| ・・高水三山Top 棒ノ嶺から大丹波川左岸尾根を南下し多摩川の川畔にでる。 岩茸石山から馬仏峠を越え惣岳山に立ち.残雪踏む上半の山並みを越え.林床の柔らかな落葉の山神塚尾根を下り丹縄・・送電線鉄塔2と多摩川左岸旧道 名栗ダムから権次入峠から棒ノ折山をピストンし.興越山を越え名坂峠 岩茸石山から惣岳山神塚尾根と多摩川左岸旧道・・檜林の区分 岩茸石山から惣岳山神塚尾根への山稜 真名井沢北稜の伐採地跡より・・2009.12.29/9:25真名井沢北稜の末端と赤杭尾根末端を隔てる真名井沢出合は大丹波川の右岸と合わせ.右奥い回り込み.下流は多摩川に流れ込んでいる。 向いは高水三山の岩茸石山から惣岳山が見渡されている。岩茸石山から細かく起伏する馬仏山723m・逆川ノ丸と惣岳山。 馬仏山(まほとけ)723mの直ぐ南.710mの小コブから大きく神塚尾根を巻き込むよう.外側を沼沢尾根が回り込み直接jr川井駅に下りられた。 その間の神塚尾根は我々のルート. 新秩父線33号鉄塔・jr線31号鉄塔を経て多摩川沿いの丹縄の集落を目指した。最後は多摩川の左岸道にでる。 岩茸石山の頂 頂先の右尾根を下ると高水山.常福寺にでる.13:35細長い平頂の東端・左手が高麗の丘陵で超高圧500KVの送電線鉄塔群が連なる. 岩茸石岳より惣岳山神塚尾根 12:40岩茸石岳.大13:50一14:20惣岳山神塚尾根一14:55新秩父線33号鉄塔15:05一15:10jr古里線32号鉄塔一15:30丹縄 ⇔多摩川左岸旧々道.ロス15:55.一16:10jr御嶽駅:20. 長閑な陽差しを浴びる岩茸石岳の頂に立つ。細長い頂には高校生の団体を含め.多くのハイカーが憩っている。 頂まで踏み込めば東肩に伐採地が開け.飯能の街並から青梅の丘陵が広がりを見せ.無数の鉄塔群が見下ろされた。・・新飯能変電所. 足元は奥武蔵.名栗地区の低山。更に右前方遥か彼方には筑波山が朧に望まれていた。 右景の北東面・・岩茸石山より北東面.13:35右脇が白丸周辺の新所沢線の巨大鉄塔群. 奥に広がるのが日高から飯能に掛けての市街地で,.右下は永雲ノ峰。 高麗川白丸周辺. 右にカーブ辺りに成木街道が横切り.その尾根上を送電線新所沢線が下りている。 高麗物見山から望む奥多摩大岳山〜御前山・・又多摩川を隔てた手前には成木尾根に乗る新所沢線の鉄塔群が望まれた。 送電線鉄塔 真下に流れる名栗川の茶畑の多い山王峠付近に幾つもの送電線鉄塔群が見下ろされる。 新飯能変電所(青梅地区に工業団地等電力需要が高まり平成11年に新設された。)が近くにあり.新所沢線から降圧されるのがjr青梅線 秩父地方から延びる安雲幹線は現在遊休設備。奥秩父線がその一部の建て替え鉄塔を除き.旧黒部幹線の原形鉄塔が現存し. 高麗の丘陵を並行して走っている。一部.奥秩父線60号〜55号との共有鉄塔がある安雲幹線仮ルート(旧黒部幹線の原型の残り) その先は黒部幹線の本来の154KV送電線であり.上信の山岳地帯から十石峠越えをしている。 2011年の忘年会山行で西上州烏帽子岳から.その延々と綴られた境界尾根を横断し.手前に延びる送電線を見ていた。 又安雲幹線は子ノ権現から高麗川(北側)の左岸沿いを走り.鎌北の頭363号から高麗の346号鉄塔までの素晴らしいパノラマが遠望されている。 新町開閉所一黒部幹線154KV一奥秩父変電所一奥秩父線(60〜55)275KV一新多摩変電所.