| 桂川禾生へ流れる朝日川の左岸尾根・・石船神社から対岸の猿焼山を詰め.猿焼山西尾根を下る 朝日馬場の二俣から猿焼山北尾根―朝日川左岸尾根に乗り.西尾根の戸沢天神・日陰山に玉川天神峠を経て引与田 jr鳥沢から高畑山を越え檜山峠から高岩へ 大平沢ノ頭から高取山稜.サイマル山を越え朝日馬場 猿焼山北・西尾根の日陰山を経て引与田より直接.富士急赤坂駅・・戸沢と玉川の2つの天神峠 朝日馬場.石船神社 山を下りた正面が石船神社の裏門.11:59猿焼山東峰と城ケ丸 裏門より入り石船神社を参拝.表参門の県道.四日市場上野原線と鈴懸林道口の起点角より.向かいに聳える城ノ丸北尾根を詰める。 猿焼山北尾根から西尾根.2つの天神峠 11:59石船神社一12:00宮ノ前橋.大:20一12:24謝恩碑一12:26石祠一13:15(711m圏峰)一13:38城ケ丸:50 一14:00恩賜三角石一14:06芭蕉の湯分岐一14:42戸沢天神峠一14:48新しい石祠一15:06戸沢分岐一15:23平尾根肩 一15:30半縄NHK無線中継所.日陰山:50一16:17玉川天神峠. 久保集落前の本通り(鈴懸林道)を右手に折れれば大平川(おおだいら)を遡り.朝日曽雌から鈴ケ音峠越える。 小沢から猿橋にでる峠路. 先月.そこから北面の鈴ケ尾山北西尾根に入っている。 久保から左折し.幅広いT字の林道を下ると直ぐ石船神社の裏方にでる。そのまま抜け.本殿で参拝し表の鳥居を潜りでる。 朝日左俣の角に当たり.左俣の大平川を下りてきた。右俣大旅川は朝日曽雌から雛姫トンネルを潜り秋山地区から上野原へ抜ける街道がある。 又リニヤモーターカーの車両基地があり延伸工事中で.接する広域基幹林道の菅野盛里線も黙々と長い期間を費やし造られている。 今倉山北面の各支尾根の山腹をを縦断する林道で.道坂峠に繋がるだろう。現在は共にピストン林道。 サイマル山南西尾根 集落に入り左後方から流れる大平川沿いより.11:59サイマル山の北西側を回り込み朝日馬場から見上げるサイマル山。左俣.大平川の出合の左角にが旭小学校. 石船神社の対岸.太平川出合角に旭小学校があり.校庭の桜は満開で散るばかりに咲き競っている。その裏からもサイマル山に登る 南西尾根ルートがある。又明るく開かれた出合の大地からは大旅川沿いの上流に秋山山稜の山並が望まれた。 大きく突き出して山が前回登った二十六夜山。 正午に朝日馬場の二俣に出る予定でいた。それが正午5分前に着くと云う恐ろしさ。 時間を気にしながら山越えしたのは確かだが正確過ぎている。集落を通り抜けると一斉に正午を知らすサイレンが鳴り響く。 正午になったせいか? 平日に係らず集落を抜ける間.一人も擦れ違う人とはいなかった。目の前にはこれから登る城ケ丸北尾根が 劇斜面の尾根を河原に落している。まだ後半は長い。仰ぐ頂に上手く乗り.時間を稼げればよいが。 中道志・・日向舟と秋山二十六夜山 朝日馬場.石船神社前より.12:01朝日川二俣からの展望・・右俣大旅川 旭小学校の校庭角の桜並木手前から左俣の大平川が街道の下を潜り朝日川へ流れ込んでいる。 正面の山並は前道志.高畑山から雛鶴峠越えの日向舟で.今朝は手前の高岩から高取山の尾根に折れている。 街道は県道県道四日市場上野原線. 手前角が石船神社の参門になり.撮影した場所が神社前バス停になる。 大旅川対岸の右尾根は猿焼山東峰からの東尾根で.尾根末端は大旅沢出合に没している。