奥秩父山塊・・秩父・多摩甲斐国立公園概略図
   北秩父・・両神山Top

   多摩川水源の山・・小河内貯水地の水道水源林地と林道図
      甲武国境・・雲取山石尾根七ッ石山〜笠取山

      丹波川流域北岸の山・・甲武国境以外の丹波川北側の山と丹波川源流.柳沢峠
        飛龍山周辺
         1967年09月. 飛龍山一ノ瀬川大常木谷遡行・・降雨で野宿2泊を強いられた渓谷
         1969年06月. 丹波川小常木谷遡行・・下山は岩岳尾根.茅谷尾根を下り.エレキの渡渉で終える
      笠取山周辺
         2008年04月. 「ほったらかし温泉」から大改修中の青梅街道をで柳沢峠越えし青梅へマイカー
         2014年11月. 柳沢峠から鈴庫山―藤谷ノ頭市界尾根から赤岩御殿.棒抗.二ケ引ノ頭を経て笛吹川三富へ
         2015年09月. 落合hから墨川山拝殿尾根.伝通院の水源林巡視路.防火帯を綴り.倉掛山西尾根から峠沢左岸旧道
      丹波川南岸の山・・柳沢峠から丹波山村周辺
         2009年09月. 藪被う大菩薩連嶺北尾根.支流泉水沢下降・・丹波
         2013年11月. 紅葉を求め中指山南東尾根.丹波大菩薩道から2度の大菩薩嶺北尾根―小室川と大黒茂谷源流に丸川峠

         2013年11月. 冬木と紅葉を求め富士見新道から小菅川源流.アカドチ沢右岸尾根―小菅林道.県道
         2014年11月. 中黒茂沢から小管川左岸中腹道と丹波大菩薩道からサカリ山大指尾根・・水源巡視路を歩む
         2015年09月. 柳沢峠から六本木峠.黒川鶏冠山を横断―ハンノキ尾根を下り高橋地区落合h

   笛吹川源流と支流・・雁坂から国師岳の甲武・甲信国境・・甲斐側国立公園概略図
      甲武.甲信国境山稜・・水源涵養保安林図と林道・登山道図
         甲武信岳周辺Top 

         2015年09月. 落合hから墨川山東尾根―倉掛山の西尾根から峠沢左岸の旧作業道・・峠沢橋から天科
         2008年04月. 笛吹川上流右岸・・笛吹川西沢渓谷散策
      重川左岸尾根
         2010年05月. 上日川峠の日川尾根を南下し源次郎岳―若葉萌える恩若ノ峰南西尾根末端からjr勝沼ぶどう郷
         2016年06月. 大菩薩峠登山口から室床沢中間尾根―高芝山180号鉄塔尾根から塩山平沢・・座禅草のみち散策とjr塩山

      重川支流竹森川・・玉宮周辺の山
         2010年05月. 上日川峠から日川尾根・源次郎岳北洞沢右岸尾根・恩若ノ峰南西尾根を経てjr甲斐大和
      笛吹川左岸
         2014年11月. 左岸・・柳沢峠から鈴庫山―藤谷ノ頭市境界尾根.赤岩御殿から三富.笛吹ノ湯
         2015年09月. 落合hから墨川山拝殿尾根.伝通院の水源林巡視路.防火帯を綴り.倉掛山西尾根から峠沢左岸旧道
      笛吹川右岸・・
大弛峠概念図 周辺の林道と林道暦
         北奥千丈ケ岳.国師岳・・乾徳山付近・・水源涵養保安林図と林道・登山道図
         1965年05月〜1966年07月・・新人養成合宿・女子企画山行
         2007年06月.小森川薄川日向大谷⇔両神山.ピストン
         2008年04月. 両神山.金山沢右俣左沢から右岸杣道を経て八丁尾根―翌日,西沢渓谷散策
         2012年09月. 徳和から道満尾根を詰めての乾徳山―黒金山.牛首ノタルから笛吹川天科
      支流琴川流域
         2017年06月. 大弛峠から北奥千丈岳石楠花新道―ゴトメキ.トサカから大ダオを経て.東奥山窪を下降し徳和集落
         2018年05月. 北奥千丈岳石楠花新道からゴトメキを経て遠見山―鳥ノ尾根から東御殿南尾根を経て東沢を下降・・杣口林道
      支流鼓川流域
         2020年11月. 焼山峠からヨモギノ頭で方向音痴に陥り.乙女高原を探索し.乙女高原自然観察路から塩平・ほうき窪へ
         2021年06月. 焼山林道ゲート.塩平尾根から小楢山をピストン―幕岩・大沢ノ頭から妙見山南西尾根を下る・・コロナの鼓川温泉
   荒川流域
      甲信国境稜線
         金峰山・瑞牆山周辺