青梅線.又154KVで西東京変電所へ。 新所沢線(新所沢変電所一新多摩変電所.500KV.88基.)が青梅を抜け北上し.新所沢線は新所沢変電所近くでは安雲幹線と並行し更に 新秩父線とは五日市付近で並行している。又高水三山の裾で東西に分かれ.東側の新所沢線は高麗物見山を南北に挟むよう走っていた。 岩茸石山の空を仰ぐ ![]() 雲が切た逆光の蒼空に飛行機雲.13:22 曇天と蒼空 霞む展望に眩い光があるわけでもなく.時折差す薄日は弱い。まだ春真っ盛りの霞とも違っていた。 それでも大きな1つの雲が抜けると再び雲の中に包まれるまでは暖かい陽溜まりの日差しが届くようなった。 休んでいる間にも,雲の領域より蒼空の方が広がり始めている。寝転ぶと次第に大地は暖められ.午後のぬくごみを感じ始めていた。 もう4月の中旬を過ぎている。不安定な天候は昼下がりの一時.早春と晩春の長短を同時に受け入れていた。 昼食 昼食になると素足になりたがる先輩が今日はシートを持参した。初めてではないだろうか? 大地に敷くだけでもピクニック気分になる豪華さ。乙なものである。今日もビールと日本酒が付いた。それもエビスの贅沢さ。 癖にならねばよいが。寒くても旨く喉を通る心地は変わらない。その上熱い天婦羅うどんもある。 いっときの時の流れも忘れてシートに寝転んでいる。何時の間にか賑わっていた頂も静けさを取り戻していた。人影も疎らに最後は誰も居なくなる。 先日季節に合わせ竹の子ご飯を炊いたと聞き,改めて自炊していたことに驚く。絶対自炊には手を抜かぬと先輩は自慢顔。 その言葉が私に重く圧し掛かる。今まで山での献立と買い出しは私が担当のようなものだった。 調子に乗ると酷い目に遭いそうだ。慎めなくては。 奥武蔵.入間川大丹波川流域の山々 ![]() 左景・・岩茸石山から北西方面.・・手前鞍部が名坂峠 鳥屋戸尾根.本仁田山.蕎麦粒山.川苔山.名井沢ノ頭.日向沢ノ峰.日向沢ノ峰.長尾ノ丸.黒山.武甲山.武川山. 今年の晩秋11がつの眺望 小高い頂からの展望は優れ.北面にも広がる山々が扇状に描きだされている。今までここで幾度となく見渡した眺望だった。 それでいてつい最近まで川苔山と棒ノ嶺しか山名も知らぬ景色だった。それが何時の間にか.何処も見覚えのある風景に変わっている。 川井からの赤杭尾根.真名井北稜を見上げれば川苔山。左上に鳥屋戸尾根と霞む長沢背稜が望められる。 日向沢ノ峰に続く都県界尾根を覗き込むと遠く小さくなった棒ノ嶺も望められた。その手前に構える黒山からは今綴ってきた尾根が手元に延びている。 そして黒山から派生する西尾根が今度は反対側から姿を現し.なだらかに小沢峠へと延びていた。その上に聳える山は武甲山だろうか? 大きく括れた右手は武川岳へ続く。棒ノ嶺からの奥武蔵を望んだ展望と重ね.今日一番の展望がここ岩茸石岳から開かれる。 惣岳山平溝尾根 右上が町界尾根に聳える御岳山.13:45頂の手前右の枠外にあるコブが馬仏山(まほとけ)723m。その直ぐ南側に710m圏小コブがある。ここから西方へ延びる破線の尾根が沼沢尾根。 藪の踏み跡から送電線巡視路(34号鉄塔)を経て.最短1時間でjr川井駅へ下りられる。その内側に並行するのが惣岳山から延びるのが神塚尾根。 お椀を逆さにしたような惣岳山は左前方に「関東ふれあいの道」の緩やかな尾根を分け.