割引岳天狗尾根と巻機山井戸尾根. 御機屋で昼食.草モミジの草原台地から上越国境の展望と魚野川

    割引沢から割引岳天狗尾根
    大展望の頂稜から御機屋井戸尾根・・日当たりの草モミジの草原台と地御機屋でのコンロ
    帰路.パレス六日町から三国街道

    越後山脈から上信越国境への大展望
  
   南西方面・・中越側.魚野川源流の山並と登川左岸の山並.10:53

     奥は谷川岳からの三国山稜・・万太郎山.仙ノ倉山.平標山.白砂山.左武流山.遠く岩菅山.苗場山. 右奥に妙高山.火打山も望まれた。
   西面.威守松山と登川左岸尾根・・七ッ小屋山と大源太山1598m.大具ノ頭.蓬ノ頭.高平ノ頭.
   左端に朝日岳が望まれる。尾根ツメからの展望・・手前は割引岳手前のコブと本谷対岸の黒岩峰.

    眺望
     上越国境の長大な山並が望まれる。山々を細かく見詰めるような風景ではなかった。広大な日本の背稜が広がりを見せている。
   一つの頂が分かればそこから頂稜を綴り.何処まで綴られているか目で追った。北信の妙高連山の先まで続く山波。
   又朝日岳から七ッ小屋山へと魚野川に落ちる尾根を追えば.長く綴られる尾根筋は裾野へと細かく山波を描き.低くなった高みで飯士山に至っている。

     湯檜曽川源流に窪みを越える山群が谷川岳.その間の蓬峠を越えに続く山群は足拍子岳だろう。あの裏側に土樽の駅がある。
   1つの岳から谷間に落ちる尾根を追い.尾根の起伏から岳を読む。如何に見詰めていても.よい山稜が描かれていた。

    登川左岸尾根・・上半の山々
   アップ左景.中越地方から.10:55

    登川左岸尾根中半の山々・・無果山と飯士山
   アップ中景.上越地方へ.10:53
    高平ノ頭から右2つ目のコブが無黒山1049.7m. 一之沢を隔て飯士山
    右遥か奥が妙義山と火右打ち山. 手前の尾根は黒岩峰

    登川左岸尾根末端・・飯士山と魚野川左岸尾根
   アップ右景.登川下流と魚野川.11:23
    奥は浅間山. 飯士山の東斜面は舞子ゲレンデ

    魚野川左岸尾根・・境界尾根
     行政的には飯士山の対岸に連なるのが境界尾根.その先.側には清津川で北方へ下る流域が十日町市になる。
   境界尾根に乗る大峰山1.170mから栄太郎峠を越した高津山の北側にガーラ湯沢スキー場がある。
   その先丸山石打スキー場との間の谷間と飯士山を結んだ線が湯沢町と南魚沼市との境界線になり.又十日町市との境になっている。

     更に丸山北方にある石打市街からは中央の緩やかな鞍部には清津川に抜ける十二峠があり.昭和の時代にシールを付け登っている。
   今回は巻機山を下山してから六日町に宿り.翌日に大峰の山腹にある湯沢高原に寄り散策した。

     又下部のは流域は清水峠を源とする登川。支流の一之沢川出合付近で.手前は蟹沢新田付近になる。
   この清水街道は初めて巻機山スキーの訪れた1968年当時は六日町駅発路線バスは沢口止りで1時間の距離を歩んでいる。

     この一角は少々因縁が残されている山行が多くなっている。
   1970年の正月.OBになり初めて上越湯沢を訪れ.大峰から丸山までスキツァーによる栄太郎峠越えをした。
   ただバッケンが壊れ無残な姿で下山し.再び夜行で帰宅してた。

     その折対岸に望んだ飯士山を次の狙いに定め.再び越後のスキーツァーへと引きり直していた。
   ただシンシンと留めなく降り続く粉雪は視界を悪くし.更に磁石を忘れ.ルートを見定められずに山越えをし.石打に抜けていた。
   その後の十二峠はこの時のルートを確認するためのツァーだった。強い陽射しに湿雪の急斜面をシールで切り.向かいの山肌を見詰めていた。

     十二峠では炭小屋を見付けると中央に焚火の跡が残っていた。煙が天井を這い.戸口から吸い込まれた風が渦を巻いている。
   その時は「加藤文太郎」の自伝. 山でエンジンの新構造を発見した姿を想いだし想像をもした。

    割引岳
   皆さんの顔がよければ天空もよい.11:22

     好い顔の4人がいる。頂で見せる顔。過っての頂の写真を2枚ほど見直したがどれも同じように好い顔をしていた。
   汗を掻き踏ん張り歪んだ顔が登り詰めてみると修正され.整った笑い顔が並んでいた。

   10月11日
     割引岳11:22一11:55巻機山分岐.昼食⇔12:05巻機山.

