長スラ尾根を下る・・奥道志主稜から大旅沢流域へ
     今倉山東峰をピストンし長スラ尾根を下降・・再び林道菅野盛里線・盛里線から大旅沢出合へ.菅野盛里林道終点から曽雌に戻る

    ヒカゲ沢左岸尾根から日陰舟.岩戸ノ峰へと続き道志口峠
    奥道志山稜から菜畑山と御座入山ピストン
    長スラ尾根を下降.盛里線と大旅沢から曽雌・・デマンド馬場入口からタクシー

    今倉山東峰
   東峰をピストン.14:21
    今倉山西峰は(ナイダイ山・御座入山,ごぜりやま)

     枯れた笹が現れると双耳峰の東峰に立つ。今倉山は三等三角点標石1470.3のある小広い平頂で点名は「茨島」。
   北側は落葉松林が茂り.南側は自然林で眺望は悪い。又東峰は西峰より10m低いが三角点標石のある寂峰。

      長スラ尾根から大旅沢を下る
    東峰山頂14:21⇔長スラ尾根取付14:27一16:04林道菅野盛里線一16:29林道盛里線一16:42ゲート一17:08焼猿林道分岐
    一17:00集落一17:15三浦鉄工所一18:00デマンド型バス停.馬場入口.

     今日最後のここ頂を含め主稜沿いに係らず.他のハイカーとは一人も会わなかった。大旅川から入山.奥道志主稜を越え大旅沢流域へ。
   その間も.麓の街道を含め.ハイカーとの出会いもなく.それだけ山里深く.晩秋を装う紅葉満ちる大地を一人占めしていた。

    長スラ尾根
   戻る主稜にて.14:27
     表道志倉岳山・矢平山と日向舟.
     長スラ尾根を隔てる源流の沢は手前がヌタノ沢.尾根の裏側はアカザノ沢

     道志山塊の数少ない渓谷登攀ルートとして大旅沢(入山谷)上流は昭和40年代以降の大規模な伐採で.見る影もなく荒廃し遡行の価値は失われ
   今倉山北尾根に目を向けるようなる。その東隣りにあるのが市ノ沢(一ノ沢)と中ノ沢中間尾根(入山沢の本谷))を分ける長スラ尾根。

     樹間から覗み込むと日当たりのよい尾根. 長スラ尾根は尾根の取付き地点まで戻る途中で見付けた姿はこの枝木を透してだけだった。
   左前方の細かい枝木の茂みの窓を透し大旅沢源流に連なる長大な尾根を覗き込む。

     前道志の右並び端に望められたのが矢平山. 再び山に登り始めて東京近郊の山々に目を向けるようなり.道志に初めて登った山だった。
   北尾根から倉岳山北東尾根に抜けたと思う。その時はぬぐり込む日差しと陰に残る春雪を踏んでいる。

     その折鳥屋山の伐採地跡から春雪被る奥道志主稜を遠望していた。その時.眺めた日陰舟が今回掲げた大旅沢源流を囲む山々の写真。
   それから通い続け秋山二十六夜山に続き戸沢川源流の今倉山に入り.今日は菜畑山に立っている。今は逆方向からから矢平山を見付け,.見詰めてもいた。


     前道志の雑木に隠れる高畑山の山陰から南方に延びる尾根上の右上角に当たるところに今朝登った日向舟がある。
   雛鶴峠手前に延びる大旅川右岸尾根が岩戸ノ峰北尾根と重なり望まれた。その内側から流れる大旅沢流域は中流.上流側の山域になる。

     中央の尾根はブドウ岩ノ頭から北側に延びる尾根。手前脇がこれから下る長スラ尾根。
   午後の日差しを目一杯受け.秋色美に染まる山肌を柔らく照り付けていた。そして裾野の谷間は既に黄昏だしている。

    林道工事
     御座入山々頂から主稜を1520m地点まで戻り.大旅沢の支流の中間尾根に当たる長スラ尾根を下る。
   この尾根は今倉山西峰北尾根と並行するよう延びる短い尾根だった。間の市ノ沢右岸では今.林道の延伸の開削工事が行われている。

