| 御坂山地.最北東端の山.高川山西尾根から東尾根・・甲斐.御坂山地Top 市界尾根(大月市.都留市)に聳える高川山と旧往還の古道と石仏を綴る jr初狩駅から高川山西尾根の肩.大幡峠にでて.近ケ坂峠.カンバノ沢ノ頭.羽根子山―高川山東尾根からは天神峠からむすび山へと結ぶ 桂川河段丘陵の展望と低山群が対峙する山域. 2015年02月28日.松村 高川山西尾根端.大幡峠から近ケ坂峠・・幾つも峠路は重ねて呼ばれていた カンバ沢ノ頭から高川山東尾根とむすび山 高川山東尾根と西尾根 橋倉峠へ.老人ホーム「富士見苑」より.左奥が鹿留山.杓子山. 高川山の右肩が羽根子山. 右手は八幡峠越えの685.1m三角点峰。・・2013.08.30/7:39 高川山 真木温泉付近より南西に望む・・2015.04.02/14:56桑西下真木線の真木温泉付近から撮影・・北面.高川山975.7m.羽根子山896m.神馬沢ノ頭890m圏. 高川山 4月に鳥屋ノ丸南東尾根を詰め.御前ノ頭の南西尾根から真木温泉へ下りた折.街並みが近づくと軒を並べ家屋の背に雄大に聳える高川山。 里山としては大き過ぎる山容で描かれ望まれた。高川山を取り囲む囲む山々からは何度となく見眺めていた里山だった。 ここからは立体感溢れるふくらみを持つ0包容力ある姿を抱かさせている。 桂川本流と笹子川.大幡川に挟まれる高川山は東西に細長く西・東尾根抱く市界尾根で旧往還を始めとする多くの峠路を持っている。 羽ばたく尾根は鷲の翼の如く.その大きな領分を広げ.中央の高川山からは手前.北側に延びる支尾根も堂々としていた。 「バリエーションハイキング」松浦著に記された「高川山西尾根と近ケ坂峠」によると高川山西尾根は藪山で近ケ坂峠を中心に旧往還と石仏があり. 古道がある。対照的に東尾根には天神峠があり.尾根上からは道志・御坂山地の大展望が開かれ.大河を綴る街並みを抱いている。」とあり. 大月市を間近に控えていた。むすび山に対峙するする花咲山・菊花山・岩殿山も互い見下ろしながら下りている。 今回はその両尾根を結び付けて訪れることにした。高川山は山梨県都留市と大月市の市境界線上にあり.相模川水系の桂川と支流笹子川に 挟まれた鶴ケ鳥屋山から東方へ延びる尾根の末端にあたる。又高川山東尾根は御坂山地北部の最東端にも位置し.地元の篤志家が整備し. 近年急激に大衆化したポピラーな尾根。大幡峠以東は高川山までは藪絡みのの西尾根として知られている。 今回は大幡峠を出発点として綴ることにした。前半は藪尾根だったが最近刈払いがなされていると聞き.疑問を残しながら足慣らしに 出掛けている。鎌倉往還を始め幾つもの古道が峠を横切り.後半はポピラーな登山道.昔は大月高尾山とも呼ばれ.優れた展望に酔っている。 この流域は山へのアプローチとして笹子川沿いに走る.jr中央東線や桂川本流沿いを綴る富士急線の各駅を起点とし.山道も数多く造られ. 展望のよいこの桂川流域のミニチヤのような世界を見下ろしながら.気侭にjr大月駅に下りられた。・・写真は真木川の台地より. 滝子山南面・・浜立山と滝子山三峰 朝方の旅たちの駅前広場よりjr初狩駅に下車。駅前の広場から晴天の岳が仰がれる。以前歩み通した滝子山の頂から繋がる各々の尾根が一望され. この辺りからは一番どっしり構えている。浜立山浜立尾根.西峰南尾根.東峰南東尾根.手前にU字に横切るのが滝子山南東尾根末端の567m点コブ。 その頂に建つのが紅白の笛駒線鉄塔. 奥側の白い鉄塔はjr大-勝線鉄塔。 右上奥(右端)の東尾根に乗るのは葛野川線の巨大な20号鉄塔.手前が北方沢左岸尾根に乗る21号鉄塔になる。 