続.西丹沢の西.第2弾・大又沢流域の古道を周回し屏風岩山・・河内川中川川右岸尾根Top

   二本杉峠を越え屏風岩山西面の大杉歩道とセキノ沢左岸からの古道.権現歩道に入る。
     大杉歩道から再び地蔵平へ―権現歩道で関ノ沢・権現沢を抜け.大滝峠手前から屏風岩山を経て二本杉峠へ戻る。 2017年10月09日.松村

    二本杉峠から大杉歩道を経て地蔵平・・対岸にトトロの山
    権現歩道から大滝峠前・屏風岩山と二本杉峠

     前回と云っても8月の下旬.白馬岳の大雪渓から祖母谷へ抜ける予定が大荒れに遭遇し.手助けの激流に揉まれ肋骨を折る不祥事を起こしている。
   体調の回復に1ケ月.又風邪に見舞われ.回復は更に10日を費やしている。その体慣らしを含め.今年の後半は屏風岩山周辺を探索することに集中した。
   まず1ケ月半振りに西丹沢.屏風岩山西面の古道へ.まずは前回と同様に地蔵平に入り.セキノ沢沿いの権現歩道から屏風岩山北側の大滝峠にでる。

     地蔵平までのルートは前回の尾根通しとほぼ並行する南側の谷間を取っていた。二本杉峠から清水沢沿いの大杉歩道を下り.大又沢林道から地蔵平へ。
   前回は「イガイガの丹沢放浪記」氏.推薦の清水沢右岸尾根を選んでいた。今日は地蔵平からセキノ沢沿いの権現歩道を遡る。

     権現沢のツメ.最後の落葉積もる涸沢の1枚の風景写真に魅了され.大滝峠にでてからは屏風岩山東尾根を下る予定でいた。
   それが慣れぬ体に道中は遅れるばかり.余裕のあるルートの筈が.下るルートでは更に時間を費やしる。

     未知の東尾根を敬遠し.一度歩んだことのある二本杉峠への尾根を選び戻る形を取っている。体育の日と重なり3連休の最終日.
   アプローチは混むだろが山行を延ばせば切りがなく.兎も角一度山へ出掛けてみなければ先が読めなかった。

    上の原集落
   細川橋バス停より.8:34
    お地蔵様右隣の民家で帰路.洗顔をお願いしている。
    中央の電柱の脇に石段があり.直接バス道路に下りている。背は箒沢権現山(前権現).

        10月09日(月)祭日曇後晴
     jr御徒町.山手線内回り5:07=5:36小田急新宿,急:46=7:03新松田.富士急湘南バス.¥980. :20=8:25細川橋bs

     日の出は大分遅くなり.新宿駅で夜明けを迎え.登戸付近で車窓から朝陽が差し込んできた。
   車内のデジタル板では小田原は晴を示し.気温は21〜23℃と丁度良い気候を示していた。

     丹沢にも秋の行楽シーズンが訪れ.新松田駅発.西丹沢行の路線バスは土.日曜の朝方は7時20分と.30分との2本が運行されている。
   三連休でハイカーは多く.バスに乗り切れなかった乗客は10分遅れのバスを待ち.更に溢れれば増発された。

     横浜翠嵐の高校陸上部の団体が乗車.今日は大型バスでハイカーを含めラッシュ並みに満員の乗客を乗せている。
   途中のjr御殿場線.谷我駅では.更に山手学院の女子陸上部の団体が.鉢合せの如く乗車した。ドアは閉められず.押し詰め状態になった。
   共に丹沢湖々畔を一周のレーニングをするらしい。浅瀬入口バス停で一気に降り.漸く残る全員が席に付く。

     後日ニュース記事で.11月4日に高校駅伝競技大会の神奈川県予選会が開催された。丹沢湖を周回する7区コースで.県内の強豪校がタイムを競う。
   昨年から参加タイムが厳しくなり.男子68校.女子49校が参加。優勝校は12月25日に京都市での全国大会の出場権を得て.師走の都大路を駆け抜けるようだ。