又写真外の右手正面が これから取付く猿焼山北尾根。街道を大旅川沿いに遡り.新雛鶴隧道を潜ると秋山にでて中央東線の上野原に至る。 バス停「神社前」に都留市から無生野に至る富士急山梨バスが通っていたが昨年10月01日より.この路線は休止された。 バス会社は廃線とは云わぬものの.25年度の運行計画はない。デマンドタクシー(予約型タクシー)が運行し始めている。 この幹線道路を西方へ朝日川沿いを下れば国道139号線「富士みち」に合流し.富士急禾生駅にでる。 昼食 石船神社前から気持ち下った対岸へ.朝日川には立派な宮ノ前橋が架かっている。渡った所が北尾根の取付き地点. 街道を横切り橋上で大休止した。宮ノ前橋は周りの雰囲気からしても贅沢過ぎる大橋だった。 対岸の左角に小さなNHK無線中継所があるだけで.橋の立派さに比べ.小さな畑さえなかった。 渡ると直ぐ尾根縁にぶち当たり.先は手付かずの自然に覆われていた。 まして開拓する場所も考えられる狭い川縁。この立派な橋は見た目では無線中継所だけの為に造られていた。 何故と不思議な感覚でいた。それではと2車線の橋中央に居座り.日当たりもよく昼食を摂ることにした。 弱い薄日が差すも休むには肌寒く.ブレカーの上にジャケットを被る。そしてサンドイッチにテルモスの湯を足しオニオンスープを飲む。橋はやはり橋中央で。 城ケ丸北尾根末端 宮ノ前橋の南詰左脇にある小沢に入る.12:21下流突き当たりが橋北詰に当たり.右のテレビ中継所に取付き地点がある 城ケ丸 大月市内を流れる桂川本流は禾生で右岸に支流の朝日川が合わさっている。その左岸尾根沿いに続く上流に聳えるのが猿焼山の双耳峰。 猿焼山は今倉山北尾根をしめくくる山であると共に東西に小峰を幾つも従え.西方の尾根の末端は生出山へと連なる尾根を持つている。 最初の予定ではサイマル山を越えた後.更に朝日川上流の梨木橋から棚沢ノ頭を経て.城ケ丸に立ち.玉川天神峠に下る積りでいた。 ただ欲が出て.西尾根末端の生出山まで下れればと考えていたが時間的に無理。距離を縮めて城ケ丸東尾根を諦め. 直接の北尾根を選んでいる。最初は戸沢天神峠から下山する積りでいたが玉川天神峠の西側先にも同名の峠があるのを知り.距離を延ばている。 机上の計算では安易に成るがち.北尾根からならば一人身で.気を引き締め登れば先へ進められぬだろう。 2011年07月には御座入山(今倉山)北尾根を北上し.城ケ丸(878.3m点)から「芭蕉月待ちの湯」へ周回していた。 山名は都留市方面の呼び方で.880m圏のコブを猿焼山(東峰).城ケ丸を猿焼山西峰と呼ぶこともある。 1人と云うことは何をするにも早い。気負っているわけではないが道中の時間的余裕が少しでも欲しなり.また成し遂げたかった。 未知のルート, 2つの天神峠間は散策的な山径なのだろうか? それとも低山ではの深みがあり.藪が濃いとも聞く。 地形図には破線ルートは表示されていなかった。想像だけが先走りしていた。 北尾根の末端上 12:24直ぐ尾根に立ち謝恩碑と真新しい石塔に出会う. 藪のジャングルが始まる食事を終え宮ノ前橋を発つと左手に無線中継所を見て.小さな涸沢を僅かに進み.古い小さな堰堤の手前で右後方の山径に入る。 途中で謝恩碑が立てられ.尾根に立つと真新しい石塔が久保の集落に向かい祀られていた。確りした径はここまでで.先は薄い踏み跡になる。 倒木に雑木が被う煩い尾根, テープ類のマーキングはこの先.頂に立つまで見付けられなかった。