降雨に見舞われた上信国境・・湿雪の角間山

  昨日の恵まれた淡雪から季節外れの降雨の中.角間山に立つ。
    3度目の雨天.スノーシュで鹿沢から角間峠を経て湿雪の角間山―南南東に延びる尾根を経て周回し.「休暇村鹿沢高原」に宿る

    2.12.桟敷山林道から桟敷山ピストン
    2.13.上部Pから角間峠を経て角間山を周回
    2.14.昨日からの降雨で朝方早々に下山

     2011年秋.北軽に入り春季の積雪に備え.上信国境の角間山ルートを探索する積りでいたが降雨で見舞われ.浅間牧場から白糸ノ滝に変更.諦めている。
   その後14年4月に改めて北軽をベースに角間山へ春山を目指していた。それも又もや雨という最悪の気象条件に遭遇している。
   積雪は多くを記録していた。雪上の降雨と最悪で角間山は即中止となり.万座を探索する口実で.優雅な露天風呂三昧に浸かっている。

     そして今回は前日12日は快晴の淡雪で桟敷山の頂に立ち蒼空にも恵まれていた。それが.翌日は又もや季節外れの温かい陽気に見舞われた。
   それでも小雨降る中.スノーシュで湿雪を掻き分け.3度目の願いにして角間山に立っている。更に翌日の解散日は朝方から土砂降りになっている。
   角間山に纏わる雨男が多いのか? 兎も角.低い山であり.小さな頂だったが越えられた。

    角間山
   コンコン平より.10:31
   昔の鹿沢スキー場から入山. 頂はツガに被われ.下りは右の尾根を取る

    2月13日(土)曇後1時小雨角間山スノーシュ登山 .L立松.m松村.加波
      旧鹿沢温泉P.25台.9:20一10:29コンコン平一11:15(2つ目の東屋)一角間峠.昼食一角間山肩⇔12:45角間山
      一13:20落葉松林.休一14:00P=14:00休暇村鹿沢高原.

     朝方.急に滝さんと鈴木は角間山への入山を諦めている。予報では午後から雨.スノーシュでの降雨による雪山を敬遠し.身近な村上山に登ると云う。
   又出発間際.見城さんは登山靴がないと騒ぎだしている。寒さで冷たい登山靴を車から草津の部屋に持ち込み置き忘れたらしい。

     結局.立松君に加波君.私の3人が角間山に入ることになった。長老の私.彼等と足が揃えばよいのだが。ただルートは短い。
   角間峠まで詰めれば後は如何にでもなる。それより久し振りに訪れた雪山に.心は惹かれるばかりだった。

     途中で村上山々行の車と乗り換えたため,オーバーズボンにスパッツを鈴木の車に忘れ.彼等には手間を掛けての入山になる。
   怒らず登山口まで持って来てくれた彼等に感謝。今朝は暖かい毛糸の手袋使用した。

    コンコン平
   左手は「猿飛佐助修業の地」碑.10:29

     前日入浴した旧鹿沢温泉「紅葉館」から5分ほど登った所にある駐車場.標高1535mが角間山の登山口。
   最初は急斜面の湯ノ丸山の末端の北側山腹を回り込むコースが取られていた。

     昔の牧場跡.有刺鉄線が仄かに雪面に覗かす所には木板でカバーが被されていた。夏径の遊歩道の真上にいるようだった。
   地元ガイドの立松君からハンノ木や白樺と岳樺の違い.樹林の生殖循環の説明を受け.見て語る言葉には成程と興味がそそられ伝わってくる。

     所々で.その語りを聞き.昔の小さな鹿沢スキー場を横切る。スキー場に上がると緩やかな台地になり.初めて東屋1650mにでた。
   先に「←角間峠.九十九番観音→」の道標があった。

    真田氏ゆかりの地
     山腹を更に回り込むと笹原だろう。広い雪原のコンコン平にでる。
   駄々広い雪田の端に立派な「猿飛佐助修業の地」と書かれた大きな木碑が立ち.その背にも目立つ立木が1本あった。

