西丹沢.河内川右岸尾根・・丹沢の山々Top 河内川左岸尾根

     2017年11月. 雷木沢左岸尾根から甲相尾根.水晶沢ノ頭―パン木ノ頭.諸窪ノ頭から畔ケ丸南尾根.大滝峠上を経て大滝橋bsへ
     2017年11月. 水晶沢ノ頭雷木沢左岸尾根から甲相尾根―パン木ノ頭.諸窪沢ノ頭から大滝峠上を経て大滝橋・・東海自然歩道
     2012年04月. 西沢流域の下棚・本棚を見物し.畦ケ丸・屏風岩山を擁する尾根を南下―ミツマタの群生地から二本杉峠・・上ノ原

    大滝流域
     2017年10月. 一軒屋避難小屋から鬼石沢左岸尾根を経て畦ケ丸吊尾根―善六山から塩地窪ノ頭北尾根を経てビジターセンター
     2017年11月. 大滝沢と支流F1×3を巡回―地獄棚から径路を経て箱根屋沢ノ頭から東尾根下降・・中川bs

    大又川流域・・地蔵平
     2017年08月. 清水沢右岸尾根から大又沢.地蔵平―日陰歩道から屏風岩山南東尾根を下る・・丹沢ホテル時之栖入口bs
     2017年10月. 大杉歩道から地蔵平―セキノ沢.権現歩道から屏風岩山・・東尾根を諦め.二本杉峠から周回

    尾根末端・・丹沢湖以南
     2017年12月. 塩沢ノ大滝から大久保山東尾根を経て不老ノ活路―不老山.番ケ平.日影山,六郎小屋山南東尾根から河内川右岸道・・平山集落
     2018年01月. 芦沢の間伐林道から不老山線終点.径路を経て不老ノ活路―下半.谷ケ山を経て11号鉄塔を南下・・生土地区

   西丹沢の河内川右岸の尾根を南下・・西沢渓谷から下棚.本棚を探索し善六ノタワから二本杉峠へ続く畦ケ丸と屏風岩山越えの尾根

    西丹沢自然教室から西沢に入り.下棚・本棚と名瀑游山し.善六ノタワから畦ケ丸に立ち屏風岩山へ
      ミツマタの咲く河内川右岸尾根を南下し.二本杉峠から細川沢左岸尾根を下る 2012年04月18日.L松村m長塩
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     幼馴染Nとの山行は昨年.奥多摩の熊倉山南西尾根を詰め.浅間峠からドット浅間へと笹尾根を横断している。それからから一年近く経つ。
   昨年暮れに玄倉林道から入り.臼ケ岳南尾根を経て沗殻山ガタクリ峰に通じる尾根に乗り.宮ケ瀬湖へ下る計画を立て進めていた。
   それが彼の体調不調で中止になっている。その時は単独で大杉山稜を北上し.弥七沢ノ頭・ヤブ沢ノ頭を経て.板小屋沢ノ頭にでている。

     又年が代わってからは.奥多摩.御前山を南北に横断する日帰り山行に変更し望む筈だった。
   これも荒天で雪積もるとの理由で又もや中止なっている。先月は彼の希望をかなえ三条ノ湯から飛龍山に.それも不調とのこと直前で中止にした。

     山行の意思はあるものの.直前で気後れを起こしているのだろうか? それでも今回は彼の希望を添えて.山行が実ることになる。
   何度も誘いを受けて計画を練るも.選んで出掛けるまでが大変だった。難しいチームワーク? それでも幼馴染.大切にせねば。

     彼の希望は畔ケ丸. 私の希望は同角山稜だったが以前に登りダブルと云うことで.河内川右岸尾根の畔ケ丸を選び,西沢から入山。
   ただ天候は思わしくなかった。午前中は陽射しを受け蒼空に恵まれるものの.その後は薄暗い雨雲の中に入っている。
   気にはならないほどの小さな雨滴が常に降り注いでいた。周りの山々はおぼろな雨雲に覆われ.やや肌寒い山行になった。

