武田氏陣営と御前山Top

   獣道と古道・峠路と鎌倉往還.更に右下の東尾根は桂川沿いの大展望.・・富士急沿線の街並みを進む電車がもろに描かれたミニチヤの世界
     近ケ坂峠から禾生峠と藪径を歩み.大展望の高川山東尾根を下る・・天神峠と大月.桂川流域の御坂みち

    高川山西尾根端.大幡峠から近ケ坂峠
    ンバ沢ノ頭から高川山東尾根と天神峠.とむすび山・・前半は熊の糞.後半は南面のジオラマの世界

    笹子川上流
   カンバ沢ノ頭818m(神馬沢山.長尾峰)より
    鶴ケ鳥屋山.本社ケ丸.大洞山.カヤノキピラノ頭.笹子峠.笹子雁ケ腹摺山.お坊三山

      9:47近ヶ坂峠.小一カンバ沢ノ頭一10:58羽根子山.つる山友会一11:29壬生峠一11:45高川山12:40.

     近ヶ坂峠にでて北東へと緩やかに登ると760m圏にでる。左に折れば鍵掛峠から大岩を経て八田川(はった)に下るルート。
   尾根筋を直進し少し南東に回り込み.782m点を過ぎて.右に折れればコナラ林と落葉の尾根筋を行く。このルートは確した踏み跡が造られていた。

     灌木に檜混ざり.暫くは林相のよい尾根が繋がり.道端には時折,柱状節理の柱石欠片が地上に顔を覗かせていた。
   この柱状節理はカンバ沢ノ頭891mから北の支尾根に入る柱石ルートでよく見られるという。

     左前方へ高川山を見ながら詰めるとカンバ沢ノ頭に立つ。神馬沢ノ頭・寒馬沢ノ頭と表記されることもある。
   尾根沿いを右に折れると左前方に初めて高川山が悠然と構え望まれた。

    「ボーウ.ボー」と重油か? 重機を動かす低い音色が響き渡ってきた。高川山の左肩奥にチラッと採石場の片隅が望まれている。
   抉るよう削られた平坦な台地には点のような採石車か? 見えた所が余りにも狭い一部分で.間を開ける間もなく本峰の陰に隠れている。

     カンバ沢ノ頭からは南東へ露岩状の尾根に乗り.春先には見事だろうミツバツツジの枝が両側に絡み合っていた。
   更に左い進むと羽根子山になる。この頂は長い尾根の通過点に.つる山友会の山名標「羽根子山896m.10周年記念」が立てられていた。
   「銃猟禁止区域」の標識の裏が羽根子山南尾根の取付きで.下るとワールドエース・カントリークラブの西脇を抜け.富士急の都留駅にでる。

    禾生峠
   羽根子山と高川山鞍部.川茂横道出合

    禾生峠
     この小さな峠は羽根子山と高川山との鞍部.初狩村と壬生村とを結ぶ峠路で.雑然とした雑木に覆われた山道になる。
   壬生峠.初狩峠と呼ばれいるが現在は峠名の表示されてはいず.初狩側に面して川茂横道出合と呼ばれていた。

     昭和初期のガイド本「日本山岳案内」には高川山の西鞍部に「禾生峠」の表記がみられる。
   又「禾生峠」の西側のコブは現在「羽根子山」と呼ばれる山が「ネコ山」となっていた。

    熊の糞
     西尾根685.2m三角点峰からここ禾生峠に至るまで熊の大盛りの糞を何度も見ている。古さに,色や艶.水気は異なるものが数にして8つ。
   20分前後で一盛り.否や正確さではもっと短い間隔で平均して見ていた。密度が濃く縄張りが狭いためなのだろうか?
   山で熊の糞は必ず見るものの.古いものが多い。ここまで多く見たのも.今回初めての山だった。

     堂々と径の真中で済ますので間違いはあるまい。大幡峠で営林署々員に「熊に猪が多く気負付けて!」の言葉がよみ返ってきた。
   この数年熊と出偶すことが多くなっている。運よく今まで無事でいるが鈴だけで大丈夫だろうか?
   遊んでいそうな所では必ず笛を吹いているがそれは1つの山行で1.2度程度だった。

     峠からは明るくなった北東斜面に気を良くし,山腹を綴ってしまい.山腹を巻き女坂から男坂に入ってしまったようだ。
   先に分岐があり.「女坂.男坂.↑初狩駅80分.↓大岩90分」とある。又西尾根は道標こそないがゴルフ場からの主尾根上は新しく改修され.
   道幅も広く歩き易い山道に生まれ変わっている。

