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奥武蔵山域
奥武蔵とは埼玉県南西部の山域の総称で入間川(上流は名栗川)高麗川が流れ.地形的には地形的には秩父山地の内
外秩父山地の南部・奥秩父山地の東端部.及びその東側の丘陵地帯になる。
東部は飯能市北に宮沢湖があり.市街地西側にある飯能河原は山間部から平野部に出る入間川が蛇行し.能仁寺・天覧山・多峰主山がある。
北部は高麗川が蛇行する場所で.日和田山は外秩父山地の尾根の末端部にある山。物見山・顔振峠・関八州見晴台・刈場坂峠と山並が続く。
中部は高麗川と名栗川の間に広がり.正丸峠・伊豆ケ岳・中ノ沢ノ頭・天目指峠・子ノ権現(天龍寺)・大高山・天覚山・東峠と山並が続いている。
西部は県立奥武蔵自然公園(日高市・飯能市側)と県立武甲自然公園秩父市・横瀬町側)が接し.武川岳・妻坂峠・大持山・鳥首峠・
有間山・仁田山と山並が続き.有間峠越えには飯能市と秩父市を繋ぐ広河原逆川林道がある。
又有間川と支流の名栗川との間には蕨山・大ヨコの頭・金比羅山と続く尾根が伸びている。
南部は東京都(青梅市や奥多摩町)との境界尾根に日向沢ノ峰・長尾丸山(長尾ノ丸)・棒ノ折山黒山・小沢峠の山々と続く.
その東方には都県境から離れ.大仁田山・山王峠などが連なる。
外秩父山地の北側,武甲山・・奥武蔵北部の山々Top
1963年05月. 飯能=西武秩父―秩父線お花畑.バスは松枝行=根古屋から武甲山表参道―裏参道から宇根を経てお花畑・・初めての単独行
2017年05月. 一ノ鳥居から武甲山表参道―小持山.大持山を経て妻坂峠を下り周回する.マイカー・・RHCOB会
奥武蔵中部・・伊豆ケ岳周辺TOP
伊豆ケ岳.正丸峠
1963年04月. 西武東吾郷=正丸峠から伊豆ヶ岳.武川岳・・初めての同級生山行
1967年10月. 〃 ・・ 現役主催.OB親睦会1.雨天で山行は現地で中止,正丸峠でジンギスカン・・RHC親睦会
1970年11月. 〃 ・・ 現役主催.リーダー権授与.正部員昇格コンパとOB親睦会2.子の権現泊.雨天で山行は中止・・RHC親睦会
2023年03月. 西武正丸駅から森坂峠を越え.久通から伊豆ケ岳東尾根・前武川岳東尾根から武川岳と繋ぎ妻坂峠から山中林道を経て名郷bs=飯能
2023年04月. 名郷bsから山中.横倉林道.横倉入を経てウノタワ―横倉山.大持山西尾根を下り1142m点峰.342号.16号鉄塔から川俣・・金倉橋bs
2025年11月. 兵ノ沢右岸尾根から二子山.焼山林道を下り.松枝旧名栗街道を横断し川越山北西尾根を詰め正丸峠.ヒッチハイクでR299にでて.正丸駅へと徒歩
仙元峠
2010年01月. 由緒ある仙元峠をめぐる長沢背稜を縦断―川乗橋bsから登り尾尾根.蕎麦粒山鳥屋戸尾根を経て仙元峠仙元尾根・・浦山大日堂bs
2021年11月. 倉沢谷右俣長尾谷左又窪・浅間前窪の中間尾根(浅間前ノ窪右岸尾根)を詰め仙元峠を越え.仙元尾根を下る・・山行概念図
天目山
2012年05月. 東日原bsから天目山横篶尾根―長沢脊稜,七蹴山から越境し大平山の大クビレから峠尾根・・浦山川俣,天目山林道口bs
2016年04月. 細久保谷左俣からグミの滝。三ッドッケ.シャクナン尾根を詰め.中段歩道からカロー大滝を経て小川左岸道・・東日原
