行こうとする先々の気象条件に火山状況も悪く.今年のメーンとなす「鳥海山と上信岩菅山」の山行は諦めなければならなかった。
   山行前日に転々と変わる現地の悪条件にも係わらず.メンバーは有給の関係から日にちの変更ができず.食料も買い揃えていた。
   洪水予報がでて急遽.山域を上信草津に変更するものの.今度は火山規制が突然.強化され草津越えの入山も規制され.国境の取付きにも届かず.ここでもトラブルが続く。

     現実的に確実に避けられたのが最初の計画の鳥海山。ゲリラ豪雨は翌日現実のものになり.テレビでも大々的に災害が中継され里映像は濁流に呑まれる。
   又新たに急遽草津に変更するも現地に入り.今度は本白根山の火山規制が強化され.岩菅山への計画も現地に入り諦めさせられていた。
   急遽過ぎて動ける手段は失われていた。

    草津を起点に地震規制ラインの境にある芳ケ平湿原自然歩道と規制境界線の本白根山を周回する。・・上信越高原周辺Top
                                       2014年08月22〜24日.L松村m見城.滝島.鈴木
     8月22日.草津を起点に芳ケ平湿原をピストン
     8月23日.殺生河原Pから本白根山を周回

    矢島と冬師
     山行の出発前日まで.このメンバーで出羽富士.鳥海山を目指す積りでいた。私が現役主将を務めていた時.春山スキーに鳥海山を訪れている。
   47年前の1967年5月連休.前主将の西村先輩.主務の竹永先輩と私.3名で本荘から矢島線に乗り換え.北側の秋田県側から入山した。

     この時は段ボール一杯の食糧とスキーを背負子に背負い.上野駅から最終的には鈍行に乗り換え.珍道中で山に入っている。
   下山は途中でビバークし.方向も見定められなかった冬師の集落で.三浦さん宅にお世話になり.羽越線西目駅へ下るため.車の手配をお願いした。

     47年の歳月は鳥海山の山麓を驚くほど変貌させている。当時は矢島駅からタクシーで林道終点の鷽川事務所まで入り.
   疎らな残雪を踏みながら.延々と裾野の大地を歩んでいる。

     今は祓川ヒュッテまでの登山口が極端に短くなり.ズーと奥まで登拝道と兼ねる旧登山道に象潟.島線が延びている。
   途中の687.1m三角点コブの裏側(西方)には鳥海高原矢島スキー場が開設され.当時から有名なブナの二次林を抜けていた。
   今では鳥海ブナ林施業公園が手広く管理し.駒ノ王子手前に広く開園されている。

     又下山路で迷った谷地沢歩道は桑ノ木台湿原口まで.現在はシャトルバスが入っている。その奥冬師までのルートも驚くほど開拓された。
   冬師自然環境保全地域として.幾つもの溜池が保全され.今はパノラマライン(冬師まで長岡冬師域内線).冬師西目線には路線バスが通っている。

     北西側も仁賀保高原.巾山スキー場が開発され.こちらも驚くほど変わり.当時は何処も全く.手の付けられぬ自然のままの所だった。
   まして冬師は地図で漸く探し読めた地名だが.今や大字・太字で示され.誰もが直ぐ分かるまでに開かれている。改めて地図を読み知る私。
   車をフルに利用し最短のコースを選び.湯の台口の鳥海山南面から入山する予定でいた。前回と云っても昔のことで.新たな気持ちで挑んでいる。

    出羽.鳥海山とゲリラ豪雨
     天候は貿易風の南下に伴い.太平洋高気圧の勢力は弱く.日本上空全土に前線が居座る気圧配置が続いている。
   日毎に変わるゲリラ豪雨は入山直前に.鳥海山の日本海側を大荒れになる見込みで.大雨洪水注意報が発令され.山行を断念させられている。

     前日のことで日にちの変更ができず.それではとK先輩に草津の宿を頼む。昨年4月に現地に行きながら豪雪で現地に入りながら
   叶わなかった岩菅山を改めて目指し.東北鳥海山から上信岩菅山に変更した。

    上信岩菅山
     ただ先輩の情報によると気象庁は今年6/3日に.草津白根山は火山周辺警報を「レベル2」に上げる規制を発表している。
   7/28日現在.草津市は国道292号線を歩行を含め全面通行止。白根山レストハイスは閉鎖.駐車場を含め駐停車全面禁止区間を設けられていた。

