| 今回は前回の花咲山から対峙する里山.菊花山に登る ・・大月市街地を中心に対峙する山々 前道志山塊Top 大月駅前に望む前道志西北端の菊花山.その九鬼山北尾根の末端にある菊花山から九鬼山北尾根を詰め.同東尾根に回り込む。 菊花山から入山し九鬼山東尾根の871m圏コブから871m圏コブ北尾根に移り.朝日小沢へ下る 2013年09月20日.松村 菊花山から沢井沢の鞍部を越え九鬼山北尾根.札金峠へ・・足元は大月市街地.そこからの大展望と各鉄塔群 札金峠から九鬼山東尾根に乗り871m圏コブ北尾根から幡野との二又へ下る 先月は菊花山と対峙する梅久保山に登り.逆側から眺めながら里に下り.浅利の集落からも見応えのある立派な姿の菊花山を見上げていた。 今回は駅前通りから菊花山に立ち.頂の足元からは大月の市街地を見下ろしていた。 対峙する梅久保山からは反対の北側に面する百倉山の大展望を愉しんでから九鬼山北尾根を詰め.札金峠から九鬼山東尾根に乗る。 鈴ケ尾山方面に進む積りでいたが手順が狂い.東尾根の871m圏北尾根から朝日小沢へ下りることにした。 入山は神楽岳からの方が変化に富み悩むが,前回から繋ぐよう菊花山を目指さなければ.出向く機会を失うと思い,菊花山からを選ぶ。 今年3月には東方に並行する鈴ケ尾山北西尾根を登っている。その時の尾根の膨らみを思うと.北尾根の方が一回り以上大きな尾根の輪郭を描いていた。 前道志の西,北端の山稜で.突坂峠以西では九鬼山付近で大きく北側に方向を変え.札金峠を介して,南北にそれぞれ小さな山塊を成していた。 南側の中心峰は九鬼山であり.北側は馬立山になる。その一番北側の尾根の末端にあるのが菊花山。 露岩の点在する頂からは桂川大月市街地を眼下に見下ろし戦国時代の名を残す岩殿山とも対峙して.幾つもの対峙する山々。 その各々の山々からは素晴らしい大展望が開かれている。岩殿山は南面の山並になり.むすび山は御坂山地.菊花山は北面の大菩薩の山並。 更なる展望は南大菩薩連峰に楢ノ木尾根から権現尾根.百蔵山からは扇山が扇状に裾野が広がり.その展望は途切れることなく続いている。 又西肩からは馬立山田野倉尾根を隔てた高川山には東尾根の末端に小さな頂,むすび山がある。 その間を縫う緩やかに蛇行する桂川流域の河川丘陵は家屋で埋め尽くされ.街並はミニチアの絵図のよう描かれた。 強い朝陽を浴びて煌めく街並の先に道志.御坂の山々が境をなし.蛇行に合せ連なる山並みが広がりを見せている。 その遥か彼方には三国唯一の秀麗たる富嶽がいやにも高く.前衛の山々を幾つも従え.天空に突き上げていた。 菊花山 浅利地区の浅利橋より・・2013.08.30/11:28桂川の河川丘陵のJR・富士急大月駅周辺 菊花山と九鬼山北尾根 天神山東肩より・・2014.01.28/14:29菊花山の登山口は一番右の39号鉄塔尾根を詰め.肩から左へ菊花山へ詰めている。 大月市街地を中心に対峙する菊花山・・昨年夏.猛暑トレーイングの花咲山に続き.翌月には向かいの菊花山にも入っている。 井沢峠越えをして馬蹄形に登り.馬立山から九鬼山東尾根へ。菊花山の各支尾根に建つのは送電線谷村線の鉄塔群. 又手前中央左の鉄塔ビルが東電の大月支社で変電所とjr変電所が並び右手に延びているのがjr中央東線と富士急大月線の大月駅ホーム。 駅前通りの突き当りが国道20号遠バイパスで.右に折れた所が秋葉神社.菊花山への登山口がある。 前道志の西側方・・九鬼山の肩に馬立山.