滝入ノ頭・蕨山
2020年11月. 名郷から鳥首峠にでて滝入ノ頭・橋小屋ノ頭から逆川乗越―蕨山金毘羅尾根を下り・左岸尾根からさわらびの湯bs
奥武蔵北部
日和田山
2006年10月. 西武武蔵横手から北向地蔵.物見山を経て日和田山=「まきばの湯」=飯能・・OB同期会山行
2013年09月. 西武武蔵横手から物見山.日和田山―巾着田から高麗峠を下り飯能駅へ・・OB会親睦ハイク
奥武蔵西部・・奥武蔵中部の山々Top
大仁田山・・小沢峠以東の成木尾根概念図
2019年07月. 最短の黒山南西尾根から境界尾根を詰め.小沢峠を経て成木尾根の上半を綴り間野黒指へ下る
2020年02月. 間野黒指bsから山上集落を探索し.愛宕山から成木・都県界尾根を東進・・切れる尾根は正木入に下り回り込む.上畑bs
都県界尾根下部・・名栗川右岸
棒ノ嶺と黒山
2010年04月. 名栗ダムから白谷沢を詰め棒ノ嶺―都界尾根を南下し黒岳を経て岩茸石山から惣岳山神塚尾根
2019年10月. 清東橋bsから槙ノ尾沢左俣右岸尾根を経て都県尾根を綴り棒ノ嶺・黒山―常磐尾根から岩茸石山.馬仏山沼沢尾根
2022年04月. 清東橋bsから長尾丸山南尾根を詰めクロモ山・山なし山・50号鉄塔―日向沢を下り有間.大名栗林道・有間湖南岸道・・さわらびの湯
2024年03月. jr川井から名坂林道.観音沢左岸尾根を経て逆川ノ丸―常陸林道で境界尾根を越え.柳沢左岸尾根.名栗川の町道と県道に黒指bs
長久保山
2019年11月. 逆川ノ丸南西尾根から逆川ノ丸東尾根―常磐林道で境界尾根に乗り.長久保山北東尾根で和泉入へ・・大荒れの林道と下名栗諏訪神社
2024年04月. jr川井駅―岩茸石西尾根―名坂峠―成木川二俣―常盤林道―長久保山南尾根―北尾根―和泉入―諏訪神社―名栗川右岸道.黒指bs
奥武蔵西部を隔てる都県界尾根下部側・・大丹波川流域・・林道と都道.上成木川井線周辺
奥武蔵西部を隔てる都県界尾根上中部側・・浦山川流域
2012年05月. 天目山横篶尾根から長沢脊稜―七蹴山から越境し大平山の大クビレから峠尾根・・浦山川俣,天目山林道口bs・・天目山
2016年04月. 細久保橋から仙元谷.グミの滝を経て三ッドッケ.シャクナン尾根―板形尾根.中段歩道からカロー大滝を経て横篶山西面水平歩道
2010年01月. 川乗橋bsから登り尾尾根を詰め.蕎麦粒山.鳥屋戸尾根を経て仙元峠仙元尾根(鉄塔尾根)を下り.浦山大日堂bs・・蕎麦粒山
2022年04月. 長沢脊稜の長尾丸山・クロモ山・山なし山を挟むよう取り囲む大丹波川大丹波林道と入間川有間川有馬林道を綴る
奥武蔵・・伊豆ヶ岳.武川岳
高校同級生登山.(初めて企画した山行)
正丸峠から伊豆ヶ岳.山伏峠・前武川岳・武川岳から妻坂峠を下り.山中林道から名郷に下る
s38年(1963年)04月28日.L松村.m道広.木原
西武池袋.池袋線=終点.東吾野. 西武バス=旧国道(現県道53号.青梅秩父線=正丸峠bs
―長岩峠―大蔵山720m―五輪山770m.男坂―伊豆ヶ岳(虚空蔵山)―山伏峠―前武川岳1003m―武川岳1051.7m
―妻坂峠(地蔵峠)―山中林道.山中入―名郷bs.(青梅秩父線=名栗.飯能名栗線)=西武飯能=国鉄池袋.
