| 月待ち信仰の山.都留二十六夜山 ・・道志二十六夜山Top 今倉山稜1410m峰から主稜の西沢の支尾根に乗り.林道菅野盛里線を横切り都留二十六夜山に立つ。 二十六夜山西尾根からは都留CCへ下り.引田野を経て戸沢谷村線と繋げ..富士急赤坂駅へ。 「芭蕉月待ちの湯」から1410m峰北尾根の左支尾根 今倉山稜から二十六夜山西尾根を越え引野田から赤坂・・ ヒオドシチョウ 今倉山主稜にでて.12:04 1410m峰から二十六夜山を経て引野田.赤坂 11:29主稜1410m峰一12:20林道登山口一12:37二六夜山13:15一13:34(1075m点コブ)一13:45(908m尾根に戻る) 一14:06トラバース地点一14:32二十六夜山登山口一14:45引野田の集落一14:56鉄工所一15:33富士急赤坂駅. 今倉山稜 主稜の鞍部.林道菅野盛里線へ下る.12:08登山口 今倉山稜に綴られた登山道を右に入り.中ノ沢ノ頭で右下に直角に曲り.木段で下ると林道菅野盛里線が横切っている。 ここは今倉山登山口の分岐で.道標「右・二十六夜山約20分.登山口約100m」がある。 又中ノ沢ノ頭からの樹林が途切れ.急に切り開くからた林道のカーブ地点で.菅野川上流の南西に広がる山並の展望が開かれた。 今まで望められなかった方向からの山並が横たわっている。 南南西面の岩下ノ丸と御正体山ヤラ尾根 左景・・管野盛里林道から二十六夜山の登りで林道管野鹿留線と管野川沿いは県道24号線・・12:27 樹林帯を抜け急に天空が明るく開かれ.更に前方には菅野川沿いの大きな谷間が開かれる。御正体山を正面に向かえ. 大きな釜底のような谷間の対岸には.延々と刻まれた林道が横切り.右奥.遠方には神々しい冨嶽が雪白く望められた。 又その手前の鹿留山も大きな山容で構えている。間近過ぎ望めるのが低山だが魅力的なハガケの支稜が目の前に綴られていた。 林道 菅野川の源流,1228m点峰と今倉山東峰の鞍部の道坂峠には県道都留道志線が峠越えをしている。 峠にある道坂トンネルを潜れば丹沢山塊との境をなす甲相尾根が目前に迫り.下れば道志川沿いの道志七里に迎えられる。 道坂峠の北西側山腹には林道菅野盛里線の起点があり.今倉山稜の北側山腹を横切り.県道35号線の都留市旭曽雌と結ばれている。 先程この林道を横断して今倉主稜にでている。細野側の道坂峠からと盛里川の両側を挟み.共に延伸工事が行われていた。 林道細野鹿留線 御正体山山域の北面山腹に刻まれているのが道坂峠の南西側を起点とする広域基幹林道.細野鹿留線。写真は細野工区側の完成区間になる。 この林道は山梨県都留市の鹿留の途中から同市県道24号線で.道坂トンネルの南詰出口へと御正体山北側山腹を綴るよう完抜工事が進んでいる。 総延長約15kmの広域基幹林道。林道大野夏狩線→細野線→鹿留線.途中御正体山登山口. 虹ノ木橋から林道細野鹿留線→道坂峠。鹿留線 →二十曲峠→市営鹿留線→忍野村. 林道細野鹿留線は鹿留工区と細野工区.両側から開削延伸工事が行われていた。又県道24号.三輪神社から仏ケ沢に入り. 尾根沿いに回り込む支線は菅野線のほぼ中央と繋がれ.ここを起点に左右に延伸工事が交互に進められている。 冨嶽と鹿留山 中景・・林道.今倉山登山道口より.12:16手前の横切る尾根が御正体山から北西に延びる支稜. 峰宮跡経由で三輪神社に下ると御正体山登山口にでる。 更に尾根を北上すればハガケ山から文台山へ。 今倉山稜を綴る二十六夜山との鞍部.そこに林道菅野盛里線が横切り.その上部に.今倉山への登山口がある。 道標には「←至都留市街,↓至赤岩約40分・今倉山約80分.至二十六夜山約20分→」都留市とあった。峠からは南西に広がる 山並の展望に優れている。ただ冨嶽に限り眺望は閉ざされ気味で.再び雲中に閉ざされた。