九鬼山越える。・・山梨百名山.新花百名山.都留市二十一秀峰.秀麗富嶽十二景
     札金峠から続く九鬼山北尾根と九鬼山東尾根―871m圏コブ北尾根からオイノリ沢左俣を下り幡野入口バス停.

    菊花山から沢井沢の鞍部を越え九鬼山北尾根札金峠
    札金峠から九鬼山東尾根に乗り.871m圏コブ北尾根を下り幡野の二又・・朝日小沢

   九鬼山
   9:45

    札金峠から九鬼山東尾根
      9:40札金峠一10:10紺場休場一10:35九鬼山11:15一東尾根大平12:12 一12:20確りした下る道分岐

    東尾根871m圏コブから北尾根
     下り道分岐12:50⇔12:20. ⇔下り道.14:10一14:20深桂沢奥の右俣一真14:50新しい小沢砂防堰堤15:20一16:05幡野入口bs

   木洩れ日の田野倉尾根分岐.9:48

    上部の峠路
     札金峠からそう掛からずして小沢川と田野倉に抜ける十字路の分岐にでる。古い道標には「←至猿橋・至田野倉駅→」とあり.
   各々に「九鬼山」.「札金峠」とある。ここを含み地形図の破線路を読むと昔の旧道が伺える。
   札金峠から大沢に破線路が記されをり.この分岐からは田野倉へ破線路が記されている。このルートが本来の峠路だったのかも知れない。

    富士山と倉見山.三ッ峠山府戸尾根
   九鬼山北尾根より.10:01 

    三ッ峠山御巣鷹山と府戸尾根
   右景アップ・・末端裏側が河口湖

     檜の樹林帯を綴り.自然林に変わると平坦地にでて.右手の切り開きに.富嶽から三ッ峠府戸尾根間の山容が空広く開かれた。
   吉田の街並が谷間を埋め.富士から綴られた山腹に雲が切れ.裾野長く大地を這い下っている。

     足元の谷間から再び列車の警笛が短い間隔で暫し聞こえだす。右手の田野倉方面からだと思われる。
   以外と細かく曲線を多く描いく単線で踏み切りか.駅が近いのか.その都度警笛が鳴り響いている。

   左景アップ

    千匹休場
     10:06
     高架は取り外されている古い旧送電線鉄塔があり.一部撤去されている

    廃鉄塔
     緩い傾斜を登り切ると古い送電線の鉄塔跡を左脇に見る。2基のようにも見える架線を失った鉄塔はその頭上高くまで樹林に被われていた。
   錆び付いた色合が樹林に同化しているようにも思える。埋もれるこの鉄塔に近づけば樹林は背丈高く伸び.共に古く.
   長い年輪を重ねた姿で見上げられていた。改めて臨むと小さな鉄塔だった。流通していた当時は東京に電力を運ぶ最新の旧谷村線鉄塔だった。

    旧谷村線
     現在の66KV谷村線は谷村変電所から駒橋水力発電所と結ばれている。旧谷村線は大正02年(1913年)に桂川電力が建設.
   鹿留発電所から桂川沿いに綴り.南高尾山稜から東京の目白変電所間85km.及び分岐して六郷変電所95km間に建設した送電線。

     谷村発電所から九鬼山の北側の,ここ千匹休場を越え.一直線に鳥沢へ下り.桂川右岸沿いにルートを取る我が国初の77KV送電線。
   ただ今は全線の撤去されつつある。この鉄塔もガイシと電線は撤去され.八王子市と相模原市間に廃鉄塔が少し残るのみになっていた。
   残存鉄塔は短形鉄塔としても我が国最古の鉄塔。貴重な近代化産業遺産として登録された鬼怒川鉄塔と同類の希少な鉄塔になっている。