    Nと「西丹沢」に入る
     これから目指す畦ケ丸は西丹沢自然教室バス停から西沢へ入り.まず下棚沢下棚と本棚沢本棚の大滝を見物。
   善六ノタワからは古道を幾つも持つ中川川右岸尾根に乗り.モロクボ沢ノ頭から畦ケ丸に立ち.昼食を兼ね軽く酒を交わした。
   そして屏風岩山を経て二本杉峠から上ノ原集落に下る。直進すれば世附権現山を越え丹沢湖に没する尾根。

    丹沢湖の入江と中川川左岸尾根末端
   山北藤野線.焼津より.8:13

   4月18日(水).晴後雨雲
     jr御徒町¥160 5:00=神田5:12=5:29小田急新宿急行¥750. :46=7:02新松田¥1150. :15=8:26西丹沢自然教室bs.

    中川左岸尾根末端
     路線バスが丹沢湖を渡り.街道の左前方に架かる中川橋が眺められると右前方に朝陽を浴びる遠見山西尾根が対岸に広く望まれる。
   手前に大きく望めるのが湖上平600m圏峰. 重なる戸沢ノ頭。その右手には丸ノ山. 428m峰と重なる580m圏コブ。正面は戸川沢出合か?

     写真は湖畔北岸に聳える大杉山山稜の末端近くに当り.河内川が流れ込む丹沢湖の大きな入り江の中になっていた。
   路線バスの車窓から見上げる山並は昨年11月に初めに西丹沢に入り.左岸の大杉山稜を越えている。その折はここ中川橋が取付きだった。

    箒沢権現山と右下が峰山の小コブ735m
   湯沢・・山北藤野線.玄倉寺付近より
   手前が屏風岩山東尾根.窪地が箱根屋沢出合

     畦ケ丸から二本杉峠
       8:26西丹沢自然教室bs:45一9:40下棚沢出合:50一9:50本棚沢出合一11:10善六ノタワ:20一12:16畦ケ丸13:40
       一14:30大滝峠上:40一14:45山林管理道分岐:55一15:25屏風岩山:30一16:23二本杉峠:30一17:16上ノ原bs付近.
    山北藤野線
     山北藤野線.県道76号線の起点は足柄上郡山北町向原.終点は相模原緑区小渕で総延長20.373km。
   終点「西丹沢自然教室」バス停で下車.その先の林道は閉鎖されていた。迂回としての林道犬越路線は点線県道で一般車両通行止。

     犬越路隧道の西側上には古道の峠路.犬越路があり.月夜野とを結び神ノ川沿いに下りている。
   又ここは東海自然歩道に指定されてをり.道中一番の難所として知られていた。

   西丹沢公園橋を渡り

     自然教室裏側の西丹沢公園橋から河内川の右岸に渡るや直ぐ西沢の河原に降りている。眩い朝陽を浴びながら畦ケ丸.西沢コースを遡る。
   西沢渓谷に射し込み.朝方の優しい陽光が川面を煌めかせ踊らせている。澄み切った光景が朝方の清々し渓谷美を創りだしていた。
   大きな3つの堰堤があった。その間には幾つもの丸太橋が架かり.飛龍する流心を受け.右岸に左岸へと辿る。

    河内川右岸の西沢渓谷
   幾つもの木橋を渡り遡る.9:00

    西沢渓谷
     何時ものことだが初めて入る山域に心を躍らせていた。気をそられる何かを期待してか,仄かに湧きあがる気持ちが愉しい。
   新松田駅からの路線バスの終点.西丹沢自然教室は西沢.本流,東沢のほぼ合流点に位置しビジターセンターとしての役割を果たしていた。

     西沢の渓谷は畦ケ丸東北面に突き上げてをり.ここから入渓した。中川本流は大室山の南面から先は甲相尾根のパン木ノ頭を源としていた。
   又背に当たる中川川の左岸の東沢は檜洞丸西面から石棚山稜に至る流域に入っている。

