笹尾根大ツイジ周辺Top
    大ツイジ北面の矢沢熊倉沢・・陸軍ノ滝と815m点北尾根を目指し. 861m点台地から軍刀利山西峰の北尾根を下る

   大ツイジ北面の南秋川の矢沢熊倉沢流域に落ちる2つの北尾根・・千ケ尾沢右岸尾根から軍刀利山長尾尾根に回り込む
     南郷の熊倉林道起点からトヤド沢出合を経て千ケ尾沢右岸尾根―広河原源頭から笹尾根を綴り軍刀利山西峰の長尾尾根を下り再び落合橋へ
                                                   2016年08月26日.松村
    熊倉沢右俣右沢出合奥の滝を目指し.左沢の千ケ尾沢右岸尾根から熊倉山先・・陸軍ノ滝
    広河原沢源頭860m圏から軍刀利山西峰.長尾尾根下り落合橋

     5年ほど前の2月.中学の時の幼馴染と熊倉山省武指尾根を詰め.笹尾根から大ツイジを経て.浅間峠からトヤド浅間に回り込み上川乗に下りている。
   その折.薄い春雪混ざりの大ツイジの笹尾根から冬木越えに覗き込んだ広河原沢の源頭に突き出す顕著な台形の台地861m点を真近に見下ろした。
   何時かその尾根のツメに乗る平頂のような台地を下から登ってみたい願望を抱いていた。見染めてしまっただけの何の変哲もない台地。

     頂手前の熊倉沢左岸側の支尾根に,はここだけが尖ッ突くが如く張り出す細長い台地状の平坦地が築かれている。
   何度か見て定めているが.何の変哲もない台地かも知れない。頂に立つのは二の次で.そこに立ちたくなる。
   下調べして漸く見付けた取付きの出合にある陸軍ノ滝と共に.今回の山行を思い付く。

     860m圏コブから見下ろした深く落ち込んだ谷間の先にはドヤド浅間が聳え.そこを囲む背の山並みは浅間尾根。
   更に大岳山馬頭刈尾根が遠巻きに重なるよう波打ちし望まれていた。熊倉沢に入渓したいと云う願望はこの頃から芽生え始めていた。
   まず矢沢林道口の南秋川.矢沢橋を渡り.願いの山々へと入り込む。

    矢沢本流と右俣の熊倉沢
   又.左矢沢林道と右熊倉林道の合流点.8:09

     矢沢は南郷で南秋川と合流する沢であり.本流より支流である熊倉沢.軍刀利沢が沢登としては名が知れている。
   矢沢は矢沢林道が上流部まで延び.奥矢沢橋で林道終点になると沢の水量をグッと少なくなる。
   踏み跡に変わると水はなくなり.立派な炭焼き小屋が直ぐ上にある。踏み跡を忠実に辿ればと茅丸にでる。

    矢沢.落合橋
     南郷bsから矢沢沿いに入り.矢沢二俣で右手に熊倉沢を分けている。
   浅間峠から熊倉山に掛けての大ツイジを水源とする熊倉沢は林道の終点付近で.右俣と左俣に分けていた。

     右俣の右沢に少し入り込むと陸軍ノ滝18mが落ちている。右俣の左沢の右岸尾根は千ケ尾沢右岸尾根.そこから大ツイジでる。
   その直下の850m圏付近に細長い平坦な台地がある。そこを目指した。冬木の時期だけが視界が広がり.背稜からでもはっきり目定められる台地だった。

     矢沢左俣は落合橋を渡り林道矢沢線が矢沢沿いに綴られ.先は笹尾根の茅ケ丸に突き上げている。又矢沢二俣は軍刀利山西峰からの中間尾根は
   長尾尾根で末端を落としている。復路はこの尾根を下り.落合橋下の矢沢林道側を渡渉して.右岸の護岸を這い上がり戻る形を取る。

     「奥多摩」宮内敏雄著には「浅間峠から熊倉山間の稜線を南側の里では大ツイジと呼んでいた。
   ここれは凸凹のすくない尾根の連なりが築地(泥で築いた塀)を連想させるからだろう」とある。