古御岳と伊豆ヶ岳
高校の初め同級生の道広.木原と私3人で.初めてと思われる山歩きに奥武蔵.伊豆ケ岳に出向いている。
西武池袋線の終点.東吾野駅前から正丸峠まで乗合゙スに揺られ.3人の冒険が始まっている。
翌月には先月.妻坂峠から眺めた武甲山へ単独で出向いてもいた。
その後は1つずつ目の前に見える山に向い.このメンバーに同級生の田村を含め霧ケ峰.八ケ岳全山縦走をも行っていた。
チロリアンハットにベレー帽.学生帽とハイカーのスタイルとして似合っていた時代だった。登山バッチもブームになっていた。三角のペナントと共に購入した。
峠には昔から奥村茶屋が店を開き.ジンギスカン料理が有名だった。当時は手弁当だっつたが.後に何度かRHCの親睦会を行い.御馳走になっている。
丁度戦後の登山ブームに乗り.山岳列車は各路線に頻繁に増発され.又定時の夜行列車の後に.「〜号」と特別列車が増発される時代だった。
このコースも奥武蔵の日帰り山行としては.当時メーンコースに選ばれていた。
旧正丸峠バス停から入山.道広と共に
高麗川(刈場沢)右岸支流.中丸川右俣の芦沢の詰めに所に正丸峠640mがある。ここまで東吾野駅から山岳バスが出ていた。
峠の北側の川越山(カシゼ山)780m越しの群界尾根には.正丸山766.3mと大グミ890mとの間に旧正丸峠(秩父峠)があり.秩父往還になる。
正丸峠から尾根沿いに南下して小高山700mを経て.男坂を登り伊豆ケ岳から山伏峠にでている。明るい尾根伝いに露岩帯があったと思う。
前武川岳.武川岳(根古岳.幕平.風木平)への尾根伝いは.朧ながら幅広い尾根筋だった気がする。
武川岳付近から奥武蔵の展望
長岩峠より二子山

妻坂峠
木原と武甲山の分岐で・・伊豆ヶ岳ウォッ地図
名郷へ下る分岐.妻坂峠(地蔵峠)付近か.その手前の台地から妻坂沢から生川を隔てる先に石灰の山.武甲山を仰いでいた。
その時の印象が強過ぎたのだろう。翌週には再び武甲山へ訪れている。まして単独で.
後から考えると下山の山中林道は1時間強歩んでいる。その距離より名郷から西武飯能駅までの路線バスが長かった気がしていた。
現在は正丸駅が伊豆ヶ岳の登山口で直接入山し.馬頭観音から正丸峠にでて伊豆ヶ岳に立つコースがメーンになっている。
又正丸駅の路線バスに発着はなく.一人勤務の小さな駅に変わってもいた。
西武鉄道池袋線と秩父線
1894年12月
1899年
1915年04月
1929年09月
1952年03月
1963年04月
1963年05月
1967年10月
1969年10月
1970年11月
1989年
1996年
1998年03月
2006年10月
2008年09月
2010年01月
2011年12月
2012年05月
2013年09月
2016年04月
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国分寺〜久束川(現東村山)間を開業し川越鉄道に始る
秩父鉄道は上武鉄道株式会社として設立
武蔵野鉄道が武蔵野線(池袋〜飯能)間を開業。所沢駅を川越鉄道と共用開始
武蔵野鉄道は池袋〜吾野駅間の終着駅としての開業
線路名を池袋線と改称
吾野駅=正丸峠bs・・伊豆ケ岳,武川岳から妻坂峠を経て.山中林道から名郷bs・・初めての同級生山行
池袋線=東飯能.秩父鉄道・・お花畑駅より武甲山表参道から裏参道・・初めての単独行
雨天で山行は現地で中止.正丸峠でジンギスカン(現役主催・・OB親睦会1
西武秩父線(吾野〜西武秩父)が開業。特急「ちちぶ」運転開始
子の権現泊.雨天で山行中止(現役主催.リーダー権授与.正部員昇格コンパ・・OB親睦会
西武鉄道は秩父鉄道からの乗り入れ列車運転を開始.飯能駅で系統分割される。
三菱マルリアル横瀬工場.貨物輸送開始・・横瀬駅
