| OB親睦会ハイク.奥武蔵自然遊歩道と高麗の里山 日和田山Top 奥武蔵の山々Top 西武武蔵横手から日和田山―巾着田の100万本の曼珠沙草と高麗峠 2013年09月28日 m見城(s41年卒).滝島.(42年卒)松村.鈴木(43年卒).工藤.(42年卒)田島.剣持.大橋.吉武.発知.高橋.石田(s50卒).12名 奥武蔵は関東平野西縁に位置し.秩父盆地を取り巻く山々の東側に属し.外秩父の一部.南側にある山域に当たる。 又南側は奥多摩の東地区を取り囲む埼玉県南西部の丘陵に辺り.都県界尾根に隔てられる山岳地帯の総称として呼ばれていた。 その奥武蔵の中で関東平野に接する最東端に位置するのが日和田山。 初めての山登りは高校の初めに企画し. 同級生と奥武蔵伊豆ケ岳に正丸峠から入山.その翌月には単独で武甲山に出向き登り始めている。 奥武蔵には殆ど歩んでいなかった。同期鈴木の里山でもあり.2006年10月に同期会で.この周辺を訪れている。 今回は再びOB会親睦ハイクとして.殆どコースも変わらぬものの高麗峠から飯能まで足を延ばしている。 9月20日(土)快晴・・奥武蔵自然歩道 jr御徒町7:41=8:00西武池袋.準急¥510. 8:20=飯能=9:41武蔵横手駅集合. 武蔵横手10:00一10:50北向地蔵11:00一11:45物見山.大12:30一林道切り通し地点一12:35駒高の集落 一13:00日和田山一14:00巾着田バス停一14:00梅原の住宅街一14:26高麗峠一15:10飯能駅前.蕎麦「ゆきやなぎ」. 飯能特急「むさい42号」¥450+¥410. 18:36=19:17池袋・・「三徳」. 曼珠沙草.10:472つ目の分岐から山径に 昨年は一泊の東北吾妻山々行が企画されたものの.台風の襲来で中止に追い込まれ.欲しむ声を聞いている。 学生時代には春合宿を長く東北吾妻五色温泉をベースに行われていた。その当時を慕う仲間達が集う筈だったが次回に延ばされている。 好天に恵まれ西武武蔵横手駅に9時.12人が集合した。 日和田山へ. 高麗川支流関ノ入右岸沿いの林道.関ノ入線を遡る。杉林の広大な植林帯が周りの谷間を覆っている。 初めは密集した杉林. 見城先輩が云うが如く.間伐作業が疎かになっている。改めて見ると煩い枝木のジャングルに谷間は被われていた。 7.8年前に同期鈴木が地元に住んでをり.同期会を同じコースで催した。 その時は雨上がり.今回は木洩れ日の朝の陽射しを受け.漏れる陽光が周りの谷間を明るく照り付けている。 真夏の陽射しとも異なり.朝方の清々しい空気を存分に味わっていた。 送電線吾野線 高麗川左岸沿いを横切る「吾野線20号鉄塔に至る」の巡視路標柱が右手に立ち.送電線を潜る。 巡視路を詰めた先には.長尾根山と関山との間に変わった名称の「送電峠」があるらしい。 「Thats郷土館.24年70号」によると昔.山間奥にある吾野.東吾野の地区は少ない需要で送電線の電気供給範囲が広げられず, 1921年(t10年)05月に自力で落差21.2m.出力30KWの小規模な水力発電所を建設した。 ただ経営と水量不足で.鉄道が吾野まで延長したことで譲渡.解散している。自然の過酷さと開拓精神の豊かな歴史を持っている。 北向地蔵 昔は悪疫除けの守護神.11:05遥か高くに架かる新所沢線を潜り.地蔵の分岐にでると左に道を分け.地蔵さまのある2つ目のユカデへの分岐にでる。 右後方に戻るよう登ると山径になり.小さな墓地縁を左手を回り込むようなった。 南側の陽当たりのよい斜面は曼珠沙草(彼岸花)が綺麗に小さく群生し飾り.赤く華麗な花を咲かしている。その先が北向地蔵になる。 北向地蔵で1本.滝島先輩の差し入れの梨をほうばる。正に中高年の団体.統性が取れていないようでいて.和になっている。 ここから北側に入る径脇に「奥秩父線84号に至る」の標柱を見ている。 北斜面には奥秩父線が走り.その裾野の台地.地下には武甲鉱山ベルトコンベヤーの長い坑道が日高市まで結ばれていた。 奥秩父線 奥秩父線は複雑な経緯を持つ送電線で.安雲幹線(旧黒部幹線の原型残る)の遊休設備のため.仮のルート確保,変更,鉄塔の建て替え. 停止に.送電線の併用等. 奥秩父変電所から送電され.奥秩父線の60〜55号鉄塔では青梅線と共有鉄塔を持つ275KVの送電線。 