雲層の中段に顔を出す冨嶽と鹿留山。 左脇の御正体山から支稜に入り峰宮跡を経て.1328mの岩峰とキレットを越える尾根が望まれる。ハガケ山に至る尾根筋は更に文台山へと。 以前,ハガケ山大沢右岸尾根から鋸刃.文台山を経て尾崎山を越えている。その折.南西側のハガケ山手前から振り返った折. 二十六夜山は朝陽を浴び.仰ぐ空に雄大な姿を浮かび出させ.ほれぼれした姿を見せ付けていた。 鹿留山と文台山 右景・・南西面更に支稜を下ればハガケ山から文台山.更に尾崎山に至る長い尾根で桂川へ落ちている。 鹿留山,右肩奥には倉見山.並ぶ三ッ峠山と以外と遠近感の乏しい山並が続く。更に右奥遠方は西湖々畔に聳える十二ケ岳が遠望された。 ここからの眺望は細い裾野の山々が隠れて見えぬせいか.何時もより圧縮する姿で望まれている。 ハカゲ山から続く1225m峰と双耳峰の重なる文台山(大野山)西峰と東峰。更に北(右)方に進めば末端は,富士急東桂にでる。 文台山から手前の尾根には登山道が綴られ.矢花峠から細野にでて登山口にでる。その向かいが三輪神社からの御正体山入口。 道志二十六夜山の3つの支尾根 猿焼山西尾根より北側の二十六夜山写真の左奥手は文台山と鹿留山・・2013.04.01/14:30 過って猿焼山西尾根を下り.上戸沢の集落が見下ろされた正面に596m圏峰を迎えると左手に二十六夜山を見ている。 二十六夜山は里に向かい3つの尾根を落としていた。手前に落ちる北尾根コースは尾根から矢多沢を下り金山神社に下りている。 北西に落ちるその右脇の尾根は1014m点コブ尾根の難路。その奥に落ちるのは西尾根の1076m点コブ擁する尾根。今回のコース. 西側から北西に回り込み都ゴルフクラブから引野田にでて.県道戸沢谷村線に入り富士急赤坂駅に至る。 南側の二十六夜山西尾根と中ノ沢ノ頭 文台山を北上し小野への分岐を過ぎた伐採地より.東北東方面細野から大沢右岸尾根を北上しハガケ山から文台山を経て930m圏峰・尾崎山を越えた折.撮影。・・2012.12.20/14:30 遥か先に戸沢川が流れ.取り囲みよう前道志の主稜全山が左手に望まれ.左岸には道志二十六夜山が聳え.鞍部には林道菅野盛里線が刻まれていた。 都留(道志)二十六夜山 菅野盛里林道分岐から取付く二十六夜山分岐 菅野盛里林道は北尾根と合わせると今回は2度.横断したことになる。峠から林道を下ると直ぐ.道志二十六夜山への登山口にでた。 そう古くない道標に見えるが.今倉山登山口には新たに同類の道標に立替えられている。 ただ確りした道標だが三方を示す腕木が付け加えられているものの.三方とも先を示す名は示されていなかった。 この間々林道沿いに里に下れば矢多沢から戸沢谷村線に至り.上戸沢にでる。そして街道を右折すれば今朝入山した「芭蕉月待ちの湯」へ。 左折すれば西尾根の下山口.引野田の地区に入り.そのまま直進すれば富士急赤坂に突き当たる。法能の踏み跡は廃道に。 都留二十六夜山 山頂西端より.12:28〜13:15二十六夜山の山頂 林道の登山道分岐から雑木林を縫う緩やかな登りで.呆気なく道志二十六夜山(都留二十六夜)にでてる。 三角点標石1297.2m「立山」のある細長い小平地。山頂を覆う灌木は過って伐採され.眺望の優れさを誇っていたらしい。 ただ今は育ち覆い被さる樹林に戻され.展望は途切れ途切れになっていた。 二十六夜山塔 頂の西側脇には高さ1mほどの二十六夜山の碑が祀られていた。又そこから登山道が西尾根と北尾根に分かれていた。 以前登った旧秋山村(現上野原市)にも二十六夜山の碑があり.そちらは秋山二十六夜山と呼び都留とは区別されている。 秋山の碑は道志の碑と比べると山頂から心持外れた平坦地に祀られ.又丸い自然石に刻まれた碑も小さく.対照的で落葉松林の囲まれていた。 頂にある「都留市の名山案内」説明板によると「二十六夜山は都留市に南東部に位置し.