| 晩秋の上信越国境の根子岳と四阿山・・根子岳Top 上信国境と四阿山周辺Top 同期.鈴木邸と北軽を繋ぎ.華麗に染まる落葉松林の菅平高原から根子岳と新雪に覆われる根雪の四阿山 出だしは鈴木邸にお世話になり.上州街道から根子岳・四阿山と周回.鳥居峠から.嬬恋「ツツジ苑」に寄り北軽井沢に入る 2012年11月02〜04日 L立松m見城.黒岩.鈴木.松村 菅平高原から根子岳.四阿山・・鈴木邸 四阿山中尾根から菅平高原 四阿山(あずまやさん)2.354mは信州と西上州の上信国境を跨ぐ山域に位置し.吾妻.嬬山(あがつまやま)などと呼ばれている。 嬬恋村では吾妻山が用いられ,壮大な裾野を持つゆったりりした山容は.屋根の棟に見えることから四阿山と名付けられていた。 34万年前の噴火により.頂には直径3kmのカルデラが形成され.その後の浸食により現在の複数峰が生まれている。 これから登る菅平岳や四阿山の元は四阿火山と呼ばれる1つの山塊から成り立っていた。 四阿火山は志賀高原から続く火山帯に属し.根子岳.四阿山.浦倉山.奇妙山の総称。この山の南西側には峰の原高原が広がり. 山スキーをしていた1972年代には新津先輩と根子岳へ出向いている。 ここ数年は見城先輩のお世話を受け.北軽や草津温泉を起点に湯ノ丸山周辺や草津白根山周辺の山々を歩んできた。 今回はその中程にある渋峠と鳥居峠に挟まれた四阿山を北軽に通い始めて5年目にして目指した。 菅平高原の駐車場に8時集合.早朝の為.同期鈴木邸に前日お世話になり.下山後は冬季に備え北軽での薪作りに精をだす。 根子岳と四阿山 桟敷山より・・2016.02.13/13:50上信,地蔵峠越えの民宿「わたらせ」Pに車を停め桟敷山を回り込みピストンした。その折頂から北方のパノラマ。 山頂の北側は笹原の雪原が広がり.北側半円球が開かれ大展望に恵まれている。層雲が乗る西北側には関田山脈が横切り. 更に遠く北信州の山々へと綴られている。その右手には真近に聳える雪白さを誇る根子岳が顔を覗かせていた。 堂々と構えるのが四阿山。手前が足元の主稜沿いは大塚山と鍋蓋山 11月02日(金).曇 jr御徒町15:32=15:49西武池袋.急行16:00=16:42飯能=鈴木邸.消灯23:30. 11月03日(土)晴後曇 鈴木邸5:00=鶴ケ島IC=7:00佐久平ハイウェーオアシス=上田IC.真田バイパス(上州街道)=7:50菅平高原P8:00. 気象庁11月2日の予報では今年一番の寒波の来訪を告げている。 木枯らし一番の条件としては風速8m以上.西高東低.9/上旬から11/下旬の間に.前日より低い北風を謳っていた。 3日の夜半は風速8m以上の風の条件は満たされなかった。それでも四阿山は新雪に見舞われた。 信越道で碓氷峠越えをすると佐久の丘陵は一面に霜が降り.白く朝方の大地を変えていたる。上田ICでは1℃.今朝の北軽では−4℃を記録 菅平高原と北アルプス連山 菅平牧場Pから.8:15 上田菅平高原.峰の原高原と背は遠く北アルプス連山 根子岳と四阿山 7:50菅平高原P.合流8:00一9:15小:25一9:50根子岳10:00一10:35十ケ原一10:55小11:05 一11:50四阿山.大12:40. 四阿山は日本海と太平洋の水分嶺にあり.又西高東低の冬型の気象配置の常に境い目上にある。 裾野の高原は紅葉に萌え.快晴の蒼空を覗かしている。そして山の中腹以上は根子岳・四阿山とも雪雲に覆われていた。 昨夜の寒波で山は根雪になり.雪白き頂を目指し新雪を踏むことになった。 長野気象台の気象現象は横手山.四阿山を対象に「東方連山」として通報している。 10/24初冠雪.11/03日の降雪で山は完全な根雪になった。 