    紺場休場
   コンバ.10:10

   笹子川出合.流流域・・羽根子山と南川山東尾根
   左景.10:10
    鶴ケ鳥屋山.高川山.笹子雁ケ腹摺山.お坊山.滝子山(寂ショウ尾根と南東尾根).大谷ケ丸

     鉄塔跡から直ぐ紺場休場にでる。尾根の西方は広い草地でに変わり.昔は材木の集積場だったかも知れない。
   ここからは御坂山地最東端に当たる高川山からの東尾根が天神峠へと落ちている。そこを遠巻きに囲む郡内の山々が望まれた。

     高川山東尾根の天神峠は真木.花咲と谷村を結んでいた古い峠路で.鎌倉往還。むすび山が末端になり.大月の市街地に接している。
   手前左の支尾根は東尾根850m圏コブから東南東に延び.末端は人形山になる。・・田野倉地区の桂川本流側より

   九鬼山への稜・・途切れ途切れながらも笹子川.藤沢川.真木川と繋がり望む.大菩薩連嶺南麓の山と尾根
     南大菩薩連嶺東面の山々
   右景アップ
    殿平下が藤沢で天神峠下が川茂.大原

    真木川下流(上真木〜下真木)流域の山並
   更に真木川出合周辺アップ

     滝子山東尾根と真木川を隔て吹切尾根末端は花咲山。大岩山の右上の頂になる。手前は高川山東尾根.
   百反刈山,殿平の下は上真木地区. 東尾根.南東尾根の登山道口は1つ左並びの藤沢川沿いから左右に分かれ登っている。
   花咲山には先月上真木の端倉峠から入り.jr大月駅に直接下りている。そして翌月の今日.大月駅から菊花山に出向いる。

    前道志西北端に延びる尾根.今朝登ってきた北尾根下部
   朝日小沢川側.10:21

     南西に北尾根を綴るも馬立山附近から札金峠を下り返し.ほぼ真南に進んでいた。
   九鬼山手前で尾根筋を外れ南西寄りに登り詰めている。その為振り返ると登ってきた山並が綺麗に望まれた。

     桂川と支流の小沢川に挟まれた山並で.後に下る小沢川沿いの北尾根東斜面が望まれた。
   神楽山(大松山)北側の七曲峠越えは猿橋と田中とを結ぶ旧古峠がある。御前山に乗る菊花山.更に奥右上は百蔵山。

    鈴ケ尾山北西尾根・・上半
   小沢川対岸の尾根.10:47
    前道志大桑山と高畑山. 鈴ケ尾山北西尾根の背に並行するのが猿橋城山から延びる大桑山南西尾根.

     九鬼山へには紺場休場を過ぎると市界尾根から外れ.東側の雑木覆う九鬼山北東尾根に回り込む。
   分岐から北東尾根を下ればオイノリ沢へ下り.朝日小沢にでる。頂へはこの登山道の分岐を左手に分ている。・・10:35

     九鬼山の頂点を右手から巻き込む形で南側にでれば逆方向から頂に立つ。
   登山道から頂点を仰ぐと2本の檜の大木の間から蒼空が望め.樹間を潜ると共に蒼空が開け.頂にでている。

   九鬼山々頂
   山頂らしかぬ巨樹が1本目立つ.10:35〜11:15
   背の南大菩薩稜はハマイバ・黒岳4・雁ケ腹摺山

     九鬼山とは本来は特定の1つの峰でなく.九鬼の集落では東側一帯の山域を云い.別名「鈴入ノ峰」。
   南側は檜林で北側は雑木林. 頂はやや細長い小平地で.眺望は西北方面が開かれている。

    九鬼山
     とうとう九鬼山に登る。数年前から再び山に登り始めるも.絶対登ることのない山の1つだと思っていた。
   高尾山には登っているにも係らず.私にとってワザワザ大月まで出向き.登る頂とは思っていなかった。

