| 白馬岳を北上・・砂礫から白馬大池を経てゴロ石帯を抜け栂池へ 三境.小蓮華岳から船越ノ頭.白馬大池―乗鞍岳からは雪田を横切り.天狗原の木道.更に山道を綴り栂池ビジターセンターへ ・・栂池ロープウェイ・ゴンドラリフトイブ・路線バスからjr白馬駅 再び猿倉から大雪渓を詰める 昔を想い白馬岳越えて北上し小蓮華岳へ 船越ノ頭から白馬大池を経て栂池ヒュッテ・・流動食 最後になった高戸川左岸尾根 小蓮華岳より.7:19白馬大池と船越ノ頭2612m 小蓮華岳より山上湖を望む.7:047:06小蓮華岳一7:49船越ノ頭一8:30白馬大池一9:08乗鞍岳一10:15天狗平一11:10栂池ビジターセンター. 小蓮華岳からは痩せ尾根の砂礫帯になり.稜線上の右上が船越ノ頭。その奥.湖畔から南側の尾根越えに乗鞍岳がある。 東方に越えれば栂池へ。第四紀中期から後期にかけて白馬大池火山で.堰き止められできたのが山上に残された白馬大池. 山上湖を囲む山々が正面に望まれ.左側に回り込みながら雷鳥坂の尾根斜面を下り湖畔に降りている。北岸に降り立つが ここから望むと湖畔の砂地が広く広がり驚かされている。背は雲被る雨飾山から焼山.火打山と妙高山。懐かしい響きの山々が続く。 もう半世紀前になるが妙高山.火打山を越え.白馬三山を北上し.この大池の湖畔でキャンプし蓮華温泉から糸魚川に下りている。 学生時代にサブとして同期鈴木と夏合宿女子パーティを引き連れていた。丁度松代地震が頻発していた頃で.山では幾つもの珍道中を起こしている。 懐かしさのあまり.その都度立ち止ることになるが時間を気にする必要はなかった。今日ばかりは一人旅.その一人を喜んでいる。 2750m圏峰 妙高連山と逆に望んだこともある高妻山.7:08船越ノ頭 2750m圏峰を越え.7:20大所川二俣に挟まれた山並・・船越ノ頭 背遠方は妙高連峰.7:28船越ノ頭の左肩から下る雷鳥坂を経て.白馬大池に下る 船越ノ頭 小さなコブ.7:49台湾人と中国人 船越ノ頭を越えたあたりから台湾組15.6名のグループが軽装で登って来た。昨夜は白馬大池山荘に泊まったのだろう。 単独で又2.3人のグループと何組かと出会っている。道を開けると「ありがとうございます!」.「おはようございます!」と 相手から声が掛かる。互い心地よい朝の挨拶ではなかろうか。まして擦れ違う初めてのグループだった。 中国人のグループとはアルプスで何度か出会っている。服装が雑と云うより.奇声を上げ我が物顔で他人を無視する姿勢を何度か見掛けていた。 目を合わせるどころか.登りで待つ人をも殆ど無視し.目が合っても奇声を張り上げる始末。その姿を比べ. 当たり前のことが.上品に見えるのは私だけだろうか? 大所川瀬戸川流域 谷間を越えた先が栂池高原になる.7:50雪倉山南山腹には蓮華へ下り鉱山道があり.降雨があれは出合の渡渉が問題になる。右前方に踏み込む径路がある。 今回は清水尾根を諦め.安全牌で降りれいる。本来なら下りに求めいてた径路になる。 大らかな這松帯に入った雷鳥坂 歩きながらここでアミノバイ5000を飲む.8:00 湖畔と白馬大池山荘2380m.8:31大池北西湖畔・・宿泊150名.テント30張.2食付¥10000. 幕営し2泊の野宿 学生時代に女子パーティのサブを担い.病み上がりの1年生が途中参加し崩れ.朝日岳を前にして諦め途中下山した。 ここ大池で幕営したが技術山行とうたい.