| 河内川左岸尾根・・西丹沢山塊Top 2013年04月.つつじ新道からガス濃く湧き上がる同角山稜から雨山峠越え.寄林道から宇津茂.寄bs・・西丹沢自然教室から玄倉林道・寄ユーシン線 大杉山山稜 2011年11月. 遠見山(戸沢ノ頭)西尾根から大杉山稜を北上―弥七沢ノ頭.穴ノ沢ノ頭.ヤブ沢ノ頭を経て板小屋沢ノ頭南東尾根を下降・・ズサ平ノ沢 2017年07月. 押出沢右岸尾根から穴ノ沢ノ頭.弥七沢ノ頭と主稜を南下―大杉山西尾根に入り.馬草山を経て中川温泉新土沢 新松田駅から初の西丹沢・・丹沢湖北岸の中川橋から大杉山山稜を北上 丹沢湖北岸を取り囲む大杉山尾根を北上し箒沢公園橋へ 入り江の中川橋.対岸の上平に乗り.遠見山西尾根を経て大杉山―小割沢ノ頭・弥七沢ノ頭・ヤブ沢ノ頭から板小屋沢ノ頭南東尾根を下降 2011年11月13日.松村 遠見山西尾根から大杉山々稜を北上・・湖上平 弥七沢ノ頭から平小屋沢ノ頭南西尾根を経てズサ平ノ沢 東丹沢と西丹沢を暫定的に東西に分けると酒匂川の支流.中津川を境に行政区域として.愛川町・清川村・伊勢原市・秦野市と 松田町・山北町・小川町・山中湖村とに分けられる。又北限は県境と相模原市に囲まれる山域で.丹沢には1年振り.初めて西丹沢に入る。 3年前の晩秋.表丹沢から入山し.丹沢主脈・主稜を南下し甲相尾根へと山小屋2泊で尾根伝いに縦走していた。 その時の私のHP「川辺と山径」から振り返ると不動ノ峰や臼ケ岳付近から玄倉川流域の紅葉満ちる展望が写真と共に記憶に強く残される。 西丹沢に連なる紅葉の山並が幾重に重なり合い.紅・黄色・緑と鮮やかに彩られ.錦織の蒔絵の如く映しだされていた。 その飾り立てられた樹葉の一葉一葉が陽光に照らされ.遠方からでも華麗に煌めきが眺められていた。 針葉樹の裾野を抜けた高度1000mにも満たぬ低山から始まる西丹沢の山並は灌木混ざりの自然林で描き彩られている。 この時期とは少し遅れているが.今朝訪れた山々は山肌を植林帯の緑とパッチワークの如く分け.ひとしを紅葉美を漂わしていた。 丹沢湖の入江.中川橋から遠見山西尾根を経て.大杉山の植林帯を抜けている。そして晩秋に差し掛かる紅葉樹林に覆われ.大杉山山陵を北上した。 湖畔では紅葉が真っ盛りだったものの.登るにつれ杉林を抜けた北稜は既に紅葉は錆びた淡い色合いに変わり.渋く色ずく初冬走りに染められている。 石棚尾根に乗ると既に冬木に覆われていた。残念だがヤブ沢ノ頭を越え.渋く染まる山肌に.入山から極端に変わる自然の厳しい姿を実感させられていた。 哀愁おびる河内川上流の板小屋沢沿いのズサ平ノ沢(板小屋沢).その河原に架かる箒沢公園橋に下りている。 河内川左岸尾根・・大杉山南山.稜湖上平 中川川の入江右岸の焼津付近の車窓より中川橋から植林された正面.左斜面を登り.湖上平600m圏峰から入山した。重なる小コブの先は遠見山.左にずれ大杉山が聳え望まれる。 隠れ小屋沢と右側は日向沢出合.その間の中央に遠見山の西尾根が延び.末端のコブが湖上平になる。 背景は604m点コブと馬草山. 重なる大杉山.遠見山.右脇には戸沢ノ頭と尾根を連ねて丹沢湖の北岸に没している。 大杉山山陵 丹沢湖の北岸に流れ込む河内川と玄倉川小川谷に挟まれ.北岸を取り囲むよう長く延びている尾根が大杉山山陵。 石棚山稜の南側にはヤブ沢ノ頭があり.南南西に尾根を派生させ.尾根の末端は丹沢湖に没している。そこを遠見山西尾根から北上した。 小さな入り江の奥の中川橋で左岸に渡り.