| 前々回から続く三頭山北面の「指」のある尾根. 御堂指尾根 ・・都民の森Top 「けやき路」から都民の森に入り.三頭山西峰から御堂指尾根を下る 「けやき路」.「深山の道」を経て蜂指沢ノ頭東尾根―笹尾根から三頭山御堂指尾根・・「山のふるさと村」に下り湖畔南岸道.麦山浮橋 2016年03月31日.松村 三頭沢から蜂指沢ノ頭東尾根を綴り三頭山.西峰・・「深山の道」 西峰から御堂指尾根.1020m圏の最低コルへ 1050m圏コブから「山のふるさと村」と湖畔遊歩道 先月の初め榛ノ木尾根.沖ノ指ノ頭からカヤトの原に下り.本仁田山に連なる山波を望んでいる。そして2週間後には根岩越えをして. 権指尾根から本仁田山に立ち.妙指尾根の下りている。途中では日原川を隔て対岸に競り上がる狩倉山日陰指尾根の全貌を見下ろしていた。 続く「指」に係る尾根として.その月の内に日陰指尾根を訪れる予定でいた。 それが入山前日に左足首を痛め.山行は諦めている。原因は不明.運動不足と思い.筋トレの急な運動が却って仇になったのかも。 落ち付くまで一週間近く掛かり.暦が4月に変わると「都民の森」行の路線バスの平日運行が始まる。 まずは2月の企画を消化せねばと御堂指尾根へ出向く。ここも「サス」と名付けられる尾根で.都民の森から前回の山行「ケヤキの路」まで戻り. 「石山の路」から三頭山に立ち.御堂指尾根からは「山のふるさと村」に下り奥多摩湖の湖畔にでる。最後は麦山浮橋を渡る。 快晴無風の檜原街道.五日市市街地.8:29左上は臼杵山からのグミ御前. 右手前は金毘羅山.背は送電線新所沢線10号と12号鉄塔.この奥に並行している新秩父線は望めず。 4月06日(木)高曇 jr御徒町(¥918IC)6:16=6:21東京.特快:12=6:52立川.青梅行7:16=7:29拝島:40=7:59武蔵五日市.西東京バス.急行 (¥936IC)8:22=9:20都民の森・・東京発特快6:33.神田6:35=7:14立川. 久し振り始発の中央特快で出向く山行になった。武蔵五日市駅から始発の都民の森行路線バスは8時22分発。 それに合わせ前回より更に遅く.自宅を出ればよかった。春の交通安全週間にあい大勢の警察官が奥多摩駅と同様に駅前で子供を見守っている。 春の交通週間は奥多摩駅前でも何度か出偶していた。小学生の保護のため.父兄や警察官が氷川工業へ往来するダンプから子供達を見守っていた。 路線バスの乗客は私を含め11名.全員が「都民の森」まで出向いている。 昨夜降雨があった模様.朝方の街道は路面を生乾きさせていた。ぬかるんだ樹林帯の日陰指尾根を諦め.ホッとした気持がない訳でもなかった。 快晴の下.見る見る路面は乾き.素晴らしい好天に恵まれる。ただ時間が経つと共に蒼空は次第に雲行きが怪しくなってきた。 檜原街道 春の香りを受けた南秋川出畑付近.8:50運転手と挨拶を交し.一番前の座席に座る。フロントガラスを透し.朝方の明るい神々しい陽光が車内にも差し込む。 年配の運転手は都民の森直通.定期便になり.今年初めての運転だと独り言のよう私に伝えていた。 丁度2ケ月前に通った街道は路面を含め周り全てを雪白く塗りつぶす雪国だった。ガラス窓は霞み.エンジンを轟かせ街道を登り詰めていた。 もう一人の乗客は上川乗で確か降りている。一人になった私は暖房の暑さに贅沢さを覚え.雪山に興奮を覚える私を見て笑う運転手がいた。 外は凍った冷気に包まれていた。それに比べ.今の眩い陽光は春の色合いを強く含み始めている。 三頭沢九頭龍橋 閑散とした奥多摩周遊道路の起点.右は旧道分岐.9:13左手.九頭竜橋が奥多摩周遊道路の終点・・起点は風張峠を越えた小菅川出合の三頭橋. 右手が数馬温泉で民宿.宿のある旧道になる. 三頭沢へ「けやき路」の取付き.9:38都民の森バス停から戻り.「けやき路」の取付きは周遊道路のヘヤピンカーブ西側の地点。2月に訪れた時は右手の旧道から周遊道入口を横切り. 三頭沢沿いに遡っている。そこから周遊道が極端に南西側にヘヤピンカーブする200m手前の周遊道口から取付きにでていた。 深山の路 9:20都民の森1050mbs一9:38「けやき路」入口一9:59滝見橋一東尾根取付き10:00一10:15尾根上 一10:58ハチザス沢ノ頭一11:13大沢山一11:36西峰. 終点「都民の森」bsから三頭ノ大滝までは周遊道路を「けやきの路」の取付きまで戻り.2月に歩んだ同じコースを歩んでみる。 あれほど春雪に深く埋め尽くされていた三頭沢の谷間は前回見届けられなかったが石積みの確りした路面で綴られていた。 それも路幅1mは超す広い散策路。当時は全てが完全に春雪で埋められ.初めての道で道形は全く想像できなかった。 