| 盆堀林道から再び峰見通りを登り返し醍醐路へ 盆堀川右俣から左俣の金堀沢. オリゾクナイ沢右岸尾根を詰め.峰見通りから弾左衛門ノ峰南尾根(ニシゲイト沢右岸尾根)から盆堀林道起点の醍醐道に戻る 醍醐路の散策と冥加沢右岸尾根を詰める 市道沢左岸尾根から千ケ沢を下り.醍醐林道から金堀沢オリゾクナイ沢出合で昼食 オリゾクナイ沢右岸尾根を詰め.弾左衛門ノ峰南尾根を下り関場・・呪文札?・620m圏の迷い・醍醐路に戻る オリゾクナイ沢は栗ノ木尾沢の東隣りの沢. 流部は小滝が連続している。上部は大きく分けて3つの支流に分かれる。 一番西寄りの谷の途中に大滝を秘めている。下流部の右岸には山道があり.遡行終了後に利用して下ることができる。 オリゾクナイ沢右岸尾根 オリゾクナイショイコシ沢の作業道.12:42オリゾクナイ沢右岸尾根から弾左衛門ノ峰南尾根 12:00オリゾクナイ沢出合付近:40一12:52突き出す支尾根取付き一12:58右岸尾根一13:32(620m圏合流点)14:55⇔13:41踏み跡分岐 一14:21支尾根570m圏一15:08(649m圏.南尾根の頭)一15:20(81号鉄塔)一16:06巡視路取付き一16:20関場bs. 昼食を終え.林道の右脇に立つ「オリゾクナイ・ショイコシ」戸倉財産区名の表示板の脇を抜け.オリゾクナイ沢右岸の作業道に入る。 出合の木段から朽ちた桟道になり.右下の足元から深く抉り落ちる所は凄味のある谷間になり鎖が設けられていた。 桟道の鎖場からオリゾクナイ沢を覗く.12:51 突き出す支尾根の分岐.12:52ここ鎖場から右岸尾根へと突き出した支尾根に入る。カーブし左後方から入る取付きには透明なペットボトルの中に図が示され. ぶり下げられていた。よく目立ちポイントとしてはよかった。この先にも尾根に乗のれる取付きがある。 露岩が少し混ざる高木の覆う痩せ尾根は以外にも痩せ.急斜面を登り左岸尾根に乗っている。 支尾根に乗り 急稜に落ち込む植林の痩せた枝尾根を振り返る.12:55オリゾクナイ沢右岸尾根 右岸尾根に乗る踏み跡を見下ろす.13:05・・620m圏北西支尾根 植林帯 オリゾクナイ沢右岸尾根に入ると林層の境にでて.痩せ気味の尾根を綴っている。林層の境というより尾根筋の右手は崖縁が続き. 自然林として境が築かれている。登り易き斜面は見る見る高度を上げていた。午後の陽差しが程よい間隔で樹林を縫い照らし出していた。 呪文を幾度となく見る.13:07やや平坦になると「札」と黄色いプラ杭が幾つも現れ.下から1.2.3と正番がふられ.組で立てられた枝杭にはピンクのリボンが付けられていた。 又「札」には背文も示され.「・・何時も死ぬことを常に覚悟して・・」と何かの一節が途切れ読み取れた。 正面の谷底はオリゾクナイ沢左俣支流背負越沢.13:09地名札の「背負越沢」. オリゾクナイ沢の左岸尾根が「栗ノ木沢尾根」 右岸尾根の上部に乗るとその後.迷い植林帯の中をさ迷うようなる。テープの付く枝杭に黄色いプラ杭の世界が広がっていた。 結局.元の場所まで戻っている。改めて峰見通りを目指し.南尾根の頭にでている。 620m圏合流点 北東の支尾根と合わさる.13:32組になる枝杭と黄色いプラ杭 この地点から先は「新バリエーションハイキング」松浦隆康著を参考にした。 「右岸尾根ルートとして620m圏で左から尾根を合わせ.直下を横切る山道を「左」に追って.峰見通りにでる」とある。 ここには黄色いプラ杭24と36? が並び立っていた。