    細川沢左岸の林道
   右手の手摺のある坂道から登山道に入る.8:42

      8:25細川橋bs一8:50鹿柵枝尾根取付き一9:50二本杉峠一11:02林道千鳥橋北詰一11:30地蔵平:55.
    里道
     細川橋バス停に今回も私一人だけが下車した。ミツマタのシーズンを考えると寂しい限り。バス道路と離れ.橋の袂を左に折れ.
   直接上ノ原の集落に入る。細かく簡易舗装された道を横切り.お地蔵さんを見て.集落が見下ろせる大室生神社へ。

     以前.下山した折はバスの時刻に間に合わず.真っ直ぐ石段を駆け下り.県道でバスを停めている。
   この神社の神主は松田町の寒田神社に住み.大室生神社の年に2度の祭礼が行われる時は出張して来るらしい。

     地蔵峠に出るには二本杉峠を越えらねばならず.と云うことは下山でも里に下りるのも最短の山道。神社から水道施設を回り込み.
   細川沢沿いの林道に入り込む。雑木越に堰堤が望まれ.その右手に手摺のある坂を登れば二本杉峠への登山道に入る。

     入口の擁壁には「←世附権現山.上ノ原登山口→」の道標が張られていた。
   又林道をそのまま直進すれば前回のコース.細沢川沿いの水際を進み終点は大堰堤群止り.林道終点から山道を経て登山道に入っている。

    権現山への登山道
   細川沢左岸の水平歩道に入り桟橋を渡る.8:45

    水平歩道
   右手の枝尾根末端440m圏.8:49

    左斜面.鹿柵枝尾根
   尾根の取付きを振り返る.8:49

    524m圏から南に延びる枝尾根
   鹿柵に被われた枝尾根を直上.8:59

    主尾根へ
     前回は左岸の水平道に入り.主尾根の524m圏から南方に派生し.細川沢に没する枝尾根を詰めている。
   枝尾根には何本もの鹿柵を横切り.枝尾根筋にも縦の鹿柵があり.足元は枝木の残痕に落葉が埋まるぬかるんだ急斜面。

     今回は最初から登山道に入り.左岸水平道を進み.堰堤群を越えた所から鹿柵に被われた枝尾根を詰めている。
   下山は屏風岩山西面を周回して.上ノ原への主尾根.580m点手前の分岐から尾根筋の作業道と離れ.細川沢沿いの登山道を下り.
   堰堤群上部の沢沿いに降り.左岸道を下って手摺のある坂道から林道に戻っている。

   二本杉峠への主尾根に乗る.9:11
    主尾根に乗り3分ほどで鹿柵群にぶち当たり.中央を抜けている

   鹿柵のジャングル.9:13

    580m点周辺の鹿柵
     細川沢左岸から20分弱で枝尾根を登り.9時8分に主尾根筋の524m圏に乗っている。 
   左に折れ尾根筋を進むと直ぐ.鹿柵が現れ.鹿柵の間を行き.530m圏で脚立を越え.更に柵穴を潜って尾根両脇の鹿柵の間を抜けている。

     560m圏で鹿柵は途切れるも.再び左手に鹿柵を見ながら登ると脚立で越える鹿柵のルートになっていた。
   それまでの鹿柵は合わさっては裾の枝尾根に並行して延び.尾根筋はその先で左前方からの登山道と合わさっている。

     地形図「中川」には破線路の580m点として示されてた。ここは先々月に入山した登山道との合流地点にもなっもいる。
   細川沢の林道を最後まで詰め堰堤群を目の前にして,右手の作業道に入り.途中で登山道と合流した。

     又今回の周回ルートではこの分岐から復路の登山道を初めて着実に下っている。左岸に降りて水平道に入り堰堤群の脇を抜け.手摺の坂にでる。
   5年前にはミツマタを鑑賞しに畦ケ丸から入り.本尾根を末端まで綴り尾根筋を下っていた。
   途切れながらも下部で再び鹿柵が現れ.最後は鹿扉を開け大室生神社の境内に入り.石段を下って県道にでている。

