| 大菩薩連嶺最南の山.笹子雁ケ腹摺山20.を越える。jr中央東線.笹子駅から笹子トンネル越えの甲斐大和駅・・桂川笹子川流域Top 笹子御殿を挟む2つの支尾根. 朝方は笹子峠北肩を横切る日当たりのトクモリ南尾根から小路沢左岸の尾根を下り日陰の集落へ ヒオドシチョが踊る笹子御殿から笹子峠北脇の小路沢左岸のjr八-勝線の鉄塔尾根を選び.東支尾根を下る 2012年03月29日.松村 トクモリ南尾根から米沢山.笹子雁ケ腹摺山・・道路公団笹子線15号鉄塔とヒオドシチョ 笹子御殿から小路沢左岸尾根(jr八-勝線鉄塔尾根) jr笹子駅北側に広がる笹子川北岸には笹子御殿・米沢山・トクモリ1412m・お坊山本峰・東峰1421mと笹子川左岸沿いに連山が聳え. トクモリとお坊山東峰からは南方に顕著な2つの南支尾根を延ばし.笹子川のjr笹子駅.上流側を取り囲んでいる。 笹子雁腹摺山からお坊山南東尾根へは3年ほど前の師走に出向き.南支尾根と鉄塔枝尾根を下りている。紅葉真っ盛りの中だった。 その後.滝子山を取り囲む各ルートにも踏み跡を残している。ただ笹子川北面からの入山は何時も下るだけで今回が初めての登り。 朝方は冷え込みが激しい厳しさで.南面の日向斜面に入山を求め.トクモリ南尾根から笹子御殿に立ち.小路沢左岸尾根を下ることにした。 トクモリ南尾根 追分地区より見上げる2012.12.02/15:48裾野の枝尾根を横切る送電線は道路公団笹子線鉄塔群 笹子新田の集落から右上はお坊山東峰の南尾根と南東尾根 トクモリ南尾根 雁ノ腹摺山手前の展望台より変電所を発ってから笹子御殿の展望台に立ち.南尾根を真横より見下ろしている。・・10:50 3月29日(木)快晴・・トクモリから笹子御殿 jr御徒町¥1890=神田5:00=5:57高尾,松本行6:14=7:06笹子一8:10一8:25岩場前小さな鞍部:35一9:53トクモリ 一10:30米沢山一11:30笹子雁腹摺山12:00. 冬富士 まだ真っ暗闇の神田駅で中央線に乗り換える。 白みだした星空は電車が新宿を過ぎる辺りから次第に明るさを増し.阿佐ヶ谷を過ぎる頃.明け方の明かるさを取り戻している。 武蔵境付近で雪白き富士の全景を仰いでもいた。純白に煌めく富士の姿が周りの山並を従え.秀麗たる山容は一層大きく望まれた。 立川駅を過ぎ多摩川鉄橋を渡ると電車の左車窓からではなく.右側から改めて富士山がその姿を現した。言葉としては錯覚に覚える。 過って大分昔の話だが中央東線の長坂付近で列車がスイッチバックした折,やはり右側の車窓から秀麗たる富嶽を仰いでいた。 子供がはしゃぎ「富士山だ!」と奇声を上げていた。あの時も朝日を浴びる車内にいた。正月を餓鬼ケ岳で迎えるための車中だったと思う。 豊田に入り.朝の日差しが車内にも射し込むと眠む気を覚ますよう車内は活気ずき.雲1つない蒼空は今日一日の晴天を約束させていた。 今朝は大きな移動性高気圧の影響を受け.本州全土が束の間の晴天に恵まれた。 笹子の集落群 追分地区より.7:44中央の背は滝子山と花咲山 お坊山南東尾根と向い合せの対岸は石切山北尾根の末端尾根. 奥が滝子山.中央に霞むのがjr大月駅前の菊花山。 右端の坂道.林道は昨年暮れに48年振り南岸に入り.凍り迷った追分隧道への道。 甲州街道を西へ 笹子駅では久し振り,数人のハイカーと下車を共にした。暖かい日差しを浴び.駅舎前に集う姿は長閑な風景に見える。 駅舎から朝日を背に受け.笹子川右岸沿いに並行する甲州街道.R20号を笹子隧道に向かい西へ歩みだす。 街道右手の狭い歩道を歩むと直ぐ右手に.笹子川日向橋が架かっている。 お坊山東峰南尾根の取付きで.笹子駅からお坊山を周回して.