| 三頭山笹尾根大ツイジを南北に縦断. 熊倉山とトヤド浅間・・奥多摩.奥秩父東部ルート図.山行表 三頭山笹尾根Top 笹尾根大ツイジ 2008年04月. 南橋から948m点尾根を経て上平峠(数馬峠)―笹尾根に乗り三国山字副尾根から佐野川峠.上岩林道と繋がり名倉.石楯尾神社bs 2011年02月. 井戸bsから熊倉山省武連指尾根を詰め大ツイジを経て浅間峠―トヤド浅間から檜原街道京岳bs 2016年08月. 熊倉沢右俣の陸軍滝.熊倉沢右俣二俣から815m点北支尾根.笹尾根860mコブから笹尾根軍刀利山長尾尾根を下降・・南郷bsから周回 2023年03月. 林道終点から熊倉沢右俣から815m点北東支尾根―大ツイジ860mから.栗坂峠.芦沢山を経て下伏.八幡神社から間道.旧道を経て新井bs 2024年05月. 南郷bs―熊倉沢―陸軍滝―815m北支尾根―笹尾根860mコブ―小棡峠南尾根―日武連山―西原古道―威王院―沢渡―寺尾H=.―新井bs 2023年08月. 林道終点から熊倉沢左俣右沢から熊倉山北尾根―大ツイジ.鶏冠尾根を通し高岩山東尾根からメシモリ岩山南東尾根を下り陣馬高原下bs 2025年04月. ―熊倉林道.陸軍滝―右俣左沢右岸道―815m点―860m圏峰―熊倉山南西尾根―618m―470m西尾根―県道上野原棡原線.合H=新井bs 2025年05月. 鶴峠bs―奈良倉山―佐野峠―坪山分岐―西原峠―小寺山―大寺山―大ダルミ―三ッ森北峰鋸尾根―カワツバタ窪ノ頭―小姓..H=jr猿橋 ・・笹尾根861m圏コブ直下の850m平尾根を何故か2008年に笹尾根から見付けてから好む. 晩冬の相模湖.境川から朝方の陽溜まりの尾根から笹尾根の背稜にでる。北面とは残雪の接線にとなったヤド浅間を越え.南秋川の檜原街道へ 井戸bsから熊倉山省武連指尾根(南西尾根)に乗り.背稜の大ツイジを歩む。浅間峠からは春雪残るトヤド浅間北東尾根. 2011年02月19日.L松村m長塩 井戸bsから熊倉山省武連指尾根 大ツイジ.浅間峠からトヤド浅間北東尾根・・京岳bs 日曜毎に予定が埋まり.N氏との幼馴染山行は延び延びになっている。高尾山でも好いと冗談が飛び出すほど彼の体は回復した。 笹尾根の熊倉山南西尾根から笹尾根を縦断し.下山は直線的に下れる熊倉山北尾根か.長尾尾根を予定していたが彼も知るトヤド浅間に変更し. 大ツイジから浅間峠へ抜け.トヤド浅間北東尾根から矢沢へ下りることにした。 西原古道 熊倉山南西尾根の末端には542m三角点峰の省武連山(しょうむれやま)があり.付近に字名は「聖武連」とあることからから省武連指尾根と呼ばれている。 省武連指尾根ともいうべき末端にはゴルフ場が半ばに広がり.公共交通機関の便が悪く.井戸からの下部は省いている。 ここを確認し下部まで歩いたのは.それから14年の月日が経ってからである。その為熊倉山南西尾根と記していた。 半ばの.レイク相模CCまで下ったのは2025年04月になってからで.傘寿に近い.お結わいにと路線バスのない県道で車に拾われた。 又「棡原地区では聖武連.大武連.日武連のように「連」を用い.西原地区では小中群.大武群.大群.佐群のように「群」を用い. どれも山を意味する古代の百済語。山といっても小高い丘のようなものであり.北側の野道(地形図「猪丸」の破線路)を 辿ると労することなく山頂を踏める。「甲斐の山旅・甲州百山」によると広くこの野道は「西原古道」というらしい。 熊倉山966mは三国山の西隣りに位置し.再び山を登り始めた3年前に笹尾根を高尾まで縦走する為に頂を通り過ぎている。 