| 奥多摩の都県界尾根最西北部. 長沢脊陵の滝谷ノ頭と天祖山 ・・奥多摩.奥秩父東部概念図.山行表 2012年05月. 東日原から天目山横篶尾根―七蹴山から大平山.峠尾根・・浦山川俣 2018年12月. クラミクボから中段歩道にでてクラミクボ右岸尾根・板形尾根―天目山山腹道から横篶尾根を下り見通尾根・・滝上谷と間違える 2019年09月. 大栗ノ頭大栗尾根から長沢脊稜・ハナド岩―板形ノ頭板形尾根から1160m圏南尾根を経て賀郎橋を周遊・・再び挑む 2013年05月. 小川谷橋からタワ尾根.長沢背稜.天祖山赤石尾根を周回・・旧日原街道.日原林道.日原街道 2016年04月. 細久保橋から仙元谷.グミの滝を経て三ッドッケ.シャクナン尾根―板形尾根.中段歩道からカロー大滝を経て小川谷左岸水平道 2013年07月. 鍾乳洞から周遊.小川谷右岸上段歩道から篶坂ノ丸材木小屋尾根―篶坂ノ丸オロセー尾根・・日原林道.日原街道 2022年11月. 小川谷林道.吊橋から篶坂ノ丸材木小屋尾根―タワ尾根から金袋山・人形山のワイド.ミズナラから旧道に入る・・東日原から周回 2015年05月. 日原鍾乳洞bs⇔一石山を経て小川谷左岸下段歩道から篶坂尾根―オロセ尾根から孫惣谷左岸作業道.林道孫惣谷線.日原線 2015年09月. 旧倉沢集落―倉沢谷山腹道―横篶山幕岩支尾根―一杯水小屋分岐道―ハナド岩,板形尾根―カロー谷中腹道―小川谷左岸中腹道 2018年05月. 日原林道ゲートから天祖山表参道を経て南.中腹道を横切り周遊・・日原林道・日原街道 2016年06月. 高丸山ツバノ尾根の取付きを間違い偵察と渓谷納涼.又久し振り本格的な藪に出遭う 孫惣谷を取り囲む奥多摩源流の山々と尾根群・・タワ尾根.長沢脊稜.天祖山赤石尾根 タワ尾根を詰め孫惣谷の源流部で奥多摩の深みを知り.天祖山から鍛冶小屋窪右岸沿いにミズナラ茂る「楢平の森」に入る 東日原からタワ尾根・長沢脊稜に天祖山南面の赤石尾根を経て最終目的の楢平へ。日原林道.街道と周回し東日原 2013年05月26日.松村 タワ尾根と一石山からウトウノ頭を経て滝谷ノ峰・・金袋山のミズナラとてんぐ巣病 長沢脊陵から梯子坂ノクビレ.天祖山 天祖山赤石尾根と楢平.ガニ沢出合カツラ 奥多摩最奥の山 漸く土.日曜日の時間が取れるようなり.奥多摩.中日原以西の山域に初めて入山する。 初めての山域に入る時は何時もながら歳の割に気をわくわくさせられ意気込んでいる。新緑の若葉溢れる孫惣谷周辺の巨樹の山域に入る。 環境省は巨樹について「地上1.3mにおける幹周が3m以上」と定義している。 平成12.13年の調査では全国で約6万5千本の巨樹が確認され.都道府県別では東京都の3800本が最も多い。 そのうち1000本を超える巨樹が奥多摩町にあり.なかでも日原川上流の左岸域が巨樹の宝庫になっている。と「バリエイションハイキング」松浦本は謳っている。 まずは巨樹を尋ねながら新緑のタワ尾根を登り.周囲の全体像を掴み.長沢脊稜から天祖山に回って.孫惣谷を囲む尾根を周回する積りでいる。 絶好の登山日和を迎えた日曜日.多くのハイカーと出会うだろう。入山は小川谷上段歩道から人形山東尾根を歩み.周りの雰囲気を掴もうと考えていた。 ただ先の時間の掛かりが初めてのことで掴めず.一石山からタワ尾根へと最短距離で登ることにした。 タワ尾根は小川谷と孫惣谷の分水嶺を成し.長沢脊稜の滝谷ノ峰(タワ尾根ノ頭)に突き上げる尾根。