| 東日原バス停前広場の日原川対岸に聳える石尾根の北支尾根群.その1つ涸沢尾根を詰め榛ノ木尾根へ ・・日原を拠点に石尾根の支尾根Top 新緑のバス停前から最後に残された北尾根の涸沢尾根を詰め.六ッ石山に立つ。後半は榛ノ木尾根からイソツネ山南尾根を綴り梅久保地区へ 榛ノ木尾山・トオノクボから防火帯の榛ノ木尾根から小さな杉の小に寄り.イソツネ山南尾根から梅久保へ 2018年05月06日.松村 東日原から涸沢尾根を詰め雲取山石尾根に乗る・・岩場から植林満る尾根 六ッ石山を越え榛ノ木尾根から小森に寄りイソツネ山南尾根 東日原のバス停広場から南側を見上げると石尾根から3本の北支尾根が壁のように急角度で日原川の河原へ没している。 東寄りから樽沢尾根.西よりがネズミサス尾根.その間にあって岩峰をまとっているのが涸沢尾根.上部でネズミサス尾根を合わせている。 その北支尾根の中で.ただ1つ登らず残されていたのが涸沢尾根だった。 初めて登ったのが6年前の4月.ネズミサス尾根から涸沢尾根の上部を攻めている。昨年は春雪を求め鷹ノ巣尾根を登り.榧ノ木尾根を下る 積もりでいた。ただ早い融雪に残雪が乏しく.奥多摩湖への倉戸尾根を諦め樽沢尾根に変えている。 考えてみると日原川右岸沿いの各支尾根は上流側の高丸山ツバノ尾根から下流の三ノ木戸山十二天.見通尾根まで四季を通し通い続けている。 涸沢尾根はその最後に残された北支尾根にもなっている。 今回は新緑を求め岩稜の痩せた涸沢尾根から植林帯に入り.石尾根を北から南へ縦断する形で六ッ石山を経て榛ノ木尾根を下ることにした。 榛ノ木尾根の取付きには奥多摩石尾根.長沢脊稜.丹波と数多くある防火帯の中で.短いながら私が好む雰囲気を持つ防火帯の1つ。 春嵐の後の好天に恵まれ.奥多摩は26℃を超す夏日の予報がでていた。程よい心地よさに迎えられ.朝方の空は蒼さを増している。 東日原と樽沢・涸沢尾根の末端 東日原バス停前より.7:51尾根末端の急稜が幾らか緩んだ所に岩峰が聳えている. 5月06日(日)快晴後曇 jr御徒町4:49=4:55東京:59=5:55立川6:04=6:34青梅:35=7:18奥多摩.西東京バス:27=7:51東日原bs.620m. 連休最終日のせいか.jr青梅線の車内は幾らか目立つ。それでも路線バスの日原線の混雑ぶりは変わらず.満杯のハイカーで臨時便がでる。 わざわざ連休のラッシュ日と重なってしまったが.その時に合わせ臨機応変にコースを選ぶ積りでいる。 旧日原左岸道の桟橋.8:01昨年と同様に東日原バス停前の広場から軒下に掛かる路地で日原川に下り.左岸の下流方面に進んで日原橋を渡っている。 途中で舗装された車道と合わさり.そこを末端まで下って終い.旧日原道下に降りて突然.車道が幅広い間々途切れていた。 前回の下山路へと登り直し.少し面を食らっている。余り通らぬ小径を見付け.私道を1本横切り旧道にでる。 8:06無妙橋は改修された後.旧日原橋と同名に戻されている 日原橋を渡った対岸に.前回は気が付かなかったが名残りある丸いリス標識が.旧右岸道沿いに奇麗なまま残されていた。 そこから左に折れ下流側に進むこと数十m先.前回.樽沢尾根から直接下り立った地点にでる。更に約60mほど下流で旧日原道と分岐にでる。 右前方斜面の作業道に入る。更に本流の旧道を下流沿いに進めばセベ岩窪から倉沢の石灰採石場に至る。今は廃道化していた。 旧日原右岸道と樽沢古道との分岐.8:18 ![]() 植林帯を抜けた向かいが樽沢尾根の伐採地.8:31 旧日原右岸道と樽沢古道の分岐 旧分岐 右前方に回り込んで南東に高度を上げると樽沢古道との分岐にでる。右前方の大木の根元には黄色と赤色各2本のプラ杭があり.道標を兼ねている。 各杭には「カラサワ入口」と印字された白いテープが巻かれていた。左に直進すれば今は作業道になり.尾根の踏み跡にはモノレール軌道が通っている。 古道の樽沢道は旧日原道から石尾根.将門馬場へと辿り.六ッ石山を経て青梅街道水根と繋がれている。今の水源林巡視路. 分岐の右手に入れば旧日原道の右岸道を綴り涸沢尾根を越えている。そのまま日原川に遡れば鷹ノ巣谷出合にでる筈。 出合には昔.水車小屋があったとか。以前は中日原に架かる巳ノ戸橋の上流側に旧橋があり.巳ノ戸の集落とも結ばれていた。 今の左岸道は涸沢出合付近から崩落し.道形は消滅している。 