| 道志山地は山梨県南東部に広がる山域で.桂川を隔てた西側に御坂山地が.南側には丹沢山塊とに隔てられている。 1700m〜1000m前後の山並が群がる山域は広大な森林と豊富な保水力を持ち.道志川.相模川などは神奈川県の水源林地域に指定されている。 西道志 西道志は桂川の支流朝日川と秋山川とで南北に隔てる市界尾根(都留市・道志村)の西側の桂川右岸流域までの山域で. 道志山地最高峰の御正体山が聳えている。桂川の対岸は御坂山地に変わり.南西端の鹿留山の境が富士の裾野に。 道志 市界尾根の東側の主稜の秋山川沿いに位置している。旧秋山村周辺を含めた山域を指し.西北端山稜とに分けられる。 東端は相模原市に掛かり南側は道志川を隔てた丹沢山塊。 前道志 小仏トンネルを潜り相模川が近ずくとjr中央東線沿いは桂川と川名を変え.大月付近からは桂川は北上して.源流は山中湖。 その高みに1000mに満たない山々が連なっている。個性的な魅力を持つ低山が揃い.大月市街まで続き前道志と呼ばれていた。 四季に合わせて装いを凝らし.主峰の正体山・今倉山。赤鞍ケ岳といった道志の主稜の前衛を務め.前道志の山々の総称とされている。 西道志の主稜・・御正体山周辺 林道菅野線及び菅野盛里線の既線と予定線 2008年12月. 道坂峠から御正体山ヤラ尾根―山中湖から甲相三国峠.三国山稜を経て籠坂峠・・4つの峠路 御正体山の南西支稜 2012年12月. 細野からハガケ山大沢右岸尾根―北上し文台山から尾崎山・・富士急東桂 ハガネ周辺古地図 忍野を囲む山稜 2010年04月. 鹿留山北尾根の巨樹群と杓子山の富士大展望一不動湯から下吉田駅 周辺の林道 今倉山稜1410m峰北尾根 2011年07月. 「芭蕉月待ちの湯」から1410m峰北尾根の右支尾根を経て.今倉山西峰北尾根を下り猿焼山に至る・・周回 2017年06月. 1410m峰北尾根の左支尾根から道志二十六夜山西尾根・・引野田から富士急赤坂 2016年11月. 日陰舟北東尾根から岩戸ノ峰―ブドウ岩ノ頭から菜畑山.水喰ノ頭.御座入山・長スラ尾根を下降.大旅沢より県道,馬場入口 2017年04月. 釣場bsから御牧戸山北尾根から大タギレを経て金波美峠―阿夫利山から金剛山北東尾根を経て富岡,奥牧野bs 中道志 2013年09月. jr大月駅南面の尾根―菊花山から九鬼山東尾根を経て871m圏北尾根・・幡野入口bs 2013年04月.jr鳥沢から高畑山を越え.高岩からサイマル山―猿焼山北尾根から西尾根玉川天神峠・・富士急赤坂 2013年03月. jr鳥沢から棚ノ入山北尾根―秋山二十六夜山登り返し.寺下峠から727m圏コブ北尾根・・jr梁川 前道志・・西北端山稜・・大桑山北面の尾根 2013年09月. 九鬼山北尾根末端の菊花山から東尾根―871m圏コブから871m圏コブ北尾根に移り朝日小沢へ・・jr大月から周回 2013年03月. jr猿橋から前道志北面の尾根を綴る・・鈴ケ尾山北西尾根から大桑山北尾根・・jr鳥沢 2016年01月. 猿橋城山を経て幡野神社―大桑山北西尾根から北東尾根を下降・・県道513号を経て」jr鳥沢 2012年03月. jr梁川から前道志北面の尾根を周回・・最短の矢平山北西尾根から残雪残る倉岳山北東尾根・・大月市秀麗冨岳一二景表 前道志・・東端(旧秋山村の東端) 2017年04月. 釣場bsから御牧戸山北尾根から大タギレを経て金波美峠―阿夫利山から金剛山北東尾根を経て富岡.奥牧野bs 2017年02月. 落合から高柄山中尾根―北尾根から杖穴を経て里道を綴り.久保からjr四方津 2019年04月. 