石楠花新道・・ゴトメキから黒金山へ綴る尾根
    北奥千丈岳.白檜平からゴトメキで鳥ノ尾根を右に分け.シラベ林と熊笹の倒木帯の.原生林からトサカへ・・大笹原の大ダオに至る。

   大弛峠から北奥千丈岳.奥千丈岳.白檜平
   白檜平からゴトメキ.トサカ.大ダオ ・・シラベ林と原生林
   東奥山窪から林道を経て徳和林道から徳和

    石楠花新道
   ゴトメキへの新道.11:40
    白檜平からは確りした明瞭な山道がシラベの尾根伝いに続いている

   ゴトメキへの尾根道は枝払いがされている.11:45

    御止木(ゴトメキ)
   立教ワンダーホーゲルの遭難碑
    別称.御止木.シゲリノ峰・・11:56昼食12:20

     ゴトメキの頂は切り開かれた明るい小平地. シラベ・ダケカンバの中木林とカラマツに囲まれ.以外と陽射しが入るが眺望はない。
   ここは黒金山・白檜平・遠見山の三叉路であり.石楠花新道が直角に曲がる地点になっていた。中央に道標が立ち.中央左奥(東)がトサカから
   大ダオ・黒金山へ綴る尾根になる。又左脇の取り付きの立木にも4段に組まれた手書きの道標があり賑やか。

     旧境界尾根の右(南)に入れば遠見山へと続く大遠見尾根(大丸戸尾根)から鳥ノ尾根。
   大鳥山,から東御殿,大久保山へと続き.次回の山行では末端まで南下する積りでいる。この取り付きの左脇に遭難された石碑が建てられていた。
   遭難碑の表には追悼歌が刻まれ.裏側には昭和40年5月3日.(雪崩による遭難した)工藤達衛君.立教ワンダーホーゲルとある。

     昭和40年は私が母校のRHCに入部した年。後にワンゲルや山岳部との同期の交流が進み.情報交換や冬天等を借り始めている。
   月日が経ち.記憶が曖昧になってしまってたが.まだ知らなかったワンゲル部の直ぐ上の先輩だったと思う。
   日本で初めて創設された立大のワンゲダーホーゲル部. 奥利根に山小屋もあったがクラブ自体が既に廃部になってしまった。手を合わせ離れている。

   手弁当と間食

     ゴトメキは漢字で「御止木」と書き.江戸時代には檜のことを指し.一般家屋には使用し伐採してはならぬとの意味が含まれている。
   後止木(江戸時代の伐採禁止木)のこの一帯はその後丸坊主にされ.カラマツが植林されているとは何と申してよいのか分らぬ光景だった。

     又この山名と同名の山は他に上田市真田にある。角間集落の山ノ神から小尾根を詰め15号鉄塔を過ぎると九竜山1610mがあり.
   ゴトミキ山1644mにでる。2等三角点標石があるがそこには山名標はない。標石には「角間」とあり.猿飛佐助の由来の地でもある。

    食事
     昼食は今年初めてのお茶漬けを用意した。弁当箱には色々な具が入れられている。ただ肝心のお茶漬けの素を忘れてきた。
   茶を足すも塩分不足。トマトを持参したのを思い出し.塩粒で代用すればと考えたが妻に任した為今回に限りトマトに直接まぶされている。
   薄味で我慢するしかなかった。炊事する間もいらず.れでも弁当箱を開ければアッと云うまに平らげた。

    続くシラベ林
   やや太くなったシラベ林.12:20

    ゴトメキで左へ直角に折れる。シラベの密生する壁のような林相になり.その間を縫い進むようなる。
   幾らか藪絡みの所も見受けられるが.ここも枝打ちがされ.手が入れられていた。寂しいような.満ち好ましいような
   複雑な気持ちになっている。時折.地表に倒木類が突き出し回り込むも.シラベの平坦な森が開かれていた。