戸沢ノ頭の西尾根に取り付いた。杉・檜林の植林帯を詰め.雑木から再び頂稜の植林帯に入っている。 大杉山を越えると低山の割に起伏は激しく.尾根筋は湾曲の複雑な地形を繰り返す.面白いほどの痩せ山稜が築いていた。 そこに薄い踏み跡を求め尾根伝いに辿っている。 尾根筋は自然林に恵まれ.紅葉の華麗さから最後のツメでは.枯葉の敷き占められた裸木の哀愁溢れる錆びの世界に変わっていた。 侘びさを想わす晩秋の風景に帳は早く.午後になると薄い日差しは陰りだしている。 4日前に東京でも寒気団に覆われ.今年の最低気温を記録した。それが今朝は弱い冬型になり.表日本は2日続けての小春日和. 10月の陽気に戻っている。小田原では21℃を記録した。 入り江になった中川橋バス停から焼津地区を振り返る丹沢湖 丹沢湖は8年の歳月をかけ1978年(s53年)に酒匂川水系の河内川に三保ダムの建設により出現した人造湖。 丹沢山系の西側に位置する。丹沢湖には玄倉川.世附川.中川川の3つの支流からの水が流れ込んでいた。 新たに永歳橋西詰に落合発電所が写真左端に建てられ,1978年4月に運転を開始している。水圧鉄管は埋められ落差は185.38m 最大出力7000Kで発電所の丘の上に落合線第一鉄塔が建つ。背景は対岸の南岸に聳える太郎小屋山と重なる栗ノ木日影山。 旧発電所は大又沢ダムと同じ1917年に運転を開始したが三保ダム建設に伴い移設された湖水に没している。 11月23日(sun)快晴 jr御徒町4:36=神田5:00=5:18小田急急行:31=7:04新松田富士急湘南バス:20=8:18中川橋bs. 駅前広場 小田急新松田駅に初めて下車した。駅舎前は細い小さな広場.その中央に横断歩道がある。 隔てる先はjr松田駅の改札口があり.共に列車が駅ホームに入線すると往来は激しくなった。 その小さな広場には路線バスのバス停もあり.そのを占領するようにバスの乗客が列をなしている。 そこを上手く大型バスが入ってきた。慣れているとは言え.それは神業的な運転だった。 新松田駅始発,西丹沢自然教室行路線バスが松田の街並を抜け.県道山北藤野線を西へと進む。向かいのフロントガラスを透し富嶽が仰がられていた。 ガラス一杯にアップして広がる富嶽の裾野.八合目付近まで新雪に覆われ煌めいている。この時期としては少ない積雪。 jr線を渡り県道が酒匂川右岸沿いの河岸段丘を走りだすと富嶽の広大な裾野は更なる広がりを見せている。 路線バスの左車窓からは開かれた酒井川の丘陵を透し見る富嶽の裾野は想像を絶する広大さで箱根の山々が大らかな起伏を描き望まれた。 矢倉山.奥に入り金時山.明神ケ岳に明星ケ岳 本権現(世附権現山)1018.8mからの南西尾根 対岸に渡り.入り江左岸の湖畔林道より.8:35左端の永歳橋の袂に建つのは落合発電所からの1号鉄塔 発電所と送電線 jr御殿場線山北駅を過ぎ.酒匂川の河原が狭まると東名高速道沿いに寄り.御殿場線の谷峨駅が近ずいてくる。 そして嵐発電所正門前を通る。車窓から真近で見る大きな発電施設が処狭い空間を詰るよう整然と建てられていた。 背景の高層に高速道が走り.その見上げる橋桁の下には屏風のような崖に.太い1本の水圧鉄管が2本に別れ.2つのダービンを動かしている。 嵐発電所は峰発電所と共に富士紡績により.大正9年に建設された調整池式発電所。 三保ダム建設の為水没した後は田ノ入発電所からの地下導水路を通じ入水され発電されている。 路線バスは谷峨駅に寄り.