   第三堰堤手前のミツマタ.9:10

    権現山分岐(奥権現山.中川権現山)
     3つ目の桟橋を渡り左岸にでた対岸が下ノ権現沢出合に当たり.塩地窪沢ノ頭南尾根(小川沢右岸尾根)の末端取付きになる。
   更に4つ目の堰堤を越えると箒沢権現山への分岐にでていた。

     ルートは下棚沢と権現沢とに挟まれた支尾根上を詰め.畦ケ丸と権現山との吊尾根へと綴られてをり.
   地形図「中川」には登山道として破線路が付けられている。ただ事故多く.「林業用の径路通行止め」と大きな看板が立てられていた。

     権現山を指す道標は外されている。2007年に頂直下の痩せ尾根で転落事故が3件発生し閉鎖されたらしい。
   道標の周りには早くも大分色褪せたミツマタの花がしぼむよう飾り.雨水の不足か? まだ下草の茂みもない。

     それでも河原に茂る枝々は朝方の陽差しを浴び煌めき咲き誇っている。それは春の調べに乗り.暖かく.谷間一杯を明るく映しだしていた。
   3基目の中川台堰堤は表示板から見ると昭和52年代のもの。城石の如く確りした石堤で.頭上高くを仰ぐよう見上げられた。

   下棚沢下棚
   左岸に落ちる下棚.9:34

    下棚(しもんたな)
     分岐の少し先で下棚沢が合わさり.更に本棚沢が合流する。今回は西沢の滝巡りしてから山登りを始めている。
   西沢左岸の小山沢右岸尾根にほぼ並行して流心が流れ.顕著な支流は殆ど見られず.右岸側には幾つもの峡谷が壁のよう仰がれた。
   権現沢出合から上流は下棚沢.本棚沢.唐棚沢.下唐棚沢と「棚」と名付けられた谷間で.特に下棚沢.本棚沢には屈指の落差を誇る滝。

     経路の分岐尾根を過ぎると直ぐ下棚沢出合にでて.400m程遡ると下棚40m程の滝が落ちている。
   見上げると流心が綺麗に飛沫を跳ねさせ.その落ちる水粒を透す陽光の煌きが素敵だった。

     大滝の見学も久し振り.心洗われる気持ちで.首が痛くなるほど添い仰いでいる。ここは朝陽が射し透る明るい谷。
   下棚沢出合に戻るまで.暫く仰ぎ続けている。沢幅広いドン詰まりの一角から落ち込む渓相は大きな断層の擁壁に囲まれ.その真ん中に私はいた。

   滝の出合にでて再び本棚沢本棚へ

    本棚沢本棚
   ドン詰まりの本棚の鉢底.10:17

    本棚沢
     続く本棚沢は下棚沢出合から10分程の距離. 下棚と本棚との中間尾根を回り込む。そして清々しい気持ちで本棚をも見聞する。
   沢奥に本棚があり.下棚沢よりやや短い距離にある。ここもスケールは桁違いに大きい。左奥は落差60mの本棚.流心は圧巻する爽快さで落として
   見る者を圧している。右の涸棚の落ちる落差は120mと滝全体を一度に望むことはできなかった。

     沢底全体が摺り鉢底の深い屏風に囲まれた明るいすり鉢状の沢底はスケールが大き過ぎ.水量を見比べても本流を探すほど.先は高い。
   沢中央に立つと右手からも.やや涸れ気味に落ちる大滝があった。左手は本棚約60mが飛龍を巻き上げ.怒涛する勢いで落ちている。

     この2つの滝を挟む岩壁の中間尾根をも顎の出る高さで連なり抉れてていた。共に圧倒する擁壁は何処から見ても仰ぎ見上げる形になっている。
   沢が塞がれドン詰まりを感じさせている。勿論本流は本棚の先にあり.写真では左岸を示していた。