     長スラ尾根の鞍部には林道菅野盛里線が横断し,市ノ沢の沢底を下り返し.今倉山北尾根を前面に望む。谷間は林道の開削工事中とのこと。
   工事の騒音だけが静けさを破り.時折耳に響いてきた。又現場付近の電動の伐採する音をも聞こえていた。

    長スラ尾根
   藪絡み尾根取付き.14:41

    尾根取付き
     長スラ尾根の取付き地点. 赤テープと立木棒に赤テープある頂稜の1520m点に戻っている。この直ぐ下にも同じような目印があった。
   10m強下になり.今はそこが正当な取付き地点かも。他からの取付きはキツイ崖縁があり.又主稜に2ケ所の取り付き目印があったのも不思議?

     尾根の取り付きに迷う。踏み込む北面を探るも.地形的にはもう少し低い地点の方が入り易く正しいと思われた。
   藪枝絡みの急斜面で.見える範囲からでも尾根本体の根元はもう少し下だと確認していた。踏み跡を探るも見当たらず,迷うのみ。
   一度下部の取り付き地点まで下ってみたが同様の赤テープに立杭があるだけで.入り込む踏み跡は分からなかった。

   尾根に乗り今倉山を振り返る.14:41

     上部1520m地点に戻り.兎も角薄過ぎる踏み跡に踏み込む。踏み跡がなければ危険な所.土壌の足場で滑る可能性が高い。
   如何に動こうか考え踏み込み留まっていると直ぐ.斜め下にトラバースする薄い踏み跡を見付け移動した。

     支えとなる枝木は多くあるものの.足元はおぼつかないほど鋭く抉り落ちていた。岩混ざりでなく土壁の斜面。
   戻るか考えるも.右前方に緩やかな尾根筋が左下に延び見えていた。乗れば変化の乏しい尾根.下枝はやや煩いが踏み跡があった。

   華麗なる紅葉は終えている.14:45
    尾根自体は単純な尾根だが最初は間伐され.樹木が放置され.下枝が煩く歩きずらい落葉松林を抜けている。

   落葉の目立つ尾根筋へ.14:46

   日当たり次第で変わる樹葉の姿.14:45

   1210m圏でワイヤーロープを見付けている.15:08

   樹林の1本尾根を下る.15:15

   本尾根で一番長閑で風格のある風景で立木も高い・・1228m点.15:20

   と思うと倒木に塞がれ雑草が煩くなる.15:29

     地形図「都留」にない1040m圏の小コブにでる辺りでは尾根筋は一面の伐採帯になっていた。
   間伐材が転がり.枝の突き出しも多く歩きずらくなる。何を勘違いしたのか居場所を確認せず。
   林道の横断と勘違いし.倒木帯から市ノ沢側の薄い踏み跡の入り.時間をロスしている。

   林道上部の荒れた倒木帯.15:53

   林道菅野盛里線の上部擁壁からの東面の展望・・ブドウ岩ノ頭の911m点尾根
 
   大旅沢(入山谷)をめぐる山々の山腹に刻まれた林道菅野盛里線.15:58

     中央右奥がブドウ岩ノ頭
   左手に延びる尾根が大旅沢と道志口沢が合流する出合に没するブドウ岩ノ頭からブドウ岩を擁する西尾根で,手前に延びる1073m点支尾根。
   その南側山腹を回り込んでいる上部の林道は大旅沢の上流を横切る林道菅野盛里線。

    林道菅野盛里線
     長スラ尾根を横切る林道菅野盛里線の擁壁上から林道が見渡される所にでる。足元の直下には大旅沢左岸を綴っていた。
   暫く林道は水喰ノ頭北尾根の陰で山陰で見定められぬが菜畑山から連なるブトウ岩ノ頭1224mが中央奥に見上げられる。

     写真右奥の本流で沢沿いに大旅沢橋を渡り北側に横切り.左へ横断する形で.ブドウ岩ノ頭1073m点尾根の1073m点を大きく回り込む。
   そして日陰舟の南鞍部を横断する林道を朝方横切り主稜の高丸(岩戸ノ峰)に向かっていた。