西武有楽線を介し.帝都高速度交通営団.有楽線と相互直通運転開始
セメントの鉄道輸送を廃止・・10月.武蔵横手駅から物見山.日和田山・・OB同期会ハイク
秩父三峰bsから雲取山―赤指尾根から峰谷を経て峰谷橋タ(I氏の下見山行)
登り尾.蕎麦粒山鳥屋戸尾根から長沢脊稜を縦断し.由緒ある仙元峠から仙元尾根を下る。大日堂.秩父浦山から西武秩父駅
西武秩父駅から西上州大山と天丸山.天狗岩と烏帽子岳,マイカー
東日原bsから天目山横篶尾根―長沢脊稜.七蹴山から越境し大平山の大クビレから峠尾根・・浦山川俣.天目山林道口bs
武蔵横手駅から物見山.日和田山と高麗峠.(OB会親睦ハイク)
細久保橋から仙元谷.グミの滝を経て三ッドッケ.シャクナン尾根―板形尾根.中段歩道からカロー大滝を経て小川谷左岸歩道・・東日原bs
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その後.高校同期生登山が始まる

道広と木原.私 九州修学旅行にて
登山靴歴
1962年(s38年)04月. 初めての登山靴,革製・・・御徒町「とらや」 初めての山行は奥武蔵伊豆ヶ岳.武川岳
1965年(s40年)11月. スキー用具1式を池袋「山幸」で購入.春合宿はスキー靴の登山靴を持参。
1967年(s42年)02月. 注文革製登山靴.バッケン用の溝付き・・・池袋「山幸」製. 初めての山行は春期ツァー合宿U
2度底のビブラム張り替えあり
2005年(h17年)08月. 革製登山靴.ドイツ.ハンワグ製 子供達と登り終えてから15年振り.再び山に入り靴を購入。・・御徒町「とらや」
初めての山行は立教学院八ケ岳環境バランテァ登山.業者小屋から赤岳県界尾根.清泉寮
積雪期と無雪期に別ける。又冬季の藪山は革製登山靴を使用。
11年11月.ゴアテックス修理とビブラム張替修理.¥15.300
2011年(h23年)09月. 登山靴(scarpaイタリヤ製).無積雪用.ゴアテックスライニング採用.ナイロンとレザーとラバーランド.#621M.カイラッシュGTX
・・¥26.250.上野アートスポーツ. 初めての山行は吾妻連峰.人形石から一切経山. 2年間半の無雪期に使用
2014年(h26年)04月. 新製品と交換, 登山靴カイラッシュGTXを水漏れの検査にだし.分解調査は行われず.ゴアの防水加工費¥12.312をもって
新製品SCカイラシュMG#42と交換し.宅配される。・・・日本ゴア(株)プロダクション&テクニカルセンター
初めての山行は丹沢.玄倉から檜山山稜.茅ノ木山稜を抜け,後沢中間尾根
2017年(h29年)02月. ハンワグ製皮登山靴を2月24日に靴底の張替修理.アートスポーツ.¥16.700
2/17〜20日のOB会嬬恋集会にはスカパ登山靴を代用し.2/26日の高柄山より使用する。
2018年(h30年)07月. 国産のシリオブーツのP.F.46型. ナイロンにヌバック素材の中山用。型はスカパと同型で靴紐がワンタッチで止められるシステム。
6台目は一週間後の金峰山々行に合わせ.本日より靴慣らしになる。・・5%引き税込み¥20.520.アートスポーツ本店
真新しい登山靴・・諸感U.2013年より
奥武蔵.武甲山・・奥武蔵中部の山々Top
先月妻坂峠から望んだ石灰の山.武甲山へ
根古屋バス停から武甲山表参道を詰め.裏参道から西参道と繋ぎ.宇根から市街地・秩父線お花畑駅にでる
s38年(1963年)05月01日.伊豆ケ岳登山から翌月の山行.単独
西武池袋,池袋線=東飯能.秩父線.西武秩父―秩父鉄道お花畑駅―札所十三番bs=根古屋bs
一ノ鳥居表参道―生川林道終点―不動ノ滝―大杉広場―武甲山.裏参道―西参道合流―宇根―市街地―お花畑.