右手の踏み跡に入る。 西斜面の山腹を急激に高度を落とすと途中で尾根が起きるのが分かる。支尾根の神塚尾根を下ることにした。 又この写真で見る山肌の部分は広大な伐採地跡になり.710m圏小コブから東の岩茸石ノ沢長ソネ窪中間尾根を下れば平溝林道にでる。 惣岳山から左に延びるのが平溝尾根で末端はjr軍畑駅へ降りられ.裏側には並行して川井尾根が延びている。川井駅か軍畑駅へ。 低山でも探索すれば面白いルートになる。巨大な伐採斜面を幾つも持ち.林道の支線・径路も多く,訪れるハイカーは少ないだろう。 惣岳山の青渭神社 2020.06.18/10:50熊沢栗ノ沢中間尾根を詰め.馬仏峠から惣岳山沢井尾根を下った折に撮影 五方を代表する聖山 「武蔵演露」には「此の山を中華の五獄に比す。曰く東高水.西大嶽.南光明.北惣岳.中御嶽。近傍を総管するの義なり」とあり. 惣岳山には東西中南北の五方を総括されるとされている。 青渭神社(あおぬま) 丸山で黒木の樹林に被われた広い頂を持つのが惣岳山。その中央には青渭神社が建立されている。 山頂には大国主命を祭神とする青渭神社の奥宮があり.この地方では大国主命のことを惣岳様と親しめられ呼ばれていた。 延喜式内社として知られ.菱沼勇著の「武蔵の古社」によると.そのルートは遠く古墳時代まで遡りと云われている。 里宮は沢井に建立されここからだと沢井尾根の途中から枝尾根を下る方法とjr古里線29号鉄塔先から沢井に下りられる。 里宮からjr沢井駅まで徒歩15分ほど。 3度目の頂は賑やかな高校生の集団に出迎えられた。先導者は先生か? 初めて同行したようだった。 雑な態度のよう思われた学生達. ただ態度と言葉が異なり素直に聞き.返事を返す声が印象的だった。 惣岳山神塚尾根 ![]() 神塚尾根は惣岳山山頂西寄りから急下降で標高624mの神塚山を経て.新秩父線33号鉄塔・jr古里線鉄塔32号鉄塔基部を踏む。 33号鉄塔からは尾根末端はの丹縄の集落にでている。駅前通りからはjr御嶽駅へ。巡視路を辿ればjr川井駅東寄りにでる。 静かになったところで地形図の破線路がやや直角に進む登山道の「関東ふれあいの道」を分け.南西側に延びる神塚尾根の踏み跡に入り込む。 取り付きは西側の間伐された急下降の斜面. 取っつき難く初めは広い山腹斜面で分からぬものの.北側に100mも下ると起伏が起きている。 踏み跡が見いだされ,右手は伐採がされ.沼沢尾根とその越えた先に赤杭尾根が望まれた。 樹林帯に入ると踏み跡ははっきりしてきた。やや枝木の絡む山径。林床からの感じでは以外と通う人は少ないようだ。 コブとも思えぬ神塚山には展望はなく石柱に一升ビンが転がっていた。右に折れる小尾根を分け.真南に向かうようになる。 尾根で隔てられた檜の2つの植林帯 ![]() 尾根筋の左手の谷間は枝打ちされぬ中木林 右手は手入れされた美林.14:36 植林帯 間伐された明るい作業道を歩む。h17年に間伐されたと示す林班界標板が左の作業道脇に立てられている。 先輩も落葉の深い感触に酔っている。踏み固められた尾根径とは異なるところがよい。体全体が柔らかい枯葉のクッションに乗る。 刈り払われているような潅木絡まぬ作業道が続いていた。次第に視界は閉ざされ.檜の樹林が陽を閉ざし.尾根筋はやや薄暗くなった。 尾根筋が北側に回り込むと檜の植林帯の中を抜けている。 