      荒川左岸下流
         2020年10月. 奥帯那山天神峠尾根―帯那山から脚気石神社に下り.穴口峠から興因寺山南尾根を経て北山園地から塚原
         2021年06月. 乙女高原からヨモギ頭.水ケ森林道の長城山.ソッタ頭.黒平峠.水ケ森.弓張峠と1410m圏北西尾根から高成林道
      荒川右岸・・金峰山八幡尾根から木賊峠
         1965年・66年05月. 富士見平から木賊峠を下り金桜神社bsから甲府へ。
         2021年06月. 境界尾根.水ケ森から1410m圏北西尾根を下り.高成林道から昇仙峡ライン
      八丁峰から観音峠.茅ケ岳
雪と氷の金峰山.瑞牆山

ビバーク体験山行
より高い山へ.ビバーク体験へ

                  増富からの入山   .     ,
                 雪上ビバークと金峰.瑞牆山
                         s41年(1966年)03月18〜21日 m田沼栄一.三浦俊彦.松村進

       増富⇔大日岩―金峰山―瑞牆山
           甲斐駒ヶ岳.黒戸尾根登行のためトレーニング. ビバーク技術の習得とアイゼン.ワカンワークの習得
3月18日
19日
20日
21日
新宿=
韮崎=増富―富士見平―大日岩b
c1⇔金峰山―瑞牆山荘hc
c2⇔瑞牆山―増富=韮崎=新宿

         3月18日. 竹町7:25一新宿23:45=3:55韮崎
     冷たい雨
   新宿を発った時の騒々しさも.夜が更けるにしたがい治まり.車内の騒音はひそめ.レールの跳ね上げる音だけが.嫌に耳に付く。
     列車の車窓に雨粒が叩きつける中.まだ夜明け前の闇夜を突き進んでいる。
     甲府を過ぎ.うとうと眠る僕の顔が雨に叩き付けだラス窓に.うつろな目を映し出していた。

   隣には軽いイビキを掻く.三浦もマタもまだ眠っている。
     おぼろに寝つかぬ僕。列車は.雨シブキを上げ.闇夜を黙々走る。

   韮崎駅前.始発のバスを待つ間に.雨は上がり.雨雲も切れ始めていた。
     僕は安心したかのように.おんぼろバスに乗り.梓山への山道に入る。大きく揺られる凸凹道の中.夢の心地でぐっすり眠り込む。

    富士見平で
     新緑に染まる蒼空

    

   富士見小屋前にて

    3月19日.大日岩へ
      韮崎.雨,7:05.山梨交通¥175+80=8:30増富ラジウム.本谷林道9:07一10:03小:18一10:33金山一11:08小
        一12:10富士見平13:40一14:30大日小屋:50一15:25大日岩b1.

   右岸.左岸と本谷の林道はうねり瑞牆山の見えた所で一本取った。天気は回復気味.体の調子はよい。
     雲一つない春の日差しを受け.各々が思う存分体を伸ばしている。暫らくして木賊峠への道を分けた。
     金峰山.瑞牆山荘へと単調な幅広い林道をのどかなアルバイト気分で歩む。

      富士見平
   山径に入る。ここ白樺の森を綴る小径は誰もが好む場所の1つだった。その上.雨上がり.樹葉が日差しに揺れ煌いている。
     昨年新人養成で一番感激したのもこの小径だった。すかさず一本取る。

   富士見平の森.薄日が森に射し込み.白樺の樹表の白さを目立てさせ.幹が直立するが如く真っ直ぐ天に伸びていた。
     白樺は枝々に溢れるばかりの若葉を付き.青空にキラめく。

