春雪に覆われだした権指尾根と残雪のトレースを追う
    白丸から根岩越えで権指尾根に乗り.花折戸尾根から高指山に立つ。川乗谷左岸の平石尾根では更に深まる残雪を駆け下りた。

   根岩越しマイクロウエーブ760mP
   築魔山760mPから本仁田山を経て平石尾根・・ヒオドシチョウ
   平石山妙指尾根を南下しjr奥多摩駅

    高指山の裏山に並ぶ瘤高山
   川苔山鋸尾根V峰より南面を見上げた瘤高山.その奥が本仁田山・・2016.10.06/13:40
    瘤高山の山陰で望めぬのが本仁田山で.左手が花折戸尾根. 右裏には平岩山尾根が延びる。

     本仁田山の登降路としては.以前はゴンザス尾根.花折戸尾根.安寺沢から大休場尾根や平石山へと幾つも選べる尾根が続いていた。
   現在ガイドブックなどで紹介されているのは大休場尾根コースのみ。安寺沢から平石山へ出るコースに今は訪れるハイカーは少ないらしい。

    根石越えから権指尾根を目指す
   築魔山への径.9:51
    次第に尾根幅が狭まり.林層の境の尾根筋の踏み跡を綴っている。

      築魔山権指尾根から大仁田山花折戸尾根.平石尾根
    9:45マメイクロウェーブの760m圏小ピーク一10:35花折戸尾根との分岐:40一10:59築魔山一11:46大休場尾根への分岐
    一11:56大仁田山12:20一12:23川苔山への分岐一12:57平石山一13:07妙指尾根分岐.

    石尾根六ッ石山の中小沢の源流
   右上が六ッ石山と狩倉山.9:52

     再び左側に樹林の切り開きを見る。
   背の扇状に広がる展望は六ッ石山榛ノ木尾根で.全貌が姿を現し.手前に覆い被さるのが三ノ木戸山。
   2週間前に三ノ木戸から小中沢左岸道を経て.榛ノ木尾根を尾根に入っている。左の伐採された大斜面の跡地がカヤトの原。

     当時は沖ノ指山から薄の原にでて昼食を摂りながら.本仁田山の山並を石尾根越えに望んでいた。
   奥多摩の中央にありながら関心の薄い山並だった。雰囲気のよい薄の原から三ノ木戸山肩に並ぶ山波を望み.眺める心地よさで次回の山と決めていた。

     今その薄の原を再び逆方向から覗き込み.薄の原を取り囲む山並みを見詰めていた。2週間前の山前行を想いだしていた。
   重なる手前の三ノ木戸山の北東側に開かれた所は旧峰畑の集落跡。左端に不老林道が綴られているのが見下ろされ.東京農大の演習林施設がある。
   後にここも切っ掛けができれば通うことになろう。

    本仁田山
   ヨチノ沢を隔て.9:59
    大休場尾根と中央部が817m点P

     本仁田山は花折戸尾根との合流点で重なり見えずらいが.直ぐ裏側になる。裏側の頂右側の斜面が花折戸尾根。
   ここから眺めると見るかに急登。手前左の大休戸尾根の急坂を下れば日原川の支流.安寺沢に降りられる。
   
   老樹と素直な美林.9:59

    天祖山とタワ尾根
   日原川孫惣谷流域.背は長沢脊稜
    天祖山尾根とタワ尾根

     天祖山の右肩奥が芋ノ木ドッケ.長沢山.滝谷ノ峰.酉谷山.
   手前左側から中央に落ちるのが狩倉山山ノ神尾根で.末端は倉沢谷出合に落ちている。東側の尾根に入れば左下の小菅.
   階段状の山上集落がある。中段左は山ノ神尾根.右奥は横篶尾根で.末端の東面が白く砕かれているのは石灰石採石場。

     奥多摩湖方面から多摩川沿いにヘリコプターの騒音が近ずき.離れて行くのが分かる。仰ぐとそれに変わり高い航路を飛ぶ旅客機が
   陽光を反射させ銀色の機体を煌めかせていた。今朝は高層に描かれる飛行機雲の造形はない。
   風は弱く少々時期的としての暑さはあるが安定した陽気を示している。