今倉山から赤岩と連なる尾根の西側に位置する最後の山。 山名は江戸時代盛んになった旧暦の正月と七月二十六日の夜に.人々が寄り合い飲食などを共にしながら月の出を待つ.一種の二十六夜山講になる。 麓の村人達による二十六夜待ちの行事に由来する。 この日の夜半の月光に現れる阿弥陀如来.観世観音.勢至菩薩の三尊の姿を拝むと平素の願いがかなると信じられ. 麓の村人たちによって.遠く道志山塊から上がる月を拝む月待ちの行事が行われていた。」・・・又新月から数えて26日目の三日月を指している。 月にまつわる伝説が多く残る戸沢地区。昔この辺に池があり.池畔に映る美しさは格別で松尾芭蕉が逗留の祈りに. 「名月の夜やさぞかしの宝池山」と詠んだと伝えられている。そんな由々し言い伝えにちなみ.市営の温泉施設「芭蕉の湯」が戸沢川沿いに設けられた。 又大月市賑岡町浅利地区には二十三夜山塔がありました。二十六夜山塔同様.月待のの行事を記したものがある。 「甲斐国志」には立山とあるだけで二十六夜については触れていず。・・秋山二十六夜山2013.03.16 鹿留山と杓子山北尾根 南西に望む大きな岳.13:01手前は文台山から尾崎山に下る北西尾根 中ノ沢ノ頭の切り開きと同様.二十六夜山の頂上は昭和59年に周囲の灌木が伐開された明るい平頂になり.御正体山北西尾根の鋸刃・ガケ山が 手に取るよう見え.その上に残雪の富嶽が聳えている。又途切れて見下ろす禾生の街並の上には大菩薩連嶺が.右手には真近に九鬼山東尾根が望される。 過って訪れた鹿留山の頂は巨木林のミズナラとブナの老樹に被われていた。登った者だけに報いられる不思議な最後のひとコマが頂に創られていた。 太古からの響きを示す巨樹群が乱立する頂になる。2011年4月.鹿留林道から北尾根の243号鉄塔尾根を綴り杓子山に抜けている。 鹿留山の裏側が杓子山. その頂の反対側からは冨嶽の裾野,原野が広大に開かれ.足元一杯に見下ろされていた。 右奥の北尾根は鹿留山と重なる杓子山の北尾根になる。倉見山を越え.倉見か.東群馬幹線の238号鉄塔を通り馬場へ下っている。 鹿留山北尾根は右支尾根の243号鉄塔尾根を下れば鹿留林道のゲートがあり.脇に以外と人気のある渓流釣場があった。 南方(左)は立ノ塚峠(内野峠)から石割山へ.その先は山伏峠か山中湖に至る。又二十曲峠からは林道が忍野へと下りている。 南大菩薩連嶺 右奥は奥秩父飛竜山.12:40桂川と支流笹子川との合流点.大月市と北側の山並 背景は左側から南大菩薩連嶺,黒岳から大峠を渡り.雁ケ腹摺山楢ノ木尾根と延び.瀬戸境へと続いている。 雁ケ腹摺山の手前右に延びり尾根は大岱山.宮地山へ.或いはセイメイバンからjr大月駅前の岩殿山へ続く鉄塔尾根。 近くにある新山梨変電所周辺と共に鉄塔尾根として目指した尾根でもある。大岱山は名の如く大らかな大地.二重山稜で落葉が深く積る山だった。 右下は桂川禾生の街並 谷間を横断する架橋線が山梨リニア実験線。左上が高川山東尾根で.天神峠の下を潜るのが中央高速道の花咲トンネル。 高川山東尾根を越えて.中央に小さく花咲山が聳えている。雁ケ腹摺山から延びる吹切尾根の末端になり.荒く刻まれた山腹は花咲CC。 右肩の谷間は大月市内に入り込む浅利川.大岱山周辺に突き上げている。その奥.登り尾根を詰めると雁ケ腹摺山.五百円札の風景はここで撮られた。 花咲山の左裾の谷間は真木川で.遡れば大峠にでている。林道真木小金沢線が越え.楢ノ木尾根の北側を回り込む.国道139号線. 小金沢公園が終点に。トンネル口に戻ると右手の白い建物の脇には国道139号.「富士みち」が走り.富士急行の田野倉駅がある。 田野倉駅から沿線を南下し.禾生の次の駅が下山する赤坂駅。入山は更に次の都留市駅だった。 