吉野矢ノ音からイタドリ沢ノ頭(虎枝沢ノ頭)に立ち.メガネを紛失し.竹ノ沢左岸尾根の下りを諦め林道から登山道.甲州古道と綴り.吉野からjr藤野駅へ

    2019年01月. 小仏bsから景信山水平古道を経て白沢峠.明王峠から奥高尾へ。矢ノ音・イタドリ沢ノ頭を越え奈良本林道と吉野・・jr藤野
    2020年10月. jr相模湖から小原宿を経て孫山東尾根・矢ノ音―イタドリ沢ノ頭から竹ノ沢右岸尾根を下り.中里の大日野原・小渕丘陵を越えjr藤野
           ・・この一年の間に全く変わった奈良本尾根の作業道. ハイキングコースへに変貌する。
    2022年02月. ヤゴ沢左岸尾根から逆沢林道.680m圏北尾根に乗り陣馬高尾縦走路―明王峠南西作業道から矢ノ音に立ち貝沢を下りjr藤野

   奥高尾の南面にひそむイタドリ沢ノ頭と植林された大沢ノ頭寒中の冬空を仰ぎながら吉野矢ノ音峠からイタドリ沢ノ頭で林道までは藪絡みの尾根。
      大沢ノ頭南尾根から南側の日差しを浴びながら奈良本林道を下り.甲州古道の吉野から湖畔道を歩む

    景信山西側水平古道から白沢峠
    堂所山分岐から明王峠南尾根を経て吉野矢ノ音越えの分岐
    奈良本尾根のイタドリ沢ノ頭.大沢ノ頭から甲府古道.吉野・・jr藤野駅・メガネ紛失

    奈良本尾根を西方へ
   長閑な明るい日差しを浴びる冬の里山.13:02

     丘のように明るい疎林の真っ平ら尾根に幅2mほどの山道が続く。雑木と土壌の柔らかさに居心地よさも加わり.歩は留め勝ちになる。
   先程の峠路から700mほどで消火用水のドラム缶が3つ並ぶ広場にでて.左前方からは林道に思える広い巻道を合わせていた。
   そこを綴る間もなく.右手に通行止めの横枝を見て.藪絡みの尾根筋に再び戻っている。巻道を分けると踏み跡には道標類はなかった。

   以外と多くなった大きな熊笹群と檜林の境.13:08

    奈良本尾根
     560m圏コブ手前で尾根筋の左側の広い巻道と右手に合わさる尾根筋の踏み跡を分けている。
   右の取付きには枝3本の判り易い通行止の印ではなく.枝束の絡みで積み重ねられ閉ざされていた。飽くまでも通さぬ気配を感じさせている。
   入り込めば懐かしく思われる踏み跡が続き.向かいに560m圏コブが聳え.アッという間に小コブにでている。

     コブの北側に踏み跡が降りている。小ザサが広がる雑木の美しい地形を抜け.路肩が土止めのジグザグ道を下れば左岸から吉野沢にでられる。
   栃谷川の上流側は吉野沢(枡口沢)と名を変えていた。栃谷川左岸の県道.落合栃谷線の行き止まりから450m下ると奈良子尾根の登山口にでる。

   562m点コブ
  閑散とし何もない小コブ.13:12

     下り返すと直ぐ562m点コブに立ち.赤帽白柱593番に赤柱と赤帽杭があり.脇の立木には赤テープが巻かれていた。
   展望はあるようでない。尾根伝いに下ると視界が広がり.直ぐ広い空地の分岐にでている。

     分からなかったがここから左側の広い巻道を横切り.尾根伝いに右の小寒沢を下る。そして右へ奈良本に向かえば浄光寺上の三差路にでる。
   駅へのアプローチとしては距離的には小寒沢から相模湖北岸小道を綴り.与瀬神社の参道に入る方が近い。