   再び痩せ尾根に.10:10

    天地山と重なる多摩川対岸の鋸岳
   登山道右後方の風景.10:12

    多摩川流域の2つの鋸尾根
     ページのTOPnoの瘤高山は多摩川南方の川苔山へ突き上げる鋸岳尾根の4峰から寫していた。・・多摩川北側の鋸尾根.
   又足元正面から続く多摩川の麓の集落には.大加沢出合に跨る中庭と大加地区.岸辺には数馬遊歩道がある。
   そこから見上げる山並は多摩川を隔てた南画の山並みで.右側に連なるのが多摩川南側の鋸尾根。

    緩やかな登りの花折戸尾根分岐
   権指尾根と花折戸尾根との分岐.10:39

     露岩帯のゴンザス尾根を急登で北上すると右後方の南東方面から鳩ノ巣から登って来た花折戸尾根と合わさる。
   やや荒れた踏み跡で通うハイカーは少ないようだ。白丸から突き上げる草木沢の源頭に辺り.明るい陽光を浴びていた。
   植林は途切れ.一時痩せ尾根気味に.深い灌木の境に狭いに小さな平坦地にでる。

     花折戸尾根の由来は尾根筋が鼻のような折れた地形で.過っては鼻折戸尾根と呼べれている。
   地名はその土地の履歴を示している場合が多いにも係らず.権力者の力によるものや.美化されて今に至っている。

    ヒオドシチョウ
     風の遮る陽溜まりに腰を降ろし1本取る。翅表がくすんだオレンジ色をした蝶が南面の乾いた大地に乗る落葉に舞い降りた。
   地面の枝屑や落葉に触れるか.触れない距離から跳ねるよう舞い上がり.小刻みにZ字を描き方向を変え.又同じことを繰り返している。

     数年前の3月.笹子雁腹摺山の山頂で.同じように動き回る一対のヒオドシチョウを見ている。成虫として過ごす期間が長く.
   初夏に成虫として育ったヒオドシチョウは冬越をして.次の春まで生きのび産卵.孵化し成虫するサイクルを繰り返している。
   あの時も暖かい日差しの中だった。小さく大きく舞い.メスの蝶を探しているのかも。・・2012年3月29日.その折簡単に説明を記している。

     それにしてもここから4.5m先の茂みに入ると雪残る世界に早変わりし.樹林帯を北西側に進むと北側の斜面は一面の残雪に覆われた。
   一昨日の降雪.昨日は異常な暑さで積った新雪が融雪した名残りで.北面に残雪は多い.それが今朝は御岳山付近の北斜面にも望まれていた。
   ただ強い陽射しにも係らず融雪は遅い。溶けてベチャベチャになる雰囲気はなかった。その雪斜面に気をよくし一歩を踏み込む。

    築魔山・池坪ノ峰1040m
   池ノ平ノ峰.池坪ノ峰1040m点.憩いの木蔭.10:59

     たかが知れていても雪面でも踏む感触は嬉しくなる。斑な残雪が見え隠れしていた踏み跡は南側に回り込むと日当たりの良い乾い大地にもなっていた。
   その絡み合いを待つ間もなく築魔山にでる。山名表示はなく.展望もない標石だけがあった頂は暖かい日差しが春らしい恵みを与えていた。

     又右手の谷間がが西川ナガクボになり.対岸には杉ノ殿尾根が延び.大根山ノ神辺りになるのだろうか?
   頂直ぐ先の小コブから築魔山東尾根が起きている。西沢林道の西沢越えの地点に降りられる。ただ西川林道にでるまで踏み跡はない。

     左岸沿いの林道に移り.大神山ノ神にでると瘤高山杉ノ殿尾根と合わさっている。又入川谷右岸沿いの川苔山の尾根通しや大ダワの登山道とも合わさり.
   jr鳩ノ巣駅に下りている。ここは旧峰集落への取り付きでもある。

    花折戸尾根
   茂るアセビと春雪.11:03

    北側の尾根筋は一昨日の春雪に埋め尽くされていた。その為.築魔山の北側の鞍部.東側の緩やかな山腹にあるのが「池ノ平」。
   奥多摩唯一の山上湖と云われている。探す以前に積雪多く分からぬ場所になっていた。登山道東側のやや大きな窪地.