   尾根筋の右山腹.崩壊地を回り込む.9:39

     峠への登山道の尾根筋は更に鹿柵に被われていた。やや間隔は空くが左端.中央にと鹿柵が並び.最後は右端.裏側の左前方の山道を合わせている。
   そして尾根筋で「水源協定林」の標識を見て.主尾根を横切り.右斜面の笹子沢沿いの水平歩道に入れば.崩壊地のフチを横切り二本杉峠にでた。

    二本杉峠
   朝方の峠・・屏風岩山西面を周回.9:53

    二本杉峠
     先々月訪れたばかりの樹林に覆われた二本杉峠。昔はこの二本杉峠から富嶽が望められたと云う。
   今は周りの杉林が高く育ち過ぎ.展望どころか.まだ朝陽も届かぬ薄暗い峠を創り出していた。

     正面右奥へは頂稜の南側を巻き.旧二本杉峠から屏風岩山に至るコース。
   前回は大杉歩道を迂回して旧峠から道志歩道に少し入り,清水沢右岸尾根に沿い下り.大又沢千鳥橋口に降りている。
   今回は直接.峠の左正面から右岸沿いの大杉歩道に入る。以前道標のあった地点からははっきりした踏み跡が綴られていた。

     ただ別の道標の頭には白マジックで.小さく「←千鳥橋経路荒廃!」と書き加えられている。
   道標はT字に腕木をだし.のテーブル脇からは世附権現山への登山道が延び.手前は上ノ原登山口から今登って来た登山道がある。

   大杉歩道
  西面の植林帯のツメ.10:11

    大杉歩道
     大又沢沿一帯は昭和40年代の初めまで森林鉄道が延び.そこに暮らす人々がいた。
   過っては地蔵平にも分校もあり.子供たちは二本杉峠を越え通っていたこともあるようだ。その生活道の峠路.

     今でも地蔵平へ至るアプローチは権現山の南麓を回り込む湖畔道から入り.又沢幹線林道を北上している。
   峠越えの方が時間的にも早く.利用する人は多い。特に道志歩道は地蔵平へ直接入れていたが今は崩壊が続き廃道化されている。
   それに比べ大杉歩道は最近まで荒れていると聞いていたが.歩んでみると危なかしい所は少なく.改修が大分行われていた。

     丹沢湖の永歳橋北詰に渡った所に浅瀬入口バス停がある。北岸を綴り浅瀬までは車道が通っている。
   ただ大又沢沿いの林道は2010年の9号台風で甚大な被害を受け.その後も崩壊が続き改修工事が遅れ.今だ車両通行止になっている。

   源流地帯に入る.10:15

     二本杉峠から清水沢の源流へと杉が植林帯を縫い急斜面を下る。基本的には沢の右岸沿いを進めばよい。
   傾斜がやや緩む源流地帯に入ると幾つもの小さな窪溝が入り込んでいる。

     涸れた沢沿いの踏み跡は一度.気持ち左岸寄りから右岸に回り込んでいる。
   開かれた沢底は直ぐ狭まり.谷間らしさを感ずるや.右岸に踏み跡を求めるようなった。

   沢底に降り右岸沿いを綴る.10:20

     ここは涸沢が集まり広々した台地状になっている。道形は不明瞭になり.
   右側の浅い谷沿いへ少し下って.右手からもう1本合流する小沢の対岸に踏み跡が延びている。

    清水沢
   早くも崩壊激しく谷筋らしくなる.10:21

    崖フチの右岸道
   10:25

   急斜面の崩壊気味.10:26

   10:29

     右岸歩道は足場の狭まった所もあるが想像以上に整備されていた。枝木に曲根のホールドも多い。
   ただ気をつけねばならないのは脆い岩片がある。又下り気味の急斜面に被る赤土はぬかるんだ所があり.
   気を使うがよく手入れが加えられ.高度感の割に安心感があった。短く担々と数はあるものの.焦らねば直ぐ抜けられた。