西丹沢へと鮎沢川との二俣.清水橋を渡り.国道を分けて右折すると河内川沿いを遡る。 車窓からは送電線6KV1回線の嵐線鉄塔が幾つも向かいの小高い丘に望まれた。この送電線は出合右岸上流側に建つ.峰発電所に向かう送電線。 左手の奥峰線鉄塔の上には丹沢湖から下りてくる大きな落合線鉄塔も見上げられる。 路線バスは更に峰発電所正面を通り.河内川左岸沿いを遡り.この落合線を上に架け.西丹沢へと奥深く入っている。 そして乗合バスは三保ダム下に建つ田ノ入発電所を大きく右に回り込み.丹沢湖の湖畔にでていた。 丹沢湖に架かる永歳橋を渡ると対岸・北岸には河内川の本流が流れ込み.出合右岸には落合発電所が新たに建てられていた。 水圧鉄管1本落差185.38mは見定められぬが.路線バスは発電所の正門前を通っている。ただ発電所の施設としてはよく判らなかった。 湖水に埋まり新たに建てられた発電所。そこを通り過ぎれば丹沢湖の入り江から中川橋にでる。 右の車窓からは対岸に丸みを持ち一段と高く構える戸沢ノ頭が見上げられた。初めて望む山.手前に落ちる支尾根を登る。 じっくり見詰める間もなく.県道山北藤野線の中川橋バス停にで下車した。 中川橋.左岸の東詰対岸 湖上平540mコブ 8:21中沢林道に掛けられた古い道標と脇に掛かる石階段の取付き地点 8:18中川橋:40一9:13(540m点コブ)一(594mコブ)一9:31鹿棚一10:30戸沢ノ頭:30一11:50大杉山861m 一湯ノ沢乗越一12:10弥七沢ノ頭:50. 新松田駅発の満員の臨時バスに乗車したもののバス停.中川橋に下車したのは私1人だけだった。 ワイドから河川に変わる所に中川橋が架かり.渡った左岸の湖畔道は玄倉と細川川を結ぶ林道玄倉中川線に突き当たる。 古く如何にか読める道標が掛けられていた。その左脇には手摺りのある石階段から西尾根に取付いている。 尾根は戸沢ノ頭から西方に延び.隠れ小屋沢と戸沢を隔て.共に入江に没している。末端は林道の擁壁に囲まれ.その上が杉の植林帯。 遠見山西尾根 疎らな陽溜まりの雑木帯に乗る.9:13足場は確りしているも初めから笹藪絡みを踏む入山になった。直ぐ薄暗い杉の植林帯になり.右手にルートを取るが判らず.一度林道に戻っている。 その先下流側に駐車場があると聞き.崩れ沢橋手前の開かれたゲートを抜け.湖畔沿いに北岸へ.玄倉に続く林道を少し歩いてみた。 南側に下ると大仏大橋とのほぼ真ん中の戸沢出合.戸沢橋まで歩む。戸沢左岸尾根は境沢右岸尾根のツメで合わせ途中に鹿柵ある。 登るべき尾根へ.再び元の場所に戻っている。林道玄倉中川線の起点は玄倉川橋からで丹沢湖の東北岸を綴り.入り江を抜け終点は上ノ原。 大仏大橋を境にA.Bと加え.分けて呼ばれている。 遠見山西尾根 595mコブの頭が望める.9:21踏み跡らしからぬ尾根径 再び石階段を 改めて扇状に広がる植林帯台地にでて.左ヘチにルートを求めて.小尾根を登りだす。 作業道に入り大凡20分ほどで踏み跡に変わり.煩い笹藪と杉林覆う急斜面を細かくジグザグに登っている。 植林帯を抜けた踏み跡は薄いももう迷う尾根ではなかった。 ひと汗掻き540m点の小コブにでる。ここは小広い台地状で.支尾根が乗っている。 笹丈もここでは芝のよう短くなり.コブ上は朝日を浴びる明るい灌木帯に被われていた。「湖上平」と呼ばれている所。 ただ真近な丹沢湖が見下ろされる筈が.少し離れた周りの雑木の成長がよいのか.地名の見晴らしはなくなっていた。 