   嘘のよう静まり返った富士見平小屋. 金曜日の朝方,まだ登山者の居る雰囲気でもなかった。
     休んで居ると小屋番が顔をだす。

   山に来て何故か赤線の話で盛り上がる。時代の少しずれた僕等に昔を想い延々と語っていた。
     可愛そうと昔を忍ぶ小屋番に.何故か嫌な気は起きなかった。森に静かな時の流れを刻み込んでいた。

   何時まで居ても飽きない癒しの場所だった。もう発たなければ.これからの山が待っている。
     5月になれば新人養成合宿が始まり.ここが又集中地になる。今年は新人を連れ.分散形式でここに集中する。
     新緑が見る目を潤し清々しい。僕等はその中を登って行く。

     富士見小屋は収容100名.素泊のみ¥360
     現在.韮崎=増富間の路線バスは山交タウンコーチ.又は山梨峡北交通に変わり.シーズン中は瑞牆山荘まで運行

    ビバーク体験
   大日岩下

   心配していた残雪も富士見平を過ぎると次第に深さを増し.雪面に一面覆われるようなった。
     深い樹林帯は谷間も丘稜をも残雪に埋め尽くされ.焦らずとも山はまだ冬の装いを残している。
     やけに積雪が増してきた。ここから30分程登った大日岩に今日の泊り場を設けることにした。

      ビバーク
   かなりの時間を設営の為に費やした。岩陰の風当たりの少ない所を選び.南側を入口にする。
     ツエルトの下には石楠花の葉を敷き占め.ポンチョとビニールシートで床を整えた。
     そして北側には雪でブロックを築き炊事兼.倉にした。ただ失敗は長ペグを持参しなかったこと。

     朝の野宿撤収風景             .      ,
    3月20日.大日岩.6時半起床

      食糧
   アルファー米(160g入り@60)を試食する。
     極端に早く作れる反面.その間々では如何しても.無味で食べられない。

   味がないだけでなくパサパサして口に残り.食べる感触は悪い。それに味を付けるなり.炒めれば良いかも知れない。
     インスタントミソ汁も味噌だけでダシもなく.辛くて不味かった。

   野菜.果実類は凍ってしまい工夫が必要。
     果実は天候が良ければ別の味があり.美味かろうが.悪く考えると荒れたら先が知れていた。

   全てに,もう少しの工夫が必要だった。初めてのことでもあり.余りにもストレートな経験になる。
     2度と繰り返さないように慮する余地があった。食事が一番大事.よい経験になる。よき工夫が必要だった。

   ご飯もそうである。凍ってしまうと食べられたものではない。否や食えぬ。昼食を米にする以前の問題が残されていた。
     安易な即席は却って食欲を失うのみ。餅は一度火に通せば美味く食べられた。これは昨年の山行で経験済み。

   又水ポリタンもシュラフに入れない限り役に立たなかった。
     水は凍り.溶けぬ水は荷を重くする。反って負担のみ増え.何の利用価値もなくなっていた。

   早く起き雪塊りを溶かすのが一番だが.以外と時間が掛かり過ぎ.最も大事な睡眠が失われる。
     手探りの経験に疑問は膨れるばかりだった。

      倉
   ビバーク経験の為.倉を造ったのがこれも失敗する?
     テント生活では食糧は全部.室内に納める。だがビバークとなると食糧は外に置くと考えていた。

   それ故.最低限の場所を確保するべきで別に置くことも考えねば。
     全てが悪い方向に進み.経験にはなったものの.凍り付く食欲があるも食えずにいた。

   一つ一つが初めての試み.思いのほか寒かったことも初めて学んだことになる。
     緊急時と計画されたビバーク.その違いを学ぶ。


   金峰山アタック
     風を避け小休止
     金峰山ピストン
      大日岩b1. 10:20⇔11:15小:33一12:15金峰山一12:45山頂小屋14:45. 一15:03吹上一15:45bc地点.