「右」に追って峰見通りに入るところ.「左」の北東の支尾根に入って仕舞い.難渋した。 620m圏北東支尾根 プラ杭上の分岐点.13:56プラ杭の24が逆番になり.12を過ぎ.幾らなんでも下り過ぎてしまていた。可笑しいと戻り.570mの踏み跡の分岐. 幹2本にピンクのテープが巻かれている所で.左手の踏み跡を追っている。小沢の対岸に83号鉄塔(82号鉄塔と思っている) の頭が樹冠から飛び出すよう望まれた。鉄塔があるということは先が見定められる筈だった。 東枝尾根の頭 支尾根570m圏.14:21全くの間違い 2度目の枝尾根で.東側に派生する小尾根の分岐にでる。倒木があり.幾つものテープが点在する地点.570m圏にでている。 樹間を透し鉄塔の頭が望めるも地形が全く分からなくなっている。少し東側の小尾根を下ると尾根筋にはっきりした踏み跡が綴られ. ピンクのテープ類も認められた。 ただ少し下ると対岸の谷間山腹には林道が刻まれ.白いガードレールが目立ち覗き込まれた。後に盆堀林道しかなく.峠下だと分かるが そこに林道があること自体.鉄塔と合わせ考えると更に分からなくなった。ない筈の林道がある。それは自分の発想と異なるうことを意味していた。 居場所と丸っきり違う地点に居ることになる。鉄塔も.林道も.共に一瞬の樹林の隙間から一度だけ覗き見ていた。その一見の連想が間違いを生む。 東枝尾根 林道を見て東枝尾根を下る.14:22東枝尾根と迷い 支尾根570m圏から東枝尾根を林道に向かい下っている。ただこの小尾根は点々とピンクのマーキングが正面の崖縁まで続いている。 そして右後方下に折り返すよう山腹を巻きながら谷間へ下りだすと急に踏み跡は薄くなり失われた。 谷間に落ちるよう綴り.その急斜面に落ちる1ケ所で.ピンクのテープと黄色杭を探るようにして見付けてもいた。設置後に斜面の崩れが起きたのか? 黄色杭とテープの組があること自体が.信じられぬ場所だった。藪の急斜面に打たれた杭.命綱を付けカケヤを振ったのだろうか? 難所の後は楽になると谷下を探り見渡すも先は分からず。高みの最初の地点まで戻ることにした。 620m圏北西支尾根に戻る.14:40迷い戻る 枝尾根の根元に戻り.更に今来た踏み跡を戻り返している。すると樹間を透し.左前方に一段と高い尾根が横たわり望まれた。 その手前の窪んだ左手の一地点に.鉄塔らしき姿がある。それは紅白の巨大鉄塔(恐らく82号鉄塔だろう)がモザイクの如く樹葉に絡み望まれた。 別の82号鉄塔を先程見付けている。改めてこの鉄塔を起点として考えると間違ったコースが読めてきた。 今まで金堀沢の上流を綴っていたことを悟り.最初の鉄塔は83号鉄塔だと頷ずける。漸く自分のいる場所が分かりだす。 頂点まで登ればと云う考えが甘かった。その上手前で「左」へ入り.一度下ってから登っている。この時点で要約分かる筈だった。 踏み跡まで戻り.改めて「右」に折れべき踏み跡に入っている。そして直進し最初の峰見通りの頂点620m圏を通過する。 峰見通り 南尾根の頭北西鞍部の巻き道分岐.15:05峰見通りで見た初めての道標 弾左衛門ノ頭の西側640m肩 小広い649m圏平頂で巡視路標柱が立ち.南尾根の取り付き..15:08新多摩線81号鉄塔の分岐で尾根を降る巡視路は登山道を兼ねている。 オリゾクナイ沢右岸尾根を詰め背陵に出てから「鳥霧場.刈寄山」方面へ.直接左に折れていた。 戻り右回りに弾左衛門ノ頭の南尾根取り付きにでた。今度は登ってきた最初の黄色杭24を右に折れる形で直進し.