    高川山・・高川山東尾根の南面
   菅野川左岸.都沢谷村線より.2017.06/17.15:22

      ウエィブ地形図には標高985.7mと記されぬ高川山.850m圏峰.750m峰.峯山584m。右奥が桂川本流越えの鳥屋ケ丸.
    高川山東尾根の南面・・手前の尾根が高川山からの南東に延びる尾根。麓正面には桂川が流れ.画像の左にはワールドエースCCが造成されている。

    東尾根南面と桂川本流・富士みち
   菊花山の手前西肩より

     菊花山の手前肩からは高川山沿いに蛇行する桂川本流が見下ろされる。
   高川山東尾根と馬立山を雍する北尾根とに挟まれ.広い谷間は秀麗たる富士を絵葉書の如く眺められていた。・・2013.09.20/7:25

   高川山山頂からの北面は滝子山〜雁ヶ腹摺山間のパノラマに囲まれ.南面は今倉山〜御正体山・富士に三ッ峠へと大パノラマが展開される。
     富士山と三ッ峠山府戸尾根.1378m峰南東鉄塔尾根
   高川山々頂より
    左端が倉見山の肩. 大久保山と三ッ峠山.大巣鷹山.右端の小コブが大幡山

    高川山
     高川山は僅かな時間で登頂できる気楽さと展望の良さで.この数年人気が高い山。独立した感じの頂で.展望は360度遮るものがなかった。
   山梨県東部の山々が見渡せ.笹子側西北側には南大菩薩連嶺から楢ノ木尾根へ.大空を横切り連なっている。

     又「秀峰富嶽十二景」十一番の頂。私は気にもしていなかったが下山してから高川山十二景の全山に登り着いたことを知る。
   ただ四方展望はよいものの冬木の灌木絡み。新緑の良さは別として.麓の素晴らしい展望は樹葉の茂みに合わせ失われているかも知れない。

     陽射しは以外と頂の南面の狭い範囲だけに照り付け,露岩だけを乾かしていた。土壌は何処もぬかるみ思わぬ体験をしている。
   前々日.一日中降雨に遭っているものの.大幡峠からの西尾根は自然林の乾いた踏み跡を歩んできた。灌木の枝が伸び.下草茂る径。
   それが頂に立ち登山靴は急に泥だらけになった。

     頂でのハイカーは多い。泥土に陽差しを求め南側に寄せ合うよう食事を摂っている。風を避けて私も上着を脱ぐ。
   私の隣りに坐る3度目の登頂になると云うハイカーはまだ序の口. 暖かくなると頂は飽和状態になり.坐ることもできない状況になるらしい。
   この泥土は東尾根まで続かず.乾きと素晴らしい展望が開かれると絶賛していた。その言葉に甘え.予定通り末端まで下ることにした。

    続出するトラブル
     頂に立つとカメラの電源は失われていた。一昨日充電し.昨日念の為再充電している。可笑しいと思いつつ持参したが映像は失われていた。
   携帯電話でポイントだけを写す。それもオキ山先で電源が切れている。

     それだけではない。前日方位修正で何故か時計が狂い.西尾根の藪山では高度計を必要としていた。
   普通の時計と左右の腕に1つづつ付けている。こうもトラブルが続く山行は始めてだった。
   帰宅しカメラのバッテリーが壊れ再購入。時計の針は東京ではなく.モスクワの時刻に変わっていた。

    昼食
     陽溜りになる頂南面の露岩に腰を降ろし昼食を摂る。目の前に広がる山麓にはワールドエース・カントリークラブが足元に見下ろされた。
   その先には谷村発電所の袂に中央高速道河口湖線・富士急線に国道と都留の市街地を綴るのが明細なジオラマの世界として,
   はっきりした絵地図を描きだしていた。

     一昨年4月に道志猿焼山西尾根から富士急赤坂駅に下りた折.駅の頭上に見上げられたのがカントリークラブ。
   その遥か上空には今倉山稜が望まれる。空は広く蒼い。無限の空を仰ぎ食事を摂っている。
   カツ.ポテトサンドに保温したケンチン汁.抜群に美味かった。又久し振り寒い中.缶ビールも喉を通す。

     ワールドエース・カントリークラブは平成6年修正の国土地院1/2万5千地勢図「都留」では「ゴルフ場建設中」と表示されている。
   一度ワールドエース・カントリークラブは経営不振で経営者が変わるものの.昭和50年代から開場されていた。