   出合に戻る道中

    女郎小屋ノ頭と芋ノ沢ノ頭が頭を擡げている
   右脇が箒沢権現山北東尾根・・2011.11
    中川川左岸尾根・・穴ノ平ノ頭~弥七沢ノ頭

     手前左岸の枝沢(二俣)は出合直ぐ先に更に本谷を塞ぐ古い堰堤が聳えている。そこを右手から巻き込むよう尾根に取付く。
   ショチクノ頭1033mから畔ケ丸に綴られる尾根にある善六ノ頭1419mから南東に落ちる尾根。本棚沢二俣の登山道から直登する。

     まだ冬木の茂みで絡み枝々の隙間からは昨年登った藪尾根が望まれた。尾根の南側山腹を綴る大杉山の尾根。
   何度が枝沢を横切り.善六ノ頭(涸棚ノ頭)1191mに手前鞍部.善六ノタワにでる。ここで1本取っている。

    甲相尾根
   右肩からの鞍部が犬越路.11:33

     大室山から続く水晶沢ノ頭.ジャカグチ丸(蛇ケ口丸)1033m.パンノ木ノ頭(香木ノ頭.香木山)と甲相尾根が広く開かれる。
   手前がモロクボ沢のその先に霞み望まれた。

    畦ケ丸
   見え出した畦ケ丸の頂.11:46
    甲相尾根と並行する善六ノタワからの尾根筋と権現への吊尾根からのモロクボ沢ノ頭への稜

     背の右後方は大室山.左後方には権現山が望め.権現山を巻き込むよう尾根筋を登ると次第に権現山と肩を並べ.見下ろすようになる。
   畔ケ丸への幅広い頂稜と起伏は気を注る支尾根たちが絡み合っている。

     畔ケ丸への.傾斜が緩むと距離が捗り.広い谷間を持つモロクボ沢が次第に競り上がる。モロクボ沢ノ頭(諸窪沢ノ頭.ミ沢ノ留木嶽)も真近に。
   甲相尾根が次第に近づいてきた。モロクボ沢ノ頭からの吊尾根が交わり.アセビが目立つと広い台地状の頂.畔ケ丸にでる。
   大室山手前で白石沢を隔てての畦ケ丸

    畦ヶ丸山頂
    

    大休止
     畦ヶ丸という山名は山頂付近でよく見かける馬酔木(あせび)から.この名がついたとも。畔とは塚の意味があり,
   遠くからは丸い塚のように見えることからとも云われている。樹林に覆われる山頂付近の展望はない。

     頂中央にデンと三角点標があり.標石1292m.基準点は「アゼガ丸」. 少し離れて道標と山名標が並んで立てられている。
   その脇に大きな野外卓が1つあった。広い平頂の割に眺望は薄い。少し北側に下ると北西側には霞む御正体山を背負うモロクボ沢ノ頭が突き上げていた。

     又更に右奥.遠方に道志今倉連山の3つのコブを見付けられたのは嬉しかった。
   既に山は陰り.雨雲が覆い始めている。周りの山並みも霞みだし.遠方を望むと遠近感を失い始めている。

     頂に立つのは我々のみ。広いテーブル一杯にザックから運んできた食材をだし.コンロを点ける。
   卓台の脇には早くも缶チューハイと角ビンが並び.頂に立ったと乾杯した。エビ.イモ.イカの天婦羅を肴にうどんを茹でる。
   次第に厚み増す雨雲が垂れ込むも.脇に友が持参した酒がある。気にせず.ゆっくりした時間を取っている。

    霞む鳥ノ胸山と重なる甲相尾根.モロクボ沢ノ頭
   右奥が懐かしいバン木ノ頭.12:16

     避難小屋から西側の遠方を望む。左端が城ケ尾峠.大界木山(高指.オオトギ山)1246mを越える境界尾根の忘路峠(犬峠)。
   そのまま登ってモロクボ沢ノ頭から避難小屋の尾根になる。奥に重なるのが鳥ノ胸山北山稜だろう。