奥秩父線の奥秩父変電所先は黒部幹線本来の154KVで十石峠を越えている。 2011年の忘年会山行で西上州烏帽子岳から広大な山地を横断する.この黒部幹線の低い短形鉄塔群を見下ろしていた。 又2009年12月には新秩父線を探索しようと真名井沢ノ頭北尾根から仙元尾根の都界尾根を横断している。 その折秩父市街地へ横切る奥秩父線を遠目に眺めていた。県営浦山線は秩父線5号鉄塔に入線し.奥秩父変電所とも近い。 奥秩父線の元は黒部幹線. 黒部幹線の670-1号と奥秩父線1号鉄塔が並び.「の1」は奥秩父線の分断で新しく建った鉄塔になる。 物見山 物見山を越え大休止.12:00物見山 尾根筋を東へ45分ほど歩むと1等三角点標石のある標高375.4mの物見山にでる。細長い山頂はハイカーで溢れていた。 丁度昼食時.親子連れも多く.シートを広げ輪が描かれ.愉しんでいる。 静かな所を求め,更に少し下り.南側の斜面に小さな伐採跡の空地を見付け.大休止した。 目の前には見渡す限りの天空が開け.長大な都県界尾根が裏側の奥多摩地区全山をも横切るよう横たわり.奥多摩連山の展望が開かれている。 過って見たことのある風景の筈だが.逆方向からの眺めは初めての方角からのせいか.全く別世界にいるようだった。 ただ北面から探る山々をジッツと見詰めると過って登った山々を点で見付け.奥多摩の山々が脳裏に浮かび出されていた。 奥多摩に初めて入り込んだ頃の意識に似た感じを起させていた。殆どが確定できぬ山名の中に高水三山を見付けている。 奥武蔵は高尾山以外で初めての山.中学時代に同級生と伊豆ケ岳に登り.武甲山から単独行を始めていた。 ただそれだけのこと.奥武蔵は未知の山域になっている。 手早くコンロが点け.味噌汁を作る。ウィスキーも出てきた。これだけの仲間達が集い.遠目にカメラを構えるも壮観な風景に見える。 よく集まったものだ。私の昼食はセブンイレブンから今週新発売のカツ丼弁当。ただレンジ使用が分からず硬めの飯を食う。 都県界尾根と奥多摩の山並・・奥多摩三山と雲取山 ![]() 物見山を越えた小さな伐採地より 長沢脊稜からの都界尾根 馬頭刈山の背におぼろに映る富士山. 御岳山に並ぶ大岳山に御前山・三頭山と連なる。離れて大菩薩嶺から雲取山. 雲取山石尾根と長沢脊稜と大菩薩嶺 右景都雲取山からの県界尾根・・長沢脊稜 跨ぐ奥秩父線 手前に綴られた送電線は奥秩父線で.奥秩父変電所から中東京変電所を鉄塔107基で結ぶ154KVの送電線。 秩父さくら湖の浦山発電所にある変電所から鳥首峠を越え.名栗川沿いに原市場に下り.吾野から先ほど通った北向地蔵尊の北側を越え. 鎌北湖から中東京変電所と繋がれている。 本来の黒部幹線だが新秩父開閉所が開設されてからは安雲幹線と奥秩父線とに合わさり.安雲幹線は新秩父開閉所〜新所沢変電所間は休止中。 又全く異なる新秩父線は奥多摩変電所から都界尾根を越え.広河原川を下り.浦山発電所脇を抜け新秩父変電所と結ぶ送電線。 御岳山・大岳山と御前山 左景町界尾根(奥多摩町・檜原村)に乗る右端の小突っぎが御岳山の奥ノ院1077m. 大岳山から御前山・惣岳山とへと連なり.その裏側が三頭山になる。 御前山の手前には都県界尾根が横切っている。日向沢ノ頭辺りで左の山並が棒ノ嶺・黒山周辺で.裏側には高水三山.高水山が構えている。 黒山東尾根が左方へ長く延び成木に入ると手前の聳えるのが成木尾根. 目立つ送電線は新所沢線50号.49号.45号か? 右手が小沢峠で大仁田山の東方の裾野で新所沢変電所と繋がれている。 ・・HP「あの山は何?」by Hitomin氏より資料の提供を受けています。ありがとうございました。 右景の右・・日当たりよい駒高地籍.12:40物見山々頂からは鉄塔巡視路があり.「新所沢線67号に至る」の標柱を見ている。 そして下りでは前回は林道に入り込み.高指山にあるNTT無線中継所まで迂回して下っていた。 今回はその間々尾根伝いに入り込み.切り通し地点を過ぎ.黒尾根東に乗り.駒高の集落にでている。 新所沢線 途中で昨年の「10/30.熊出現注意」の看板と先に「新所沢線67号に至る→」の標柱を再び見ている。 駒高の1つ谷を隔てた南西側に派生する尾根に何本もの枝尾根に建つ3つの巨大鉄塔が見上げられていた。 新所沢線65号.66号の鉄塔が連なり.物見山からも巡視路を辿れば右端の67号鉄塔にでる。 