     鹿沢温泉はこの付近を支配してきた真田一族の隠し湯と云われている。角間山山頂では真田幸村が天文を研究し.軍備を考えていたと云う話や
   角間渓谷から鹿沢温泉周辺に掛けては忍びの修業地であったとされている。ここは真田十勇士の筆頭「猿飛佐助」の修業の場とも云われていた。

     角間渓谷には「猿飛岩などと名付けられた奇岩.奇勝を多くを抱え.切り立った断崖には双壁を構える修業の場があった。
   又角間川出合の神川沿いの下流.上田に至る上州街道沿いは今でも真田町と称し.真田氏本城跡が残されている。

     真田三代・・現在の上田市真田町を本拠とした東信濃の名門.海野氏の流れをくむ一族と云われている。
   信繁(幸村)の父にあたる昌幸が上田城を築城する以前は.この地に居城と戦いの拠点を置いていた。

     山間の静かな里には一族の歴史を偲ばせる遺構や城跡が今も多く残されていた。
   我が町会・東京の下町にも真田家の末永がいる。城巡りが趣味の長老で.年に一度真田家の集まりがあるとか。

    トレース
     この木碑の脇で3つの動物の踏み跡を見付ける。3点で進むのは兎。時に足跡が途切れていることがある。戻るか? 跳ねていると彼は説明する。
   もう1つは直線に足を運んでいるのは狐だが.狸か? 爪が2つあるのは鹿と思っていたが.このではカモシカらしい。
   東京近郊の奥多摩・丹沢では割れ爪は蛭を運ぶ鹿の足跡とされていた。

    広い牧草地
   奥側が角間峠.10:48

    レンゲツツジ
     緩斜面の谷沿いに入ると足元は雪解けと共にレンゲツツジの群生地が広がる。そのやや右岸沿いを角間峠へと詰めて行く。
   白樺と同様にレンゲツツジもいち早く明るい台地に根付き.蕾の様子が蓮華に見えることからレンゲツツジと名付けられている。

     日当たりのよい草原に多く自生し.痙攣毒を含む呼吸停止を引き起こす毒素を持っている。牛や馬にとっては有毒のため
   食べず残すので.レンゲツツジの群生地になった牧場が多い。落葉低木の有毒植物. 見城さんの地元.赤城山の山腹にも広い範囲に茂り.
   最近では山梨の三窪高原にも同じようなレンゲツツジで覆われ.時期になると多くの人々が通っている。

   1730m.2つ目の東屋内.11:15
    2つ目の東屋はコースから少し外れ.棚に囲まれているが殆どが春雪に埋もられていた。それでも例年に比べ積雪は少ないようだ。

    角間山
   谷間を峠に向かい.右尾根を下る.12:05

     ダケカンバや雑木の間をジグザグに登って行くと角間峠にでた。周りはガスが舞い.やや風がでている。
   頂稜にでて明るくなるどころか薄暗いモノトーンの風景に包まれていた。峠にも東屋があった。スノーシュが緩み.初めから両足を履き直している。

     又峠は十字路を示し.左手は湯ノ丸山. 無雪期は人一人が通るのがやっとの小径に.腰ほどの深い笹原に一直線にラッセル跡が綴られていた。
   中央前方が角間温泉へのルート. 途中に崩壊地を横切るため危険で通行止になっていた。右手の頂稜を目指せば角間山にでる。

     峠にはトレースが横切っていた。湯ノ丸山から来たのだろう。山腹を巻くトレースは夏道に沿い綴られている。
   歩き始めて直ぐ.尾根伝いに登るべく.尾根の肩で昼食を摂った。

    雨雲覆う湯ノ丸山と烏帽子岳
   頂稜の尾根に乗る.12:05
    右上は上信国境越えの昼下がりの日差しを浴びる東御市

     風除けにはならぬものの立木を背に南面に開ける展望を見つつ.食事を摂る。朝食で残った結飯を分けて貰い.口に運ぶ。
   質素だが紅茶は熱く.結飯は小さいが美味かった。

