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榛ノ木尾根にある「指」のある山・・沖ノ指山 下段経路を分け.前回の小中沢右岸の取付きを確認し.榛ノ木尾根に乗り.沖ノ指山・イソツネ山へ・・又カヤトの原がある杉の森に寄る 小中沢左岸尾根・城・三ノ木戸から小中沢下段径路 小中沢右岸尾根・榛ノ木尾根.沖ノ指山とイソツネ山・・カヤトの小さな杉林 境集落から奥多摩むかし道 小中沢下段経路分岐 直ぐ現れた最初の氷川分区標.10:17下段経路で右岸に渡り.下段経路を分ける 小中沢右岸から榛ノ木尾根 10:13小中沢木橋一10:31巡視路標柱一10:45前回の分岐一11:08沖ノ指山一11:30昼食12:10一12:22イソツネ山一13:23境集落. 下段径路 小中沢の沢底まで下り木橋で右岸に渡ると今日2度目の急登に掛かる。標高800mで下段径路を分け,反射板への巡視路へ直進した。 下段径路は右手に合わさり急斜面で高度を上げると北方に方向を変え.石堰がある金山沢を渡り.又榛ノ木尾山東尾根を横切っている。 「奥多摩区分59/60」の林班標柱を見て.小中沢にある作業小屋を過ぎ.ワサビ田を右下に見送り.湾曲にターンする形で大きく回り込む。 すると540mほどで登山道への分岐にでる。この道は先ほどの下段径路取付地点で右に分けた登山道に戻っている。 直進し榛ノ木尾根方面へ。沢底から次の分岐を入れば中段経路。830m地点になり.榛ノ木尾根1100mまではその差270mほどの登りが続く。 沖ノ指窪左岸沿いの作業道. 直ぐ古いs41年度春植「氷川区分.59林班い小班」の標柱を見ている。昭和41年と云うとこの檜林は50年目の植樹林. やや細く思えるが.その中をただひたすら登るのみ。同じ表示の標柱を再び見ると右手から下ってきたのが中段経路を分け更に直進した。 登っ来た経路を見下ろす.10:29出合の自然林は直ぐ檜林に覆われ.再び自然林に囲まれると少々煩い小枝絡みが.経路沿いに突き出してきた。 灌木の裸林に日が当たり始め.明るい土色一色の世界を築いていた。春が近ずいている。もう直ぐ芽ばえ.そして瑞々しい青葉が生まれてくる。 今までは日が陰れば白み気味の無色の山肌を現し.寒さで更に空気までもが固まり.寒さ剥きだしの世界だった。 石尾根狩倉山と大平山 左手を振り返って.右上が三ノ木戸山.10:30石尾根 見下ろす沖ノ指窪の谷間高く.尾根に乗る山肌は樹林の照り返しが暖かさと共に.針葉樹の緑の色合いにも変化を持たせていた。 一色に染められていた樹葉の色合いは常緑の中でも変化をもたらし.色彩豊かな色合いに少しずつ変わり始めている。 春の大らかな兆しに山肌も少しずつ変化を起こさせていた。 樹林透しに見下ろす谷間から綴ってきた山腹を頭上を高く見上げると1つの大きな台形を形どる盛り上がりを見せていた。 それが三ノ木戸山. 2度ほど石尾根を末端まで下っているものの.広い平坦な頂と知るだけで.三ノ木戸山としての実感は持つ山ではなかった。 小中沢を隔てた榛ノ木尾根側から遠く見詰めれば三ノ木戸山の大きな山容を改めて知ることになる。 遠方は六ッ石山からの石尾根。狩倉山.そして手前の大きな岳は三ノ木戸山だろう。その南面の日当たりのよい山腹を歩んできた。 仰ぐ樹冠を越しの空は蒼々とし.まだ持ちそうだった。 懐かしい巡視路標柱に出合う 懐かしいL字鋼の反射板への巡視路標柱.10:31L字鋼標柱 直ぐL字鋼標柱にでる。5年前の梅雨期に小菅の山ノ神尾根から六ッ石山にでて小中沢右岸山腹道を歩んでいた。 巡視路標柱のL字鋼を見付けるも,マイクロウェーブ反射板への巡視路標柱とは知らず.ここで現地点を見定められた筈が小さく ワンデリングをした。 更に確認と右岸の沖ノ指窪左岸の山腹道(下段径路)を少し歩んでもいる。そして現地点を確認した筈が迷い込んでいた。 当時は手前のルートを小中沢の沢底から登り詰めた為.途中で鹿柵のジャングルに遭遇.逃れるのに.4重の柵に囲まれ大変な時間と労力を費やした。 今回.