   植林時のロープ類の残骸が以外と多く残されている.12:24

    見えだした以外と高く見えるトサカ
   一時の疎林を抜ける.12:29

   倒木を巻いて直進せぬようロープが塞ぐ.12:31

     ゴトメキから11分ほどで倒木が先を塞いでいた。左手側にはトラロープが張られ.直進してからの下りで大南窪の支尾根へ。
   引き込まれぬよう配慮されていた。倒木越え.右手の斜面を大きくトラバースしながら緩やかに斜下し.再び明るくなった本尾根に乗っている。

   シラベ.オオシラビソ.トウヒが主体の尾根筋.12:34

    ゴトメキから分れた鳥ノ尾根・・旧境界尾根(旧牧丘町・旧三富村)
   縞枯れの倒木帯もあり.12:40

     笹原にでると枯れた立木が多く尾根筋を覆い.倒木も多く見るようなる。すると地表がはっきり見られる明るい広がりある台地に変わった。
   山道は踏み跡程度と薄くなるも.ほぼ平坦な起伏の先に見える尾根筋を進めばよかった。ゴトメキからの遠見山.大鳥山.大久保山へと続く.
   鳥ノ尾根が右手に並行するが如く真近に望められた。振り返っても続く一本の尾根.

    鳥ノ尾根2
   南西に向かう鳥ノ尾根を振り返る.12:45

    ゴトメキから南東に延びる大遠見尾根
   シゲリ窪を隔て右手前方に並行し離れる南東尾根.12:46

   鞍部から緩やかな登りへ.12:50

     この付近は大木の倒木が目立ち.真向かいにトサカの姿をはっきり望められるようなる。更にスズタケは生い茂り.背丈はないが
   地表の凸凹が.見ずらく歩き難し。鞍部からはトサカへの緩い斜面が続き.見えぬ倒木が笹に隠れ.更に醜くなった。
   赤テープも薄く見失いがちの障害物競争のようだ。ただ尾根筋の高みを進めばよかった。

    異様な風景の根元群
   トサカへの仄かな登りで.13:00

    倒木更新
     倒木を土台とした新しい芽が出るようなると日照不足が緩和し.又倒木自身が養分の供給源となり.
   倒木表面の苔が又水分の供給をも担っている。古木が朽ちてなくなった後は「根上がり」の空洞が生まれ.そこが目立つ形で臨まれた。
   今私を囲む巨木林は各々に根上りした空洞を持っている。以前.奥志賀岩菅山から雑魚川へ下った折も.顕著なこの現象を見ている。

    トサカ
   右奥がトサカ2047m.13:02

    トサカ
     スズタケの途切れた平頂はコメツガの純林に囲まれた小コブ。コメツガで周りは薄暗くなるも.直ぐ頂に立つ。山名標はなかった。
   踏み跡の正面にトラロープが張られ.先を閉ざしている。無意識に進むとそのまま頂から南尾根(尾ナシノ中尾根)に入る恐れがある。その為のロープ?

     正面の左下が東奥山窪. トサカ南尾根を隔てた右奥下にシゲリ窪の谷間が大らかに窪む広がりを見せていた。
   シゲリ窪は西奥山窪に落ち.徳和林道にでてから東奥山窪と合わさり.徳和川と名を変え三富で笛吹川に落ちている。

     ロープに沿いに左へ緩やかに下れば直ぐ樹林は途切れ.スズタケに覆われた。
   足場は倒木で更に悪い。足元は見ずらいが悪いがそれでも笹原が浅く助かっている。

    黒金山と笠盛山
   左景・・トサカから数分で笹原尾根にでる.1311

     倒木帯を楽に横切っている。それでもスズタケの茂みがやや高くなれば直ぐ下る斜面は何処も倒木は隠れた。
   トサカからは尾根の東奥山窪側を回り込み.尾根筋に戻っている。

     それ故尾根幅が広がり始め.北側の大南窪の源流山腹を左へ回り込む造林作業道の取付きは確認できなかった。
   本尾根の踏み跡は適当に幾つもに分かれては合わさり.漸くして灌木帯が切れると南面に笹原が開かれ大ダオにでた。