笹子川上流北面の大菩薩連嶺末端の山々 jr初狩駅脇の住宅地に入り.7:37滝子山南尾根末端の峰ノ山と北方川右岸の696m点コブ 遠くお坊山東峰 右端に建つのが葛野川揚水発電所からの葛野川線23号鉄塔. 北方沢右岸尾根の末端には24号鉄塔が滝子川出合脇に建つ。 笹子川を横切り新山梨変電所と結ばれていいる。左中央の小さな鉄塔は大鹿峠を越えてきた笛駒線の鉄塔。 2月27日(土)快晴風強し jr御徒町¥1660. 5:00=神田7:07=6:25高尾.:30=7:05大月.松本行:21=7:25初狩一8:42大幡峠一8:48分岐 ⇔680m圏コブ. 一9:07大窪山685.2m三角点峰一9:15コル一9:38(729m峰への分岐一9:47近ヶ坂峠. うっかり大月止まりの電車に乗り25分待ちで.1つ先の初狩駅に下車した。留置線を渡る駅前駅広場は久し振り. 紺碧の大空に迎えられた。私を含め3パーティが下車.男女パーティは甲州街道の方に向かっている。 昔は湯ノ沢峠への登山口だったが今は滝子山南東尾根に登るのだろう。もう1人は待ち会わせとのこと。 駅舎前に留まっている。私は独り.大幡峠へ向かい細い住宅地を縫い入っている。 お坊山東峰南東尾根.棚洞山と峰の山 切り取られた残存の引き込み線の遺跡より宮川右岸の道 駅舎前を左に折れ,.住宅街の細道を抜けると宮川にぶち当たり.右岸沿いの道を遡る。宮川踏切を横断し.本線のガードを潜ると 引き込み線にでる。過ってのスイッチバックの線路跡.車道で途切れ.右手にも短いながらドン詰りまで線路が残されていた。 右手前方に朝日を浴びるお坊山南東尾根が山肌を赤く染めていた。土手脇には本線が通り. 潜って来たばかりのガードを始発の上り特急「あずさ2号」が轟音を撒き散らし.過ぎ去った。 丸田地区に入りリニア実験線を潜り.その間々右岸沿いを遡る。ここは一般車通行止で.左に入る緩やかな丘陵の台地で閉ざされている。 何故か.ここは私道か? 看板もなく.歩行者も閉鎖されていた。この先宮川左岸沿いも県道712号.大幡初狩線にでるまではゲートで閉ざされていた。 三ッ峠山と鶴ケ鳥屋山 宮川沿いの県道大幡初狩線より.7:52鶴ケ鳥屋山市界尾根と東尾根 宮川小神橋(ねのかみばし)T字路で県道に入り.登りだすと直ぐ右手に中初狩への道を分けている。 更に左に回り込み.「まるたの森.グリーンセンター」を過ぎると後は20分ほどで大幡峠にでられた。 支流の丸田川出合が近ケ坂橋。右に折れる林道に入れば鶴ケ鳥屋山北東尾根に入る登山口がある。 歩道のなくなった県道は車の往来が以外と多かった。県道が本流と離れると峠下まで左の路肩に沿いに水路が延びている。 又道中は大幡峠を越した南側にゴルフ場があるせいか? 「銃猟禁止区域」・「不法投棄禁止」の立看板が異常に目立ち設けられていた。 鶴ケ鳥屋山市界尾根 大橋初狩線の大幡峠より.8:42正面が背稜と北西側に長く延びるのが市界尾根. 大幡峠.ヤドノ峠 切通しの大幡峠は道幅がカーブで広がり途切れる形で横切っている。県道と道路名の標柱があるだけの.空地もなければ何もない峠。 ただ雪被る富士の眺めには凄味があった。カメラを構えるも電線が邪魔し構図にならなかった。 峠上から直接の高川山西尾根への取付きは側壁に突き当たり取付けなかった。探すうち100mほど戻るはめになる。 左手の中初狩観測局がある所から支尾根に登ることにした。観測局で営林署々員に出偶わしている。これから大幡峠上の松の木の枝を 落とすと云う。マツクイムシかと尋ねると伸び過ぎた枝が県道に落ちると.大変なことになると。職員3人が各々車を持ち合い集まっていた。 「西尾根に登る。」と言葉を返すと確りした取付きの山径が峠の反対側.都留側に開かれていると聞く。 稜はここ観測局と同じ藪又藪だそうだ。