同じ檜でも.尾根筋の左手(東側)に広がる谷間は間伐.枝打ちされぬ荒れ気味の植林帯。それに比べ右は綺麗に手入れされた美林帯を抜けている。 ![]() いっ時雑木にでて神塚山南側の急坂を下る快適な尾根へ.14:45新秩父線鉄塔 超高圧送電線の33号鉄塔基部・・沼沢尾根34号鉄塔からの展望.14:4533号鉄塔 雑木の自然林.喬木混じりの樹間を綴り.周りより明るさが浮き出された台地を前方に臨むと新秩父線33号鉄塔の芝生の基部にでる。 周りは深い檜の中木林に囲まれ眺望は望めぬが.ここ基部だけが明るい日差しを浴びていた。 尽かさず1本取る。芝の小広い草地に寝転ぶ先輩. 風も通さず仰げば馬鹿でかい鉄塔が頭が聳え.その中にいた。 再び薄日も差しだし.昼寝にはよい所だった。 送電線新秩父線は新多摩変電所から北上し.多摩川沿いに高水三山,惣岳山の裾(31〜34号鉄塔)を横切り, 大丹波川を隔てた赤杭尾根の末端裾を北上し真名井沢北稜の末端(39号鉄塔)に至っている。大きな500KV送電線の幹線鉄塔 この尾根はズーと植林に覆われていたここからは送電線巡視路を辿りjr川井駅にでるには鉄塔標柱に従い34号鉄塔へ向かい西尾根の細い巡視路道を下ればよい。 未舗装の林道沼沢線にでると再び巡視路に合わさり.標柱から34号鉄塔の尾根に乗る。又jr川井駅にでて直ぐ青梅街道にでられる。 タイム的には御嶽駅より.川井駅の方が近い。私達は里の入浴を求め34号への巡視路・作業道とも離れている。 薄い踏み跡から少々藪を漕ぎ.閉ざされた大地をも無視し.尾根末端の丹縄集落に向かう。 jr古里線鉄塔 ![]() 棘多い藪を抜け.15:12 基部脇黄色いL字標柱の踏み跡は31号鉄塔へ.15:08 33号鉄塔を過ぎると尾根伝いの巡視路は倒木を左に巻き長いプラ階段を降りている。 西斜面が開かれ下草が猛威を示し.小陣まりしたjr古里線32号鉄塔が見下ろされた。トゲの群がる藪を潜れば直ぐだった。 新秩父幹線から比べると鉄塔が如何に小さいかが分かる。新幹線を除いたJRの動力源の66KVの電圧で奥多摩線を動いている。 左下には御岳の街道集落が広がり.右側には川井から続く梅沢の街並も見下ろされる。 暮れに吉野街道へ抜けたアーチ形の顕著な奥多摩大橋も絵地図の如く望まれた。その右には奥多摩線線の川井駅ホームが小さく見下ろされた。 左岸は御岳渓谷道がある。回り込んだ裏側がjr御嶽駅.15:07多摩川沿いの右の丘陵は御岳山.大塚山から北東に延びる尾根の末端 暮れに海沢へ.そして大丹波川右岸の尾根へ.青梅線に乗り蕎麦粒山へと月毎に車窓から川井の風景を眺め触れるよう見てきた。 今回は小高い尾根から川井地区を真下に見下ろしていた。山懐の川井からは多摩川の上流右岸から街並は左岸沿いに寄り沿い帯のよう延びていた。 神塚尾根末端 丹縄の集落を見下ろす.15:25巡視路標柱にでて巡視路からjr川井駅に繋がる山道分け.尾根上をその間々真っしぐらに真南へ密生した藪の尾根を下りている。 見えだした丹縄の集落へ。尾根末端の急斜面は藪漕ぎで締め.避けるよう民家の裏にでた。 青梅街道へでる里の道.古を思わす玉砂利を潰し固めたような苔這う民家の横道を抜けていた。 その渋い道路脇に小さな黄色いタンポポが幾つも花を咲かしていた。出た所が青梅街道 多摩川本流へ 左岸を綴る旧々道を目指すが?