   吉野沢左岸への分岐より沢井川落合付近を見下ろす.13:15

     右尾根は沢井川に没する栃谷尾根末端と正面が一ノ尾根。背は権現山稜東方の山並だろう。
   右手足元下には樹間越しに栃谷川右岸の栃谷の集落が見下ろされている。

     主尾根の南側に広い巻道が斜めに交差した。北側端にある「保安林」の標柱脇から栃谷への下降路を分けている。
   吉野沢方面へ下る小径が綴られ.道標には「栃谷谷→陣馬ノ湯」とあり.矢ノ音に登る手前分岐にあった同じ道標「虎枝沢ノ頭・・」が立てられていた。

     尾根筋の南側にある広い巻き道との間の踏み跡を辿ればイタドリ沢ノ頭に至る。道標類はなく.この裏手に続く奈良本の尾根を最初は見落としている。
   左に幅広い道が斜めに交差していた。奈良本林道終点の分岐まで歩み可笑しいとここに戻っている。

    陣馬山
   同右方上は奈良子峠奈良子尾根.13:16

    奈良本林道終点
   林道終点510mの分岐から戻り尾根筋へ.13:19

     尾根筋の左手の広い巻道が終わり.正面の突き当りが奈良木林道の終点と繋がっている。林道を下れば湖畔の吉野神社脇に下れる。
   右後方への巻道は50mほど先で山道に変わっているとのこと。イタドリ沢ノ頭への尾根筋と思われるが50mほど戻った広場から尾根筋の山道に入る。
   今回はイタドリ沢ノ頭南尾根から大沢ノ頭東尾根を下り.この林道に合流してから相模湖吉野へ降りた。

    地図にない小コブ520mコブ
   栃谷への分岐からイタドリ沢ノ頭への主尾根へ.13:30

    イタドリ沢ノ頭へ
   頭が真近に望まれる.13:32

     地図にない小コブ510m圏コブから先.間の鞍部が奈良本峠でイタドリ沢ノ頭の僅か北東寄りにあり.北の栃谷と南の奈良本を結んでいる。
   左手の510m圏コブ南尾根は大沢の中間尾根で私が下山する大沢ノ頭南東尾根末端.林道の取付きに降りている。

   高度差のない尾根は綺麗に間伐された檜林.13:34

   檜林の樹冠は大方樹葉を落としている

     栃尾と奈良本を振り分ける幅広い道が斜めに交差.先の傍らに道標が立てられていた。ここが峠路として栃尾へ山道が降りている。
   ここが奈良本峠のようだ。標柱はない。依然と高低差の憶えぬまま.ほの暗い樹林帯を抜けると雑木覆うイタドリ沢ノ頭にでた。

   イタドリ沢ノ頭直ぐ手前で.13:35
    奈良本峠を過ぎ.直ぐ手前の地図にない小コブ付近で最後に望む展望・・熊倉山南西尾根と手前に重なる三国山字福尾根


    裏側の中里から見上げたイタドリ沢ノ頭
   中里の集落から西側にイタドリ沢ノ頭を見上げる・・2020.10.01/.13:55

     翌年10月には小原宿から大久保沢左岸尾根を詰め.ハイキングコースとして変貌したイタドリ沢ノ頭に再び訪れている。
   イタドリ沢ノ頭からは竹ノ沢右岸尾根に回り込み.沢井川中里に降りて.大日野原の広大な高台と集落遺跡へ。
   小渕丘陵からは第六天.小淵山.岩戸山と越え.jr藤野駅に周回した。その時の裏側から見たイタドリ沢ノ頭です。

    奥高尾南面にひそむ2等三角点峰・・イタドリ沢ノ頭
   吉野山,奈良本山・505.9m.13:36
    最後は上るともなくたどりつく台地の頂は疎らな雑木林をを背負っての2等三角点標石があるのみ。点名は「吉野駅」.駅とある?

