奥秩父の山々Top
     飛龍山南面の谷・・丹波から周回

  1967年09月.飛龍山一ノ瀬川大常木谷―飛龍山からサオラ峠を経て丹波
  
1969年06月.前飛龍丹波川小常木谷―岩岳尾根.茅谷尾根を経て丹波

奥秩父.飛龍山大常木谷

近くて遠い.面白い沢

降雨で二泊を費やす

      ,          出合より初めてのナメ     .
              奥秩父.雨天が続いた一ノ瀬川大常木谷遡行
                        s42年(1967年)09月10〜13日. L松村進.m水頭芳三
      憧れ
   夏合宿と云う一つの大きな山行を終えると今度は縦走から内容を変え沢登りに出掛けている。
     僕はどうして.こんなにも山を好きになってしまったのだろう。

   10年前には海に憧れを持ち.漁船から空母まで常に船舶を追いを乗り回っていた。
     櫓の漕ぎ方を覚え.警備艦ではカッターの訓練を大人に混じり学んていだ。当時.海上自衛隊の合宿では最年少の記録を持っている。
     1年間の実習訓練免除を受け.その時の先輩達は今自分達のヨットを乗り回している。

   クラブに入部し人を動かすようなったのが面白いのか.それとも己の好みを知るようなったのが良いのかは分からない。
     高い所に登るのは煙と何とかとよく云われるが.僕はその何とかに嵌まり込んでしまったようだ。

   今回.後輩水頭とコンビを組めたのは夏合宿のトラブルにもめげず.下級生と上手く僕の山に対する考えが伝わったのかも。
     本州の彼方.南方に台風22号が時速20kで北進している。40時間はもつと思い街をでる。

      丹波―三条橋― 一ノ瀬川大常木谷―飛龍山―サオラ峠―丹波

   9月11日曇後雨.新宿11:32=12:00立川.青梅線:17=13:26氷川(JR奥多摩).西東京バス15:10
      =16:20丹波:25一17:30三条橋一17:45b1.

      氷川.買出し
   池袋.5階館屋上の部室で装備を揃え.奥多摩氷川に着いた時は午後を回っていた。慌てて食糧を買い込む。
     氷川駅前を左に折れ.T字路の両肩に八百屋と肉屋があった。

   八百屋では大きな紙袋にジャガイモ.玉葱.キューリ.キャベツと目に付いた物を買い込み.肉屋では閉められていたが頼み込んでいる。
     そして僕等は店の窓越しに買い求めた肉を持ち.スーパーに寄り.駅前のバス停に駈け込んだ。

      県道,丹波街道・・路線バス
   どんよりした空模様はバスに揺られ.丹波に着く頃には薄暗く雨粒を落とし始めていた。
     何と運の悪いことだろう。雨もそうだが.この奥の青梅街道は偶数日(日曜.祭日を除く)は塩山までバスが運行するようなったとのこと。
     氷川=塩山線.柳沢峠越えの路線バスが開通。(8月01日より西東京バス.山交バス相互乗り入れ.)

   その後何年継続されたかは分からぬが元のバス路線に戻り.氷川=丹波間と裂石=塩山間との間.丹波=裂石間は廃止されていた。
   又何時頃だったか塩山発.山梨交通の路線バスは裂石から柳沢峠を越え.時期限定で落合まで延長されている。


   今日11日.僕等は雨の降る中.ただひたすら丹波から青梅街道を歩かなければならなかった。
     所々.道路工事が目立つ。雨で一層ひっそり静まり返る街道は車の往来もなく雨足だけが早くなっていた。

   滑静谷出合は岩壁を引き裂いたよう切れ立ち.雨に叩かれ暗い陰惨な谷の様相を漂わしていた。
     雨足が再び断続的に強くなる。大常木谷に入るには一ノ瀬川出合を過ぎた.まだ大分先になる。
     丹波から1時間程遡った街道の三条橋を渡った先で.右山側脇の路肩に野宿する。