    越後三山を一望
   右手奥が荒沢岳.11:20

     左の魚野平野から競り上がる八海山.五龍岳.手前が阿寺山. 越後駒ケ岳. 肩の御月山.中ノ岳. そして荒沢岳.右端の遥か遠くが磐梯山。
   手前は三ッ石から北西に延びる尾根・・大割山1120.1200m峰.小兜山1218m.1339m峰.大兜山1341m.

    残り雪
     中ノ岳の左肩に構える小さなコブの御月山から白く見える細い溝が三国川黒又沢に延びている。そして日向山の肩で消えた。
   その境の白く煌めく点は残雪ではなかろうか? 先程割引沢本谷のツメにも残雪が残されていた。

     ・・10/7日立山.後立山初冠雪.8日穂高岳初冠雪.14日明け方台風14号襲来後急速に回復し気温東京で27.1℃を記録。
   冬型になり10/15日御嶽山初冠雪.16日富士山が初冠雪.北海道では各地で零度を記録する。

    牛ケ岳1961.6mと巻機山1967m.御機屋
   右端のコブが御機屋.11:15
    山頂周辺は陽光を受け.更に黄葉溢れる山肌と草黄葉

   割引岳と御機屋鞍部.11:26
    草黄葉の絨毯を踏み

     穏やかな起伏の波に幾つもの頂が望まれる。頂稜にでて自然と歩調も緩み.起伏の山波に合わせ周りの山々を堪能する。
   これらの巻機山を代表する山々は遠方から望むと1つの頂台地として聳え見えるのだろう。

    朝日岳から北へ牛ケ岳に延びる国境稜線
   奥利根と魚野川の分水嶺.11:21

     左手から遠方奥白根山.皇海山.袈娑丸山.武尊山. 中央奥が赤城山(黒檜山.地蔵岳)右手が谷川連峰.
   手前から朝日岳へ連なる米子頭山. 間の谷間が1968年に清水集落に滑った米子沢。

     御機屋から空身で巻機山をピストンする。巻機山の山頂は円やかな頂を持ち.登山道はその東側の端を通っている。
   その道の左脇には植生保護.復元の為の柵で囲われ.今は百名山の頂としては余りにも侘しい頂だった。

     頂は細長く狭い。休む場所もなく.ハイカーは道脇に身を寄せ合うよう休んでいる。
   只見方面は見えぬが上州国境稜線の山並は素晴らしかった。

    綴る上越国境稜線・・越後山脈
   左景
    巻機山山頂より.11:53

     右上は三国山稜・・谷川岳.一ノ倉岳.茂倉岳.雲に隠れる万太郎山。
   越後山脈・・米子頭山.柄沢山.朝日岳. 右肩に笠ケ岳大倉尾根が小さいながら顕著に見える。朝日岳より下った大きな鞍部が清水峠。
   この峠には点のような小さなjr送電線監視所(白崩避難小屋)が如何にか望まれた。

     右に続く山稜は七ッ小屋山で蓬峠から谷川岳本峰の稜と越後に落ちる大源太山への登川左岸尾根を分けている。
   画像を外した左下には奥利根湖が見下ろされた。

    天空と大地
   右景
    平標山肩.浅間山.白砂山.左武流山.遠く岩菅山.苗場山. 右奥に黒姫山.妙高山.火打山          御機屋井戸尾根.12:00

    栄太郎峠
     中央右が飯士山. 越後湯沢から見ると裏側になる。
   七ッ小屋山から登川左岸尾根が続き飯士山がその末端として落ちている。山肌を著しく刻むのが舞子ゲレンデ。

     飯士山の頭上には雲の切れ目に浮かぶ魚野川左岸尾根上の高津倉山. 左によった窪みが栄太郎峠で登って大峰になる。
   落ちた所が芝原峠.大峰の山腹には湯沢高原があり.冬期はスキー場になる。明日そこからこの頂を望むことになった。

    御機屋.割引岳.神字山
   巻機山より御機屋に戻る.12:01

    御機屋
   山頂で昼食.12:22

     ピストン後.御機屋のヤチカワズスケ脇で風を避け.遅い昼食を摂る。
   場所が決まれば炊事は早い。2台のコンロを点け.湯が湧けばカレーの素を温める。一方の鍋には生きしめんを茹でる。

     休む間もなく皿に分ければできあがる。喉とうしがよく.更に茹でながら口へ運んでゆく。
   仕上げはコーヒーと鈴木の地元.日高の10月限定という栗入り饅頭を食べる。間食が少なくそれも半分とし残した。

    緩やかな井戸尾根を下る
      10月11日.11:55巻機山分岐.昼食13:00一13:54物見平.七合目14:00一14:50井戸ノ壁手前15:05
      一16:00巻機山麓キャンプ場・・米子沢遡行後下山している.1974年秋.