巡視路標柱の文字は分からず.見定められぬどことか文字が書かれていることさえ分からなくなっていた。 前の日誌を調べると.右岸の鉄塔巡視路標柱の分岐には鉄塔があることを示す都交通局の白いL字鋼の柱標が立っている。 当時,右上から下ってきた分岐で左折(来た道)し谷へ下れば.対岸は三ノ木戸山の南山腹を巻く経路と考え.偵察し確認し戻っている。 戻ると標柱に黒マジックで.写真の手前に進む「←矢印」が書かれていた。それに従い登り坂を左側に取っていた。 この巡視路標柱を見付けたことが当時は最大の迷う要素になっている。尾根径を忘れだしていた。 L字鋼標柱のあった地点は榛の木尾根にある反射板の巡視路と上段径路の分岐だった。 上段径路は長尾沢,小中沢を横切り.大きく回り込んで狩倉山と三木戸山を繋ぐ石尾根にでている。 その上部を横切るのが源流径路となり.更に最上部の径路が六ッ石山の下.山腹を横切っている。 巡視路からの小径は緩い登りから山腹を巻き.再び間伐帯にでる。薄くなった踏み跡を辿ると再び元の南に下る小径に戻っている。 北側に下るルートの踏み跡を拾いワンデリングしていた。ここで地図を確り見詰め確認する必要があった。 それを疎かにしたツケがその後の不幸を呼ぶことになった。 ここの標柱には「?号鉄塔に至る ・・ 京都交通 」上に「←」の白柱が立つとある。 榛ノ木尾根に乗るマイクロウェーブ反射板への標柱だと知るも遅く.その間々見ることはなかった。上段径路からの分岐?次回に繋がねば。 小中沢との榛ノ木尾根の境.10:34上段経路に向かい.榛ノ木尾根側に少し登ってから尾根沿いの植林と谷間に落ちる自然林の境を見下ろす。 懐かしい迷った分岐.10:46以前右手のトオノクボから下りてきた。前方の確りした踏み跡と合わさる分岐.林班界標「奥多摩区分-59」にでる。 1100m地点に踏み跡を登り返す.11:00970m付近まではトオノクボからの尾根を直登して.一歩一歩丁寧に確実に登っている。 時に踏み跡は薄くなるも我慢を強いられた。少し足腰に疲れがでてきている。 最近は歩きだしから時間ほど経つと登りに力が入らなくなっている。トレーニング不足は気になるが我慢のしどころ。 又途中で直登から地図のみを頼りに.沖ノ指山1041mに向かい.トラバース気味にあるか.なきかの踏み跡を斜上し尾根上にでた。 出た所が丁度よい沖ノ指山手前の左に回り込む檜の植林帯だった。 疎らになった植間から山陰を創る姿に沖ノ指山と間違いないと知り.直進し突き進む。 榛ノ木尾根 1100m.主尾根に乗る.11:00六ッ石山から南面に切り開かれ.奥多摩湖に延びる尾根を下るとトオノクボにでる。この分岐から東南東に向かい左に直角に折れたのが. 榛ノ木尾根。多摩川と支流の小中沢との分水嶺を成し.尾根の末端は白髪.境集落付近に没している。 今回は下段経路で小中沢を横断し.前回のルートから沖ノ指山を目指し.ハイツネ山から境集落に下る。 沖ノ指山までは高度らしき高さは低い。トラバース気味に左上し.主尾根に乗った。樹林の中央陰.奥が露岩を含む沖ノ指山になる。 又手前の植林の中には左へ巻く山道が綴られていた。 沖ノ指山 11:08尾根筋の巻き道から高さも,距離も短いが藪が絡みで先が見えず.踏み跡らしものも雑然としていた。その上露岩は石角があり踏みずらい。 尾根上のこの一辺だけが周りと異にしていた。足元を探し.藪を掻き分け頂に立つ。 炭焼き窯跡.11:14主尾根の巻き道に戻ると直ぐ踏み跡の右脇に石積みの焼窯跡を見付けている。 登山道を下ってきたが沖ノ指山から尾根伝いに下ると炭焼き窯跡で合わさっていた。 大岳山と御前山 霞む山容.11:14 林層の境尾根伝いを下る.11:15 老杉の根方に祀られた南側を向く鳥居と「山の神」の木祠.11:17この祠の裏に広大な伐採帯が開かれていた。955m圏. 薄の原と杉の森 仄かな残り雪を踏みカヤトの原を望む.11:19左奥は川海苔山. 右上・・白い点の城集落から望んだカヤトの原 背景は三ノ木戸山肩に並ぶ本仁田山の山波. 