| 境集落から「奥多摩むかし道」と登計トレイル・南氷川 小中沢を取り囲む尾根を周回し.橋詰に戻り多摩川左岸道を綴る。「奥多摩むかし道」の後半は奥多摩湖.水根集落〜境集落. 小中沢左岸尾根・城・三ノ木戸から小中沢下段径路 小中沢右岸尾根・榛ノ木尾根.沖ノ指山とイソツネ山 境集落から奥多摩むかし道・・桧村.廃路線交差.羽黒三田神社.jr奥多摩駅 境の集落 山壁にへばり付く集落.13:38「奥多摩むかし道」 「奥多摩むかし道」は旧青梅街道の一部分。氷川から小河内ダムの北にある水根まで至る旧道で,今は里道のハイキングコース。 この街道は小菅から旧大菩薩峠を越える甲州に至る甲州裏街道で.甲州街道より8kmほど近道になるようだ。 現在の青梅街道は柳沢峠越えをし甲府に至る街道として明治11年に開通した。 昔.小河内の生活は塩山との交易で支えられ.小菅川源流の大菩薩丹波道の荷渡し場で無人の物々交換が行われていた。 その後.小河内の物産は氷川への厳しい山道(14km)を避け.歩き易い五日市(20km)に運ばれるようなり.生活道に変わっている。 岫沢(きぎさわ)から風張峠にでて.浅間尾根を通り.本宿或いは嫁取り坂から五日市に向かい通うようなった。 明治32年に小河内と氷川間が割と平坦な山腹を通る道に改修され.10kmに短縮されている。 交易は氷川へと変わると交通の便がよくなり.以降は漆くいとして使われる石灰等と共に.木炭の生産が飛躍的に増加している。 その後も街道は改修され.生活道になったのが大正から昭和初期に入ってからだった。 昭和13年.氷川〜西久保間に小河内ダム建設資材運送線用道が造られ.昭和20年に一般道として開放された。現在に国道411号線になっている。 又「奥多摩むかし道」と並行して造られた奥多摩水沢貨物線はダム完成後は廃線になり.今は奥多摩工業に譲渡されている。 鉄橋.トンネル.レール等はその間々保存され.機関車等は所内に安置されている。・・奥多摩湖と水沢貨物線 九竜山と680m点 右下の柵下の谷間に境橋が架かる.13:19左側が山ビコ尾根 奥多摩むかし道 13:23境集落:38一13:43小中沢橋一14:17槐木一14:21アシ沢の鉄橋一14:32隧道2つ目一14:44jr奥多摩駅. 旧奥多摩水沢貨物線 境の集落上部に掛かる廃線の橋桁.13:25境から榛ノ木尾根に取付くには.この巨大なガーター橋の第四境橋梁の橋桁下を潜る 境集落東端.むかし道「通行止」.13:38シャツに防寒具の姿,境の集落に入り.動きが少なくなったせいか中途半端な陽気。加え着をすれば済むことだが歩めば暑くなる。 中途半端な陽気に。加え着をすれば済むことだが歩めば丁度よく.歩けば暑くなる。それでも峰から隣りの檜村へ至るむかし道は. 山陰に掛かり木洩れ日も少なく.微々たる風がやや肌寒かっつた。 境集落の北端200mはガラ場の崩壊でむかし道は「通行止め」と標識ポールで閉鎖されていた。 「通行止め」の標識を見て.立ち停まること20分。 戻り.旧青梅街道の1つ下の道.「境の清泉」の所で洗顔し帰りの身仕度を整え.境バス停からの乗車も考えたが如何にしても時間が早過ぎる。 漸く住民を探し当て.「通行止め!」を尋ねると「気にすることはない!」との返事。道路通行止とあれば無視すればよいと。 雑な標識のようだった。巻き道があれば奥多摩駅まで歩く積りでいた。それではと標識を無視し先へと歩む。 680m点と重なる九竜山(江戸小屋山尾根) 左下は対岸の境渓谷キャンプ場.13:41右側多摩川沿いに連なる山並は九竜山954nから派生する西側の支尾根。乗れば680m点から北北西に延びる山ビコ尾根がある。 尾根の末端を回り込むように多摩川の沢筋は極端なU字を描き回り込んでいた。その先端奥が小中沢出合になる。 九竜山から左斜め下に落ちる北尾根は東支尾根で井戸入林道を横切り.末端は墓地に入り奥多摩病院脇の青梅街道にでている。 