     どっしりした平坦な起伏の尾根でありながら.熊倉沢から壁のよう高まる地形を築地と云いはなしている。
   鶴川沿いと檜原街道を結ぶ大ツイジの主な峠路としては浅間峠.栗坂峠があり.南面の緩やかな斜面に対し.北面は滝が掛かる急峻で構成されていた。
   今回はドヤド浅間を南側から回り込み.熊倉沢の源流を詰め大ツイジを東進し.広河原源頭から軍刀利山西峰北尾根を下り.熊倉沢出合に戻るルートを取る。

     非常に強い台風10号.中心気圧945hpaが大東島の南.日本の南にほぼ停滞し.迷路を選び.今朝以降は東方に進み接近中。
   この停滞で今日一日の予報は.関東地方では曇天から晴天に恵まれた。程ほどの気温が予報されていたが早朝から陽射しは強く,32℃を超す猛暑。
   関東以西の各地では厳しい暑さになり.又日本海には高層雲で構成された前線が延び.対流雲が発達し九州北部で非常に激しい雨を記録する。

    大岳山馬頭刈尾根と浅間尾根
   笹尾根坊主山851mコブからの遠望.2011.02.19/13:14
    手前はトヤド浅間の稜と重なり合う熊倉沢沿いの尾根群

     写真手前が860mコブから緩やかな台地状の肩が広がり.200m強先から尾根が延び谷合いに落ちている。この尾根の末端は熊倉沢二俣に没している。
   2段並びの奥にあたる対岸の植林された山稜は左側が815m峰.右側がトヤド浅間831m. 浅間峠から時計回りに左手より支尾根伝いに回り込んでいた。
   中間奥が浅間尾根に乗る浅間嶺と松生山. 更に遠方中央右が鋸山からの大岳山西尾根と南尾根から回り込む馬頭刈尾根。

     足元に広がるのは熊倉沢の源流地帯.トヤド浅間とに挟まれた熊倉沢流域を見下ろしてはこの藪谷に気を惹きつけられていた。
   檜原街道から熊倉沢に入り.北面の大ツイジに立つのも面白かろう。ただ行程的には短いが藪絡みの工夫が必要になる。
   地形図「猪丸」を読むと以外と奥まで林道が入り込み.距離は短いが尾根が複雑に絡み合っていた。

    水源林保全地区区域図
   熊倉林道起点前の「保安地域区域図」
    左上がトヤド浅間831.0mになる。甲武国境尾根の熊倉山の右隣りから長尾尾根.連行山からは万六尾根は北方に延びている。

    8月26日(金)快晴
      jr御徒町5:11=5:16東京:23=6:19立川:25=7:01武蔵五日市.バス都民の森行:19=7:56南郷bs.

     今年は1月,2月と武蔵五日市駅から都民の森に向っている。同じ路線バスに乗車して.今朝は檜原街道出畑.南郷バス停に下車した。
   この北面の浅間尾根.払沢ノ峰(馬道沢ノ峰)858mにはバス停を120mほど戻ると手摺のあるスロープがあり.出野沢左岸尾根を詰める取り付きがある。
   又松生山933.7mへ詰める出野沢(いでのさわ)右岸尾根は街道を西へ240mほどで出野橋にでて.南郷神社の参道から取り付いていた。

     檜原街道(南秋川街道)から矢沢林道に入いる。バス停斜め前の坂道脇に「フジの森」.「矢沢林道」の看板に小さく「矢沢林道.生籐山」の
   道標が並んで立てられていた。下る右向かいに南檜原小学校の廃校を見届けながら.南秋川に架かる矢沢橋で左岸に渡っている。
   右手に南秋川と矢沢の出合が見下ろされ.ダートの矢沢林道に入る。

     「奥多摩」では「矢沢は南秋川の支流中では最大だけあって相当奥深くしずかな好ましい沢」と謂えている。
   名前の由来については「檜原城主.平山氏重が敗亡のとき敵方が射た矢が.この沢に沢山落ちたからだとあるが真は谷沢が妥当な解釈だろう」とある。
   矢沢や右俣の熊倉沢は懸谷の形状ではなく.南秋川には平坦面で流れ込んでいた。朝方から射し込む陽光は強い。ただ清流が涼を誘ってもいた。

    熊倉林道
   熊倉沢の左岸道の林道を綴る.8:12

     7:56南郷bs一8:09落合橋一8:45造林小屋跡一9:45熊倉沢右俣.千ケ尾沢とトヤド沢出合10:00一10:56(815m点)一
     11:00広河原沢源頭860m圏の平頂:15一11:45熊倉山と軍刀利山との鞍部.昼食12:17.