     登山口までの国道規制は現地に入り.9時〜17時に緩むも.その時間帯でも登山口からの往復を考えると岩菅山山行はきつくなる。
   その上前線が山上に掛かり.再び諦めざる得なくなった。頂を踏むだけの山行は可能かも知れない。ただ草津までのアプローチが大変で.
   もう皆若くない。最初から焦る山行は諦めざる得なかった。

    上信越本白根山
     当日8時に国道は規制が1時間緩和されたが他の規制は変わらなかった。規制看板は目立つよう登山口だけでなく.
   幾つの山径にも掲げられている。2つの山行が直前で中止となり.急きょ見城先輩に火山規制から逃れるルートを考案して頂いく。

     最後のルートとしてその境の自然歩道から22日は芳ケ平湿原をピストン。翌23日は殺生Pから大きく山腹を回り込み.
   本白根山を周回するコースを取る。そして一昨年登った四阿山を裏側から遠望した。

    芳ケ平湿原自然歩道
   天狗山スキー場先.草津側登山口.10:31
    左手が谷沢川沿いで.右手が草津高原ゴルフ場縁

  8月22日(金)曇一時晴
    jr御徒町5:07=5:26池袋東武東上線.急行5:30=6:11若葉.集合:50=東松山IC.¥1860=7:50駒寄PA.朝食
    =8:12渋川IC=セブンイレブン買出し=9:50道の駅「草津」水=10:25芳ケ平遊歩道登山口.

     改めて草津に入ることに決める。滝島先輩より寝袋.マット.食器.ブキ.コップを。K先輩からはシートと枕用シートを持参するよう連絡が入る。
   マンションにお世話になるため妬けに荷は少なくなった。東上線若葉駅前に6時半に全員が集合しマイカーは鈴木が準備した。

     吾妻川右岸の真田街道から草津に入り.セブンイレブンで昼食と道の駅「草津」.松虫草園で飲料水を確保。
   芳ケ平自然歩道登山口に直接入る。ひっそりした目立たぬ所.今日はここから入山するハイカーはいないだろう。
   登山口には火山第2次規制が発表され.絵図には「硫化水素ガスの注意を促す注意書」が改めて貼り付けられていた。

      芳ケ平湿原自然歩道散策. L見城.m滝島.鈴木.松村
    登山口一11:12大周り一11:10桜清水:15一11:49横笹.花敷温泉分岐一12:10桜清水先:15一12:50芳ケ平野営地.大14:00
    一14:45桜清水桜清水(カメラ紛失)15:34⇔芳ケ平野営地. 一15:28毒水沢.洗顔一15:45大周り一16:15登山口:30
    =16:37スパックス草津.

   10:58

     入山日は好天に恵まれる。緑深い自然歩道の道。登山口に車は1台もなかった。一昨年6月.白砂山の帰り草津に宿り.
   このコースを芳ケ平へ向かい散策している。ただアリの門渡りを越え.常布ノ滝が見下ろされた所で.小雨は本降りに変わり.戻り諦めている。
   このコースは岩菅山と共にリベンジのコースにもなっていた。

     舗装された所を抜けると2人の作業員と擦れ違う。丁寧に「お早うございます!」と声を掛けられた。
   長く細い筒の用のものを持っている。ガスを調査する道具と思われる。前回よりもう幾らか硫黄臭いが強い所を抜けていた。

   大周り
    左に谷沢川に回り込む道標のない沢沿いの藪絡む径を分けている

     裾野近くから火山特有の硫黄の匂いが鼻に付く。風下になり.窪地に溜っているのか? 時折忘れた頃又嗅ぐようなった。
   遊歩道には小鳥の囀りも聞こえない。里へ下りたのかも知れない。ここは蝉しぐれの径.飛ぶ虫さえ見ることはなかった。
   道標は短い区間に多く立てられ.小径を覆う熊笹は綺麗に刈り払われ歩き易い。

     常布ノ滝への分岐にでる。右手に分けるが見城氏によると通う人が少なく.藪が絡みで大変だとのこと。
   数年前に豪雨の影響を受け通行止になっている。それ以来通うハイカーも少ないよいうだ。

     その先,地名標がある「大曲り」は芳ケ平と草津登山口を結ぶ中間地点に辺り.白砂川谷沢川右岸へ入る枝沢が横切っている。
   その枝沢には殺生河原と結ぶ古いコースの自然歩道があった。取り口は藪で被われ廃道化されているようだ。
   青葉山の東面のゲレンデを横切り.武具脱ノ池コースに入る。殺生河原と結ばれている模様.