このコースはもう6.7年前に詰めて町界尾根を日ノ出山まで歩み.北尾根からjr御嶽駅に下りている。猛暑に苦しんだ山行だった。 手前左端は朝方歩みだした「城」に至る684m峰からの南東尾根。突き当たる末端縁には青梅街道が綴られ.「むかし道」の接点の橋詰バス停がある。 奥多摩むかし道 通行止めのポールを跨ぎ.まずは朝方入山した橋詰バス停に向かい.多摩川左岸沿いの奥多摩むかし道を歩む。 このコースは地形図を読むと丁度.多摩川境橋から檜村橋までを結ぶ橋詰トンネル間を大きく多摩川の流心が弧を描くよう迂回している。 この辺のむかし道は車の往来はできるものの地元の車以外は殆ど擦れ違う車も見られなかった。 境集落を離れると直ぐ旧道のコンクリートの擁壁に棚穴が掘られた所があり.中に石仏が祀られていた。 旧道の樹間の切れ目から右前方対岸に九竜山.江戸小屋山尾根が望まれる。手前のコブは九竜山から分かれた西尾根だろう。 大尾根を横切るのが鋸林道の支線.井戸入林道で.麓を通るのは小留浦地区になる。 小中沢右岸沿いのむかし道下の伐採風景 最後の1本も切り倒し裸になった跡地.13:42小中沢右岸の伐採 旧道沿いに境集落から分かれて山腹を左に回り込み小中沢の谷間に入り込むと.電動カンナの甲高い音が響き渡っていた。 真近で耳にする音,驚くべきことに.旧道に沿った出合付近の右岸の山腹は河原まで中木林以上の杉林が1本も残さず切り落とされていた。 そして最後の1本を切り倒し.高めの切り株は体裁を整えるため更に短く切り落している。 その為のカンナの音で煩い処か余りにも綺麗に伐採されている。谷間の視界はよくなるが自然の保護以上に 何か目的があるのだろうか?ましてその為の通行止め? 考えると不思議な光景にも思えた。 小中沢,右正面が花水沢 右下が小中沢橋.左下は公衆トイレ.13:43右尾根は朝方登り始めた城南尾根 ガードレール下は河原まで全て伐採されている。 右上が「城」の684mコブに突き上げる南東尾根. コブ上で花咲沢ツメの最左岸側から谷間を見下ろしている。 トイレ背後に不動の上滝7m.幅1m. 奥の落差30mの不動大滝は水量豊かな名瀑で.多摩川対岸の橋詰の河原からも全貌が望まれている。 橋詰に戻る 道標のある小中沢橋から左岸に移ると樹林に覆われ橋詰の集落はよく見下ろせなくなった。この先に境のキャンプ場があり.直ぐ先が檜村。 橋詰地区に入るには多摩川の川畔に突き出した台地にある為.境橋を渡り.橋詰隧道を潜る街道を通らねば通れぬ地区になっている。 朝方橋詰バス停で下車した青梅街道はこの直ぐ突き当り.檜村への石階段を見て.ここで丁度小中沢を取り囲む尾根を周回してきたことになる。 桧村 再び街道ではなく旧道のむかし道へと洗濯板状の坂道を登り.檜村集落の高台へ。 分岐の道標がはっきりせず.一番高い.朝方の尾根の取付きまで登ってしまっている。ここは多摩川の河原に突き出た岬のような広い高台丘陵。 綴るむかし道が分からず.漸く住民にお会いし尋ねると中段を進むと云う。途中で道標を見付け集落を横切り難らく先に抜ける。 むかし道の山側に道租神が祀られている.14:10旧水沢貨物線の小留浦橋桁 境をでて旧道沿いの最初の橋桁.14:10次の琴浦沢は684mコブを源とする沢. 左岸沿いの渡ると本流の谷間に小留浦の地区が見下ろされるようなった。 山腹側には並行して水沢貨物線が走り.2つの陸橋の橋桁を見上げながら先へと歩む。 槐木 ![]() 羽黒坂の休み場.14:17 以外と長い緩やかな登りが続き.三軒家を過ぎ.684mコブから東南東に延びる尾根の末端近くを回り込むと丘に巨樹の槐を見上げられた。 脇に今は立派な休憩所があり.通りを挟んだ向かいには珍しい祠付きの光背形馬頭観音像が祀られている。 巨樹の槐木がある.ここ羽黒坂は古社.羽黒三田神社の神門前の坂上で.登り詰めてた所。過っては馬の休場として賑わっていたようだ。 小河内方面で生産された木炭等運ぶため馬.