   赤帽白柱と赤帽黒杭.見晴らしはない.14:01

    沢井川中里のルートを諦める。
     再びイタドリ沢ノ頭に立ち.これからが踏み跡のルートを取るがトラブルが発生.メガネのレンズが外れ地図が読めなくなった。
   予定では竹ノ沢右岸か.左岸尾根で中里小橋へ下り.大日野原から小渕丘陵に乗り.第六天・小渕山を経てあま通りを下る積もりでいた。

     右岸尾根ルートは確りした踏み跡があり赤テープのマーキングも整っている。ただヤラシの下降地点の地図が読めずに下れるだろうか?
   又左岸尾根は1本尾根で尾根に乗りさえすれば心配はないが.頂直下の急斜面からは真下に尾根が起きているようにも思え決断しかねていた。
   つい最近までは如何にで判断できただろうが今は諦めるしかなかった。200円均一のメガネは下山まで一応持ち帰り.新宿でビール缶と共に処分した。

    イタドリ沢ノ頭南尾根
   南尾根沿いには幾つもの山径あり.14:04

     イタドリ沢ノ頭から左に大きく回り込むと南尾根の東側に古い窪溝沿いのコースがある。
   間の高み沿いの踏み跡は更に西側の縁沿いに入り込むと真新しい立派な登山道に変わり綴られていた。

   左岸尾根らしき取付き.14:14

     尾根の合流点は分かりずらいが大沢ノ頭の手前の幅広い尾根の西尾根取付き地点には.大沢ノ頭手前の赤帽白柱と赤帽黒杭がセットで2本並んだ地点から
   西に尾根を見下ろすと赤テープが.以外と多く付けられていた。凄い急坂を下ると東からの作業道と合わせ.この先のピークでは北尾根に引き込まれるので注意。
   金比羅山には金比羅宮の石碑があり.中里小橋に下りられる竹ノ沢左岸尾根。又このルートは「管理者の入山禁止」とされ.最初から諦めていた。

   大沢ノ頭東尾根を下る.14:17

     イタドリ沢ノ頭南尾根を下り.考えてみれば大沢ノ頭415mの分岐から南西に延びる鉄塔尾根に入れたものの気落ちし.既に選択する気持ちを忘れていた。
   トラブルのショックが強すぎたようだ。安全をと大沢ノ頭分岐から「奈良本」への道標に導かれ.林道へと東尾根に足を向けている。

     大沢ノ頭から南西へ進み尾根伝いに巻き込めばjr八-上線の88号と87号鉄塔尾根に分かれ.
   下れば町道「吉野日野線」に共にぶち当たる。沢井隧道を抜ければ線路沿いにjr藤野駅にでられてもいた。

    大沢ノ頭東尾根の下端
   右下が奈良本林道.14:18

     大沢沿いに東尾根を下ると林道口にそのままでる。「←イタドリ沢ノ頭. 明王峠・陣馬山↑」の道標を見て.
   裏側には朽ちた「第53回夢国体」の標柱を見ている。340m. 林道を更に上流に向かえば直ぐ林道は右に急ターンしていた。
   林道は424m点を巻くと小寒沢(こかんざわ)から562m点の山道と合わさっている。

     新旧の2つの道標があり.舗装道を50mを北に50m行くと土道になり分岐にでている。先ほど林道終点から戻った地点。
   沢を渡ってそのまま沢沿いに入れば335mで二俣になり.中間尾根を詰めれば奈良本峠へ直登できるようだ。
   沢(大沢)を渡って右岸に取り付けば私が下って来た小尾根に乗る。私は右に折れ林道伝いに逆光の眩い陽に向えられ林道を下りた。

    奈良本林道
   林道にでて斜陽する光を真ともに受けている

   林道はこの先で.424m点コブを右に大きく回り込んでいる。その折.南側の山腹から見下ろされた展望。
     山梨源上野原地区・・旧秋山村の山並と丹沢の山.蛭ケ岳・檜洞丸・大室山