根子岳へ.そして四阿山 菅平牧場から根子岳登山道この1時間後.中腹以上は雪雲に覆われる 南側の牧場には風がなく朝の日差しに恵まれ澄み切った空は何処までも蒼々していた。 菅平牧場管理事務所のある小さな掘っ建て小屋で管理料金2人.¥400を支払い,広い駐車場の一番上で軽井沢組と合流。 到着早々根子岳を目指し菅平コースを歩む。 白樺と覆いだす雪雲 白樺の枝先に付く霧氷は朝日を浴び煌きながら雫を落とす その天空と雫を見詰めるお二人さん四阿山から根子岳に接する南面の裾野は四阿高原から菅平高原に掛け.帯状に幅広く白樺林に覆わ.東京育ちの私には見応えがある風景。 足元の裾には熊笹が生い茂り.広大な大地を覆っている。 頭上は山を覆っていた層雲が切れ始め.覗めた蒼空が雲を払うよう広がり始めていた。 ここ牧場の上部から見下ろされる上田・菅平高原や峰の原高原は既に眩い朝日を一面に浴び.煌めく黄葉の原を更に深く染めている。 その奥に白く輝く北アルプス連山が横たわっていた。初冬走りの寒気に包まれ.今季初めて毛糸の帽子を被り.そしてカッパの上着を着ている。 白樺林に混ざる岳樺.8:591本取ると周りは既に霧氷の世界に変わり.寒い筈である。朝陽を浴び煌めくも.登るにつれ.流れゆく雪雲に再び閉ざされ始めていた。 牧場までの車窓からは流れる落葉松林の紅葉美を堪能してきた。広大な牧場を横切り.登り始めるまでは新雪とは無縁の世界と思っている。 それが見る間に陽光は雪雲に閉ざされ覆われ.見上げれば蒼空は小さく萎み込み仰げなくなっている。 歩む一線を越えると大地は霧氷に覆われ途切れることはなかった。白樺混ざりの岳樺の枝々は穂先まで霧氷を付け包まれている。 昨夜は新雪を期待していたものの.黄葉の世界とは別の世界を創りだしていた。 雪の重みで垂れ込む枝々・・もう直ぐ直ぐモンスターになる梢に凍り付いている雪粒たちが日に当たり緩みだすも.次第に高度を上げるにつれ.蒼空は閉ざされる。霧氷が白樺の森に広がりだしていた。 1本取ると足元は雪線を踏むようなる。昨夜降った新雪が山を覆い.私達を呼んでいる。 歩む一歩.一歩に積雪は増し.登山道は雪道に埋まり.雪面を直接踏むようなる。 深くなる積雪に雪粒を乗せた枝々は重く垂れさがり.触れると跳ね上がり.小さな雪粒の塊りを頭から被っている。 南西の大洞川対岸を望む 霧氷越しに望む大洞川対岸.9:14大松山1648.7m.更に重なるオコウ山1379mと鳩ケ峰1319.4m 霧氷の山肌斜面.9:31ガス舞う根子岳 9:56中1本で根子岳に立つ。ガスが濃く薄暗くなる。風はまだ弱いが出始めていた。休むと肌寒さを一層感じさせている。 勿論展望もなくなる。ここは牧場から高度として500mほど稼いでいた。 卒業して3年目.新津先輩と山スキーしに上田回りの信越線で.入り峰の原高原から四阿山を訪れている。 スキー場を抜けると風雪は更に強くなり.尾根状の雪原は突風の通り道に変わり.根子岳手前の避難小屋で登行を諦め中退していた。 屏風岩下を横切る ![]() 早めに頂稜へと四阿山に向かう。痩せ尾根は直ぐ噴火口跡の巨岩で.稜は塞がれていた。 左側を巻いている。北側からの登りは更に深く新雪を積もらせ.冬山らしく地肌は失わせていた。厚い毛糸の手袋をはめ通過する。 もうアイゼンの必要な時期になり始めていた。 十ケ原(とうがはら) 熊笹覆う根子岳.四阿山の鞍部.10:32十ケ原の熊笹は下調べでは背丈の高い笹で足元は見えず.泳ぐよう漕ぐとあるが綺麗に刈り払われていた。 その上丁寧に道幅広く刈られ.十ケ原鞍部にでるも苦することもなく抜けている。 