武甲山表参道の一ノ鳥居登山口までは西武秩父駅に下車.秩父鉄道お花畑駅まで5分ほど細い路地裏のような通りを抜け.西武バス正丸線の
(お花畑駅〜秩父駅〜横瀬駅入口〜芦ノ久保駅〜根古屋〜長渕〜松枝)間を結ぶローカル線に乗車した。松枝までは平日は3往復.土休日は2往復に過ぎなかった。
バス終点の松枝バス停で下車すれば.長郷から旧正丸峠へ立つことができ.遂げ越えすれば旧道から坂元の集落にでる。
又松枝から先.正丸峠を経由して正丸駅まで運行されていたが分社化した平成3年前には廃止されている。
昭和57年に正丸トンネルが開通し.県道299号線は国道に切り替えられ.国道だった53号線に県道に格下げされている。
長渕が折り返し地点で.長渕の下りは西武秩父線からの正丸トンネル。ただ今回の山行の1ケ月前には西武池袋線で終点の東吾野駅から
西武バスへと繋ぎ県道53号線に回り込み.正丸峠の頂に立つバス停まで便乗し.伊豆ケ岳の頂に立っている。
武甲山
先週の下山峠.妻坂峠より
先週の伊豆ケ岳では対岸に対峙し見定められた武甲山に強い印象を抱き.一人でも立ちたいと云う決心が心を揺さぶっていた。
そして意を決し.秩父鉄道.御花畑駅から周回する形で武甲山表参道から入山した。西武池袋線に乗車してからは全てが冒険の世界だった。
後日.思うもよく決意したと思う。叔父.従弟の山登り.岡田紅葉の弟子になった叔父もいる。良い環境は整っていた。
石灰石採掘場として抉り取られつつある山頂は.山の形態が変わる程.掘り崩されている。その姿を頂から見下ろしていた。
下山は境界尾根の裏参道を取り.右手に広大な採石場の正面をを見下ろしながら下っている。ここの浅い尾根と云うより丘のような台紙に変わりつつある。
もう直ぐ底に付くだろう。後何年採石場として掘れるのだろうか? 次回来ることがあれば武甲山表面のコースは全て失われる。
〆雲寺より・・武甲山ウォッ地図
石灰の山
武甲山
武甲山表参道までのアプローチは西武秩父駅に下車. 構内施設の西武秩父仲見通りを抜け.5分ほどで秩父線.御花畑駅に着く。
駅改札口から約130m(徒歩2分)に「札所十三番」バス停がある? 又幾つもの路線があり.正丸線で「根古屋」(ねごや)で降りている。
西武秩父駅から徒歩.初めてのことで先に焦り.バス停を見てホットとしていた。
根古屋からは生川(うぶかわ)沿いに南下し.何台ものダンプと擦れ違っている。武甲山表参道に入り.生川林道終点から52番目まで詰め.頂に立つ。
頂からは山を抉る石灰採石場の巨大な姿を見下ろされた。山が人の手で本当になくなる姿。頂北面が削られ動かされている。
壮大過ぎる破壊力に言葉を失っていた。
下山は頂から北側に延びる境界尾根の裏参道を下っている。右手のマメタナ沢側の山は採石により抉り取られなくなっていた。
西参道(浦山口からの表参道から橋立林道を経て.長者屋敷ノ頭でる。そこから西参道に分かれる。)と合わさり.