     築魔山を越え下り返して.右手に雪白き地形が広がると雑木の中を登る。雪斜面が広がる鞍部からは再び尾根筋の左側の乾いた台地を求め進む。
   尾根筋は広がりアセビの茂る1080m圏の平坦地を過ぎ.勾配を上げ.ジグザグに急斜面を切れば大休戸尾根を降る分岐にでる。
   「安寺沢」地区への分岐支尾根だろう。

     ところで「アテラ沢」と云う地名は全国に多くあり.柳田国男著の「地名考説」の中では全国的に「アテラ」の地名を集め,
   その共通点は「山陰にあって.日光の当らぬ土地」と説いている。

    本仁田山
   左斜面は大休場尾根.右手前は花折戸尾根.11:07
   ここから眺める花折戸尾根

   花折戸尾根の斜面.11:13
    やや潜ると思えば尾根筋は北側を巻いている

   ドンドン融雪する南面の斜面の境尾根
    再び雑木の中を抜け

    大休場尾根ノ頭
   安寺沢(あてらざわ)への日向の分岐817m.11:46

    大休場尾根(おおやすんば)
     平成25年「林班名15-2-1林班」の標柱を見て.本仁田山の頂を真近に控えると満丸い長帽子の先を思わせる分岐点にでる。
   「奥多摩駅・安寺沢」の道標腕木裏には手書きで「スベル.スベル」とあり.ここを下る大休場尾根は奥多摩三大急登の1つに数えられている。
   鷹ノ巣山稲村岩尾根と御前山大ブナ尾根.そしてここに掲げた本仁田山の大休場尾根になるらしい。

     露岩した急なジグザグで約700mの高度差があり.登ってきたゴンザス尾根を余毛野沢で隔て817m平坦地を経て安寺沢に下りている。
   安寺沢からは日原川左岸山腹を高巻き.除ケ原から廃線路を横切り氷川マス釣場脇でて.日原川沿いに下ればjr奥多摩駅に下りられる。

    本仁田山
   奥多摩病院上の井戸入林道から・・2010.08.05/7:57
   氷川の街を隔てて本仁田山南面の展望・・平石山.本仁田山.チクマ山.1100m点.

     石尾根末端と鋸尾根末端の間から聳える本仁田山. 里は氷川町.
   平石山妙指尾根.本仁田山の大休場尾根.とゴンザス尾根. チクマ山ゴンザス尾根.1100m圏分岐花折戸尾根.へと延び.末端はjr鳩ノ巣駅になる。
   今回はjr白丸駅から白丸駅から根岩越えゴンザス尾根に乗り.マイクロウェーブ760m圏コブを過ぎ.チクマ山で花折戸尾根と合わさっている。

   本仁田山の頂
   少し造形の変わった北面からの頂.11:56
    展望が開かれる小広い本仁田山頂・・10年後の山頂

    高指山
     分岐から左に折れ落葉松林を抜けるとあっけなく本仁田山の頂に立つ。
   本仁田山・・3等三角点標石があり.標高1224.5m.基準点は同じ「本仁田山」・・本荷駄山.高指山.亀甲山の山名を持つ。
   小さな山頂には三角点標石を囲むよう.手前にはベンチが2つあり.標石の脇には大きな山名標が立てられていた。

     川苔山から南側に派生する北側の鋸尾根の鞍部.大ダワから瘤高山に乗る奥り移る奥に本仁田山が聳える。
   又本仁田山の南側のゴンザス尾根の裾には根岩越えを抱き.多摩川南岸の日向へ尾根末端を落としている。
   多摩川を隔て.それに対峙して北岸に没している鋸尾根は町村界尾根に聳える鋸岳の南側鋸尾根になる。共にjr奥多摩駅を中心に南北に位置している。

     「←奥多摩駅.川苔山→」の道標脇に.昔は休憩所だったのか? ボロボロに朽されながらもトタン小屋は崩れず.崩壊寸前の骨組だけが残されていた。
   過ってはもの売りをしていたようだ。又20年ほど前まではこのコブにヤグラが組まれていたらしい。裏方も望め.展望抜群の頂だったようだ。
   その脇にも少々古い丸太柱の道標があり.中央は切り開かれた明るい頂になっている。