    乾徳山と尾ナシノ中尾根
   右景・・谷は東奥山窪

    塩山盆地北部の山並み
   13:14

    左下から谷間が広がるのが東奧山窪
     南面の広い両端に乾徳山.富嶽(右端上)が眺められる。その間には笛吹川を隔て鈴庫山から延びる滑沢山の山並みが見下ろされた。
   遠方は背稜の笠取山から南下し柳沢ノ頭.高芝山に至る.これ又長大な尾根が塩山盆地に向かい落ちている。
   右奥は鶏冠山.大菩薩連嶺の稜。まだまだここは標高2000m近くあり高い。見渡す源内の境をなす山並が遠望され眺められる。

   大ダオへ.13:17
    最後に又スズタケの茂りで覗めぬ大地.倒木が多く隠れる歩き難き斜面を下る。

    大ダオ
   大ダオの原にでる.13:21
    別称は富士見峠の広々とした笹原の大地

     左手が西沢本流になり.正面が黒金山。直線状に黒金山を越えれば西沢渓谷にでて.鶏冠山林道(東線)が横切れば笛吹川天科にでる。
   牛首から南東の尾根に乗ると檜尾沢側に壮大な草原が開かれていたと思う。ここ大ダオも大らかな笹原の尾根中央に道標が1本立てられている。
   笹原にに刻まれた踏み跡を右に折れ綴れば.東奥山窪に入り徳和へ下ることになった。

   大ダオの鞍部1965m地点.13:24

    大ダオの鞍部にぽつんとあった道標
     大ダオから東北東(直進)し.コメツガ.シラベなどが茂り尾根幅の広がる灌木帯に入る。先を見定めて詰めればを黒金山2231.6mが立つ。
   先は牛首ノタルで西沢渓谷と青笹へでる尾根に分かれている。2017年9月の乾徳山からのルート。
   今回は右(南東)の谷間に入り東奥山窪を下る。そして標高約1270mで徳和林道にでて徳和の集落に下山した。

    白平.奥千丈岳.北奥千丈岳.国師ケ岳天狗尾根
   遥か遠くになった北奥千丈岳.13:23
    北奥千丈岳から石楠花新道をヴァテイケーに歩み.最後の大ダオから振り返る

    甲府盆地と広大な裾野を持つ富嶽の麓
   右手は尾ナシノ中尾根.13:39
    大菩薩連嶺は郡内と国中の境と県境の御坂山地

     左手前が北奥千丈ケ岳から長く延びる低くなった鳥ノ尾根・・大久保山と杣口山との間.大久保峠上に飛び出した塩山盆地北側の塩ノ山。
   富嶽を正面に望むと快晴だった青空は次第に湧き上がる積雲に覆われ.斑な白雲に占められてた。風が強くなりやや肌寒い。

    東奥山窪
   下る取付きから徳和の集落を見下ろす.13:25

     左手は乾徳山の南裾になり.手前の尾根に旧松霞林道が通つていた。右奥が鳥ノ尾根の末端尾根.東御殿・・大久保山.杣口山。
   中央手前の白い部分は徳和の採石場。乾徳山登山口バス停の西側400m程にあり.ここまで来れば下山を目測できた。

    東奥山窪
     この渓谷は2012年9月に徳和から道満尾根を詰めた乾徳山から甲府盆地を囲む山並の遠望を楽しんでいた。
   その後.北側の苔むしる森を詰め.笠盛山の露岩した岩場にでて.足元に見下ろしたのが東奥山窪の谷間。

     沢沿いの神秘的な景色が画像として残り忘れられないものの1つになっていた。
   黒金山へ登りつつ.薄暗い沢筋に強い印象を覚えている。何時か渓谷に踏み込みたい気持ちを募らせていた。

     当時は牛首の南東尾根から笛吹川沿いの天科に下りている。それも最終バスに10分の差.速足でも届かず.タクシーを拾っていた。
   その折.水ノタル(松霞新道分岐)で.南東尾根伝いに下れるルートを知っていれさえすれば徳和川の右俣.東奥山窪に下りた筈である。
   そのことを想いだし.今回は本流に下ることが現実のものになっている。

     大弛峠から北奥千丈岳.奥千丈岳と白檜平
     シラベ平からゴトメキ.トサカ.大ダオ ・・シラベ林と原生林
     東奥山窪から徳和林道から徳和