コブ1つで峰見通りに立つ。 巻き道を利用し登山道にでて.弾左衛門ノ峰南尾根の分岐にでている。 山道がほぼ直角に曲がる所には幾つもの道標が立ち.小広い台地になっていた。 道標の裏側に黄色いL字の鉄塔巡視路標柱「↑82号.81号↓に至る」が立ち.正面の道標裏が弾左衛門ノ頭南尾根になる。 登山道伝いにL字に折れる左先に弾左衛門ノ頭に新奥多摩線82号鉄塔が建つ。脇に八王子市の1669m点基準点がある。 先が上恩方町・旧小津町と五日市の境の地点「鳥切場」があり.鞍部下には盆堀林道が潜る入山トンネルがあり.森久保沢(ニシゲイト沢)沿いに下れば醍醐川にでる。 盆堀林道の醍醐川側の起点が弾左衛門ノ頭南尾根の取り付き地点にもなっている。 弾左衛門ノ頭の北側に延びる尾根は83号鉄塔を過ぎ入山峠に至るコースで.猪畑尾根と峰見通りとが合わさる角地点でもあった。 弾左衛門ノ頭南尾根の西面 冥加沢右岸尾根の登りで撮る・・2016.11.25/10:00右手の弾左衛門ノ峰の肩には紅白の82号鉄塔が建ち.醍醐川,西げいと沢橋に下る新多摩線の鉄塔尾根。 撮影当時は冥加沢右岸尾根を詰め一度盆堀沢に下り返し.再び峰見通りから鉄塔尾根を下り.周回している。 森久保沢流域・・2021.02.21/9:35弾左衛門ノ峰と鉄塔群 中谷山尾根510m圏コブから醍醐川を隔て眺める・・2021.02.21/9:46弾左衛門ノ峰の左隣りが弾左衛門ノ峰南尾根の分岐点になる。入山峠から新多摩線の鉄塔は上部から順に弾左衛門ノ峰669mに建つのが紅白の82号鉄塔. 中段は南尾根の北条コブに建つ81号鉄塔.下部は大ザス495mに建つ80号鉄塔になる。醍醐川を架け.中谷山尾根を越えれば案下川に架かる。 立木に青ペンキが塗られている南尾根の取付き.15:12ツメの尾根は緩やかな下りで中木林の檜の植林帯から始まっていえう。 五日市古道 この鉄塔尾根ルートは「楢本書」では「五日市古道」と呼ばれる重要な旧道であり.「元禄ころの五日市古道は西げいとから大ざわに登り. ほうじょう.とりきりばの尾根を北進.刈寄沢を下り五日市の戸倉村に出る」とある。「大ざす」.「ほうじょう」.「とりきりば」の位置が図示されていた。 八王子から案下街道を綴り.醍醐から戸倉を経て五日市と結ばれる旧道になる。 弾左衛門ノ頭669m 左が開け弾左衛門ノ頭に建つ紅白の82号超高圧送電線鉄塔が見上げられた。15:14送電線新多摩線の鉄塔尾根を下り降宿の集落にでる。南尾根に入り込むと緩やかな取付きから始まり.直ぐ左手の谷越えに82号鉄塔の全景が眺められた。 先程の尾根のツメ. 道標から峰見通り伝いに左に折れ.緩やかに200mほど進めば弾左衛門ノ峰669mに立つ。その南側に建つのが82号鉄塔。 この82号鉄塔を振り返って想い出すと先月の朝方.醍醐から冥加沢右岸尾根を登り詰めた折.頂手前で南尾根の全容を見渡している。 その折.頂点に紅白鉄塔が建っていた。それを忘れずにいれば最初に迷った鉄塔が83号鉄塔だと分かった筈である。 新多摩線の鉄塔尾根・・北条 尾根筋の西脇より81号鉄塔.15:20小枝に「東塔」と吊るされている札を見て.植林と林層との境を下る。 尾根の右筋は日当たりのよい自然林帯の中を綴っていた。ただ逆光に雑木が疎らに広がり.展望は見ずらいが体は暖かい。 600mで標柱を見て.81号鉄塔が左手の北条570m点に建つ。樹冠越えに聳えるのが見上げられ基部の西側を横切っている。 