当時は何時雨が降っても可笑しくない空模様で薄暗さが漂う侘しい頂だったことを覚えている。それ以外は殺風景な頂で 夕暮れが迫り急ぎ下っている。記憶では頂にベンチが幾つかポツンとあったと思う。 鶴川下流の左岸支流.黒田川に入るのは3度目になる。コースはこの右岸尾根を詰め,大ツイジからトヤド浅間を経て.最後は変更して 檜原街道.京岳に下りていた。日帰りだが時間は十分取れるコース。新雪に見舞われば軽くラッセルし.ゆとりある炊事と入浴をメーンに贅沢な山行を選んでいる。 5日間の冬日が続き.その後東京は積雪5cmを記録。 南面に当たる南西尾根は降雨になり.積雪が全く見られず呆気ないく笹尾根にでている。 ただ大ツイジでは疎らな春雪を踏み.時には一面の雪斜面を横切ってもいた。そこをほろ酔い加減で北面の雪面を踏んでいる。里にでてからは「瀬音の湯」に寄る。 jr上野原駅北口の台地.8:132月19日(sut)快晴 jr御徒町6:21=神田.特快6:32=7:31高尾合流.大月河口湖行:46=8:08上野原富士急山梨バス.¥310. 8:28 =8:50井戸bs9:00一9:55(650m地点)10:05一11:03熊倉山.大12:35. 6時少し前に自宅をでる。自宅の斜め前には東西に延びる大通りがあり.東方の空は夜明けの白みを滲みだし. 幾らか朝方の明からみを取り戻していた。都道.春日通りにも車の往来が出始めている。今日は暖かくなりそうだ。 乗り換える神田駅のホームからはビル群の間を縫い.赤く朝焼けの雲塊が望まれた。 車窓から視界が開かれ武蔵野を横切り始めると都心を埋め尽くしていた厚い層雲の雲堰との境が見上げられるようなる。 隔てる先に紺碧の蒼空が望め.その真下の境を電車は縫い.中央東線沿線の山々へと私達を導きだし.目指す山々に心を躍らさせられていた。 高尾で友と落ち会い.河口湖行の列車に乗り換える。小仏トンネルを潜るれば高層雲も見る見る切れ山国に入る。 表道志の山並みを前に.見渡す限りの紺碧な空が仰がれた。 熊倉山南西尾根の下半 ![]() 左奥の権現山と右上の尖っ突きが三頭山の頂. 手前中央の小さなコブが534m.その手前から突き上げる熊倉山南西尾根に乗る。 左手が黒田の集落.右が新屋の集落と繋ぐのが県道棡原藤野線・・終点のバス停.井戸からの展望。右方のガードレールは県道522号線で.黒田へ バス停井戸 今年に入って3度目.連続してjr上野原駅北口の広場にいた。今回の路線バスは本通りを右に回り込み.相模湖下流の境川を遡る。 jr上野原駅始発の井戸線の終点.井戸バス停に下車。笹尾根縦走以来3年振りに訪れた。久し振りに井戸の集落に入る。 バス停の裏側から畑や雑木林が広がり.その先に中央東線北側の山々や鶴川上流右岸に続く山並がパノラマが開かれる。 このところ通っていた山々が望まれ.雲を失った紺碧の天空を仰ぐ.その下の大地は柔らかい朝の陽差しを浴び始めている。 大菩薩嶺牛寝通り末端の権現山 左景アップ・・井戸バス停より省武連指尾根の末端方面.8:56権現山と右遠方は権現山陵から続く葛野川左岸尾根で.遥か彼方の右端が奈良倉山と東尾根。 用竹からの権現山東尾根と雨降山玄房尾根. 下半に薄く重なるのが権現山北尾根・奈良倉山東尾根の間に大寺山尾名手尾根がチラッと望まれる。 今年に入り登りだした山々・・今年正月には鶴川の支流尾名手川を取り囲む山々を周回して権現山北尾根を詰めている。 更に先月は鶴川上流の三頭山牛飼尾根を下り.長作から阿寺沢入口bsへと街道を歩いている。今回の山行は権現山の遥か北東側の 鶴川下流の省武連指尾根。