   丹沢山塊前衛
   右景・・14:24

    丹沢山塊前衛・・金剛山〜表道志の山並
     秋山川から藤野町名栗.鶴島・・烽火台のある鶴島御前山が望まれる。更に頂稜を綴れば沢名は桂川に変わり表道志の高柄山.倉岳山。
   背は丹沢山塊の丹沢山.蛭ケ岳.大室山に加入道山。その右手前が道志主稜の今倉山稜.その右に富嶽が頭をだしている。
   その右手前が高柄山などの表道志。

    神奈川県緑区の里と山
   左景
                                    林道の「火の用心」の看板より南面から西方方面を望む
      石老山〜鉢岡山.385m点〜金剛山
    石老山下の裾野.相模湖の境が勝瀬橋.手前北岸が藤野市吉野.対岸が日蓮になる。・・中央左の相模川左岸沿いが上野原に至る甲州街道。

   奈良本林道のゲートを振り返る.14:37

     ゲート手前の左脇に黄テープを見て.沢底へ下る明瞭な踏み跡がある。これは対岸の大沢ノ頭南尾根に取付ける踏み跡.
   尾根の乗り下れば甲州古道にでて白野に出られた筈。下る途中で思うも遅かった。

    子孫山ノ頭南尾根と相模湖湖々畔に突き出した嵐山
   パネルの並ぶ高台から見下ろす
    左手前にはjr八-上86号鉄塔.横切るのは中央高速道とjr中央東線

    424m点コブ
   左奥から下って来た浄光寺より.14:44

     ゲートを過ぎた林道は424mコブの頭を時計まわりに大きく右側に回り込んでいる。
   回り込んだ南面からは奈良本地区が見下ろされ.大きなパネルが4枚掲げられた「火の用心」の藤野消防署の看板が「一字」ずつ立てられていた。

     上2枚の写真はそこからの展望写真. 以前麓から.否や中央東線の北側車窓から見上げたことがあり.何度か看板のある景色に見覚えがある。
   今回は直ぐ下の浄光寺から逆にパネルの台地を見上げている。

     奈良本地区に入りると家屋が軒を並べT字路に突き当たる。左に立つ電柱の奥で.集落への入口とも云うべき所にでる。
   左角上の短い参道は祠に通じ.左角の道に折れれば廃寺の慶昌寺という廃寺に至る。三差路で石段を登りると水道施設と朽ちた木の社があり
   その裏手からの踏み跡は大沢ノ頭東西尾根み乗っているようだった。指導標に従い右折し下り坂へ。

    浄光寺地区
     後は下る車道に色々変わるも道伝いに下れば甲州街道にでている。
   左手に浄光寺の山門があり.長い墓地沿いを下っている。再び墓地の中にjr八王子.大月線鉄塔が建ち.相模湖を見下ろしていた。

     更に右手には奈良本園地休憩所(旧神奈川県立登山者休憩所)と謳う立派な施設があり.脇に朽ちかけた「第53回神奈川国体登山コース」の
   標柱があった。並ぶマレットゴルフ場を過ぎると中央高速道の相模湖入口の嵯峨橋を渡っている。道路伝いに下り.
   更に右に藤野消防署を見てから斜め向かいで.車修理工場に人影を見付け.jr藤野駅への道を聞き.洗顔をお願いした。

    小仏城山と嵐山北尾根
     右景・・吉野地区からの相模湖下流.14:49

    嵐山の右手が富士急のリゾウトプライジャーフォレスト(旧三井物産の相模湖ピクニックランド)・・昔オープンした頃.家族で2度ほど訪れている。

    中原地区,左手の風景
     孫山540.0m南尾根と峰山570mに挟まれた中央の山並は烽火台がよく見えそうな小仏城山。昔の北条氏の陣地.
   城山の正面から右斜めに下るのが城山西尾根の「東海自然歩道」. 末っ子が小学校年少の頃.妻と3人で相模湖に向い降りている。
   5月の連休で帰宅の車内はラッシュ並の凄い混雑になり.小さな息子を庇っていたことを想いだす。