大八車.上げ荷の人々と。青梅,氷川方面からは上げ荷の人々が苦労して登った坂道のようだ。 羽黒三田神社は羽黒権現(祭神は倉稲御魂命と穴沢天神)を祀り.平将門の子孫という豪族三田氏が尊崇した神々になる。 槐木(さいかちぎ)と読む.マメ科の巨樹があり.槐は(えんじゅ)と読むがサイカチに刺があることから. 木の鬼に見立てた当て字のようだ。樹高15m.幹囲3m.樹肌は荒々しい。 光背形馬頭観音像 槐木の真向かいにある.14:16又槐木を挟んだ真向かいの赤松の根元には正徳二年(1742)に修業僧木食三世真円謁真円が建立した融通念仏の供養塔がある。 文化十三年(1816)の光背形馬頭観音像(高さ1+31m)。ここから右に小尾根を下れば青梅街道の奥多摩病院近くに降りられた。 直進し羽黒坂沿いに下りながら並行する廃線の軌道を見つつ軌道に乗る。 地蔵仏.14:19槐木の休み場から更にむかし道を進むとそれ程間を空けず.山側には幾つもの石仏が並ぶ道租神が祀られていた。 その斜前で槐林道を左に分けている。槐林道は農指の手前で三ノ木戸林道を結ばれ.又不老林道にも繋がれていた。 むかし道は裸土の小径に変わり.一時整地された散策路に変わり綴られる。 アシ沢に架かる橋桁.14:21その先水沢線の高度ある橋桁を跨ぐのはアシ沢。 上流の三ノ木戸旧道が城集落に繋がる2本の木橋を渡る所がある。 その源流を成している。旧道が廃線路のトンネル縁を跨いだ所(下のスナップ写真).隧道正面右脇の踏み跡から線路に下りてみた。 隧道内の先は曲線を描き真っ暗闇で先は覗めなかった。アシ沢に架かる陸橋は軌道を歩み.左岸に渡っての羽黒坂は平石の石畳に変わっている。 小留浦隧道口上にむかし道あり.第三氷川トンネル氷川側.14:23廃線路交差 途切れ途切れに残るレール跡.14:23多摩川右岸を綴る山並・・中央が江戸小屋山と重なる九竜山 右下は小留浦(ことずら).地区九竜山(栃寄に向う山)の右裏が栃寄沢 境地区から歩き始めた折.眺めた江戸小屋山・九竜山を再び小留浦地区から眺める。 九竜山,江戸小屋尾根は多摩川右岸の栃寄沢と大沢を隔てる分水嶺で.上氷川から奥多摩町と檜原村の境界尾根.鞘口山へ突き上げている。 山名は山容が竜の体のように曲りくねることから由来する。5.6年前に2Lの水を持ち.猛暑トレーイングしている・・昔を回顧すべく後立山連峰に入山. 鞘口山は栃寄沢の上流部のサイクチ沢の頂点に位置し.付近の地形が狭く切れ落ちていることから刀の鞘になぞられている。 両山とも地形の特徴から名が付けられていた。 鋸山と九竜山江戸小屋山尾根 上景アップ・・正面の台地は登計原.14:28大沢の詰め.鋸尾根と九竜山.江戸小屋山尾根とに挟まれる間が大ダワ.その先に霞む遠望は市道山。 九竜山の南側肩から末端に尾根を2つに分け.北西に延びる山ビコ尾根は橋詰に下り.北東に延びる支尾根は井戸入林道を横切り.病院前に下りている。 登計(とけ)トレイル 平成22年6月.南氷川に登計トレイルが完成し.心身の健康管理を推進する日本初の「森林セラピー専用ロード」。全長1.3km.ウッドチップ使用。 奥多摩病院の裏が九竜山江戸小屋山尾根の取付きになる。下流側の笹平橋.弁天橋を渡り.鋸山林道を200mほど入り.左後方の愛宕方面に入る。 水平歩道に入り.中段左側に幾つかある照明灯は奥多摩総合運動公園のクランドで南西寄りにでる。ここが登計原であり登計原遺跡があった。 登計トレイルの入口で色々な自然と向き合った施設を綴り.登計林道にでてトレイルは終わる。奥に青色の大きな道路標識は登計林道。 奥多摩病院脇の大沢沿いの鋸山林道は大沢の集落を抜ける分線.井戸入線が九竜山尾根の南面を横断し栃寄林道と結ばれている。 それに並行するよう多摩川第一発電所(小河内ダム)からの送電線が林道分線と並行して鋸尾根を乗り越え.海沢出合の氷川発電所と結ばれた。 