| 西丹沢の大杉山々稜を今回は南下する。穴ノ平沢ノ頭.橅ノ平.大杉山から馬草山 ・・大杉山山稜Top 河内川左岸の2つの尾根・・押出沢右岸尾根から大杉山西尾根. 押出沢右岸尾根を詰め穴ノ平沢ノ頭から弥七沢ノ頭.橅ノ平にでて.大杉山西尾根を分け馬草山から中川温泉.新土沢へ 2017年07月20日.松村 押出沢出合から穴ノ平沢ノ頭北西尾根を経て橅ノ平 大杉山西尾根分け馬草山と手入れの良い植林帯を抜ける 続き選んだのが11年11月に訪れた戸沢ノ頭から北上した大杉山々稜。 2週間前の小川谷本谷のピストンに続き.中沢小川谷右岸沿いに聳える大杉山北山稜を南下した。大杉山西尾根から分かれ馬草山に入る。 今回は西側の河内川左岸尾根を回り込むよう下りている。取付きは押出沢出合から詰め.下山は中川温泉を目指し新土沢出合へ下る。 アプローチとしては北西尾根の径路に取付くまでが以外と苦労した。下りの径路と共に異質の雰囲気が味わえられる迷路を選んでいた。 丹沢としては手入れが確りなされている植林帯が又.異質に思わせているのだろうか? 穴ノ平沢ノ頭北西尾根 山北藤野線,本箒沢より.8:26押出沢出合と流域の右上が箒沢乗越・・左下の細道で県道76号と分かれ.河内川左岸の河原に降りている。 7月20日(木)曇時々晴 jr御徒町.山手線5:07=5:37新宿.小田急:46=7:03新松田.富士急湘南バス.¥900. :15=8:21箒沢bs. 渇水 前回の仲ノ沢経路山と同じ時刻の交通機関を利用し.路線バスは玄倉から更に河内川沿いに遡り箒杉で降りている。 昨日.九州から甲信越に掛けては梅雨明けを気象庁から発表された。西丹沢を横切る河内川は.冬季は一部伏流するが.今は沢幅一杯に流れている。 路線バスは丹沢湖の中川の入り江を過ぎ.沢沿いに中川温泉に入る。右車窓からは河原幅一杯に流心が広がりを見せていた。 ただ水深は浅い。渡渉せずとも浮石が多く.飛び石伝えに渡れそうに思える。 箒沢左岸へ吊橋を渡る積りで.県道と分かれるY字路の箒杉バス停に独り降りる。 ただバスの運転手から上箒沢バス停近くで河原に降りられる細道があると教えて頂き.まずはそこを目指してみた。 上流,箒沢公園橋には以前小屋沢ノ頭から下りているがこの周辺は初めて。まず周りの地形の確認と渡渉を考え.1つ先の上箒沢バス停まで歩む。 そして途中の高みで本流左岸に連なる穴ノ平沢ノ頭北西尾根を見上げてから押出沢出合に見当を付け.細道から河原に降りる。 今回のように現地で渡渉できるか判断しての入山は.又違った意味で新しい登り方として新鮮みを与えてくれていた。 特に今年は道志松山北尾根や奥多摩のツバノ尾根. 先月は天候不順で,延期になった東沢の鶏冠尾根と。共に渡渉で始まる山行が増えている。 だめなら潔くスボンを脱げばよいと学生時代の想いが.今でも生き続けている為かも知れない。 河内川の河原に下りる壊れた鹿柵口.8:40上箒沢バス停から少し県道を戻るとガードレールの切れ目に細道があった。下るとやや広がる道幅から河原沿いの古い鹿柵にぶつかっている。 鹿柵の下段にはトタンが付けられていたが部分的には崩て壊されていた。そこは潜ることなく河原に降りられた。 案の定.ここも広い幅の河原で.河原一杯に流水し浮石も多い。少し探れば左岸沿いに浮き石伝いに渡れられる。 対岸の押出沢出合を確認し.左岸に渡り.本流を僅かに下れば出合にでた。 渇水している河内川 箒沢付近の河原を飛び石伝いに左岸へ.8:48本流左岸の押出沢出合の堰堤 押出沢右岸の植林帯と出合465m.8:49押出沢の両岸には古い経路が共に綴られている。堰堤は出合から4基続いていた。 出合左岸からの経路を綴れば箒沢乗越にでられるが.ただ経路は複雑に崩壊しているようだった。今は廃道化した右岸沿いに入る。 堰堤が続き右岸の植林帯に入る.9:03押出沢を本流沿いを最後まで遡れば仲ノ沢乗越へ。山仕度に整え.出合から始まる短い右岸の植林帯に入る。 50mも進むと杉の植林を抜け.確りした踏み跡は薄れていた。第3堰堤手前から左手の急斜面に取付く。 経路はその先まで進んでいるようだが.山側に踏み跡を見付け直登する。