     湯ノ丸山,烏帽子岳は重い雨雲に覆われ霞み.雲底の切れた西方南面の裾野は明るい日差しを受けている。
   ここは表日本の気象を現していた。前回は確か.冬型の気圧配置の境が烏帽子岳の真上だった。
   雪雲の雪線の境.頂に立ち.厚い雪雲の下を潜るよう佐久側に照り付ける日差しを見下ろしていた。何と贅沢な風景だろう。

    角間山の吊尾根状の山稜
   頂稜の小コブに乗り.12:29
    黒々した針葉樹被う角間山1981.2mと1930m圏コブ

    角間山々頂
   右下遠方が妻恋のキャベツ畑.12:45

     頂手前の小鞍部に立ち.下る尾根を足元に見下ろして.立松君を残し.加波君と頂をピストンする。
   最後の急登は僅かなコメツガの針葉樹林. ツガの樹林面に入ると痩せ尾根にはロープ.又露岩帯には鎖が付けられていた。
   尾根の脇に避けた雪面に潜るより.直進するのが楽だと立松君から忠告を受け.10分ほどの距離で.直ぐ三等三角点標1981.2mの角間山.頂に立つ。

     雨雲に覆われる山々の展望は真近な里山しか眺められず.北東の嬬恋方面の麓だけが雪田を明るい日差しで照り付けていた。
   ここからはパッチワーク模様の雪田のキャベツ畑が見事に描かれていた。

    鍋蓋山と村上山
   頂より足元を見下ろす里山.12:46

    鍋蓋山1828.8mと村上山1746.2m.両山の間の裾が吾妻川と湯尻川との出合。
    鍋蓋山へは無雪期には刈払われた笹径で.頂の手前分岐から新鹿沢温泉に下りられる。

    南南東に延びる尾根を下山する。
     角間山の南肩に戻り.1920m圏から南東に落ちる尾根を選び,スノーシュで大胆に下りだす。
   最初の一歩だけは一気に急斜面を雪塊を駆け下りる感じで.勇気がいた。後は慣れになる。

     そして直ぐ右へ右へと尾根中央へ.トラバース気味に下ってゆく。
   トップの立松君が遥か対岸の下降の台地を見下ろし.小さな雪原をストックで指している。朝方通過したコンコン平だ。見た目.余りにも小さな雪原だった。

     この先は駄々広い大らかな斜面が続く。ダケカンバの点在する斜面を抜けてはほぼ同じ傾斜で下りて行く。
   下笹が埋まり,深く潜ることなく.スノーシュのトレースが築かれていた。それもトップの立松君の両脇に加波君と私が離れて並ぶよう新雪を切る。
   3本のトレースが並行するよう綴られては交り.1750m付近より整然とした落葉松の植林帯にでている。

     落葉松の樹間を縫いながら踏み込まれていない雪面を切る痛感さ。如何と思わぬ所でも.街育ちの私には楽しさをもたらしている。
   傾斜も落ち.所々で笹の頭が雪面に飛び出し始め.時には片足がより深く沈み込むようなる。

     植林帯からその間々.尾根の右肩に入り込むと所で.斜めに横切るカモシカの足跡を見付けている。谷間の窪んだ地形が次第に
   広がりを見せだしていた。すると作業道らしきルートと合わさり.立木にテープも現れた。1600m付近だろうか。

    桟敷山1852m
   作業道にでて1本を取る.13:37

    休息
     角間峠へ詰める沢の左岸尾根.作業道にでて最後の1本を取る。風を避け.探し探し丘陵から落葉松林に回り込む所で作業道の尾根にでる。
   右手に落ち込む広い河原の右岸が入山ルート。この間々横切ればコンコン平にでるのだろう。