     稜の左側の谷間が世附川大又沢の支流.地蔵沢右俣のバケモン沢,戸沢で.更に先の西丹沢の端は水ノ木沢流域になる。
   立派な林道.古道を持ちながら2010年の台風による影響で.山の崩壊は甚だしく.被害は世附川全流域に及んでいた。
   何時かは踏み込むことができる山域になるだろうか? 右手が河内川の支流,諸窪沢。西丹沢の西端へ.1つずつ越えていくしかあるまい。

    畦ケ丸避難小屋
     畦ケ丸の南西側の小コブに可愛らしい避難小屋があった。頂から続く熊笹に覆われ.右手にモロクボ沢ノ頭へ向かう吊尾根を分れている。
   小屋は南西側に出入口があり.室内はコの字に板の間があった。左と正面奥はベンチが長く作られ.右側は2m強の板床がある。

     一層の木造小屋.驚いたことに土間の中央にはここに似つかわらしくないほどの確りした大き過ぎるダルマストーブが置かれていた。
   主は冬用だろう。室内に入り覗き込むとまだ使われていない太い薪が備えられていた。又薪は外に回れば幾らでも採れる。
   水場はないがゆっくり東京をでて.宿るには素晴らしい所だった。物置にはスコップもあり.トイレも清潔感が感じられるている。

    鳥ノ胸山と菜畑山
   道志沿いの山々と甲相尾根.12:17
    手前がパンノ木ノ頭とジャガクチ丸

     2008年10月に大倉から鍋割山にでて主稜を縦走し.パンノ木ノ頭西尾根から室久保川沿いの野外活動センターに下りている。
   そして25年振りに道志みちにでていた。当時は大室山から下山する積りが仲間達の迎い車を得て.パンノ木ノ頭まで,足を延ばしていた。

     主尾根を南下する。雑木の囲まれた尾根筋.南側のコブで左に折れ.穏やかな起伏のコブを幾つも越えて行く。
   避難小屋から大滝峠上とのほぼ中間地点に当たる1160m圏コブがあり.ここからは南東に派生する尾根の取付きの赤テープのマーキングがあった。
   この1060m圏コブを越える藪尾根は末端に一軒屋避難小屋があり.大滝峠上からの東海自然歩道分線に合流し大滝橋へ下っている。

    ステタロー沢の沢筋と鬼石沢出合地点に避難小屋があり.ここは昭和10年代まで製炭者の子供の為に分教場があったほど賑わっていた。
   ただ今は東海自然歩道として改修されるも.一般登山道としては迷い易いコースのようだ。

     960m旧東海自然歩道分岐に並ぶ新旧の「お知らせ」
   大滝峠上・・大滝の下る分岐との廃道の知らせ
    平成4年より東海自然歩道のコース変更になったことを告げる看板.14:34

     直ぐ先の道標
    長塩の肩の古道図と古い道標には「←城ケ尾峠.信玄平・畔ケ丸1.6KM.大滝峠上0.15KM↑」とある

    東海自然歩道
     畦ケ丸から大滝峠上を越えるとその直ぐ先.南側に大滝峠がある。右後方からの踏み跡が入り込んでいた。
   この道が赤線の旧東海自然歩道. 昔から続く旧道だったが今は崩壊はげしく廃道化し迂回の処置が取られていた。
   古い道標に読めぬ当時の「注意板」があり.更に真新しく現在の廃道を告げる「お知らせ板」が立つ.歴史を感ずる峠になっている。

     内容は「この先.大滝峠上~信玄平~城ケ尾峠間は沢が多く.たびたびの出水により荒廃危険なため.東海自然歩道は大滝峠上
   ~畦ケ丸~モロクボ沢ノ頭~大界木山~城ケ尾峠に平成4年度よりルートを変更してます。環境庁.神奈川県」とある。
   道標には「城ケ尾山へ信玄平. 畦ケ丸1.6km.大滝峠上0.15km」とあり.今は廃道化され.甲相尾根へと畦ヶ丸山からの迂回ルートが取られていた。