     城山の左肩に渡る送電線は新多摩線67号鉄塔。小仏峠を越え越沢に下りる尾根に建つ。朝方はこの送電線を支える鉄塔の支尾根群を綴っていた。
   城山を越える南面には62号.61号鉄塔が建つ。右肩を横断するのがjrの高尾分線で.その裏側の今回の出発点.小仏のjr高尾変電所が出発点だった。

    相模湖北岸の丘陵・・孫山南尾根末端
   左景・・左を振り返り甲州街道吉野へ.14:50

     奥高尾東側の山並・・子孫山ノ頭の山々や遠く石老山を望む。
   孫山の右麓にjr相模湖駅がある。奥中央の窪みが今朝登り始めた境界尾根

    甲州古道
     小仏峠.相模湖.大月.笹子峠はと続く甲州古道(日本橋〜下諏訪間.45宿))で.相模と甲斐の国境にまたがる古道。
   小仏峠を起点に相州四ケ宿(小原宿.与野宿.吉野宿.関野宿)と上野原宿を結び.往時の面影が残されている甲州街道。

     吉野地区は湖畔の北岸を綴る本陣一軒.福本陣一軒に旅籠3軒と小さな宿場だった。「吉野宿ふじや」の向かいには江戸時代に計画された
   五層楼が明治9年に完成されたが明治29年12月の吉野大火で宿場全てが焼失した。蔵だけが残され焼失家屋135戸を失っている。

    以外と近くに望められた大室山
   街道手前.修理工場付近で.14:50
    北丹沢と阿夫利山を擁する秋山川右岸の山並

    西丹沢北側の大室山
   西方の藤野方面を望む.14:52
   正面は藤野中学校の裏山の150m台地に建つjr八王子.上野原線の鉄塔..

     高架の嵯峨橋を渡った中央高速道の右手に相模湖ICを見て.右下にはトンネルを潜ってきたjr中央東線を西詰口上から眺めている。
   過ぎれば相模湖の北岸に甲州街道が綴られる。中央の丘上にjr八ッ沢線21-2の鉄塔が建つ。その裏右奥がjr藤野駅

     林道から町道を下り.吉野を横切ると終わりに甲州街道にでて.ガソリンスタンドに突き当たる。右手前角が郵便局で.
   「陣馬山.明王峠」の道標があり.電柱には「ここは「吉野」とある。バス停は「吉野」で右折して街道をjr藤野駅へ歩む。

     街道の信号3つ目がjr藤野駅前になると修理工場で聞いている。道なりに下り.その後直ぐと思うも以外と
   2つ目の信号までが長かった。それでも遠望する山並に好機の目を向けている。沢井川吉野橋を渡る。

    甲州古道と吉野橋
     吉野宿と関野宿を結ぶ沢井川に架かる現在の吉野橋は小猿橋から4回も場所を移動して造られた。
   川面から19mの高さと急流で橋桁を立てることができず.両側からせり出した板木により架ける.大月の猿橋と似ていたので
   「小猿橋」とし.10年毎に板を葺き替え.20年毎に架け橋を変えている。

     下流側から「小猿橋」.「新小猿橋」.「新猿橋」が架け替えられ.現在の吉野橋は1番目と2番目の間に架けられた。
   費用も膨大で.更に迂回路としては「甲州道中枝わかれ道」が利用され.吉野宿から今下山してきた道を戻り.日野から御嶽神社にでて
   「あま通り」で小渕丘陵を横切り.関野宿と繋がれていた。その先.現在は湖の水面下になっている場所には.かって三軒の茶屋があったといわれている。

     国道20号線の日連入口手前の一理塚.関野にあった関野本陣跡. その先現在湖面下になっている場所には三軒茶屋があったと云われている。
   道路脇に「八ッ沢線21-1」鉄塔の藤野引き込み線を見れば3つ目の信号も近い。
   後に知ることだが吉野橋を渡ってから右手に藤野中学校を見て線路沿いに進む近道が車の往来も激しく勧められている。