何故か私は野宿をさせられている。それもシュラフだけを持ち.真夏でシュラフをクッションし寝ていた。 そして翌日の蓮華温泉でも先輩のワンマンは再び野宿へと導きだされていた。全員ではなくサブリーダーの務めとか? 指定された場所は藪蚊が多く寝る暇もないほど痒かった。2時間おきに体温を調べ提出したが.今思えばそのまま尽くしになっている。 山荘前の分岐を左に折れれば蓮華温泉へ。バス1時間でjr平岩駅にでられる。昔は蓮華温泉からバス停「七本かつら」まで歩き下山していた。 当時の記録を読むと第2次登山ブームに乗り.昭和40年までに路線バスはヒワ平から佐渡見平まで延長され.41年にはヤッケ平の手前600mの地点. 「七本かつら」.標高1500mまで延びている。現在は蓮華温泉まで路線バスは開通している。 交通の便がドンドンよくなった時代で.どの山小屋も巨大化し始めていた。今でも交通の便は進化している。 路線バスは少々小さくなるが東京から猿倉まで今年から直通便が始まり.年毎に何かが便利になっている。 石ゴロ伝えから一瞬の土道へ.8:36 湖畔の咲き終えたワタスゲ緩やかに延びる北方稜線の雪倉山と赤男山 乗鞍岳手前から見下ろす湖畔と山荘.8:52北アルプス最北端の風吹大池に次ぐ白馬大池。周囲1.094km.水深13.5mでコバルトブルーに輝く水面を持ち.湖畔には赤い屋根の山荘が建つ。 以前来た当時は登山ブームに乗り増築され.西欧風のカラフルな色彩の山小屋が建てられ始めた頃だった。 北アルプスの中でもロープウェイが整備され優雅な山域になっている。 山荘から湖畔沿いの登山道はゴロ石伝いに変わり.10年ほど前に読売新道を下った.赤牛岳からの大石伝いの道を想いだしていた。 石間の隙間が以外と広くその上.大石混ざりの這松帯を飛び移りつつ下っていた。今思えば距離は捗るも気を抜けぬ場所だった。 当時は風雨に晒され.本来の目的の1つだった鷲羽岳に登れず迂回し雨雲が切れるのを待っていた。・・鷲羽岳だけ今だ未踏. その後は我慢が実り今朝のような晴天の蒼空に恵まれえた。アルプスの中央.黒部湖・平へ下った日々をふと想い出していた。 船越ノ頭 乗鞍岳山頂より.9:08大きなケルンと三角点標石2436.7mがあり.9:08 湖畔からの登りで考えている。以前確か.白馬乗鞍岳へ大池からピストンしている。 昔のことは以外とよく覚えている筈が何か切っ掛けがないと記憶は薄く.飛んでしまっていることもある。 同じコースを歩むも想い出させず.長いゴロ石帯を歩んだ記憶はあるものの,この乗鞍岳だろうか? もう1つ記憶が定かでなかった。 白馬三山からの途中でピストンしたのは間違いない。地形図を見ると赤線が引かれ.小蓮華岳を下りていた。それでも記憶は薄い。 山荘の対岸の乗鞍岳に登っている筈だった。情けない話になってしまった。 写真で見る船越ノ頭の裏側.右肩から先程雷鳥坂を下り湖畔に降りた。湖畔を半周しゴロ石の登山道から乗鞍岳にでて1本取る。 乗鞍岳は白馬大池火山の一部で新潟県と長野県の県境尾根.2436.4m地点に三角点標石が設置され.大きなケルンが設けられていた。 昔もあったと思うも記憶はおぼろ。このケルンの日陰に座り1本取り.当時のことを考えるのを諦める。 遠望される船越ノ頭を再び眺めながらザックを漁り.本日のメーンデシュを摂ることにした。これで流動食もなくなった。 北海道産ペンプキンの冷たいスープをカップに移し.