    山上に静かな湿原帯
   中央が巻機山避難小屋.12:58
    左奥が前(偽)巻機山. 中央右端の尾根上の池塘が織姫池

    織姫池
   長閑に池塘が広がる.13:06
    草黄葉の草原

     巻機山は「機織姫の伝説」が名前の由来とある。
   昔々のこと.越後の山奥に若い百姓と年老いた母親が暮らしていました。母親の病に効くという薬草を探しに息子の弥治衛門は山奥に分け入り.
   迷ってしまい途方にくれていたところ.この山に住んでいた「織機の女神」が夜道を導いて助けたと云われている。

     この話を聞いた村人は浄財を持ち寄り.お社を作りました。「木六神社」がその神社であるといわれている。
   麓の塩沢には1.200年の歴史を持つ織物「塩沢つむぎ」の記念館が建てられ.正倉院には「越後上布」が保存されている。
   又地元には「機織姫」と「雨乞い」の民謡がそれぞれ伝えられていた。

    米子沢奥ノ二俣左俣源流
   九合目前巻機山手前より.13:07
    上州の山々・・奥白根山.上州武尊山.赤城連峰

     ふと思うに.この巻機山の頂を含め.この画像に映り出されている上州を囲む山々は.このメンバーで何時の間にか全て山を登頂していた。
   年に3.4度.7.8年続いたことになる。全員が高齢者になった。何時までも山登りを続けることができればよいが。

   避難小屋.13:12

    巻機山避難小屋
     避難小屋は前巻機山北側鞍部.九合目付近1800mにあり.木戸を開けると木の香りがする真新しい木造2階建て。
   非常用無線設置.無人.水場は5分ほど下った沢.内外からのバイオトイレ(自転車ペタル).収容30名.テント20張.南魚沼市商工観光課管理.

     失われた記憶. この井戸尾根は2度ほど歩んでいる。
   1968年04月.山スキーをしに訪れた時は小さな小屋で.半ば雪に埋まり.陽が強く覗きこんでいた筈だが今の記憶は薄い。
   更に74年の秋に米子沢を遡行.下山で通っている筈だがこれ又定かではなかった。

     頂の展望では次から次へ昔の記憶が蘇るも.小屋のイメージを取り戻すことはなかった。新築し建て直されただけではあるまい。
   今回も丁寧に覗き込んだわけではないがおぼろ過ぎるのはボケのせいだろうか?

    植生
     前巻機山を下ると八合目直下の幅広い階段状の斜面には植生保護・復元作業が行われていた。
   東京農大の指導の下.土止めや土色の緑化ネットにヤチカワズスケを植生されていた。以前より大分自然に戻りつつあるとのこと。

     平成19年04月.「緑の日」に環境省から「巻機山景観保全ボランティアーズ」に30年の活動が認められ.
   「自然環境功労者大臣表彰」を受賞。高山帯の植生保護・復元.池塘復元.登山道整備や補修等多岐にわたって展開。
   特に植生復元は6通りの及ぶ技術を開発し成果を上げている。


     7合目檜穴ノ段辺りのガラ場で小休止. 足が少し疲れだしてきた。栗入り饅頭の残り半分を食べる。
   その間に抜いたハイカーが私達を抜いてゆく。その繰り返しで井戸尾根を下ることになった。

    物見平
   ナナガマドの紅葉.13:43
    尾根の左下がP.末端が登川清水地区. 向かいが登川左岸の西谷後沢

    割引岳天狗尾根と割引沢
   五合目焼松.14:29

    登り終え真近で望む天狗尾根.
    何処をもが艶やかに又華麗に山肌は燃え.否や焼けるよう飾り立てられていた。手前は割引沢.

   ブナの原生林.14:43

     ブナの色づきも増し.木漏れ日が緩やかな樹葉を透けてゆくブナ林。ここは昔から巨樹が育たないらしい。
   ただ何時もホッとする癒しの森が続いている。

   5号目付近.14:50〜05:05

     最後の1本.レモン替わりに滝さん持参したスダチを十字に切り口に運ぶ。気休めで味は似るも実汁がなさ過ぎている。
   五合目を過ぎ.後は点々と連なる列を交互に変り.井戸の壁(五合〜四合目)を下るのみになった。

     割引沢から割引岳天狗尾根
     大展望の頂稜から巻機山井戸尾根・・日当たりの草モミジの草原台地と御機屋でのコンロ
     帰路.パレス六日町から三国街道