三戸山でて合わさる峰戸山弁当尾根を下り双耳峰の頭窓山をピストン。 570m圏の南尾根から大崩壊地にでて.左岸沿いの釜底から御伊勢山へ登り返し.丸っきり違った地形を持つ尾根を綴る。 蝉沢から赤杭尾根二又.三ノ戸山蝉沢左岸尾根 二又.南側の弁当尾根を下り双耳峰の頭窓山をピストンし大崩壊地へ 御伊勢山と419m点コブ脇の奥多摩線鉄塔尾根から八雲神社 弁当尾根 林相の境から南方へ踏み跡を下り登山道にでる.11:26 登山道と合流し.南東の主尾根伝いに下る.11:30 「古里駅」分岐を分けて直進.11:24右に折れればサス尾根から下端の青梅街道にある愛宕神社に降りられる。何時か下ねばと思うも気持ちのみ。 分岐から直進しjr川井駅へ最後まで登山道沿いに下れば配水所を過ぎ.山腹道を横切り.蟠竜院を経てjr川井駅にでられる。 私はその西側に並行する558m点南尾根を選び.里山の御伊勢山を訪れてから古里鉄塔群を綴り.下るする積もりでいる それが悩み迷いの末.1本手前の迷路の間違ったルートに入り込み.最後は目的の御伊勢山に立ち.如何にか納めとして山を下りることができた。 頭窓山への分岐 川井への登山道を左に分け頭窓山へ・・12:05に戻る北峰まではゆるやかな林相の境を登っている 頂稜を下る.11:41頭窓山北峰 頭窓山北峰? 11:44頭窓山は北峰と南峰の双耳峰で.この山は「妻戸山」.「頭窓山」とも表示され.「まず」とは「樹皮を結び合わせ. その上の茅などを乗せて.山から曳きおろすソリのようなもの」とある。三ノ戸山から頭窓山の一帯はかっては茅刈りの共有地で. 頭窓で茅を曳おろしていたことが山名の由来になったと云われている。 急斜面を下り返す灌木帯.11:48頭窓山 (670m)・・ここ南峰690mの取付きで戻っている.11:55南方向に向かい正しいのだが磁石だけの考えて.南峰を目の前にして勘違いし又もや戻っている。後に間違いなく。 頭窓山への分岐を振り返る.12:20分岐に戻り巻道を進み.右後方から頭窓山の稜と合わさった分岐 今日一番の長閑な尾根道.12:20踏み跡と合わさってからは歩き易い登山道に変わり.小コブを避け道筋が右に曲がる手前からは微かな踏み跡が右前方に延びている。 地形図のほぼ破線路通り間伐された枝が放置され.500m付近まで降りると右に窪地が現れ.その左側を下ってゆく。 左に墓地が現れシダ桜の西光院にでる。 570m圏?・・後に570m圏と知る ここで558m点(578m)とも思い.南尾根の下りに悩む。気圧の変化に高度計が狂い.微妙な高度差が更に558m点が何処だか悩まされている。 上から下りてくると570m圏と558m点は似たような地形が描かれ悩むことになる。又金山平とは何処だろう? 一本取り先を考える。ここは結果的には570m圏だった。 下る南尾根を間違えれば大崩壊地の中央にでて尾根は没することになる。558m点ならば大崩壊地の東縁を綴り. 御伊勢山を擁する尾根を下る筈だったった。主尾根と南尾根との角度が広すぎ.疑念を持ち続けている。丁寧に地形と尾根筋を観察し 2つの南尾根を頭に浮かべるも.高度差としては短く.まだ戻れる時間帯で余裕はあるのの.歯切れが悪く定かではなかった。 南尾根へ.570m圏の脇にある倒木 手の入る570m圏の赤帽黒杭を下る,13:00570m圏肩の南尾根を下降 下って直ぐ現れた倒木.13:00 細かい露岩が現れ急下降.13:06 尾根幅広く長閑な尾根にでて.13:17一時尾根筋は穏やかになり.