蝉沢から赤杭尾根末端二又にある三ノ戸山を東側から南東へ折り返し.双耳峰の頭窓山から御伊勢山へと綴る ・・大丹波川流域Top

  涼を求め三ノ戸山蝉沢左岸尾根から南側の蝉沢左岸尾根に回り込み.双耳峰の頭窓山から崩落地を経て御伊勢山にでる。.古里八雲神社へ
     jr川井駅を起点に大まかな左回りの尾根筋を回り込み.570m圏南尾根を下り.崩壊地から御伊勢山へ出向 2020年08月02日.松村

    蝉沢から三ノ戸山蝉沢左岸尾根・・新秩父線36号鉄塔.古銭と黄金虫
    更に二又から弁当尾根を下り双耳峰の頭窓山をピストンし大崩壊地へ
    御伊勢山と419m点コブ脇の奥多摩線鉄塔尾根から八雲神社

     赤杭尾根の登山道から僅かに外れた所にある不遇の山. 三ノ戸山と頭窓山。その各々の支尾根を綴る。
   前回は赤杭山東尾根を末端まで下り.真名井沢右岸下流の越沢出合に下りている。この越沢から南側に突き上げているのが三ノ戸山。

     今回は三ノ戸山から南東に延びる大丹波川右岸の蝉沢と入屋ケ谷に挟まれた新秩父線36号鉄塔尾根を詰める尾根から取り付いた。
   下山は頭窓山から御伊勢山を越え.古里線の鉄塔尾根を下りている。ただルートは一度古里の大崩壊地を下り返し下山した。古里八雲神社.

    赤杭尾根末端
   逆川ノ丸.直ぐ南側の展望台より・・2010.04.18/11:32

     10年前に奥武蔵.名栗から白谷沢を詰め棒ノ嶺に立ち.春雪積もる黒岳を越え.奥多摩の岩茸石山から惣岳山神塚尾根を下る。その折に撮影.
   今回は蝉沢から蝉沢左岸尾根を詰め.三ノ戸山から北峰にバテイケーに綴り.裏側の南尾根から御伊勢山を越え川井へ下りている。

     中程の双耳山は川乗山から派生する赤杭尾根の下端に乗る頭窓山(ずまどやま)と北峰(右)。
   右手前にあるのが730m点コブセン沢左岸尾根で河原から競り上がり.右上に聳えるのが三ノ戸山(峰戸峰)。
   又.丹波川沿いの川井成木線を下ると多摩川沿いの国道411号線.川井にでる。

    新秩父線の35号鉄塔と蝉沢左岸尾根
   帰路・jr川井駅の階段踊り場から遠望.15:30
   朝方取付いた蝉沢で隔てられた2つの支尾根. 奥は蝉沢左岸尾根に建つ新秩父線36号鉄塔尾根

    8月2日(日).曇
       jr御徒町.¥1100. 5:20=5:28東京:32=6:18立川:21=7:25川井.

     梅雨前線が異常に長期間停滞したことで球磨川・筑後川や飛騨川・最上川では氾濫や土砂災害など大きな被害をもたらした。
   「令和2年7月豪雨」. この現象はインド洋の海面水温が平年より高いことから起因し.太平洋高気圧が北側ではなく.
   例年より南西に張り出し.梅雨前線の北上を抑えていた。

     日本列島に停滞しやすくなっているとみられ.30日に漸く九州・西日本は梅雨明けを迎え.東京は昨日明けた模様。
   東京は晴天に恵まれるものの奥多摩では一日中曇天の中だった。蒸す暑さは変わらず。

    蝉沢左岸尾根・・736m点コブと36号鉄塔
   標高286m点を過ぎ.都道の青い蝉沢橋から望む.7:43

     jr川井駅下車.何時ものようガードを潜り.青梅街道の大正橋を渡り右折し.再び高架橋を潜り都道の上成木川井線に入る。
   今回は蝉沢止まりで駅から短く.足慣らしを兼ね.路線バスを利用する必要もなかった。乗合バスは直ぐ通り過ぎている。

     途中で渓流釣りに挑む中年の単独者に出会っている。上流には国際ニジマス釣場があり.彼は下流で零釣りを短竿ですると云う。
   志すものは異なるも気持ちは同じ.一人がよいそうだ。「楽しんでください!」と互に励まし別れている。

    左岸尾根の下端
   蝉沢集落のすぐ裏に林道の支線が横切っている.7:45

     左手に蝉沢林道を分け.バス停「蝉沢」を過ぎると青く塗られた蝉沢橋を渡る。橋中央の高度点286mで高度計を合わせている。
   蝉沢左岸尾根の裏(北)側の鉄塔巡視路に入らず.この先の蒼い手摺のある階段から簡易舗装に入り.蝉沢の集落を抜けることにした。
   この道をそのまま直進し尾根に乗っている。山の身支度を整えている間に.先程の路線バスが戻ってきた。