    林道
     矢沢林道に入り.切り通しを抜けると右手にNPO法人.檜原村教育の森「フジの森」を過ぎ.15分ほどで落合橋にでる。
   矢沢本流と熊倉沢との出合で.又右手に入る林道熊倉線の起点がある。前を歩む2人連れは矢沢で沢登りをすると.その間々左の矢沢林道へ折れた。
   私は時間が十分あると林道分岐点にある幾つもの看板を見定めてから.右手の熊倉林道に入っている。

     以前一度.トヤド浅間から矢沢林道を下り.南郷バス停にでる積りだったが.直進し下川乗の京岳バス停に下りたことがある。
   まだ春雪の残る頃で赤褐色の杉の花粉が放出される直前だった。枯葉が黒く焼けたような色合いを示し.
   更に焼ける夕陽と重なる赤く染まる杉林を見上げていた。

     落合橋のたもとにある矢沢林道.熊倉林道は.どちらも林道口にロープが張られ閉ざされていた。
   すっきりした矢沢林道に対し.熊倉林道は「ガケ崩れのため通行できません」とロープに注意書きが吊られされていた。
   熊倉林道の路面は下草がボウボウと茂り.車の轍のみが根付かずの間々.剥がれたような裸土を示して.見た目より生い茂っげる雑草は勢いがよい。

     昨日は一日.全く降雨はなかったと聞くも.林道を覆う下草は連日の夕立に朝露が混ざり.瑞々しいまでの樹葉に雨雫を蓄えられている。
   その露草を除けようと手を添えた折,間違ってアザミ系の草をうっかり握んでしまったらしい。手のひらに棘が幾つか刺り.何となく右手がうずく。
   林道を歩むこと5分.既に下半身は露払いでビショビショに濡れている。先が思いやられると覚悟するも.絞れば滴れそうな露粒はズボンを重くした。

    熊倉山北尾根と坊主山
   熊倉沢西沢と東沢を隔てる中間尾根.8:13

     林道の起点から200mほど. 覆い被さる樹林で林道から見上げる樹冠の隙間は狭く.仰ぐ天空も小さく閉ざされている。
   その前方に開かれた場所が1ケ所あった。見上げる岳は地形から見て熊倉山北尾根だろう。今日笹尾根に登る第二候補として熊倉山.
   第一はトヤド沢出合からの大河原沢右岸尾根を詰め平頂にでる。どちらにしてもトヤド沢の出合にある陸軍滝までは見聞を兼ね尋ねる積りでいた。

     この先で右手から小沢が入り.その左岸に延びる踏み跡があった。このルートは熊倉沢からトヤド浅間831.0mの東尾根を詰めている。
   一度樹林帯をジグザグに高度を稼ぎ.所々で枝分かれるも高みを目指し.雑木が広がり急登を終えれば右前方にある祠にでる。
   そしてトヤド浅間三角点峰の平頂にでる。冬木でも頂からの展望はなかった。登り1時間45分

     更に起点から7.8分. 山側には茶色に白文字で「特別区」の看板が立ち.林道が左手にやや膨らみ.
   右手に回り込むとガードレールに黄色いテープが巻かれている。ここが長尾尾根に登る取付き地点400m.

     熊倉沢の川原から急斜面を下り.浮石伝いに右岸に渡ると.それから北側に回り込んで.510m圏コブから延びる枝尾根に乗る。
   古い木段から急斜面のトラバースがある。長尾尾根を下った帰路.枝尾根を下る確りした踏み跡を確認している。以外と尾根高から下りている。

   林道の左岸道より.8:31

     その先に改めて.「路肩決裂のため通行止」と書かれた鞍が1つ林道を塞ぐよう置かれて立ていた。
   更に右手に菱型「保安林」の標柱と古く朽ちいる木階段に手摺のポールが? 延びている所にでる。作業道だろうが.ここは先が分からなかった。
   それから林道を大きく右にカーブすると小さな堰堤が現れる。林道終点からトヤド沢出合まで遡るも間に堰があったのはここだけのようだった。

