| 奥道志の主稜線・・道志口峠から御座入山 道志口峠からブドウ岩ノ頭に立ちアミバ峠へ。菜畑山からは飛び抜けた甲相尾根の展望を望み.水喰ノ頭に立ち.今倉山東峰をピストン ヒカゲ沢左岸尾根から日陰舟.岩戸ノ峰ち綴り道志口峠 奥道志山稜から菜畑山.御座入山をピストン・・北丹沢.甲相連山の展望 長スラ尾根を下降.盛里線と大旅沢.市ノ沢と下り曾雄の里にでる 道志口峠からブドウ岩ノ頭への道.11:05奥道志山稜・・道志口峠〜御座入山 11:00道志口峠一11:14ブドウ岩ノ頭一12:10菜畑山:30一13:15水喰ノ頭山一14:21御座入山. 奥道志の主稜にでて.再びスズタケは失われていた。下草の緑は雑草の茂み。 ただ晩秋を思わす何とも言えぬ柔らかい日差しが周りを雑木の色染めた樹葉をキラまかせ.心を洗わさせる大地を創りだしている。 昼下がりの里山の一景を感じ取れる長閑な風景になっていた。 ブドウ岩ノ頭 道標両側にある踏み跡.11:14ブドウ岩ノ頭1224m 道志口峠前後からススタケは薄れ見られなくなるもブドウ岩ノ頭に至る道中は.雑木林に黄葉が賑やかく染め.見惚れるうちに頂にでている。 登りつくと登山道は左にL字に直角に折れ.菜畑山に向かい網張峠へと下るようなった。 又頂の北側には古い木製の山名標に「ブドウ岩の頭」とあり.その両側には北方に下りる確りした踏み跡が2つ残されていた。 右手の踏み跡は大旅沢と道志口沢出合に没するブドウ岩ノ頭北西尾根。長い尾根で下りは911m点前後のミズナラが趣よく見られ, 920mで林道菅野盛里線にでる。左に折れる911m点尾根は猿焼林道分岐から200mほど手前で.下れば盛里林道に入っている。 左手の踏み跡は1073m点の北側に延びる支尾根. 登りの場合は菅野盛里林道から取付く。取付き点は末端の僅か西寄りにある。 大岩を中央突破し1160m圏のコブを過ぎ.露岩の細尾根が続き.北東に向きを変えブドウ岩ノ頭にでる。 又コブの周りを林道菅野盛里線がグルリと回り込んでいた。・・菅野盛里林道の南擁壁上より撮影 又山名標の左立木の下には道志口峠と同じような別のパーティのメンバー表が置かれていた。よく見ると明大ハイキング部20期生とある。 子供の集団登山と考えていたが.何か拍子抜けさせられた。 網張沢流域・・菜畑山方面?網張峠 殆どが雑木に囲まれた奥道志主稜を南側に折れ.峠としては幾つも窪地があり.分かりずらい網張峠1108mにでる。 網張沢の滑滝にでるには鞍部から支尾根の踏み跡をたどって.網張沢二俣980mに下り.網張沢を上流に向かうと河床に幅が2m. 全長40mの花崗岩のスラブ状になったナメの小沢が姿を現わす。 二俣からはナメと小滝.木橋から菅野盛里林道を横切り.大きく右から回り込んで大旅沢右岸にでて,大旅沢橋から中ノ沢にでられる。 ここから盛里林道になりゲートを抜ければ大旅沢.茅野橋にでて民宿へ。峠から30分.大旅沢橋から30分, 唐沢尾根・・水喰ノ頭と今倉山二峰 左景・・11:33奥道志主稜線の紅葉に彩られた雑木帯に入り.菜畑山から続く唐沢尾根沿いで.ミズナラにブナと変化に富む晩秋のよさを満喫している。 水喰ノ頭北尾根と長スラ尾根 右景・・11:34網張峠の縦走路を下り返し.ブナの巨樹が交わる賑やかな紅葉の落葉樹覆う尾根を登り.1215mの小コブを右に巻いている。 そして登り詰めるとススタケが現れ.落葉松の樹冠から蒼空が開かれだした。すると斜面も緩み菜畑山の北側肩にでる。 丘状の斜面が広がり.立木には幾つもの巣箱が備えられ.北面としては陽光を透す明るい森の台地に恵まれた。 奥道志主稜.菜畑山 奥は水喰ノ頭.12:10菜畑山(なばたけうち) 菜畑山の頂にでる所で切り開かれるよう樹林は途切れ.伐採された広いカヤトの原にでる。 遠くから眺めていたより小さく感じられた細長い頂は真近に三角点標石が目立ち.正面のカヤトからは丹沢の大展望が開かれた。 菜畑山1470mは御正体山.