御前山と神楽山 百蔵山々頂から南側の展望・・2008.12.22/12:57師走に新大菩薩峠から牛ノ通りを下.松姫鉱泉に宿り百蔵山へ 鯨の背のような百蔵山の頂で憩う。足元に見下ろすのは猿橋.強瀬地区. 左前方上の高台はjr「パラトラルひゅう桂台」で直下がjr猿橋駅.右下は菊花山.その末端にjr大月駅がある。 南面その絶景を前にして枯草にもたれ昼食にした。 肌着の者が居ればシャツだけの人もいる。又セイター着の人も居れば防寒着を着ている人もいた。ただ陽溜まりの陽射しは暖かい。 各々のグループが輪になり語らい笑い食事を摂っている。その姿が絵となり長閑さ一言に尽きる。 菊花山 jr大月駅前広場から見上げる.6:469月20日(金)快晴 jr御徒町.¥1450 4:46=4:39神田:41=5:44豊田:47=6:37大月. 豪雨に暴風と激しかった台風18号は本州を縦断.大きな被害を各地にもたらしていた。 その後5日間.関東地方は快晴に恵まれ.大月から見上げる蒼空は雲1つない山並が仰がれ.朝方から煌めく強い陽射しに照らされている。 jr大月駅南口の改札口を抜けると直ぐ.駅前広場から思いもよぬ均等の取れた菊花山が駅前通りを塞ぐよう見上げられた。 大月駅では何度も乗降を繰り返している割に.先月花咲山に登るまでは気にもしたかったのが菊花山. 標高わずか640m.小1時間で登れる距離にある。 駅前通りを真っ直ぐ進み甲州街道を横切る。前回は橋倉峠から梅久保山を越え浅利を抜けて.右手の国道から大月の駅舎に戻っている。 今回は直進し突き当たりの真新しい新大月バイパスを右折した。左折する大月バイパス側はまだ国道の延伸工事中だった。 折れて直ぐ斜め左側に石階段を見て.登ると網フェンスのある側道にでる。この高台からは大月の街並を跨り.岩殿山の側壁が大きく望まれた。 直ぐ左前方に無辺寺の墓地があり.その手前角が境内から入る登山口。大月市の「菊花山」への道標があり.山径に入る。 一昨日は中秋の名月でクレイターがよく見える満月の空だった。彼岸入りで.早朝に係らず既にお墓参りをしている夫婦に出会っている。 対岸.雁ケ腹摺山と天狗山に掛かる深城線1号鉄塔 送電線谷村線39号鉄塔の基部にて.7:02高川山北尾根と東尾根末端のむすび山 基部より西側肩にやや小さく対峙するのがむすび山並ぶ谷村線の37号・38号鉄塔 jr大月6:45一8:25鋼ロープの残骸一7:33菊花山一8:55田野倉尾根分岐9:05一9:15ナベテラス一9:40札金峠 谷村線鉄塔基部 登る間もなく.東電の谷村発電所から駒橋発電所へと結ばれる送電線.谷村線(やむら)39号鉄塔の脇を通過する。 駒橋発電所は東京送電水力の発祥の地. 朝方大月駅に着く間際に.左側の車窓から2本の水圧鉄管.落差103.5mの発電所を見上げていた。 又39号鉄塔基部からは岩殿山の肩に小さな深城線1号鉄塔が以外に大きく望まれている。その下裾には笛駒線とjr送電線が横切っていた。 深城線を綴る天狗山・向ウ山に建つ鉄塔の遥か先.楢ノ木尾根北側の山懐に葛野川発電所があり.そこと結ばれている送電線。 その1号鉄塔左脇下には前回花咲山から下山した折.里にでて休んだ中央高速道の大月陸橋の高い橋桁が目立ち浅利川に架かっている。 今回は前回登った花咲山と中継する形で.大月駅舎の南方へ繋ぐ山々を登っている。 谷村線の若番鉄塔を綴ると送電線の上に.高川山からむすび山に繋がる尾根がここからはこれまた大きな存在で眺められていた。 中央東線から見ると何時も丘にしか思われぬ.