     大常木谷出合〜アサノハ沢出合
   遡行図T

    大常木谷
   一ノ瀬川支流の大常木谷はゴルジュ帯を連ね.泳ぎは交えなかったが豪快な遡行を楽しめる。途中の会所小屋跡は絶好の幕営地になる筈が
     少し汚れ過ぎていた。一泊二日に掛けての大常木の谷深さをじっくり味わうにはよい渓流。.上流は小滝になるも美しい滝も多い。
     又藪の少ないのもよかった。ただアプローチが不運さに不便でが重なり.出合手前の街道で初日は野宿して挑んでいる。最後も雨に叩かれた。


    9月12日曇時々雨
      三条橋先b1.ト=.7:20一ノ瀬橋一ノ瀬林道より渓へ一8:15一ノ瀬.笹平上部:25一8:45大常木谷出合一9:15(8mナメ滝)
      一10:50千苦ノ滝11:30一12:05山女魚淵上.

   早朝.軽トラに拾われる。
     街道脇でツエルト畳んでいると偶然現れたトラック.今日は運が良さそうだ。一ノ瀬橋まで便乗を頼む。

   途中.昨日からの雨で路面は緩み落石が路面に散りばめられたよう落ちている。
     それを取り除き手伝うこと2度.それでも歩くより30分程.時間を短縮している。

      一ノ瀬林道

   一ノ瀬川と柳沢川の合流点,ここで降ろしてもらった。柳沢峠へ登る街道を左に分け.一ノ瀬橋を渡り.右手の右岸の急なカーブを登って行く。
     一ノ瀬林道に入り.川底からかなり高みの山腹を巻くようになる。

   大常木谷出合の下降地点には出合の一ノ瀬川橋から林道に入り.右へ大きく回り込んだ平坦地の先を選んだ。
     ここは岩石が転がり.谷底は切り開かれたゴーロ状で.下部は藪を漕ぎ.川底へ入り込める地点にでている。

   柳沢峠を越える青梅街道は大菩薩峠の難路を避けるため.丹波村等6ケ村が共同合議のうえ.県に具申したのが発端で山梨県は明治8年着工
     同11年8月に完成している。高大菩薩峠より400m以上低く.馬も通えるため丹波と塩山を結ぶ交易路として発達した。
     柳沢峠には昭和3年に水神社の大鳥居が建設されたが国道の拡幅により礎石も撤去され.昭和57年に主要地方道から国道411号に昇格した。


   後の県道「一ノ瀬高原林道」は国道411号から塩山市の一ノ瀬.二ノ瀬.三ノ瀬を廻っている林道で再びR411に戻っている。
     東側の入口は柳沢川出合.一ノ瀬橋先の「おいらん淵」付近から入り.犬切り峠越えをして.西側は柳沢川落合橋に至る。
     延長約17.1km.幅員約4.0m.ダート0.通年通行区.

   又2008年04月に両神山から西沢渓谷を散策した折.
元湯「こっちの湯」に寄り青梅街道を青梅へ抜けている。
     当時は街道の大改修が行われていた。その後一ノ瀬橋手前には2つの隧道(大常木谷トンネル)が造られ開通した。


         S字状廊下
      大常木谷入渓
   大常木谷出合に入ると水量はぐっと減り,きわめて穏やかな平瀬が続く。
     初鼻はS字峡の廊下に変わり.抜ければ何の変哲もない平凡な河原になっていた。

   秩父随一の険悪なる渓谷とは思えぬ程.穏やかに流れている。
     それが急に流心を変えると深谷幽嶮な渓谷美を除々に現しだした。
     渓相は一変し.両岸は絶壁が相迫る。原生林に包まれた渓谷に.雨は止むも冷気はひくひく感じとっていた。


      右岸.左岸へと遡る
       五間ノ滝
      五間ノ滝
   初めの8mのナメ滝よりアンザイレンする。
     楽に越したナメ滝も.次く五間ノ滝では大きな釜を持っていた。水の跳ね返る流心を遡る。
     左岸より爆水を受けての直登.泡立つ飛珠が心地よい。

