| 滝島先輩の「手紙」から日々山肌をが削られる秩父の名山.武甲山に再び54年振りに訪れる・・奥武蔵武甲山Top 懐かしい御嶽神社一ノ鳥居の参道から54年振りの石灰の山.武甲山へ 武甲山を周回. 表参道を経て小持山・大持山へ繋ぎ.妻坂峠から一ノ鳥居に下山 2017年04月22日 L滝島.m鈴木.松村 再び武甲山表参道から小持山・・更に広がる採石場と裾の丘陵は失われる。 小持山.大持山から妻坂峠を経て御嶽神社を周回 生川流域と雄大に聳える武甲山 下山してて横瀬町の寺坂棚田から武甲山は秩父市と横瀬町との境に位置し.秩父盆地の南側に聳え.頂の北側は石灰岩質の採石により.頂まで抉るよう削り取られている。 現在は標高は1304m。200名山の1つでもあり.秩父地方の総社である秩父神社の神奈備山でもある。別名に秩父嶽・妙見山・武光山。 手紙 昨年の11月13日,滝島先輩から山行の誘いを受けている。「今年は行事に参加できず残念です。日帰り山行を企画しました。(鈴木賛同) 武蔵の名峰「武甲山1300m」です。」とある。決行の当日は我が町会は勝浦旅行と重なり.明春の3月29日に延期さて頂いた。 高校の初め頃.同級生と正丸峠から伊豆ケ岳.武川岳を登り.妻坂峠から名郷に降りている。初めて私が企画した山行だった。 その時.妻坂峠から生川の対岸に名峰「武甲山」を望み.大きな岳に強い印象を持ったのだろう。翌月には再び独りで出掛けている。 秩父鉄道のお花畑駅から根古屋にでて表参道を登り.下山は郡界尾根上の裏参道を下り周回した。このコースは北面の底に 残された浅い尾根筋が残されてをり.駅まで下った覚えがあるが採石され今は尾根自体が失われている。 54年の歳月を経ち再び訪れることになる。当時のメモは7.8行。古い写真2枚と国土地理院の地図2枚が残されている。 殆どが忘れてしまった山行だがその当時の想いが少しでも,懐かしく顧みでばよ今は失われていた。 山行前日,3月28日の予報は18℃を超し.上野の山では今にも桜が満開になると予想されていた。 それにも拘らず大陸から寒気が南下.又南岸低気圧の東進に伴ない.当日の予報は雪後雨と1ケ月も天候は戻り崩れている。 26〜27日の降雪の影響で一ノ鳥居までの道のりは四輪駆動でチェーンが必要。標高900mの県民の森では60p以上の積雪あり.冬山装備が必要とある。 当日の高麗に住む鈴木からの連絡では眺められる里山は何処も雪白く覆われていた。その上降雨で.再び4月22日に延期され.今回決行の運びになった。 生川右岸道・・表参道 秩父石灰産業内で.8:244月22日(土)曇後雨 jr御徒町¥165. 6:16=6:35西武池袋.特急「ちちぶ3号」¥772+¥700. 6:50=8:10横瀬=一の鳥居(1合目)8:25P. 久し振りの山手線内回り.池袋発6時50分の特急「ちちぶ3号」に合わせ.ゆっくり6時に自宅をでいる。 どんよりした重い雲に覆われ.今にも雨雫が落ちてきそうな空模様。予報は秩父で晴後曇.東京より天気はよくなると考えられていた。 昔の記録と云ってもコースもメモ程度のものだが読むと池袋線の終点.東吾野駅で秩父鉄道に乗り換え.お花畑駅から路線バスに乗り換え 根古屋で降りている。国道299号線.現生川入口を右折し根古屋に入り.Y字路の札所8番の第3区公会堂付近にバス停があった。 そこから沢沿いに武甲山表参道を歩んでいる。時代は変わり.池袋駅から特急に乗れば1時間20分ほどで. 西武秩父駅の1つ手前.横手駅に着いた。ここで仲間のマイカーに出迎えられた。 横瀬の街は昔.根古屋と呼ばれ.根古屋とは山城の下にある城下町。と云うか家臣の館があると云うことを意味して使われることが多かったとか。 秩父観音.霊場8番札所.西善寺の近くの御嶽神社に「城谷沢の井」。この根古屋集落の裏の尾根筋に城があった。 二子山には物見山があったと云われている。 