今倉山と共に山梨百名山に選ばれ.又共に一等三角点標石を持つ赤鞍ケ岳から先へ続く奥道志の主稜になる。 主稜は又.都留市と道志村と跨ぐ境界尾根にあり.菜畑山はそのほぼ中央に位置していた。 登り着いた細長い山頂を横切る登山道は三角点標石を東方に.道標類はまとまり西方に立てられ.南面はカヤトが広がりを見せている。 左に折れれば最短距離で道志に下れ.登山道は川原畑を経て「曙橋」バス停からタケノコ沢沿いに菜畑林道へ。奥.Pから徒歩35分の距離にある。 直進すれば更に奥道志主稜(唐沢尾根)へと老樹の覆う深いミズナラにブナの樹林帯を綴り.落葉松の覆う水喰ノ頭へと続いている。 三角点標石の東側のカヤトを綴る踏み跡は菜畑山東尾根に入る。道志和出村から東尾根に乗り.都留線335号鉄塔を経て頂に立つ。 交通の便から考えると私には未知に近い山だった。そこへ大旅沢流域に入る考えは後から続く形で頂に立っている。 よく知らずして登ってしまった山。まだまだ遠いい山になる。 又山名の菜畑山の「山」を「うら」と呼ぶ云い方は長沢脊稜に聳える日向ノ沢ノ峰の「峰」を「うら」と呼ぶ云い方に似ていた。 HP「私達の山旅日記」氏に記載されていたのを写させて頂きました。「谷有二氏の「山名の市議(平凡社ライブリー)」の該当項を要約すると次のようになる。 ・・この山梨県道志の菜畑山はナバタケウラと山の字をウラと読むのが正解である。「万葉集」などによるとウラはものの末端という意味で、 川や沢の末端・先端もウラになる。木の梢をウラというのもここからきている。菜畑山については、菜畑という沢の先端であるから菜畑ウラで、 ウラは山頂にあたるから山の字を置いてウラと読ませた。ウラには浦・上・裏・山・峰などの字が当てられている。例えば奥多摩の日向沢ノ峰、 真名井沢ノ峰、雁掛ノ峰.丹沢山塊の檜洞丸の一名・本棚裏、埼玉県秩父の浦山、川浦谷.木曽御岳の一峰・三浦山.…などなど。 海にあるべき浦の字が.山の中に見受けられるのも.末端(うら)に対する当て字が原因である。海岸の浦も大洋の末端にあたるから. 海のウラも山のウラも.元は同じだった可能性が強い。・・菜畑: 村外れの意。 菜畑山々頂からの北丹沢の展望・・道志川を隔てた甲相尾根 左景・・大室山〜畦ケ丸.12:11大室山.加入道山と右奥が畦ケ丸.並ぶ手前のモロクボ沢ノ頭 丹沢の展望 菜畑山の頂にでた所で樹海は開け.正面は伐採され.甲相国境尾根が屏風を連ね望まれる。 それはデンと大きく構える大室山から鋸状に大きく小さく起伏を繰り広げ.大棚ノ頭に至り.更に大らかに湾曲され山伏峠を越えている。 その先は石割山稜になる。手前は御正体山.そして谷間を挟む道志川には道志七里の上半が見下ろされた。 東屋 大休止しようと東屋を探すも分からず.探すと三角点の直ぐ奥側脇に廃屋後の土台が残されていた。 矢根は鉄柱ごと失われ.基部は錆び折れ.空洞の部分は雨水が溜っている。 又疑似のコンクリートの椅子4つは.その間々風化され無残な姿で残されていた。風が更に強くなり.ススキは揺れ棚引き更なる侘しさを誘っている。 時折雲を切り強い日射しが照りつけられるも.南風が強く更に肌寒くなった。今回は今季初めてテルモスを持参していた。 紅茶にウィスキーを少々垂らしてきた。持参して8時間弱になるが.試し飲みは一気には飲めぬ熱さ。体も心も温める味わいある飲物になる。 これからが長丁場。日が落ちる道中を考え.計算して飲むよう工夫する。 大室山.加入道山 左景に左アップ.12:12大室山,加入道山.(背は檜洞丸とテシロノ頭.石棚山.飛んで伊勢沢ノ頭). 白石峠と1つコブ越しの水晶沢ノ頭とジャガクチ丸.パンノ木ノ頭と続く。 その右奥に霞むのが伊勢沢ノ頭。 甲相尾根・・鳥ノ胸.城ケ尾峠周辺 中景.12:14左手が畦ケ丸と並ぶようモロクボ沢ノ頭が立ち.手前の鳥ノ胸山に離れて重なるのが大界木山 道志川上流と道志七里 右景・・山伏峠周辺下流から続く甲相尾根は狐釣山(左)からブナノ丸.