   三浦と千代の吹き上げで

   曇風強し,冬型の気圧配置となり寒気が流れ込み.晩冬でも冬の金峰山らしくなる。
     全てが一夜で凍り.北風の冬将軍は強かった。

   陽が差し出しても雲と流れの揺らぎ合いが続き.重い雲に押され陽を閉ざされた。
     雲片が飛び散って行く。それに比べ南方の山梨方面は明るかった。
     遠く甲府盆地に時折.日差しが漏れ始め.浴びる雲も明るさを現わしていた。

   森林限界を過ぎると淡雪積る樹林を眼下に見下ろすようなり.びっしり詰った雪稜に覆われた。
     崩れた天候に吹き裂く風.気を引締めさせられる登行が始まる。

   強く吹上げにでる。突風の如く吹き上げる風の通り径. 足場を定めピッケルを握り狭いコルを越える。
     ここを越えても相変わらず風は強く.風に息がなくなり.雪粒がどっと降ってきた。
     視界は閉ざされた。重い雪雲が頂稜を埋め.強い風と共に周りは闇のよう暗くなった。



大日からの金峰山            ,
    金峰山
   急変した五丈岩

   風が出たと思うもなく吹雪になり.突然地吹雪に変わった。
     五丈岩下の金峰山の平坦地で休んでいたが.五丈岩に登るどころか立ち止ることもできず。

   山頂小屋に身を隠す。頬とわ云わず.手も足も股までも強く引き裂く寒風に叩かれ.地吹雪が体をこばらす。
     叩き付ける風に僕は身を屈め.頂稜から小屋へ逃げ込んだ。

   五丈岩下で

      金峰頂上小屋
   小屋の入口は左の谷側に回り込み.最初の狭い窓から入っている。頭から突っ込むよう入ると.既に1パーティーが休んでいた。
     その後.キャラバンに手袋一つ持たぬパーティが現れる。

   無謀な姿を見て無言の沈黙が小屋を漂わしていた。
     彼等からは言葉もなく.又疲れて黙るでもなく.小屋に居る全員が重い沈黙に押し潰されていた。
     互いに何も言えぬ雰囲気がこの小さな小屋の空間を占めている。何か言葉を出し.批判しているよう見られるのが嫌だった。

   何も云わぬ彼等. 僕等は互い居たたまれず.無言に近い合図で外へでる。外は治まる様子もなく.ただ荒れ狂っているた。
     時は,それ程経っていなかった。僕等から一言.声を注し述べるべきか.迷いの末外に逃れている。

   やはり窓から出た。頭から出す顔に衰えぬ強烈が吹雪となり頬を打つ。
     云いそびれた言葉に悩むが。彼等は小屋で震えながら.他人に何も言わせぬような雰囲気をかもち出していた。

   僕等はその姿に逃げている。良かったか? 分からないが後味悪く外へでた。
     外は更に荒れ狂い地吹雪は唸る。


           見上げる金峰.五丈岩
       樹林帯に入り休息
      
                                                          ツエルトでで1本      
    富士見〜甲武信岳概念図 最近のウォッ地図金峰山

            瑞牆山
        大日小屋
    
   日没近く後を考える

      大日岩より瑞牆山荘へ
          大日岩15:45b1. 16:03一16:18大日小屋:23一16:33小:41一17:21富士見平:35一18:00瑞牆山荘hc.
      小屋探し
   連休で大日小屋には小屋番が入っている。がっかりして.その下の富士見平へ下る。
     朝方炊事の折.三浦がコッヘル一杯の湯を僕のシュラフに不注意に掛けてしまっていた。
     それ故.今夜は小屋に泊る以外なかった。時間はある。無人小屋を探すことにした。

   瑞牆山荘で憩う

   富士見平小屋を覗くとハイカーが.肩を寄せ合い炊事に精をだしていた。
     夕昏近く薄ぐらくなった土間では人の波で埋り.コンロの響く音色に混ざり.まな板を叩く音が伝わってくる。

   僕等は帳の落ちる中,更に下の瑞牆山荘へと急ぐ。旅館と山小屋とを兼ねたような,何か雰囲気の違った小屋へ。
     小屋番は山を降りていた。故無人小屋.宿泊料はただになる。(瑞牆山荘は収容250名.2食¥700.素泊¥360)


    氷結する沢
      天鳥川枝沢  

   瑞牆岳への硬く氷結した径.入らぬツァケ

      3月21日,瑞牆岳ピストン
   このところ山に入ってインスタントばかり食べている。
     その上.今回は入山以来.食事らしい食事を摂っていなかった。明日は瑞牆岳に登るのみで下山する。