   滝上部は依然として奥秩父.丹波川流域では珍しい暗峡なゴルジュ帯を連続させていた。
     一日中.陽の差さぬ峡悪たる渓谷が綴られていた。



        滝上での昼食
明るい河原にでて.      ,
      千苦ノ滝
   大常木谷最大で側壁が四方から構えている。
     深いゴルジュは滝壷から飛珠が霧のように舞い上がり.轟々たる響きをこだまさせ四面に反響し撒き散らしていた。

   完全たる壁,滝口はかぶり気味.直登はボルトでも使わぬ限り不可能だろう。
     この陰惨な凄まじさに水頭も僕も.身を引き締めさせられていた。

   釜手前より左岸のバンドを右斜上しヘズリ.それより左へ大きくトラバースして滝上にでた。
     トラバース中のガリーは狭いながらスパッと切れ落ち.否らしい苔岩になっていた。
     トラバースは難なく真中に打たれた残置ハーケンを利用し.越えて大休止する。

アサノハ沢出合〜会所小屋               ,
遡行図U.
    上流に気が付かぬほど荒れた踏み跡.林道が横断している。
 .
    小女魚渕
   小女魚渕.上部より廊下

                    小女魚渕と早川渕間.廊下状
      核心
   滝上で大休止後.今度は今までとは違った雰囲気を持つゴルジュが構えていた。
     技術的なものより自然の乱狂的な姿が広がっている。

   両岸から毟り取られたような崩壊の渓になる。
     荒れ果てた谷には倒木が被い.豊富な樹葉に漏れ込む薄日.薄暗い緑の苔の渓谷になる。


      小女魚渕
     

                小女魚渕.懸垂下降

       12:05山女魚淵上一12:50不動ノ滝一13:05二段ナメ滝上部:45一14:40会所小屋上b2
      小女魚淵
   滝自体は3mと小さいが.釜は深く透き通った水に.頭までスッポリ入って仕舞いそうになる。
     水頭が一生懸命.越えるため釜を覗き込んでいた。泳かない限り無理と彼を呼び止め.左岸のガリーに先を求めた。

   高巻き攀じると滝上高く立つ.
     ピンにする適当な樹木に荷を別にして懸垂した。見事な廊下が続く。


   早川渕付近

       不動ノ滝
      不動ノ滝
   幅広い滝で沢沿い一杯に滝口を広げる二段の不動ノ滝は下段5mを左岸よりに詰める。
     上段10mは右岸寄りから共に瀑身して直登した。

   この滝を契機に谷は幾つか長いナメ滝を造りながら.長かった廊下とも別れを告げた。
     明るい河原が広がりだしていた。


               左岸の苔岩をヘズる
      霧雨
   瀑身で濡れた体,濡れた岩は滑り易く.又一層肌寒さを感じさせている。
     盛夏には快い登攀も今はただ遡るだけになっている。

   霧雨は体は濡れ.谷間を埋め尽くす全ての流れは濡れ落ちている。その上明るい河原は再び翳りだしていた。
     重く垂れ込んだ雨雲のためか.谷間は暗く陰惨な漂いを深め始めている。


        不動ノ滝

   ゴーロ状の河原を歩み暫くして右岸に会所小屋を見出した。
     小屋は大きい崩れ.雨を防ぐぐらいが精一杯で汚く散乱し.期待とは外れ泊る気を起こさせなかった。
     朽れた小屋を通り過ぎ.この上30分程登った左岸台地に宿を求める。そして二日目の谷中ビバークを決め込んだ。


    再び野宿
   2日目.Bs2の野宿

    9月13日.雨.断続的に強し
        会所小屋上b2 8:25一8:55石滝上一9:20二股:40一10:15稜線一10:55飛龍山11:25一前飛竜一熊倉山(火打岩)
        一12:15サオラ峠(竿裏峠)一13:30丹波