霞むもはっきりした輪郭で望まれた本仁田山平石尾根と手前に落ちる大休場尾根。 花折戸尾根に乗るチクマ山1040mと669m峰。右手前に延びるのが権指尾根。 この時はまだ漠然として眺めていた山波。奥多摩の中央にありながら関心の薄い山並だった。 それが下山して奥多摩駅前の氷川大橋から改めて見上げていると目覚めたのか? 次回も「指」に繋げる山行を進める気配を起こさせていた。 2週間後.写真に納められている小さな本仁田山山塊に目覚め.新たな気持ちで出向くことになる。 「指」を求めjr白丸から根岩越えで権指尾根.花折戸尾根を経て高指山へ。平岩山尾根妙指尾根を下りjr奥多摩に至る。 今回は中段が石尾根・・中央左が三ノ木戸.薄い横線は三ノ木戸林道.右手の白い大点が城集落になり.朝方右のコブ尾根を橋詰から登っていた。 以前5年ほど前は小中沢右岸のむかし道を歩み.このカヤトの原は眺められなかった。 今朝.城の集落から小中沢を隔てる左正面を望んでいた。この風景が今日最初の展望であり.逆から眺めた風景だった。 憧れていた伐採地跡のカヤトの原にでる。榛ノ木尾根の背稜に広がるカヤトの原に十数本の杉が小さな森を創り.夢のお伽の世界を見せている。 カヤトの原に差し込む柔らかい陽光が薄の穂を白く煌めかせ,流れる風に寄り添うよう揺れている。 背丈を越す薄の根元には薄ら残り雪を乗せていた。その雪粒ももう数時間で失われるだろう。 薄原の真中を突っ切り.小さな森の縁で昼食を摂ることにした。 薄の原の小さな森 中央の杉林をアップした風景.11:20中央の白い大きな点が城の集落. 右下の谷間.橋詰地区から684mコブの尾根伝いに登り.城集落にでている。それから薄く横線を描く林道を左手に横切り三ノ木戸へ辿る。 城の上部の山並が雲取山から延々と続く石尾根の末端になる。斜め上が峰畑峠. その奥が氷川を囲む尾根。 低山でありながら歩んできた雄大な南面を一見し.ぐるりと小中沢を回り込み.恵まれた日差しを受け. 宿るようオアシスの小さな森に出向く。贅沢な私だけの風景が待っている。 小さな森の杉林.11:29小さな森で昼食 日当たりのカヤトの原に昼食の場を求め.杉林の小さな森の脇.平坦な大地を陣取り昼食を摂っている。 コンロを点けると今回もこの処炊事の定番となったアルミ製鍋うどんを作る。何時もの通りの順に一括纏めて放り込むのではなく少し丁寧な炊事。 うどんを解してから天婦羅のイカと掻き上げを乗せ生卵を加えた。 アルミ製の器は炊事も早い。直ぐゴトゴトと汁は踊りださせ.スープのよい香りを運んでくる。木片を2本を見付け出し.アルミ鍋を乗せ口に運ぶ。 私の周りを仰ぐよう見上げる薄の穂に囲まれていた。そこを抜けるような微風を背で避け.膝を立て囲むようにして炊事した。 熱くフーフー言いながら美味いうどんを食べている。今回はテルモスは持参しなかったが冷たい麦茶の喉通下しもよかった。 小中沢を隔てた石尾根 同地点から右陰が三ノ木戸山.12:08小さな森を背に座ったまま鍋を左手に持ち.うどんを食べている。右手遠方の山並を見上げては石尾根の姿も様になっていた。 石尾根の見える範囲は・・六ッ石山1478.9m.狩倉山1452m.1170m圏コブ. 見る限り何処も南面で残雪の白さは望めなかった。それなのにこの低い伐採帯跡に仄かな雪粒が残されていた。 食事後は再び樹林帯に入り込む.12:10ここからが今日一番の素敵な変化に富む山稜が続く イソツネ山へ 入山前に決めたルートは小さな森の左側を巻き.薄の原を延々と下る鹿柵沿いに踏み跡を求めるルート。 普段は少々の荒地でも好んで横切るカヤトの風景だが.ただこの大地凸凹は歩き難さとしては牧場以上に歩き難い。 現地に入り.杉林の小さな森までは諦め回り込んでいた。 地形図「奥多摩湖」の破線路を左に分け.右手の尾根沿いへ樹林帯に入ると尾根筋は次第に小尾根状に変わり.踏み跡が綴られ. 真新しい赤テープが暫し見られ.赤の円柱プラが尾根筋にも点々と印されている。 そしてこの尾根伝いのルートは距離が短い割に.やや荒れ気味だが.地形の変化からは思いもよらぬ心地よい景観を次々に映しだしていた。 