この尾根を下ることを考えていたが距離が短すぎ諦めていた。 その先が妙心寺.朝日を真面に受けた明るい南台地の墓地を見上げ.お寺さんの正門脇には「江戸日本橋ヨリ二十五里」の石碑がある。 昨年暮れに訪れた時は左側の歩道を歩.「東京まで107km」と観光用の標柱を見ている。 タンポポ 明け方前に家を出ている。我が家の脇.タイルの歩道縁の隙間に一輪のタンポポが黄色い花を咲かしていた。 昼間は陽当たりのよい場所で.今朝はまだ街路灯に照らされていた。時期早々で珍しく見とれながら通り過ぎている。 この甲州街道の道路脇はまだまだ雑草も生えぬ殺風景な場所だった。常緑樹林以外は何処も裸木に被われ,庭先も裸の大地が多い。 米沢山とトクモリ南尾根 再び国道.甲州街道にでて.7:44取付きのコブ上に15号.14号鉄塔が建つ jr笹子駅舎から新笹子隧道方面に甲州街道を25分ほど歩むと街道の右脇に「公民館前」のバス停がある。 右側の川沿いには2本目の橋が架かり.先の屋影橋を渡り直ぐ左折し.細い舗装道伝いに辿ると追分の西側を抜け再び街道にでる。 大きく西側へ廻り込む街道を進むより早い。 やや高みに入り.振り返れば笹子川の支流.新田沢の谷間が大きく開かれていた。大菩薩嶺南端と御坂山塊北端とを隔てる大きな谷間。 左岸沿いの東南斜面は朝焼けも薄れ.カラッとした溢れるばかりの朝の陽差しを浴びている。 大沢山北尾根と中尾根ノ頭中尾根 追分地区より狩屋野川沿いを見上げる.7:42ガードが国道で右脇が旧甲州街道口. 送電線は212号.213号鉄塔 左手からは狩屋野川が入り込むと大沢山の北尾根や中尾根ノ頭中尾根の末端が扇状に広がり.新田の集落を囲んでいる。 その壁のような尾根末端上には西群馬幹線の巨大な鉄塔が綴られ.澄み切った空に堂々とした姿で聳えていた。 R20号線.新笹子隧道の笹子口側 道路公団の建物と変電所に16号終番鉄塔.7:47左が小路沢ノ頭北尾根.右がトクモリ南尾根に取付く林道で隧道を潜ると宮本からjr甲斐大和駅にでる。 迂回してきた街道と合わさり少し近道を取った。トラックや大型車が頻繁に通る新笹子隧道口前にでる。 その手前の右手には細道が入り込み.右折して笹子川の支流の米子沢.不動尊橋を渡れば道路公団のトンネル用変電所前にでる。 道路を隔てた反対側がトクモリ南尾根の取付き地点. 脇に公団笹子線15号鉄塔のL字の白い巡視路標柱から上がる。 真上には道路公団笹子線16号鉄塔が走り.背の構内に終番鉄塔が見上げられた。 尾根への取付きは公団の変電所からになる。16号鉄塔を抜けている。 トクモリ南尾根末端 左手の米沢川に建つ16号鉄塔.右上は15号・14号鉄塔「トクモリ」はアイヌ語に由来し元は朝鮮語。「トク」は又凸起物.「モリ」は同源同義語で「ヤマ」を意味する。 又田野では「門井沢ノ頭」.「トクモリ」.笹子では「ヨネ沢ノ頭」.「お坊さん」と呼ばれ.総称で「トクモリ」.「お坊さん」とも云われていた。 この山名は葛野川左岸尾根上の大寺山と麻生山との間に同義のミツモリがある。滝子山の下流では別名は「ミツモリ」と呼ばれ. 又トロクボ沢の「トロ」は「トク」と転訛した言葉。・・HP「悠遊趣味」氏より トクモリ南尾根は笹子川の支流米沢川とトロクボ沢に挟まれ笹子川追分に没する尾根。 ほぼ直線状に落ち.尾根の取付き付近は檜の植林帯に覆われている。ただ尾根全体は雑木の裸林に満ちている。 この尾根を下る場合は1050m圏.尾根の肩地点では直進し下降してしまう恐れあり。 注意を要するが登りは全く気を留める場所はなかった。尾根伝いに登るには地形図も磁石も必要としない尾根になる。 道標のない登山道になっていた。 