     林道を辿ると前方は更なる緑深い盛夏を思わす樹林に覆われた。陽光の直接透す部分は若草色に替わり.密る樹葉に混ざり埋め尽くしていた。
   その間を透し点々と小さな樹葉の隙間から蒼空が見上げられている。その点を繋ぐと.その裏側に尾根が落ち込んでいるのが分かる。

     トヤド浅間からの732m点南尾根.林道の最南にあたり.近ずくと南尾根の末端に位置をなしていた。
   側壁が連なり岩かちな所から熊倉沢の左俣が突き出し.茂みに狭まれて二俣らしくなかった。

   熊倉林道の終点から熊倉沢右俣の右岸に見える標識.8:45

    熊倉沢二俣と林道終点
     岩かちな所を抜けた所に「南郷供益地所有」の看板がある筈だが分からず.熊倉沢二俣の左俣の茂みは密で濃く.
   今日最後まで足元の茂みに丸太橋が架かっているたとは分からなかった。谷間は幅狭いが樹林に覆われ見定めにくい。
   渡れる丸太橋は分からず.林道の右俣の左岸ヘチにはロープが連なり張られていた。

     その直ぐ上流側には真新しい丸太が5.6本塊り.河原に流れ留まっている。この辺が対岸に渡るルートなのだろうか。100mも行かずして
   林道は終点(ダート1.514km)になり.綺麗に整地された場所にでている。造林小屋の残骸は綺麗に片付けられ.ここが跡地になろう。

     そこには「水源かん養保安林」の都の看板と黄色い菱型「保安林」の標柱が右奥に立てられている。
   又対岸の右岸には立木に黄色い看板とその脇の立木には白い看板が見受けられ.左俣二俣(西沢と東沢)への踏み跡があるようだった。
   つまりも足元からう少し下れば木橋が渡っているのが分かった筈。樹木に隠れ分からず歩き回っていた。

    左俣二俣から3本の北尾根
     トヤド浅間の南尾根.732m点尾根の末端が取付き(登り1時間半)の向かい合わせの対岸には左俣二俣への踏み跡が延びている。
   2本の木橋で熊倉沢の対岸へ。更に支沢の右岸を渡り.100m先の木橋で左岸に渡ると間もなく.東沢と西沢の出合.510m地点にでる。
   左俣中間尾根の北尾根へは木橋で西沢の右岸に渡り.西沢の滝を右前方に見て.左後方に熊倉山北尾根への踏み跡を見ている。535m.

     北尾根分岐からは作業道は西沢右岸を登るようなり.木橋で左岸に渡っている。580m. この後道形は不明瞭になりるが石積みの
   炭焼き窯跡を見て.620mで南に突き上げる支尾根に取付けば熊倉山の西肩の910m圏コブにでられる。矢沢出合から1時間45分

     又左岸に渡った後は複雑に枝沢が絡み.植林帯の中で高度を稼ぎ.坊主山851mからの北東に延びる小尾根を詰めれば笹尾根にでられ.
   更に小尾根を横切り.小さな支流近くの750m付近と思われる小屋跡にでると作業道は終わっていた。
   その後は植林地内の右上に延びる小尾根を適当に詰めれば.広河原沢源頭の860m圏の小さな平頂にでる。出合から45分で目的の頂に至る。

     初めは熊倉山北尾根を詰める積りでいたが.前回笹尾根の冬木の間から見定めた860m圏の細長い平頂の記憶が頭をかすめいた。
   狭い範囲に複雑に絡み合う尾根と谷。その大ツイジの源流に突き出す平頂に興味を抱き.まずは陸軍滝に寄り.夢へと綴ることにした。

   熊倉沢右俣の左岸沿いを歩む.8:46

     林道終点からは熊倉沢右俣右沢本流の左岸沿いにあるコンクリート護岸上から辿っている。その先から入渓した。
   3mほどの小滝は手前から左岸を巻く。左岸ヘチ沿いの踏み跡は確りしているものの.沢沿いで荒れていた。
   倒木を跨いではぬかるみ.小枝が突き出し.下草が煩く茂っている。

   右俣左岸ヘチ淵から上流二俣へ.9:12
    手間ばかり掛かる左側の経路.