九鬼山東尾根 左上が泣坂ノ頭と大峰.12:404年前に菊花山から九鬼山北尾根を詰め.東尾根871m圏コブから裏側の北尾根を下り朝日小沢に下りた。短い距離だったがよい小尾根だった。 右上の百蔵山と扇山との手前の山麓を横切る桂川沿いに中央東線が走っている。 その奥の奥多摩の境界尾根に乗るのが.百蔵山の背に乗る三頭山と扇山の背は御前山。 前道志最西端・・九鬼山東尾根とに挟まれた谷間は桂川流域の猿橋,扇山山麓にある宮古谷地区が見詰められた。 古い峠路があり.甲州街道の裏街道と結ばれている。東西に流れる桂川(手前)南岸に突き出しる小コブは. 九鬼山北尾根末端の菊花山と大桑山から北西に延びる尾根末端の猿橋城山。 九鬼山東尾根手前の裾野を横切るのが桂川の支流で.前道志とを分けている朝日川流域。県道35号線.四日市場上野原線が走り. 与縄に市営朝日団地.右手には馬場の集落が見下ろされる。朝日馬場.曽雌と過ぎ.新雛姫トンネルを潜れば秋山街道に変わり.無生野にでる。 その先は旧秋山村.前道志の最東地区を抜け上野原で甲州街道と結ばれる。 手前の南側の集落は上戸沢.下山に北尾根を選べば上戸沢にでる。北側の朝日団地側へは猿焼山西尾根の 玉川天神峠を越えればよかった。3.4年前に高畑山を越え楢山峠から高取山稜.サイマル山を越え.城ケ丸北尾根から西尾根に入っている。 ただ時間切れで.玉川天神峠から上戸沢に下りていた。 昼食のお茶漬けは山頂で.12:37〜13:15山頂 今回も誰もいない頂に立った。木蔭では少し肌寒いが日差しは暖かい。殆ど間食も取らずここまで来た。 今回は緊張感もなく気侭に歩く旅だった。急に空腹感を感じ.前回忘れたお茶漬けの素も持参.具多いお茶漬けを食べている。 満足の一杯.さらに間食を。 今年最後の眺めとなるのだろうか? ヒオドシチョウが1匹? 狭い頂の切り開きに舞い込んでいた。 以外と一対で踊るよう舞う姿を見ることが多く.残雪期最初に見る蝶。最初は蛾と間違えていた。 今回は周りを探すも1匹だけだった。翅表がくすんだオレンジ色をしている。 4月の初めには御牧戸山北尾根と井戸沢ノ頭の下りで番を見ている。後から来た2人の青年達も見惚れていた。 彼等は道坂峠から登ってきた。何処から来たか尋ねられ.主稜の赤岩からと話すとその前の行動を知りたがり. 山と高原地図を指しざされた。コースが示されていず.不思議がり更に質問攻めにあった。 仕方がなく1/2.5万地図をだし示すと2人は納得するが.又如何してを繰り返す。好奇心が強いようだ。 朝方のバスの運転手と同様.最初から地図にないルートを歩んでいると答えればよかったかも。彼等が去った後.西尾根へと離れる。 二十六夜山西尾根 13:15ロープが掛かる西尾根口 西・北尾根を綴る道標 西尾根 山頂西側の分岐道標には,先を北尾根と西尾根に分けていた。 右手に折れれば北尾根に乗り.1110m圏で更に2つの支尾根を派生している。左支尾根は引野田方面へ薄い踏み跡がある模様。 北尾根伝いの登山道は平成8年に.山麓に都ゴルフ倶楽部が開設された為.通行止になり.新たに仙人水から矢多沢を経ての下山路が整備されていた。 上戸沢にでている。街道を左に折れれば赤坂へ。右折すれば街道の終点.「芭蕉月待ちの湯」に着く。 右上方は西尾根の法能.引野田への旧登山道。雑木に覆われた里山深い尾根道が綴れている。 このコースも裾野には都留カントリー倶楽部が開設され.登山コースは混迷し探るという西尾根に.通う人も居なくなっていた。その為の荒廃が続いていた。 1075m点コブ 雑木の尾根が続く.13:34新緑 西尾根で顕著な藪絡みの途切れた小平頂1076m, ここで3つの支尾根を分けている。右前方の尾根に乗ると新緑溢れる樹林に覆われる。 ここは頭上を見上げても,緩やかな谷間を見下ろしても.若草色の茂みに包まれ清々しく,足元を停めてしまう所だった。 