小コブを2つ越え.急下降して旧大地峠(おおち)峠にでる。右に折れれば大地峠林道から嵯峨沢キャンプ場を経て大地へ。1時間. 又勘之函山.三本杉へ続く藪尾根はその尖ッ突きに大地集落への迂回路が設置されている。僅かに登り返し新大地峠にでられる。 北面の尾根絡みで下れば川合集落を経て四方津へ。尾根上先は新大地峠から高柄山方面に入いる。 前道志.雑木の頂稜 戻り.丸ツツグ763m峰への縦走路.10:20主尾根 戻り.丸ツヅク山を登り返し寺下峠(塩瀬峠)向かう。西方.倉岳山への縦走路.主尾根伝いの冬木絡む樹間を縫い越えてゆく。 左手は常に裸林を透し秋山川と並行して聳える秋山山稜,奥道志の山々が眺められていた。 初めて北側から望む奥道志の山々. 一層雪白く山並みを覆う姿は.残雪の白さに凄味をもたらし.思いのほか二十六夜山が奥深く眺められている。 その先には更に白さを増す丹沢山塊が頭をもたげていた。それは雪白く塗りつぶされた道志に乗る重々しい岳だった。 それに比べ足元に近い左後方には秋山カントリークラブのグリーンが焦げ掛かった小麦色に塗られ.幾つもの面を持ち見下ろされている。 下弦の月 1つの行程を終えロスもなくホッとした一時. 改めて空を仰げば1つの雲の切れ目から蒼空が顔をだす。 それは眩き輝くような空だった。そして尾根伝いに冬木を潜る登山道を歩みだすと次第に蒼空が広がりだしてきた。 大きな切れ目から淡白い透けた月面が顔を現わし.昼間の透けるように欠けた月.下弦の月を仰ぐ。 下弦までまだ4日あるが大きく望められる月。昼間の月光もが私を照らして続けていた。 陽光が再び雲隠れ.現れては再び雲の陰に隠れている。するとこの下弦の月も2度と姿を現すことはなかった。 昨年の暮れには本社ケ丸の頂で昼食を摂りながら.この上弦の月を見上げている。 頂稜西方を望む 高畑山.倉岳山.舟山に720m圏コブ.10:29尾根の左側に檜林.そして落葉松林に変わり右側は再び檜林の植林が現れる。 歩む向かいの冬木の隙間から梢越しに.山に入り初めて前方に前道志の山並が望められた。そして周りの山々を垣間見る。 登り詰めた矢平山北西尾根 左は綱之上御前山と権現山の東尾根.10:42丸ツヅク山763m 緩やかな大きな丸みのコブ.10:48束の間の展望 丸ツヅク山を越した鞍部.寺下峠手前ですっきりした北方の展望が開かれた。 桂川に甲州街道とjr中央東線が仲良く並行して走り.足元の麓には先程歩んで来た塩瀬の集落が見下ろされる。 更に河原には刻まれた道路のうねりまでもが絵地図の如く細長い曲線を描き見下ろされた。 その先桂川を隔てた対岸の新倉の集落もモザイク模様の如くで眺められていた。 背に聳えるのは綱之上の御前山. その裾野を綴る桂川沿いの街道はシェルタートンネル。白いコンクリートが長い帯をなし目立つ。 新旧の道標が立つ寺下峠 左が縦走路.向かいが下尾崎への峠路.10:59十文字の峠.丸ツヅク山と舟山. 塩瀬と秋山下尾崎との峠路 寺下峠 朝方は塩瀬の集落中央で左手に折れ瑞淵寺にでている。その農道を折れず直進すると寺下峠越をする。 塩瀬からは727m圏点から北へ延びる尾根の713mコブから東北東に派生する尾根を横断し.舟山の北尾根に寄り掛かるよう北上すると峠にでる。 舟山と丸ツヅク山との鞍部.向かいの里の呼び名では塩瀬峠。峠越えすれば秋山下尾崎の集落に至る。 最近はハイカー以外に利用者がなくなった峠路はあっちこっちで路肩の崩落,欠損が目立ち.ロープも張られている状況になっていた。 左岸に移ると水平道が暫く続き.民宿「やまみち」前で農道になる。塩瀬橋で桂川を渡ればやや長いが甲州街道に導かれる。 国道と出合う角に「やまみち」と赤錆びた「網之上・塩瀬線」の表示板があり目印になっていた。 又二十六夜山からはもう1つ浜沢の集落経由で立野峠越えをすれば立野への道と繋がっている。 今回下山する最終地点がこの梁川立野の倉岳山登山口になった。バスの便は少ないがjr上野原駅から50分で無生野に下りられる。 共に二十六夜山の入山には利用できる峠路で.