1936年08月30日発行.1/5万地図「秩父」には1963年05月11日と日付を付けた赤線のルートが綴られていた。当時は郡界尾根に乗る裏参道を下っている。 今回は浦山川左岸流域から長沢脊稜に入った時に購入した地図を使用。s45年測量.2006年10月01日発行の1/2.5万地図「秩父」. 行楽のシーズンを迎え.車内は観光客にハイカーにかなりの座席が埋められ.羊丘公園の芝桜も見頃を迎えている。 ただ根古屋まで路線バスがあるとはいえ.公共の便は酷く悪い。横瀬駅には数組が下車しただけだった。今はマイカーが主力になっている。 昔のことだが初めて奥武蔵山地を訪れたのは武甲山に出向く一週間前に.5月の連休を使い伊豆ケ岳・武川岳に登っている。 その時は東吾野から路線バスで正丸峠にでている。飯能駅に入線するとスイッチバックで東吾野へ。 正丸峠までは登り一方の線路.以外に傾斜は強く.列車は休む間もなく.一気にモーターを唸らせあげるよう強引に登っている。 下山は妻坂峠から山中林道を下り.飯能側の名郷にでていた。その折.妻坂峠で秩父側を望み.悠然と構える武甲山に見惚れてのだろう。 翌週単独で表参道から武甲山に向っていた。今回は地元のRHC仲間に誘われ.往路は昔と同じ表参道を歩いてみたいと入山した。 武甲山表参道口 御嶽神社1丁目.一の鳥居Pにて.8:32駐車場に置いたマイカーは山桜の根元. 山行を終え戻ると降雨に濡れ.窓と云う窓ガラスは花フブキが一面にへばり付いていた。 「正丸トンネル信号場」 西武秩父線には秩父の山々へともう何度か通っていたが.特急.急行.鈍行と通う都度.単線の割に列車の本数が多.いと不思議に思っていた。 それが今回.西武正丸トンネル内の工夫を知り驚かされている。「正丸トンネル信号場」は横瀬町の正丸駅と芦ケ久保駅の間にある 正丸トンネル内に設けられた信号場。 トンネル内に本線と副本線1本が設置された1本スルー構造。単線である同線の上下線の列車交換や.各駅停車の特急列車退避に利用されている。 1969年の西武秩父線の」開業と同時に開設された。 武甲山表参道 1丁目8:35一9:07不動ノ滝一9:51杉の広場一10:30武甲山:43一御嶽神社.昼食11:30一12:37小コブ分岐 一12:41小持山1つ手前の小コブ. 横瀬駅で滝島先輩と同期鈴木に迎えられ,早速横瀬川生川(うぶかわ)沿いに南下する。一ノ鳥居まで約6km.徒歩1時間強は車で15分ほど。 線路沿いに三菱マテリアル工場の南側を巻き.生川を遡る。道路は時にはセメント工場の間を抜ける雰囲気で.秩父石灰産業.三菱光石灰工業内を通過していた。 この道は昔からの表参道。今日は土曜日.工場は休みのようだ。セメント運搬車の往来もなく.静かなただすまいで工場内を通っている。 宇遠橋で右岸に渡り.大山ノ神のある集落を抜けると二俣になる。林道二子線を左に分け.その間々舗装された生川線を 300mほど走ると一の鳥居にでた。妻坂峠から下山路は妻坂沢右岸沿いを下り.この林道の起点近くをカットしてトイレの脇に降りていた。 今日の妻坂峠からの下山コース.以前は逆側に下りている。出口はトイレとちょっと嫌な気分だが.上流側が水場になっている。 武甲山御嶽神社 横瀬町(村)は明治の神仏分離令.一村一社令により.50余りの神社を習合したのが武甲山御嶽神社。 旧村社は旧武甲山権現. 山頂には他に鎌倉時代に建立された熊野権現などが存在していた。 表参道 一の稲荷側,武甲山御嶽神社までの参道は杉の樹林帯を絡むよう辿り.森林浴が楽しめるコース。作業道生川線に入り.生川の左岸沿いを綴っている。 林道終点からは枝沢を2本横切り不動滝にでて.幅広い杉尾根をジグザグに登ると一度緩やかになった所が杉の広場になっていた。 更に急斜面を詰めれば左手に大きく回り込み.山頂南肩の十字路にでる。右(北側)に折れれば御嶽神社から頂に立つ。もう1つの表参道は浦山口側にある。 細かく云うと短い林道の生川線の終点は.