     左手の尾根陰に入ると裏側のヒノキ沢を渡っている。更にブドウ岩ノ頭北西尾根を横切り.道志口沢の源流地帯に。
   道志口峠越えの杉ノ沢を過ぎれば.朝方通った岩戸ノ峰北東尾根の鞍部にでる。そして大旅川右岸沿いから林道終点へ下りている。

    林道菅野盛里線.東方
   長スラ尾根から足元の林道を見下ろす
    写真右側の谷間は大旅沢中ノ沢左岸沿い

    日陰舟北西尾根・・842m峰と日陰舟
   林道に降りる手前の北東面.16:00

     暮色に染まりだした北西尾根末端から取付くには県道から大旅沢に入り.原開戸橋を渡り.末端の赤い社から道志口沢の林道終点へと入り込む。
   中央右は菅野盛里線の白い橋桁で.右端の尾根鞍部を横切り.大旅川沿いに朝方の県道との合流点.林道終点と結ばれていた。
   所謂.今朝登り詰めたヒカゲ沢はこの2つのコブの鞍部裏側からのが源となし.日陰舟ヒカゲ沢右岸尾根を詰めてきた。

    御座入山北尾根のパラジマの頭
   同じ場所で北西側を望む.16:00

     パラジマの頭1076mの右に延びるのは北東尾根で.尾根の裏側にパラジマ沢が流れている。
   左手前の小尾根は長スラ尾根1228m点からの北尾根になり.手前にはタナ沢が流れ.尾根越が十六角沢とトモエル沢.共に市ノ沢に流れ込んでいる。
   市ノ沢出合はスラ尾根の末端に当たり.大旅沢と合わさり.同じところでパラジマ沢とも合流していた。

     下山途中で日は山陰に落ち黄昏薄暗くなった中.パラジマ沢出合の周辺を偵察している。
   斑に重い雲覆う空。薄暗さは黄昏から帳へと移りだすも,時折薄日のような明るさが舞い下りていた。それも期待するほど長くはなかった。

    林道菅野盛里線を横切る
   ロス地点から.16:04

     中央に欠けながらコブのよう見えるのは長スラ尾根を横切る北側に続く林道擁壁の一部。林道に出てからはその擁壁の縁を登って
   再び尾根に乗り900m点コブへ。左手奥は西峰北尾根のエビラ沢ノ頭。右上が本尾根に乗る900m点コブを目指した。

    林道菅野盛里線・・市ノ沢側
    
    林道上の尾根筋より市ノ沢方面.16:04               左に回り込み草付きをルートを取り下る

    擁壁と棘
     左写真は林道南側の擁壁から西面を被う市ノ沢流域を見下ろしている。この先.林道は市ノ沢の沢底に降りて対岸を登り始めていた。
   今倉山北尾根の東面を開削中.北尾根の西ケ原ノ台の広い丘陵にでるのだろう。そこには崩壊した造林小屋は前回の山行ではまだ残されていた。

     右写真は林道鞍部から西側の草付き上部を見上げている。峠はコンクリートの側壁に挟まれ登降できず。
   末端でなく左手(南西)の草付きに踏み跡を求め追う。擁壁上の確りした踏み跡は右のコンクリートの擁壁が先まで続き草付きを降りている。
   ただ下る場合は草付きのみで支えるものがなく.傾斜の厳しい所だった。

     ズリ落ちる不安で戻り.左縁の擁壁との境の草付きを降りている。ただ草付き上はバラ系の棘枝が多く.そっと根元を掴み徐々に降りた。
   微妙なバランスは軍手が使えず素手に頼るしかなかった。それ故両手の甲に幾つもの摺り傷を付け.又棘を取っている。

   林道を横切ると再び薄暗さを増す尾根に乗る.16:19

   尾根末端は痩せ尾根.16:24

     900m点小コブは難なく越えている。日没を後数分と控え,急に暗さを増している。尾根末端は筋の起伏のみが痩せた尾根になっていた。
   小さな岩混ざりの痩せ尾根になり尾根筋は通れず。右側から回り込み尾根筋を横切る感じで.西斜面に入り.右に斜下すれば林道盛里線にでた。