    高川山東尾根の北西面
   滝子山南東尾根口より.2012.10.04/13:00

     桂川と笹子川を隔てる高川山. 天神峠から登る高川山東尾根と羽根子山。採石所の脇が北尾根.
   手前に横切るのが滝子山東尾根の末端で.右下端が藤沢の集落。足元のコブは南東尾根になる。

     又リニアモーターカーは高川山北面.手前の笹子川沿いを並行して潜り.ほぼ一直線に高川山の左肩下から桂川を横切っている。
   九鬼山の懐へ突き抜けている。その鉄橋がここから見下ろされる。

   山頂で昼食

     ワールドエースCC゙を見下ろす。この頂から南東に延びる尾根は足元を横切り.CCの右手に位置る728m点尾根。
   その右隣りの羽根子山南尾根を下ればCCの縁を回り込み.金井から都留市へ。都留市で合流するのが羽根子沢。
   ぬかるむ頂の南側.乾いた崖縁で憩う。

    高川山東尾根の末端を見下ろす
   東尾根のロープ場より

     左側に流れるのが笹子川で右側が桂川本流. 大月市内で合流し.相模湖を下り相模川に河名を変える。
   東尾根尾根の末端のむすび山を挟み.岩殿山.菊花山が笹子川出合で対峙して聳えている。

    11:45高川山12:40一13:22天神峠一14:17オキ山612.8m:25一14:40むすび山手前15:16一15:25むすび山
    一15:30県道一15:50jr大月駅.

     東尾根の取付きは北東寄りから入り.950m圏コブの急斜面の下りから始まっている。
   下った小さな鞍部には「中谷入田野倉駅.古宿禾生駅→」.「↑松葉入田野倉駅」と確りした道標が立てられていた。

     その上の854m圏コブにも中谷入分岐があり.田野倉駅へと山道を分けている。露岩が点在しミズナラが見え隠れすると
   その下の狭い裸土の見える等高線上にはロープが付けられ.樹冠の隙間から長大に延びる東尾根が見下ろされた。

    泥土
     急登と感じさせない.上手く勾配を切っている窪道を下る。登山道は頂での予想とは外れ.まだ泥土含むコースになっている。
   東尾根はポピラーなコース.ただ人気があるせいか登山道は硬い踏み跡で固められ.度を越し下草の茂る余地も残されていなかった。

     土壌は水分を吸収せず.陽が当たるも日陰は気温が低く.蒸発せずに泥土状に残された所が多い。登山道さえ既に自然の姿とは変えられていた。
   先月北信関田山脈の鍋倉高原にスノーシュウに出掛けた折.地元のガイドはブナの保護に根床の大切さを説いていた。
   裸土だけでなく.人が踏み込み地面を固めないよう.入り込めぬ輪郭の必要性を説いてもいた。

     ただ裸木に覆われた東尾根は展望に恵まれている。今まで登り詰めた山々が私の周りを囲むよう連なり,
   特に都留市側では麓の市街地から連なる山々を含め.ミニチヤの繊細な風景として目をも楽しまさせて頂いている。

    道志山塊主稜群と支尾根
  
    今倉山西峰.赤岩.道志二十六夜山.御正体山.小さなコブはハカゲ山.離れて右側は鹿留山の頭.

     左手に「雨乞に池」の分岐があり.僅か下ると今度は670m圏コブ手前の狭い切通しの小さな峠状にでて.松葉入分岐にでる。
   このコースは細道を南東に向かい下ると田野倉駅へ降りている。尾根筋は緩やかに蛇行し.それにつれ右後方へと。頂で昼食を摂りながら見下ろした。
   ゴルフ場が見下ろされ.左前方には遥か先に花咲カントリークラブが左前方望まれた。人の手で自然の姿が大きく崩されている。

     更に灌木帯を抜けるとそこ左先の樹林沿いに大月Jctの大きな曲線図が大地に描かれていた。本線と富士吉田線を接続するジャンクション.
   花咲トンネルが東尾根の尾曽後峠.天神峠の下を潜っている。585.3m峰は踏まずして.左斜面を絡めると尾曽後峠にでる。

    尾曽後峠
   西北に天明の馬頭観音がある

    尾曽後峠(天神峠.オソゴ坂)
     尾曽後峠は大月市花咲と都留市小形山とを結ぶ鎌倉往還として.甲州街道花咲から籠坂峠を経て.東海道回りで鎌倉に至る道。
   又甲州街道筋と谷村を結ぶ.近道として盛んに往来があり.昭和35年頃まで生活道として利用されていた。