ただ直ぐ踏み跡は失われている。 出合から北西尾根までの高度差は220m。それを考えると岩壁がない限り.急斜面の土壁を這い上がることに。 それほど恐怖心は湧かなかった。切っ掛けとして一番大切なことは.出合に古い経路があると云うことだけで十分だった。 ただ短いながら微妙なバランスの所もあり.その兼ね合いさえ分かれば.体力的に気を使うこともなくなっている。 荒れた土壌の北斜面.急傾斜で先は見えぬがかなり強い.9:10荒地と云うより自然そのままの斜面が複雑の絡み合い.ガレた土壁に囲まれ.灌木林の斜面は傾斜は増す一方になる。 見た目は手掛かりのありそうな立木が多い。ただ近ずくと斜面は強く.立木や根曲がりを支えを求め.四つんばいで這い上る。 微妙な広がりの立木の間隔に離れるホールドは露岩や根木に届かぬ所もあり.微妙に耐えるバランスを必要とした。 仰ぐ斜面は壁のように見え強く.きつい。 立木の斜面を縫い.9:20幾らか細かな起伏が起き.610m圏で赤帽黒杭を見る。すると枝尾根らしくなり.枝尾根末端に乗った模様。足元は次第に緩やかになる。 両手の支えがいらなくなると直ぐ700m圏にでて.穴ノ平沢ノ頭北西尾根に乗った。ここにも赤帽黒杭とテープがあった。取付きから1時間ほど. 側壁の土急斜面に取付く.9:20谷間の一線を引く上部を這い上がる。微妙な傾斜を持つ山腹を越えると幾らか起伏が起き始めていた。 穴ノ平沢ノ頭北西尾根 枝尾根.9:52北西尾根 主尾根には10時に乗って綴ってきた斜面を見下ろしている。赤帽黒プラ抗の境界標が立ち.左手に延びる枝尾根に乗り.押出沢出合から詰める。 右手の支尾根を下れば板小屋沢出合に至る。末端には大石キャンプ場があり.箒沢公園橋を渡れば.山北藤野線にでられた。 6年前に遠見山西尾根を経て大杉山山稜を北上し.北西尾根を回り込むよう板小屋沢右岸尾根を下り.ズサ平ノ沢の河原から大石キャンプ場に降りている。 本尾根に乗りストックを使い,散策的な長閑な気分で登るようなった。初めて登る尾根だが.確りした踏み跡に気になるほど危い所はなかった。 尾根筋の変化を楽しみながら先へと歩んでゆく。痩せ尾根には既にブナが密り.登るにつれ尾根幅も大らかになっている。 途中で右手から踏み跡らしきものが合わさり.「Y エサシ・ナオシ?」とよく分からぬ小さな分岐板があった。道標は分かりずらく.更に踏み跡の方も怪しい。 その先には確りした赤帽白柱「54」が立ち.半ば乾いた古い熊の糞を尾根中央に見ている。ハエが5.6匹群がっていた。 穴ノ平沢ノ頭北西尾根 灌木混ざるりの痩せた尾根.ブナ林 尾根筋は大らかにそれていて満るブナ ブナ覆う頂の最後のツメ.10:28穴ノ平沢ノ頭 大らかな台地の頂.シナノキ脇で1本.10:33曇天の空,日が射さぬのが却って.周りの樹林を真夏の緑濃い焼けた色合いとは異なり.鮮やかな緑の色彩に変え映し出している。 その頂点が穴ノ平沢ノ頭926nの広大な平坦地.その南端に立つ。押出沢出合からは3時間ほど費やしていた。 前回,この頂を訪れたのは初めて西丹沢山域に入った晩秋だった。大杉山山稜の杉の植林帯を北上している。 乗越付近からは雑木に覆われ紅葉の真っ盛りを終えた.逆に色さめた寂びの入った世界に変わっていた。その山襞は哀愁帯びた色合いに染められている。 ただここ穴ノ平ノ頭まで登り詰めると.枯葉は落葉になり.冬木色を強めていた。今とは正に緑豊かな台地に変わっている。 頂とは思えぬ高木茂る細長い平頂.10:38霞に望めた弥七沢ノ頭 高木の深い樹林に包まれる.10:47ここからの展望は望めぬが.頂は見渡す限り緑の壁に囲まれ包まれている。仄かにあるか.ないかの風を受け.小鳥の囀りも聞こえぬ静かな頂だった。 中央に出向くも私以外.誰もいない頂。倒木に腰を据え.りを見渡している。まだ朝方の静けさを保つ.しっそりした雰囲気をかもちだしている。 頂は平坦な台地と云うだけでなく.高木に囲まれ.樹冠の下には.広い空間を抱く森が築かれていた。 この開放的な空間は何故か贅沢な気持を創りだしている。それを得ようと.両手を広げている。筋トレではないがまず深く深呼吸.