薄暗い植林の森を抜けると明るい障害物競争のような岩場を越え.カヤトの原を見たと思えば程よい疎らさの林層の丘に登っている。 斜陽した木洩れ日を受ける尾根になった。そこにイソツネ山と云う浅い盛り上がりにの頂に迎えられる。 頂の立木下には手作りで彫られた山名標が地面に添えるよう置かれていた。 薄暗い樹林から岩稜を越える.12:14 心地よい林層の境を歩む.12:15狭い露岩から開かれた薄の原と針葉樹林 斜陽する木洩れ日の尾根.12:19イソツネ山 朽ちかけた木彫りの手製山名標のある頂.12:22イソツネ山は少しだけ樹林が伐り拓かれていて雑然とした雰囲気の小広い頂。3等三角点846.2m.山ノ神. 四方の眺望はあるようでなかった。 頂周辺の風景.12:23イソツネ山から東方と南に短長2つの尾根を派生させ.境地区と梅久保地区とに分けている。下るルートがあった境の集落へ下る。 頂から北東寄りに緩く下りと小鞍部まで戻り.右手の明るいカヤトに入る。 下山は・・境集落へ 小鞍部まで戻り薄の原へ.12:29歩きずらく再び右手の樹林帯に逃れる 高指山(本仁田山)と石尾根 カヤトの原から.12:30本仁田山1224.5mと花折戸尾根に乗るクマチ山1040m 次回は2週間後.根岩を越えて「「指」のある高指山に登り.反対にススキの原,杉の森を見下ろしていた。 右端のクマチ山から丁寧に頂に立ち.左端の平石尾根へと綴り.妙指尾根から向寺地へ下りている。 樹林帯との境を下る.12:33イソツネ山の下りで一度.薄の原にでるも,再び植林帯との林層の境を選んでいる。 イソツネ山の下りで.雲が覆いだし木洩れ日も陰りだすとやや肌寒くなった。シャツに防寒具の姿.気持風がでてきた。 間伐材が無造作に切り倒され.処理させず倒木帯を造っている。遠くから見下ろすと下草もなく.綺麗に並び添えられているよう思えた。 それがどっこい。泥濘小枝が巻き付き.ほど悪く潜っては跨ぐ倒木。次第に飽きが起こり始めていた。 倒木帯は幾らかぬかるみ歩き難し.12:34 林層からはみ出した境.12:35林層の境を歩き.被り気味の植林帯を抜けると確りした山道に突き当たる。 降りた地点から奥はカヤトの原.里道へ.12:41イソツネ山からはズーと林層の境を綴り降りている。倒木で踏み跡らしき跡は見え隠れしていた。それでもカヤト原を横切るよりは楽だった。 年々防火帯を覆うカヤトは深くなり.分かりにくくなっている。それに比べ林層の境を綴る尾根沿いは踏み跡が確りしている。 もう一度植林帯に入り.抜けると確りした山道に突き当たる。山道の左手.カヤトの原側はまだ明るい山腹台地が見られていた。 折れる右手は深い樹林帯へ.確りした山道が薄暗い谷間から集落に向かい降りている。 境の山上集落 最上部の廃家.12:49 廃家を通過.12:51九竜山江戸小屋尾根 集落への下りで.13:03多摩川対岸は末端の山ビコ尾根と九竜山 境の集落への里道を下る.13:04旧奥多摩水沢貨物線の橋桁 13:23橋桁上部から境の集落を見下ろす.13:13 道幅が2mと広がり.山上の畑地から2度.低いモノレール軌道を跨ぎ.右手に壊れかけた社を見ている。 明るい河原の谷間から一度薄暗い雑木帯を通り抜け.見下ろすと境の集落が正に早春の暖かい日差しに照らされていた。 次第に集落の家屋が真近に迫ると廃線.奥多摩水沢貨物線の陸橋が現れる。小河内ダム建設のため造られた氷川からの貨物線。 今は廃線となるが殆どが良い状態で保存されている。廃線敷の橋脚の下を潜り.青い手摺の坂道を下れば「境の清泉」にでた。 ここで榛ノ木尾根を下り終え境集落にでる。清泉の手前にベンチが置かれ.脇に「境の清泉・奥多摩町.自然文化百選22」とある。 又降りた所が「奥多摩むかし道」. 道標を見て.並行している延びる旧軌道に好奇心を持ち.観察しながらjr奥多摩駅に下ることにした。 小中沢左岸尾根・城・三ノ木戸から小中沢下段径路 小中沢右岸尾根・榛ノ木尾根.沖ノ指山とイソツネ山・・カヤトの小さな杉林 境集落から奥多摩むかし道 |