| ・・高丸山ツバノ尾根 日原林道林道南面の尾根Top 奥多摩の清涼感溢れる日原川本流・・偵察と探索と鹿の全身白骨体 ツバノ尾根の取付き地点の間違いから日原川本流を探索し遊ぶ・・鹿の白骨体 2016年06月11日.松村 高丸山ツバノ尾根 石尾根の高丸山1733mから稜線東側のほぼ北東方に派生するのがツバノ尾根で.日陰名栗沢とマミ谷桧尾沢を隔て.日原川本流に没している尾根。 石尾根の北面に延びる尾根として山ノ神尾根.ネズミサス尾根を綴り.昨年の夏は更に巳ノ戸尾根・鷹ノ巣尾根を訪れている。 又11月には東側に並行して延びるヤケト尾根から水根沢林道へと下っている。今回は日原川の渡渉から始まるツバノ尾根に挑む。 梅雨の不規則な天候の中.好天が予想され.取り合えず入山する。それ以前の予報では前日の夜半.雨に変わり.2度に渡り入山を控えていた。 この時期の水位は膝前後. ズボンを脱いで渡渉から始まる山行は沢登り以外では久し振り。奇怪に満ちた行程は愉しめる筈だった。 それが鵜のみで実行した為.取り付け地点でのミスから時間的に登高不能になり.それではと日原の渓谷を探索し清涼感を味わうことにした。 猛烈な薮漕ぎも味わう。 カニ沢のカツラ 日原林道八丁橋760m手前右岸で.8:346月11日(土)快晴後曇 jr御徒町4:44=4:50東京:58=5:55立川.青梅線6:04=6:34青梅:35=7:18奥多摩:27=7:52東日原bs 本来ならカニ沢の「巨樹カツラ」をアプローチで迎え.ツバノ尾根を越えた峰谷の白髪神社にある「下りのカヤ」を見聞し.山行を締める積りでいた。 ただ残念なことに取付き地点の勘違いは呆れるばかりに甚だしく.山行を諦めている。そして次回に繋げるしかなかった。 日原川流域はまだまだ若葉に溢れ.若草色の色彩で満ちていた。渓流に踊る飛沫も.朝の強い日差しを跳ね返り.銀色の煌めきに輝いていた。 こうなれば時間を気にせず.渓谷を辿り.戯れる以外なかった。 八丁山 八丁橋で左岸に渡り日原川本流へ.8:477:52東日原bs一8:34八丁橋一9:00カヤド尾根取付き地点一9:11間違えた下降地点⇔9:55日原川.大12:20 一12:55林道取付きに戻る一13:12更に先の松尾尾根東枝尾根一14:15日原林道を戻る一15:07東日原bs. 日原川の二俣.日原林道八丁橋760mにでる。直ぐ右手脇にオロセ橋が架かり.手前の孫惣谷林道はゲートが塞がれていた。 テコを利用した細い1本の横ポールで塞がれ.ポールの右脇には錘が付けられている。上下に開閉させて動作を楽にする昔ながらの振り子のゲート。 それに比べ.本流沿いの八丁橋の前後にある2つのゲートは奥の1つに纏められ.真新しい鋼鉄製のガッチリしたゲートに作り変えられていた。 その駐車場には車2台にオートバイ3台が既に停められていた。その脇の道標には「天祖山登山口」とある。 孫惣谷は日原一の石灰岩の産出量を誇り.この孫惣谷出合からは昔.天祖神社に参る信者の姿が多く見られたという。 巳ノ戸尾根西面 左景・・日原林道より.8:54八丁山肩からお伊勢山.ヒルメシクイノタワ 昔鉄砲出し跡 林道の左下.ミノト谷(巳ノ戸谷)出合から少し下ったところに大きなミノト谷出合の淵があり.重次郎淵の手前には「昔鉄砲出し跡」がある。 日原川では木材流しの方法として.鉄砲出しが三ケ所で行われていた。鉄砲流しとは川を塞き止めて.貯めた大量の水とともに木材を流す方法。 ここは下流から2番目の場所に当たり.鉄砲流しをした後にヤマメの姿が消えたという。 長沢出合下が一番上流にあたる鉄砲出しの跡。切り倒した木材を谷からひいて一定量貯まると川を塞き止め.小さな堰と共に一緒に流していた。 小川谷出合下.丸淵付近が一番下流の鉄砲出し跡になる。 1本名流しとか筒流しと呼ばれていたが水量の少ないときは堰を造り.鉄砲出しが行われていた。 