近いうちに出向くことになろう。 峠越え 桂川南岸の前道志の山稜には峠道が多い。桂川流域の村落と南麓の秋山村とを越える峠路。 昔は各峠越えが生活道として両地域を結ぶ最短コースだった。 東側から知る限り列挙してみると矢ノ根峠.千足峠.大地峠.寺下峠.立野峠.穴路峠.穴坂峠.鈴ケ音峠と続く。 舟山818m 見た目は丸いが以外に細長い台地.11:12平坦な起伏の薄い縦走路. 再び南側が雑木林.樹間の梢越しに秋山山稜と麓には秋山川沿いの集落が点々と連なり眺めている。 陽溜まりを思わす山村風景に枝尾根の小さなコブに乗る小さな送電線鉄塔が煌めき見下ろされた。 笹子の新山梨変電所から繋がる送電線都留線になり.谷間沿いを綴っている。 道志二十六夜山 舟山818mから先が奥道志赤鞍ケ岳.11:19疎林の囲む東西に長くゆったりした場所 大平沢コゴマ沢右岸尾根 舟山918mから急坂を下り浅く登り返すと727mのコブにでる。 その手前のコブ肩から北に延びる大平沢コゴマ沢右岸尾根が桂川で没している。対岸は梁川町綱之上の集落 又尾根上の713m峰から北東にL字に派生する支尾根が塩瀬川左岸尾根。 取付きはややっこしいが尾根に乗ると雑木豊かな起伏で,途中にトラロープがあり.514mコブから尾根は2つに分かれている。 西方は植林帯からアズマダサマダサの藪で.東方の方が楽しめるらしい。・・HP「花のひかり」さんより. 麓は林道富士東部(北)線が横切っている。尾根は短く梁川大橋まで1時間40分.下山に便利。 平坦な頂稜を綴り.右側は桂川側の檜の植林帯.左側は雑木帯で梢越しに道志の山々が常に望められるようなった。 小コブを越えると云うより渡る形で下ると先でT字の台地にでた。 1本取る 主尾根から幅広い尾根が南に延び.751.3m地点から秋山川に扇状に落ちる尾根の起点にでる。 この枝尾根はカン沢とヤマカタケ沢を分け秋山川に落ちている。この肩で1本取った。 冬木に囲まれ極く小さな小平地. 風に流され行き止まりなのか落葉が固まっている。土壌は乾き切っていた。 寝転び空を仰ぎ.土の匂いを嗅ぐ。まだ何の匂いも感じなかった。層雲の切れ目が見え隠れする日。 まだ枝々の発芽は認められぬものの.木洩れ日の陰にも温む春の兆しがのぞまれる。 赤や黄色いテープが取付きに幾つもマーキングされ,枝に吊るされて.目立ち過ぎる場所だった。 この尾根は藪径の取付き地点になっているのだろう。地図を読むと尾根幅広く.テープの数からみても確りしたルートのようだ。 多分秋山川から前道志の山に登るコースとしては最短ルートになる。頂稜の直ぐ西側に鳥屋山が聳え.北西の尾根を下れば一気に 梁川駅へ下りられる。二十六夜山からの下山コースとして.藪山の楽しめるルートになる筈だ。 正午の鐘 12時.秋山郷の各集落から正午を知らせる鐘がマイクに乗り一斉に伝わってきた。ほぼ同時になる鐘。 少し間が空いてから梁川方面からも同じような鐘の音が聞こえてきた。村界尾根を隔て同じ鐘がなる。 秋山郷は風上.梁川は風下にあたっていた。その違いは音速に乗る風圧の違いか? 初めからズレているのか? 定かではない。正午を伝える鐘を聞き腰を上げている。 820m圏2つのコブ 鳥屋山(とや)808mから西側隣りの2つのコブ.12:08鳥屋山 680m前後でいったん勾配が緩み687m点(363の石標)を過ぎるとトラロープが現れ.露岩のある急な登りを踏ん張れば鳥屋山に立つ。 山頂には狭く「五七」の標石と大きな恩賜林標石がある。平尾根伝いの狭い縦走路からは小さな小コブとしてしか見られなかった。 山名標の裏が鳥屋山北西尾根の取り付き地点。初めに企画したのが鳥屋山北西尾根を登り.倉岳山北東尾根を下ることを考えていた。 ここは入山.下山は同じ取付き立野峠に至る倉岳山登山口になる。 ただ初めて入る前道志の山々で.少しでも幅広く知ろうと矢平山に変え入山した。 矢平山北西尾根を登り.裸林に覆われた丸ツガク山.舟山.鳥屋山・・背稜にでて春雪の残雪を踏む 鳥屋山からは細野山を経て倉岳山北東尾根を下る |