まだ通う人の少ない尾根のようだ。 藪絡みの茂みが多く.乱雑に倒木が横たわっている。何時もより1つ先に目先を付け.探らなければ行き止まる。 左側が植林帯に被われるも荒れた尾根筋が続く.踏み跡は薄く探るより.歩き易い所を求め.先へ進むようになった。 城ケ丸北尾根 北尾根771m圏峰から頂へ.13:15灌木に囲まれた円形の711m峰は左側へ樹林帯を回り込むよう登ると北東尾根に乗る。 薄暗い急斜面の植林帯を越え.再び北尾根の正面に城ケ丸が高く聳えているのが望まれた。その周りは再び自然林に覆われた。 前道志とサイマル山・・高取山稜 北尾根ツメより.13:28背は高指.桐木差山.鈴ケ尾山.大桑山.高畑山.山倉岳 谷間の左手は猿焼山北尾根になり.右手は猿焼山東尾根で大旅沢出合の朝日曽雄に没している。 城ケ丸への最後のツメ. 急斜面にでて.枝越えの谷間を覗き込むと尾根末端の朝日川沿いの集落が見下ろされている。 枝々に遮ぎられながらも前道志の山々は.先程越えてきた高畑山からサイマル山へ連なる高取山稜を映しだしていた。 遠く今.その2つの尾根を越えてきた。3つ目の稜も目の前に迫っている。 朝日馬場地区 朝日川二俣出合.朝日馬場地区アップ 小コブを越え城ケ丸への最後のツメ 大地が天空に切れる 冬木に覆われた低い灌木帯城ケ丸山頂878.3m 猿焼山西峰と3等三角点標石.13:38喘ぐ勢いで城ケ丸.猿焼山西峰に立つ。見覚えのある頂にでる。前回は一昨年の梅雨の中休みだった7月に訪れている。 モヤが湧き眺望は望めなかったが緑の樹葉が溢れる頂だった。猫の額ほどの狭い頂.疎林にも囲まれるが今回も展望は得られず。 今日も澄んだ大気の中だが周りはやはり冬木にめげず霞が広がりを見せている。 過って「芭蕉月待ちの湯」を起点に赤岩北尾根から回り込み.御座入山北尾根を北上している。 その時は突き当たった双耳峰の猿焼山東峰(野猿峰.ヤエン峰)885mに立ち.城ケ丸(西峰)の三角点峰西尾根を下りている。 御座入山.城ケ丸は都留市側の呼び名で.当時は真夏で汗をビッシリ掻き登っていた。レモンを2回に分け食べた覚えがある。 そして温泉に戻り周回した。 霞む東尾根の棚沢ノ頭 右手奥のコブが猿焼山東峰東峰から更に下ると棚沢ノ頭との鞍部にでる。そこは又.御座入山北尾根の末端になる。 霞む中ノ沢ノ頭と二十六夜山 戸沢川左岸の北東側源流.13:52赤岩北尾根と西ケ原北尾根 猿焼山西尾根 西尾根に入り「恩の石」.14:00 直ぐ先は「月待ちの湯」への分岐.14:06城ケ丸西尾根に踏み込み急坂を下ると目立つ樹林や奇岩が現れ.時折懐かしく想い出している。 「芭蕉月待ちの湯」への径を左手に分けている。当時は最初.遠くで雷鳴を聞いていたものの.植林帯に入ると雷鳴との競争になり. 走りに走り.露天風呂では土砂降りの雷雨に叩かれていた。戸沢川の河原へ下れば「月待ちの湯」があった。 前道志西部の山並・・九鬼山西尾根から高指 上流側・・尾根越えは猿橋町小沢.14:04大平川沿い右岸沿いの枝尾根に連なるのは送電線都留線 分岐から直進し更に尾根伝いに進むと少し荒れた踏み跡になり.倒木が現れ.枝の張り出しも多くなる 711m圏コブ手前の小さな伐採地からは右手の北面に広がる朝日川沿いに.前道志の山並みが広く望まれた。 九鬼山から突畝.高指.桐木差山と表道志の山稜が連なり.朝日川右岸沿いにはサイマル山から連なる送電線都留線の鉄塔群が 点々と綴らなり眺められている。