アンズのドライフルーツの一片を食べる。そしてゆっくり味わいながら蒼空に浮ぶ岳を望んでいた。 大らかな這松帯の尾根縁.9:092436.5m三角点標石の脇から急下降して雪田へ ここからは栂池までは初めてのコースになる。乗鞍岳を発った先で.栂池から登って来た初めての単独行者に出会っている。 尋ねると露岩帯は続き.東肩ヘチからゴロ石伝いに急下降し雪田を横切っている。 雪田からも急斜面のゴーロ帯が続くと云う。足に負担が掛からぬよう気を配い立ち向かうしかなかった。 乗鞍岳東面の雪田を横切る.9:38トンボ 雪田を横切る所で避暑に山へ登って来たトンボの群れを見る。言葉だけで伝えると優雅さが漂うトンボ達。 この小さな体は上昇気流に上手く乗る知恵を持っている。風が途切れるとトンボは私の周りに絡みつくよう寄ってきた。 そして風が流れるよう吹き上げると風に乗り.何処かへ舞い上がり消えてゆく。山麓から避暑地として登って来たトンボ. 優雅と云えば優雅。雪田や広い谷間の上流.水溜まりを求め.夏によく見る群。9時半になる。まだ雪表の2.3cm下は凍り付いている。 蹴っても硬い跳ね返り.融雪と氷化を繰り返してきた。危険はないが気を抜くと滑る。 更に続くゴロ石の急斜面.9:50乗鞍岳の東肩.2436.5m三角点標石の脇から再びゴロ石の急斜面を下り.次第に窪溝状が顕著になると飛び石伝いに渡る姿も. 大きな動作になった。下る対岸の台地に木道が横切る広い湿原が見下ろされた。そこまでは露岩混ざりの窪溝が続く。 結構窪溝のゴロ石帯を細かくジグザグに切り下った気がする。天狗原に降りて.下ってきた山腹を見上げると 登山道は一直線に延びている。忍者の如く飛び石伝いに楽に下ることが出来れば楽しかっただろう。 天狗原 木道がある高層湿原「天狗平」を見下ろす.9:52木道が続く手前の下の写真分岐が丁度木道が隠れる中央辺りにある。 木道沿いに左に折れれば風吹大池へ。右方に向かえば栂池へ。右上の池塘辺りが中ノ原。 天狗原 ゴロ谷から突然木道にでた分岐2200m.10:12振り返って左の木道は下ってきた白馬大池への道。直ぐ先でゴロ石の山道に突然変わっていた。 右手は風吹大池への木道で.蓮華温泉へとは別に来馬温泉に下る2つの尾根道があり.姫川を渡ればjr北小谷駅に至る。 私の背は栂池ビジターセンターへ下りる道。木道は中ノ原を過ぎると直ぐ山道に変わり樹林帯を大きくジグザグに切っていた。 中ノ原附近.10:16ここで高校生2人と出会う。観察用のクラブの制服を着ていたように思えた。 栂池までの距離を尋ねると50分.訂正して1時間半と訳の分からぬ言葉が返ってきた。如何下ったとしてももう近い。 スキー場は岩蕈山(いわたけやま) 右景・・樹林帯の途切れからの展望.10:36左の谷間を隔てれば栂池高原.右手の広いゲレンデ風景が八方尾根の裾野になる 木道は以外と短い凸凹の裸道に変り.途中から山道は少し荒れ気味になっていた。 栂池ロープウェイから登って来れば楽園であるのは違いないだろう。ただ初めて下ってきた者には以外と厳しい登山道に思える。 樹林の途切れた所で下界の展望が開かれた。 正面の岩岳山は手前が岩岳スカイアーク。山の裏側が白馬岩岳スキー場で.直線状の姫川沿いにjr白馬駅があるのが想像できる。 右手長い斜面が白馬八方尾根スキー場. 姫川を隔てた対岸が白馬ハイランドスノーパーク。冬期はスキー場だが新緑の季節には山菜を摘みながら歩める 信濃路自然歩を追い.