旧日原右岸道 トラバースして右の樽沢尾根末端を乗り越す.8:34ブルーシートがある樽沢尾根の末端を乗っ越す。前回は将門馬場からここまで下りてきた。分岐に向かうと登山靴が隠れる深い枯葉に埋まり嫌う。 それではと谷側の末端は土壁に塞がれていたものの右に回り込み.そのまま河原へ直下した。落葉落しと共に滑るよう河原に降りている。 新たに右岸道を進むと樽沢尾根の山腹を巻き.確りした2段の石積みの間を通る。細かいガラ場を抜けている。 先には朽ちり崩壊した木橋に固定ロープがあり.更に荒れ気味で人の気配は薄く.伏流するカラ沢にでている。 ここには確りした2段の石積みが残されていた.8:36 崩壊した桟橋.8:41カラ沢 伏流したカラ沢を右岸道から見下ろす.8:47カラ沢右岸の作業道に入り.カラ沢を見下ろすと足元から沢底に下る薄い踏み跡が残されていた。 このルートは石コロ混ざりの土壁の急斜面.側壁を詰め尾根に乗っている。 私は少しカラ沢の右岸道に入る。確りした踏み跡が上流へ続き.深い落葉を踏むと程なく対岸に大きな露岩壁が現れた。 対岸の立木に赤テープのマーキングを見て.ここで流心のない河原を横切っている。 踏み跡は赤テープを追うよう大岩の下から涸沢尾根の東斜面を右手に斜上して尾根上に回り込んでいた。663m 伏流したカラ沢と左岸の大岩.8:49ここで伏流したラ沢を渡り.右に回り込み尾根へ斜上した。 涸沢尾根 670m圏.赤テープに導かれ尾根に乗る.8:55 最初の岩峰.9:04最初の露岩5mは斜面を登り左に回り込んでいる。岩上からは東日原の集落が広く開かれ見下ろされた。 足元から抉り落ちる岩峰に心地よい高度感を味わい.目先を近場の家並みに変えている。バス停からの道を追い展望を楽しむ。 東日原の集落 岩峰上より日原を見下ろす.9:08中央にコンクリートの立体駐車場が見下ろされる。その上を横切るのが日原街道。 街道沿いに左に目を移すと脚下駄のある赤い三角屋根の建物が見える。その表通り側になる斜め脇が東日原バス停のある小さく見える広場。 丁度今2番手の路線バスが停車して眺められる。入山はその広場脇の路地を下り抜け.右下の茂みにある日原橋に降りている。 下った中間地点で車道と合わさり.そのまま左下の下流側に回り込んで.中央下の車道終点にでてしまっている。 中央下に小さな2つのプレハブ小屋が見える。私道で繋ぎ.直ぐ右上の細道から日原橋に至る旧左岸道に登っていた。 中日原と東日原地区 奥側の日原・・向かいの背が横篶尾根末端台地中央奥は旧日原小学校.大きな青い建物が体育館. 屋根には「日原小」と記されている。カロー谷からの小川谷左岸中腹道の 取付きにもなっていた。右下の中央に当たる東日原バス停に駐車していた路線バスは既にjr奥多摩駅に戻り見えず。 トップの写真・・歩きだしのこれから挑む涸沢尾根の末端と岩峰の写真は.このバス停前の広場から撮影している。 日原川左岸の丘陵台地と上流の山々 集落の背は横篶尾根末端左上が巳ノ戸尾根・鷹ノ巣尾根.手前に重なるのが稲村岩尾根末端の稲村岩. 天祖山.タワ尾根. 鍾乳洞への日原街道は左の杉林と家並みの境を大きく左から右に回り込むのは中日原の家並み。 稲村岩尾根への登山口の道標があり.日原川巳ノ戸橋に降りている。 更に街道は山蔭で見えぬ裏側へと日原川沿いに入り込むと小川谷橋を渡り.日原林道を分ければ.終点鍾乳洞前で小川谷林道と繋がれている。 林道は東北大震災の影響を諸に受け.崩壊.崩落が激しく.人・車両の全てが通行止。起点にある隧道は今改修工事が行われている。 横篶尾根 尾根末端に繋がる日原の石灰採石場東日原の右より涸沢尾根の末端を望む。左側の麓が横篶尾根末端で裾野は日原の集落が広がりを見せている。 中央奥に頭を擡げているのが横篶山.右側が倉沢谷出合に没する倉沢見晴尾根。日原石灰採石場の下部には日原街道が通り. 日原トンネルを潜り抜けている。 再び尾根を詰める 第2岩場も左ノ側壁を巻く.9:13本尾根の難所.直登は危険でここも左を巻き.右上の凹状のガレた露岩の急斜面を三点確保で攀じ登っている。下にも巻道がある模様. 攀じった岩上から尾根筋を見下ろすと先の岩峰で塞がれ末端は望めず.遥か遠方の河原に日原街道が線を描き横切るのが眺められた。 上部岩峰前の右から東日原を見下ろす 尾根上に転がる伐採運搬用機材類.9:23次に現れた2度目の緩い岩峰を越えた広場には四方に木材運搬用の器材.