「好きですね!」.「熊と猪が多いので注意して下さい!」と言葉を頂いた。 高川山西尾根・・大幡峠東側の市界尾根肩 刈払われた突端の尾根径.8:43取付き・・下調べによると水路から支尾根にでるより.手前からの方がよいと聞き.測量局裏の末端から取付く。 主尾根まで距離は短く先は分かっている。それで強引に進むがイバラの藪に突入。入ったら戻れぬ藪が延々と続き. 踏み跡は見付けられなかった。 イバラを避け.踏みつぶすも.それ以上の枝が体.袖へと絡みだす。絡みの少ない所でも腰近く迫り.うんざりさせられている。 軍手も悪い.皮手にするべきだった。強引に引き放せば跳ねて袖に掛かる。それも10分ほどの距離. 上部は確りした踏み跡に変わり西尾根に乗っている。 尾根に乗った末端に境界見出標が立ち.周りを見渡すと何かが違う違和感を感じ取っていた。綺麗に刈り払われ灌木帯に 径ができ上がっている。左に折れ尾根伝いに進むと右後方から刈払われた広い山道が登り合わさっている。 先程営林署の署員が語ったゴルフ場からの道だろう。峠越えの都留側を50mほど下ると中央カントリークラブの入口があり. そこは曲がり角にある。踏み跡の小径は現在.山道として開かれていた。 日当たりのよい大らかな丘陵 尾根から外れ680m圏コブへ.8:50尾根は直ぐ大らかな二重山稜的な起伏になり.少し離れた右手前方には日当たりのよい680m圏コブが 小さな盛り上がりを見せている。立ち寄ってみた。眩いばかりの明るい台地で.冬木林に朝陽が差し込み. 赤土の色合いも目立ち.コブには赤い恩賜石標がポツンと中央に設けられていた。 樹間を透し広い大幡川沿いの先に御坂の山々が遠望され.身近な左肩下にはゴルフ場の何処となく青みを含む芝が見下ろされた。 まだ時間が早くゴルファーの奇声は聞こえてこなかった。この風景さえなければ寂峰の山々に思えるのだが。 大窪山 685.2m三角点峰.9:07針葉樹に冬木の枝々にふちとられた蒼空台地 赤松が多く落葉松とブナ尾根に戻ると北風に吹き付けられ.樹林の茂みが木洩れ日をも失わせ薄暗い尾根に変わる。周りは赤松林が目立ち. 篠竹の若草色が清々しい。余りにも綺麗に刈り払われた山径に驚かされた。ただ土壌はまだまだソフトで柔らかいクッションに満ち.ホッとさせられる。 緩やかな起伏は680m圏コブを越え.大窪山685.2m三角点峰にでる。ここから仰ぐと樹冠を抜ける空は何処までも深く蒼い。 ただ足を留めるだけで.寒気に引き込まれ.引き締まる寒さがよみ返ってきた。 今年は偏西風が大きく蛇行し.寒気団が南下し.寒波が日本全土を覆っている。春風が吹いたと思えば直ぐ寒気団が押し寄せていた。 今朝も明け方はマイナスを記録している。それに強い北風が加わっていた。 小さな峠のような窪地.9:15 長閑な麓を思わす山稜.9:18南西に急下降し少し荒れた径を下ると小さいが深い切通しにでた。薄暗く古いが峠路はありそうでない。 そこを抜けると疎らな針葉樹林から篠竹の明るい尾根径に変わり.気を安らげている。 東北東へ向きを変えると尾根筋は細かくジグザグに切れ綴られていた。道標はないが里の裏山を歩くような平坦な起伏の山径。 緑のスズタケに日差しが淡く照り付け.愛でる見慣れた自然の風景を創っている。そして大きな熊の糞を径中央に見る。 カンバ沢ノ頭と羽根子山 660m圏コブより.9:30突きたている手前の660m圏コブには境界見出標が立ち.前面は右からの沢に大きく抉られ. 歩む尾根筋は右に大きく回り込んでいる。その正面にはうねり続く頂稜の向い奥にカンバ沢ノ頭が頭上高く見上げられる。 カンバ沢ノ頭から下る尾根筋は782m峰。更に下り直して760m点. 鍵掛峠から大岩に至る尾根を北西へ派生させている。 