三頭山.西峰からの尾根・・御堂指尾根
     東峰で南西方面に霞む富嶽の展望を望み.奥多摩湖南岸に没する御堂指尾根に乗る。最低コルからは山肌異なる異色の谷間を眺める。

    三頭沢から蜂指沢ノ頭東尾根と三頭山.西峰
    西峰から御堂指尾根1020m圏の最低鞍部へ・・三頭山3つの頂と三頭御前
    1050m圏コブから「村のふるさと村」と湖畔歩

     三頭山.の西峰1514mには宮標石と云われる標石がある。三頭山は宮内庁が管理する御料林だった為の境界として宮標石が設置されていた。
   又東京府の境界石がある。東京府時代の境界石なのだろうか?

   三頭山三峰
      
   西峰標と恩賜標石1524.5m.11:36         中央峰標1531m.11:43            水道標柱と三角点標石1527.5m.11:46
 
     三峰から御堂指尾根のコル
      11:36三頭山三峰.昼食12:00一12:23(1450m圏尾根取付き)一13:30最低鞍部1020m圏一13:37(1050m圏コブ).
    御堂指尾根
     西峰と中央峰の間が御堂峠. 峠から下る北面には中尾根を右に分け.入小沢ノ峰付近からから三方に尾根を派生させ.御堂指尾根と共に
   奥多摩湖の南岸に没している。又御堂指尾根は三頭山の北側.ヨシスキと砥沢をわけている。
   距離は短いがはっきりした尾根で.古くは三頭山を御堂山と称し.山頂の東のコルを御堂峠と呼んでいる。御堂指尾根もその辺りの由来だろう。

     このコースは2011年2月に新玉川橋から入小沢ノ峰シンナシ尾根を経て.糖指尾根から三頭山南面の日溜りの牛飼尾根を下っている。
   北面の湖畔も凍る大地から幾らか残雪を踏み.南面に逃れホッとした山行だった。南東側に進めば笹尾根から大沢山を越え.
   先は武相尾根末端の高尾山にでる。前回のルートは西原峠からカヤトを抜け郷原.阿寺沢入口bsにでている。

     何時も長居をする東峰は素通りして.久し振り以外と広い御堂峠を越える。中央峰.東峰に寄るのは9年振りになろう。
   擦れ違うハイカーは1組か.2組。小広い頂は何処も静かな雰囲気をかもちだし.時より薄日が差し長閑な雰囲気を漂わしている。
   撮影を頼まれた東峰では自分は遠慮したものの.一言.二言が私自身がカメラに収まる姿になっていた。

   鞘口峠への稜・・東峰脇の展望台より
    御堂指尾根
   目指す御堂指尾根の西面

     展望台に立つと正面に向かいを横切る大きな藪尾根が御堂指尾根。広い源流はヨシスキ沢左俣のボウメキ沢になる。
   左奥に霞み聳える倉戸山の山陰はこの後.尾根を下り終えるまで望むことになる奥多摩湖対岸の山。尾根の左端が最低鞍部のコルだろう。
   展望台とは言え.手前には灌木類が育ち過ぎ.眺望の望める範囲は樹間越えの狭い範囲に限られ.御前山から浅間尾根の間になる。

    御前山と大岳山から続く馬頭刈山
   東峰展望台より.11:50
    右上の谷間奥が生籐山

     先月訪れた遠望の山々を求め.展望台に立つのも久し振り。ハイカーの皆さんは誰もが遠慮がちに遠目に互い見守っている。
   そして日差しまでもが雲量が増すと共に明るい日差しは薄日に変わり始めていた。

     頭上を覆う細かい積雲群は白と灰色の斑な色合いを見せ.更に同じほどの大きさの隙間から蒼空が散りばめられるよう抜けている。
   それが空一面に広がり.陽光は遮られ.高曇の様相をなし始めていた。
   朝方から気温が上昇し.留まっていても寒くはないが.何んとなく雲の厚みに息苦しさを覚える昼下がりだった。

     昼食のサンドイッチを摂りながら東峰の展望台を一人占めし.東面の霞む山並を見渡した。
   過って歩んだ山々が見定められ.回顧されるよう.その時の一画面が次々に浮かびだし.ミスや苦労した時の1コマが連想を起こさていた。
   それが又懐かしくもあり.心地よい響きを持ち感じられていた。

    大岳山馬頭刈尾根
   北秋川を隔てた左景
    暮れに大岳山御坂尾根を訪れ養沢川側を綴っている。その下部が御前山湯久保尾根.