滑車や過車が.立木には鋼材.鋼ロープが絡み散乱していた。 雑木絡む痩せ尾根 730m圏.岩峰帯を越えると痩せ尾根が暫く続く.9:28岩稜帯のポイントを過ぎると今度は痩せ尾根が続き.両岸は抉られるよう剥ぎ取られ.細かい起伏の細尾根が綴られていた。 落葉松等の根元には露岩した岩肌に絡み.剥き出しになった立木の根を幾つも足元に這いみられる。 又東日原バス停から見られたネズミサス尾根側の崩落した山肌は.ここから右手の樹間の切れ目から対岸として目立ち眺められていた。 左手を主に植林帯が広がる 1030m圏の支尾根の合流点.9:58尾根の分岐点 岩稜帯を抜け824mからは左が植林帯.右は落葉松林. 仰ぐと蒼空を背に.春先の若葉の色合いが瑞々しく. 一見して分かる居心地よい尾根にでる。1本取った後.傾斜が緩み.自然林から右側は更に落葉松の深い植林帯が広く開かれ. 尾根台地には広がりを見せていた。涸沢尾根の最大の支尾根を右後方から合わせるのはネズミサス沢左岸尾根。 2番目がそれと並行する右岸の支尾根になる。ここは1030m圏の支尾根の合流点. コブではなく.延びてきた同じ尾根幅で. 両方の尾根が合わさり.平坦近い斜面の大きな広がりを見せ.尾根筋はこの部分だけを見れば尾根上とは思えぬ不思議な地形になった。 支尾根を横切る形で右縁に入る踏み跡を登っている。 登り始めると左側には中木林の植林帯.右に青葉の茂る灌木を見定めるようなる。支尾根筋を越えると天空は明るさが増し. 陽光がこの台地に差し込んでいる。梢越えに右後方を眺めると如何にか望めた都界尾根の遠方の山並みは霞む。 又樹間絡みの隙間からはネズミサス尾根の末端部分が見下ろされた。 ネズミサス尾根の合流点.10:23ネズミサス尾根が右後方から競り上がるのが分かると尾根の合流点も近い。先程と同形の地形を示し.合流点には共に赤テープが 小枝に付けられている。尾根と思えぬ平坦な台地に「プロレット」の看板が落ちていた。再び尾根を横切り直進すれば尾根筋の右脇端に乗る。 以前ネズミサス尾根を詰めた時は合流点で左後方から大きな本尾根が合わさるのを見て.幾らか傾斜が緩み. そのまま登り詰めた記憶がある。共に合流点がコブでなかった部分が平坦な台地として.残されたと考えると判り易い。 下山の場合は樹林帯の中に入るため.その考慮が必要かも? 岩場は慎重さを持てば次元は異なるが大丈夫だろう。 石尾根鷹ノ巣山 合わさる尾根筋の右脇にでての石尾根と稲村岩尾根.11:52 若葉とブナの巨木林 1430m圏・・都水道局の石塔を初めて見る.11:57天祖山尾根と孫惣谷沿いの採石場 芋ノ木ドッケと水松山.滝谷ノ峰.11:58左上から手前に斜めに横切るのが稲村岩尾根. 右の下尾根は巳ノ戸尾根の八丁山. 右に寄る長沢脊稜 右奥が本仁田山? 12:06涸沢ノ頭 ![]() ロープを潜り大休止.頂で昼食.12:10〜:45 涸沢尾根・・尾根の前半は岩稜帯が際立ち.後半はネズミサス尾根と合わさると樹林の大らかさが目立つ尾根になった変化に富む北尾根だった。 涸沢ノ頭に立ち.東日原バス停を拠点にして.日原川右岸の名の知れた殆どの石尾根の各北支尾根は詰めたことになる。 2012年4月のネズミサス右岸尾根から始まり.重なる尾根や登降する尾根もあるが日原川右岸の石尾根.9本目の支尾根を綴る。 終える前はけじめ的な意味合いで望んだものの.形の上では何の意味もない自己満足だけだった。ただ又1つ異なる感じの北尾根を登っている。 涸沢ノ頭で大休止していると頂の南縁に登山道が綴られ.時折ハイカーが通り抜けている。ただ登山道が少し離れているため寄るハイカーはいなかった。 ここは石尾根の城山と将門馬場との間のコブ.小コブと云うより尖ッ突き。コブの北側はロープで囲まれ.東側の立木の下に私製の小さな道標があるにみ。 「(涸)1490m カラ沢ノ頭」とあり.又地面には古く錆びたトタンの道標が置かれ.「石尾根に六ッ石山方面→」と記されていた。高度計は1504mを示している。 凸凹の小さな頂.その座れそうな高みで昼食を摂っている。今日は妻の手作りの生姜弁当に茶. 質素な食事だが食欲もあり美味かった。 曇天に変わった空.薄日も途切れやや南風が出始め.ジャンバーを羽織る。 東日原から涸沢尾根を詰め雲取山石尾根に乗る・・岩場から植林満る尾根 榛ノ木尾根から小森に寄り.イソツネ山南尾根 |