短い巡視路 正面・・朝陽に霞む15号鉄塔.8:06道路公団変電所の正面向かいの落葉に埋まる小さく窪む涸沢がトクモリ南尾根の取付く。 崩れかけた古い梯子に「15 公団笹子線」標柱があり.直ぐ左右に横切る作業がある。 巡視路は大きく左手から巻き込んでいるため.取付きで終番鉄塔からの頭上に架かる送電線の先を目安にすれば 方向が漠然とだが判り安い。取付きだけ小径は確りしている。薄い作業道の交差は高みを選んでいる。 巡視路の初めは微かな踏み跡になっていた。 程よい高さから右手にトラバース気味に細い涸沢上流を横断し.ほぼ水平な小径を南西に向かえばよかった。半ば埋もれた プラの階段が現れ.手前の15号鉄塔基部にでると漸くプラ階段の先で尾根に乗る。朝の陽光に照らされ.私の体を温めだしてくれている。 更に登ると直ぐ右手に次の14号鉄塔が現れる。尾根筋ははっきりし藪絡みの中.今登ってきた笹子川の追分の集落が見下ろされた。 この道路公団笹子線は送電線笛駒線81号鉄塔から分線されている短い送電線。17基. 又反対の初鹿野側の隧道口には公団大和線があり.下山時に確認している。 トクモリ,お坊山,東峰 936mコブより.8:18冬木の絡む先に本社ケ丸が望まれ,前方を仰げば尾根らしくなった。 936mコブにでてトクモリ.お坊山.東峰の大きなコブの頭が姿を現し.朝日の陽光が冬木の枝々を繊細に煌めかしている。 936mコブ北側鞍部・・岩場は左を巻く.8:27御坂山地・・角研山北尾根 笹子川対岸を望む.右下は13号鉄塔.8:44角研山北尾根 南尾根1050m圏峰手前で見渡しのよい場所にでる。目の前の笹子川対岸に御坂に位置する角研山北尾根の全体像を浮かびだされた。 昨年暮れに.jr笹子駅から大沢山北東尾根を経て.角研山北尾根を周回した時に下った尾根。 この北尾根にも送電線葛野川線と末端にjr大-勝線が横切り.尾根末端は穴山林道にぶつかっている。・・2011.12 角研山1377mと庭洞山1006mとの特徴がある鞍部には黒野田林道が横切っていた。 この尾根周辺には駄々広いなだらかな台地が広がってをり.そこからは洛陽までの一時の間.斜陽する夕陽に照らされていた。 そして樹林の枝越し正面には南大菩薩に連なるお坊山連山も.洛陽を浴び.同じようなオレンジ色の赤みを帯びていた。 今回の北尾根側は山陰に隠されている。朝日に照らされていた南面の私の足元は赤味を失い.昼間の陽差しに落ち付き始めていた。 反比例するが如く.陽の届かなかった北尾根はもう直ぐ明るい尾根になる。 南尾根1050m圏峰 上部から臨む尾根.2つの尾根が競り上がった肩.8:53左方から登り詰める・・前方は枝尾根 トクモリ南尾根の1050m地点肩から南西に枝尾根を派生させ.主尾根は南東と南へ.2つの尾根を派生させている。 写真左側が登ってきたルート。正面先には横枝が3本置かれ.ルートでないことを示していた。 テープ類が無いので下りは要注意のポイント地点になる。 急斜面が続く.9:12 ツメ手前の小さな露岩地帯.9:20トクモリ山 ツメに擦れた赤テープあり.丸みを現した最後のツメ.9:53主尾根へ ツメで更に最後の急登が続く。落葉と硬い土壌に隠れ踏み跡は全く分からなくなる。頂稜の尾根筋はまだ見極めず。 頂近く均一になった斜面を登り始めると枯葉を落とした灌木裸林の先は蒼空で埋まり.頂らしき丸みを描き望まれた。 何の変哲もない冬木に被われた頂. お坊山から米沢山への縦走路に飛びだす。 頂稜の起伏は緩やかで視界は絡む樹林に閉ざされていた。2度目の頂で.要領が判っているせいか. 気落ちはないが小鳥の囀らさえない静か過ぎる頂に立つ。 風はない。冬木の陽溜まりの頂に踏み跡が綴られている。この尾根を下る場合.暫く下らねば斜面の均等が崩れ. 