「タワ」とは「山の尾根のたわんだところ」とあり. タワ尾根には尾根筋をつかず離れず.まとわりつくよう細道が縦横に走っている。その搦む道を歩む。 天祖山から南面の中腹を横切る旧日原街道.今は水源林巡視路として利用され.支尾根の赤石尾根から楢平に回り込み. ミズナラの巨樹の森を訪れたいと思っている。ただ避難路として旧道から日原林道下る側壁が問題で. 落石防止網が多く張めぐされて下る地点が限られていると聞く。上手く日没前に下れれば良いが。 5月26日(日)快晴後曇 jr御徒町4:49=神田5:00=5:55立川=6:34青梅:35=7:17jr奥多摩.西東京バス¥450. 7:25=7:50東日原bs. 奥多摩駅発の東日原行路線バスは常に満杯の人気コース.今日も増発されている。 先行した路線バスは乗車.終点の東日原まで14人が残り.殆どが川乗橋で降りている。又私を含めた3人が日原街道を辿る。 そして小川谷橋を渡った分岐で林道日原線を左に分け.釣人ともう1人のハイカーとも別れている。 小川谷沿いの街道は晩春の強い朝の陽差しに照らされている。木洩れ日の多くなった頭上には雲1つない紺碧の天空が仰がれている。 日原街道を最後まで1人歩む。一石山神社前のPには既に3台のマイカーが駐車していた。 石尾根.鷹ノ巣山の北尾根群 ![]() 六ッ石山.鷹ノ巣山.稲村岩尾根.ヒルメシクイノタワからの鷹ノ巣山尾根.八丁尾根 タル沢尾根.カラ沢尾根.ネズミサス尾根.稲村岩尾根.稲村岩.鷹ノ巣尾根・・右端は日原街道の中日原の集落 今年の2月にはノボリ尾根から石尾根鷹ノ巣山を横断し.稲村岩の下りで滑落遭難事故現場に出偶わしている。・・中日原上流より撮影.7:56 タワ尾根は水松山と酉谷山の間のタワ尾根ノ頭から南東5㎞に及ぶ.長沢脊稜の南面で最長に支尾根。 下半分は人形山辺りまで明瞭な仕事道があるが.金袋山から先はスズタケの密生の中に微から踏み跡しかなく.概して薮漕ぎに終始する。 ウトノ頭に連なる古岩峰群の通過がこのルートの確信部で.この辺は藪も薄く快適に登れた。 タワ尾根から長沢脊稜 東日原bs7:50一8:15一石山神社一9:00一石山一9:20巨樹金袋のミズナラ一9:55金袋山一10:23篶坂ノ丸 一10:57ウトウノ頭一11:14大京谷ノクビレ一11:20クラ沢ノ頭.モノレール一11:43長沢脊稜分岐. 滝谷ノ峰タワ尾根 タワ尾根は小川谷と孫惣谷との分水嶺を成し.長沢脊稜の滝谷ノ峰(タワ尾根ノ頭)に突き上げている尾根。 又タワ尾根の小川谷側には上段歩道.下段歩道と呼ばれる水源林巡視路が延びている。 「バリエーションルートを楽しぬ」松浦本によると「たわ」とは広辞苑では「山の尾根などのたわんだところ」とある。 「奥多摩」宮内敏雄著には「別のその山稜に峠があったからではなく.その山稜をたわむみちから導かれたものである」と記されている。 確かにタワ尾根は尾根筋をつかず離れず.まとわりつくような薄い踏み跡が縦横に走っている。 この尾根を綴り.頭の滝谷ノ峰にでてからは左手に長沢脊梁に入り.孫惣谷の右岸尾根へと回り込む。 一石山神社と奥社 8:15初めて東日原の奥の日原街道に入る。 日原川左岸沿いの中日原の集落に入ると左前方に際立つ高さで.稲村岩が大きく構え見上げられた。 そしてこの鋭い岩峰を囲むよう日原川源流の山々が連なり.今までとは異質に思える深みある山並が肩を並べ.