    熊倉沢右俣
   小沢になった右俣本流を右岸に渡る.9:15

     右岸に渡る手前に「平成2年度.森林再生GPS測位点.字南郷5977-4」の杭を見て.
   狭くなった流心を対岸に渡っている。右岸にも.ヘチ際に「同・5977-1」があった。

     その後の右岸沿いの踏み跡は倒木に遮られ.歩き易い所を選び進むしかなく.下草も深く足元は臨めず。
   倒木は重なり.又足場までは届かぬ深く落ちる嫌らしいトラバースの斜面が続き.藪と倒木で経路は足元にあるものの全く分からず。

   右俣右岸山腹に踏み跡がなくなる.9:32

     下草に隠れた倒木群に抉り落ちる根元,見えぬ茂みが被い.不能率な消えた踏み跡が続く。
   少し濡れる覚悟で沢底沿いを溯った方がよかったかも。漠然としか分からぬが滝類の露岩はなかったようにも思う。

    千ケ尾沢右岸尾根末端のヘチ 
   右俣右岸山腹に荒れた踏み跡が現れる.9:43

     踏み跡も薄くなり分からなくなった。強引に泥土の根周りに倒木混ざる右岸の荒れる斜面を横切るようなった。
   沢筋と並行して歩められず.トラバースも上下にジグザグ気味に登り下りして能率が悪い。

     「南郷供益地所有h11年12月」の看板を見ると踏み跡が現れた。千ケ尾沢とトヤド沢との右俣の二俣にでる。
   ただ荒れた踏み跡は歩き難し。できるだけ早めに河原に降りた方が無難。又高巻きし過ぎると千ケ尾沢右岸尾根に乗る恐れあり。

    熊倉沢右俣の二俣出合
   右俣右沢に入れば奥に陸軍ノ滝がある.9:56
    千ケ尾沢右岸尾根の末端より.千ケ尾沢(左沢)とトヤド沢(右沢)の右俣二俣を見下ろす.

     右俣二俣・・分かりずらいが手前が熊倉沢右俣本流。左手が千ケ尾沢出合,大ツイジ方面に遡り.右上がトヤド沢出合。
   直ぐ上流の右俣左沢の右岸から陸軍滝上の落口に至る作業道の巻道と合わさり.更に上部ではトヤド沢が左岸から流れ込んでいる。
   その先の右岸から天マゴ沢を合わせ.天マゴ沢右岸尾根に乗れば881m点の峰の巻き道にでられる。

     又尾根を横切る細長い末端の千ケ尾沢に戻る形で左岸尾根を詰めれば栗坂峠に至る。背稜からみれば浅間峠の500m弱の距離にある。
   天マゴ沢左岸尾根は2011年に通った浅間峠からのトヤド浅間への取付き地点で.古い看板のある鞍部から取付いていた。
   下りはトヤド浅間北東尾根から下川乗に下りている。

    右俣右沢の出合
   右俣出合に流れる5mの滝.小滝を登ると陸軍滝にでる.

    陸軍ノ滝3段15m
   右俣の二俣.右沢の直ぐ上の陸軍ノ滝を仰ぐ.9:45〜10:00

     熊倉沢の主要な枝沢のうち.浅間峠に直接達することができるのは右俣右沢である。
   陸軍滝は(昔.軍隊の訓練がこの滝で行われた故事にちいなむらしい)は直登不能.上流部の次々に現れる10m瀧はいずれも快適とのこと。

     熊倉沢右俣の二俣で.左沢に千ケ尾沢,ほぼ正面に見る右沢の上流はトヤド沢にもなっている。
   トヤド沢を僅かにたどれば3mの小滝の下に三段18mの陸軍滝が突然滝口を現し見上げられた。
   何故陸軍滝になったのかは定かでないが.涼しく落ちる流心に.仰げば水雫のシャワーを呼び.薄暗い谷間に漂う優美さは抜群だった。

     直登は不可.右は側壁で左から薄い踏み跡が下りているが沢屋さんようだろう。
   後日.一番西の天マゴ沢.トヤド沢出合で昔.陸軍が演習したと伝えられている陸軍滝がある。・・「奥多摩の尾根と沢」

    左沢の千ケ尾沢右岸尾根(815m点北尾根)
   尾根に乗り二俣を見下ろす.10:12
    左手下が千ケ尾沢,右手下が熊倉沢右俣右沢・・この尾根の末端は熊倉沢右俣の二又(右沢・左沢)に落ちている。

     尾根を選ぶ。二俣から千ケ尾沢の沢筋を見上げると扇状に広がりだした沢床は山陰に潜む谷間から急に開け.
   明るく照り付ける河原状の沢底を見せて西側上流へと広がりを見せていた。