井戸地区から詰めるが尾根末端は中央左下のゴルフ場で.左端は省武連指山。 熊倉山南西尾根 左景上部.終点井戸バス停より・・2008.02.9/16:20笹尾根@・・高尾山から三国山.石楯尾神社へ下山している 南西尾根上部 正面カーブ右奥の里道に入り.軍茶利神社(ぐんだり)の鳥居.入口にでる.9::11バス停から軍茶利神社入口までは車道歩き。手前が井戸地区になり.左上の高台が新屋地区。更に県道522号線.棡原藤野線を 左に大きく分けて.黒田地区を抜けている。そのまま進み左からの上野原棡原線と合わさればレイク相模CCに突き当たる。 その合流点の直ぐ右先の側壁の途切れた所が南西尾根の下端の取付きだった。印類類はない。 そこからレイク相模CC沿に左の上野原棡原線を下れば棡原橋にでて.上野原丹波山線に突き当たる。ここは又聖武連山の登山口 アプローチ 井戸のバス停から北側を望むと目指す熊倉山南西尾根がドンと横切り構えている。 バス停からは棡原藤野線の山側の近道を通り.新屋と呼ばれる立派な家屋が建ち並ぶ一区画を抜けている。そして再び合わさり. 雑貨屋前のT字路を右に入る。雑貨屋の裏手ヘチは土手沿いになり.黒田川が流れ下流は黒田へと鶴川に流れている。 右折すると狭い一車線の簡易舗装道路に変わり.直ぐ軍刀利神社の大きな青銅製の鳥居前に立ちふさがれる。 大鳥居前を黒田川沿いに左折し遡ると深い杉並木と植林帯の入口が構え.生藤山への取付きへ。 2008年02月に高尾山から三国山にでた折.この山腹の雪面を切り下っている。 鳥居を潜らず手前で左へ折れ黒田川を右岸に渡り.井戸の集落へと続く坂道を登る。 右上の一段と高い所に赤い屋根の長泉寺本堂に突き当たる。井戸の集落を見下ろす高台にあり.ここが南西尾根の取付きになる。 登山道は長泉寺前を通過すると登山口があり.道標が立つ。 龍谷山長泉寺本堂 本堂裏手から直接取付く.9:22熊倉山南西尾根の取付き 長泉寺は熊倉山南西尾根の500m圏の緩やかになった尾根の東肩.高台にある長泉寺の正門左脇に立つ石像の裏から取付く。 薄い踏み跡は忠実に辿るより.途中で尾根に直上した方がよい。短いながら枝打ちした残骸もなく.直ぐ楽に尾根に乗る。 長泉寺の右脇に道標が立ち.尾根に回り込むコースが登山口だが.見えぬが目の前の裏側がに登山道が通っていたので直登した。 尾根下半 南西尾根に乗れば尾根の中程にでる。この尾根の下半は末端に位置する聖武連山から急激き高度を落とし黒田川出合に没している。 それ故熊倉山南西尾根は省武連指尾根とも呼ばれていた。 そこからの末端ルートは登行欲を注るには余りにもなだらか過ぎていた。緩やかな傾斜を保ちながら裾野は広く扇状に開かれている。 裾野にはレイク相模カントリークラブや笹尾根南面に日向の丘陵があり.麓の尾根末端は集落が穏やかな傾斜に点在し集まっていた。 熊倉山南西尾根に乗る 10:02初めは緩やかな起伏の尾根. 杉林からクヌギの明るい尾根へ. 618m点尾根筋には古くから踏み固められた山径が綴られている。ただ今は通い慣れた径ではなさそうだ。 534m地点で尾根沿いを詰めると直ぐ.右手から先程の長泉寺前からの山腹道と繋がり尾根道に合わさっている。 窪んだ山径で直ぐ判る。尾根道は確りしていた。高低差と進路が地図でもはっきり判る尾根筋だった。 ただ視界は悪く展望はない。薄暗い杉.檜の植林帯の中を綴る。 910m圏の丸い頂 二度目の杉林を抜けると右手にヌクギ林が再び開ける.10:11細かいジグザクの道を直登し.巻きながら640m地点で1本取る。薄暗い樹林帯は休めば肌寒かった。 