再び山登りを始め奥多摩地域に足を踏み入れ.10年目になる。 奥多摩三山から始まり笹尾根から石尾根に移り.4.5年前までは日原川本流は夢の世界だった。 仙元峠越えし秩父に抜けた時も.第一歩を踏み越える気持ちは憧れや未知へ.1つ先を見定めるような清い冒険心を持ち挑んでいる。 それも長沢背脊稜越えに通い慣れると新鮮みも薄れ,過っての淡い想い出として.今は当たり前のようになってしまっている。 今年も長尾谷やヤクナイ尾根を詰めている。その時の最初の気持ちを引き続いたのが八丁橋を境にする領域だった。 石尾根の北側の支尾根群は山の神尾根から麓を日原地区に構える尾根へと移り.巳ノ木尾根まで辿りついたのが数年前。 その折巳ノ木林道から続く.その先は未知る流域へと志すようなり.日陰名栗山.高丸山の北面の尾根を知るようなった。 HPで.kamda氏を知りその影響を受けたのも少なくない。 八丁橋は仙元峠の時と同じような感情を持ち通い始めていた。それが通うにつれ今では当たり前のようになっている。 長沢脊稜にタワ尾根.天祖山尾根から枝尾根へ。それらの枝尾根を横切る巡視路が今は山行のメーンにもなっていた。 今回は前向きの慎重さに欠け.惰性の如く下調べも疎かにしていた。既に入山前にトラブルに陥っている。 お伊勢山からヒルメシクイノタワ 右景・・8:55八丁橋で左岸に渡るとまず真近に八丁山の裾が左手前に構え.オハッ窪を過ぎると広い空間に巳ノ戸沢を隔てる山々が現れた。 対岸には巳ノ戸沢沿いの尾根が大きく孤を描き.八丁山からお伊勢山. ヒルメシクイノタワから鷹ノ巣尾根に連なる山並の裏面が見上げられた。 この右手.巳ノ戸沢左岸尾根がヤクト尾根.挟む先に並行するのが高丸山ツバノ尾根。 天祖山の曲り尾根末端の788m峰 日原川本流左岸の日原林道.8:59うねる林道の正面にヤケト尾根の取付きとなる曲り尾根末端の最後のコブが見上げられた。その裏側が目的のツバノ尾根。 ただ単純に判る筈の地形が頭のどこかでズレていた。地形図の隣り尾根がここでは見た目の裏枝尾根になってしまっている。 曲り尾根末端のクビレ ヤケト尾根吊橋取付き地点.9:00八丁橋からバックミラーが立つ3本目がヤケト尾根の取付き。新たに林道滑り止めの為の石灰剤置場が設けられていた。 ゲートと云い.日原林道の手入れは着実に進んでいるようだ。 前回同様.左手奥のカヤド尾根取付き地点には「この先危険のため通行禁止にします」の標柱が隠れるよう大きな標識で表示され. 踏み跡は取付きから見た感じだけでも前回より.確り踏めれていた。 又規制とは反対に登山詳細図「奥多摩」2014年11月発行には「都の自粛要請」として表示されている。 左にカーブすると中小屋沢.9:07松尾尾根右支尾根の末端クビレ 支流中ノ小屋沢(ナメダキ窪)の直ぐ先.9:11本流から戻り.バックミラー裏に踏み跡を見付ける 曲り尾根末端の林道を廻り終えた.次の770m圏コブのキレット状の鞍部. 松尾尾根の右支尾根となり.4本目のバックミラーが立つ。 うかつにも何を勘違いしたのか.このコブから日原川に降りている。 戻り上流側に探るとその先に.左支尾根から降る日原川に突き出したツバノ尾根の取付きがあった。林道の山側には林班界標柱「46/47」が立つ。 15分ほどで早く取付きに着いたとホッとするも.結果的には更に15分ほど先に本来の取付き地点があった。 ここはヤケト尾根への1コブ先の尾根に切れ目。日原川の川底に下るまで.何故か確認する考えも浮かばず.体はスムーズに谷間へと降りていた。 薄い踏み跡で下るルートは途切れ.不安が募るも谷底に降り続け.途中で地形の違いを知ることになる。 中小屋沢右岸斜面 東側に見付けた薄い踏み跡.9:16この中小屋沢(ナメダキ窪)右岸沿いの尾根の末端取付きから川底までは距離の割り変化に富み.又踏み跡は薄く荒れた作業道になっている。 踏み跡はなくなり突然消え.