鋸尾根末端の愛宕山 登計(とけ)地区・・登計トレイル.14:27神庭.登計の古道 白丸と氷川との間の多摩川は地形が急峡で険悪なため.「オオカミ落し」の呼称があり.そこを避けるための権指尾根を「根岩越え」の古道があった。 この「根岩越え」も氷川に至るまでは厳しい岩壁を抜けなければならず.地元の強い意思で元禄12年から3年掛けて「数馬の切り通し」が造られた。 そして大正12年その脇に数馬隧道が開通し.昭和初期に氷川の七曲りの難所の改修が行われるまでは「数馬の切り通し」を利用している。 切り通しからは多摩川に架かる橋で右岸に渡り.鋸尾根にある登計峠を越えて南氷川にでている。 愛宕山の南側にある愛宕神社の鳥居前を横切る峠路で.長畑集落と登計集落を結ぶ。 「登計」とはトチ(トッケ山)の転訛で.「突起した山」のことであり.愛宕山の本来は「登計山」であり.「トッチ山」と呼ばれていた。 愛宕神社が建つ前は愛宕全体が神域とされ.社殿前の自然石「勝軍地蔵」が御神体であり.奥氷川明神の境内がその神庭だった。 現在では長畑から登計峠までは裸土の登計林道.ただ峠越えをすれば登計側は舗装され.林道の下には海沢地区とを結ぶ愛宕トンネルが潜っている。 神庭集落から海沢沿いに遡り.尾根伝いに大樽峠を目指せば御嶽神社裏参道に入る。又鍋割尾根をその間々詰めれば大嶽神社に至る。 大嶽神社表参道は大岳山肩からの南尾根を下り.桧原白倉に向かえば八割に大嶽神社里宮に至る。 今回は境から奥多摩むかし道を下っている。次回の山行は愛宕山の左景になる白丸からの「根岩越え古道」へと続く。 ・・根岩越えから平石山妙指尾根 旧奥多摩水沢貨物線 羽黒坂は隧道正面口を横断し左脇の山腹を降りている.14:32青梅街道.R411号の南氷川橋 廃線の高架線より‥奥多摩むかし道と交差する直ぐ脇.14:29南氷川 氷川の街並.14:35羽黒三田神社参道前より 南氷川 奥多摩の南氷川は昔は「宿」(しゅく)と.地元では単に「南」と呼び.小河内.日原からの林産物.鉱産物などの集散で賑わう宿場町だった。 甲州裏街道が通り.小河内温泉への旅客や日原一石山の大権現参拝者も多く.街道の所々には店が軒を連ねている。 それでも商業地として見られたのは氷川中心地だけだった。 羽K坂を下れば南氷川へ。青梅街道にでて日原川に架かる氷川大橋を渡り.左の裏道をたどり. 狐小路を抜ければjr奥多摩駅前の広場にでる。 次回.白丸から登ることになった本仁田山稜と平石尾根 街道の氷川大橋より.14:41鳥屋戸尾根笙ノ岩山.川苔山と重なる本仁田山 本仁田山平岩尾根とjr奥多摩駅よりに落ちる大休場尾根. 平岩尾根上に乗る鉄塔は氷川発電所から右下の奥多摩工業を経て.日原の採石所に結ばれる日原線鉄塔。 疎ら過ぎるハイカーとjr奥多摩駅.14:4414:34jr奥多摩駅15:09=15:47青梅.快速:57=17:18お茶ノ水. 山行を顧みると前回は小中沢右岸作業道で大変な思いをしたにも係らず.今回は鹿柵類に触れる処か一度も目にすることさえなかった。 左岸径路から榛ノ木尾根に乗るも.鹿柵のあるカヤトの原を避けている。鹿柵より歩きずらい尾根の倒木帯を選んでいた。 経路.作業道を歩み.これだけ鹿柵と遇わなかったのも珍しい。今回は城集落で猪柵を見たのみになる。 反面朝方には雌鹿の群.25頭以上と余りにも極端に多い鹿の群れと出会い.「山の野生鳥獣目撃レポート」に送信した。3/12. 好天に恵まれ時期的な暖かいにも拘らず.山行中のハイカーとの擦れ違いは0。又むかし道での観光客も0だった。 平日でホリデー快速はなく.早めに青梅で乗り換え.直通快速でお茶ノ水にでる。 地形図「奥多摩湖」.「奥多摩西編登山詳細図」守屋二郎著. 皮登山靴・・25.253歩. 小中沢左岸尾根・城・三ノ木戸から小中沢下段径路 小中沢右岸尾根・榛ノ木尾根.沖ノ指山とイソツネ山 境集落から奥多摩むかし道・・・・桧村.廃路線交差.羽黒三田神社.jr奥多摩駅 |