右手前から落ち込む尾根は城ケ丸から下り.最初に北側に派生する尾根. 左下は市営朝日団地になろう。又猿橋への峠路として鈴ケ音峠がある。 高指と桐木差山手 下流側・・大平沢の源流.14:06サンショ平と朝日山 14:16 少し荒れだした西尾根筋上戸沢の集落周辺 ![]() 都留二十六夜山.鹿留山.都ゴルフ倶楽部. その先が引野田地区。西尾根596m圏峰と裏側が上戸沢・西川地区.越えて玉川天神峠.14:27 左奥が文台山と尾崎山で.その上が倉見山. 中央のゴルフ場上が矢花山880m.そこに覆い被さるのが三ッ峠山。 露岩帯を抜けると710m圏コブでカヤトの明るい斜面を駆け下りる。前方の視界が開け.右手は檜の若木帯が広がると711m峰を越えている。 戸沢の天神峠へ下る右尾根に入る所で.山並は高度を下げるも西尾根の中核をなす北西の尾根が再び起き開かれだしていた。 手前は戸沢の集落. 西尾根の裾が集落の北側を囲み.右手の一番低い鞍部が戸沢の天神峠になる。 北東面を望んだ山々は笹子峠を境とした御坂山塊と大菩薩連嶺の山々。西尾根右上が大きく見える高川山。 すると高川山から左へ綴り降りた境辺りの山陰の下が見えぬが尾根末端になり富士急の赤坂駅がある。そこが今日の終着地点。 猿焼山西尾根596m圏峰 右側アップ・・左の里は引野田地区郡内南部の山々から南大菩薩南端の山々 背の霞んだ山々は本社ケ丸,鶴ケ鳥屋山.中央の小さな頭が笹子雁ケ腹摺山.お坊山.滝子山. 596m圏峰の右肩奥の小さな突起が生出山. 生出山の頭上が羽根子山と高川山東尾根 596m圏峰の手前. 右小コブを下った鞍部に玉川天神峠がある。 都留二十六夜山南・西尾根 14:31南尾根コースは尾根から矢多沢を下り金山神社に下りている。 西尾根コースは北西に回り込み.都ゴルフクラブの北側の引野田から県道戸沢谷村線に乗り富士急赤坂駅へ。 戸沢天神峠 天狗峠の東側は杉の植林帯.14:34戸沢天神峠に下る最後のツメは樹林に覆う腰を越す笹藪帯だった。薄い踏み跡を探り辿れは峠にでた。 立派な舗装道路にでて.峠を横断する間に車が2台が朝日馬場方面から横切っている。 戸沢天神峠 朝日馬場と戸沢を結ぶ峠で九鬼山.大菩薩嶺の展望に優れ.峠道は幅広く.往来も以外と多い峠道。朝日馬場からは 鈴ケ音峠を経て猿橋へ。雛鶴峠からは秋山へと結ばれている。又十日市場と田野倉を結ぶバイバスの隧道が峠下を潜っている。 峠西側の高台にあった.峠とは反対を向く天神社.14:42戸沢天神峠 戸沢天神峠には戸沢集落で祀る小さな木祠の天神社が堀切の上にあり.その脇には戸沢からの旧峠道も残されている。 ただ朝日馬場側に下る旧道は廃道になっていた。 又「山梨の峠」小林栄二著ではこの峠を上天神.更に西側の玉川天神峠を下天神と呼ばれていたと紹介されている。 「峠と人生」直良信夫著では甲州に天神峠が多いことについて述べている。甲州の酒坪宮旧跡に古天神が祀られているので. 分祀が各地にあったのではないかの考究を受けている。古代には菅原道真を祭神としてはまだ存在していなかった。 甲州各地の天神峠は「天の神」を祀った天地創生の神の官であるとある。 「山村滞在」岩科古一郎著の中では「この天神.菅原道真を主神にするものではない」と云い切っている。 性質的には外部からの悪神の侵入を防ぐ神であり.「甲斐の山山」小林経雄著.「天神峠とは外部からの悪霊の侵入を防ぐ 天神を祭った峠であって,菅原道真こと天満天神を祭ったものではない」と述べている。 