   斜め下はぬかるんだ落葉の土壌.10:30

   起きた小尾根に乗る.10:48

     右岸道に小さな尖っ突きが起き.小尾根が起き乗ると小さなガレ場にでてトラロープが張られている。
   この手前から右手高みに巻き道があるようだが.気にする必要はなかった。600m圏. 直ぐ先580m圏で.右手に広く樹林帯が切り開かれ.
   奥へと歩道が回り込んでいる。又小尾根筋を直進すれば.大又川の崖フチに突き当たる。

   大杉歩道の右折地点.10:48

     ここ屈折地点の背が清水沢まで70〜80mの高みになり,沢筋が見下ろされる。
   右手にほぼ直角に折れ.大又川沿いに並行するよう.やや広い歩道が切り開かれている。
   下って来た尾根から離れ,北へと右に折れた。そしてトラバースして大杉歩道を着実に歩む。

   前回下った清水沢右岸尾根の末端.10:53

     折れた地点から1つの間伐された小尾根を越えている。
   林床の綺麗に見える尾根で.次に少し荒れ気味の林床がある小尾根が現れた。前回下った清水沢右岸尾根の末端になる。

     当時は細く枝分かれする歩道を見失い,歩道を横切っていた。右斜面からトラバースしつつ.浅い踏み跡を辿り.
   枝沢から大又沢の河原に降りている。そして千鳥橋脇の土手を登り.赤松の採種園にでている。

   林道手前にある平塚営林署の「赤松の採種園」.11:01

     直進すると歩道はやや狭まり.山道らしくなるとゴーロ状の涸れた枝沢を越えている。そして向かいに「赤松の採種園」のポールを右前方に見る。
   今回は薄暗い樹林の斜面から解放されると.正面の採種園は明るい陽差しに恵まれている。木洩れ日が前回との明暗をはっきりさせていた。

     前回は樹海が切れ,やや明るくなるも小雨の降る中だった。今日はすっきりした大地にでている。
   更に大又沢林道にでて.千鳥橋脇の広い大又沢の河原を見詰めれば.眩い光が踊る世界にでた。

    森林軌道鉄道跡
   林道千鳥橋北詰.11:02

     明治末から大正頃までは千鳥橋付近にも集落と分校があったそうだ。
   関東大震災時の山津波で大きな被害を受け.被害者を供養するため.今でも残る地蔵尊が祀られている。

     右に折れ以前は軌道が敷かれた広い大又幹線林道に入り.右に折れ地蔵尊へと出向く。一方左手の千鳥橋を渡れば延々と
   大又林道を下り.水ノ木沢と合わさり浅瀬橋を経て丹沢湖北岸に至る。湖畔を綴れば浅瀬入口バス停にでる。ただ林道歩きは世附権現山の裾を
   大きく回り込み.浅瀬から永歳橋のバス停まで歩まなければならず.余りにも時間を費やし.二本杉峠を越えた方が楽だった。

    大又沢幹線林道
   幅5〜6mの左岸林道・・浅瀬〜地蔵平間.11:07

    対岸に聳える820m圏コブ
   地蔵平への林道より.11:13

     千鳥橋にでて大又沢左岸沿いの林道を上流に向かい歩むと対岸に富士見峠南東尾根に乗る820m圏のコブが見上げられた。
   尾根末端は法行沢出合に没し.広く逆盛したような頂は杉の植林に覆われている。

    トトロの山
   頂をズームイン

     誰かがトトロが何処かにいたと云う。前回はそれが小雨の霞む中でよく分からないでいた。それを見付けている。
   地蔵峠への歩む道中.大又沢林道から対岸に突き上げて見えた丘の上に頭があった?
   トトロは植林に覆われた富士見峠の南東尾根に聳える820m圏コブ。コブから直角に折れ富士見峠に突き上げている。末端は法行橋になる。

     スタジオジフリの長編アニメーション.宮崎監督のファンタジー。「もののけ」と呼ばれ.子供にしか分からないと言われた不思議な生物。トトロ.
   巨大で大人でもわかる.猫の仲間だろうか?

