巻機山麓キャンプ場と常連になったパレス六日町
     3日目は三国街道のR17沿いを南下.湯沢高原を散策し.道の駅「たくみの里」を寄り.渋川ICへ

    割引沢から割引岳天狗尾根
    大展望の頂稜から御機屋でコンロし井戸尾根
    帰路.パレス六日町から三国街道へ・・湯沢高原と道の駅「たくみの里」

     パレス六日町から三国街道に入り.ロープウェイ一に乗車して湯沢高原のミニトレッキングコースを散策。今日も素晴らしい晴天に恵まれ展望もよい。
   里に降りてからは再び街道に入り「たくみの里」で昼食。帰路は旧道から布施宿を抜け三国街道へ。
   国道17号線に戻ってからは渋川ICから東松山ICに戻り.越母川成辺橋を渡り.東上線若葉駅にでて解散した。

   巻機山麓キャンプ場より.11日16:00

     下山してキャンプ場に戻り.天幕脇で今日一日の山を振り返る。
   巻機山の統計を取ると4度ほど訪れ.その都度違った登り方で又泊り方も異なる方法で登っている。

     今回は天幕生活.車で何もかも持参し.沢沿いを詰め尾根にでて草原にでている。
   割引沢.本谷の沢沿いは下山通行禁止の措置が取られていた。その都度.登る思考に合わせコースを選んでいた。

    天狗尾根.井戸尾根絵図
   二合目登山口で
    割引岳と巻機山地形図 

    巻機山麓キャンプ場16:35=三国トンネル片側交互交通=17:10パレス六日町.

     キャンプ場に戻り.天幕なり個人装備のパッキングを要領よく詰め.30分ほどで裏道からバイパスに入り.六日町にでる。
   中秋の陽気は早くも谷間を薄暗くさせ.黄昏が漂い始めていた。車窓から見上げる山肌は斜陽したし日射しを受け.
   裾野の艶やかな紅葉を更に赤く燃えださせていた。

     今回は2年振り.2泊目の宿をを鈴木にお願いした。
   六日町温泉「龍言」の手前脇のガレ場に真新しく造られた陸橋のようなスノーシェルターを潜ると六日町にでている。

     「龍言」でシール,タオル類を預かりパレス六日町へ。その後は前回と同じ段取りで.温泉に浸かり.
   軽く乾杯し気が休まれば街にでた。駅前通りの鮨処「北海道」で酒宴に4人で山の凱歌を味わう。

    10月12日快晴後晴
      パレス六日町9:25=11:00湯沢高原ロープウェイ一湯沢高原.ミニトレッキングコース12:00.

     朝風呂に浸かり一人.六日町駅まで煙草を買い出しに散歩した。日曜日のせいか駅前通りも閑散としていた。
   宿に戻ると既に身支度を終えまだかと待つ仲間達. 宿からは県営農道から三国街道にでて.湯沢で旧道に入り湯沢高原に寄っている。

    巻機山連峰と米子頭山.柄沢山
   湯沢高原山頂駅より.11:00
   世界最大級166人乗り湯沢高原ロープウェイ一でパノラマステーションに立つ。全長1300m.高低差差500mで標高1000mへ.¥1600

     今朝は暖かいと云うより暑い陽射しに恵まれ.湯沢の高原台地からは素晴らしい展望が恵まれた。
   ロープウェイ一で高原に立てば湯沢の街並みを隔て.目前に以外と大きな飯士山が立ち.翼を広げるよう南北の裾野へと尾根を広げていた。
   その右肩には前日登った割引岳.御機屋.巻機山の頂が巨大な1つの頂として望まれた。改めて望んだ山.でかい岳である。

     2つの天空の台地から望んだことになる。昨夜はやり遂げた凱歌に酔い.気も軽やかだったがただその代償は足の腿が張り.
   階段を歩けばピニキオ的な動作になり.昨日の後遺症が残されていた。

   百番観音
    大峰百番観音の巡礼の一部.昭和9年に安置された歴史遺産.