   台風22号はまだ本州かなり遠方だが前線に刺激され.的もに影響を受けている。
     一時の陽射しもなく.雨と雫に叩かれ.朝方から降り続く小雨は下山後.氷川まで止むことはなかった。

   歩きだして直ぐ深い釜に突き当たる。右岸苔の付いた壁を捲いて越えると石滝にでた。
     もう滝があっても廊下の構えはない。ただ雨に叩かれた岩肌は何処も濡れ滑り易かった。

   石滝下段10mは右岸の顕著な窪みに入り込む。
     飛沫を上げ落ち込んでくる流水を足元に覗み滝上にでる。

      彼.こと水頭
   水頭は相変わらず岩壁にベタり気味.それでも昨日より幾らか岩から離れるようなった。
     滝上に立ち僕がザイルを引き込んで彼を呼ぶと.常に真剣な顔に戻る。
     そして互いに滝口に立った時のまざなしは.何時もほっとしたように微笑を現わす。それが可愛らしい。

   上段5mで初めてトップを水頭に譲る。
     今まで体で口で教えてきたことを目で追ってから登れと。彼は今.自分からルートを見詰め攀じりだした。

      ツメ
   もう水流もぐっと減りゴーロ状の河原に.雨は激しさを増してきた。
     飛沫を浴び雨に叩かれ.僕の体はシャツもズボンもパンツさえずぶ濡れになっている。濡れるには何も気にしなくなっていた。
     残りのツメはゴーロを歩くのみだった。

   本谷は右からナメ滝を向かいに向かえ.奥の二俣は右に取る。傾斜を増し高度はグーンと上がった。
     更に続く顕著な二俣は右を取ると水量は殆どなくなっている。
     ツメは脆いホールドが多い沢へと変わり.黙々と詰めると大ダルより少し飛龍山よりの稜線に飛びだした。

      走る
   降雨は激しく止みそうもなかった。三条ノ湯を諦める。下山は前飛龍よりミサカ尾根を抜け丹波へと.走るよう下る。
     独標(前飛龍)への急坂も.落葉径から続く.よく踏み固められた赤土の雑木林の径も.散策路的な熊笹に被われ.晴天なら凱歌を謳いながら下るコース。
     熊倉山南尾根を右に分け.露払いが激しくいオラ峠へと口を閉ざし黙々走る。

   サオラ峠(竿裏峠)は峠路が交わり.道標は四方に示している。北方は三条ノ湯へ。東方は長く続く山上の平坦地を下り.高畑.親湯へ。
     向かう南方の尾根は丹波へと。

   視界が広まり高度を下げるに従い.丹波の集落が次第にはっきりした輪郭を現す。
     ほっとした気迫が大常木谷の遡行と合わせ.漸く僕の気を休めさせだしている。雨の中.裏道を抜けて丹波のバス停にでた。

       13:30丹波:55=15:05氷川16:06=18:20立川18:35=新宿
      湯殿
   氷川には銭湯はなかった。駅前左角の食堂「丸花」で食事を摂り.女将の紹介で旅館で休ませて頂いた。
     本降りの中.氷川大橋を渡り.日原川右岸の「観光荘」の世話になる。
     以外に大きな浴室に湯気がもうもうと上がり.旅人は他に誰も居なかった。溢れる湯が二人の雨で濡れた体を温める。

   大きな湯殿は日原川沿いにあり.壁を隔て濁流になった音だけが大きく響いていた。
     ガラス窓を叩く激しい雨. 沢に面した窓を開けると.濁流に劣らなぬ雨が滝のよう降り注いでいた。


   駅前「丸花」
      2007年03月.初めて川苔山に登り下山して。その折の「丸花」
   昔の青梅線終着駅「氷川」はjr「奥多摩」と改名されている。ただ駅前の街並は40年前と殆ど変わっていなかった。
     駅前広場も.向いの雑貨屋.食堂.バスターミナルも.その間々の姿で残されている。見覚えのある広い駅前に立った。