快晴の裾野とは対照的な山懐 休み1本.9:55広い熊笹の台地を抜け,続いてシラビソの森に入る。樹林帯でも雪が付くと別の世界を創りだしていた。変化に富み.楽しい登りが続く。 北面はツガの樹氷帯 中四阿の分岐にでると完全な雪山に変わる下山予定の中四阿から延びる中尾根の合流点にでると.いっ時ガラ場状の賽の河原に変わった雪原にでる。 雪面に露岩する小石だけが黒く臨め.周りは雪白き一色塗り替えられていた。そして周りはツガの森になる。 雪粒付くツガはクリスマスツリーを思わせ.雪被るその樹間を縫えば頂は近い。頂直下の幅広い木段が現れる。 右下に鳥居峠からの雪尾根とも合わさり.木段を登り切れば直ぐ四阿山の南峰に立つ。 ツガの森.11:35ツガの樹冠に描かれた雪被る十字の姿がどの木にも臨めるられると彼女が不思議そうに語る。 又その十字の先の長さが今年の成長を示すバロメーターらしい。木の高さ分だとT君が言葉を加えていた。さすがはガイド. 四阿山南峰2つの祠 上野国側に向く上州祠と反対信濃国方面を向く信州祠頂の祠 四阿山は古くから山岳信仰の対象となり.真田一族も四阿山を守護神としていた。山道には信者によって108の祠が寄進され. 現在も50程度の木祠を見ることができる。頂には2つの木祠があり.真田町(上田市)を向く信州の宮と嬬恋村を向く上州側の宮がある。 頂にはそれぞれが向い合い.逆方向に寄り添うよう祀られていた。 又今年の5月に上越白毛門の登った翌日.吾妻耶山から谷川連峰望んでいる。その折頂で真田一族の三社の祠に出会っている。 案内板によるとこの地は御殿上と云われ.沼田城主真田伊賀守が寛文年(0662年)に.ここ吾妻耶神社社殿が建立されている。 社殿は立派なものであったが三社の神殿はその後.数回の野火に焼かれたりして.歴代の沼田藩主の助成を受けた村々で修復されていた。 現在吾妻耶神社の石殿は明治24年に建立された。一社は石倉.小川.寺間村.月夜野。一社は羽場.新巻村。一社は相俣村で. この石宮は共に東側の麓に向き並んで建立されていた。真田家の「六連銭」が刻まれていて.真田家の再建.建立の功績を伝えている。 登山者が多く北峰へ。11時50分四阿山の最高地点.北峰2354mの頂に立つ。 四阿山北峰 ![]() 山名標柱と一瞬の蒼さ 北峰にも祀られている上州側の木祠前で大休止.11:50 四阿山々頂 風を避け祠の前で大休止する。まずは乾杯になるが車にビールを置いてきたとのこと。持って来るよう声掛けたが寒過ぎると拒絶されている。 私の持参した冷たいビール2本を開け.交互に呑む。これが又美味かった。冷たくともビールのホップの香りが喉を通る。それにしても体は冷え始めている。 昼食はコンロを2つ点け.コッヘルでうどんを茹でる。生うどんにスープと長ネギを入れ.最後に手に溢れる量の新菊を乗せた。 滝島先輩の畑からの差し入れ. 献立は誰が決めたのか? 野菜が多く美味いが質素過ぎるうどんだった。 見城先輩が具が少ないと云うも頷ける。それでも温かい汁に我慢.アッと言う間に平らげる。 その後のコーヒーは忘れていなかった。今回は全て任しての山行。久し振り.空身で来るよう連絡を受けている。こういう時こそ任すしかあるまい。 食べ終えれば落ち付いた気持になる。ただ尻だけは岩盤上の雪上で気休めのビニールを敷いただけでは冷たかった。 後に知った話によると四阿山の頂からは「日本百名山」のほぼ半部が遠望できるとのこと。地形的には日本の中心部に当り.北アルプスは30弱の岳が, 頂を中心に遠望すると各山脈を通し.或いは独立峰として眺められる。今日はまだ雪雲の中.その後NHKが放映した映像から眺めたことがある。 菅平高原から根子岳.四阿山・・鈴木邸 四阿山中尾根から菅平高原 |