     中央が湯久保尾根.モーテール1120m圏と仏岩ノ頭1019.2m。数年前春雪をラッセルし尾根通しを下っている。
   晴天に恵まれた一日だった。御前山の南面に入るとトレースも閉ざされ.泡雪の世界に飛び込んでいた。モーテールの頭上がクロノ尾山南尾根。

     手前が1225m圏コブと1302m峰.左手のコブ裏に風張峠があり.鞘口沢沿いに「山のふるさと村」と「都民の森」を結ぶ登山道.
   古道が生きている。右下は都民の森から数馬に至る奥多摩周遊道路が見下ろされた。

    浅間尾根.浅間嶺
   右景.北秋川と南秋川.11:51
    一本松.浅間嶺.松生山

     浅間尾根は奥多摩町と檜原村の境界尾根.風張峠から東方に派生した尾根で.幾つもの起伏を持ち秋川本流の二俣に没している。
   又この河川は奥多摩最長の支流となり.北秋川と南秋川を隔ている。高度は1000m級の低山が連なり.四季折々の風情が楽しめられる。

     浅間の地名は各所で見られるが富士山浅間神社を指し.多くは富士が望める峰や峠に付けられている。
   又尾根筋は古くから交易路として綴られ.風張峠を越えた小河内村や尾根沿いの檜原から五日市と結ばれていた。
   道脇の随所に祠や石仏.馬頭観音があり.昔を物語っている。古道が通る山径だが私にはまだ一度も踏み込まぬ未知の尾根だった。

    三頭御前
   小さな石祠の中に仏像がある.12:12
    赤帽白柱(都水道局の用地境界目標)裏は崖縁

     展望台から鞘口峠へ.東へ下ると左脇に三段構えの道標があり.その1つに「この先行き止まり」とある。
   詰めた小コブには三頭御前1470mがあった。裏側を覗き込むと厳しい崖縁に祠が祀られていた。次の尾根が御堂指尾根の取付きになる。

   御堂指尾根取付き1450m圏点.12:23

     この下にも登山道の左脇に「←三頭山山頂. 鞘口峠約40分→」の標識と「↑この先行き止まり」の三段の道標が立てられている。
   その1つ。「行き止まり」の腕木先は支尾根に向かっている。丁寧に整備されたような確りした踏み跡が綴られていた。
   更に鞘口峠寄りに下ると風雨のしのげる見晴小屋があるそうだ。全く忘れてしまった小屋。ただ見晴と呼ばれるも.周りが成長し展望はないらしい?

    御堂指尾根
     御堂指尾根は部屋の片隅にあった「奥多摩の尾根と沢」奥多摩山岳会編を久し振りめくり.目に入った見開き2ページばかりの記録。
   「御堂指尾根は三頭山の北側.コシスキ沢と鞘口沢と砥沢を分けてをり.距離は短いくはっきりした尾根で積雪期に格好のルートと思われる。
   古くは三頭山を御堂山と称し.山頂の東コルを御堂峠と呼んでいた。御堂指尾根もその辺りの由来であろう。」と前文にあった。

     この文章が切っ掛けになり.雪中でのトレースを望み.2月に実行したが挫折し.今回は無雪期に変わってしまった出向くことになった。
   奥多摩湖南岸の尾根は水窪山天平尾根(小河内尾根)と入小沢ノ峰シンナシ尾根.糖指尾根のみしか訪れていなかった。
   その間の御堂指尾根に入る。

     尾根末端は鞘口沢が西方に回り込んだ湖畔にあたり.扇状の丘陵には「山のふるさと村」がある。
   帰路は湖畔を真向かいに迎えた.「山のふるさと村」を南北に抜けて.南岸の遊歩道から麦山浮橋で北岸に渡り.三頭山越えを終えている。

     「指」・・「指」「サス」は焼畑が行われた場所を意味し.山中ではカヤトが広い範囲に生育したことを示している。
   最近訪れた場所としては権指尾根.妙指尾根.高指山.沖ノ指山.赤指尾根.糠指尾根.今回下る御堂指尾根などがある。
   農耕民族の地形名なのか.オオザス.蜂指.サス沢など多い。

    御堂指尾根
   ミズナラにカエデが茂る尾根のツメ
    年季の入った「林班地」標に真新しい境界標柱.12:28

     尾根に入って直ぐ真新しい赤帽白柱(用地境界線標.都水道局)の標柱を見る。余りにも新しくその違和感から.
   何か違った感じを受け取っていた。そこで前方に大分年季の入った古い菱形の林班界名標柱を見付けている。
   この後は「水源林の都水道局」赤帽白柱は点々と尾根を綴っていた。