下る栂池高原スキー場からの里道は.岩蕈山の左側の楠川谷を越えた尾根伝いになるのだろう。 左景・・10:46 最後は露岩は失われ.ゴロ石混ざりの山道から栂池平にでている.10:51栂池平 背は後立連峰.11:07栂池ヒュッテとビシジターセンター.栂池山荘。右奥に広がる湿原が「栂池自然園」。¥300. 歳と共に悪いことが続くと山への意欲が薄れ.このまま大雪渓を下ると2年連続して降りたことになり.後がなくなると 残念な考えが芽生え始めていた。2日目の未明.ガスが切れる蒼空を見上げては.雪渓ではなく昔の縦走路に足を踏み込んでみることにした。 そして改めてアルプスの人少ない山並に触れ.丸一日.食事を摂らず.少ない流動食を計算し心地よく栂池に下りられていた。 自分の持久力に関心させられた。一番心配したのが炎天下の水分の補給。休む都度必要と水分を口にしている。 ただ流動食だけの行動でガブ呑みし胃がもたれぬよう気を付けている。そして改めて体の基本を大切にすればもう少し登れる気を起こさせていた。 熱中症に1ケ月振りの山行.は負担が重すぎたのかも。肋骨の骨折は完治したと思われるが左手肘の痛みを庇った為か.却って暑くなると症状が現れた。 清水尾根は再び断念させられたがアルプスの大尾根を歩むにつれ.懐かしさと共に.少しづつ新たな楽しみが味わうようなった。 栂池ロープウェイ.¥1920. 自然園駅1829m.11:20=栂大門駅一栂の森駅.ゴンドラリフトイヴ.6名=12:00栂池高原駅839m・・平日は7時運行 一栂池高原bs¥560. 13:00=jr白馬.「あずさ26号」(¥5400+特急券¥2380=¥7780)14:37=18:34新宿 =都営大江戸線.都シルバーパス=新御徒町. 山道は車道に変わり栂池ヒュッテでソフトクリームを買い求め.食べ終える頃.栂池ロープウェイの乗り場.「自然園駅」に着く。 ロープウェイ内は慎ましいほどの長椅子に囲まれ.この小さな箱に71名もが乗車できると聞き.驚かされている。 婦人が声を出し指を指したのが大雪渓. 入山した谷間が細長く残雪を描きながら遠く小さく望まれた。朝方の出発地点が望まれている。 「栂大門駅」でゴンドラに乗り換えている。高度にしてこの辺までが中部山岳国立公園,第1種特別地域。 木洩れ日の未舗装の水平遊歩道を200mほど進み.「栂の森駅」からゴンドラで栂池高原スキー場を降りている。 結局最後もロープウェイで外人組と一緒に同乗することになった。彼女達とは大池山荘,乗鞍岳でも,どちらかが休んでいる所で擦れ違っている。 下山してから彼女が私に近ずき.バス停を教えて頂き驚かされた。何故と,彼女もそのことを察知した笑い顔,硬く握手して別れている。 リーダーが気を使ったのだろう。5人はバス代と変わらぬタクシーに乗車。彼から1時間待てば路線バスが来ると知らされる。 50年前になるが妙高山を越え.当時の終点小谷温泉から始発のオンボロバスに乗車して.今の白馬駅に降りている。 その下ってきた乗客0の路線バスを待ち.jr白馬駅にでていた。駅手前で八方バスターミナルにも寄っている。 昨年は豪雨の災難に遭い.ここから肋骨を折ったガタガタの体に耐え.高速バス道で新宿に戻っていた。 「あずさ26号」 栂池高原からの公共車両の便は悪い。案内所によるとjr白馬駅にでて高速バスか.小糸線からの「あずさ26号」。 或いは長野経由で新幹線がある。