やや痩せだした尾根筋の登り。朝方の柔らかい溢れるばかりの陽差しを浴びての登行。 陽光に彩られ.小枝の樹葉はどれもがきめ細やかな繊細な光を受けていた。透ける空気に煌めき輝く朝の光。 その樹間から590m圏コブがちょこんと頭をもたげ見上げられた。笹は消えても.絡む枝木は多い。正に小春日和の尾根歩きになる。 崩れた鹿害用棚フェンス.9:31左に折れ支尾根に乗るとほぼ真東に尾根筋を詰めている。乾いた大地に如何にか残されている踏み跡。 最近歩んだ中ではより自然に富んでいる。灌木の枝々は半ば樹葉に染まり始めて秋らしき色合いの山になってきた。 伸びる枝木が時折体に当たる。触れると枯れ落ちる枝木も多い。 傾斜が増し体も慣れだすと崩れた植生の保護棚が現れた。脇に「水源の森.神奈川県」の赤帽白柱が1本立てられていた。 快晴で風もなく気温は昇りだしている。チョッキは着たままだが袖は巻くようなった。 大杉山と遠見山.595mコブ 2本目の「水資源を大切に!」の赤帽白柱から.9:35595m圏コブ 疎らな灌木に柔らかい朝日を浴びる.9:57世附権現山 左後方の樹間越えから.10:07樹葉は落ち始めているがまだまだ留まっている樹葉は多い。灌木が低く茂る檜の樹間から覗き込むよう,左手に世附権現山が望まれた。 河内川を隔てて一段と大きな山容を誇らしげに聳え裾へ広げている。右鞍部は二本杉峠.その奥は大又流域の山稜になる。 この左岸上流にはもう1つの同名の箒沢権現山(前権現山)がドンと構えている。 「世附」は丹沢湖の湖底に沈んだ集落の名前から帰している。又落合発電所も湖水に沈み.永歳橋の北詰に新たに建てられた。 残った送電線の鉄塔群はその間々利用されている。それ故.鉄塔番号は逆番の間々になっている。樹間枝越しの眺望もここまでで. この先は杉の植林の樹海に埋もられている。主尾根に乗り大杉山を越えてから.再び雑木帯が開かれる。 遠見山々頂 鹿棚に付けられた山名標.10:22遠見山(戸沢ノ頭)880mの西尾根のツメ. 最後の急斜面を越えると緩やかになり.突然杉の植林帯に前方は塞がれた。 樹齢30〜40年ものの大木が周りを覆っている。その正面奥に古く錆びれた鹿棚フエンスが踏み跡を塞ぎ.南北に横切っている。 半ば崩れかかった鹿棚に「遠見山」と私製の山名板が括られていた。頂と云うより広い台地. 幾重にも重なる杉林で見晴らしはない。 高い樹冠から抜ける陽差しは針葉樹林帯とは言え.頭上から陽を射す木洩れ日の頂だった。出だしで挫かれ.ここまで少し時間をロスしてしまっている。 遠見山以南 遠見山からの大杉山の南山稜は右に折れると直ぐ南側の戸沢ノ頭750m圏(戸沢ノ頭?)から2つの支尾根を派生させ. 共に丹沢湖北岸に没している。南西尾根は境沢右岸尾根から割る沢左岸尾根と繋いで大仏大橋を目指す。 560mPから慎重に急斜面をトラバース気味に下降. 悪沢左岸尾根に乗る所に滑落注意。正面に大橋を見下ろしコンクリートの階段で下山。湖畔に学校入口bsがある。 ヘイロク沢左岸尾根に入り込めば丹沢湖北岸の大きな崖壁右下(境ノ沢寄り)の石段にでて大仏大橋へ。 大ノ山 大ノ山723m,アンテナを越える今日沢右岸尾根は.境ノ沢とを隔て.525m圏コブ手前では鹿柵があり尾根筋に立ち.末端最後に赤頭白柱が立つ。 北岸の沢橋の石段にでる。尚先の踏み跡口から30m進むと手摺のある石段がある。ここは急登。ただ藪漕ぎの覚悟は2ルートとも共通していた。 南東尾根は大ノ山を通過.