     箒沢権現山吊尾根
   吊尾根の左端に乗る善六山.15:06,

     吊尾根と大滝峠上間の頂稜から東へ派生する尾根筋がようく望められた。
   手前の尾根が大滝峠上からのステタロー沢右岸尾根。その上に並行する尾根が頂稜1160m圏から南東に延びる1064m点尾根。
   おぼろに眺められる全てが展望はこれから入山し踏み込む世界になっている。一歩一歩歩み続けるしかあるまい。今はその手始めを歩んでいる。

     大滝峠上からステタロー沢沿いに一軒屋避難小屋を通る東海自然歩道が大滝沢沿いに出合まで綴られていた。
   更に上へと並行して見える尾根はステタロー沢と鬼石沢との出合に建つ一軒屋避難小屋から取り付く.鬼石沢左岸尾根になる。

    屏風岩山
   西側は雑木.東尾根と南東尾根は植林帯.15:25
   三頭三角点標1052m.基準点名「中川村」.山北町

     南北に走る主尾根は平均的に東側は植林され,西側にはブナの中木などの雑木に覆われていた。
   そして尾根筋には点々とL字の白い見出標と林野庁の石塔が一組となり綴られている。

     屏風岩山にでたのが3時25分. 以前は東側の植林は枝打ちがされ,河内川を挟んで大杉山々稜が望めたらしい。
   今は樹林が育ちで展望はない。彼は足が吊り.少し疲れだしていた。40日振りの山だと云う。

     少し時間を短縮するにはここから東尾根.又は南東尾根を下ることが考えるられたが大丈夫と語る彼。
   二本杉峠へ回り込んで下ることにした。これからは地形図では破線がなくなっている。山と高原地図では難路.
   踏み跡ならぬ確りした山道だがそれが又彼には気に障るようだった。疲れが少し天邪鬼に彼を変えたのかも知れない。

    古道
     「バリエーションハイキング」松浦隆康著によりと「屏風岩西面には地蔵峠を中心に幾つもの古道が延びている。
   道志川の支流.三ケ瀬川が流れ出すのが城ケ尾峠.山梨県側ではサガセ(三ケ瀬)峠とも呼ばれていた。

     武田信玄が小田原の北条氏攻撃のための軍道は道志から城ケ尾峠を越え地蔵平に入り.二本杉峠を経て中川温泉に延びている。
   この道は(さがせ古道)とも呼ばれていた。

     大滝峠を越え30分程歩んだ989m圏コブを越えた所。右側からは枝尾根を派生させた尾根に山林管理道が入り込んでいる。
   セキノ沢を絡んでの林道で屏風岩山の少し北側にでる。ここも廃道だった。

    さかせ古道
     さかせ古道(道志古道.三ケ瀬古道.二本杉歩道)は道志村の三ケ瀬川沿いに城ケ尾峠を越え.地蔵平から旧二本杉峠を経て
   河内川の上ノ原にでるルート。城ケ尾峠から信玄平.大滝峠上までは自然歩道に平成4年度までは指定されていた。
   
     現在コースはモロクボ沢ノ頭回りに変更されている。明治25年の国土地理院旧版地形図には記載されてをり,犬越路の記載はない。
   当時は「さかせ古道」が甲州に通じる主要な交通路になっていた。

     大又沢沿い一帯は昭和40年代初めまで森林鉄道が延び.そこで暮らす人々が多くいた。
   分校もあり.子供達は二本杉峠越えをして本校に通っているのはまだ地蔵平から旧二本杉峠間は迷うことはないが.
   廃道だけに荒れている。地蔵平以北の道は完全に原形を失われているようだ。