     眩しく望められる谷間は頭上から照り付ける猛暑の陽射しを考えると樹林に被われた木陰の右岸尾根に逃れている。
   末端から笹尾根の大ツイジへ直登した。下草の絡みもなく.薄過る踏み跡だが.先を探す必要もなく.馬力だけが必要で登るのみ。

    大ツイジへ
   植林に覆われた千ケ沢尾右岸尾根.10:18
    斑な木洩れ日に陽射しを逃れ登る

   下草の現れた窪んだ急斜面.10:31

     尾根は取付きから植林に覆われ.以外と何にも人工的なものは見当たらず.踏み跡は浅く単純な尾根が延びていた。0時35分.
   小さな赤帽石坑を見る。又小さな蝉の抜け殻を見付けた。小さ過ぎるのは春蝉の名残か。この上部ではミンミン蝉の鳴く声を聞いている。
   それも群でなく.単純に1.2匹の声.競り合う掛け声はなく.雌はいなくなったのだろうか。それともこれから地上に這いでてくるのだろうか?

     熊の糞には小バエが集っている。小バエは朝方.林道の入り口付近で少し煩く寄り添われたが.山奥に至るにつれ全く気にならなくなっていた。
   忘れた頃.ここでも舞う1.2匹のコバエが姿を現していた。

    815m点コブ尾根
   (広河原沢右岸尾根).傾斜は緩み緩やかな斜面に10:51

    815m点付近
   815m点より南南東側を臨む.10:56

     815m点へ・・630m付近では僅かに笹が茂り.700m付近では右の小尾根に移らず.その間々窪み状の急斜面を直登した。
   喘ぎ我慢して登っている。815mではアセビが茂り.右後方から広河原沢右岸尾根が合わさる。
   平坦になった台地の右手は雑木で.広河原沢の左の谷間を覗き込むと大きく開かれた谷間が広がりを見せていた。

     左斜面は深い植林帯の熊倉沢左俣の西沢源流になる。待望の広河原沢源頭の860m圏の平頂の肩の下の一段低い北側の細長い台地に立つ。
   林層の境が痩せ尾根の頂点を築き.その上に乗る木洩れ日が心地よい。

   平坦な2つの台地を結ぶ痩せ尾根.10:59

    憧れていた顕著過ぎる平坦地・・850m圏付近の細長い平坦な台地
   南西側末端から臨む.11:07

     更に一時,顕著に現れた痩せ尾根に絡む雑木と岩混ざりの尾根を越えた。再び現れたのが笹尾根に続く細長い一角の台地。
   5年前の春先に訪れた時は幼馴染以外は誰とも会わず。周りは春先の春雪だけが斑に大地を覆っていた。

     ここ秘めたる台地は右俣の左沢との境の尾根になる。肩ではあるが細長い広い平坦地が目に付いた。
   何とも云いようもない所だが私の心に留められている。

     地形図「猪丸」を開き読むと面白い形の地形をなしている。冬木林の方が樹間から遠望ができ.過って見下ろし見応えのあった台地。
   今はこの台地も樹林に被われ真近でしか分からず。歩んで実感するのみ。緑深い樹林に覆われている。

     左手から合わさった尾根は熊倉山北尾根の取付きから右沢の西沢を横切り.杉の植林帯の中の小尾根を詰めるルート.この台地で合わさっている。
   ここでも「南郷供益地所有」の看板を見ている。突き当たりの南端が笹尾根(甲武国境尾根)の頂点にでた。

    笹尾根860m圏・平頂の小さな頂点
   この道標の裏側から笹尾根の大ツイジに立つ.11:10

     甲武国境尾根.広河原沢源頭860m圏の平頂に立つ。ここは「関東ふれあいの道」.(首都圏自然歩道)が通り.道標の裏側から飛び出ている。
   道標には「←浅間峠・上川乗バス停. 三国山・生籐山→」とあり.足元は笹尾根の縦走路。

     大ツイジ地形図
     熊倉沢右俣右沢出合奥の滝を目指し.左沢の千ケ尾沢右岸尾根から熊倉山先・・陸軍ノ滝
     広河原沢源頭860m圏から軍刀利山西峰.長尾尾根を下り落合橋