落合から新矢ノ根峠東尾根―鶴島御前山・栃穴御前山から牧野を経てjr四方津 2019年05月. 田野入林道・新矢ノ根峠高柄山―大丸・矢平山・丸ツヅク山・727m点コブ北尾根・鳥屋山北尾根からjr梁川 2017年04月. 奥牧野から平野峠にでて綱子川両岸尾根を周回―舟久保.十一面観音から林道.県道を綴りjr藤野 山中湖周辺の山々・・西丹沢西端 中央東線沿線の案内板・梁川駅から笹子駅間.駅.街道 ・甲府盆地周辺フォッサ・マグナ概念図 ・・富士山撮影山行Top 三国山を繋ぐ甲斐・駿河の3つの境界尾根・・御正体山ヤラ尾根・甲相尾根・三国山稜 4つの峠路・・道坂峠.山伏峠.三国峠.籠坂峠 西道志の道坂峠から御正体山ヤラ尾根を越え.山伏峠から湖畔平野。翌日は鉄砲木ノ頭に立ち.三国峠を経て三国山稜の籠坂峠へ至る。 2008年12月29〜30日.L松村m長塩 12.29.道坂峠.御正体山ヤラ尾根越え・・265号鉄塔からの展望と山中湖「わかさぎ屋」 12.30.カヤトのパノラマ台から三国山稜と籠坂峠 昨年に続く今年の忘年会山行に幼馴染Nの希望を叶え.富嶽の見える山での1泊山行を企画した。彼はよき山小屋がなければ再び三ッ峠へとも。 昨年は43年振りに登った三ッ峠。今回もカメラを持ち.道志から山中湖湖畔にでる富嶽撮影山行に出向く。 先週は甲州百蔵山の山頂から強い陽射しを浴びながら,逆光の富士を遠望した。冬至なのに暑く肌着で登っていた初めての体験だった。 富士の裾野には前衛に御正体山・鹿留山・三ッ峠山が大きな山容を構え.その1つの御正体山の頂に立つ。 道坂峠・御正体山・山伏峠を結ぶ山並は道志山地の南西端側に位置する主尾根にあり.道坂峠から御正体山までは「ヤラ尾根」と呼ばれていた。 そして山中湖々畔で1泊し.氷結した湖面でカメラを構えた後.甲相尾根から三国峠にでて三国山稜から籠坂峠を目指している。 撮影山行の割りに前半は展望の利かぬ所が多い。それに引き換え後半に組んだ山中湖湖とカヤトの甲相尾根は絶好のポイントになった。 後は富士山を正面に迎え.三国山稜から籠坂峠へと彼にとってはよい撮影ポイントに恵まれる。 12月29日.月曜快晴 jr御徒町5:10=5:40神田.高尾行=6:42立川.松本行合流:46=7:41富士急大月.¥450. :51=8:06都留市・・県道道志都留線 タクシー:15.¥4.200=8:35道坂隧道8:51. 徒然日記 乗物・・T 今日も出掛けは夜明け前になる。jr御徒町ホームでふと違和感を味わった。乗った車両.一車両だけが初めて見る通勤い用の立ち席車両だった。 前方と後方の両車両は普通の座席になっている。ガラガラの車両に座席ではなく.ぽっんぽっんと人が立つ。 神田駅で乗り換えの為下車.ホームから去る電車の流れを見る限り.通勤用立ち席車両はその一車両のだった。 乗物・・U 神田駅で指定電車を待っているNから電話あり.早く新宿駅に着いたので立川駅で待つと。 立川で合流できるが私も早めに家を出ている。そして指定された電車を待っていた。頓知のような,待ち合わせ.彼に会わせ待っているのは分る筈。 道坂トンネル南詰 道志側口でタクシーを捨てる.8:51乗物・・V jr大月駅で乗り換えた富士急行の車内には眩い朝陽が射し込んでいた。うららかな好天に恵まれ.トコトコ走る列車は桂川本流沿いを遡る。 都留市駅で下車した。都留市の名は昔の都留郡の名を承継し.「都留」とは桂川の流形が蔓に似ていることから伝わったらしい。 都留市駅前には冬シーズンに入り.乗るべき路線バスはなかった。予約したタクシーは最前列に並び我々を迎えている。 