西参道を左に分け.宇根から市街地に入いる。
当時の「秩父」1/50000地形図 現在の「秩父」1/25000地形図

昭和36年8月25日印刷.30日発行 昭和45年測量.平成18年更新.平成18年10月1日発行1刷り
武甲山北面の石灰採石場が更に広がり.頂は移動され.標高は落ち.現在は北側の境界尾根の登山道が失われている。
お花畑駅は2009年4月に「芝桜駅」の福駅名が設けられ.駅舎は国の登録有形文化財の指定を受けている。また現在は相互乗り入れ.
OB親睦会T.s42年(1967年))10月01日
奥武蔵.正丸峠でジンギスカン料理を囲み行われた。伊豆ケ岳ハイクは雨天中止となる。
ob小林.鈴木.鴨田(s37卒).新津(40卒).保坂(41卒). 現役c松村.他16名.
予想とずれてくれ曇天に
ジンギスカン料理を囲んで右から新津.滝島.鴨田.鈴木.各先輩
小林.鈴木.鴨田.新津各先輩
帰路.の乗合バスでおどける滝島先輩
OB親睦会U.s45年(1970年)11月14〜15日
リーダー権授与.正部員昇格コンパを兼ねて.お寺で行われた。広い部屋で明け方まで話は尽きなかった。
生憎.翌日の伊豆ケ岳ハイクは雨のため中止. ob松村.鈴木.大川(s43卒)・・奥武蔵子の権現にて
同期会山行Top 奥武蔵の山々Top
奥武蔵脈端の日和田山
2006年10月.北向地蔵から物見山―日和田山=「まきばの湯」・・OB同期会山行
2013年09月.北向地蔵から物見山―日和田山―高麗峠から西武飯能・・OB会親睦ハイク
同期鈴木の里山・・奥武蔵.物見山と日和田山
同期会山行・高麗の里山歩き
武蔵横手から北向地蔵を経て物見山―土山,駒高の山上集落を結び.高指山・日和田山から高麗郷まきばの湯」
2006年10月29日. L鈴木.m和田.田沼.大川.松村
岩茸石山より・・2010.04.18/13:35
白谷沢渓谷から棒ノ折山に立ち.惣岳山神塚尾根を多摩川.丹縄へ下りた折.撮影
同期鈴木の里から物見山へ
西武武蔵横手駅から高麗川支流関ノ入沢右岸沿いに入山
高麗の里山歩き. 物見山.日和田山の奥武蔵自然歩道を歩む
10月29日.晴
西武線池袋でT.W.M合流9:01=飯能,O合流=10:15武蔵横手.S合流一五常ノ滝一11:45北向地蔵一12:30物見山13:30
一林道一14:10高指山一14:50日和田山一高麗=16:10「まきばの湯」18:00=飯能駅.解散18:42=19:37池袋.
秩父山塊の東端.奥武蔵の入口で関東平野の西脇一帯は高麗丘陵と呼ばれている。日和田山はその丘陵の最南端で峰をもたげ.
続く物見山は1等三角点(補点)の山として展望のよい山だった。その山の間には電波塔の立つ高指山がある。
先月.田沼が鈴木に誘われ地元.巾着田のマンジュシャゲを鑑賞。日和田山を同期会山行に押され.鈴木に山行企画をお願いした。
物見山と日和田山は日高市内の里山になるが予報の雨模様は好天し.雨上がりの陽差しを浴びている。
急に射しだした陽差しが深みある霞を呼ぶび奥武蔵の森林浴に酔い.改めて里山の好さを知らされていた。高校以来.初めて奥武蔵へ訪れる。
上流側で迎えた五常ノ滝
南北朝時代.南朝に組した高麗一族の伝承が残る五常ノ滝
地元の鈴木も久し振りの里山歩きのようだ。「木漏れ日に遊ぶ沢蟹の散歩…久し振りにゆったりした気分になる!」と。
宇都宮から大川も参加.10時に武蔵横手駅に全員が集い。関ノ入沢右岸沿いの関ノ入林道を遡る。
夜半の土砂降りに程好く湿った朝方の空気が.心地よい。上流の五常ノ滝を見て土山峠へ。
北向地蔵・・土山峠377m

武蔵横手から鎌北湖へ抜ける車道を左に分け山道に入ると直ぐ北向地蔵に着く。
物見山375.4m
大休止
奥武蔵自然歩道の通る小さな頂の先.暗い針葉樹の林の中に一等三角点がある。標高375.37m.基準点は「物見山」.