その姿に驚かされている。 東京近郊の日帰り山行でここまで深い山懐に触れ.味わうことができるとは。日原街道はその懐へと導いている。 一石山神社 日原川を分け.小川谷沿いに入るとタワ尾根の末端には日原街道終点・広場があり.広場から仰げば屏風に抉られ燕岩が側壁しそそり立つ。 その上に一石山神社が祭られている。神社中央の参道の石段を登ると石鳥居があり.参道の奥に本殿が建立されていた。 祭神は天照大神と稜威尾走命(いずのおばしりのみこと)で.明治維新の廃仏毀釈によってできた神社。 それ以前は鍾乳洞に対する拝殿の性格を持っていた。そのものが「大日如来」の御神体。 過っては上野の山の東叡山寛永寺の支配下にあり.関東.東北地方からの崇敬者が参詣している。 正門前を流れる小川谷のショウジン場淵は一石山神社のお参りし身を清めていた場所。手を洗い.顔を洗い.体を洗って心身を清めていた。 又日原の守護神で住民の多くが氏子となっている。 社殿の左手に奥社(山の神)があり.その右脇から山道に入る。社殿を守る落石防止の棚堰が大掛かりに造られ. その切れ目から登り.タワ尾根に取り付いている。尾根に乗るまでは疎らな登山道.左脇から確りした遊歩道が交差すると登山道らしくなる。 樹間を透し右手に煌めく明るさは朝陽を浴びる燕岩から反射した明るさで.この壁に続く籠岩は東日本大震災以来. 現在も崩壊が激しく.危険を伴ない2011年03月23日から日原鍾乳洞手前の日原街道.都道204号線の上部.終点で車両通行止になる。 ここでは大掛かりな改修工事が行われていた。まだ数年掛かる見込み。ここ日原街道の終点は小川谷林道に繋がる起点になる。 小川谷林道も落石多く危険な状況のため.車両.歩行者共に通行止.ゲートは閉ざされている。 全線ダートのピストン林道. 終点からは更に左岸山腹を登るダートの大麦線(小川谷左岸歩道)が綴られている。 タワー尾根の末端に乗る タワー尾根に乗り直ぐ巨樹と出合う春蝉が激しく.鳴く山陰のザレた径. 尾根に乗りガレから山径らしくなると疎らな木漏れのこぼれ日を踏むようになった。 一石山1007m 古い山名標「一石山」がなければ分からない真平らな頂.9:00左脇に赤テープが巻かれている所から遊歩道と分かれ.左手に折れると直ぐ一石山にでる。 左側の谷間に至る斜面は杉の植林帯.尾根通しは広く自然林に覆われ.尾根筋には水源の石標が点々と設けられ.赤テープのマーキングも多い。 尾根を挟む両方の谷間からは再び春蝉の勢いある鳴き声が一斉に響き渡ってきた。 金袋山のミズナラ 9:20「巨樹周回コース.金袋山のミズナラ」の道標を見て尾根から外れ右手に折れ.ミズナラの大地に誘われる。 ミズナラの巨樹は人形山1176mの東尾根と一石山へと綴られる尾根に挟まれた山腹の人形山南東斜面の緩やかな窪地状にあった。 両尾根に囲まれた緑溢れる平坦地. 奇形の老樹を思わすミズナラの周りには保護の為ウッドサークルが設けられている。 周りの木々を圧する気迫を肌で接し圧倒する大きさに驚かされた。ぐるりと一回りし改めて見詰める巨樹。 小木も巨木も.葉に包まれた枝々を四方に伸ばし.数多い若草色の緑が豊かな台地に癒しの場を創り出していた。 ミズナラの樹高20m.幹周7.51m.樹齢推定700~800年. 比べるものがないほどの巨樹。 人形山の二重山稜 東尾根越えに二重山稜の地形が延びる二重山稜 銘木のミズナラからは元の道標に戻らず.高みの尾根上を選び直登する。