御正体山の登山口は細野から日陰の尾根を登ると決めていたが運転手の上手い言葉に乗せられ.三輪神社で湧水を詰め.更に先の道坂隧道へ。 「頂稜から登る方が日が当たりもよく眺望も楽しめる!」と言葉巧みな運転手の甘い言葉に誘われた。その間々.タクシーは道坂峠へ走る。 ごもっとものことであるがタクシー代を考え諦めていた。カヤトの陽射しを求め.又幾らかでも視界が利く峠路へ.登山口を変更させている。 ・・道坂峠までの午前中の路線バスは4〜11月まで土.日曜日のみ運行されている。 今倉山,西峰と東峰 道坂峠に立ち.9:28道坂峠から御正体山 8:35道坂隧道:51一9:15小:15一9:50小10:05一10:35小:50一11:10白井平分岐一11:25八合目 一12:00御正体山.大13:00. 入山 道坂峠は道志山塊主稜の御正体山と今倉山群の南側に繋がる鞍部にあり.峠下には道志隧道が潜り.道県道都留道志線が通っている。 平成2年10月に都留市大野と道志村川村を結ぶ新トンネルが開通し.潜ると道志隧道バス停にでる。向かいが登山口.やや広い空地に降りた。 南側を登ると閉ざされたゲートの旧道に入り.右にカーブすると大正13年に開通した旧御坂隧道口が完全にコンクリートで塞がれ臨まれる。 峠への登りは15分ほどで1217.2m点.点名「道坂」にでいる。朝方の陽射しと木陰との明暗が激しい灌木の笹原が広がる山径を綴る。 この辺は「横浜市水源かん養林」と木柱がある。先週の師走山行と同様に.今年最後とは思えぬ朝方の強い陽射しを浴びた。 眩く陽光が木々の合間から透すよう射し.尾根筋を照り付けている。冬芽は硬く.芽を付けているだけの枝々は樹葉を全て落している。 その踏み付ける枯葉も朝陽に躍り輝いていた。 丹沢山塊と甲相尾根 伐採地より広がる遠方が蛭ケ岳・・先月2008.11東南面に臨む丹沢山塊を振り返る。加入道山と重なる大室山.右に延びる尾根先は畦ヶ丸。その手前右が甲相尾根の大界木山。 対岸手前に大きな山容を誇るのが鳥ノ峰山(とんのみね)。道志川の支流室久保川と三ヶ瀬川(さがせ)を隔て. 共に源流は大界木山になる。更に奥に霞むのは丹沢主稜の蛭ヶ岳.熊笹ノ峰.檜洞丸。 風はなく柔らかい木洩れ日の陽射しが暖かい。ただ植林に被われた視界は絡みが多く.冬木でも突きだした枝木で閉ざされているた 時折梢越えに周りの山々がチラッと眺められるのだが.岩下ノ丸を越えれば道志川沿いの伐採地にでて真近に甲相尾根を見るようになる。 遥か後方には蛭ケ岳が顔を覗かしていた。 御正体山ヤラ尾根 道志川を隔て甲相国境尾根を並行して望む.10:04「これより県有林」の赤フレードを2度ほど見ている。道志から続く道坂峠越えの尾根,長い西尾根の端に目指す御正体山が聳え望まれた。 甲州との境界になり.分水嶺の道志川沿いは相州の水源林は横浜市の保全管理地区になっている。 見た目より意外に起伏があり,予想タイムは縮めているものの先へ石割山に回り込めば山中湖の手前で日没を招かざるえないだろう。 御正体山の頂には12時の到着を目指す。ただ焦る気は起こらなかった。体は1週間前の大菩薩牛寝通りがトレーニングとなり.至極軽い。 振り返る岩下ノ丸 1303.9m3等三角点峰.別名ケンカ沢ノ頭.陣ケ沢ノ頭.10:15前後に伐採地を持つブドウ坂峠より 尾根上は周りの枝木が風を封じ込め.暖かさを増幅させ.ハンカチを暫し取り出すようなる。そして登りとなると時折汗をぬぐう。 それでも1本取り休めば陽溜まりが恋しい季節になっていた。 岩下ノ丸と先月登った大きな大室山.10:31切り開かれた牧ノ沢山 道志川沿いが顕著に伐採され.