そのオゾンを吸う。 北側からの弥七沢ノ頭 橅ノ平への主稜を南下.10:56穴ノ平沢ノ頭南側端に戻ると向う南面の樹冠からは弥七沢ノ頭を仄かに見上げるようなる。 大杉山北山稜に入るとドンと下る箒沢乗越への下り坂。すると谷間から見上げるように.改めて樹間を透し弥七沢ノ頭が突き上げ仰がれた。 確りした円やかな姿は厚い樹林にすっぽり被さるよう覆われている。方向的にはここからが一番.独立峰的に見える場所だろう。 この間々.弥七沢ノ頭を越え.更に大杉山山稜の痩せ尾根を南下して.大杉山の西尾根から馬草山を経て中川温泉へ下る積りでいる。 急崚を乗越へ急下降.10:56箒沢乗越 乗越を越え見下ろす.10:59箒沢乗越905mには「県有林24標識」が立つ。左手が藪沢の支流穴平沢.右手は朝方取付いた押出沢の出合からの左俣ツメ。 北側の弥七沢ノ頭 2つの950m圏コブ.11:252つの弥七沢ノ頭 昔入山した時に聞いた話によると弥七沢ノ頭は同名のコブが2つある。古くから呼ばれていたのは西側の950m圏コブ。 河内川沿いの集落から見上げられる956m圏コブは昔から「弥七沢ノ頭」と呼ばれていた。 山名標が付けられ.前回は弥七沢左岸尾根から訪れるハイカー多くなった為か.こちらの方が知名度が高くなり.この頂で昼食を摂っていた。 最近では街道からは見えぬが.北側にある950m圏コブの方が知られるようなった。 示唆しぶり立ち寄ると新弥七沢ノ頭には立木に太い赤テープが巻かれ.黒マジックで山名が記されていた。6年前に見た懐かしい山名標を覚えていた。 仲ノ沢林道から最短距離で登れる弥七沢左岸尾根はハイカーが増えたことでもあようだ。 本来の西側隣だった弥七沢ノ頭は.今は旧を示す山名標も取り除かれ見当たらなくなっていた。比べる量もなく.交代されている。 又この先の956m点コブ.橅ノ平も同名の「弥七沢ノ頭」で呼ばれていた時代があった。すると三度.弥七沢ノ頭の山名は変えられたことになる。 西側の弥七沢ノ頭 箒沢沿いから見上げられる旧弥七沢ノ頭.11:386年前に訪れた頂. 高さは変わらぬがこちらの方が平頂で展望も薄い。当時は北側の頂で休んでいる。 漸く望めた河内川側の展望 右下は今朝登ってきた箒沢の河原.11:46弥七沢ノ頭を越えた後のコル.押出沢右俣のツメを過ぎると橅ノ平に至る。手前で箒沢沿いの展望が樹間を透し幾らか見下ろされた。 畦ケ丸と吊尾根で連なる前権現(箒沢権現山)。右手の谷間が西沢渓谷.その奥は甲相尾根の展望。 箒沢の地名は「宝木沢」が転じ.箒杉もこれによるとされているが.樹形そのものが箒に似にてもいた。 橅ノ平 ブナ茂る夢の台地.11:47橅ノ平 今回の目的の1つである.もう1つ呼ばれてもいた弥七沢ノ頭にでる。以前.この雰囲気のよい場所では,素通りし休むことはなかった。 今回はブナやシナノキに囲まれた素敵な大地。この大地で昼食を摂る目的で入山している。ブナやミジナラの巨樹の根元で一人.ゆっくり休む積りでいる。 見失い.忘れていた山域の1つでもある。改めて憩いの場と出合っている。 低山でも尾根筋から少し外れると心地よい場所を見付けることがある。況して偶然出くわし.足を停める所は私の1つの秘密の場所にもなっていた。 想い出すと以外に直ぐ頭に浮かぶ場所もあれば.その時の季節絡みで.この時だけフと思う場所もある。 積雪期はやはり.アプローチに多い。霧氷や樹氷など.特定の場所と云うより自然の力が加わり変化した場所に多い。 本来なら1つの山行に1ケ所.そのような場所と巡り合えばよいのだが。それ故又山に入る喜びにもなっている。 昼食を摂った周辺のブナ林 順光.半順光.逆光とで・・樹葉の色彩を変えている 橅ノ平台地の西面端に立つと乗越に下る西尾根が延びている筈だが山腹は深い樹林に覆われ.先は閉ざされていた。 私にはまだ未知の尾根. 日向沢乗越から762m点コブを越え.604m点コブから湯沢へでるのが橅ノ平の西尾根。 肩からは密生する樹林に閉ざされ.その起伏する山域は今まで全く覗き込むことができなかった。 穴ノ平沢ノ頭北西尾根から橅ノ平 大杉山西尾根分け馬草山と手入れの良い植林帯を抜ける・・中川温泉 |