     この由緒ある切通しの峠路は廃道化が進み.更に最近ではマツクイムシの悪影響で老松が切り倒され.明るくなり乾燥化が進んでいる。
   倒木が峠を埋め荒れるに任されていた。峠の左脇に入った所に馬頭観音が祀られている。南側の一基は探すも分からなかった。

     峠の北側の真木,花咲は江戸時代から織物が盛んに行われ.大正期まではその市は谷村でしか開かれていなかった。
   真木の織物の仲買人は徒歩で尾曽後峠を越え.小形山に出て.谷村まで織物を背負って行き。真木の山に入会権を持つ小形山地域の
   農民達にとって.小形山からは真木の奥の野脇の奥まで馬を引き薪.萩等の林産物を取りに行き通い.欠かせることのできぬ峠道だった。

    峠上方の「天神様」                         下方の「お内裏様」
    

     峠の東西の高みに祀られた木製の祠・・尾曽後峠の西側の高処に「天神様」が峠に向き祀られ.脇にはぼろぼろの片板に
   「おてんじんさま」と平仮名で書かれ.地面に伏せられていた。東側の高処には「お内裏様」が向かいの山径に向い祀られをり.
   「おだいりさま」と示されているようだ。祠に寄り掛かるよう立て掛けられていた。

     HP「峠のむこう」さんによるとお内裏様は風の神として崇められ.大風のときにはお茶を供えて静まるように祈ったといいます。
   また.旧暦の8月1日には小豆飯を握った「おみょうく」を持ってお参りをしたといいます。しかし今ではその様な習慣も途絶えてしまったようです。

     天神様は菅原道真を祀る学問の神様で.正月の25日馬のある家では裸馬の尻尾に絵馬を結びつけて.馬に乗って参詣し.
   帰りに万霊寺からその下の四つ角まで何回も駆け抜けたといいます。小学生は24日集落毎に10人位から多いところでは20人位の仲間をつくり.
   米と銭とを持ち寄り.適当な家を宿として午後から集まっている。

     夕飯や夜食を作ってもらい。そこに泊まって25日の朝まだ暗い内にそれぞれ五色の紙に「天満天神宮」などと書いて.
   竹竿に付けたものを持って.峠の天神社に参詣したといいます。このような行事も昭和35年頃まではあったそうです。

    背は百蔵山・扇山と対岸の尾根末端は菊花山
   笹子川出合.尾根末端を望む
    九鬼山南尾根の末端・・馬立山.大松山.沢井沢ノ頭.菊花山.

    展望
     尾曽後峠からの破線路は地形図では584m圏コブから三角点峰512.8mまでは東側山腹を巻くよう記されている。
   ただ実際には忠実に尾根筋に付けられていた。オキ山を過ぎてから最後の1本を取り.東尾根末端の南面を望んでいる。
   今休んでいるベンチは御坂山地の最東端に当り.眺める桂川本流を挟んだ対岸には道志側の山並が広がりを見せていた。

     尾根末端にあるむすび山は.ここからは少し木陰になり望めぬが.末端まで下れば下れば大月の市街地に入っている。
   又桂川対岸に連なる九鬼山南尾根は馬立山を擁し尾根末端に立つ菊花山が対峙している。ここの登山口は正面が大月駅前本通りになる。

     市街地の本流左岸に構えるのが岩殿山。岩殿山を末端のコブとし笹子川北岸に連なるのが大菩薩連嶺。
   更にその最東端に当たるのが葛野川沿いには奥多摩山域を隔てる桂川の左岸支流鶴川との間に広がる台地にででいる。
   上の写真では百蔵山に重なるよう権現山稜が聳え眺められている。

     その右手の菊花山に重なる大きな山容が扇山。南尾根が延び.更に道志山地との境にはチョコンと小コブが覗き込まれている。
   笹尾根の生藤山〜陣馬山あたりコブ。大月の市街地を境に東京近郊の幾つもの山並と接し.呆気なく入山できる要の場所にもなっていた。

    桂川の里山とミニチヤの世界
     オキ山512.8m3等三角点峰でも1本取り.最後の小休止を取る。ザックにはポテトサンドとバナナが1本残されていた。
   バナナを放ばり.お茶で流し込む。私と少し年配の2人組ハイカーが尾曽後峠手前から交互に降りている。

     譲る彼等に甘えて先を進むが峠で抜かれ.追い付いている。展望を楽しんでいる内に又抜かれている。
   そして抜き返し1本取り.私が発つ時.彼等が現れた。ゆっくりゆっくり歩む彼等。又落ち合うことになる。