笹も刈払われている,牧野沢山1292m圏 菰釣山(こもつるし)など丹沢側に連なる山々が道志川沿いに突き出し.裾野の集落が樹間を透し見下ろされるようなると快適な尾根歩き。 牧野沢山の周りは広葉樹林で全く視界の利かぬ場所とされていた。それが変わって見える半分近くの樹林は伐採されていた。 間切りの発想ではない。樹間からの眺望を求め熊笹の枝打ちも行われていた。全く望めぬ藪山から丹沢の山々が望められた。 伐採された倒木は短く切られ点々と山積みされていた。後に皇太子殿下の登山のためと知る。 まだまだ大きな大室山.12:02御正体山のツメ,カヤノ沢山150m圏のコブを越えると白井平分岐にでる。 地元では「カサの落合」とよばれ白井平から古くからの登拝路があった。 丁目石を確認してここからから急登になると浅く根が這り付け.氷った霜柱は登山靴の引っ掛かりをも寄せ付けぬ硬い斜面になった。 石コロや根の這わぬ裸土の斜面を綴る径. 時折霜柱を蹴り足場を取る。霜柱は硬く溶ける様子もなく.凍った上は土で隠されていた。 滑りそうな所だった。蹴ることで安心感をもたらしている。後に続くNは蹴る動作に不思議がらさせている。 御正体山々頂 ベンチで長閑な昼食風景.12:30小広く開かれた山頂は木立に覆われ展望はない。12時ジャスト,ミズナラの巨樹を見て,御正体山の頂に立つ。又古地図では「高天原」と表示されていた。 ザックを置くと同時.遠く道志の麓に先程見下ろした集落から正午を知らせるサイレンの音色が私達の耳にも伝わってきた。 曲名は判らぬが風に乗り.穂のかに乗り聞こえてくる。柔らかい陽射しを受けての2人だけの頂はサイレンが終われば静寂さが戻された。 頂はブナと笹藪で被われ四方の視界はここでも望めずにいた。 やや広い平坦な中央には周りとは似つかわしくない真新しいテーブルとベンチがあり.脇には斑な残り雪を見る。 御正体山は道志山塊の最高峰1681.6m.「正体」とは「神体」を現し.神の山として拝められ講を作って登山したと言われている。 大室山と同様.古代は三体信仰の山であり.神影宮祠は設けなかったらしい。 「みそうたい」と読んで御祖代山.三僧体山.三将台山なだとも書かれる。幕末までは信仰に栄え.この広い頂には寺院があった。 明治年間に一等三角点標石.標高1681.55mに設けられ.基準点は「御正体山」。大権現の社.木の司.山梨百名山. 2004年10月に皇太子殿下が御登頂.その記念ブレード 等が頂にまとわりなく.数多く据えられていた。時にテーブル.ベンチ等が設置されている。 入山時タクシーの運転手は皇太子殿下の入山にあたり.アプローチである道路の整備や予行訓練の道路規制を行っていると話していた。 熟知した地元警察でも安全を考え.全ての訓練は必要不可欠だと力説していたとのこと。 又山伏峠からの山径も熊笹は綺麗に刈り払われたとられたと聞く。そのテーブルにコンロを置いた。 生卵力ラーメンと2人で内緒で.残り雪もあり水割りウィスキーを呑む。周りは誰一人居ない。占めたものである。 同意はいらぬものの2人でこっそりそれを呑んだ。ステンレスのコップから呑む酒.旨いことこの上もない。 もう一杯に手が出そうだが互い諦めている。誰かが見ている。彼の目は悪戯ぽい。 彼に言わせると私もそうよう思っている筈と。笑いながら三脚を取りだし.その呑む姿をカメラに収める彼。 力餅 餅の大きさは今回1個を1/2切りにし最適の大きなにして最適のおおきさになる。11月の丹沢では細かく裂かれた鍋用の餅を持参した。 又前回の大菩薩では柔らか過ぎたが1/4切りとしている。それでも熱湯では硬さが足らず.今回はいいあんばいとなった。 又生卵の即席ラーメン入りは呑む酒と忙しく.