更に踏み跡らしくなるも.最後は更に険悪なまでの崖縁になっていた。 谷底が近ずくと岩場混ざりを踏む斜面に迎えている。2.3cmほどの土混ざりの苔層が岩盤に埋め尽くしていた。 見た目は綺麗に生い茂るも.踏み込むと靴底に引っ掛かりのない苔の岩表面を現わしていた。そうなるとクッションが使えず. 曲り根もなく足場はなくなった。曲り根が多い割に岩石面も多く.傾斜はもろにきつくなる。最近は歩かれないルートのようだった。 側壁をトラバース 苔がまとい付く岩場の隙間に埋まる枯葉.9:20沢の側壁から裏側の本流正面に至るまでは更に分かりずらい。 右岸の山腹を中央に斜下しながらトラバース.9:39中小屋沢出合 うねる本流の廊下を真下に見下ろす.9:46左垂直の壁先陰が出合.右側がヤケト尾根になる。 最後の沢底には古い残置ロープがあった.9:54古いロープ ラストは岩盤の微妙なバランスの後.川底に如何にして下りるか思案しているとロープを見付けている。 それも古いが太く豆結びで2本が垂直に垂れている。上から見てハング気味.それもやや長さがある。 ロープと同様.苔土付くぬかるんだ側壁だけに.下るにも懸垂の要領でロープを掴んでいる。 ここはぶらさがりながら降り得るところではなかった。完全にロープに体を預け.足はフラットに岩壁に付けている。 捩じれば即く滑り.空中にぶら下がることになる。又ややロープが足りず.ロープを離す覚悟も必要だった。 右手の苔壁に残置ロープあり 日原川上流側を臨む.10:03渓谷 下りた河原は新緑の薄暗い廊下を築き.自分自身が生き生きと若返る感じの清涼感に満ちている。 両手を広げ万歳したくなるような居心地のよさを湧きだしていた。 それこそ.谷底に立ってしまえは険悪たる渓谷の谷底に佇むのではなく.河原状の箱庭的感触をに浸る場所にもなっていた。 見える限りの谷沿いからは南面に入り込む沢は見付けられず.深い渓谷から筒を通したような側壁状から空を仰ぎ見ている。 対岸に踏み跡を探すも.分からぬと云うよりヘズる壁が扇状に連ね.踏み跡が刻まれる余地はなく.登るルートがないのは確かだった。 登り返すにも又一苦労.兎も角.周りを偵察することにした。 本流下流側 下降地点より.10:10 深みの廊下から戻る.10:28コの字に回り込むとヤケト尾根の取り付きの吊橋にでる 流心に深く浸かっての下りになるが瀞が続き.更に右側にカーブすると778m峰にぶち当り.その直ぐ下流がヤケトの吊橋になる。 そこまでの間に幾つもの淵を通り抜けると右岸の大きな岩の割れ目からこんこんと清水が湧きだしていた。 その冷たさは年間を通して変わりことなく.地中深くから湧き出したものと思われる。 鹿の白骨か? 上の写真左岸のやや高みで見付ける.10:28中小屋沢出合淵付近で 白骨 白い岩石に覆われた下流側左岸の河原. 流水で削り取られた岩盤のやや高みに.一頭の砕かれた白骨が間々現存した形で見付かった。 骨はやや長方形にバラバラに置かれ.頭と脚の部分は見当たらぬが.やや離れて脊骨らしきものがある。大きさから見て恐らく鹿ではあるまいか? 鹿の骨か? 私独自の考えだが一昨年の2月に甲信地方を襲った豪雪で谷間に落ちた残存か? それとも餓鬼の被害か。そして骨は肉付きの間々.他の獣に持ち去られたのかも。丹沢の雨山沢でも以前.鹿の白骨を見付けている。 当時桟橋はあっちこっちで崩壊していた。その中,流れ込んできたとは塊から見てあり得ない。その後.豪雨等あったのだろうに. よく残されている。ここは過っての古い作業道が部分的に残されているが見付けた人は少ないと思われる。 日原川上流側を遡る 右岸に渡り終え身仕度を整え.10:49渡渉828m地点.10:39 渡渉・・踏み跡は足元の右岸も.対岸にも見られなかったが対岸の逆方向から北岸を臨みたく.一度は渡渉を覚悟していたので渡っている。 少し下流の釜縁828mに浅場を見付ける。