    不思議?
     その大きな山名標に「菅野氏をしのぶ倉戸山の集い」と落書きではなく.目立ち示されている山名標と云うより.不思議な看板があった。
   一度名前は消されたが復活している。何か奥多摩に係りがあるらしい。後に調べても漠然としか分からず。ここは個人所有の土地なのだろうか?
   国立公園内である。又フルネームで示されていないこと自体が可笑しい。関わりがない私だけが分からぬ看板なのだろうか。

     見て不思議に思えばこの頂にもう1つの不可解な自然現象がある。昼下がりの日差しを浴びる頂台地には.
   陽光の射すところには春雪が残されていた。反面山陰になる茂みは既に雪解けを迎え.否乾いているようだ。

     写真は南向きに撮っている。南側に辺りの土壌は熱効率がよいせいか.そんな筈はないだろう。
   又積雪は浅いとは云え.足元一面に被われ疎らではなかった。壊れた小屋裏は4.5mほどのコブ.その吹き溜りの為だろうか?

   本仁田山々頂からの展望・・御前山シダクラ沢と三頭山
   南東面の山並

     惣岳山シダクラ右岸尾根と大ブナ尾根.その裏の三頭山との間に奥多摩湖が広がっている。
   惣岳山の肩には御正体山が頭を出し.富士の長い裾野の端の突きだしには小さく鹿留山。

     逆光の南西面には御前山と三頭山から重なり延びるよう支尾根が交差し.その山並の上に秀麗たる富嶽が顔を覗かせていた。
   東面に望まれる多摩川対岸の町界尾根は大岳山から御岳山.日の出山へと長い山波を創り.青梅の丘陵へと続いている。

     尾根の終わりは又,多摩川左岸の山並の始まりで.眺望を左に移すと大分低くなった高水三山から競り上がる棒ノ折山に奥武蔵。
   背には所沢から広がる開かれた関東平野がおぼろに霞み望まれた。

     上写真の御前山は惣岳山大ブナ尾根が右下に奥多摩湖に向かい.長い尾根を落している。
   先月は三頭山から西原峠まで雪積る笹尾根を歩んでいる。その時は数馬から都民の森までが積雪で喘ぎ愉しみながら苦労していた。

     散策路は残雪に埋まり.薄ら新雪も乗せて.三頭沢沿いの散策路が分かりずらく.雪面に奮闘しラッセルしている。
   今回の降雪では融雪し始めた北面の山々も.更なる積雪を高めていることだろう。この三頭山を越した先は向山1770.8m。

    里へ下りる多摩川右岸の市町界尾根
   東南面
    三室山654.7m峰.655m峰.高峰築瀬尾根.一段低く見える日の出山北尾根.大塚山.御岳山.奥の院.鍋割山.大岳山

    「指」
     本仁田山(ほにた)は別名.高指山とも呼ばれ.由来はヌタ場があったとの説がある。
   本峰周辺には「指」に係る地名が狭い範囲に集中的に多い。「指」はサスと呼び民族学的には焼畑を意味していた。
   本峰北寄りには「鉄砲指」があり.平石山との間の鞍部には「妙の松」と云いう小鞍部がある。

     又平石山尾根から下山に選んだ妙指尾根は白丸から根岩を経て権指尾根を詰めて本仁田山を越えてきた。
   更に日原川対岸には下る真向いに日陰指尾根がある。前回登った榛ノ木尾根にも沖ノ指山がある。周辺には以外と「指」の名が多く付く。

     私のいる所は一面の残雪に覆われている。ぽつりぽつりハイカーが花折戸尾根.或いは川苔山から現れた。
   2グループに単独行2名が入れ替わりに登ってきた。丁度正午になり.何時もなら一人で休む処.ベンチがあり利用させて頂いた。
   それ故.共に食事をするハイカーと一言.二言語り合う。

     高水三山が大分低いと云えば.新宿のビルが見えないと探す私。青梅から来た人が加わり.今度は山口貯水池を探す。
   ここには図々しい者はいなかった。ベンチを譲るも最初は遠慮する彼女。立ちわると云っても数人だが.
   皆静かに周りの雰囲気を壊さないようしている。素手で防寒具の要らぬ暖かさ。サンドイッチに冷たい飲物が心地よく喉を通す。