先に入れた為白味が堅く固まってしまった。彼の言葉「マアーマアー!」は何時も雑過ぎていた。 御正体山―山中湖 12:00御正体山.大13:00一13:45小:55一14:25(256号鉄塔):35一14:45奥ノ岳一14:50石割山分岐 一15:20山吹峠一15:25隧道道志口一16:40山中湖平野「わかさぎ屋」h. 熊笹が多く茂る尾根.14:15山頂から北側に峰宮跡に派生する尾根は檜尾根と呼ばれている。ここは倉見沢上流の檜木沢が鞍部に突き上げている名でもある。 ミズナラ.ブナ.ツガなどの荘厳なただずまいで「やまなしの森百選」に選ばれている。鞍部に抱付岩が聳え.200m先の平坦地が峰宮跡になる。 その先70mが細野.三輪神社への分岐.1時間半で下れる。更に主尾根を下れば鋸刃からキレット越えでハガケ山から文台山にでる。 針葉樹林帯.ここだけは緑々していた.14:17シキリ尾根と外ヨリ沢林道 頂でゆっくり休みを取り.ほぼ真南に南下する。確りした登山道が綴られ.下るにつれ木洩れ日の道になり樹林帯に入る。 右手にシキリ尾根が延び.岩戸山1235mから西群馬幹線249号鉄塔に下れば鹿留林道(標柱あり)にでられる。 一度下り返し前ノ岳1471mを越え.小コブから更に下ると中ノ岳1411mに着く。南西から南に変わるが笹が茂り道形がはっきりしていた。 外ヨリ沢林道への巡視路の標柱があり.右に分けると緩やかな起伏を登り詰めようなった。 樹海が急に開かれると草付きのタゴヤノ頭にでる。256号鉄塔の基部立つと紺碧の天空にパノラマ展望が開け.富士に鹿溜山が望まれた。 外ヨリ沢林道分岐(地形図「御正体山」の1043の標示まで)のゲートに入ると鹿留橋の左岸から山径に入る。 直ぐ右に鉄塔標柱を見て.右255号鉄塔を経て主尾根にでられた。 鉄塔からの展望・・鹿留山から広がる忍野村北面の山並 西面右景ガゴヤ山に建つ西群馬幹線256号鉄塔の基部より・・14:35 左中央鞍部が二十曲峠.中央の低い山が加藤山.その先が立ノ塚峠で最高峰の子ノ神から直ぐ鹿留山。 鹿留山に背が並ぶのが杓子山. 鹿留山の右後方が三ッ峠山. 今日一番の展望に恵まれる。それが西群馬幹線の巨大鉄塔基部からだった。 山中湖周辺の山々を真近に控え.広く草原に開かれた大地からは素晴らしいパノラマが広がりを見せている。 南西から北西に掛けて逆光だが眺望が開けかれ.富士山と重なる日向峰.右側に重なり合うのは鹿溜山と杓子山.右奥が三ッ峠山になる。 三ッ峠山から御巣鷹山.清八山.本社ケ丸と。送電線の右奥が大菩薩連嶺だろう。 三ッ峠山は昨年の忘年会・富士撮影山行を2人で行っている。 手前の鹿溜川を隔て鹿溜山と肩を並べる杓子山は1つの独立峰の如く目立つ形で望められた。 右裾奥に霞む街並みは都留市の市街地だろう。その間の東麓から向かいの鹿溜山を回り込み.送電線が私の頭上に架かり渡っていた。 西群馬幹線 広く伐採され刈り払われた鉄塔脚桁に「西群馬幹線256号」と記されていた。100mは越す天に突き出している巨大な鉄塔。 この送電線は遠く越後の山々を越え.千曲川から西上州.大菩薩.御坂山塊北東部を抜け.桂川を渡り真近になった鹿留山北尾根を綴りながら, ここ256号鉄塔と結ばれている。この先の山伏峠では幾つもの送電線とまとわり.三国峠から新富士変電所へ送電される超高圧の送電線。 西群馬幹線2回線垂直配列の設備形態で万一片回線に事故が発生した場合は隣の回線がケァーする形態を取っている。 又この送電線は我が国最初に建設された1000KV送電線で.8導体で我が国最大鉄塔高さは90〜110mで鉄塔質量は200〜400t程度, 柏崎原子力発電所から首都圏西部に至るルートのうち南側を構成する送電線. 