東京へは大糸線から直通の特急に初めて乗車した。白馬駅始発と聞かされていたが. 南大谷駅が特急の始発だった。南大谷駅はjr東日本とjr西日本の分岐点に当たり.「あずさ」の終着駅になっていた。 自由席でも十分席が取れるとのこと。駅前の蕎麦屋「橋詰」で7.3のやや硬めの蕎麦を食べている。腹ごしには丁度よかった。¥700 食事を3食抜き時間にして25時間.摂らなかったことになる。持参した半」流動食だけを通し下山し.安心したのか空腹感を感じていた。 列車の先頭は4両目から。松本駅までは単線の意味もあり.停車駅は信濃大町.穂高と少ないがスピードはローカル線並の鈍行だった。 数年前にオリンピク街道に新津邸にお邪魔した折.山ではなく里道を安雲沓掛駅から高瀬川左岸道を歩んでいる。 丁度田植えの時期に当たり.田園から見る沿線の山々が素晴らしかった。今は逆に車窓からその風景を望んでいた。 安雲追分で乗車.2つ目の駅・穂高駅付近で高瀬川が犀川と合流している。 今回は列車の車窓からの田園風景の眺め。山では呑まなかったウィスキーを片手に.里村の流れに浸りながらチビリチビリ呑んでいる。 又居眠りもしながらゆったりした時間の過ぎるのを追うのも久しぶり。 犀川 最近古い雑誌「山と仲間」1976年7月号を読み.「消えた(あずさ)川」のコラムがあった。 二俣と考えていたが高瀬川は犀川右俣の支流になる。小糸線が梓川の長い鉄橋を左岸に渡ると松本駅に着く。 その梓橋の川べりに大きく「犀川」と印されていた。著者が川を管理する豊科建設事務所に訪ね。 「梓川は俗称で正規の名前ではありません。行政上ではずっと犀川として処理されている」とのこと。左俣が犀川の本流になる。 上高地を取り囲む穂高の山々を源とし梓川と呼ばれ.梓川ダムに.松本平へ緩やかに流れる河川も当然のよう梓川と呼んでいる。 今回乗った特急の愛称も「あずさ26号」である。鉄橋も梓橋. 「代かき馬」と呼んでいたのが何時のまにか「しろうま→白馬→はくば」に なってしまった現実がある。上高地で賽川と呼んでもすっきりしないのは私だけではなかろう。 松本駅で前3両が追加接続され.車内販売が始まる。岡谷付近と甲府駅を過ぎて2度.降雨もないのに右前方に虹が架かるのを見ている。 この辺り沿線からが東京からの日帰り山行圏内。常連の山並が繋がり.笹子トンネルを潜ると本降りの雨に見舞われた。 東京に戻るも降り注ぎ.自宅まで傘を差している。 都の「シルバーバス」は有効期間が9月30日までだが5日前に¥1000で購入した。遅いながらも奥多摩や近郊の山々は. フリーになると購入する。今回初めて大江戸線の往復に利用し.又9月5日には10月以降の1年分を更新した。 地図.資料は前年のを使用.小蓮華岳方面は下調べなし・・地図と道標に導かれ下山。シリオブーツ.7/07日9167歩./08日23494歩 7/31.火星が大接近.火星(公転周期687日)と地球(公転周期365日)はそれぞれ異なる周期で太陽の周りを公転しており. 約2年2カ月の周期で接近.その中で南東方面に15年ぶりに地球に最も近づき.赤く大きく輝く火星を自宅の窓から肉眼でも観測できている。 前後数週間は接近した状況が続く。 再び猿倉から大雪渓を詰める 昔を想い白馬岳越え北上し小蓮華岳へ 船越ノ頭から白馬大池を経て流動食で栂池ヒュッテ.・・栂大門駅一栂の森駅.ゴンドラリフトイヴ一栂池高原bs=jr白馬. |