    林道盛里線
   朧でカメラのフラッシュで明るく感じる尾根西斜面.16:29

     赤テープの付く立木は林道への降り口が示され.幅広い殆ど水平な盛里林道に降り立った。
   林道を右手に折れれば尾根末端を東側に極端なU字で回り込み.中ノ沢沿いとの林道分岐道を分けていた。この辺りが盛里林道の終点。
   直進すれば広く舗装された林道から,大旅沢本流の左岸沿いから大旅沢橋にでる。林道菅野盛里線に突き当たる。

     左手の林道に入り.下れば南方に向かい深く入り込み.ヘヤピンカーブして市ノ沢の砂防ダムのある広い河原縁に抜けている。
   大きくジグザグにヘヤピンカーブを3回繰り返し.下ると林道のゲートにでた。

   幅広い5mはあろう林道にでる.16:36

     林道盛里線に降り.改めて幅広い5mはあろう林道に驚く。この辺は林道が開通後.更に拡張工事が行われていた。
   ダートだが小石混ざりの硬い土壌で歩きずらい道が続いている。尾根末端に入り大きく蛇行を繰り返し.黙々と林道のゲートを目指した。

     今年7月下旬に御坂山地.大幡川から入り摺針峠まで縦走し.狩屋野川沿いの林道からjr笹子駅まで下っている。
   その時の林道は最後のツメ近くまで重機が入れるような幅広い林道だった。その広さに負けぬ似た林道を持っていた。

    再びパラジマの頭
   残り日が落ちる直前で植林が切れ明るさを戻している.16:40

     2度目の市ノ沢沿いヘヤピンカーブを過ぎると一瞬の植林の闇が途切れ.黄昏の時の穂のかな明るさを取り戻している。
   闇になれた眺めは薄暗くとも開放的な雰囲気をかもちだしている。ただ再び山陰の植林帯に入ると闇迫る世界が待っていた。

      黄昏れから闇の大旅沢流域.林道.盛里線
     16:42
    林道盛里線の闇に閉ざされていた起点ゲートで管理者は山梨県   フラッシュから見えた林道図

    盛里林道
     林務環境部によると延長1905m+約3.5km.幅員3.6〜4.0m. 都留市県道35号から南東へ延びる道菅野盛里線へと続く林道。
   盛里林道に出るには県道35号線から大旅沢沿いの道に入り.600mほど先で右手に民宿を見て過ぎるとダードになる。
   程なく左手に道志口線との分岐にでた。更に700mほど進むとY字路の林道分岐にでいる。そこは右手に林道猿焼線を分けていた。

     更に県道から約2.5kmまで進むと見落とすような小さなコンクリート製の橋が架かっている。
   その30mほど先.左手に林道の看板類が幾つも立てられていた。ゲートはない。ここは既に真暗闇に中.気が付かず過ぎている。

     ここが盛里線の起点で,終点も都留市大字盛里内にある。
   看板から800m地点に大旅沢.茅野橋が架かり.脇に「ここから先は作業用道路につき.一般車通行をご遠慮下さい」の看板があった。

     その30m先がここのゲート。
   拡張された幅広い林道になり.大きくヘヤピンカーブ繰り返し,市ノ沢の砂防ダムを見て長スラ尾根を横断し.中ノ沢沿いに入る分岐にでる。

     距離にして起点から1900mほど。盛里線の終点だろう。更に進めば路面はコンクリートに替わり.林道菅野盛里線に突き当たる。
   2004年7月の記録では菅野盛里線と合流した地点から約1.3km先で重機による開削工事が行われていた。

     又.途中の道志口林道や猿焼林道といった分岐林道や一般路を併せると約3.9kmほどの距離。
   全線ダートで私が下った時は日没後の樹林の闇の中だった。もう視界は狭まり.殆ど足元しか臨めず.枝木の張り出しだしも見えなくなった。