基幹系環状送電ネットワークを持ち今後の送電系統の主役に。 s63年(0988年)10月着工しh04年(2002年)07月に竣工.延長138km.217基.現在の西群馬幹線は全線暫定500KVで運用されている。 更に1962年黒部川第4発電所が完成し.起点を同発電所に延長し30km延び.本送電線は西群馬開閉所から新富士変電所まで 鉄塔279基で結ばれていた。 新富士変電所では佐久間東幹線と共に.遠くから送電された電力は首都圏.京浜工業地帯に送電られている。 東山梨変電所=新富士変電所間(500KV設計)は1989年s14年に完成し.新富士変電所までの運転は1992年05月より運用を開始した。 西群馬開閉所では主に柏崎刈羽原子力発電所及び福島第一・第二原子力発電所から送られた電力を首都圏に送る送電線ルートの1つ。 柏崎原子力発電所からは新新潟幹線(99km.214基)と南新潟幹線(奥清津線と接続.111km.201基)の2系列で西群馬開閉所で結ぶ。 又福島原子力発電所からは南いわき幹線(南いわき開閉所)を通し.北栃木幹線(新今市開閉所)から東山梨変電所と結ばれている。 1000KV設計送電線は現在西群馬幹線を含め.合計して400Km以上が完成した。 又西群馬幹線は途中で最近完成した500KVの神流川線と葛野川線を給電させている。 利根川水系の神流川揚水発電所からの神流川線は鉄塔19基で西群馬幹線104号鉄塔で接続。 6基のダービンの内1基がh15年12月完成.増設工事が行われている。現在は500KVに昇圧され送電されている。 葛野川発電所からの葛野川線は鉄塔33基で東山梨変電所脇の西群馬幹線220号鉄塔と接続。 h10年10月に完成した新しい送電線で.先週は大菩薩牛寝通りを下山し松姫峠から相模川水系の葛野川ダム(下池)に至っている。 その揚水池が笛吹川側の大菩薩湖上日川ダム(上池).西岸の日川尾根に西群馬幹線が通り.南大菩薩連嶺を経て東山梨変電所へ。 道志川流域 東北面・・奥道志主稜と甲相尾根甲相国境尾根 東面背稜は道志と丹沢の山々 下る道.登り返すと奥ノ岳1371mにでる。山名標は分からなかった。今度は北東から東方に道志川対岸の展望が開かれる。 道志川を隔て中央左が加入道山,大室山で.その下が白石峠。右の水晶沢ノ頭.大界木山と続き.城ケ尾峠に乗るのが畔ケ丸。 更に右に延びる尾根はブナ沢ノ頭と菰釣山。大室山の左奥が赤鞍ケ岳を主に道志山稜。右奥は焼山から黍殻山.袖平山に至る丹沢山稜になる。 鹿留川池ノ平と大野山 石割山分岐手前の奥ノ岳1371mより.14:36高座山.大権首峠(おおざす).杓子山.子ノ神.鹿留山 北西側の鹿留川上流の2つの林道 中段の林道は子ノ神から石割山を結ぶ尾根の立ノ塚峠(たちんつか.内野峠)を横切る林道。 忍野から峠までは林道が綴られているが峠越え先からは途切れている模様。 手前の林道は細野鹿留線から県営林道鹿留線に入り.鹿留川から外寄沢沿いに源流を回り込み.十二曲峠にでている。 峠越えは村営林道鹿留線で忍野と結ばれている。又外寄沢を更に入るのは支線の外ヨリ線。 笠富嶽 石割尾根に越えの小富士と富嶽.14:36 鉄塔より南西面穏やかな下りとなり距離は縮む。ただ何処も視界は樹林で閉ざされ展望はなくなっている。 奥ノ岳で1本取り,送電線鉄塔にでると富士を含む西側の山々と幾つもの送電線を繋ぐ鉄塔群を持つ.甲相の境を持つ山伏峠が見下ろされるようなった。 諦めていた石割山は日向峰の山蔭になり.その上に秀麗たる富嶽に覆い被さるようレンズ雲を乗せている。富士の裾野も空も大きくでかい。 1969年正月の富士は烈風をうわ丸まる暴風の荒れた富士だった。御殿場三合目にBCを設けたが登頂できず.滑落遭難事故が続出していた。 下山の折.雪線からみ遠望したのが箱根の山と杓子山・御正体山。 その逆側から今望んでいる。山中湖が樹林の切れ目から隠れるよう望まれていた。 山伏峠へ土腐るようなぬかるんだ緩やかな起伏の尾根を歩む。