   高水三山岩苔石山.右脇にやや低くなり
   東平野の眺め

    槙ノ尾山.棒ノ折山.黒岳.岩茸石山.高水山.惣岳山.その奥の低山が青梅丘陵
    手前が赤杭尾根・・エビ小屋山と赤杭山(赤久奈山)

     右上の遠く小さな白い面が西武ドーム.
   左側の薄い白みは狭山湖.(山口貯水池).所沢市にある東京の水かめ.傍にユネスコ村があり小学校の遠足で出向いたこことがある。
   更にぼやけた右側が多摩湖(村上貯水池)になる。今回は新宿の高層ビル群は霞みの中で分からなかった。

     ここ本仁田山の頂から見下ろす高水三山は思いのほか低く望まれた。久し振り眺める山並に以外と感じる低さをもっていた。
   地形図を読むと岩茸石山793.0m.本峰は1224.5mと494.5mの大きな高度差があり.頷く自分がいる。ただ以前.真名井北稜から登った感覚が.
   イメージとして残り.その違いが大きく隔てられ.発想を変えさせられていた。川苔山との標高差は138m.

    もう1つの大仁田山
     手前左端に赤杭山と採石所が見られ.右に長く延びるのが赤杭尾根で.尾根末端はjr川井駅になる。
   赤杭山の上部に重なるのが惣岳山. その右奥が高水山。その更に奥が青梅市の成木になる。小沢峠を境に県境の飯能市と接している。

     その県境の気持ち飯能市側にあるのが名栗側の奥武蔵「大仁田山」。少し霞みあり見ずらいが聳えている。三等三角点標石506m.
   ここ奥多摩町の「大仁田山」から対峙して眺められていた。私は大仁田山に登り.高水山の長大な東尾根を下って「大仁田山」に至るまでは.
   「本仁田山」を「高指山」だけだと思い.又成木の大仁田山は2つの同名の山があると勘違いしていことがある。「大仁田山」で分かった間の抜けた話。

   頂の北斜面.次第に積雪は多くなる.12:20

    下山
     本仁田山から腰を上げ,北西の平石尾根に入り込むと急に積雪は増し.30cm前後の雪。足首の高いドイツのワグナー製.
   登山靴を潜らしている。前日は融雪を心配していたが考えなくともよいほど心は高ぶり.想像以上に徳をした感触を持っていた。
   川苔山への分岐までは綺麗にトレースされていた。平石尾根に入り積雪は更に増している。踏み跡なく.小さなラッセルを築き楽む。

    向いが平岩尾根
   右手が川苔山鋸尾根への登山道L字の分岐.12:23
    左端は造林地の白看板あり

    本仁田山肩の分岐
     平石尾根を勘違いしていたか道標で封鎖され.先の腕木もなく登山道ではなかった。道標に導かれ右に折れれば防火帯を下り.
   直ぐ隣の瘤高山(1116m.コブッタ.焼多亡山・・ヤケクボ)はさほど広くないが展望は開かれる。

     南東へ派生させている杉ノ尾根は大きな広がりを見せていた。殿上山を経て大根ノ山ノ神へ下り.
   大ダワからの登山道とも合わせ過って鳩ノ巣へ下りている。尾根末端は峰入川谷出合.古里附にでる。

     瘤高山を越えた鞍部の大ダワは林道の分岐であり.川苔山鋸尾根の末端にも当たる。南方.多摩川を隔てた町界尾根にも.
   鋸山の鋸尾根がある。又西側の主尾根鞍部にも大ダワがある。この2つの尾根の因果関係は分からぬが偶然の名ではあるまい。

    瘤高山.本仁田山と西方は平石尾根の平石山1075m圏コブ
   神庭尾根の伐採地から西面

     シオジ窪右岸尾根を詰め松岩ノ頭から鳥屋戸尾根.神庭尾根を下った折.撮影・・2016.12.03/14:00
   川乗谷を隔てての平石尾根の1075m圏コブから裏側の日原川の本流沿いに落ちる妙指尾根を下っている。

    平石尾根
     道標の裏へと直進した。平石尾根は処女雪のような雪面に覆われ.踏み跡は埋まり分からぬが
   何処でも自由に歩める素敵な所だった。新たな尾根に入る時の衝動と云うか.感動は時として異にしている。