東尾根ツメへと続く北側は二重山稜的な地形を示していた。 人形山1176mの頂は尾根筋から戻るが分からずして通過している。その北側脇に連なる丘稜も二重山稜状で幅広く尾根幅が続き. 狭まれば人形山を越え.金袋山へと尾根筋が描いている。 金袋山への尾根径 ![]() 尾根筋で見付けたネジレ幹と山ツツジの群生 金袋山1325m 朝の日差しが黄緑色に樹葉を透す.9:45一石山,人形山. そして金袋山と尾根伝いは緩やかなたわみの台地で結ばれていた。 何処も頂は殆どが平頂で.主尾根のひと起伏としての地点としか思えぬ頂を何度か越えている。 大らかで尾根幅は広がりを見せ.綴る踏み跡も.緩やかに蛇行し登りだしている。淡い黄緑色の若葉に包まれ所から眺望は殆ど眺められなかった。 樹間は冬木とは異なり.樹葉が重なり合い狭く満よう茂り.それだけ尾根筋は青葉の木洩れ日に煌めく樹葉の散策路になっている。 右に左にと隔てる谷間から登ってきた水源林巡視路が交差すると金袋山にでる。 朝光を受け黄緑色に染められた新緑熊棚? 寄? ・・それとも 10:07てんぐ巣病 尾根を塞ぐこの不思議な巨木に出会う。「てんぐ巣病」と呼ばれる植物病害の一種で.よく見ると何かが絡み合っている。 数と大小の大きさで熊棚か? この1本の木に大き過ぎるほどのものが幾つも見られている。寄か? もう1ケ月も早ければこの辺は冬木の世界に戻り.裸木の広がる冬木の姿を見ることができただろう。新緑に隠れ見づらくなっていた。 辞書によるとてんぐ巣病は植物(多くは樹木)の茎・枝が異常 に密生する奇形症状を示すものの総称。 枝の一部から小枝に多数発生し.この小枝が竹箒状に所謂天狗の巣状となる症状を示している。 この部分には殆ど花蕾を付けず.枝は数年で枯死し枯死部から木材腐朽菌が侵入し.枝や幹にまで腐朽が進み.樹勢は衰弱する。 てんぐ巣の症状は1年で明瞭に確認できるほど顕著になるものではなく.2年から3年を経て.その症状と云うか姿は明瞭になってくる。 篶坂ノ丸1456m 10:23右手に篶坂ノ丸東尾根を迎え.更に続く穏やかな尾根。平頂の自然林の中のやや太めの幹に「篶坂ノ丸」の山名標を見付けている。 篶坂ノ丸の「篶」は蓧竹の異名らしい。ただ篶坂ノ丸の周りを見渡しても.下草どことかスズタケらしき茂みも,形さえまだ見受けられなかった。 タワ尾根は末端から殆ど真っ直ぐ南東へ延びてをり.又頂の南方へはオロセ尾根を派生させ.末端は林道が刻まれ孫惣谷に没している。 この尾根は午後. 天祖山に回り込み.赤石尾根から日原林道に降りると孫惣谷の出合の尾根末端付近に木段があり取付きがある。 又直ぐ北側に延び東尾根と並行する尾根は材木小屋尾根になる。共にこれから先も歩むルートになろう。 更に続く平坦な尾根径篶坂ノ丸を越えると左手の樹林の枝越えに.何か白みを帯びた台地が山腹に寄り添うよう微かに望まれた。 全体像は分からぬが孫惣谷の対岸と考えると天祖山東面の採石場だろうか? 昨年の今頃.天目山長沢脊稜のバナド岩から天祖山に大きく刻み込まれた採石場の無残な山肌を見付けていた。 休日の今日は発破の爆発音も聞こえず.山は静かさを取り戻している。秩父武甲山といい何時まで操業を続けるのだろうか。 先月は道志高畑山から猿焼山西尾根を下り.末端の生出山南面でも山肌を大きく切り裂く採石場が見られ操業していた。 ウトウノ頭手前の小さな露岩部.10:54篶坂ノ丸を過ぎ尾根は再び緩やかな山径に変わり.