地図に天神峠と明示されているのは夏狩一加畑間. 長浜一大石間ぐらいなものだが「甲斐国志」には他に立川原 一白野間(笹子).川棚一厚原間(都留).大嵐一長浜間(鳴沢)が記されている。 又天神峠の別名を持つ峠も多く.厳道峠.金破美峠.穴路峠(大室山).田野入峠(上野原).道坂峠(都留).葛籠峠(大月). 大鹿峠(笹子).鶯宿峠(河口湖西部)がある。 今山行で一番長閑なカヤトの径.その後が?この突き当たり右に真新しい祠がある 天神峠真向かいの高台には西側を向う天神社があり.垂紙が飾られている。その奥先にも真新しい石塔の祠が祀られていた。 この祠は南側の上戸沢の集落を向き.峠縁にある天神社より一回り小さい。ただ周りを囲むよう確りした屋根が造られ守られている。 緩やかなカヤトの参道,綺麗に刈払われ.手入れの行き整ったた散策的な山道だった。 ペースが捗りホッとするも束の間の距離奥社から先,日陰山へと続く西尾根は本来の見えぬ藪山の素顔を取り戻していた。 日陰山への藪径.15:00雑木の壁を潜ると強烈な倒木帯が始まる 奥社の右奥からのルートは藪絡み閉ざされている。背側の西側に.雑木に隠された尾根径が続いていた。これから時期. 樹葉が茂りだすと分かりずらくなる。平尾根だが樹葉の壁を潜った先は枝葉が張り出し.荒れた倒木帯の踏み跡が続いている。 林道沿いに南側をへ200mほど進み右手に折れている。この西尾根筋は極端なほど尾根の南縁を綴っていた。 樹林で全く眺望は利かぬが南境は急激な土手で落ち.戸沢川を境に戸沢の集落に寄り添うよう接近していた。 距離としては短いが地表は荒れ果てている。そこにルートがあるが出来るだけ歩き易い所を歩むことになった。 ただ赤テープのマーキングは多い。探ると直ぐ目に付く所にある。 二俣分岐 15:06戸沢へ下る平尾根の分岐と右は緩やかに窪状を登りだす。 障害物競走の如く700mほど進むと左手に上戸沢へ下る確りした小径が合わさる。この分岐で北西に向きを変えると 窪んだ荒地に入る。倒木は相変わらずの涸れた沢沿いの窪溝で踏み跡は荒ている。腰前後に傾き横たわる倒木は時に重なり. 潜りより越える方が多くなる。暫し乗り越えななければならず馬力がいた。 尾根中央の平筋にでて ![]() 「猿焼山右」を指す道標と歩き易くなった平尾根径.15:23 窪地を抜けると北側の斜面は傾斜が増し.ジグザグに草付き混ざりの踏み跡を綴るようなる。倒木帯とも離れホッとさせられた。 主尾根に綴る枝尾根の急登を詰めている。主尾根のツメに至り.初めて「猿焼山右」の古い道標を見ている。 突然現れた平坦な台地.再び主尾根が東西に延びる高台の痩せ尾根に乗る。倒木がないだけでも助かるのに 枝木の張り出しも少なく.刈払われた不思議になるほど確りした尾根らしかぬ山径が続いていた。 鹿溜山と杓子山西尾根と倉見山 手前が都ゴルフ倶楽部.15:27中央を横切る山稜は鋸刃と双耳の文台山に中央の小さなコブが尾崎山へと繋ぎ.下れば富士急東桂に至る。 左手前は都留二十六夜山1076m地点から大野方面に延びる西尾根. 都ゴルフ場西(右)側が684m圏峰 日陰山 左側の藪の薄い所だけではなく.展望の利く所にるも.日は陰り始め厚く垂れ込む重い層雲に覆われた。 手前の「都留ゴルフ倶楽部」越しに御正体山に続く西側の山々が姿を現すも.薄暗さはジックり見定めねば分からないまで 暗さは増していた。