    驚異の風景
     1970年01月,OBとなり.正月の餓鬼山行が切っ掛けで焼津の富山,保坂各先輩と新春早々.2週目にして再び湯沢の雪面を踏んでいた。
   帰京後.尻の暖まる暇もなく富山さんとの連絡は.直ぐさま雪国へと飛んでいた。この湯沢高原を抜けている。

     ゲレンデスキーではなくリフトで時間を稼ぎ.向かいの大峰へ。今までは殆どが山スキーで.ゲレンデは白馬八方に野沢.菅平のみ。
   初めて越後のスキー場を訪れ.ナイター群に驚きの目を見張っていた。

     大峰1172mから栄太郎峠を越え高津山から石打へ。当然.当時はロープウェイ一はなく.リフトは何処も中腹に終点があった。
   シールを付けてのツァー山行.湯沢から詰め.石打に抜けている。それもバッケンを壊し.壺足ならではのスキーだった。

     今では大峰の頂までは,林道まで山頂駅からリフトが延び.高津山や937m峰の山頂にもjrガーラ湯沢スキー場からもリフトが延びている。
   その先のコブ.919.8mコブは尾根上を石打丸山スキー場のリフトがやはり頂まで延びていた。
   昔訪れたツァーコースは全てリフトで結ばれていた。以外と思える光景が今では当然の成り行きとして開かれていた。
   ・・栄太郎峠.重い雪と壊れたスキーツァー

    湯沢高原からの全東面の展望・・高津倉山1180.9mと918.9m峰
   左景.11:11

    湯之沢川対岸はガーラ湯沢スキー場・・先の鞍部が十二峠
    右下は石打.塩沢.石打の魚野川左岸丘陵地. 右下は湯沢温泉ロープウェイ山頂駅

    飯士山西面北方側
   左景2・・湯沢の街並.11:09
    飯士山1111.8mは七ッ小屋山から北西に長く延びる尾根の末端に当たり塩沢に落ちている。
    飯士山の背は巻機山山塊. 左手は塩沢の街並.坂戸山634m.右上は八海山.金城山1396m. 右方の斜面は岩原スキー場。

    飯士山西面南方側
   左景3・・12:00

     越後山脈・・巻機山連峰.米子頭山.柄沢山.檜倉山.大烏帽子山1919.5m.
   大源太川上流右岸支流芝倉沢がここから見える登川左岸尾根のツメ。奥でヤスケ沢と北沢に分かれている。
   飯士山の東側山麓を回り込むのが岩ノ沢。山稜越えに無果山の頭が望まれる。・・右下がjr越後湯沢駅.

   山頂駅からの魚野川源流・・上越国境稜線・・巻機山〜仙ノ倉山
  左景4

   檜倉山〜万太郎山
 

   大烏帽子山〜谷川岳
   左景4の左景アップ
    大烏帽子山.朝日岳.笠ケ岳.白毛門.武能岳.谷川岳

    上越国境の大動脈
     左上から・・旧三国街道は大源太山の裏側,登川を遡り.徒歩で清水峠越えをして.湯檜曽川土合に至り高崎方面へ抜けている。
   関越道は土樽PAから関越トンネルを潜り谷川岳PAへ.小障子ノ頭とオジカ沢ノ頭間下の国境稜線下を潜っている。
   jr在来線は越後中里駅を過ぎ土樽駅から谷川岳を潜り土合駅へ。湯檜曽駅手前にもループ隧道があり。

     新幹線は湯沢駅から直ぐトンネルに入り.オジカ沢ノ頭付近下を潜って抜けると上毛高原駅に至る。
   国道17号は三俣から大きく平標山の西側鞍部に至り.三国トンネルを潜り猿ケ京から板東平野へ。
   どのルートも魚野川源流から利根川に抜ける上越国境を越える大動脈ができ上がっていた。

    武倉岳〜万太郎山
   左景4の右景アップ
    武倉岳.谷川岳.オジカ沢ノ頭.大障子ノ頭.万太郎山.仙ノ倉山北東尾根と平標山北尾根

     三国街道南下
       旧道.湯沢高原P12:15=三又.国道=新巻市「たくみの里」.昼食14:00=15:15渋川・伊香保IC
       =16:30東松山IC.¥1300=16:40東上線若葉.快速17:17=18:03jr池袋.