又作業道生川線の起点にもなっていた。8丁目まではダートのピストンの作業道。52丁目が武甲山. 駐車場は20台ほどで満杯になるが脇道には車の置ける場所がかなりあった。 杉の大斜面を綴る参道.9:25一ノ鳥居駐車場からその間々表参道に入る。大持沢出合前の橋から生川左岸道に入り.人家を数件過ぎると作業道生川線に入る。 8合目の石柱で左後方に分けている林道は二子線と結ばれているのだろう。帰路.妻坂峠の下りでこの林道を横切っていた。 作業道生川線 13丁目の道標で持山寺跡に至る登山道は林道(表参道)と分かれ.谷間からダイレクトに対岸の尾根に乗っている。 同じく先で分かれた生川林道と接しては離れ.尾根筋の東山腹を巻いて西側の鞍部.シラジクボにでていた。 15丁目で表参道と分かれた林道は一度生川を渡り.沢沿いを左へ大きく回り込み.1070m圏の東尾根に乗り.シラジクボの東ツメまで延びている。 林道と分かれた表参道は山径に変わり.2つ目の枝沢を横切り不動ノ滝にでた。 不動ノ滝 2つ目の枝沢を越えた所が18丁目で不動尊があり.不動の滝が落ち水場がある。その脇に幾つもの2000ccの空ポリが置かれていた。 御嶽神社脇には近代的な水洗トイレがあると聞いていた。ただ雨水を貯めて利用するタイプのため水洗できないことがあり.今日は閉鎖されていた。 そこで水を運ぶためのボランテァが必要だった。臨時でないところに何か.トイレを作る前の違和感を感じている。 杉林31丁目の老樹.9:45 3本の大杉.9:49 35丁目1000m.杉の広場にて.9:5140丁目の標石を見ると新しい木段の道となり.42丁目で分岐にでている。左手の旧道は廃道.辿れば小持山への頂稜の山ノ肩にでている。 右手に入ると武甲山の肩.十字路にでた。小持山への分岐.右手に入り鳥居を潜れば武甲山御嶽神社.52丁目にでて.左上の頂に展望台があった。 秩父市内と荒川丘陵 武甲山々頂からの展望.10:38秩父市が一望のもと見事な河川丘陵が広がりを見せている。ただ霞みが強く朧に思える市街地。 左足元下に秩父駅脇の公園.緑地が広がり.ピンクの点は「芝桜の丘」になる・・下アップ. 武甲山 武甲山の北半分には2億年前の石灰大鉱脈が埋まり.セメントの材料として明治.昭和.平成と掘り続けられた結果.頂の標高が下がるほど 削り取られている。見るも無残な山肌を露出させ.山頂から見ると文明の発展と自然といの共存を考えさせられる場所を造っていた。 明治33年に山頂部に設置された二等三角点標石.「武甲山」の標高は1336m。 昭和52年に三角点を採掘予定区域以外に移転し.以降はこの三角点の高さ1295.4mを武甲山の最高標高値として採用している。 又昭和54年5月以降は山頂への立入りは禁止されていた。 今回平成14年11月,山頂部の採掘が一段落したため.国土地理院は改めて三角点周辺を調査したところ。 三角点より西へ約25m離れら地点で.標高1304mが得られた。今までより9m高い値となり.その後の1/2.5万地図「秩父」には. この地点と最高値と2つの標高が記されている。 秩父駅前の公園・緑地 秩父駅前の公園.緑地は埼玉県の奥座敷.秩父武甲山の麓に位置し.秩父市を一望できる丘陵地帯にある。 公園の北側は「見晴しの丘」.南側は「芝桜の丘」と呼ばれ.「芝桜の丘」には9種類.40万株の芝が咲き誇っている。 その羊ケ丘公園を更に武甲山の頂から見下ろしている。 群界尾根付近 削りたられた山頂部付近裏参道 以前は山頂部から綴られていた境界線は尾根自体が御覧のように失われていた。前方に秩父に没する尾根があった筈だが 全て採石され形をなしていたかった。今は下の地形図「秩父」でも頂からの郡界尾根は途切れ表示されていた。 その尾根筋には武甲山裏参道が乗り.左上の西参道.廃道へと繋がられていた。 武甲山北面の石灰採石場図 ・・・以前の地形図「秩父1,2国土地理院.1/2.5万地図「秩父」・・昭和46年測量3・・以前は右上の根古屋バス停で下車.