     1本取ったのは持参した和菓子「東京バナナ」と干柿を食べようと。滝さん達にも村上山で食べて貰っている。
   山で食べる干柿が美味いと立松君が云えば加波君は見城さんの分を持ち帰るとザックに収め.ウィスキーは少々ラッパ呑みした。

     肌寒さはない。雨も降ることを押さえてくれていた。
   残雪の融雪が進めば道が現れ.道脇に離れて座る加波君を道中央に移動させる。まだ1時半ゆっくりと休みを取る。

    桟敷山.小桟敷山と西篭ノ戸山2212m
   本流右岸の右景・・尾根の右肩を綴る作業道.13:37
    右山腹が湯ノ丸山

     昨日とは打って変る曇天の崩れ気味で如何にか今日一日留まってくれていた。又その薄暗さが奥深く感じられ.薄日のタンネの森を抜けている。
   今にも降りだしそうな雨雲に覆われ.山々は陰りを見せていた。それでも湯尻川の谷間側は浅間山から連なる西側の連山が開かれていた。

     対岸に昨日登った三角錐の桟敷山がここからは以外と高い山容を抱き望まれた。
   時たま薄日が照り付けては隠れ.小桟敷山と重なるその奥には西篭ノ登山が望められた。

    桟敷山
   中景.足元は幅広い作業道が横切っている.13:41

     高度が落ちるにつれ,大きく見上げるようなった対岸の桟敷山と村上山。
   昨日は右手の山腹斜面をジグザグに登り.右奥から回り込んで桟敷山の頂に立っている。裏側の上州側は切り開かれていた。

     桟敷山を正面に迎えると尾根筋は次第に左手に回り込み.雪面からの切り株が目立つようなる。道幅が広がり.積雪は減り.
   雪面の雪粒を蹴るようようなった。又それに合わせ狐の踏み跡を見付けた。足跡は一直線に運び雪面に刻まれいる。

    村上山
   左景.一時途切れた伐採地より.13:50

     一時の雨雲は上信国境沿いの連山まで狭まり.薄日は時を待たずして,天気は崩れ始めていた。
   開けられた林道から望む.桟敷山の左隣りに並ぶ里山は村上山。今日は滝さんと鈴木が登っている。

   沢に降り左岸を下ると県道にでる.13:15

     左正面に高度が落ちると大きくなった村上山を見上げるようなる。そして里が近ずくと左へ左へと谷間に回り込む。
   左上部に最後の角間山の全体像を見上げられ.湯尻川の支流を谷底へと下れば対岸に林道が現れた。

    角間山東面
   小沢屈曲地.角間口より.13:53
    左手先が角間峠.右手は鍋蓋山を経て新鹿沢温泉に至る

     角間口手前で.左正面に角間山が仰がれた。東面に延びる2本の尾根が私の足元まで落ちているのが分かる。
   頂南鞍部から左側の南南東に延びる尾根を選び.雪面を切り崩し下ってきた。正面が南東尾根.右手は頂からの南東尾根。

    里道
     右下の小沢屈曲地点からU字状に左岸沿いの林道に渡り.浅く沈む雪面を軽くストックを当てて下れば.右手対岸に山小屋.(別荘)だろうが現れた。
   そして左手に廃屋を見れば東御嬬恋線にでる。直ぐ上流側300mほどたどれば朝方取り付いた駐車場が左脇にあった。
   今日のOB親睦会は鹿沢高原「休暇村」で催され向かっている。直ぐ鹿沢温泉の雪山賛歌の碑があり.百番観音と「紅葉館」を抜ける。

     スノーシュを外し.街道を5分ほど遡れば程なく朝方の駐車場にでた。傘を差さずホッとして下山した。Pで5℃.
   「休暇村」には早々に着く。そして3時頃には雨が降り始めていた。

   テルモス400cc.茶300cc.スノーシュ.軽アイゼン.ストック.
   山と高原地図2010「浅間山.軽井沢」.zzz136「角間山」.2/23日地形図「嬬恋田代」購入. 皮登山靴・・10305歩.