ハガケ山へ北上し.文台山から尾崎山へ下りた山々がズームで望まれる。この山々は昨年師走に訪れている。 与縄テレビ中継所を過ぎ.その先の日陰山702mにでている。樹林に囲まれ,先を閉ざす.何の変哲もない平凡な台地だった。 ただここからはマーキングは乏しく.再び荒れた倒木帯を玉川天神峠に向かい歩むことになった。 一番大事な所のスナップ写真を忘れる。日陰山より西端の台地に立ち.足元を覗き込むと急激な斜面で落ちていた。 尾根伝いに頂稜を詰めればよいと思うが誰もが過っての古いルートを歩んでいた。松浦隆康著の新書も今までのルートを歩んでいる。 言葉では「地図読みによいルート」と書かれているが,そればかりに気を使うと先の山行は詰らなくなる。 自然と自分が見付けるルートを歩めばよい。ただ難しいと語っている。すると如何してもそこを歩きたくなるのが道理。 ![]() 天神峠へ 肩から北西の尾根上を下ることにしたがポイントが分からず.長く下り過ぎていた。こここそ高度計があれば活用できる所だろう。 間伐材の倒木が多く視界は樹林に閉ざされ.何処を見ても倒木帯が面をなし.谷筋も尾根も埋め尽くされていた。 南西に折れるべきポイントは見事な倒木帯になっていた。全く分からず.見れば見るほどトラバースする気を失わしている。 短い距離と覚悟して左手に折れればよかったが足は更に下り始めている。下り過ぎた樹間の隙間から漸く頂稜らしき尾根が望められた。 トラバースするには長過ぎ.見るかに倒木で苦労するルートが続き敬遠した。 扇状の斜面を既に下り過ぎていた。地図を読み.できるだけ左へ.上流側に巻き込むよう下る。 そして傾斜が落ちると倒木の間隔も広がり.薄暗い植林帯の中に.峠への林道を見出した。 ここから天神峠まで緩やかな林道を登り返している。歩んで4分程の距離.峠下に下り着いた。 玉川天神峠 ![]() 下りた半縄寄りの地点と玉川天神峠の石階段.16:17 林道の 玉川天神峠から富士急赤坂 16:17玉川天神峠一16:24玉川上部.旧道一16:39玉川グランド場一17:05富士急赤坂. 玉川天神峠 この天神峠は半縄と玉川とを結ぶ峠路で.農道を舗装したような細い道.交通量は殆どない。天神の社は見当たらなかった。 過っては戸沢天神峠と同様に西側の肩上にあったらしい。天神峠には林道が通るも.薄暗く檜林に覆われ.こと寂しさを感じさせている。 今は舗装された峠路が抜けるも.往来は薄い。戸沢川,玉川と朝日川.日影を結ぶ都留第二トンネルが開通し.国道139号線のバイパスとして担っていた。 玉川天神峠にでたのが4時17分. この先順調に生出山を越えても生出神社に下る前に日没になる。 時間よりも気の方がバテていた。残念ながら2つの峠を越えた時点で.最初の予定だった玉川の集落に下ることにした。 右景の尾根の末端・・933m圏峰と尾崎山 左景・・引野田川流域を見渡す.16:25台地上の分岐 天神峠から南方へ下ると7.8分で視界の開け.集落が見下ろされる高台にでる。 おぼろに霞み中央を横切る尾根は御正体山から続く御正体山の支稜の文台山北西尾根。緩やかな尾根に尾崎山967.8mが乗るようある。 昨年.ハガネ山から尾崎山を越え.桂町に入り富士急東桂駅まで歩んだ稜線になる。 中間の尾根末端は小さな三角錐の933m圏峰から北東へ枝分かれした尾根。都留文科大学前駅. 手前の尾根は都留カントリー倶楽部西側の末端にある烽火山669m圏峰。河川丘陵は谷村町から十日市場・東桂の流域. 