既に白一色の銀世界は失われている。3日前に地表に薄ら積った新雪も溶け.昨夜は小雨が降った模様。 今朝は本州では高気圧に覆われ.西から前線を伴った低気圧が東進。九州では午前中は雨.昼には四国.夜には近畿から太平洋側まで広がっていた。 融雪したばかりの冬木帯に新緑にはまだまだ早いが草木が茂る土色の世界に変わり.まだ疎ら過ぎるが小さな野草が芽を出し始めていた。 足元の散策路は点々と小さな雑草の緑が目立つようなる。 都水道局の石抗 シトシトと降り注ぐ新雪に埋まり全く分からなかった2段の石積み.9:50 「大滝の路」東屋前にでる.9:58「大滝の路」にでる東屋手前で.4人の職員が柵の改修工事を行っている。ここまで都民の森バス停から15分程.距離的には1番近いコースかも。 終点まで同乗したバスの乗客と出遭い.ビッくりさせていた。皆さんは管理棟からのウッドチップの路を歩んで来たようだ。
三頭沢二俣.10:00三頭沢二俣の左俣がヒカゲ三頭.右俣は日小屋ノ窪 取付き 三頭の大滝を仰ぎ.大滝休憩所脇を通り.三頭沢の対岸.大沢山東尾根(ヒカゲ三頭左岸尾根)の取付き地点にでる。 そして綴る対岸先を目で追い.渡渉点を探る。2月の山行の時は積雪多く.末端は雪ダルマ状態に埋まり.右手の三頭沢沿いに逃げている。 路肩の柵を跨ぎ取付く足元に浅い踏み跡があった。誰もが同じような所から詰めているようだった。 大沢山東尾根 東尾根末端を詰める.10:11 尾根末端に乗る.10:11やや煩い小枝が左右から伸び.進む先々に現れるが大したことはない。15分ほどで傾斜も落ち付き尾根に乗る。 大沢山東尾根を横断する「石山の路」.10:19「さあ!」,これからだと気が張るも.程なく尾根上に小径が横切っている。踏み跡ではない確りした径。 その時は分からなかったが散策路の「深山の路」に入る「石山の路」。ここは三頭沢の中間尾根で.大沢山東尾根末端を横切っていた。 右に折れれば三頭沢本流へ下り.ムシカリ峠に至る。左に折れれば「鳥獣保護区」の赤い四角い標柱を見ている。 不思議に思いつつ.誘われる間々.日陰三頭ノ沢を回り込んで尾根に乗り.熊倉山の北側にある「深山の路」の分岐にでてしまっていた。 更にロープが張られた左に入れば1熊倉山にでる。右に折れ.ハチザス沢ノ頭(金山)東尾根を詰めれば三頭山笹尾根にでる。 蜂指沢ノ頭 笹尾根の蜂指沢ノ頭東尾根の分岐.10:58東尾根は又.三頭大滝方面への「深山の路」の分岐. 蜂指沢ノ頭.蜂巣沢ノ頭.金山.1380mはその昔.数馬側の蜂巣沢で金を掘っていたと云う。 源頭を金山と呼んでいたとのこと。ここは道標類が一番多いコブ.都民の森の境に当たっていた。 遠く望められるのは葛野川左岸尾根からの甲相国境尾根に掛けての山稜で.松姫峠を越え大菩薩牛寝ノ寝通りへ続く稜。逆は甲州権現山へ. 笹尾根.「深山の路」から三頭山へ.11:10大沢山手前の地形図「猪丸」に記された小さなコブ.古い道標の右下に宮場石があった。・・明治時代に御料地とされた皇室所有の土地標石。 標石の上には「×」の印.側面には「宮」の御料局の印があり.又反対側には境界を印した表示が刻印がされている。 道標の裏側の鶴川沿いに延びる尾根口には大きな枝が並び横たわり通行止めを示していた。 三頭山中央峰と東峰 大沢山1482mより.11:13頂まで広い範囲にブナの森を笹尾根は綴っている。道標の正面に大茅尾根が落ち.裏側には大沢山東尾根が都民の森.三頭大滝へ下りている。 三頭山避難小屋 西峰笹尾根のブナに被われた1433.0mに建つ避難小屋.11:18真新しい鹿柵に囲まれた山小屋周辺 2月2日に訪れた時は数馬から「ブナの路」に入り.ムシカリ峠(ブナダワ)から三頭山御堂指尾根を下り奥多摩湖に下山する予定でいた。 それが三頭の大滝にでるまでに降雪で大分時間を費やし.小屋周辺は春の新雪に枝木も雪白く積り.一面の銀世界で覆われていた。 先は諦め三頭山から笹尾根に引き返し.西原峠から郷原に下りている。 今回は路線バスの運行を見定めて入山した。朝方の明るかった陽射しも雲天に変わり.どんよりした風景が周りを重く包んでいる。 人寂しさを感じる漂いが又一人旅のよさをも味わっていた。 この先ムシカリ峠はムシカリの多いことから呼ばれている。 東側に下る三頭沢は1991年の台風12号による土石流で.地表が削り取られ.明るい沢に変わっていた。 前回沢沿いに遡った時は二俣から河原状に開かれ.雪白さもあり.明るい沢を感じさせていた。 三頭沢から蜂指沢ノ頭東尾根と三頭山.にディ峰・・「深山の道」 西峰から御堂指尾根.1020m圏の最低コルへ 1050m圏コブから「山のふるさと村」と湖畔遊歩道 |