   集落上部の林道から見下ろす.7:57

     集落を抜けて道が途切れると藪ポイ小道は入る。直ぐウェーブ上に記された黒線.蝉沢林道に突き当たっていた。
   右に折れ家屋の左脇の林道を綴り.蝉沢左岸尾根の下端山腹を回り込むと再び都道の上部に下り下りられる。

    蝉沢林道を横切る
   林道右脇が(291m)尾根の取付き.7:59

     左手の林道を進むと蝉沢を渡り.下流へ下れば先ほどのバス停.都道にでる。突き当りの左斜面から尾根に取り付いた。
   林道の両脇にコンクリート杭あり.入ると赤帽黒杭とテープがある。踏み跡を追い斜上すれば直ぐ尾根にでた。

    蝉沢左岸尾根
   杉の植林帯に踏み跡はあるものの余り歩かれていないようだ。

     尾根筋は蜘蛛の巣が多く幅を利かせている。足元を見るとオレンジ色ぽい体に7〜8cmもある大きな蜘蛛が大地を走り回っている。
   その数は多い。あるかないかよく見届けねば分らぬほど細い長い足を盛んに動かし.点々とせっかちに動き回っていた。蜘蛛だと思うが?
   張られた蜘蛛の巣とは関係ない虫かも知れぬが.足元には早足で動き回り.空間には巣が多く張りめぐらされている。

    「寛永通宝」
   偶然足元で見付けた古銭

     登山者のマーキング類は綺麗に切り落とされていた。営林署の印も殆ど見られず.尾根下部はすっきりした尾根。
   数ある蜘蛛を追っているうち.何だか分らぬがボロボロに赤く錆び崩れた小さな円形の金物.小銭らしきものを見付けている。
   親指大で.真中に四角く抜かれた穴がった。

    「寛永通宝」
     何気なくポケットに収め.帰宅してから調べると字は全く読み取れぬがやはり古銭らしい。アプリで調べると同じような代物が
   色々な錆び落としの薬品.酢等を付け加え.しつっこいほど何度も磨き直すと小銭は.はっきりした「寛永通宝」になるそうだ。
   映像を妻が見付け驚かされた。何となく手に取ったものは本物だった。

     形状は円形で中心部に正方形の穴が開けられ(円形方孔).表面には.「寛永通寳」の文字が上下右左の順に刻印されている。
   材質は銅製の他,鉄.精鉄.真鍮製のものがあった。裏面に波形「小」.「佐」.「長」と刻印されたものがが刻まれているものが4文。
   刻まれていないものが1文。大きなは2.2cmぐらいと当たっている。清代の中国でも日本から輸出し「寛永通宝」が流通していた時代がある。

     寛永13年5月5日.幕府は江戸において6月1日より「寛永通宝」を発行すると高札が立てられていた。
   本ものならばその当時から庶民はこの尾根道を通っていたことになり.古銭は約370年ぶりに人目に触れたことになる。

    鉄塔巡視路との合流点
   北側の斜面から登ってきた鉄塔巡視路と合わさる.8:11

     右手から入り込む北側の入屋ケ谷側から綴られた鉄塔巡視路は三ノ戸山南東尾根で合わさっている。
   この巡視路の取付きは南平バス停手前の釜飯「なかや」から左の簡易舗装に入り.鉄塔標柱から左の道を選び沢沿いに入る。
   道なりに更に進み2つの標柱を見て登山口にでる。ほぼ南方に向く斜面を登りながら.このモミの巨樹の根元ある510mで合わさっていた。

   モミの大樹の根元から確りした巡視路が綴られていた。

     南東面の樹林の切り開きから振り返ると登ってきた尾根を越え.対岸真向いに幾らか霞みを被る岩茸石山が見上げられた。
   輪光院ツガ尾根が骨太に裾を広げ.左に分けている支尾根が常雲寺沢左岸尾根。

   プラ階段が現れると36号鉄塔にでる.8:34

    新秩父線36号鉄塔
   基部より鉄塔の頭を仰ぐ.8:51

    黒山の常盤尾根と岩茸石山
   北東方の足元に大丹波の集落が見下ろされる

     右足元が登ってきた主尾根で正面下が巡視路を綴るルートの南平バス停付近。左に見下ろされるのが八桑の集落で.
   尾根末端を右斜上するのが対岸の常雲寺沢左岸尾根(岩茸岩山西尾根)。沢沿いに遡れば上成木に越える名坂峠にでる。

    沼沢尾根と市界尾根
   赤杭尾根から南東方面を望む鉄塔群

     手前の樹林の裏側には赤杭尾根に建つ35号鉄塔がある。大丹波川を越えて大きくの望めるのが沼沢尾根に建つ34号鉄塔。
   背の東南方には市界尾根の日の出山・御岳山の陵が連なりなり.高峰築瀬尾根に乗るのが新秩父線28号〜26号鉄塔群が眺められた。
   霞む左方の鉄塔は送電線新所沢線。共に五日市の逆川沿いにある新多摩変電所から送電されている送電線。