80号鉄塔基部より頭上を仰ぐ.15:3681号鉄塔を抜けると直ぐ黄色いL字鋼の巡視路標柱「↑81号. 80号↓に至る」がある。 巡視路のプラ階段に落葉が乗る急勾配の下りは滑り易く歩き難くなる。植林帯に入って枯葉は消え階段が見えるようなると幾らか楽になった。 長いプラ階段が終わり.大ザスを過ぎると再び同じ標柱を見ている。ただ手前の鉄塔と異なり暗い樹林の下。 探るよう80号鉄塔の基部にでる。ここからは要倉山や北高尾の山並が望まれた。 新多摩線 新多摩線は新秦野変電所から新多摩変電所までを鉄塔91基で結ぶ500KVの送電線。昭和55年12月に開設. 新秦野変電所から大山北尾根を下り.宮ケ瀬湖西岸を北上して.首都圏自然歩道の同所山と景信山とを結ぶ笹尾根を横切っている。 更に新多摩線は77号鉄塔は案下川を架け.中谷山尾根(要倉尾根)末端を横断し.79号鉄塔で醍醐川を渡り,この南尾根を登っている。 そして私の立つ80号鉄塔基部を通り.入山峠を経て逆川上流にある新多摩変電所と結ばれている。超高圧の首都圏ネットワーク送電線. 北高尾山稜の幾つもの枝尾根と鉄塔群 左景・・80号鉄塔基部より.15:353つの尾根が横たわっている。 右端は武相国境尾根の673mコブかも? 底沢から裏高尾の尾根を乗り越えてきた送電線は下小沢を架け.北高尾山稜を横切り.更に醍醐川を渡ってきた。 北土代沢左岸尾根に乗り越えてきた。背の幾つもの山々は関場峠から東方に延びるのが北高尾山稜。 左手から杉ノ丸612m.黒ドッケ620m圏と655mコブ.大嵐山583m.送電線を越え.手前528m点尾根に乗る75号鉄塔。 そこからから延びる三本松山611mコブ.送電線の背には大嵐山南尾根が横たわっり案下川に没している。 今立つ80号鉄塔基部は相模.高尾南山稜から抜けて来た送電線。送電線を綴ってみると左手前に細かく鋸の歯のように見下ろされるのが 中谷山尾根を横切る79号と78号を結ぶ送電線鉄塔。案下川を架けた先は三本松山北東尾根伝いに北高尾山稜を越え.7 5号鉄塔からは奥高尾山稜の白沢峠付近を越え.相州へと底沢流域へ下っている。 中谷山尾根と北高尾山稜 右景・・南南西面.明王峠尾根を真南のやや西寄りに降りてきた鉄塔基部の真正面を眺めている。醍醐川を隔て中谷山尾根に乗る双耳峰の要倉山。 左側が三角点峰の562m.左遠方は奥高尾の武相国境尾根の聳える700m圏峰と堂所山。底沢峠・明王峠を越え陣馬山へ。 注・・登山道でない部分で80号鉄塔から南西の尾根筋は方向が分かりづらく.東に向かいすぎJPSで少し南側に修正。 0.3kmほど進んでから東に向かても渡渉できたようだ。・・HP「YAMAOOJII」氏より. 四角い80号鉄塔基部の右下角(1番支柱)から尾根筋は左側に折れ.周りを探ると尾根筋の右側に小径が続いていた。 巡視路に従え檜の薄暗い植林帯の中に下りてゆく。又降りてきて鉄塔を見付けた時は基部まで直進したため.基部から離れると少し巡視路を失っている。 南面の植林他を下る.15:51尾根筋は逆相になり.自然林から再び直ぐ植林帯へ入いる。尾根幅の狭まる中木林の植林帯に斜陽する日差しが尾根筋に溢れるよう照りつけていた。 81号.80号鉄塔の右脇を通過し.尾根筋の巡視路を半ば進むと350m圏には.真新しい黄色いL字鋼の巡視路標柱に立替えられている。 350mでは右脇に黄色い標柱が「↑80号. 79→に至る」を指し.ここで右に折れている。 ただ尾根筋には素直で綺麗な巡視路がその間々直進していた。