   振り返る林道.旧軌道線.11:22

   東沢脇の地蔵尊.11:31
   本尊のが祀られている手前脇にはこんな看板も・・「祈安全登山.左脇にはまつだけいさつ」とひらがなで書かれていた。

     林道の右後方に.二本杉峠から山腹をトラバースして下りてきた道志歩道が下部で日影歩道と合わさり.林道に下りている。
   その直ぐ先に林道ゲートがあり.右脇に地蔵尊が祀られている。

     人里離れた遠いい場所,誰がお参りしたのか? 木祠の周りは綺麗に掃除され.真新しい生け花が供えられていた。
   前回も同様,地蔵平は綺麗に刈り払われ.秋風流れる清々しい風景になっている。

    地蔵平
     地蔵平(大又)は神奈川県足柄上足坂上群山北町の廃村集落。明治30年代に入植開始し.大正12年には大又沢分校も創設されている。
   場所は震災慰霊碑の北側にあり.複式学級で教員2名と宿舎があり.運動場があった。

     集落で負えない重いお産や怪我は世附峠を越え.駿河小山にある病院から往診なり.担ぎ運ばれたらしい。
   昭和35年の分校の閉校と同時期に.住民の方は全員が山を下りたという。
   震災で亡くなった人々のため祀られた地蔵尊の祭りは8月4日. 地名の由来である地蔵尊が起立され綺麗に残されていた。

     大又沢に人々が住んでいた頃の地蔵尊は.オバケ沢とセキノ沢との分岐点からセギノ沢に寄った高台(マルサン平)にあった。
   今の場所に移されたのは昭和33年とのこと。

    地蔵平
   大又旧跡.大又集落跡で昼食.11:33
    遠く大界木山と999m点コブ・・コブは大滝峠から南南西に延びる1003m点尾根

     地蔵沢とセキノ沢
   地蔵平の左脇から富士見橋を渡れば白水沢出合に至り.北方へ延びる尾根末端が地蔵尾根。信玄平から城ケ尾峠越えの三ケ瀬古道がある。

     地蔵平から地蔵沢沿いには地蔵沢林道が延び,上流にはバケモン沢と称する流域があり.源流は甲相尾根の大界木山まで遡る。
   今回は下流で分かれる支流のセキノ沢沿いに荒廃した地蔵沢林道を辿り.大滝沢橋からは権現歩道を歩む。頂点は大滝峠.奥野歩道の起点でもある。

     前回7月中旬に訪れた時は地蔵平から毛出シ峠へと日影歩道を詰め.屏風岩山から南東尾根を下っている。
   歩道は丹沢では経路とも称され.丹波・泉水谷方面では管理道。奥多摩では単純に歩道.旧道と呼ばれている。
   過っての生活道.作業道にもなっていた。

     前回と同様,台地全体が見渡せる地蔵平手前の同じ場所に陣取り.昼食を摂っている。
   今回も妻の手弁当. 弁当箱には鮭の大きな切り身にトンカツ.卵とじと飾り.疲れた体に食欲を誘っていた。

     盛夏の風景から初秋の言葉を聞くとオブラードの如く.幾らか黄色み掛かった樹林が全体的に溶け込む風景になってきた。
   天空には赤トンボならぬトンボが群れをなし.やや風の流れを感じるとトンボに変わり.幾らか黄色みを帯びた広葉が以外と数多く舞い降りていた。

     二本杉峠から大杉歩道を経て地蔵平・・対岸にトトロの山
     権現歩道から大滝峠前・屏風岩山と二本杉峠