   残る食糧全部を使い盛大に料理した。干し椎茸とグリンピース.人参の雑ぜご飯.カツにスープと食後のゼザートは紅茶と摂ることにした。
     予備食が主食の今回の山行. 経験の為とはいえ少し厳し過ぎたかも? 朝食も贅沢に腹一杯食べ.ゆっくり8時を過ぎて瑞牆岳をピストンする。

   山頂直下
     瑞牆小屋hc2. 8:05⇔8:30富士見平一9:48瑞牆岳10:55.一12:52小屋

      瑞牆岳
   飯森山の西山腹をトラバースして.小川山への分岐を右に見て.天鳥川(あまどり)出合に下りる。
     アイゼンに履き替え.一度,蒼氷化した天鳥川を下り.枝沢を登っている。

   ルートは間違えることはないが五万分の一の地図は少し極端に左を巻き込んで北側をからむようしてピークに向かっていた。
     9時45分頂に立つ。風強く風下でツエルトを被り小休止した。

       瑞牆の奇峰群.富士見峠からs40年5月
      天候回復
   帰京せねばならない。明日はクラブの会合がある。重い腰を上げ11時山を降りる。
     冷たい濃霧に包まれた頂も.僕等が山を降りると共に天空は明るさを取り戻していた。

   もう一時間.頂に留まって居れば蒼空が広がり南ア.中ア.北ア.浅間と四方の山々を快く眺められただろう。
     僕等の頭上にも蒼空が顔を覗きだしている。雲が切れ小さな切れ目が広がり.割るよう陽が差しだした。
     層雲は薄れ漏れた細溝を広げて行く。見る見る蒼空の領域が多くなり.明るく爽快さを漂わした蒼空が広がりだす。

   僕等は凍結した蒼氷の沢を通う。澄み硬く締まった蒼氷.山はまだ冬の姿を残していた。
     アイゼンを利かせ戯れながら瑞牆山荘へ戻り.一休みして山を下りる。


    無人の瑞牆小屋
    
      瑞牆小屋
   連休も終わり.午後の山小屋は人影もなく静けさが戻されている。
     窓からは柔らかな午後の日差しが小屋を包むよう漏れだしている。無言になり見るでもなく見る淡い陽光は板の間を照らしていた。
     静かだ!土間に寝転び誰も居ない小屋の天井を見詰め.言葉数少なく,小屋の息を楽しむ。

   時刻表を睨み,時間一杯までこの小屋に留まることにした。
     そして飛ばしに飛ばし.バスの運転手に掛け声を掛けバスに飛び込んだ。

   初日.増富にて.田沼.三浦と私

      反省
   第一の目的は一年間の基礎知識を地盤として.時期相応にあった広い範囲の生活知識を習得することだった。
     特にその中に掲げたものとしてツエルトによる幕営.ワッパ.アイゼンワーク.食生活等にある。自覚して山に登る必要があると考え.
     雪上の生活をも含む技術山行を行っている。そして山域は足を踏み込んだことのある奥秩父.西面を選ぶ。

   計画では初日に金峰山を越え朝日岳付近で露営.し 翌日はそこをベースにワッパ等の訓練を。
     三日目は秋山から増富に下るつもりでいた。だが入山が思うよう進まず.このような日程に変わっている。

   一年前はピッケルも持ったことがなかった。それがアイゼンにも慣れ.小さいながら自分から雪山を目指し始めていた。
     今回の山行は何でも学ぼうと欲が湧き.当たり前のシュラフを濡らしてしまったが.結果的には強い教訓を得ることになる。
     ただ一応.目的が達成されたとは云え.余りにも広く各種の知識を得ようとし.肝心の荷の軽量化を怠っている。

   ピッケル(シモンスーパーD).アイゼン(8本刃).輪カンジキ(越中芦峅寺)@570.シュラフカーバー.購入.

   次回は4月.今回の山行を踏まえ,改善することが多過ぎるが.積雪期八ヶ岳.阿弥陀南稜に夢を膨らましていた。
     又阿弥陀岳から帰京して.40年度RHC年間研究目標は「ビバーク」に決定したと知らされる。

   金山平より
    本谷川→塩川→釜無川→富士川
    12:52瑞牆小屋13:23一14:35増富:49一16:10韮崎18:07.臨時=新宿

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