その右肩から下ると見えぬ小コブを挟み近ケ坂峠がある。見るからに藪山だが下草の刈り払いはなされていた。 分岐手前.9:32先の境界見出標から右に折れ.南東へ延びる小さな起伏のほぼ平坦な丘陵を過ぎると雑木の美しい尾根にでる。 里山の趣をなす風景が続いている。左下の樹林の隙間を透し.並び合う尾根の間には先程通った清掃工場らしき敷地が? 小さく.飛び込んできた。ここからは以外に奥深く見下ろされた。この間にも熊の盛り上がりを2つ見た。 1つはまだ水気を含んでいた。更に猪掘りの穴が2ケ所にあった。 逆の729m峰方面から見た分岐.9:38左手前の檜林には鹿除けの透明テープが幹に巻かれている 729m尾根分岐 ここは大幡峠.近ヶ坂峠間の頂稜を綴る尾根の最南端に辺り.ほぼ平坦から緩く下ると分岐になっていた。道標は全くない。 霞みがでていれば注意を要する場所になっている。729m峰への分岐.よそ見して直進し尾根沿いに下れば大幡川の中津森に下りる。 確りした道で気を抜くと自然と足は真っ直ぐ進んでしまう所だった。 分岐から直進しても平坦な大地が続き.直ぐ小コブを右手に巻き.更に緩やかに729m峰を左に巻き返し下っている。 又この729m点尾根は下部に都留線57・59号鉄塔への巡視路があり.都留市駅から路線バスがある登山道で.宝支所前bsからの登山口。 大幡峠方面から来た場合は上から降りてきて.この分岐で気持ち戻るよう左に折れ.Uターンし.北東に延びる市界尾根に乗っている。 近ヶ坂峠 道標からブナに囲まれた大らかな近坂峠.9:47 ![]() 峠の稜脇の高みにあった道標 近ヶ坂峠手前の2基の石仏は谷村方面を向いている 近ヶ坂峠 分岐を左折すると尾根幅が広がり大らかな起伏を感じている。北東に進み最初の緩やかに下った窪みには標高720mに古道の峠路があった模様。 更に幾らか高みの先にも鍵掛峠らしき大らかな鞍部がある。ここが現在の近ヶ坂峠で.共に近ヶ坂峠と云う説がある。 十字道標には「←中津森.大幡峠分岐・↑丸田・鍵掛峠→・金井↓」とあり.手前金井と奥の丸田が「近ケ坂峠往還」。 西尾根の東側上にある近ヶ坂峠は郡内と国中を結ぶ重要な峠路で.近ヶ坂往還は都留金井と初狩丸田を結び盛んに利用されていた。 ただ昭和44年に大幡峠越える県道大幡初狩線の開通により.今は峠としてのただずまいはなく.廃道化していた。 又峠の西肩には「新ハイキング」426号に「峠の石仏」として紹介された石仏2基が安置され.東肩に立派な標識が立てられていた。 文献によると近ヶ坂は近カ坂.千ヶ坂.近坂.近阪.近ヶ坂峠と色々と多彩に呼ばれていたことが記されている。 「甲斐の山山」小林経雄著によると同じ西尾根上に.「近ヶ坂峠」と「鍵掛峠」が並んであったとされ.昭和初期には今の鍵掛峠に 「鍵掛峠」の峠名はなく.立木に小さく「近ヶ坂峠」だけが表記されていた。右に破線路を分け.そのあと左に山道を分けている。 760m点で大岩山への踏み跡は先で尾根通しの合流点があるがこの踏み跡は山腹を巻いている。途切れ崩れている所もあり. 「鍵掛峠」は「八田川越え」とも呼ばれ.そして現在の地元山岳会の表示では「向峠」としている。 諸説あるなかで今落ち付いている峠名も.更に歳の流れと共に.改名されるかも知れない複雑な要素を含んでいた。 道標脇に立ち.大らかにうねる峠を見渡す。よく見ると細かき起伏のある中の大らかさ。 一面に落ちた筈の落葉は風通しがよいのか一葉も見られなかった。これも又不思議な現象になっている。 直ぐ先の浅い鞍部の立木に「鍵掛峠」の道標を見てもいた。 高川山西尾根端.大幡峠から近ケ坂峠・・幾つも峠路は重ねて呼ばれていた カンパ沢ノ頭から東尾根とむすび山 |