尾根の起きるのが分からぬほどの斜面は一線に引き落ちている。要注意. 御坂山地の最南東部・・鶴ケ鳥屋山〜本社ケ丸 , 米沢山手前で南面の笹子川を隔て左側の尾根末端先が道志山地になり.大菩薩嶺の最北部から笹子川を隔てての遠望 奥秩父連峰と日川尾根中端 右景・・北面の右奥は日川上流部.10:00奥秩父連峰と大滝山.深沢川右岸尾根 左景・・米沢山の手前で鞍部付近より城山から北上し甲州高尾山.棚横手から宮宕山(大滝山)に登り詰める尾根・・嵯峨塩深沢林道と右端が深沢峠 左下は手前が米沢山北尾根.コブの間が207号鉄塔 大蔵沢右岸尾根 西群馬幹線の鉄塔尾根![]() 中央部は日川左岸の支流.雨沢と河井沢を隔てる天狗尾根が大鹿峠から派生している。この尾根は笛駒線の鉄塔尾根 大蔵高丸南西尾根 西群馬幹線の右手が大蔵沢流域日川と大蔵沢を挟む尾根 手前の鉄塔は大谷ケ丸西尾根に乗る205号鉄塔.西別尾根には204号鉄塔が乗る。 大きく弧を描く南西尾根は昨年10月に大蔵沢右岸尾根を登行している。ツメ前後の笹薮帯がポイントだった。 取付きの少し先で高丸から大谷ケ丸に連なる山稜を一望できたがその先は登行中.殆ど眺望は得られなかった。 藪漕ぎは尾根が東側に巻き込む周辺が酷く.時には人の肩まで達し.ここでは念のための磁石は必要だった。 日川尾根と日川中流流域 西群馬幹線の左手が日川中流の田野地区この2つの鉄塔の間の左手に天目山隧道があり.そこから大蔵沢大鹿林道が右奥の大蔵沢沿いの谷間に延びている。 紅白に塗られた22号鉄塔は周辺の山々からは目立つ存在の大蔵高丸南西尾根に建つ。 米沢山 10:30トクモリ山との鞍部から登り詰めた米沢山1357m。頂からは何処までも深い紺碧の空. 富士山と八丁山 6号.7号.8号鉄塔.10:53新山梨変電所から登る御坂線.都留線の併用された送電線鉄塔 米沢山々頂から下る北尾根の踏み跡を分けると.笹子雁ノ腹摺山の間の尾根筋は小さな起伏が幾つもあった。露岩混ざりの痩せ尾根になる。 そして鎖場で華麗極まる雪富士を眺めている。左肩に御殿場の斜面が望まれ.思わず足を止め昔を想い.煌めく斜面を見詰めていた。 冬.春富士と何度となく訪れた御殿場の斜面。夏には子供達と大走りを走っていた。 展望台 直ぐ傍の展望台からは笹子川流域を見下ろしていた。この2年.何度通ったか? 蜘蛛の巣のよう笹子駅に向かい.或いは出掛けている。 今朝も笹子駅から出向ている。初めての山行は三ッ峠に向かい豪雪に遇っていた。縦走できず街道もラッセルし戻っている。 40年前の話である。大雪に遇い待合室のダルマストーブに石炭を足し.列車を待っていた覚えがある。 ニボシをストーブの上に乗せ.焼いたのもこの駅が最初だった。イワシの香りに凄い煙が待合室に充満したのを覚えている。 展望台の台地に腰を下し.暫くは駅舎から幾つもの道を追い.通った山行を想い更けていた。 南大菩薩連嶺とお坊山三峰 奥の二つの小さなコブが大谷ケ丸北峰.南峰.南大菩薩連嶺(大蔵高丸〜破魔射場丸〜大谷ケ丸) トクモリ南尾根 10:54南尾根を登り切りトクモリを越えての展望.歩んできた南尾根を見下ろされ.笹子川左岸の下流側は お坊山からの南尾根を派生させている。トクモリ南尾根越えにチラッと望まれた。又遥か遠くに道志今倉山を望む。 笹子川の対岸は御坂山地の最南端に当たる。市界尾根に乗る本社ケ丸から鶴ケ鳥屋山・高川山へと末端は大月市街地に落としている。 笹子川北岸に落ちる尾根も顕著に望まれ.角研山北尾根. 石切山1541m.北尾根. 本社ケ丸東峰北尾根. 大沢山北東尾根 笹子雁ノ腹摺山(笹子御殿) 展望台より.10:54左上の遠望は御坂黒岳から節三郎岳釈迦ケ岳.