新所沢線は新所沢変電所(鶴ケ島)から新多摩変電所を鉄塔88基で繋ぐ500KVの送電線。 新所沢線と奥秩父線は高麗物見山を南北に挟むよう走っている。 新所沢線は又10年11月のOB会親睦ハイクで高水三山を登った折.送電線が軍畑駅の東側を北上し潜っている。 高水三山の西裾から新秩父線が近ずき.五日市付近で並行し.そして新所沢変電所近くでは安雲幹線と並行する姿が見られた。 又「瀬音の湯」付近ではでは綺麗に並行している。 新所沢線.新秩父線は原子炉発電の開発と共に超高圧環状ネットワーク送電線が首都圏を囲むよう進まれている。 名栗川.高麗川流域の新所沢線鉄塔群・・岩茸石山から見下ろす丘陵. 日和田山 日高.jr八高線高麗川駅方面.13:00宝 院塔の立つ日和田山の頂には4等三角点があり.標高は305.01m.基準点は「日和田山」. 高麗の巾着田 金刀比羅神社の鳥居より飯能の右前方遥か彼方に肉眼でスカイツリーが望まれた。 飯能アルプスは天覧山.多峯主山.天覚山.大高山.子ノ権現に至る山々・・飯能から吾野間 展望 金刀比羅神社の足元には円形をなす巾着田の台地が望められ.南側をぐるりと高麗川が孤を描き蛇行して巻き込んでいる。 ここから望める緑地は全て杉林の台地. 正面に見える巾着田の向かいの森は満開の赤い曼珠沙草が床相を敷き占めていた。 丁度群生の圧巻する時期を迎えている。ここからは森深く.地床の赤い絨毯をを望むことはできないが下山して踏むことにもなる。 巾着田から奥武蔵自然歩道を辿ると武蔵台CC. その丘陵の裏側が宮沢湖になる。飯能はその南側だった。 雲1つない蒼空に恵まれ陽射しはまだ暑い。汗ばむがすこぶる眺望はよい。 写真の右上端が天覧山195mの肩.越える多峯主山(とうのす)271mの間には相州大山が望められ.丹沢山塊になる。 馬頭刈山付近には富嶽がおぼろに望められる。又右端の谷間には西武池袋線と並び国道299号線が走っている。 西武鉄道の車両基地が望め.溝筋の上の薄い白地が飯能の市街地になる。 高麗峠へ 日和田山を下り巾着田バス停前を左折して.巾着田の左縁に沿いの小径から高麗川に架かるトラス構造の木橋「あいあい橋」を渡る。 高麗川沿いには100万本の満開の曼珠沙草が咲き競い.林間の床上を真赤に染め.観賞する人々も満杯だった。 時折白い曼珠沙草を見る。そして高麗小学校の正門前を通り.学校沿いに右折し南下した。 空地は何処も駐車場化し.校庭もそれぞれの色合いで車の花を咲かせていた。陽射しは直接照り付け.里道に入り更に暑くなる。 梅原の住宅街を抜け.14:00満蔵寺への道を左に分け.奥武蔵自然歩道を歩む。土道になり幅2mほどで歩き易い歩道。40分ほどで高麗峠にでた。 「←巾着田,宮坂湖 ↓天覧山 宮坂湖歩道→」の道標ある分岐にでる。正面の丘陵の裏側(東側)は宮坂湖. 高い所を送電線吾野線が架かり.直ぐ高麗峠にでる。ここでもう今年最後になろう蝉しぐれを聞いている。 高麗峠 奥武蔵自然歩道.14:26山名は高麗峠.4等三角点標石があり.標高は176.54m.基準点は「 高麗峠」. 右に天覧山の径を分け.武蔵台CCの西側縁を南下する。西武武蔵横手駅から入山して.ズッーと杉林のも森に覆われていた。 武蔵丘ゴルフ場を左手に回り込み.天覧山の山径に入ると国道299号へ。 でた道路の向かい右手にスーパー「マミーマート」があり.その奥に西武鉄道の車両基地がある。 先程金刀比羅神社の高台.鳥居から見下ろした風景の1つだった。このスーパーは地元に住むS邸にお邪魔する都度寄る店だった。 左手に折れ国道を歩むと右前方に「丸白」の看板が見られ.飯能の駅が近いことを示している。ただ歩くにはまだ遥かに遠いい。 道路標識の先は「所沢.入間」とある。直進すれば東飯能駅へ。 右折して市街地へ.新町の住宅街を抜けて駅前本通りへ。西武池袋線の踏切を渡れば駅は近く.蕎麦屋「ゆきやなぎ」に着く。 予定の3時に10分遅れで到着した。 飯能.蕎麦屋「ゆきやなぎ」にて.18:06まず生ビール.その後は五十嵐酒造の地酒「天覧山」を呑む。少々甘い酒.杯を重ねるうち.甘みが口に残るようなった。 的程の山行も終わり.酒を交わせば口も軽やかに。又帰路.池袋にでれば口直しにと通い続けている西口「三徳」に寄ることになった。 西武「奥多摩ハイキングマップ.巾着田.多峯主山」・・スカパ登山靴.30914歩 |