      2008年09月.雲取山から下山して
   昔の事であるが道を挟んだ駅前角の食堂「丸花」の女将さんには世話になった。
     奥秩父大常木谷を遡行.連日雨に叩かれ最後は下山して豪雨になった。暖かい食事に風呂を世話して頂いた。
     その店のガラス戸に閉店の張り紙が掲げてあった。勝気な女将さんだったがもうよい歳だろう。暫く店を閉じていたようだ。


       一ノ瀬川大常木谷.丹波川小常木谷ルート
                                  雲取山と石尾根周辺の山々


















 一ノ瀬川大常木谷
1967,07





青梅街道.柳沢峠=氷川間
  大菩薩嶺北尾根地形ルート図 小常木谷出合

    ― は縦走路,×は渡渉地点
    
・・・点線はトラック便乗.大常木谷遡行の為丹波より歩き街道脇でビバーク後.早朝トラックに便乗した。

    岩岳尾根.茅谷尾根上は踏み跡程度。
    後日.岩岳尾根と
・・・点線の山径が旧踏み跡から新たに造られる。
    
×点は渡渉地点.入渓小常木谷出合と下山時渡渉地点. 丹波川小常木谷,前飛竜ウォッ地図.
    
一 一破線は大菩薩嶺北尾根から新三条橋へ.丹波に下山・・s43年3月30日発行.1/5万地図「丹波」を使用.裏面に2つの谷の遡行図書きあり。


      奥多摩の谷
   奥多摩,秩父は.思ったより面白い渓谷があり.丹波川流域は手軽に行けるところが丹沢に似て.価値がある山域と思われる。
     RHCはこの方面に足を踏み入れることが少ない。もっと認識すれば素晴らしいものを手に入れる事が出来ると思ふ。
     渓は丹沢だけではないことを。この静かな谷の廊下にも賞賛すべきでだった。

   飛龍山は山梨県の名称で埼玉県側では大洞山と呼ぶ。サオラ峠は竿裏峠とも書き.栃沢のウラの峠(ウラは川や沢の詰まりの意味).


   大常木谷乙女淵はその後一部伐採等により.上部が塞がり埋まったり.深くなったりを繰り返してきたが.
     1980年代の一時は胸までの渡渉を余儀なくされたこともあったそうだ。

      「奥秩父 山. 谷. 道. そして人」 飛龍山.黒黒と不機嫌そうな山容.奥深い谷をもつ不遇の山。 山田哲哉著.

   山田哲哉氏が1967〜1971年にかけて登った飛龍山の回想随筆の抜粋である。
     雲取山から雁峠までに至る奥秩父の東半分.多摩川水源地帯の山々を結ぶ尾根の稜線上には登山道はない。

   狼平.三ッ山の一部.北天ノタル.飛龍ノ大ダル.将監峠で稜線を通る以外は三条ダルミから延々と主稜線の南を巻き続ける東京都水源林巡視路が.
     古くから造られ.登山者はそれを奥秩父主脈縦走路の東半分として辿るのを常にしていた。

   標高2077m。雲取山より60mも高い堂々たる飛龍山も.当時のガイドブックなどでは「特に展望もなく山頂に向かう者はいない」等の
     寂しい扱いを受けていた。ちなみに多摩川水系最高峰.唐松尾山も同等の扱いだった。・・・・・・

   飛龍山の南面.多摩川水系がこの山の表玄関だ。元々山頂直下に祭られた飛龍権現は大昔から丹波.小菅の両村の人々が,
     年に一度ミサカ尾根から参拝し.お祭りを行うメーンルートだといわれている。
     武田信玄の頃からあった三条の湯の存在もあり.案外昔は今ほど「不遇の山」ではなかったかもしれない。・・・・・・