手前がボッコノ頭 笹原 笹子雁ノ腹摺山の径.大きく鞍部を乗り越す。一昨年.師走に訪れた時は広い起伏のカールは一面の熊笹が覆っていた。 笹原の斜面が綺麗に波立ち.冬木の茂る中.ここだけは緑茂る斜面を現わしていた。 その笹藪が1本もない裸土と枯枝の世界に変わっていた。米沢山からの笹原は何処も見定めることができないほど衰退していた。 見える地上の部分.全ての笹薮は失われ.葉は落ち枯れたスズタケの藪に被われている。師走にはぬかるみもあったが 今回はぬかるみも半ば凍る斜面になっていた。索漠とした斜面を一気に詰め笹子雁ノ腹摺山の頂へ。 御坂山塊・・西側の北面と主稜 遠望アップ・・御坂黒岳と釈迦ケ岳.11:36遠く御坂主稜の山腹を刻む痛々しい姿は県営林道蕪入沢上芦川線。 ボッコノ頭.右に上がり大沢山 笹子雁ノ腹摺山々頂 11:30笹子雁ノ腹摺山肩の登山道.11:28 気持ちよく晴れ渡った頂.遠方は八ケ岳連峰. 笹子雁ノ腹摺山 山梨県の国中地方と郡内地方を隔てるように聳えるのが笹子雁ノ腹摺山(笹子御殿)1357m。 笹子雁ノ腹摺山の肩にでて.右手に「208号に至る」の巡視路標柱を分けると小さく細長い平頂に立つ。誰も居ない頂. 前回訪れた時は丁度頂に立ったハイカーに.もっと近くから富士山を望みたいと尋ねられ御坂黒岳を紹介している。 そして私も昨年.富士山の秀麗さを真近で見せたいと.見城先輩と御坂黒岳を南北に横断した。 ただ運悪く濃いガスが掛かり.山中では一度も秀麗な富士の姿を望むことはできなかった。 改めて頂を見渡すと幾つもの道標や山名標が立てられている。 「山梨百名山」平成8年10月大和町の木製山名標は合併で町の字が消されていた。その脇にも道標があり. 少し離れた所には「大和十二景」の標柱が立つ。最近よく見る大月市の赤い矢印の道標は平地枠に三角点標石を囲むようある。 笹子峠側.日川の左岸流域 笹子雁ノ腹摺山より.11:40遠方は南アルプス. 中央の稜は鉄塔尾根の頭.中尾根のコブ.小路沢ノ頭. 左上に刻まれた道筋は京戸山林道. 又少し戻った所に「208号に至る」のL字標柱が立つ.ここが笹子雁ケ腹摺山北尾根の取付き。1065mで山ノ神の石碑が立ち. ロープ場を幾つか過ぎ棚小屋沢林道に下り.道の駅「甲斐大和」裏にでる。 笹子雁ケ腹摺山の空 紺碧の空は今年一番の空.朝方から天界を見渡しているものの.雲の姿は今だ見ず。雲量0の深みをもつ蒼空が天空を覆っている。 ジェット機の爆音を耳にする。飛行機雲を探すも見当たらなかった。自衛隊のヘリが一機.南方の上空を東から西へ抜けてゆく。 微風の北風に日差しは春の暖かさを感じさせていた。 ヒオドシチョ 呑むビールも生ぬるい。ふと眼の前に蝶が舞う。濃いオレンジ色で斑な黒い波紋がある。蛾か.蝶か? 羽ばたきは優雅に飛び動きは蝶のようだ。目を背けた間に見えなくなった。と思うも再び番で現れた。 山を下りてから数年経ち.2009年03月に奥多摩醍醐丸から今熊山まで歩んだ人の紀行文を読むと市道山の山頂でこれと同じ蝶を見ている。 蝶が飛んできては地面に止まる姿を見ている。「ヒオドシチョウ」と呼ぶらしい。昔のひおどりの鎧を連想させることからこの名がついたとか。 初夏に発生した個体が同年に冬眠し.桜の開花の少し前に越冬から覚めて活動する。 「タテハチョウ」科の昆虫.中型の蝶で開帳は6cm内外.翅の表面は緋色に黒い班紋がある。 日本では主にエノキを食樹として樹液.獣糞.腐果を好む傾向が強く.華麗な花ビラにはほとんど集まらないらしい。 トクモリ南尾根から小路沢左岸尾根ルート図 トクモリ南尾根から米沢山.笹子雁ケ腹摺山・・道路公団笹子線15号鉄塔とヒオドシチョ 笹子御殿から小路沢左岸尾根(jr八-勝線鉄塔尾根) |