この先は直ぐ急激に再び抉り落ちていた。ヤバイと戻ることを決意するも. 裾の鉄橋を渡る奥多摩線に.街道を走る車の騒音がはっきりと真近に響き.再び谷間に顔を向けている。 それもちょっと高度を下げただけで.谷間に入り込むと裾野の騒音は全く聞こえなくなった。不可思議に思う。 風はそれほど気に掛けることはなかったが南風が丁度に当たる斜面だったのだろうか? 大崩壊地北側縁の作業道にでる 大崩壊地北側縁.13:20長閑に見える尾根を振り返り見上げている。私の背は薄暗い。抉り落ちる大崩壊地と変わり.その境をなしている。 立派な林班界標板「27-3-2・27-3-11」が立ち.明るい台地の作業道に降りてきた。 歩かないかの作業道はこの後崖縁を綴り.沢を横切ると尾根は途切れる。 南尾根からのルート略図・・558m点で右側の破線路と合わさる ×は「立入禁止」のプレードあり.破線路は南東へ延び.奥多摩大橋よりに下りている。 左手が570m圏南尾根で大崩壊地に突き当たる。右尾根の558m点南尾根は御伊勢山を擁する尾根。 「立入禁止・3」は558m点南尾根の崩壊地東脇にある。「4」は崩壊地をでた山道にあった。崩壊地からの下降は不可能. 登り返し右隣りのの南尾根を目指し.御伊勢山の擁する尾根に回り込む。 大崩壊地の北側の高みより ![]() 「立入禁止・1」地点 今日初めて見る型の標杭 林班界標板の立つ.この一線を境に背は長くトラロープが張られ.抉り落ちた険悪たる闇の谷間へと入り込む。 「立入禁止」の古いプレートが裏返しに落ちていた。その脇に真新しい「29年度」と記された青いプラ杭を初めて1つ見付けている。 どう見ても作業道はありそうだ。崖縁の暗い闇の処が取付きで.確りした踏み跡が東寄りの沢の出合小屋まで続いていた。 崩壊地の上部ヘチを左(東)へ回り込む.13:26崩壊地の入口から小沢を越えコンクリートの物置小屋のような前を通り.右(北東)側に回り込む所で再び崩壊地に落ちる小沢を合わせていた。 ここで踏み跡は殆ど途切れる。薄い踏み跡はこの高みから窪地に向かい渡っているようだがロープが張られれいた。 そこには再び「立入禁止・2」の古いプレートが立木に掛けられていた。 崩壊地に入るなとの警告だろう。よく調べれば巻道があったかも? ただ薄い踏み跡はぬかるみでそこを横切っていた。 この踏み跡は水平から直下し崩壊地の最下部.下降地点まで続き途切れていた。滝上のような地形で.安全な場所まで戻るのみ。 中央に「立入禁止」のプレートあり.13:28小沢筋を囲むよう大きなすり鉢状の釜の中は薄暗く.茂みに隠され.底は見届けられなかった。 左岸沿いの崩壊地の中腹を回り込み.北側の細い縁に小さな起き上がりを見付け.そこを頼りに釜底に下りている。 釜底の下部 崩壊地とは見えぬ雑木茂る藪壺.13:405mほどの沢幅が崩落した釜底の出口. 抉り落ちた底に一本の立木がある。その直ぐ下には大きな落差を持ち. 深く抉れ落ちて.下部は確認できなかった。見えぬ先.滝か? 流心は細く浅いがひと雨降れば大滝が出現するのだろう。 ここから落ちる先は想像するのみ。確認する足場もなく上からの確認はは全く不可能だった。 見えぬ落ち口は絶望的で諦めも早い。這うよう沢底に口を当て.流水を口に含み一本取って.気を休め.一機に戻る。 蝉沢から赤杭尾根二又.三ノ戸山蝉沢左岸尾根 二又.南側の弁当尾根を下り双耳峰の頭窓山をピストンし大崩壊地へ 御伊勢山と419m点コブ脇の奥多摩線鉄塔尾根から八雲神社 |