    道の駅「たくみの里」
   11:25

    R17
     旧道を進むと直ぐ左手にjr越後湯沢駅を見る。近代的な駅舎に対し.周りは昔からの家屋が密集し.
   その面影を残している。国道に戻らず.そのまま直進し三俣宿にでて三国峠へ。

     元橋で前を走るトラックを見て学生の時.ここでジュラルミンのトラックに後閑駅まで拾われたことを想いだした。
   駅近いと着替えた動作が酸素不足をもたらし喘ぎ降りている。運転手の親切心が分かり.怒るに怒れずにいた。

     三国峠から赤谷湖東岸沿いに南下し.昨年は左折し「奥利根ゆけむり街道」をぐるりと回っている。
   今回は湯宿から赤谷川右岸の丘陵に渡り.北側の裏から道の駅「たくみの里」に寄る。

     旧三国街道.11番の宿場「須沢宿」で木工.竹細工.陶器.わら細工など山里の伝統的な手ざわを伝える
   24戸の匠の家が点在していた。又「野仏めぐり」をが愉しめる。s59年5月にスタート.

   11:44

    「たくみの里」
     先月,五色温泉でのOB親睦会の帰路.南会津の「大内宿」に寄っている。そこに比べるとかなり広く.線から面へと
   集落全体を占めていた。車の往来があるも入口には駐車場が幾つもあり.国境稜線を背に長閑な山村風景をかもちだしている。
   旧三国街道の宿場は「たくみの里」と称し.廃校も利用されていた。門には新巻市須沢小学校とある。

     蕎麦屋が多い。遅い昼食をここで8割蕎麦¥680を摂る。大盛りのもり¥100増し.かけは¥200増し? 十割蕎麦は¥1000
   最近山を下りてからの道中に観る発見があり.興味を注るようなった。

    旧三国街道
     「須沢宿」は11番目の宿場.家数49.本陣(梅沢1).脇本陣1. 手前の布施宿10まで1里,先の相俣宿12までは1里12丁の距離にある。
   旧三国街道は32の宿場がある。起点は中山道高崎本町から三国峠越えをし.越後に入り三俣宿16.湯沢宿17.関宿18.塩沢宿19.
   六日町宿20と綴り.最後は渡部宿32で寺泊町寺泊に至る街道。

    遅い開通の国道17号
     米街道の清水峠越えは民間の資金により登山道程度の道が造られたが国道に指定され.改良が行われ1885年(m18年)に完了。
   ただ大正時代には自然条件の厳しさで廃道同然となってしまっていた。国道から格下げされたことを受け.大正10年三国峠越えの道路
   (沼田六日町線)が県道に指定され.1934年(s9年)には国道9号として新潟まで延長された。

     現在の17号ルートになる。それは東京と満州を結ぶ最短ルートとして注目された為で.殆ど改良されず自動車は通れる状態ではなかった。
   その後は第二次世界大戦の戦況の悪化で改良は中断され.1957年(s32年)三国隧道が貫通.59年6月に初めて車が通れる道になる。
   調べてみると意外と国道幹線としては遅い開通だった。全長341.5km.

     割引沢から割引岳天狗尾根
     頂稜から巻機山井戸尾根
     帰路.パレス六日町から三国街道へ・・湯沢高原と道の駅「たくみの里」

   当日.第22回日本山岳耐久レースハセツネ(長谷川恒男)CUP・・息子夫婦が参加

     奥多摩山域(71.5km).2014年10月12〜13日
       五日市中学校.スタート13:00→今熊神社→市道山分岐→醍醐丸→生藤山→土俵岳→笹尾根→三頭山→大岳山→御岳神社
       →金比羅尾根→五日市会館前フィニッシュ・・24時間

     男子総合.38才 57位.30代33位・・9時間26分10秒. ナンバー3619.
     女子総合.30代 1.882位209位.30代62位・・22時間42分20秒. ナンバー13084.
                   エントリー総数2.590名.出走者1.924名.完走1.922名.完走率94.9%