     部屋割は工藤君.立松君と私の三人部屋.食後外を覗くと雨は本降りになる。雪積もる窓際に雨雫が留めなく落ちている。
   降雨に理由を付け理由に宿に入ってから酒宴が始まっていた。腰を上げ二次会に顔をだす。

      2月14日(日).山中雨. 里に下り川霧が立ち.街に入り晴て猛暑・・春一番と
    けあらし
   吾妻川左岸長野街道.10:10

    2月14日(日)雨後快晴
      鹿沢高原「休暇村」9:26=11:30黒岩邸=12:00駒寄ETC=12:40鶴ケ島IC=12:50蕎麦「さくら荘」13:30
      =13:42東上線若葉:50=14:31jr池袋.

     昨夜,宿に着いてから一晩中.本降りの雨粒が降り続いている。周りの積雪はまだまだ多く1mを優に超していた。
   ただ湿雪どころか腐りかけた残雪で何処もが埋め尽くされている。その為14日のスキーやスノーシュは全て中止.朝方から帰郷する者が多くなる。
   私達は加波君に変わり.見城さんが便乗。昨年の4月の万座温泉と同様に.志賀草津道路を経て長野街道を下る。

     吾妻川に入り.雨は止むが異常な高温に融雪は進んでいる。そして少なくとも翌15日の夜半には再び荒天に見舞われ.今度は新雪に覆われた模様。
   下る道中で振り返ると遠く湯の丸山に乗るドス黒い雨雲が大きな雲の塊となり見上げられた。大粒の雨が降っている。それも翌日には雪雲になってた。

     吾妻川沿いの谷間に入り込むと川霧が猛烈に湧き立ち.河原は神秘的な造形を作りだしていた。
   暖気が河原に這い上がり.朝霧を猛々と湧き昇らせ.大きなうねりを旋回させていた。この現象は谷間に入ってから湧き続け距離としても長い。

     吾妻川に降りてからまだダム本体は工事には行われていないものの.その下流.榛名山が見える先まで.川霧が湧き放徊し続けていた。
   今日は20℃を超える暑さになる。既に車内は防寒具を脱いでも暑い。

   吾妻川右岸に架かる超高圧送電線.10:17

   左前方の三角錐の水沢山と榛名山連山.10:13

     渋川で黒岩邸の近くに建つ見城邸建設予定地を下見し.駒寄ETCから関越道に乗っている。
   そして鶴ケ島ICから蕎麦屋「さくら荘」に寄り腹を満した。2度訪れたことになる滝島氏の知り合いの蕎麦屋。

     春うららかな日射しが雑木に覆われた裏庭を照り付けている。その長閑な庭先に見とれながら蕎麦を食べ解散した。
   東上線の車内は利き過ぎる暖房と窓からの日差しを受け.にウトウト居眠りをしている。線路沿いの残り雪はドンドン溶けている。
   残り雪と云うより雪塊は更に小さくなった。

     先は松井田町から上信国境沿いを南下する西群馬幹線←南新潟幹線.新新潟幹線。
   柏崎刈羽原子力発電所から西群馬開閉所を経由して.500KV西群馬幹線は西丹沢の新富士変電所に送電され.都心に送られている。

   14日,春一番・・低気圧が発達しながら日本海を北東進し.全国的に一日中大荒れになる。都心ではにわか雨.午後6時半頃.21.4m/sを観測。
   最高気温は23.0℃.最低16.1℃で関東.東海.北陸.中国地方は春一番に。

     15日.春から一転冬へ戻る。日本海側は北西の風強く吹雪. 北陸,山陰の市街地では久し振りの降雪。
   東京は0時で最高気温15.5℃。日中に掛け気温が下がり6℃から5℃に下降した。

     2.12.林道起点から桟敷山ピストン
     2.13.旧鹿沢Pから角間峠を経て湿雪の角間山を周游
     2.14.昨日からの降雨で朝方早々に下山