   落葉松林.11:45

     ハクサンシャクナゲの小径を漕ぐよう登ると大沢川に落ちる毒水沢に架かる木橋にでる。
   硫黄臭く.鉄分が多いのか? 沢沿いの土は赤味を一面に持っている。帰路洗顔した時.何とも答えられぬ.沢水の色と匂いを嗅ぐ。

     雨が降ると直ぐ増水するらしい。道標には「←芳ケ平2.4km.毒水,草津4.0km→」とあり.時折落葉松林を抜け.
   毒水沢(谷沢川)を渡ると再び落葉松の斜面に小径が綴られていた。そこ先は台地にでると見事な緑の森が開かれる。

     横笹.花敷分岐・上信越自然歩道
     12:40
    花敷に至る分岐.11:49                 芳ケ平ヒュッテ前の殺生自然歩道案内図

     木橋を渡れば直ぐ.花敷温泉との分岐.横笹にでた。花敷温泉は白砂川最奥の集落で.遡れば野反湖。
   その奥には一昨年このメンバーで登った上信越国境の白砂山が聳えている。この上信越自然歩道は大平湿原を横切り.
   点々と池畔が綴っている。中間に長い林道があり.花敷に下る末端の丘陵は荒廃が激しいらしい。

   開け始めた高原の肩にでる.12:07

     水量の少ない桜清水を過ぎると灌木が茂り.それも途切れ解放された熊笹の斜面にでる。
   蒼空が覗きだし.広大に広がる高原湿原の肩にでた。この辺は6月中旬まで残雪が見られると云う。

    上信越国境
   大沢川左岸・・左景

   右景

  

  

   芳ケ平ヒュッテと大沢橋
    橋手前に白根山への分岐あり.ヒュッテを過ぎた先が直ぐ芳ケ平.ヒュッテの右奥に広く幕営地が沢沿いに突き出していた。

    自然歩道
     先は2つに分かれ.芳ケ平ヒュッテ手前の大沢橋を渡る所が分岐だった。
   渋峠方面は湿原の周遊歩道から北面の尾根を取り.ダマシ平から渋峠越えをし尾根沿いに横手山に立つ。2.7km

     南面コースは「硫化水素ガス.危険区域」の大きな表示板があった。湯釜の東側を巻くよう白根神社本宮から弓池にでられる。
   このコースは石コロの多い車道だがハイカー以外立入禁止になっている。2.8km
   ただ今日は火山規制のメーンコースからで.ハイカーは入山禁止でヒュッテは休業.

    芳ケ平湿原
   芳ケ平.綴る先は渋峠.12:46
    渋峠草津線歩道の中間地点

     登山口から2本で芳ケ平にでられた。横手山と白根山の頂稜を結ぶ東面の台地には広大な湿原が広がっている。
   この高層湿原に入るには今日は渋峠か.草津からのコースしかなく.入山禁止で.他にハイカーを見ることはなかった。

     我々だけが一人占めした芳ケ平にでる。鳥甲山の帰路.国道上から見下ろしたことがあった。志賀草津道路,渋峠南Pより・・2009.06
   中秋に覗きこんだ広大な山腹は盛夏の緑深い絨毯に変わり.池塘が点々とする池面にも緑の陰を映し.冴え渡っていた。
   ただ見渡す限り日陰がなく暑かった。

   幕営地.ナナガマドの木蔭で

    幕営地
     芳ケ平幕営地の広い草原にはナナカマドの大木が点々とある。その1本の木陰を利用し昼食とした。
   山麓で購入したビールはまだ幾らか冷たさが残されている。上信越方面に雲が湧き立つも.頭上は蒼空に白雲が浮かばせている。

     朝から好天に恵まれていた。お稲荷さんにシジミの味噌汁.そしてコーヒーを沸かす。
   四方は見渡す限りの草原が開け.今日ばかりはハイカーの姿を見ることはなかった。

     柔らかい草のクッションにシートを敷き.トカゲを決め込むK氏とT氏。Sもゴロゴロしている。今のこの時を大切にそっとして置くことにした。
   シートの脇では蟻が忙しく働いている。今日見た虫は数の少ない蜘蛛の巣と蟻だけ.野鳥は足元から飛び立ったキジと蛇だけになる。

     天空を見渡すと緩やかに流れる風に乗り.赤トンボが舞っている。Sと群をなすトンボを何となく続けている。
   もうここに留まって居るのも数日だろう。来週からは平均気温が下がると聞いている。そうなればトンボも避暑を終え里へ下りる。