植林を抜けるとミツマタの群生地に共同アンテナが立ち.下りだすと左下に玄倉川橋が見下ろされる。 急斜面でちゃんと下れるか心配が頭の中に横切るが.最後は石階段とロープロープで.玄倉時川橋手前に突き当たった。 第一発電所の対岸真向いの谷間に降りる大ノ山東尾根は玄倉川右岸の林道を上流に向かい.確りした石垣の階段を登る。その先で径なく沢沿いに。 2段の小滝を越え.右に回り二俣へ.右の滝方へ登るが怪しく.右尾根に乗る。やや傾斜が緩むとミツマタの大群生地にでて.大ノ山にでる。 大杉山南山陵 山上の杉林から鹿棚へ.10:43丘陵の尾根を覆う凛々しい杉の美林 左手に折れ大杉山南山陵に入れば.北東側は起伏を失い幅広い尾根になる。崩れかかった鹿棚沿いに北側へ綴る尾根。 振り返ると眩しい杉林は綺麗に枝打ちされた美林が描かれていた。殆ど見られなかったテープのマーキングも増え.山上とは思えぬ台地になった。 足元は枝打ちされた細い枝木が散乱し地表を被い.枝密のクッションを作っている。 足に枝木が絡むと跳ねて.もう一方の片足に掛かり.つん込めそうに暫しなった。ここは鹿棚の直ぐ脇を歩むのがよい。 ただ気を付けぬと崩れ倒れた鹿棚は枝色と同色化し錆びた鉄条網を踏みそうになった。 鹿棚が右手に離れだすと青ビニ紐のマーキングが更に多く目立ちだだす。そして2ケ所で地表は細引で大きくL字.コの字に敷かれていた。 一度途切れた鹿棚を再び右手に見る。多分鹿棚作りの準備だろう? その後は赤テープが点々と続く。 大杉山々頂 北面は開けだした雑木林.10:55緩やかな起伏の876m点を経て.やや登りと思ったら大杉山にでた。広い植林帯は空地のようで頂らしさはない。 山名標は判らなかった。疎林になった平地に境界の赤帽白柱や看板が頂であることを示していた。 薄暗い杉林を抜けて来ただけに.その後の雑木は明るさに見栄張えが感じられた。緞帳が降ろされ場面のよう急に変わった。 杉林の樹海が途切れ.前方は柔らかい陽差しが抜ける自然林に被われた。861.1mの三角点コブ. 林層の境は又その間々地形の変化をももたらしている。頂から北上すれば崖縁を下るようなり.細かく起伏も現れた。 ここからは南東へ延びる尾根を下れば.半ばと最後に鹿柵に合い,仲ノ沢林道小川谷出合付近の立間橋にでられる。 又反対に西北西に延びる大杉山西尾根は.馬草山を経て中川温泉に至る。ただ途中の尾根の切り変えしに.地形図の読図力が必要らしい。 大杉山々稜・・大杉山の北山稜 鬼石沢左岸尾根の北方の切り開きより鬼石沢左岸尾根から箒沢権現山の吊尾根にでて畦ケ丸へ至る折に撮っている・・2017.10.27/10:30 大杉山々稜・・穴ノ沢ノ頭.弥七沢ノ頭.ブナノ平.仲ノ俣乗越.小割沢ノ頭.大杉山。手前中央はブナノ平から延びる762m点峰.中川温泉に抜けられる。 右手の切り開きから大杉山々稜が長く延び望まれた。弥七沢ノ頭の左鞍部が箒沢乗越.左手の窪地)押出沢からの突き上げている。 2017年7月には渇水していた河内川を渡渉.押出沢右岸尾根から穴ノ沢ノ頭を詰め.箒沢乗越から大杉山西尾根を経て馬草山へ抜けている。 背の遠方は檜岳山稜・・茅ノ木棚沢ノ頭.雨山峠.雨山.檜岳.伊勢沢ノ頭 撫ノ平と弥七沢ノ頭 杉林との林層の境.10:56三角点標から100m先で杉林が尽き.北面は繊細で色鮮やかな黄葉美に飾られた。開かれたパノラマに蒼空を仰ぐ。 燃えるような紅色は少ないがそれぞれが柔らかな色合いに.少しづつ変化を持たせ.