ヤセオネ峠で左に宿谷ノ滝への道を分け.植林帯の尾根を詰めた処にで物見山に立つ。
一等三角点標石375mはここから東に2.3分入った所に設けられていた。山名標を見て満足し.昼食にありついている。
丸太のベンチが一列に並び.それに従い誰ともなく座っている。以外と他のハイカーとのすれ違いも少なく静かな頂だった。
コンロを持ち込んだスープと食後のコーヒーが意外と評判を受けていた。
大川は歯に被せたものが取れたと嘆き.又和田も一昨日羊羹を食べ硬い砂糖粒で歯が欠けたと? 嘆きの声を出している。
情けないと思いつつ.段々体の故障が起きる年齢になってきた。互いに話題を変えねば途切れない.言葉が続く。
里山の小径に穏やかな丘陵が描かれ歩み縫い続けている。。昔と違い.程よい歩き方が自然に溶け込み.自然と和む気易さをも誘っていた。
先々月.は川と白馬岳から親不知へ栂海新道を抜け.急稜を下り.4日目で海岸線の里山へ下りている。
ここでも最後は長閑な里山の楽しさを味わっていた。岳があれば里山もよい。
時間が少しズレているせいか通うハイカーも疎ら.改めて静かな里山の好さを味わっていた。
鎌北湖方面
稜を隔てた北面は奥武蔵山塊から秩父へ
物見山から頂稜の小道を見失い.先の舗装へ林道を少し迂回して山道に戻っている。
道標を確認する者もいず.道があれば歩むメンバーに.気の落ち込みもなかっつた。時となく詫べり歩む。
日和田山305.1m
4等三角点標石.基準点は同じ「日和田山」
舗装路を少し抜けると右手に.陽当たりのよい丘陵を見下ろし駒高の山上集落を真下に見下ろした。NTT電波塔のある高指山にでる。
ここから再び山径になり日和田山に立っている。四等三角点標石があり.標高は305mと低いが岩塊の多く.宝篋印塔が鎮座する頂。
金刀比羅神社
高麗の里.霞む巾着田を一望
先月は巾着田では100万本のマンジュシャゲ(彼岸花)の群生が開花していた。ここから見下ろせればマンジュシャゲの赤さも一層見事だっただろう。
巾着田の奥が高麗峠, 右に展覧山.多峯主山(とおのす)と連なり.その間には霞むが相州大山が見えているらしい。
右手奥から高麗川がオメガ状に曲流し巾着田を囲んでいる。
春にはレンゲの花で有名だった所が.今はソバにコスモス.川ベリはマンジュシャゲの群生が見られている。このあたりからの眺めは霞を取り除けば
素晴らしい眺望が開かれただろう。その右側が丹沢の山々.富士山に奥多摩大岳山も眺められるとのこと。
下山,高麗コンビニ前で
田沼が朝方.自慢していた新調したピカピカの靴の靴底が剥がれる。店に取り替えさせろと助言すると¥2000の靴。
金持ちだろう! 言葉はここで終わるが本人は帰宅するまで.散々だったに違いない。
散策道の整備は埼玉県と日高市が平成16年度から平成19年度に掛けて行われ.歩き易い道。
県立奥武蔵自然公園. 高麗川→越辺川→入間川→荒川.
「まきばの湯」で一席
昼弁の手配から下山後ひと風呂,宴会と今回の山行は地元鈴木の気使いに満ちている。
5人はほろ酔い加減.鈴木の婿さんに飯能まで送迎をお願いして頂いた。ありがとうございます。
10月26日9時天気図 日和田山西武ハイキングマップ 日和田山ウォッ地図
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