露岩が現れだすと高度と共に周りの林層は広葉樹から針葉樹に変わっている。 ウトウの頭前後には2つの岩場があった。急斜面を下り返すと露岩状の大きな岩が尾根筋を塞いでいる。 左手の孫惣谷ウトウ窪側を巻き.容易にウトウの頂に立っている。 ウトウの頭1587m 10:57ウトウの頭 小さな岩場を過ぎるとウトウノ頭にでる。この尾根で初めて頂らしい頂に立つ。ここでも眺望は新緑の樹葉に隠され望むも薄かった。 今まで尾根筋の頂に立つ都度.道標はなくともどの山も個性のある私製の山名標を見ている。 狭いながら小広い頂の立木に「ウトウの頭」の山名プレートが2点掲げられていた。陶器で作られている。その色彩は鮮やかだった。 初めは何処の頂であるか分からなかったが陶器の山名標があるのは紀行等で知らされていた。それがここウトウノ頭と知ったのはつい最近なって。 又タワ尾根唯一の三角点標石が足元に設けられていた。ここは休めば蠅が煩い頂.そこそこで腰を上げている。 山名の由来は孫惣谷のウトウ沢からきている。ウトウ(善知鳥)は北海道.東北に生息する海鳥。 青森市は津軽藩が2代津軽信牧の時.藩港を築き.地名は猟師が緑の森の丘を目印としていたことから青森村とした。 それ以前は善知鳥村と云っていた。善知鳥神社があったからで.今は青森市の「市の鳥」となっている。 ウトウは葦の茂る場所に住むチドリであることから「悪」でな「善知鳥」があてられていた。・・HP「井手敏博の日々逍遥」氏より 又山頂の北側には赤テープのマーキングがある。北西に派生され小川谷に落ちる四間小屋尾根の取付き地点。 大京谷のクビレへの下り 再び現れた露岩混ざりの荒れた痩せ尾根この先苔したる倒木が多く.途中で長沢脊稜の酉谷山が見え.避難小屋が見えるらしいが今日は分からなかった。 孫惣谷ウトウ窪側を巻く大京谷のクビレ 向かいから岩場方面を臨む.11:14ウトウの頭の頂を越えた西側には荒れた難度のある岩場あり.急斜面に小尖峰が群がる斜面で.先程と同じくウトウ窪側のガリーを巻いている。 一度途中から岩場に入り込むが下れなかった。巻けば岩峰の鋭さとは似合うわぬ.緩やかにたわむ大京のクビレにでる。 モノレール軌道,11:20 咲き始めたミツバツツジ.11:26ウトウ沢右岸尾根を登ってきたモノレール軌道と合わさる。 タワー尾根のツメ.標識には「終点1780m」とある.11:39作業用モノレール 大京谷のクビレを下り.短い急斜面を登り返すと直ぐ.1602mコブでモノレールの軌道が突然.頂稜に現れた。 軌道沿いは下草の茂りがやや多くなる。軌道は長沢脊稜近くまで延び.高度を上げるとミツバツツジも咲き.周りの新緑に混ざり目立ち見るようなった。 軌道の起点は孫惣谷林道の終点.御供所を過ぎ.孫惣谷本谷出合.中腹道の合流点から少し下流をさしている。 権兵衛窪とウトウ沢に挟まれたカラ沢ノ頭1602mに突き上げる尾根筋沿いを詰め.軌道は終点の脊稜近くの1630m地点まで延びている。 ウトウ沢右岸尾根を跨ぐ形で尾根筋のウトウ沢側からカラ沢ノ頭の東肩に乗り上げ.本尾根から長沢脊稜にでた。 長沢脊稜 この右脇に道標と林班界標識「31/27」がある.11:43脊稜へ登ってきた踏み跡が登山道でないことを示すロープ タワ尾根と一石山からウトウノ頭を経て滝谷ノ峰・・金袋山のミズナラ・てんぐ巣病 長沢脊陵から梯子坂ノクビレ.天祖山 天祖山赤石尾根と楢平.ガニ沢出合カツラ |