極め細やかに富む黄葉の雑木が美しい。 歩む先が望め.緩やかな尾根の先に小割沢ノ頭845mの丘のような日当たりの頂が真近に現れる。 その上の山蔭が撫ノ平を含む弥七沢ノ頭の一角になり.更に霞む重なりが箒沢権現山。右奥は石棚山になる。 大杉山北山陵 大杉山から自然林が優勢な北面を望む.11:00小割沢ノ頭845mの小コブと直線上奥が撫ノ平 左側から湯ノ沢が谷間を抉るよう入り込み.小割沢ノ頭からの尾根筋は右側に回り込ませ.湯ノ沢乗越を越え.左側に戻る形で撫ノ平へ。 この先は撫ノ平まで踏み跡は確りしている。ここからは細かな起伏の小コブの痩せ尾根が続き.幾つもの乗越を越えている。 小割沢ノ頭を越え1つ小コブをこえると湯ノ沢乗越にでて.810m圏の小コブを2つ越え.左に回り込めば仲ノ俣乗越にでる。 更にロープある急斜面を登ればブナ.ミズナラの美林を持つ撫ノ平にでる。 840m付近の小割沢寄り.11:00 登り返して小割沢ノ頭845m付近の小割沢のツメ.11:05湯ノ沢源流 ![]() 湯ノ沢乗越.11:06 キレットを登り返し810m圏コブ.そして更に810m圏コブにでる.11:14 小立木越えに見え出した石棚山稜 板小屋ノ頭とヤブ沢ノ頭.石棚山.11:17
溢れ.零れるような幾つもの小コブを見ている。右手に尾根を取り.少し先で急に尾根が落ち込む所は左手が深田ノ沢湯ノ沢でガレ落ちていた。 下った所が湯ノ沢乗越. 登り返し北側から2つ目のコブで北西へ仲ノ俣乗越に下り.登り切ると撫ノ平956m圏の細長い台地になる。 ここから西に762m点を目指す尾根は冷静な地図読みが必要で.北へ向かうとやや右回りで弥七沢ノ頭956mに立った。 踏み跡は尾根筋らしくなり.又尾根が捩じれ過ぎているのがよい。眺望は利かぬが我が趣に叶う.面白い尾根筋が続いていた。 弥七沢ノ頭956m ブナ.ミズナラの囲まれた小広い頂.12:09撫ノ平を含め標高を同じようなコブが3つ連なっている。その真中の1つ先のコブで,やや遅い昼食を摂った。 1人でのコンロは久し振り.おでんが温まるまで.駄菓子袋から甘納豆を見付けほうばっている。 遥かなる感じの薄日を受ける昼下がり.初冬の日差しは既に弱まっていた。薄いベールを透す蒼空が大地に降り注いでいる。 ブナ.ミズナラのふくよかなる香りに包めれた台地。そこに坐って.大気を胸深く吸う。この先にもう1つの弥七沢ノ頭と呼ばれるコブがあった。 この頂956mのコブは昔呼ばれていた山名の「弥七沢ノ頭」。登山記録を調べると数は少ないが統一が取れず.各々の考えで延べられていた。 ここから真っ直ぐ北へ下った所が950mコブ.そして700mほど先で右手に回り込めば.新たに呼ばれだした950m圏の「弥七沢ノ頭」がある。 弥七沢ノ頭から西側に延びる長い尾根は枝尾根を多く派生させ.中川川沿いに広く落ち込んでいる。762m圏コブを経て藪径で下りられる。 それに比べると950m弥七沢ノ頭から南東に延びる尾根は単純なルートで仲ノ沢林道.穴ノ平橋を渡った所にへ下りられていた。 ここは又石棚山からの登山道口にもなっている。ただ玄倉まで長い林道歩きがある。 取付きから地形的に見ると後者の方が遥かに早く下れ.又弥七沢に水を集める源頭のもう1つのコブを最近「弥七沢ノ頭」と呼ぶようなった。 ただ表の街道.中川川側から見上げられている956m圏コブは昔から「弥七沢ノ頭」だった。 遠見山西尾根から大杉山山稜を北上・・湖上平 弥七沢ノ頭から平小屋沢ノ頭南西尾根を経てズサ平ノ沢 |