   しかし.その谷筋は奥秩父全域の間かでもなかなかの激しさを持つ。
     後山川の流域の谷は穏やかで.ワサビ田が随所に作られた生活の谷が多かったが.青梅街道にナメトロ谷となって注ぐ小常木谷,火打石谷は,
     難しい大きな滝が連続し.多摩川水系随一の登攀的要素の強い谷だった。

   火打石谷は70年代初期に全流域で徹底的な伐採が入り.伐木が谷を埋め.さらに追い打ちをかけて土砂が流入して完全に遡行価値を失ったが.
     数年前に「騙されたつもり」で入ったら.もちろんかってのは破壊の跡は残るものの.伐木は流され.
     この流域独特の縞模様の沢床は復活し.巨大な大滝以外はほとんどの滝が直登可能な谷として鮮っていた。

   小常木谷も一時期,伐採は入ったが影響は小さく.兆子ノ滝.不動ノ滝.大滝.ネジレノ滝と続く置草履ノ悪場を筆頭に最初から最後まで.
     徹底的な滝登りの続く.この流域を代表する激しい谷だ。

   そして一ノ瀬川から分かれる大常木谷,この谷への僕の思いは「偏愛」といわれてもしかたがないほど強い。
     1切の伐採.植林.堰堤のない奥多摩水系唯一無二の谷ということだけを繰り返させてもらうが.この谷を見下ろす場所が二ヵ所ある。

   飛龍と大常木山とのコルである。大ダルから西へと縦走路をたどり.露岩の裏を回り込む所だ。
     そこから露岩の上に出ると.その足元から大常木谷が一ノ瀬川に向けて激しく屈曲しながら流れ落ちる様が見える。

   そしてもう1カ所がハゲの岩だ。ハゲの岩は大常木谷と支流,御岳沢とを分けるワラズ尾根の急稜な岩場となって大常木谷に落ち込む上にあり.
     空中から見下ろすような錯覚を持たされる独特の眺めがある。

   ハゲ岩から奥多摩水源を大きく見渡すと.この大常木谷だけが激しい切れ込みとなり.ほかの竜喰谷を含めて,
     穏やかに山腹に入り込んでいるのと対照的だ。僕はこの上から見る夕陽.日没が好きである。

   飛龍山は見る角度によって大きく.その姿を変える。雲取山から見た「飛ぶ龍」の雄大な姿は.すぐの西側.将監峠アタリから見ると.
     全く姿を変えて台形の端正な形となり.甲武信岳まで来ると再び裏から見た「飛ぶ龍」へと変わる。
   主張である。どこからでもわかる雄大な.だが黒々として何となく不機嫌そうな山容だ。

     繰り返すが標高2077m。雲取山よりはるかに高く.山容も大きい。東京都の最高峰.日本百名山の雲取山が隣りになかったら.
     もっと人気にでたと.ときどき思ってしまうことがある。いや.人気なんでどうでもいい。とにかく僕は飛龍山が大好きなのだ。  
                                                    2009年「岳人」9月号より


     竜喰山と大常木山
    2014.11ハンゼノ頭より藤尾山(天狗棚山)越しに
     一之瀬川竜バミ谷と壁のよう見える大常木谷

      出合.渓泳遡行資料・・一ノ瀬川本流.一ノ瀬川橋〜大常木谷出合間
     深淵へのゴルジュ遡行.渓泳遡行

   登攀的要素は少ないが.渓泳術が必要。参考遡行時間は3時間
     出合より3mナメを越え赤いテープのある踏み跡まで10分.一ノ瀬林道まで15分。後は30分で一ノ瀬川橋へ。
     次回に心が注る。泳ぐポイントは良いが.後の繋ぎが難しい。出来ればビバークし後のルートを選択したいが。

   ザイル30m.一本.スローロープ(カヌー用救助用ロープ.投げて浮く).カラビナ数枚.コンロは必要
   2万5千分の一地図.丹波.柳沢峠. 水温には注意を要する。「山渓」2001年08月号

     一ノ瀬川丹波川→奥多摩湖→多摩川