油沢ノ頭油沢ノ頭から2つのコブを越して石保土山。 その隣りが峠に掛かる大棚ノ頭.その間奥が大洞山。湾曲した道志川のツメが山伏峠になり.左上が更に霞む三国山稜の畑尾山へ繋がれる。 道志川対岸になる奥ノ岳と中ノ岳。その間奥が石割山になり.裾野は山中湖湖畔に至る。又この周辺は幾つもの巨大送電線が交わっている。 道志山塊から望む「道志七里」とは明治44年5月に道志村を訪れた柳田國男が「道志川ノ源頭山伏峠ノ山嶺ヲ似テ水をヲ分チテヨリ. 東境月夜野ノ渓畔ニ至ル迄約七里」と説明し,古くから道志川沿いを称して「道志七里」と呼ばれていた。 山中湖の東.山伏峠から延々と東へ。相模の津久井で桂川と合流するまでの間の距離。その両岸が道志村になる。 甲相国境尾根の道志川南側に対し.道志山塊主稜は甲相国境の平野山から西へ分かれ延びる道志川北側の尾根を呼ぶことになる。 35年ほど前.仕事で遅れた夜半.子供達のいる山中湖に向かっていた。その折は河口湖線を嫌い.相模湖から直接山伏峠を越えている。 自家用車だが当時はまだ高峰だけに目を向けていた時代だった。この辺はまだ道志としての名しか知らず.一人峠越えをしていた。 ・・2017年4月に道志.御牧戸山の東肩から大室山周辺の北面展望 奥道志主稜(唐沢尾根・平久住尾根) ミズナラにブナの森.12:38菜畑山の下りから主稜線上の登山道は確りしたスズタケが生い茂るようなる。 優しい午後の日差しを受け.ブナとスズタケのコントラストがまたよい。 12:47 深みのあるミズナラにブナ.12:51水喰ノ頭 北面に広がる中木林の落葉松林.12:55 久し振りに拝めた熊笹群.13:09今日初めての一番のススタケ帯。岩戸ノ峰からの主稜線上でも笹の途切れる所が多く.又年数の経つ太い葉のススタケは少ない。 奥多摩周辺と同様に笹の衰退周期に入っているのだろうか? 水喰ノ頭山頂 小広い頂にでる.13:15この頂の手前北面は落葉松林に占められていた。 スズタケの東斜面を抜け.水喰ノ頭1344mの頂に立つとスッキリと云うかススタケは失われ.雑草も消えた裸の落葉舞う大地にでる。 今回久し振りに大きな恩賜石標と出合う。入山のヒカゲ舟左岸尾根から小さな赤帽のコンクリートの恩賜石標を点々と見ている。 又林道を横断し,岩戸ノ峰に入り.奥道志主稜を綴っても点々と綴られていた。この一帯は皇室の御料林だった地区。 御座入山に至る主尾根にも.又下山した長スラ尾根にも赤帽のコンクリート標石は設けられていた。 カッシャー用の古い固定ロープか?13:18 1360m点の小コブへ.3:20植林の境界線上ではなく.自然林の林層の境界をよく現わした主稜線。 明暗をはっきりさせ.南面に位置ると左側は道志川沿いの道志七里側になる。明るく陽光のよく入る斜面。 陰の衰退した植物図にまだミズナラの巨樹群が残されている。遠からずなくなる姿に。 右手の灌木帯は密林した大旅沢の源流地帯で.北面に当たり.谷間は更に陽光の通しは薄く,日照は短くなった。 全体的に南面は紅葉は真っ盛りだが.北面はまだ緑の樹葉を付けながらも落葉し始めていた。 対岸の甲相国境尾根と狐釣山 道志七里の半ば付近.13:23甲相尾根・・城ケ尾山199.1m.ブナ沢ノ頭1229m.狐釣山.三角点峰1348.2m.ブナ丸.油沢ノ頭.タテノ木沢ノ頭1306m 東沢と西沢が合わさり三ケ瀬川となり.道志川に流れ込む。左端が鳥ノ胸山の西山腹。狐釣山の右下に飛び出す頭が前ノ岳1229.6m 道志川下流.三ケ瀬川出合付近の街並にバス停「中山」があり.道の駅「どうし」がある。 1360m峰と今倉山東峰 ほぼ円錐形に重なる峰.13:25右手に覗く今倉山西峰(御座入山)と東峰 ブナの紅葉の雑木林.14:02 東峰へ最後のスパークヒカゲ沢左岸尾根から日陰舟.岩戸ノ峰から続く道志口峠 奥道志山稜から菜畑山.今倉山をピストン・・北丹沢甲相連山の展望 長スラ尾根を下降.盛里線と大旅沢.市ノ沢と下り曾雄の里にでる |