ズボンを脱ぎ.登山靴はヒモ付きのビニール袋を持参.ザックの左肩にかけ. ストックで先の水深を探りながらそり足で渡った。 昨日は晴天で大分流水したと思われるがまだ増水は続き,浅い所で膝やや潜る程度になる。これだけの水深のある所の渡渉は最近では珍しい。 数年前飯豊山梅花皮川沢ではパンツ一枚の渡渉を覚悟で入山したがその年は大雪に見舞われ.雪渓が出合近くまで埋まり助かっている。 沢登りでは1969年の梅雨期に小常木谷遡行以来で.渡渉して遡行してから岩岳尾根.茅谷尾根を下り.日没後に再び闇の渡渉をし終了した。 下降地点を間違え.河原に降りても作業道は見付からなかった。既に11時近くなっている。登り返しても尾根の登りだしは午後になる。 その間々少し遡行してみることにした。流心は瀞に瀬.小滝を持ち.素足に登山靴を履いては脱ぎ.ストック1本で探る優雅な姿。 右岸の高みに逃げるが側壁となり戻る.10:56釜を越す所が現れ右岸を高巻きするが今度は側壁に遭い河原に下り得ず.戻っては流心の浅瀬を求めて遡る。 この枝尾根は幅広い灌木の斜面が競り上がっている。その間々.尾根を詰めればヤケト尾根にでる。ただ急勾配は続く。 時間が加わるものの沢遊びは面白い。昔の沢登りと比べると何も云えぬが.一人で遊べる雰囲気があった。 滝壷を回り込めば改めて下流を臨み.潜るヘチを対岸に.或いは流心と途中からストックで手探りし遡る。慣れてくると水深も. 少々見て判るようなった。川筋が大きく左に回り込み.廊下から明るさが増してきた。11時半.先を諦め下降地点に戻る。 下流を振り返り.11:11 左斜面を一度斜上するが.11:11初夏真近の水色 下降地点828mに戻り昼食.12:13大12:20昼食 下降地点まで戻り.昼食を摂る。水は豊富だが今回はコンロを持参せず.お茶漬けのセットにした。 小さな弁当箱に詰めてきた。シャケに梅干しの海苔茶漬け。お茶を加え.スプーンで口に運ぶ。味付けとしてはミョウガよく. 一風違った味が添えられ.食欲をそそっている。 古い作業道 中ノ小屋沢出合.右岸山腹へ.12:20作業道 再びロープ下まで戻る。まず思案したのが如何にロープを利用するかだった。ロープの端に小さな紐が付いてをり.手で如何にか取れるようなっていた。 ただハング気味の懸垂型。ホールド替わりにロープを掴み.足場をフラットに置き腕力で登るしかない。ただ空身でない限り.腕力だけに頼るのは無理。 ここは1人での侘しさがある。仲間がいれば煩いほど「あーしろ・こーしろ」と声が掛かってくる。 早めに諦め周りを探ることにした。左岸上流側はそっている。下流側脇は見た目は階段状で登れそうだがツルツルの苔岩。 肩を越す岩積みを這い上がるクッションが使えず.足場は立っているだけでも滑る。 方向を変え更に下流側の窪溝に大きな黒いホースが半ば潜るよう設置されていた。日原集落の飲料水になっているのだろうか? 現在は日原浄水所の維持管理ができないため.仮に日原渓流釣場駐車場を整備し.日原.大沢.寺地地区の運用を始めている。 そのホースの向かいに荒れた作業道を見付けだした。ここも中小屋沢出合の一部に入るのだろう。 尾根の右斜面を斜上.12:22倒木に枝出し.潜っては跨ぎ.濡れている岩石は苔が厚く茂り.乗れば苔土と共にズリ滑る。 又倒木の下はぬかるんだ曲り根のよく潜る地床.大股の動作は腕力をも消耗させていた。 攀じ登っている途中で.大きく踏ん張り過ぎ.右下腿に痙攣が突然走る。張ったとピクピク感じた瞬間に肉離れが起きた。 肩足を上げ.左足は枝に乗った不自然な姿勢で我慢のいっ時.痛みの治まるのを待つしかなかった。 痛烈な痛み.息ができるのが不思議に思うほど痛い。それも峠を越え,終わりを告げる仕草を感じると.水の流れの如く痛みは引けた。 一息入れ這い上がる。踏み跡ははっきりし.左に斜上して.朝方に川底へ正面を降りた踏み跡にでた。 