二十六夜山山西尾根 戸沢谷村線に並行する北岸道を綴り.16:25鹿留山・杓子山北尾根 左端が双耳峰の文体山御正体山の北西に延びる長い支稜 左景・・玉川の街並から南方を望む管野川沿いから.16:35支稜はハガケ.文台山(大野山)に尾崎山。右奥は倉見山. 手前台地の裏が都留カントリークラブと669m圏峰 足元には玉川の街並みが広がり.御正体山の支稜(ハカゲ山から文台山)と倉見山へ続く山並みが谷間を囲むよう連なり埋め尽くしていた。 左上方には鹿留山のひときは大きな山容が望まれる。尻山の別名を持つ文台山は北面から望むとやはり顕著な形を現し. 2つのコブが尻を形どり.地図を広げ確認するまでもなかった。この見晴らし台からは下山に2つのルートが取られている。 左手に下れば阿天利神社の脇を通り.戸沢谷村線.県道711号と都留バイパス.国道139号線が交差する交差点にでる。 都留バイパス バイパスは都留市十日市場から田野倉間8.0kmの国道バイパス。平成23年03月に都留市上谷から井倉までの山間部の5.6kmが開通し. 玉川天神峠付近の下を潜る隧道ができている。バイパスの両脇部分は工事中で交通量の転換を期待し整備されていた。 羽根子山と高川山・・鞍部が禾生峠 戸沢川,玉川公園グランド脇より,16:40正面を見上げる手前の山腹はワールドエース・カントリークラブ。国土地理院.平成6年修正.1/2万5千地図「都留」には「ゴルフ場建設中」と 表示されていた。ただ開場は経営者が変わるも昭和50年代から運営されている。 富士急赤坂駅はこのクラブの真下の裾野にあり.見えぬが写真の左側から菅野川に合流し.ほぼ下流の突き当たにが赤坂駅がある。 里道 玉川の集落への道を左手に分け.右に県道と並行する高台の幅広い山腹道を真っ直ぐ歩む。 途中で地元の人に尋ねると道なりに進むと戸沢川沿いに下り.玉川のグランドにでる。 車の往来はなく.高台から街並みを見下ろしつつ里道を下っている。舗装されているが静かで気持ちのよいルートだった。 道はうねるが1本道.グランドを目指すよう云われたが中々現れぬ。ウネリながら下りだすと玉川公園脇にでた。 ここからは左折し.戸沢川公園橋を渡り.管野川右岸沿いを少し遡って.右手に見える管野川中野橋を右折し.渡ると右角が自動車教習所。 丁度支流の戸沢川がこの少し下流で本流管野川に合流しているので.Z字に道を切る形になった。 ここまで分岐から15分ほどで着ている。歩んで後から思うに.そのまま右岸沿いに桜並木の土手を下った方がよかったようだ。 車の往来も少なく距離もやや短い。 西尾根末端の生出山 菅野川左岸の土手を飾る桜並木.教習所前より.16:44生出山603.0mは頂に水が湧くと意味し.そこには小さな池がある.手前の南側にある73号鉄塔と鞍部西側の75号鉄塔 管野川左岸沿いに並行して走る国道139号にでる。大月=吉田間は昔の富士道で富士講の人々が最もよく利用した参詣道で. 富士海道.谷村路などと呼ばれ.現在の国道139号線と重なる部分が多い。管野川右岸沿いに連なる山々は歩み逸れた西尾根の名残。 生出山が尾根末端に聳え.西側は採石場が広く切り開かれ.山肌は深く抉られていた。 生出山 生出山(おいでやま)の山名は水が生まれることから由来とされている。山頂には湧水のでる水をたたえる小さな池がある。 ここに白蛇が棲み.時々里山に現れたので.里人は恐れ慎み山頂に祠を建てて.