むずび山が小さいながら里山らしき風格を示していた。 ここで山道は2つに分かれている。右迂回路は崩壊あり.通行止めで踏み跡は薄い。登山道は左側を直登し.ひと汗掻けば500m圏で尾根状にでる。 駒橋発電所 駒橋発電所は1907年(明治40年)12月に運用を開始され.出力量は5200KW. 55KVの送電線60kmで早稲田に変電所を建設し.我が国最初の水力発電遠距離送電の草分けになっている。 谷村線鉄塔 66KWの送電線で谷村発電所と駒橋発電所を結び.この39号鉄塔の竣工は大正12年と古く.今も現役で活躍する高さ19mの鉄塔。 又左手は樹林に被われ望めぬが38号.37号などの古参に対し.40号鉄塔は昭和53年と後に建て替えられた鉄塔になる。 右手には若番鉄塔の38号.37号(赤白に塗装)が望まれた。37号からは桂川に渡り.左に折れるよう桂川沿いを遡っている。 この谷村線の廃線とも云うべき送電線は南高尾山稜でも見られ.この後北尾根でも.廃鉄塔として.幾つも残存する鉄塔脇を通るようなった。 桂川本流と富士みち 田野倉の街並.7:25菊花山の手前肩から蛇行する桂川本流が見下ろされた。 高川山東尾根と馬立山を雍する北尾根とに挟まれ.広い谷間は秀麗たる富士を絵葉書の如く眺められるた。 左手の尾根は大らかに落ちる馬立山田野倉尾根と北側裾を回り込む沢井沢。出合から開かれた田野倉地区の広がり。 桂川沿いの河川段丘に繋がる軒並.又上流側の高川山の長い東尾根の東麓には都留の市街地が広がりを見せていた。 左景上・・右下は小形山地区.7:33富士の麓に大きく被さる相定ケ峰と倉見山。その右端中央が富士吉田 小さな金比羅宮の社があり.今日の安全をお願いし.右手裏へと山道を歩む。 右後方に無辺寺への小径を分け,岩混ざりの尾根を登りだすと,ロープが所々に張られ大岩を巻き,汗が滴たりだす。 初めはjr中央東線のレールを弾く車輪の打音を聞くも静かなものだった。それが通勤時間帯に入り.暫し打音を聞くようなる。 それと共に沢井沢沿いの谷間からも列車の警笛が短い間隔で何度となく聞こえてきた。桂川本流沿いを走る富士急の列車からのようだ。 覆い被さる樹林が途切れると.沿線の街並の頭上には山々が重なるよう構え.その又遥かなる高みに富嶽が大きく覆い.従えるような大展望が開かれた。 山中湖を水源とする桂川は大きな谷間の流域を蛇行させ.街並が帯のよう綴られ.迫る山並が重なり合い.その中を縫うよう列車が走る。 その麓を越えたところで秀麗たる富嶽は富士急線から何度も見ていた。何処もが絵になり.又シャッターチャンスになっている。 馬立山田野倉尾根と後口山 左景下・・左下は沢井の高台集落鹿留山,杓子山西尾根に重なる倉見山を被うのが富嶽とその裾野。 田野倉尾根の上に乗る頂群は御正体山からハガネ山.大野山へ続く支稜で.更に下る尾崎山は霞み倉見山と重なり眺められる。 下山口は富士急東桂だったと思う。 尾崎山の斜め下に.はっきりした生出山を見付けている。猿焼山西尾根の末端のコブで真向いが赤石駅。 主尾根は田野倉尾根の山蔭に隠れている。又今倉山稜からの二十六夜山西尾根.或いは九鬼山も同様に田野倉尾根の山陰にある。 田野倉尾根末端は河川丘陵の田野倉地区に延びていた。 菊花山々頂からの展望・・対岸岩殿山からの眺望 南大菩薩連嶺東面と浅利川流域 菊花山肩より大月市街地西北面の大菩薩の展望 菊花山の頂手前で再び左手から眺望が開かれ.大月市街地を足元に従え.大菩薩連嶺が大きな裾野を広げ.