    大旅沢支流の市ノ沢(一ノ沢)
   ゲートと茅野橋の間の脇道に入る.16:45
    大旅沢に落ちる市ノ沢とパラジマ沢出合.直ぐ下の木橋・・日没後の闇の谷で

    市ノ沢(一ノ沢)
   市ノ沢出とパラジマ沢との出合直ぐ下の木橋

    市ノ沢出合下の木橋
     林道盛里線の閉ざされたゲートを抜け.広場を横切ると大旅沢に架かる茅野橋にでる。その手前左手に細い山道が入っている。
   日が落ち.更に樹林帯の谷底で闇は既に目の慣れだけになっていた。まだ目の慣れている内にと出合付近を探索した。

     脇道に入ると直ぐロープ付きの木橋が架かり.急に流心の沢音がけたたましくなる。
   小道になり渡ると左岸30m先で.今倉山北尾根に立つエビラ沢ノ頭北東尾根への踏み跡を分けていた。

     先に進みパラジマ沢から今倉山北尾根にでるには左下にパラジマ沢と市ノ沢の出合を見下ろし.一旦右岸に移ってから直ぐ左岸に渡り返す。
   丸太橋を渡り二俣810mから右岸の左岸沿いを進み.835mで右岸に渡り返し踏み跡を辿ればよい。

     3本の丸太で支流を渡り.右沢の右岸を辿れば今倉山の北尾根935mの取付きにでる。
   パラジマノ頭北東尾根へ乗るには市ノ沢に下り.対岸に渡り踏み跡を綴っていた。共に登り1時間ほど
   下流口の民宿で一泊をお願いでたならばこの木橋からパラジマ沢か北東尾根を詰め.二十六夜山に向かう予定でいた。それは諦めている。

    盛里林道
     日が落ち.目の慣れだけで進んできたがゲートから30mほど先で.大旅沢茅野橋にでている。右岸に渡り,更にほぼ直進し林道を北へ歩む。
   ヒノキ沢出合前までと思うも.日没と闇の植林の中.沢沿いから離れたのは分かったが.前方は全く見えず真近にいながら見当が付かずにいた。

     再び大旅沢右岸沿いに近ずき.林道の右脇から流れ込んだ沢水が路肩から路面に溢れ.広がりを見せながら本流に流れ込む地点にでる。
   恐らくこの辺がヒノキ沢だろう。もう感だけでは進められなくなった。藪の中の真っ暗闇.路上に座り込み.エレキをザックから探し出す。

     まずは小袋から豆電灯を取りだし.電池のプラス.マイナスを合わせ点火した。
   キャンプではフルに利用しているものの.歩行中にエレキを使用するのは何年振りだろう。3.4年前に大菩薩.大黒茂谷で野宿している。

     慣れていないのかエレキの光も大地に吸い込まれ,淡く覗めるも明るくは感じられなくなっていた。
   水を汲もうにもエレキを沢面に照らすが水深が分からず踏み込めず。
   一気に踏み込む訳にもいかず.道幅が広過ぎ.光も散漫する中.水溜りも注意しなければと手間ばかり気に掛かっていた。

     漸くライトに照らし出されたのが猿焼林道分岐に立つ看板。ここで地形が呑み込め,右手から道志口林道と合わさった。これも知ってのこと。
   道標類はない。あっても小さければ分からない所。無のような闇の世界になっている。
   自分の記憶と合わせ.先を考え.もう現れれると思いながら歩み.見付けてホッとし更に進む。想像を膨らまし歩み続けている。

     それほど真暗闇になった。左岸に渡れば次に.左手に民宿「やすら園」が現れる筈だ。
   おぼろに建つ民宿には灯りが点されていなかった。無人のようだ。数日前まではここに宿ると意気込んでいた宿。

    焼猿林道分岐
   右手が林道で180mほど先に廃寺.龍覚寺がある筈.17:08
   フラッシュは看板だけが映る.