諏訪明神を祀ると白蛇は現れなくなったという。・・松浦隆康著 最後の鉄塔 最後まで尾根伝いに下れなかったがこの採石場正門右脇にはサイマル山から朝日川沿いに越えてきた送電線都留線の鉄塔が建つ。 その生出山南の尾根筋にある74号鉄塔は対岸から管野川を渡り.桂川左岸の支流.大幡川を遡っている。 そして峠越えをして金川を下り.国内に延びる御坂線と併線され.新山梨変電所と結ばれ給電されていた。 この採石場正門前の鉄塔は対岸からも.はっきり見える大きさで「都留線・・鉄塔」と鉄塔の橋桁に示されていた。 ただ鉄塔番号は何故か故意に消されてた。71号鉄塔だろう。下山最後に頭上高くに架かる都留線を仰ぐことになった。 潜ればその先は5差路の交差点になる。国道を横断した突き当たりが富士急赤坂の駅舎前だった。 道志山塊主稜・・今倉山稜 駅前.赤坂交差点より管野川沿いの山々を振り返る.17:17正面奥が道志山稜の今倉山連山と二十六夜山. 右脇の2つの尾根末端は猿焼山西尾根の末端。直ぐ左手のR139号. 「富士みち」沿いに生出神社がある。都留市で最も大きな神社で.赤坂駅周辺は四日市場に属し「生出山表向い」. 「生出山南向き」などの小字の名も今だ残されていた。 高川山東尾根 再び訪れた富士急赤坂駅舎.17:18今回は無人駅.大月までの乗車券¥370は車内で購入 玉川運動場から30分ほどの距離.前回は今倉山から往復し.今回は馴染みの駅になっていた。駅前のスーパー「正直屋」でビール大@370を購入. 発車したばかりの列車を待つこと22分.ホームのベンチに腰を降ろしながら高川山を望み.列車が入線する頃にはビールも空になる。 17:05富士急赤坂:22=17:37jr大月17:01=18:38高尾快速:44=19:24お茶ノ水. 天候には余り恵まれぬ陽気だった。予報は外れ.薄日より重い雲に覆われる。霧雨だけで救われているが気温は思いの他寒かった。 遠方はガスが掛かり薄暗さが一日中空を支配し.時に薄日を受けるも.束の間の時間だった。弱すぎた高気圧は翌日.翌々日と降雨になる。 今回歩んできた山並 ![]() jr鳥沢駅→高畑山→楢山峠→高取山稜→サイマル山→猿焼山北尾根→西尾根→戸沢天神峠→玉川天神峠→玉川→富士急赤坂駅. ・・見える鉄塔群は送電線都留線. ポイントは高取山稜と猿焼山西尾根.特に今回は踏み跡ならぬ径も歩んでいる。 サイマル山へは巡視路を辿る尾根. 踏み跡は確りしてマーキングも多い。サイマル山北面は裾に巡視路が横切り.迷っても安心できる。 テープ類のマーキングは猿焼山北尾根は全くなく.西尾根には赤テープ類があるも.乱入し避けられぬ倒木帯がある。 西尾根の戸沢天神峠から玉川天神峠の間には日陰山の尾根肩に1ケ所「猿焼山右」と道標が示されていた。 道形のない場所もあり.迷う恐れあり.低山だからこそ登れた山だろう。或いは難しいのか? 今回も擦れ違ったハイカーは大月駅で出会っているだけで.山中で全く見られなかった。今回は三弾の完歩で終了. 地形図「上野原」「大室山」「都留市」.山と高原08「高尾.陣馬」. スカパ布製登山靴・・37.259歩 前山行は穴路峠を越えの棚ノ入山北尾根から秋山二十六夜山・コゴマ沢右岸尾根をjr鳥沢駅に向かい下っている。 高畑山北尾根に乗り.檜山峠から高岩へ 大平沢ノ頭から高取山稜.サイマル山を越え朝日馬場 猿焼山北・西尾根から日陰山を経て引与田より直接.富士急赤坂駅・・戸沢と玉川の2つの天神峠 |