     それが低山藪山に浸りだし,昔の上越国境地方を想い.改めて藪山の魅力を感じ始めていた。
   一度登りだすと周りの山々に気は惹かれだし.その勢いはジワジワと輪を描きながら前道志の西側の山々をも押し通るようなった。
   今年の春には小沢川上流の尾根まで入り込んでいる。そして今回.その西側の九鬼山の頂に立っている。

     静かな頂だった。下界はまだ暑さが続くも山は澄み.秋空のような高い蒼空が開かれている。
   今は昔と変わっていた。低山でも未知の山域に足を踏み込ませるだけで.高低に係わりなく.体は躍り満足感を味わうようなった。

    団体さん
     一回り見渡してベンチに腰を降ろしていると杉山新道を経て.11人もの中高年婦人部隊がここ頂に現れる。
   「誰かいる!」.「ほんと!」とまず声が掛かり.今までの静けさを破り.頂は賑やかさを増している。

     檜林に覆われた東側の日陰にやや大きめのベンチが1つある。丸太で組んだ古い隙間だらけのベンチを1人占領していた。
   ザックからあれやこれや出し.私の私財が散らばっていた。

     陽射しは暑く見るかにベンチに座りたい婦人方。言葉が掛かる前に「今ベンチを整理します!」と伝え.トマトを齧りながらザックに再び詰め込んだ。
   今日は1人,山を独占できると思っていたが甘かった。早くも11人が行儀よくちゃんと座っている。私は早々に頂を後にした。

     慎ましい彼女達.「追い出してすみません!」と別れの言葉を忘れていなかった。
   まだ空は澄み切っている。霞はでるも観天望気は間違いなく.これからも今日の晴天を約束させていた。

    杉山新道への分岐
   九鬼山東尾根に入り久美山.11:33
   左が鈴ケ音峠.右が弥生峠へ

     九鬼山の細長い頂の南東端から東尾根に入いる。まず南側から南東に巻き込む形で尾根筋が延びていた。
   確りした歩き易い径,富士見平にでる。北西の池之上尾根に乗れば天狗岩で展望を楽しみ.下ると分岐で田野倉と禾生とに分かれている。

     この登山道を右手に分ける先で.道標が何本も立てられていた弥生峠への分岐にでる。
   この分岐を右手に折れれば杉山新道を綴る尾根に乗り.804m地点を経て富士急禾生駅にでられる。以前駅改札口前にここの道標が確かあった。

    一挙に藪径へ
   分岐から登山道は急に下草被る小径になる

     ここから東尾根は茅や灌木混ざりの藪径に変わる。俄然と尾名筋は小径に変わり.踏み跡の要素をもつ小径が綴られていた。
   時折張り出す枝葉を分け.蜘蛛の巣も多くなる。蜘蛛の巣は濃く.払い除くのに度々閉口すること暫し。ただ足元は確りしていた。

    歩んできた九鬼山東尾根と北尾根に聳える馬立山
   高原的な台地を.振り返る.12:10

     南西に向かいP8(914m圏峰).P7(通称ミカゲ山905m).P6(900m圏コフミカゲ山)を越え北東へ。
   幾つか圏コブを越えると地形が広がり.高原的な雰囲気のある小広い斜面にでる。

     高指山は(ミカゲ山).大平900mは(大ビラ).突畝(ツキオネ)と呼ばれる起伏。
   落葉松の自然林を介し.丘のようにも思える。又「甲斐国志」ではこの辺に昔.小池や廃寺の跡があったとい云われている。

    鈴ケ尾北西尾根・・下半
   870m圏より.12:12
    正面は権現山稜に扇山.右奥が笹尾根に乗る陣馬山
    右に方向を変え鈴ケ尾北西尾根末端に乗るのが猿橋城山で西面から望む。