山伏峠の送電線 送電線西群馬幹線257号鉄塔と道志川沿いに延びる佐久間東幹線303号鉄塔(中央)が寄り添うよう並行している。 西群馬幹線は259号鉄塔で甲相尾根1182m峰を越え.1174.1m峰北側では天竜南線と再び寄り添う送電線群。 山伏峠周辺には3つの主幹高圧送電線が絡むよう並行して並んでいる。 越後から続く西群馬幹線は大菩薩.鹿留山の北側を通り.私たちが歩んできた御正体山を横断し.ここ山伏峠へ越えてきた。 又道志川沿いに宮ケ瀬湖を抜ける佐久間東幹線は山伏峠の向かいを横切っている。 それに天竜南線は御坂山塊の北側沿いに杓子山の東尾根を越え.石割山から平野変電所を経て高指山の北側を越えていた。 この3つの送電線が世附川源流を回り込むよう並行し.又は交差して横切って西丹沢の新富士変電所と結ばれる。 明日はその甲相国境尾根に再び山中湖から登り返し.三国山稜を歩む。 左写真の遠方には三国山の東尾根..000m級の県境尾根が西丹沢不老山まで続く。この裏が新富士変電所. その上流に位置するため西群馬幹線.佐久間東幹線.天竜南線等の大容量送電線とその鉄塔群が多く見られた。 又国土地理院の地形図上では送電線の位地に.正確さでは微妙であるが複雑に絡み合っている。 佐久間東幹線 佐久間東幹線は天竜川佐久間ダムを起点に佐久間発電所の脇にある開閉所を経て.新富士変電所に繋がれ東富士分岐線をだして 本幹線は西丹沢を北上し宮ヶ瀬湖の北側を回り.西東京変電所(東京都町田市)から首都圏に送電されている。 又佐久間発電所(周波数変換所)で東幹線は50HZ.西幹線は60HZで名古屋変電所(愛知県春日市)へ送電されている。 西東京変電所の送電線と接続先 西群馬幹線(電源開発)A.257KV. 西東京変電所〜新富士変電所〜北相模変電所〜佐久間発電所 只見幹線 (電源開発)A.257KV. 西東京変電所〜多摩変電所〜南川越変電所〜田子倉発電所 東京西線 (東京電力)A.257KV. 西東京変電所〜南多摩変電所〜新多摩変電所 京浜線1.2号線.京浜線3.4号線.西北幹線.港北線,(東京電力).257KV 柿生線,南多摩線.川崎火力線.(東京電力).154KV 山梨東新線・・構想 静岡県小山町,新富士変電所から山梨県都留市の甲信幹線に至る約30kmに渡っる50万Vの送電線。 静岡県との県境の明神峠から北側の山梨県境の山稜に至る約5.4km。 この事業は山梨県の電力供給に合わせ.首都圏の環状電線系統の整備を図り.電力の安定供給を目指している。 現在の甲信幹線は竜島発電所から山梨変電所と結ばれ.その後東山梨変電所の完成で.御坂線と都留線に分断され, 山梨変電所まで450基位になった。又2015年より山梨県双葉IC付近で建て替え工事が行われている。 新山梨線に建設に合わせ,既設の天竜東幹線(15万4千ボルト)を新山梨線に併架し.併架後は既設送電線路を撤去することになった。 予定しとしてるルート一帯は県立丹沢大山自然公園に指定されてをり.東側は丹沢大山国定公園・西側は富士箱根伊豆国立公園・ 又南側は静岡県の自然環境保全地域とそれぞれが接し.自然環境の保全.風致の維持が強く求められている。 