   樹間を縫い微かに見下ろされた奥多摩湖.12:35

     御堂指尾根に立ち以外と早くから見下ろされたのが奥多摩湖。尾根の前方に見える陰が1246m点だとすると北岸は熱海付近になるだろう?
   高曇になった弱い日差しに.幾らか色付き合う冬木の枝々の絡み。まだ華やかさには欠けているが色合いは少しずつ濃さを増している。

     まだ原色に近く.尾根沿いの木肌も.湖面の色合いも何処もが薄いベールに包まれているようだが春の兆しは少しずつ現れ始めている。
   尾根沿いを見渡すと右手の低木の隙間からも.同じような色合いの砥山らしき大きなコブが望まれた。

   以外と煩い灌木林.12:35

   藪尾根を綴る.12:36

     偶に見る褪せた赤テープ。それを越す真新しいテープが規則正しく尾根筋に付け加えられていた。
   また赤帽白柱の標柱も仕切りなり。

   尾根に真新しい3点セットが設けられている.12:39

     真新しい3点セットが尾根が始まると末端まで主尾根は忠実に設置されていた。又距離間から見ると1072m峰の東西両尾根にも印されている模様。
   右側は植林帯.尾根筋の自然林の中を行く。黒抗は下るにつれナンバー数が増していた。調査とは確りした踏み跡を造ることになる。
   又主尾根の下半に至ると以外と広く自然林に占められていた。

   細かな岩稜帯.鞘口沢寄り.12:46

     右手から尾根が合流し.1246m点から左方向に向かい.細かな岩がちな尾根が多くなり.低木の藪も多くなった。
   確りした尾根幅広い尾根だが地表に現れる灌木等の茂みはまだまだ通う人の少なさを物語っていた。
   危険な場所がない反面.足元の煩さは以外と多い。灌木の枝々に下枝の絡みが多く.それに倒木に波打つ急斜面は小さな露岩も現れている。

   アセビの群生地.12:53
    地表は凸凹の台地が続く

   林層の境.12:56
    自然林と植林の林層の境が1072m圏峰まで続く

   尾根上部を振り返る.13:00
    おぼろな中尾根上部と反対の鞘口沢側には立派なダケカンバやシラカバがあるのに気付く。

    中尾根末端の斜面
   背は糠指尾根.13:03

     新たに見付けた中尾根。糠指尾根と御堂指尾根との間に隠れるよう延びるヨシスキ沢の中間尾根になる。
   史料が乏しいく頭の片隅に残される尾根になった。

   曲根の賑やかな尾根筋を見上げ.13:22

   下ってきた林層の境を振り返る.13:28

    御堂指尾根1072m峰の北西尾根
   植林帯が尾根筋を回り込む.13:28

    三頭山中尾根末端
   御堂指尾根の最低鞍部より.13:31
    背は入小沢ノ峰1302mとヌカザス山1175m. 手前がボウメキ沢.で中尾根の裏側が入小沢。

     コシスキ沢上流二俣. 右俣入小沢と左俣ボウメキ沢との中間尾根がヌカザス尾根の中尾根。
   その左又と鞘口沢とに挟まれた尾根の最低鞍部980mには古い踏み跡が横切り残されていた。

    鞍部から東西の斜面を見下ろす
   左手・・左俣の緩やかな枝沢斜面.13:33

     コル左側はヨシスキ沢(トシマキ沢)の左俣がボウメキ沢側の斜面になる。右俣は入小沢で.中間尾根が三頭山中尾根で詰めれは
   ヌカザス尾根に乗り三頭山の頂へ。中尾根を詰めるには高度を落とさず山側を大きく巻くよう中尾根に寄ることができよう。
   ただ中尾根に乗るには北西尾根を末端まで下り.中尾根に取付く方が無難だろう。山腹の登り返しがきつ過ぎる。

    御堂指尾根1072m峰の北西尾根
   右手・・サイグチ沢西口沢(小ミト沢)側の植林帯
   沢筋を下り切ると鞘口沢の右岸沿いに登山道(鞘口峠一山のふるさと村)が開かれ.中尾根に入るには見るから楽に詰められる。

    1050m圏コブ
   細長い無名の小コブ.13:37
   鞍部から直ぐ登り返すと植林は綺麗に枝打ちされ.檜の1050m圏コブにでる。下枝もなく.すっきりした樹林帯の中になった。

     三頭沢から蜂指沢ノ頭東尾根と三頭山.西峰
     西峰から御堂指尾根1020m圏の最低コルへ・・三頭山3つの頂と三頭御前
     1050m圏コブから「村のふるさと村」と湖畔歩道