    871m圏
   踏み跡が切れた縁の恩賜石標.12:46
   檜林の境下.この先にも枝に付けた赤テープあり

     871m圏コブ・・その先871m圏コブが曲者で南東に下るが.次の810m圏コブまで高度差60mある。
   それが余りにも突然落ち.地図も読まず理解できなかった。土留めの丸太が一定の斜面を規則正しくジグザグに下っている。
   その下る地点に赤テープのマーキングがあり.又高みのコブのような肩には恩賜林石標がある。枝で留めた赤テープが付いていた。

     一度下るが長く.朝日川まで下るのではと標石まで戻り返している。
   ただ標石の先にも赤テープはあるが踏み跡はその奥で失われていた。尾根幅は広く急斜面になり.点々と赤テープが綴られているのみ。
   肩にはクロスの枝が置かれ.通行止めを示していた。

     再びジグザグ径を下り.先のコブを見付けるよう左前方に気を配るが,その気配は全く分からなかった。高度は見る見る落ちている。
   再び戻り.更に大平まで戻る。そこで1本取り.檜の境界線を眺めながら地形図と睨めこするが。

     先程の下るコースの高度差60mを既に越えているよう思えた。又この先は道志の山々が望める絶好の展望台にでるという。
   大平の伐採跡地に右手に回り込むコースがあったのかも知れない。地図を信じ.もう少し下ってもよかった。
   それをせず諦める。既に1時間50分費やしている。今2時10分を指していた。

   下る径口上の標石.13:12

   871m圏コブの北尾根.14:30

     我儘・・登山道を諦め,下山ルートが決まると同時.何時ものことながら.心を躍らさせらさせている。
   地形図が読ぬと覗き込む。ルートには踏み跡はない。ただこれから下山するルートを目で追うだけでなく.自らの足で下ることになる。
   大まかなルートが決まると身が軽くなるのが不思議だった。先にどんな障害物があるか考えるだけでもウズウズしていた。

     踏み跡を求め登った積りが安易になり.勝ち気で先を見定める丁寧さに欠けることが.私の欠点かも時折あった。
   この時ばかりは外れたルートに心を掻き立てる思いはないが.その後にコースが間違っていていると知るも後悔することは少なかった。

     それなら初めから径なき藪を漕げばよい。だがそこまで.その塩梅で歩む気は全くなかった。
   目の前で地図を読み.思案し変な行動を起こしていた。天邪鬼か.我儘な自分がいる。

    871m圏コブの北尾根
     先を諦め踏み跡のない北尾根を下ることにした。南側は間違いなく朝日馬場にでる。そこから禾生まで歩く積りはなった。
   オリノリ沢左俣とラン沢に挟まれた北尾根はやや北北東に延びている尾根。
   立木を掴まなければ落ちる急斜面.枯れ枝はあるが下草がなく助かっている。

   落ちる斜面

     そして2つ派生する枝尾根は北東側を選び.ズルズルの足場の崩れる斜面を蹴り下る。
   右へ,右へと更に東側の尾根を末端まで東進すると細い沢が見下ろされた。オイノリ沢左俣の奥の二俣の狭い河原にでている。

   小沢右オイノリ沢とラソ沢出合上左岸.14:39

     下り立った左岸の縁には薄い踏み跡があった。この踏み跡は東尾根の830m圏コブ付近にでたようだ。
   ここから見える直ぐ下が奥の奥の二俣になり.同じような細い沢相が合わさっていた。

   深桂沢左俣左岸沿いの作業道.14:43

     出合下は捩じり落ちる大滝を構成している。今までの周りの雰囲気とは異にする圧する渓谷を築いている。
   左岸から見下ろすと今までの長閑な地形からは分からぬ.大滝が飛龍を巻き上げ.怒涛する勢いで落ちていた。

     ここからは薄い踏み跡らしからぬ小径は確り踏み固められた作業道に変わっている。作業道を辿ると間を空けず馬頭観音が
   足元に祀られていた。昔は朝日馬場に繋がる峠路があったのかも? 一人歩く身.古の日を想像すると嬉しくなる。