その右手にも180度の大展望が開かれた。 カット,カットで駒切れに写真を撮り.合わせれば右手へ流れる桂川北面と奥秩父.奥多摩.権現山方面の山並みが延々と重なり合う大展望が開かれた。 大月の市街地は細部までミニチヤのモザイク模様の如く足下に敷き占め見下ろされ.対峙する岩殿山の絶壁の背後には雁ケ腹摺山や 楢ノ木尾根の稜線を仰ぎ.南大菩薩連峰に楢ノ木尾根.権現の山々に続く山並が扇状に開かれる。その展望は遮るものがなく続いている。 南大菩薩連嶺東面の山並は滝子山から黒岳.牛奥ノ雁ケ腹摺山.雁ケ腹摺山.大樺ノ頭と連なり.瀬戸境と続く。 浅利川右岸出合に聳える低山は,雁ケ腹摺山の吹切尾根末端にある.前回訪れた大岩山と花咲山。 左岸の天神山は吹切尾根.野脇ノ峰からの鉄塔尾根の末端のコブ。 大月市街地中央はJRと富士急の大月駅。浅利川に架かる中央高速道大月陸橋。 咲山南の花咲カントリークラブを横切っている送電線はjr大勝線と笛駒線。天狗山へ登っているのが深城線。足元には送電線谷村線が横切っている。 真木川中流右岸山域 上景の左側からアップ1・・手前は吹切尾根滝子山〜大蔵高丸間の南大菩薩連嶺東面の頂稜が望まれた。真木川に幾つもの支尾根を落としている。 昨年の5月頃からは集中的に破魔射場丸・大谷ケ丸南東尾根・アモウ沢左岸尾根・滝子山東・南東尾根を訪れ詰めていた。 ここから綴った山名を読むと大丸南峰だけがまだ踏まぬ頂だった。 浅利川源流流域 左側からアップ2葛野川線鉄塔・・18号から真木川に架かり.鳥屋ノ丸脇が14号.下って13号.右端が峠の11号鉄塔。 私にとってはやはり未踏の大丸南峰が低山ながら目立つ山として眺められていた。 天狗山と岩殿山 左.左側からアップ3・・深城線鉄塔尾根の末端雁ケ腹摺山楢ノ木尾根と瀬戸境. 右手奥は葛野川左岸尾根(奈良倉山から権現山稜). 脚下に広がるるのは大月市街地, 市内の笛駒線120号鉄塔から分線した深城線は葛野川発電所へと山に登り.その1号鉄塔が天神山に建てられている。 その右に並ぶ岩殿山とは市街地を隔てて対峙する山とも云えている。 岩殿山と百蔵山 左側からアップ4・・葛野川を隔て対峙対峙する岩殿山は手前に大月駅の長いホームが横切り.岩殿山の頭越えには楢ノ木尾根末端.瀬戸境に立つ水無山と尾越山が望まれた。 百蔵山の左麓から葛野川が遡り.左岸沿いに聳え連なるのが権現山稜。右奥は笹尾根になる。 百蔵山と扇山 左側からアップと甲州街道5背は権現尾根・・左端が北峰.三森. 中央の百蔵山右肩が権現山。 「貧乏山」 このきらびやかな朝陽を浴びた山波に対し.菊花山の北麓地区は朝方から山陰になり.常に陽の照りつかぬ場所になっていた。 「甲斐国志」によると大月宿.駒橋宿では日陰が長く「貧乏山」と呼ばれていたらそうだ。又別名に「林宝山」とある。 後日知ったことだがNHKの「日本人のおなまえつ!」番組で珍山名を放送したことがある。 それを切っ掛けに調べると道南の「七飯町町史」にはアイヌ人酋長の名が通説だったとあるものの「貧乏山」の記述はなかった。 過って藩は食糧増産のため開拓を奨励し.平地から山に求め開墾するも雑木も育たぬ不毛の地. 厳しい気象条件もあり.荒地は5年間を費やし諦めている。その後.裾の人々は「貧乏山」と呼ぶようなり.国土地理院は大正時代に入り. 三等三角点501m.(点名・楢山)として指定された。山麓にカリマ林道が造られ.トドマツが植林されているも今だ荒れている。 頂に露岩する菊花石菊花石西尾根を綴り.