それから表参道に入っている。 頂からは広大な秩父丘陵が展望さるものの.足元は絶壁を築き垂直に抉り落ち.底の大地は石灰採石場になっている。 頂から抉り取られ.人の手で山が削られ失われる山容が見下ろしていた。 懐かしむべき風景だが昨年.東京近郊の戸倉地区で下山した折にも.コンクリート用骨材.破砕砂を出荷する美山採石場や日原の石灰採石所に降りている。 そこにもケーブルなり.超大型ダンプが専用道を走り回っていた。ただ更に輪を掛ける巨大な採石場が今見下され.圧巻される異様さで開かれていた。 恐らく,遠方からでも見定めれば欠けた山だとは分かるものの.目の前の風景は異にしている。以前.下山した郡界尾根は掘り起し崩され失われていた。 地図にも表示されなくなった秩父市街地に向かっていた。頂からの北斜面の尾根筋には裏参道があり.そこを過って下っている。 裏参道は地図で読む限り.790m点から郡界尾根が250mほど残され.三ッ岩尾根を越える北側には工場棟が建てられている。 西参道(廃道)と合わさり.この尾根から採石場を抜けていた。七番から宇根川沿いに「芝桜の丘」にでる。この参道は廃道と云うより砕石場になっている。 浦山口の表参道から橋立林道を経て長者屋敷ノ頭に至る。ここから頂への表参道を右手に分け.西参道に入ると郡界尾根で裏参道と合わさっていた。 更に西参道を下れば廃道だが押堀川の滝ノ入橋から国道にでられている。 奥武蔵最北西端(東北東方面)・・焼山沢源流の山々 左上は大棚山で718m三角点峰見知らぬ山域の展望・・浅間山600m(三角山.昼山). 二子山882.7mは雌岳870mと雄岳882.7m(物見山). その右が二子山東尾根に乗る甲仁田山847m(カロユタ山.久松平)。この辺の里山は見る谷間により.幾つもの山名を持っている。 背に乗る遠方は丸山9603m県民の森があり.右に連なり陣馬平山858mと刈場岳890m(カバ岳)。 山頂の御嶽神社境内で昼食.10:56〜11:30山頂から霞む秩父盆地の大展望を楽しんだ後.御嶽神社.境内の台地で昼食を摂っている。ここは樹林が伐採され. 幾らか明るさが戻るも雨雲は重い。今にも降りだしそうな空に.本来の明るさはなかった。Tさんの選んだ今日の昼食は松屋の牛丼。 まず牛丼の具を温め.白飯の結び1ッ個半に.牛丼と茹でた玉ねぎを乗せればでき上がる。汁ものはシジミにアサリ.ケンチン汁から選んだ。 牛丼の具を2人前乗せれば,贅沢さも加わり.味よく食欲をそそっていた。食事中に雨粒が落ちてきた。 霧雨が舞い,予報の晴とは異なっている。朝方の曇天はやはり雨雲からの流れ。今回は誰もが「何故!」と呟く。早々腹に流し込み撤収した。 今週の初めに夏日を3日間記録し.初夏の空気が優勢していたものの.気圧の谷が近ずき南岸低気圧が東進し. 雲多くなり降雨の所が多くなっている。それにも拘らず仄かな暖かみが漂い始めていた。前日19時の予報では秩父で晴後曇とある。 山行は晩秋から一挙に冬場を過ぎ.春爛漫の陽気になり.里山は芽吹き.丁度,ダンコウバイやギブシに変わり.アカヤシオやカタクリの咲き誇る季節になってきた。 一応今回ばかりは好天に恵まれると考えていたが.やはり雨男は居たようである。誰だろう! 小持山への稜 背は小持山高ワラビ尾根.手前鞍部がシラジクボ.11:44中段が1088m点コブで.直ぐ手前下の鞍部がシラジクボ。シラジクボの「シラジ」とは方言で鉢と云う意味. 武甲山の西頂の部分から小持山の尾根に取付く所に.コバイケイソウが群がっていた。まだ小粒だが暖かさを増すにつれ.あたり一面に生い茂るだろう。 歩き始めると舞い降りた細かな雨粒は.小雨ながら途切れることなく確実に降り続いていた。 フードを被らずとも.まだ帽子のツバでカバーできるほど霧粒。周りはひんやりした涼しさを増さしている。今日一日の不安定な天気を示していた。 天気回復は誰もが諦めていた。