   朝日小沢林道.14:47

     この先作業道を100mも進むと裸土の林道朝日小沢線にでた。瞬く間もなく道幅も広くなる。
   又その先200mほどでオイノリ沢(深桂沢)二俣でると進む間もなく.左前方から九鬼山北東尾根に入る登山道の道標が立てられていた。
   登山道は初めオイノリ沢右俣左岸沿いを登るコース。登山道口から先20mも下ると石造りの深桂橋があり渡っている。

     そして真新しく完成したばかりの白く煌めく小沢砂防堰堤(s24年)を右手に見て.ベンチがあり大休止した。14:51〜15:20
   パンツ1枚になり.汗でビショ濡れになった重い衣類を着替え.下山の準備を整える。気持ち清々しい。

    小沢左岸尾根
   小沢沿いの朝日小沢猿橋線.15:35

     堰堤からは舗装道路になり.直ぐ車道にでる。右後方に折れ登れば林道を大鈴ケ音峠越えをし大平へ。
   左折し下れば土石流危険渓流「小沢右俣」の標識を見て.朝日小沢のバス停に至る。
   脇に諏訪神社があり.地元の人に挨拶するとバスは16時発とのこと。まだ30分ある。幡野入口バス停まで歩くことにした。

    鈴ケ尾山北西尾根の中半ば
   朝日小沢猿橋線から振り返る.15:43
    640m圏峰.アンテナの建つ730m圏峰.780m峰

    鈴ケ尾山北西尾根の末端・・幡野山と640m圏峰
   朝日小沢から振り返る.15:49
    右奥が九鬼山東尾根で南東に下る810m圏コブ付近の北尾根を下りてきた。

     小沢川左俣の幡野川と合流すると朝日小沢猿橋線が.沢沿いに緩やかに蛇行し綴られていた。漆原バス停を通過する。
   ここは札金峠越えの峠路が登っている。時折下ってきた道を振り返っては九鬼山を始め東尾根の頂稜を見上げていた。
   空はまだ朝方のままの雲1つない紺碧の蒼空に覆われ染められていた。

     ザックから丸々したリンゴを取りだし齧りながら歩む。幾らか酸味があり.齧る音も心地よく美味かった。
   今日は舗装された里道を山靴で歩むも.響きも軽くやかだった。

   幡野入口バス停・・小沢と幡野沢出合地点.16:03

     今の時刻,地元の人も,マイカーの往来も少ない。上る路線バスに擦れ違い.2分遅れで大月行バスが戻ってきた。
   jr猿橋駅から路線バスに乗ればここが鈴ケ尾山北西尾根の取付きになる。

     今年3月,猿橋駅から小沢沿いの県道を歩み.ここから鈴ケ尾山北西尾根に取付き.大桑山北尾根の津成へ下りていた。
   当時も快晴の雲1つない蒼空だった。今は.尾根末端の北西尾根を改めて見詰めている。よく歩いたものだ。ここは又幡野沢の出合でもある。

     出合の袂に土石流危険渓流「相模川水系戸化沢」と標識があった。前回は気にもしていなかったが戸化沢とは何処からきた言葉だろうか?
   小沢川から幡野沢.小沢に.後日調べるも分からないでいる。又神楽山の前衛の七曲峠は田中峠だと知る。

      16:05幡野入口bs:10=16:20jr猿橋.¥1450 :38=17:15高尾快速:16=20:20お茶ノ水.

   ハイマントの熊よけCowbell.¥945を購入し初めて鈴を持参.
   地形図「大月」「都留市」.山と高原08「大菩薩嶺」・・・スカパ登山靴.30.914歩

     前山行は対峙する吹切尾根末端の梅久保山
     今回は菊花山から沢井沢の鞍部を越え九鬼山北尾根札金峠
     札金峠から九鬼山東尾根に乗り.871m圏コブ北尾根を下り幡野の二又・・朝日小沢