    遠く世附権現山
   突然現れたミツマタ群を見て.尾根伝いに左へ急下降する

    南下する尾根筋に散らばるミツマタ群
     16:10

     緩やかな起伏が続いている。道標がないだけの平凡な山径が続く。ただ幸運にも遅く咲きだした最後に実る
   ミツマタの群生地に出会っている。麓では桜の満開を迎え.もう葉桜になりだす気配を示していた。
   次は5月中旬から6月初めに掛けて山を飾るツツジの季節が訪れる。

   道志古道へのコルから振り返る

    二本杉峠
   正面左が大又林道に抜ける大杉歩道へ.16:23

    峠道
     旧二本杉峠のコルからは地蔵平へ下る荒れ放題の廃道.「さかせ古道」を分けると.直ぐ南側の二本杉峠にでる。
   ペースが落ち.もう時間的にも無理になった世附権現山(前権現山)の登りは諦めている。
   権現山から下るルートととしては浅瀬入口に下る南東尾根が面白く.又眺望を考えると細川橋に下る東尾根があり.時間があれば下る予定でいた。

     道標を見ると二本杉峠からは「大杉歩道」がほぼ西方.右手に大又沢へ下る確りした踏み跡が延びていた。
   峠から2人は細川橋へと左手の登山道を選び.茅ノ丸849mの北側を巻いて東方へ延びる尾根に乗っている。

    茅ノ丸北面のトラバース
   笹子沢側.崩壊地の木積み帯.16:50

    ラストのダッシュ
     時間に追われるよう山を下りる。崩壊の縁からもう咲き終えたミツマタが残存する群生地を抜けている。そして古い鹿棚沿いを下る。
   路線バスは17時18分に中川橋を通過する。それに間に合わせねば2時間近く待つことになる。その時は永歳橋の袂の温泉に寄る予定でいた。

    屏風岩山東峰.東尾根
   上ノ原の集落より
    右手前は屏風岩山東峰.南東尾根の末端に乗る岳山467m

    茶畑から中川川上流.右岸尾根を望む
   上ノ原の茶畑から河内川右岸の山々.17:20
    左から中央を横切るのは屏風岩山東峰.東尾根. 尾根末端に乗るのが箒沢権現山. 河内川を挟み手前が峰山735.0m

      手前の小コブ467mは屏風岩山から南東尾根末端が小さな岳山。取付きは中川温泉前の林道からになる。
   その直ぐ背が東尾根. 幾つかの支尾根に踏み跡があるが取り付きは大滝沢沿いに。
   中央が箒沢権現山と焼山に挟まれた塩地窪沢ノ頭1033m・・河原の中流に中川温泉がある。日帰り風呂は本日定休日.

     集落上部の真新しい鹿棚を潜り.大室生神社から簡易舗装道にでた。細川橋に向かわず.直接茶畑脇の石階段から山北藤野線へ。
   本道にでてジャスト.向ってくる路線バスを停めている。西丹沢自然教室始発の路線バスに登山者は一人も乗車して居なかった。
   私と彼.2人を乗せ.丁度黄昏時から帳の落ちた山を降りている。

    17:16上ノ原bs付近=18:14新松田.急行20:31=21:55新宿.

     新松田駅舎前右角の食事と酒「寿」で今日の凱歌? を祝す。その席で彼の小言を聞き続ける。
   酒が入り煽るようなった。私も少し不完全燃焼になり掛けている。それでも2人で再び山に入れたことに感謝した。幼い時からの友である。

     少しずつ分かりだす西丹沢の山並を。次回は玄倉林道か? まだ遠いいのは「道志古道」の言葉。西丹沢を知りたい気持が少しずつ芽生えだしている。
   比べようもないが.まず通行可になる前の玄倉林道や世附川の林道を歩まなければ。一歩一歩前進するしか先は進まないだろう。
   その上で.古道を訪れたい願望を持ち強く持つ。

   地形図「中川」.山と高原08「丹沢」 ・・28.155歩