     オキ山を抜けると尾根筋の都留側を綴るようなった。松林帯に入り立木は完全に眺望は失われている。マツクイムシに浸食され伐採されてもいた。
   その規模は広く凄い.丸っきりのなさに都留側の展望が更に開かれていた。又立木の松はどれもが赤褐色に枯れた姿に変えられていた。
   尾根の右縁を綴る異常な風景。分からなければ通り過ぎてしまう所.哀れと云う言葉も失うほど枯松の立木が何本もある。

    再び1本
     歩き始めて直ぐ丸太を組んだベンチの展望のよい場所にでる。まだ時間は十分ある。里まで下る予定が15分もただすして再び休んでいる。
   右手に顔を向けると田野倉地区が真下に見下ろされ.その先に御正体山からハガケ山の尖がりに繋がりる文台山の尾根が望められた。
   ハガケ山周辺は北側は緩やかな裾野だが裏側が抉れ落ち.鹿留山北尾根から望んだ時は憧れを抱いた尾根だった。尾崎山から下りている。

     その正面には鹿留山・杓子山が更に高さを保ち大きく横たわっている。
   右に更に目を移すと小さな双子峰の上に.富嶽が春の霞みを縫い雄大に聳え.その右裾野には高川山の東北東尾根が長く尾を延ばし迎えている。

     振る返り仰ぐ高川山は歩んできた東尾根のうねりの上にに頂を乗せ霞み? 薄曇か掛りだしていた。
   分からぬ逆光の西陽を眩しく浴びていた。又丸太のベンチに寝転んで天空を仰いでもいた。
   足元から車の騒音に混ざり.クラクションが鳴り響く。手に持つ地図のミニチアの本物の世界が真下に広がる大地。ジオラマの世界がここでも広がっている。

     街並や田園を綴る国道や県道が横切り.富士急の線路を見付けている。軌道を綴ると探しだした2両編成の電車が街並を縫い綴る。
   やや霞みがある中に.鮮明に映り出し眺められている。走る電車を見詰めていると警笛は誇張するが如く.再び鳴り響き渡っていた。

      大月市街地を中心として対峙する山々
    むすび山
     歩みだして直ぐ裏山と感じる尾根末端のむすび山にでる。展望台には幾つもベンチが備えられ.優れた眺望が得られ大月市街地が一望された。
   桂川.笹子川.浅利川.葛野川の各河川が集まる大月の市街地が広がり.低くなった足元からは対峙するよう花咲山・岩殿山・百蔵山が
   目の前には菊花山が独立峰の如く聳え望まれる。低山だがこの2年ほどで綴った山々が私を囲むよう頂をもたげている。

     里から近い.むすび山は又眺望の利く所以もあり.旧日本陸軍の防空監視哨跡があった所,解説板に戦時中に作られた掘りの遺構が残されている。
   昭和17年の米爆撃機.B29による本土初空襲以来.全国に民間防空監視隊が組織され.その1つがむすび山だった。
   今はこの頂に桜が植えられ.春にはカタクリの群生地にもなっている。

     里への径. 標高が低い割に植林はなく,雑木の中を幾度かジグザグに切る,枯葉の気持よい小径を下る。
   水道施設を見送ると市立中央病院の裏手から県道にでていた。大月の市街地に入る。
   桂川大月橋を渡り.国道から左斜めに道を取ればjr大月駅にでて.運よく大月駅始発の電車に乗り合わせられた。

     昨年の町会旅行では大月橋で右折し富士みちに入り.直ぐ左折して菊花山北側の新大月バイパスを抜け.甲州街道を東進している。
   その折は御坂峠を抜け.鎌倉往還から渋滞した高速道を敬遠して.甲州街道を綴り上野原ICに至っていた。・・旧道と重なる下道を走る。

      15:50jr大月発.快速¥1490. 16:13=17:59お茶ノ水.

   地勢図「笹子」「河口湖東部」「大月」「都留」・・山が図幅の4隅になり4枚使用..山と高原08「大菩薩嶺」.zzz53西尾根.zzz54西尾根

   ピストンを除き.オキ山の先まで.革登山靴ハングワ・・24.951歩
   カメラは高川山手前まで.携帯写真は高川山からオキ山の先で電池が切れている。

     高川山西尾根端.大幡峠から近ケ坂峠
     カンバ沢ノ頭から高川山東尾根と天神峠.とむすび山・・前半は熊の糞.後半は南面のジオラマの世界