     足を踏み込むのに悠著する尾根に.明らかに断念する尾根もあった。何か惹き込まれそうな尾根もあり.
   ふと取付きで一瞬の葛藤があったとしても.一歩踏み込めば直ぐ悠然と憧れ湧きあがる径が開かれた。

     期待に添えぬ一番悪い尾根は踏み跡らしくない作業道。春雪が全ての山道を埋め尽くせば,己の踏み跡がトレースとして又開かれる。
   大地は残雪で埋め尽くされ.当然地表を知ることはできないがそれは異にしている。積雪のある風景は径だけでなく.山そのものを変えていた。

     貧相な感じる山容は雪の白さに覆われば立派な山へと変貌し.向う志にも張りが出ると云うか,惹きつけられるものに変えている。
   積雪は次第に深くなってきた。己一人で入れた欲望に.「何処へでも進めるぞ!」と期待と願望が込められてもいた。

     先を覗くと確りしたトレースが1本綴られ.がっかりさせられたが壺足のルートで少しホッとした。
   そして同時.惹き込まれる衝動に掻き立てられている。昨日の踏み跡のようだ2名の足跡が残されていた。

    川苔山と北峰
   逆川を隔て.モノレール軌道を跨ぎ.12:27
   逆沢を隔て川苔山ウスバ尾根と鋸尾根

     更に深くなった積雪は下腿辺りで登山靴もすっぽり潜る深さ。モノレール軌道を横切る。
   レールを支える柱の頭の部分が少し雪面から出ていた。跨ぐと足場が分からずグーと沈み込み.バランスを失いがちになった。
   植林帯から右手北側は雑木林で.灌木の裸林. 左右明暗のはっきりした尾根筋になり.緩く下る斜面になりと雪粒を蹴るよう雪斜面を切り進む。

    平岩尾根
   点々とやや目立つ赤テープに明るい尾根.12:28

    長沢脊稜
   明るいが展望に雑木が煩い.12:57
    三ッドッケ.棒杭ノ頭.仙元峠.蕎麦粒山・・ドッケに重なるのは大栗山.七蹴山

     平石山は東西に細長い平頂で北側の木々の間から三ッドッケや蕎麦粒山が如何にか確認できた。
   ただ探すポイントが少なく.歩きながらの展望は余り良くない。道中.この風景が常に林間に見え隠れしていた。

     平石山との緩やかな鞍部.妙の松を下り返し.尾根伝いに下っている。ただ.もう少し何処か1ケ所でも樹間の切れ目が欲しかった。
   又川苔山分岐から妙指尾根への下降分岐までは藪絡みの多い地形で川乗谷流域の谷間を見下ろすことはできなかった。

    平石山1075.0m
   同じような林層の続く尾根.12:57

     分岐からはほぼ一直線の平石尾根. マーキングの必要のないほど単純な尾根伝いになる。
   それでも.妙指尾根分岐までの間はほぼ平坦で.赤テープと立木の幹に帯状に塗られた白帯のペンキがよい目印になっていた。
   ただ平石山の山名標はこの辺だと捜すも確認できなかった。恐らく何処か立木に小さな木片が掛けられている筈だが。

    妙指尾根のツメ
   平石山の直ぐ先にある尾根分岐.13:07

    尾根分岐
     平石尾根の分岐にでる。頂から仄かに下った左端に「火の用心」のプレードが立木に掲げられていた。
   プレードに「(左下)大沢 (後)寺地」と記されていると松浦本には書かれているが見当たらなかった。
   少し右寄りから南南東に下るのが妙指尾根。この尾根の林層の境が尾根筋になり.日原川の向寺地に下りている。

     西側の主尾根に降りるルートにはラッセルの跡はなかった。840m圏コブを越えて12号鉄塔に至るルート。
   日原鉱山と氷川を結ぶ石灰石運搬用索道を横切り.平石橋の手前に下り着き.日原川の右岸に渡れば大沢集落口にでられる。

     根岩越しマイクロウエーブ760m
     築魔山760mPから本仁田山を経て平石尾根・・ヒオドシチョウ
     平石山妙指尾根を南下しjr奥多摩駅