鉄塔規模の最大128mの高さ。・・2010年09月 山中湖々畔へ ここで山伏峠へ下ることにした。石割山分岐から頂稜から分かれ山伏峠へ降りる。 暫く下ると霜柱がこの時間帯に溶け始めていた。下る重みで靴底から「ボソ.ボソ.」と霜柱が割れる音が響く。日没近い,この時刻に。 痩せ尾根を抜けるとカヤトの長い峠路にでる。横切る送電線の架線も大分低くなり.潜るようなると山吹峠の上に立つ。 山吹峠 「峠」と云うj響きの言葉には誰もが惹かれる言葉。何故か判らぬが峠の先を想像するのか? 何か惹かれるものがある。 道志の地名を知り.道志川源流に山伏峠があることは知ってからは地形図を眺めながら三国峠と共に楽しみのしていた 山吹峠にでる。 峠には幾つもの山道が山中湖村寄りに綴られていた。道標がない枝道が殆どで.その上あっても古く読めぬが枯朽された所もある。 この幾つもの山径は私有地で立ち入り禁止と後で知るが.それを示すものすら掲げられていなかった。 停まっては先へ進み.丹沢寄りに「歩む人.道志口へ」の道標を見付け.熊笹の斜面を掻け分け山伏トンネル北詰の登山口に降りている。 山伏トンネル南詰 道志側に下りトンネルを潜り山中湖側.湖畔に下りる,15:43道志みち 国道413号線.「道志みち」を下り.山中湖までヒッチハイクをしようと思っていた。ただ停める間もくなく続く車。 往来は激しく停める道幅もなかった。 天竜南線 平野への街道を2つの紅白鉄塔に挟まれるのを見下ろしながら下り.竜南線の146号と147号鉄塔との間に架かる送電線を潜っている。 この天竜南線は頭上.高い空間を横断し石割山から杓子山の肩に至り.三ッ峠府戸尾根.御坂峠を越え.甲府盆地先から繋がってきた送電線。 この送電電は信州方面から電力需要の補充のため新富士変電所を経て京浜地区へ送電されていた。 右岸沿いの大堀川とも離れ真っ直ぐ下り.そろそろ下りに飽きたころ,右手に「石割の湯」の道を合わせ.更に右に民宿「カッコウ」を見い出した。 最初に予約を願った小陣まりした宿だった。HPでは登山者を歓迎し.味が勝負の宿とある。 シーズンオフで只今休業中. 湖畔はテニス等.暖かい時期は合宿等で賑わいをしめしているが冬季は閑散とし過ぎていた。 泊まる宿が乏しく.宿の取次で湖畔の「わかさぎ屋」さんを紹介して下さった。 日没を迎える山中湖「石割の湯」付近 湖畔前.平野 16:21都会感覚で予想する私にとって日没は思いのほか早かった。山上の富嶽の斜面に陽が沈む。もう黄昏の街道は帳を迎えていた。 新井に入り街道に家屋が並びだすと平野のバス停にでて.その先の交差点手前の酒屋で宿への道を尋ねている。 左折してそのまま国道413号線を進み.山中湖々畔沿いに入り.街を抜けた所に宿はあった。 切通峠に繋がる一之砂川を渡ると右手に直ぐ.真新しく建て直された「わかさぎ屋」を見出している。 ここは20年前に子供達とキャンプをした撫岳荘(ぶだけ)キャンプ場の隣りだった。サムも連れ持参した自転車で.妻と湖畔を一周した記憶がある。 その後日.知ることになるが20年前にキャンプした撫岳キャンプ場。その前年に家族全員で.隣りの旅館に宿っていた。 その隣りはこの「わかさぎ屋」か? 製本組合の協定旅館だった。当日はそれも知らず.聞くチャンスも失っている。 ・・1987年07月.88年08月.08年12月.08年12月 道志一部と丹沢山塊略図 今倉山より道坂峠.御正体山の稜,写真・・2011.07.09/11:00 12.29.御正体山ヤラ尾根越え・・265号鉄塔からの展望と山中湖「わかさぎ屋」 12.30.カヤトのパノラマ台から三国山稜と籠坂峠 |