直上し浅い踏み跡が現れる.12:49足元の難場を越すと確りした踏み跡から往路の中ノ小屋沢右岸尾根山腹道にでる。 トラバース気味に斜上したものの.朝方下った難ルートの下にでてしまっていた。 改めて正面に戻り.左手にあるかも知れない作業道を探さず.その間々曲り根を掴み.腕力で一気に700mの藪急斜面を攀じる。 ここまでくればもう慣れた藪山.足元は浮き石が落ちる斜面だが.支えが多く直登する。呼吸の仕方も元に戻っていた。 直上すれば次第に茂みも薄れ.明るい空が開けだし.尾根筋に乗れた。 770m圏コブ 小コブを越えて.12:56平坦になると共に灌木の茂みが絡みだし.触れる枝々に若葉が触れる。晴れて日差しが臨まれば陽光に踊らされる台地にでた。 後半は尾根筋を詰めると左下に林道を見る.12:54尾根形を抜けると傾斜は極端に衰え.若葉茂るジャングルになった。 地形図「雲取山」を読むと等圧線2本で20mとあるがそれより低く感じるほど.小さなピークを越えている。 平坦な台地は短く.左下に林道が横切るのを見る。足元の左脇には踏み跡が現れた。朝方とは反対側.林道正面からコブの右端にでる。 鷹ノ巣尾根とヤケド尾根 更に左岸沿いの林道を遡る.13:10日原林道に入ると左に折れ.更に上流に向かい歩む。直ぐ左の路肩に「4k地点」のポイントを見ている。 右に回り込んだ林道は一部簡易舗装され.途切れては舗装部分を繰り返していた。 樹間を切り.左後方に鷹ノ巣山が朝方と変わらぬ姿で見上げられた。 手前の大きな尾根がヤケト尾根。その手前の茂みが.今谷底から登り詰めた770m圏の小コブになる。 松尾尾根右枝尾根の末端.13:12バックミラーなし 先程と似たような地形はこちらの方が取付きの踏み跡は薄いが確りしていた。 本来の取付きは林道に戻った地点から15分ほど先.八丁橋から40分ほどで松尾尾根の階段入口にでる。その直ぐ先になる。 名栗沢橋へ右に折れるバックミラーの立つ地点だった。ここから林道の突き出す取付きが認められる。 この支尾根から松尾尾根の末端が日原川に没するのを確認して.東日原に戻ることにした。 ツバノ尾根と手前が松尾尾根 林道Uターン地点より.14:13 上の谷間をアップ.14:1415:07東日原bs16:17=16:41jr奥多摩.ホリデー快速おくたま6号.¥1242. :56=18:36お茶ノ水. 回想 今回もつまらぬ下調べの不足から.その場の判断で.それも思い込みで取付きを間違ってしまっている。 それとは別に若葉溢れる渓谷美を一人.味わっている。素足の冷たさが又久し振りの谷間での清涼感に浸かり.新緑の藪山を往復している。 短い山中だが思いの外密で.楽しかったのも事実だった。 擦れ違いの路線バスを待つこと70分.私一人が東日原16時14分発を待つ間. 日原鍾乳洞の観光客を含め乗客は20人ほどになった。 そこに臨時バスを伴い.バス2台が現れる。朝方の満杯のバスを期待しての増便だったらしい。先行車に全員が座り.3.4名が後車に乗る。 余りにも差が激しく落胆する車掌は川乗橋bsの交通整理員に連絡した。乗客は2名が待つと聞き.諦め落胆する車掌。 日原トンネルを潜った路線バスは日原川沿いの街道を下って行く。倉沢谷に入ると車窓から日原線17号鉄塔が小菅山の山腹に認められた。 それから先18号鉄塔への送電線は途切れているよう思える。又終番の鉄塔を見当たらず。その奥に構える氷川採石所と結ばれている筈。 又平石橋を右岸に渡り.大沢バス停を過ぎると日原街道沿いの電灯線の電柱替え改修工事が関電工により行われていた。 平日山行が多い中.今年は4月に棒杭ノ頭南尾根を越えた時と.同じホリデー6号に乗車している。そして今の時期は帰宅とほぼ同時に日没を迎えた。 地形図「雲取山」「武蔵日原」.zzz「日原林道」.「ヤケト尾根とツバノ尾根」・・スカパ登山靴.19.806歩 |