里山で通う人の居ない雑木の森とも言えようか。雑然とした雑木が密生し.よく見ると葉の一葉.一葉に張りがあり.瑞々しくも思えた。 ここでも深く息を吸っている。踏み跡は頂の北側を巻き北西の尾根を選んでいる。足元は深い落葉径に変わっていた。 ふさふさの落葉は登山靴を足首まで潜らせ.靴先が埋まり臨めぬほど深い。蹴る音色も爽やかに.東斜面の樹海は落葉に溢れ. 埋もれる大地に埋め尽くしていた。急斜面になりジグザグに下るも変わらぬ落葉の深さを保っている。 頂から右前方の尾根に入り.13:43 新緑の瑞々しい色合い.13:46 大らかに北側に回り込む,13:46 落葉で埋まる東斜面.13:47 13:58真桑土沢のトラバース 14:08908m圏で1時45分.尾根に戻り.徐々に北側にコースを変え.長い残置トラロープが設けられたトラバースを終える。 そして757m圏で.この斜面の右岸尾根に乗っている。 14:13尾根伝いから676mコブ東側の谷間に入り.北側に回り込む所では「登山禁止」の表示と囲むようトラロープが張られ閉鎖されていた。 更にここからは左岸の小高い段丘を綴り降りている。そして谷間の樹林を潜り.グリーンからの明るい日差しが差し込むと 都留CCのグリーンに突き当たる。 676m圏の窪地は北側は入山禁止.14:21 真桑土沢左岸の高み.14:24 都留CCと都留GCの狭いゴルフ場の間を抜けている.14:26左前方に明るく芝茂る大地に覆われたゴルフ場が突然現れた。都留カントリー倶楽部の左脇を抜ける。 カートンから降りた数人のゴルファーがクラブを振い競っていた。そこゴルフ場に比べここは薄暗い谷間の溝筋にいる。 樹林の隙間を境に目の眩む明るい風景が前方に開かれた。奇声も軽やかで長閑な風景に見える。 再び谷間に入り.ゴルフ場を東側に巻き込む所で.更に薄暗い倒木帯に出偶わした。下り気味に斜め下流へ.歩き易い所を 探っては探り越えて行く。ここは踏み跡が見当たらず。すると突然,右前方に真桑土沢の左岸道に突き当たる。 倶楽部東側端の倒木帯.14:29 真桑土沢左岸道.14:30 二十六夜山登山口.14:32道志二十六夜山の登山口612m. 簡易舗装された林道にでる。向かいのカードレールの端に.小さな道標「←引野田」のシールが貼り付けられていた。 路面に薄く落葉が乗り.シートの役目をして.歩き易い林道に。そして程なく引野田野集落にでて.「相模川水系真桑土沢」の標柱を見ている。 都留CCからのT字路にでて.下の写真中央から右折(左)し.大きなガレージ小屋風の鉄工所の中庭で洗顔させて頂いた。 水道代は無料とのこと。熊の大盛の糞と親子鹿で話は盛り上がっている。更に集落の中心部に入り.戸沢谷村線のT字路に合わさる。 西尾根 昔の西尾根登山道は都留CCの影響で.通う人が少なく.荒れに荒れたと聞いている。ただ新たに整備され. 危険な場所や.迷い易い場所にはロープがふんだんに使われ.道標も数は少ないが都留市の道標「登山道」が要所に設置されていた。 私は迷った場合は地図を読み.ゴルフ場脇を綴ればよいと考え下山していた。 自然林に覆われた尾根. トラバースして谷沿いを下り.落葉深い踏み跡に.裾にでても風がなく藪臭い下山道を綴るコースを下り.以外に変化に富んでいた。 引野田にでて.街道を綴れば35分ほどで赤坂駅にでる。四方の山並を望みつつ歩む道。下山の街道を歩くのも時にはよかった。 山中,尾根沿いの大地は殆どと云ってよいほど下草の茂みは前回同様なかった。スズタケの茂みも見られず.楽な尾根筋になっていた。 又今年は松林に住むハルセミの鳴き声を聞く機会が少なく.ここでも同じ寂しい思いをしている。 二十六夜山 引野田の集落より.14:45中央左が二十六夜山. 左隣り手前が1036m点北尾根. 