     民宿内からコンクリート橋を渡り.山に取付くのが棚沢ノ頭を経て城ケ丸に至るルート。
   民宿前からダートの道はアスファルトに変わり.路面からもやや微妙な明るさが増してきたようだ。ここから600mほど先で県道35号にでる。
   ホッとするも直ぐ.ライトが足元を狭く照らす中.直接枝沢を横切る車道で沈下橋のような所にでている。

     大旅沢の高みを流れていた方の沢が本流に合流する手前に現れたコンクリート橋。エレキでキラキラ光る照り返す水面は橋下に沈んでいる。
   又滑り止めに乗る水流は波立たせていた。

     丸2日降雨もなく.この時期に橋の表面敷石すれすれに浸かっていた。エレキを近づけるも.水深はよく分からなかった。
   覚悟を決める。一気に突進すれば登山靴口のすれすれに。ズボンの袖口を少々濡らすだけで助かった。
   ただ山を下り.最後の最後に水面に没し濡らすことになる。

    再び街道
     その先は曽雌の集落になる。通り掛かりに明るく照らされた所に三浦鉄工所事務所があった。寄って洗顔と水を求め.お願いした。
   更に50mも歩くと朝方.タクシーで通過した街道にでる。その先.自治会館前にデマンド型.「曽雌」のバス停があった。
   前回.この街道の石船神社前から城ケ丸山北尾根を登り.西尾根を経て赤坂駅に下っている。その取り付き地点まで街道を歩くことにした。

     そして神社前を過ぎ.エレキの電池が途切れた所で.時は6時を回り山行を終えた。デマンド型バス停に変わった「馬場入口」でタクシーをお願いした。
   都留市発のバスダイヤは近年.ハイカーには更に冷たくなり.デマンド型の予約に替わり.山に足を運ぶには煩わしくなっている。
   一人でタクシーに乗り往復する贅沢さ。便が悪く遠のいていた山域が.行かねばと心が振るい立たせ急遽実行することになった。

     禾生駅で列車を待つ間.駅前広場の向かいに小さな道標「←九鬼山.高川山→」を見付けている。
   踏切を渡れば熊峠から大休場を経て高川山へ。左に来た道を戻れば「富士みち」から九鬼山に入る。どちらも今は見慣れた山になっていた。

    18:00馬場入口タクシー¥2530=18:16富士急行.禾生駅18:42=18:56jr大月:59=19:38高尾:44=20:55お茶ノ水.

     大旅沢流域は全体が御料地になってをり.廻ってきた尾根は何処も境に赤い恩賜石標が設けられ.主稜上は更に短い間隔にあった。
   どの尾根でも晩秋の紅葉美を謳歌し.ススタケは主稜を中心に岩戸ノ頭と菜畑山から途中途切れて御座入山の間で目立ち生い茂っていた。

     熊の糞は5ケ所.今回は居そうな鞍部を含め.開かれそうな場所では丁寧にその都度熊笛を吹いている。普段は1.2回程度
   山中の行動は7時間半. 林道1時間.街道1時間.計行動時間は10時間半。能天気の時間ロスは2ケ所.各25分ほど.
   パラジマ沢は同じ沢名が2ケ所がある。「道坂隧道入口」バス停手前の林道菅野盛里線の起点付近にあるパラジマ沢と今倉山に突き上げるパラジマ沢。

    筋トレの効果
     区の筋力マシーントレーニングの指導は10月から始めて週に1度.3回目になる。
   日帰り山行の場合は漠然とだが往復6時間半の乗物.その殆どが座った状態で実動行動は往復時間よりやや長く計算してルートを選んでいる。
   60歳前半までは下山後の痛みは.翌日がピークだったが65歳頃からは下山して2日目がピークに達し.3日目から徐々に回復する兆しを示していた。

     平日は自宅と元工場を往復するだけで歩いて計20分ほどの距離。それ故山行帰宅時の階段の下りが非常に辛かった。
   それがトレーニングを始めてから翌日の午後には筋肉痛の痛みは薄れなくなっている。そして複雑骨折した左足首も微妙な違和感に変わってきた。
   驚くべき効果が現れている。

   11/1日.浅間山.男体山初冠雪 日中東京13℃.周辺は一桁. 又南太平洋上には台風23号発生. /10木枯らし一番

   今回の地形図
   民宿「やすら園」0554-48-2556. 富士急タクシー

     ヒカゲ沢左岸尾根から日陰舟.岩戸ノ峰.道志口峠
     奥道志山稜から菜畑山.御座入山
     長スラ尾根を下降.盛里線と大旅沢.市ノ沢から曾雄・・デマンド馬場入口からタクシー