日が恋しく.木漏れの陽差しが大地に照り付けている。雑木の広がる場所を選び小休止した。 見下ろすレイク相模カントリークラブと小伏地区 樹間に霞む権現山と栗坂ノ尾根末端.10:263度目の急登を終えた730m付近では自然林に被われる。冬木を透しカントリークラブ周辺の棡原.西原の集落が 見下ろされるようなる。その背景は大菩薩からの境界尾根の囲む山々が描かれていた。 その又一段高くに秀麗さを意識させられる富士の雄大な姿が君臨するが如く望まれた。富士の山肌は明るい陽差しに照らされ. 雪面は鏡をなし,更なる煌めきで輝いている。樹間から覗き込むと圧巻させられる姿.雪白さが眩き美しい。 730m地点で左からカントリークラブに落ちる長い尾根と交わっている。下る先は末端のカントリークラブで閉ざされた廃林道で小伏と黒田の間にでる。 細かく蛇行するが確りした尾根筋をもち藪も少ないようだ。地図を見る限り通るなら.私には登らず下る尾根に思えた。 南面の陽溜まりを歩むと笹尾根の稜線を望むようなる.10:57758mコブの先の細かい露岩の急坂を越えると朝の明るい陽差しに恵まれた。樹林帯を透し.東側に偏る春の眩い陽差しを浴びている。 林層の境,自然林に煌めきの光る風が舞い.山陰との違いを改めて知らされた。歩む右手は明るみを膨らませた大地が広がり. そよぐ気配は踊り.顔に触れる微風が春の兆しをも示している。 尾根の境の左側は檜の植林帯. 檜林に入れば薄暗さが増していた。自然と次第に尾根道は陽光が透る右側を歩むようなる。 黒田川右岸の雑木の踏み跡に入ると再び春を呼ぶ.嬉しい陽光に踊らさせられていた。 笹尾根へ最後のツメ ![]() 笹尾根が近ずきだすと小笹の群が現れだす.10:59 笹尾根からははっきり雑木の境が眺められる.12:16 910m圏.雑木に笹原が茂りだす。ここはもう陰風もなく春の陽差しに山肌は満ちている。境界の石杭と赤テープが目印になる 笹尾根の縦走路にでて.甲武国境を走る尾根筋に立つと北面斜面は真っ白な残雪に被われ.背稜が雪線になっている。 3年前に歩んだ頂に立つ。熊倉山の頂はここから3分程右に折れた所にあった。 熊倉山々頂 雪解けの抜かるんだ土壌の長椅子で陽差しも明るさも春らしくなった頂で昼食.12:00 小広い抜かるんだ頂台地の周りは小笹が被っている。踏み跡は多くあるものの雪解けで.ぬかるんだ頂は安易に踏み込めぬ 場所になっていた。3つのベンチがあった頂を想いだし.一番足元の確りした北側のベンチを選び.2人が両端に跨ぎコンロを点ける。 袖を巻く暖かさで重ね着をする必要はなかった。 豊洲リバーホームで見付けてきた名古屋の味.「和風とんこつラーメン」.ノンフライ.(スカキヤ)に細切りしてきた野菜を加え卵を落とす。 その合間にチューハイと半瓶の角ウィスキーを呑む忙しさ。擦れ違った人との会話で伸び切ってしまった麺も美味かった。 煙草を4ケ月振りに山で吸う。彼がマイルドセブンの残り煙草を持参した。4本入っている。割って2本.その1本は 既に井戸のバス停で吸ってしまっていた。最後の1本をウィスキーをチビチビ呑みながら吸う。他の人から見れば嫌らしい姿に見えたかも。 それが2人にはよい。風もなくそれを証明するが如く.紫煙はゆっくり揺れ昇り迷い消えた。 水は4リッター持参し.紅茶を飲んでも2.5リッター残っている。行動中の水分補給も.やや寒く少なかった。 熊倉山南西尾根(含東面写真)と三国山南面略図 扇山から撮る笹尾根トヤド浅間から熊倉山の稜 井戸bsから熊倉山省武連指尾根 大ツイジ.浅間峠からトヤド浅間北東尾根・・京岳bs |