   芳ケ平12:55〜14:00
    草津と渋峠を示す道標裏から

     写真の向いは白根山から東方へ延びる尾根。越えた奥にスカイラインと白根火山ローフウェイが横切っている。
   その又奥に本白根山の尾根が延び.明日はそこから本白根山を周回する。

   13:47

   幕営地で

    デジタルカメラ
     ゆっくりし1時間ほど留まり.我々は里へと復路を下りる。
   下る途中.桜清水付近でT氏がカメラの紛失に気が付く。1人で探すには忍びず.共に探しに登り返すことにした。
   右手のベルトに外れたケースが付いている。途中なら山側に落した可能性が多い。彼は足元を探している筈.遠目に左手を主に私も探す。

     昨年7月奥多摩タワ尾根で私もソニーのカメラを紛失している。それも藪尾根.短い距離だった。2時間強探すも分からず.
   その落胆たるものは酷かった。万が一と警察に届けたがその間々になっている。磁気で方向が分かる素晴らしいカメラだった。
   2人4つの目で探すも.登る道中では見付けられず。多分.最後に写真を撮ってもらっていた。その折ケースに入れた積りが落したのだろう。

     ずばりアタリ.直ぐ引き返す。荷を降ろしておいたベンチに戻るも.2人とも飲む水がない。諦め黙々歩む。
   登山口には朝方置いた場所には車だけがあり.先に降りた2人の姿は見当たらなかった。

     T氏が蒸す車内の気温を考慮.出る時酒類の入ったダンボールを熊笹の中に隠していた。それを想い出しビールを一気に呑む。
   ぬるいが呑み心地はよかった。程なく2人が下りてきた。1時間は掛かると考え.ゴルフ場に寝転んでいたとのこと。
   車に乗り走り出すと雷鳴と共に雨が降りだし.宿に着く頃.本降りになった。

   同じコースを下山

     夕食は「とん香」で摂り.スーパー「もくべい」で朝食用バン類を仕入れ.宿での宴会が始まる。
   ビール.焼酎.日本酒と各々好みのものを呑んでいる。常道となった城ケ島産のイワシも.今回はミリンを加え甘味が増し美味かった。

    豪雨災害
     明日の天気予報とテレビを点ける。映像は2日前に広島市北部を襲った豪雨の土砂災害を映し出していた。死者は40名.
   行方不明は47名となり.警察.自衛隊.消防と約2700人態勢で救助活動にあたっている。行方不明は増える見込み.大惨事になっている。

     続く報道は秋田県象潟の災害を報じていた。寒冷前線の影響で不安定になり.庄内地域.最上地域で局地的大雨をもたらし.
   床上.床下に土砂崩れ.交通は麻痺し.多大な被害をもたらしていた。その映像が放映されている。鳥海山山麓を襲っていた。

     情報は現実のものになり.山行の変更は正しかった。4人がテレビ画像を見詰めている。大雨どころか洪水で.大地は全て水びだしで.
   映し出されていた。ゲリラ豪雨の警報が出て.K氏に相談し.草津に変更した経緯がある。今草津に宿っている。

    雷鳴
     煙草を吸いにベランダにでる。真っ暗闇の世界.その上新月が更に闇に深さを増させている。
   草津では雨も治まり.下界は温泉宿の灯りが煌びやかに輝き.ベランダからは紫煙が緩やかに昇っている。

     その折遠めに雷鳴が轟き.間を開けず闇夜に雷光が走りだしている。天空との空間はモヤのような白みを帯び延びていた。
   すると高崎市辺りの闇夜が一瞬明らめを増し.雷鳴と共に稲妻が光る。轟く音色も力強さを増してきた。

     そして渋川.沼田.月夜野へと連鎖するが如く山を越え移り.電光を刻みだしていた。
   はっきり見届けられる落雷の先にも台地が続いている。大規模な雷前線が南へ移動するさまがよく見届けられていた。

     室内は賑やかな酒宴が続いている。ベランダに呼び込むと唖然と見詰める仲間達がいた。光り輝く雷光で赤城山前衛の山々が
   光陰となり.映り出されている。ここでも自然の脅威が大地を揺るがせ.我がもの顔で踊らせていた。

     9月03日現在.広島市の土砂崩れ災害は2週間目を迎え.今日全ての避難地区は解除された。
   死者は72名に増え.行方不明は2名.尚2400名態勢で救助活動は続けられている。

     8月22日.草津から芳ケ平湿原をピストン
     8月23日.殺生河原Pから本白根山を周游