右端が西尾根1076m点峰(山陰)から南東に延びる尾根の676mコブ。 街道 白雲が湧いている明るい昼下がり.引野田の街道.バス停前にでた。更に右折すれば上戸沢から「芭蕉月待ちの湯」への1本道。 左折して県道711号.戸沢谷村線に入れば引野田川を渡り.道なりに富士急.赤坂駅まで一直道ででられた。 まず都留バイパス北交差点にでる。戸沢川沿いに進み.左手から入る菅野川本流との出合にでる。 左に橋を渡り国道にでるがるが.渡らず右岸に回り込めば桜並木になり.赤坂駅前にでられる。静かな散策路. 林檎を丸齧りしながら直進し.右手に猿焼山西尾根の末端.生出山を見ながら採石場を横切る送電線都留線を潜る。 正面には高川山が迫力ある姿で.目一杯に横切っていた。その麓手前の国道.赤坂交差点は.まだ遠方だがはっきり望まれた。 近ずきつつある交差点の向かい路地に.赤い建物が認められる。低いが富士急赤坂駅だろう。数回通い続けている駅で.間違いないと確信した。 15:33富士急赤坂.¥380. 16:15=16:28jr大月:33=17:13高尾.快速:28=立川17:50=三鷹.快速=18:36お茶ノ水. ・・特急の遅れ.先々の電車に乗り換え 赤坂駅 富士急行大月駅ではJRとの接続の改善がみられた。3月14日のダイヤ改正に合わせ,同時に交通系ICカード「スイカ」のザービスースを開始している。 全18駅でICカードにより改札機を導入,決算はJR。大月駅では「スイカ」を見せ確認するだけになった。 赤坂駅では大月行列車が入線するまで.40分近くの待ち時間があった。風が吹かねば日差しは暑い。改めて駅前広場にでると綺麗に整地されていた。 赤坂駅には4月になると今まで何度か乗降している。2010年4月の鹿留山々行では駅前は満開の桜に迎えられていた。 この年は東京では遅めに山里では早目に開花し.共に沿線は一変して満開を迎えている。 13年には城ケ丸西尾根を下りている。やはり溢れるばかりの桜の花に.葉桜も出始めた頃だった。 そして4年振りに訪れると.駅前にあった数本の桜の木は伐採されていた。駐車場に変身し.舗装され全てが人工的なものに変えられていた。 そして改札口脇には新たに小さな桜の苗木が植えられていた。良いことでは今回トイレが新しく建て直されている。オシュレットの広いトイレに改良されていた。 日曜日で日当たりがよい為か.列車の時間が近ずくにつれ.ホームには幼い子供達が多く募っている。 親によると次に入線するトーマス電車に人気が集まっているようだった。 路線バス ツルタクシーには前日予約を入れたが最初は断られている。朝方は忙しく車の手配が難しいと。 「芭蕉の月待ち湯」までと何度が伝えると,近いので工夫してくれることになり.助かっている。 この沿線からの路線バスは常に思うことだが東京始発で乗車すると都留市には7時37分着。その7分前に市営の都留循環バスは発車している。 経った7分の違いが10倍以上のタクシー料金を支払うことになった。平成24年.富士急山梨バスに変り運行されているが.如何にかならぬものでしょうか? ・・ツルタクシー2554-43-2349 追伸 帰宅してからHPで赤坂駅から巡回バスに乗れると聞き.調べるとなるほど乗れるようだ。列車の都留市駅着が7時37分.赤坂駅が7時34分になる。 右回り循環バスは都留市駅を7時30分発ち,寿町から市立病院を往復,これが味噌になる。寿町から赤坂バス停には7時41分に着く。 差は7分.国道のバス停まで十分間に合う計算になった。 地形図「都留」.山と高原「高尾・陣馬」.zzz168西ケ原の台.本流右岸尾根. ・・スカパ登山靴.27284歩 お茶500cc+ウーロン茶500cc+水300cc.間食・・バナナ.クーヘン.トマト.リンゴ 1410m峰北尾根左支尾根 今倉主稜から二十六夜山西尾根を越え引野田.赤坂 |