道標類はないが恐らく盆堀林道側の何処かに降りられるのだろう。 醍醐川左岸の柚子畑を横切り里道へ.16:02頭上に新多摩線79号〜80号鉄塔間の送電線が架かる 鉄塔標柱に従い右折して尾根筋を分け.山腹を綴ると小広い緩やかな草地320mの斜面にでる。柚子の木が7.8本ある畑にでた。 里にでるには朝方.複路を考えると醍醐川を渡らなければ醍醐線に出られないと知り.林道に入らねばと考えていた。 ここは畑の中をを斜め左下に僅かに横切ると道の造形が現れ.民家の裏にでている。 畑からは西げうと沢に向かい下るようなり.醍醐川にでる手前で左に回り込むと民家の裏側に降りていた。 朝方見た小さな西げいと沢の鉄橋前にでる。この小沢を渡った所が盆堀林道の起点で.右に折れ「西げいと沢橋」を渡れば醍醐道に突き当たる。 再び盆堀林道 再び東側の林道起点に戻る.16:06閉鎖された盆堀林道の「西げいと沢橋」を渡って上流側の鉄橋から再び戻ると畑にでて民家の脇を抜け. 小さな鉄塔橋を渡ると直ぐ林道にでて.右に折れると盆堀川に架かる西げいと沢橋を渡っていた。林道の起点. 鉄塔尾根 新多摩線鉄塔尾根は道標はないが確りした巡視路が続いていた。最後の尾根を離れるポイントさえ分かれば登山道と変わらぬ尾根道になっていた。 私にとって再び山を登り始めた10年ほど前は東京近郊の山々は殆ど知らず.まずは鉄塔のある巡視路の藪山から入っている。 東丹沢の大山北尾根,鍋嵐周辺から歩き回り.新秦野変電所側の新多摩線沿いを何度も歩んでいる。 最近は逆川沿いにある新多摩変電所の周辺の盆堀・醍醐流域の送電線鉄塔を歩き回り.繋げてみることで山とは異なる視線でも楽しむ。 右岸の中谷山尾根の支尾根 醍醐路.森久保橋から79号鉄塔を見上げる.16:12中谷山側の鉄塔・・対岸の右上が80号鉄塔 林道起点から左へ醍醐路に入り関場に向かうと右手の石垣の間に狭い小径があり.入る角に最後のL字鋼の標柱を見ている。 支尾根上に79号鉄塔が建ち(390m).南の支尾根を辿り.伐採地の縁を回って真峯峠からの支尾根と合わさると中谷山尾根に入る。 初めは醍醐路の散策に始り.後半は巡視路の話で終えることにした。道なりに行くと陣馬街道と合わさる分岐.関場バス停にでる。 バス停.関場に戻り周回した.16:34案下川と醍醐川の二俣から下流側の北浅川を望む 16:20関場bs16:36=17:05jr高尾.快速:15=立川.富士山ホリデーィ2号.17:35=18:04新宿:09=18:18お茶ノ水. 今回の山行で愛でる尾根になったのは市道沢左岸尾根の北支尾根とオリゾクナイ沢の桟橋から右岸尾根に乗るまでの短い尾根。 上部は道草になってしまったがジグザグに周り込んだ支尾根は迷わねば.知ることの中々できない小尾根群に足を踏み込んでいる。 道標のない確りした山径は通り尾根と弾左衛門ノ頭南尾根。古道として由来を知り歩む山行は新たな楽しさも増幅させていた。 地形図「五日市」.山と高原「奥多摩」.「高尾・陣馬」.zzz158-2峰見通り.zzz157北面盆堀川.南面醍醐川・・スカパ登山靴.27.748歩 コンロ.鍋用キツネうどん.餅.野菜に牛肉. バナナ.林檎半分.アンパン.コロッケバン2. 水300cc.ほうじ茶500cc.テルモス400cc.絹の肌着とラクダの肌着 醍醐路の探索と冥加沢右岸尾根を詰める 市道沢左岸尾根から千ケ沢金堀沢オリゾクナイ沢出合 オリゾクナイ沢右岸尾根を詰め弾左衛門ノ峰南尾根を下り関場・・呪文札?・迷路・醍醐路に戻る |