   先の37号鉄塔を示す.古い四角いプラ標柱「三七」が立つ.9:00
    この左にはプラ板階段を越えた上に薄れた三七号標柱と共に黒マジックで.重なりるよう手書きされていた。

    611m点コブ(601m)
   直ぐ頂にでて北西へ行くところ南西尾根へ?
    直上してコブに戻り.改めて北西の尾根を詰める.9:06〜9:30

    間違えて南東の尾根を探索
   何故か北西でなく.気儘に南東尾根を急下降.9:11

   蝉沢へもろに落ちる林相の境尾根.9:14

   (544m).明るい作業道分岐にでて戻っている.9:30

    再び現れた板状のプラ階段
   611m点コブから北西尾根に改めて登り返し736m点コブへ.9:33

     雑木から杉の植林帯に入る。右手から左へ大きく回り込み大木の混ざる中木帯の植林。
   上部670m圏にでると小木混ざりの中木林帯を抜けている。

   左の巻道からL字標柱に導かれ右の37号鉄塔尾根に乗る.9:56

    峰戸山東尾根(37号鉄塔尾根)
   この下には610m付近に37号鉄塔が建つ.10:06
    蝉沢左岸尾根と710m圏で合流.大らかに広がる尾根状の平坦な.高木帯にでる

     東尾根に乗り更に右後方の枝尾根から合わさるのが38号鉄塔尾根。この鉄塔先で送電線は真名井沢に架かり.
   真名井北稜下部の39号鉄塔に乗る。更に綴ると北稜から都県界尾根を越え.仙元尾根から秩父に抜けていた。
   途中の44号鉄塔は先月.大丹波川沿いの林道から詰めている。

     尾根の右手は樹林に閉ざされ.如何にか望められる真名井北稜は曇天と合わせ.おぼろにしか見通せず。
   真夏はやはり展望が乏しい。東京では昨日梅雨明けを迎えたものの.奥多摩地区では朝から曇天の空.その上南風。
   茹だる汗は留まることを知らず.体は蒸す湿気に侵されている。

    736m点コブ
   平坦なコブの西端が720m圏ピーク.10:31

     赤帽に「JPS」と記された所で一本取った。広い台地で丁度座るのによい倒木を探すも.数の割に見当たらず。
   よく手入れされていた。雑木側の展望も今一つ。静寂に満ちる贅沢さはあるものの.周りは重い雲に覆われていた。梅雨は明け前の
   連日の長雨で.台地はまだ水っ気を多く含んでいた。丁度座るのによい倒木を探し1本取りたいが適した高さがなく諦めている。

   尾根筋の右(北)側は雑木

    三ノ戸山への登り
   736m点を過ぎると少し荒れ気味の山径に.10:34
    尾根筋は一時植林帯の頭に入るも直ぐ雑木帯に変わっては戻っている。

   ツメ近くになると白帯の立木に黄色いプラ杭が現れる.10:40

   右手は越沢の源流地帯.10:46
    軽く鞍部を越える灌木帯に入り.尾根幅は広がりだす。

   ツメはアセビの森のような雰囲気に.10:47

    三ノ戸山の北側肩
   赤杭尾根を横切る.10:49
    赤杭山方面から登ってきた三ノ戸山を巻く登山道。

   この露岩上が三ノ戸山の頂.10:52
    直進し三ノ戸山の北斜面の露岩を右側から回り込むと直ぐ頂に立つ。

     三ノ戸山山頂(みのとやま)・峰戸山・809m
    
    集められて小石と標石.乗せられているのは読めなくなった山名板? とコガネ虫が脇に乗る・・10:55昼食11:25

     三ノ戸山は小さなコブの狭い頂は数人が集まれば溢れてしまうような頂だった。植林に囲まれ.西北面は雑木との絡める何もない頂だった。
   頂では昼食のカツサンドを摂っている。小石に座った向かいの白帯の立木に「二者分収育林地境界木」とあるのだけで.それだけが目立ってもいる。

     私の座る左脇の小石にはカブト虫を小さくしたような3cm強の虫君がいた。私の食事中.黄金虫は身動きせずジッーと我慢しているのか?
   体を休めている。死んでいるかもと.そっと触れるも動かずにいる。再び見た時は飛び去った後だった。
   如何なる気持ちでジッとしていたのだろうか?

    座った向かい北側の越沢の源流流域
   小さな小さな頂から

     前回は赤杭山東尾根を末端まで下り.越沢の右岸道から下山していた。その沢のツメにあたっている。
   越沢右岸道をたどり.500m付近から支尾根をジグザグに登ると三ノ戸山北西寄りの鞍部にでて踏み跡がある。

     蝉沢から三ノ戸山蝉沢左岸尾根・・新秩父線36号鉄塔.古銭と黄金虫
     更に二又から弁当尾根を下り双耳峰の頭窓山をピストンし大崩壊地へ
     御伊勢山と419m点コブ脇の奥多摩線鉄塔尾根から八雲神社