・・15:30旧々道・・御岳渓谷道 丹縄の集落を横切り青梅街道に出た後が悪かった。遊歩道があると思い.多摩川の河原沿いの旧々道へ下る。 河原左岸には微かに残る踏み跡しか残されていなかった。下り口に赤布のマーキングがあるものの.藪混じりで流心は左岸の淵を隠している。 川畔沿いに下れず国道まで登り返すしかなった。再び河原縁の藪岩を攀じ登る。最後に馬力がいた。そして疲れロスをする。 渓谷道は一度国道に上がり.jr御嶽駅を過ぎた辺りから左岸の河原沿いに下り造られている。 青梅街道に登り返し 藪と淵に閉ざされた末端の岩肌.15:36最後の最後に失敗する。この名栗湖からのコースはやや長いが変化に富み面白さを持っていた。 渓谷から棒ノ嶺の広い台地にで雪径を綴り.まだ冬枯れの径を岩茸石山にでていた。霞むも眺望は素晴らしかった。 又踏み跡を求め檜林も抜けている。改めて下った藪尾根に先輩も一時は好奇心を寄せていた。 それが旧々道に下り逆効果になる。今昔の資料に翻弄された終えた。 又多摩川沿いの遊歩道は青梅街道230m点.直ぐ先から右折して70mほど進むと山側に小社があり.遊歩道にでる。こちらは下調べ不足。 黄昏だした山陰の神塚尾根末端 青梅街道.御岳渓谷道から振り返る.15:51夕暮れが迫り尾根陰に入ると山肌は早くも墨色に変わっている。その電柱の左上にjr古里線32号鉄塔.頭上には新秩父線33号鉄塔が仰がれた。 暗く見えぬが手前の鉄塔の右手2本目には尾根筋に「関東ふれあい道」が通っている。 多摩川沿いの青梅街道を左手へ直角に大きくカーブすると御岳駅前の本通りに入る。 直ぐ送電線多摩川第三線が上空を横切り.潜ると本通りの右手に.郵便局・派出所を見る。左手はjr青梅線の石垣が高く続いていた。 この先右手並びの土手沿いに旅館「五門館」があった筈だが見当たらなかった。2年前の秋に訪れたばかり。 玄関前には小さな空地があった。そのような所は3ケ所あるも.旅館は見当たらなかった。 真新しく直された店が一軒あるがそこだったのか? 偉ばり腐った我々を巧く扱ってくれた女将の顔が浮かぶ。 聞き尋ねることなく.その間々駅にでる。・・後日.旅館「五門館」は一段下に通る青梅街道沿いにあると知る。 16:10jr御嶽:20=青梅.快速16:43=17:48御茶ノ水. 入浴は御嶽「五門館」に予定していた為.名栗からの逆縦走を考えていた。名栗温泉「さわらび湯」は飯能市営でアルカリ性単純泉の天然水 泉温は16.5℃.PH9.11.効能は神経痛.筋肉痛等で地元特産の西川材をフルに使用.定休日は第1水曜日.¥800, 結果的には改めて湯何処を探すこともなく帰路に付く。 入山当日の朝,先輩より「山と遭難」羽根田沼著.平凡社新書.2010年01月15日初版を譲り受ける。 何故私にと思うも.そこに綴られた内容は昔私が体験した。その当時の事柄が多く綴られていた。きつく伝えている山行も多い。 当時聞いたことのある事故も多かった。よしき悪きにつき.私の体験を綴ったよう思える時代のものを多く含んでいる。 今は低山ではあるが又登り始めている。改めて慎まなければならないと思うことも多い。ただ単独行は止められないだろう。 ・・地勢図「原市場」「武蔵御岳」 惣岳山神塚尾根地形図 名栗ダムから権次入峠から棒ノ折山をピストンし.興越山を越え名坂峠 岩茸石山から惣岳山神塚尾根と多摩川左岸旧道・・檜林の区分 |