北側の枝尾根と合わさると道路公団のかなり大きな標石.標高590mを見て.菊花石に立つ。 4等三角点が設地された狭い頂に.は相い寄り添うよう現れた岩塊は.石灰岩質の表面に大小の石を散りばめられた菊花を連想させている模様がある。 山名はこれに由来している。科学的には石灰岩中のシピドチクリナの化石が菊紋に似ているので.名付けられたと云われていた。基準点は「林宝山」. 表道志西北端の山稜 小コブ先の鞍部が沢井峠.7:54沢井沢ノ頭と馬立山 沢井沢の鞍部越え・・露岩混ざりの痩せ尾根伝いにテレビ共同アンテナの建つ小コブを越え急下降する。 このコブには「菊花山」と古い欠けた木片の山名標があった? 小コブを越えた先で沢井沢ノ頭が仰がれる。山径は確りして歩き易い。 ただ蜘蛛の巣が頻繁に幕を張っていた。登山道ではあるが今日初めて私が通る人になったためだろう。先が思いやられそうだ。 樹林覆う最低鞍部が沢井峠. 右手に折れれば沢井の集落へ。左は厄王権現にでて御前山(午前岩)からの厄王山5801m.又は猿橋にでる。 ただその道形は極めて薄いらしい。峠を境にスズタケの藪が茂り.バラ科のトゲも多くなる。 我慢し登れば南側から延びる御前岩からの主稜尾根,沢井沢ノ頭に合わさった。そして右手の主尾根を詰めれば馬立山のコースに入る。 振り返ると菊花山は驚くほど遠く低くなっていた。 馬立山山頂.8:55〜9:15 山頂の周辺狭い木漏れの沢井沢ノ頭の頂740mには太い落葉松の木の脇に「←御前岩 馬立山,九鬼山→」の道標が立つ。8:12 頭には「沢井沢ノ頭」の山名標が付けられていた。ただ菊花山への道しるべはなかった。又乱立する赤松が多くで眺望はない。 下って尾根筋の左手へ巻き込むとスズタケの藪絡みになり.尾根に戻った所に古い網ロープの残骸が登山道に半ば埋まり.顔をだしていた。 蜘蛛の巣は更に多くなる。2つの小コブを越え.一気に登り詰めれば馬立山に立ち1本取った。 馬立山797m 「←猿橋駅 馬立山797m」と? 御前岩への道標と共に山名標が一緒に立てられていた。この近辺では一段と高度はあるものの. ここも赤松が乱立し眺望は妨げられている。バナナを食べていると9時を知らす鐘が南西に延びる田野倉集落から風に乗り聞こえてきた。 私以外誰も居ない閑散とした頂に遠く響き渡る。 馬立山西尾根とも呼ばれた所. 南西に10分も歩くと幾つもの道標が立つ分岐にでる。この尾根は田野倉尾根とも呼ばれる快い雑木の尾根。 少し紛らわしい尾根言葉. 道標には「ベノテラス」と地名か書き加えられていた。この尾根は今では一般登山道になり.末端は田野倉へ下りている。 北尾根に入り初めて見る遠いい九鬼山 9:31都留市と大月市の境界尾根(田野倉尾根)の登山道を右手に分けると倒木が多くなり. 境界見出表に恩賜林石標も目立つようなった。反対に左手の樹間絡みに鈴ケ尾山の北西尾根に乗る幾つもコブが望まれる。 札金峠 切る通し状の木漏れの峠越え.9:37下草がなくなると杉に落葉松の木立が混雑する樹林帯に入る。下りた所が札金峠で,裸土が多く目立つ切り通しの峠に着く。 峠路は左手に下れば朝日小沢の漆原バス停へ.右手を辿れば九鬼山登山道と合わさり.札金(さつかね)沢にでて田野倉にでられる。 麓の札金鉱泉は平成4年で廃業されていた。 菊花山から沢井沢の鞍部を越え九鬼山北尾根へ・札金峠・・足元は大月市街地.そこからの大展望と各鉄塔群 札金峠から九鬼山東尾根と871m圏コブ北尾根から幡野との二又へ下る |