    秋山川出合流域
   日連大橋北詰.甲州街道より.15:14

    日連大橋
     相模湖・桂川の日連大橋. その右上の秋山川上流に構えるのがが綱子川右岸尾根に聳える峰山570m.霞む背は袖平山。
   秋山川左岸の山並は表道志最南端の尾根になり.旧秋山村の山域になる。

     昨年1月には四方津から鳥沢に掛けての里山を綴り.2月から4月まで間に高柄山を横断し.御牧戸山北尾根から金剛山北東尾根を綴っている。
   又綱子川の両岸尾根を周遊し.舟久保から南側の藤野丘陵を横断していた。そして最後に渡ったのが目の前の日蓮大橋。
   街道との合流点が2つ目の信号にだった。当時は17時34分に藤野駅着く.今回は早々に15時17分に着いていた。

      jr藤野.中央本線普通15:43=16:02高尾.中央特快:05=16:51新宿・・直通列車・・日没16:55.相模湖駅
    山行を終えて
     今回の山行は景信山水平古道と小渕丘陵の横断がメーンで.入山してから後のルートを決めていた。
   小渕丘陵はメガネを紛失し諦めている。本来は小渕丘陵を越えjr藤野駅にでる予定でいた。沢井川の対岸に大日野原農業団地がある。
   「佐野川205」の電柱から左に入ると平坦地が続き.柵扉から入り日野原の道にぶつかっている。そこが後半のメーンになった筈。

     この大日野原は陣馬登山口バス停から右に陣馬ノ湯への道を分け.稔橋(みのり)を渡り坂道を登ると沢井川の広大な河川段丘上
   (比高30m)に平坦地が広がり.手前がケッサイコ.後方が大日野原で普通の畑や茶畑で農業振興地域の指定を受けた場所。
   今は人家がなく平安時代からの大日野原遺跡跡が残され,そのルートと合流し.左の小尾根の鞍部から尾根の左寄りに進んだ後.丘陵の第六天にでる。

     藤野町15名山の木柱がある小渕山に立ち.310m圏コブを急下降すると「あま通り」が通る小渕峠。ここを下ればと考えでいた。
   それがメガネを失い地図が読めず.jr八-上線の94号鉄塔.八ッ沢線の15号鉄塔から増殊寺を経て.里の甲州古道.旧関野宿から今の駅にでる。
   何時かチャンスがあればもう一度訪れてみたい気持ちを持っている。

    3人の年配者
     jr藤野駅前広場端から北側を望むと小渕丘陵の鷹取山から連なる細い山波に小渕山が望まれる。
   地元の老人が裏側に広い開拓地があり.今は数軒しか住んでいないとと言う。「藤野の北海道」と云われ.本来私はそこから駅を目指して.
   下山する予定だっと私は語る。「何もないのがよい!」と云うと笑っていた。

     又朝方小仏峠の登りで横浜の78歳のハイカーと擦れ違っていた。もう長くは歩めず.目覚めが早いので,3時間の山歩きが限界だと語っている。
   先に私もそのよう動けるだろうか? 奥高尾では散歩途中の老人に出会い.奈良本林道終点は抉れる形で終えていると注意を受けていた。
   今回は80を過ぎる年配者達に出会っている。

   今回の地形図
   地形図「与瀬」.山と高原「陣馬・高尾山」町営パンフレット.zzz97小川谷林道左岸側3.登山道明細図西編・・シリオブーツ.28777歩.19.1km
   ・・テレビで実験された100円均一の防寒中敷.2段構造の暖ソールを用意したが効果はあるものの靴底が狭い感じを受けていた。

   ポカリ500cc.紅茶テルモス.バナナ.オデン.カツとサラダサンド.リンゴ半分.大福2. スパッツ

     景信山西側水平古道から白沢峠
     堂所山分岐から明王峠南尾根を経て矢ノ音越の分岐
     奈良本尾根のイタドリ沢ノ頭.大沢ノ頭を越え林道から甲府古道.吉野.j・・r藤野駅.メガネ紛失