風が吹き出さなければ良いが。鞍部のシラジクボまでは杉林との林層の境.痩尾根を急下降で下っている。 右手浦山川側の展望はガスのため.また藪に隔てられて.全く分からなくなっていた。 背景は小持山から延びる高ワラビ尾根.右端に巣山の頭1091mが立ち.下れば浦山川沿いに秩父さくら湖畔.及び秩父鉄道,浦山口駅に下りられる。 手前の尾根は13丁目で分かれた登山道が尾根に乗り.詰めると持寺山跡にでて手前鞍部のシラジョクボと繋がられていた。 又大きく蛇行しながらが生川林道が並行している。この尾根の1070m圏を越えて.小持山を詰める。 シラジクボへ.11:52武甲山までは杉の森の中を綴っていた。頂に立った遠望からは春霞み強く.盆地を囲む山並や秩父の街並を鮮明たる姿を 見渡すことはできなかった。更に雨雫が落ち続け.霞みどころか遠望は諦めざる得なくなる。 ただ濡れた大地は土色を濃くし.真近に見える裸林にも春の勢いを示す色合いを増し始めている。 落葉も枯れた淡い色合いは消え伏せ.枝木にも瑞々しさが少しづつ現わされていた。日増しに色づく山肌に.小鳥が囀る声を聞くのも近いだろう。 ヒラジクボまで急な痩せ気味の尾根を駆け下りる。下り返すと地形は異にし.穏やかな幅広い尾根筋に変わるも.気温は更に下り始めていた。 ここにきて霧雨は小雨らしくなり.気温も下がり始めている。Sと共に上カッパ羽織るも先輩はそのまま傘を差し続けていた。 聞くと如何やらカッパを車に置き忘れたらしい。口数の少なくなった先輩に.聞いてようやくわかる姿。これ以上寒くならねばよいが。 振り返る武甲山 小持山への急な痩せ尾根筋より.12:05巻道 登り返し.振り返ると,ほぼ真北にシラジクボを越えてきた尾根筋が眺められる。その上に武甲山東尾根が持ち上げられ.表参道が見渡せる 山腹を綴っていた。手前のコブは1070m圏コブ。東方へ延び.小持沢と大持沢を隔ている支尾根。作業道生川線が乗り.シラジクボに至る。 武甲山の頂稜に重なる奥のコブは1088m点コブ。その陰になる裏側にシラジクボがある。 雨に降られ見渡す限るの山肌は幾らか霞むも.一層春近しと鮮やかな色合いを増し.目に潤いも与えている。 再び小持山の北肩の小コブを目指して登りだす。トップのSが1190m付近で小持山西側の水平歩道に入り.山腹を右に巻く踏み跡に入り込む。 道幅は狭まり.足元からは奥巣山ノ谷が鋭く落ちている。その源流を巻く道。「左上に斜上するよう」伝えるが.楽だと更に山腹道を横切った。 武甲山から下りで見続けてきた高ワラビ尾根に向っている。ぬかるんだ土壌に傾く足場,妬けに狭いとT氏は嘆ぐ。 後で廃道と知るがトラバースの距離は短い。雨は相変わらず治まらず.高ワラビ尾根に乗ってから下カッパを履いている。折り畳み傘は小さ過ぎ諦める。 「サァー!出発」と歩きだすと2人供に支尾根を下り始めていた。「浦山川へ下りてしまうぞ!」と止めるが.トンチンカンのようだ。 下りて左に回り込むと云う。タワノ尾根を指しているのだろうか? 尾根を逆戻りし登り詰めれば踏み跡は短く.直ぐ小コブにでて武甲山への頂稜.分岐にでた。 回り込んだ高ワラビ尾根のツメ 大持山手前の小コブへ.12:37背は小持山から延びる高ワラビ尾根,右端が巣山の頭1091m(オハナドッケ).先は城山を経て秩父鉄道.浦山口駅に踏み跡が下りている。 ドッケからタワノ尾根を取るとタワノネを経て.大塚山796m点尾根を下る踏み跡がある。又この尾根を挟む両岸には沢沿いに登山道があった。 西側は有坂沢沿いに下り.茶平林道から秩父さくら湖右岸の寄国土(うすくど)トンネルの南詰,茶平橋にでられる。 東方は大神楽林道から浦山川の大神楽沢橋にでる。ここを含め大持山西尾根(山の神尾根)は数年前から対岸から見詰めてはチェックしていたルート。 再び武甲山表参道から小持山・・更に広がる採石場と裾の丘陵は失われる。 小持山.大持山から妻坂峠を経て御嶽神社を周回 |