| 大日野原台地の遺跡と小渕丘陵・・jr藤野駅北面の絵地図 広大な大日野原(おびのっ原)の台地から藪絡む作業道を抜け小渕丘陵の八ッ沢線16号鉄塔を南下 イタドリ沢ノ頭から沢井川に下り.大日野原の大展望台地から第六天にでて.小渕丘陵の小渕山.岩戸山と旧ハイキングコースから直.jr藤野駅 相模湖小原の孫山東尾根から吉野矢ノ音越え イタドリ沢ノ頭と竹ノ沢右岸のヤラシ西尾根から中里 大日野原の台地と小渕丘陵を南下・・大日野原遺跡と藤野駅直下で右ストック.紛失 諏訪神社 神奈川の名木100選の中里の大エゾエノキ.13:52中里橋を渡った最初のT字路を右折して細道に入り.「藤野の北海道」と呼ばれる大日野原を目指した。 沢井川沿いの県道を更に下流へ下って行くと沢井隧道を潜り桂川沿いからjr藤野駅にでられる。 舗装された細道の車道を右(西方)へ折れると直ぐ右側にある蔵の裏側に諏訪神社の境内が広がっていた。 残る山越えの安全をお願いし.りに左に大きく回り込み.戻るよう登って行く。途中では中里の集落越しにイタドリ沢ノ頭が見上げられる。 道伝いに進むと自ずと 「大日野原農業団地」のゲートに至る。 イタドリ沢ノ頭 中里の集落を抜け.振り返り見上げると西面にイタドリ沢ノ頭を望む.13:55イタドリ沢ノ頭から延びる尾根は右脇の449m点コブを経て.足元の中里にコの字に下りている。 左手の竹ノ沢はイタドリ沢ノ頭に立ち.右岸尾根に回り込み降りてきた。 沢井川右岸の河岸段丘.大日野原 簡易道をつづらに登った「大日野原農業団地」の鹿柵ゲート.14:00小渕丘陵東縁を綴る広大な平坦台地(比高30m). ここを横切り.更に小渕丘陵に立ち南下して藤野へ抜けている。 おびのっ原(大日野原)の畑 河岸段丘から北方面.14:06まずは直進して.左奥に鷹取山を望む 大日野原 沢井川右岸の標高250〜280m・比高30mの河岸段丘には.広大な平坦地が見渡せる丘陵に乗る。 北側の小字名は「ケッサイコ」・手前の後方は「大日野原」と呼ばれ.「おびのっ原の畑(「藤野の北海道」の風景)として藤野市が紹介している。 今は人家はなく.畑・茶畑などの耕作地が広がり.以前は農業振興地域に指定され多くの人が従事していた。 約33ヘクタールの広がりをもつ台地には集落遺跡「大日野原遺跡」が展開する台地でもあり.縄文時代中・後期の土器・石器が数多く発掘されている。 縄文中後期の土器石器は保管状態が良く.国指定重要文化財に指定され.平安時代の住居跡も出土されている。 前回はここを目的に出掛けて来たものの.メガネが破損する不祥事で地図が読めなくなり.イタドリ沢ノ頭南尾根を下り諦めている。 今回この広大な大地に寝転び.展望を仰ぐことを目的に成し遂げている。それ以上に後日.壮大な「大日野原遺跡」があることを知らされた。 生藤山と陣馬山一ノ尾根(正面).栃谷尾根 北東方面.14:07河岸段丘には耕作地があるものの.今は住民もいず荒地が多い 大きく見える石老山 南東方面.相模川越えての里山.14:08間の東側にはイタドリ沢ノ頭が聳える。直ぐ下に記載. 先は藤野丘陵 西方端の十字路より畑脇から山道に入る.14:13東方.目の前に大きく聳えるのが今下って来たばかりのイタドリ沢ノ頭。柵手前の右脇の野原で大の字になり.ゆったり竹ノ沢右岸尾根の展望を追うため大休止した。 又展望を楽しんだ後は更に西方のこの鹿柵のL字に曲がる角から奥へ.小渕丘陵を目指す。 おびのっ原・・展望 十字路の右上の畑.中央からの大展望・・イタドリ沢ノ頭の西面 東北東方面・・十字路横の野原より.〜14:21中央の頂点が昼食を摂ったイタドリ沢ノ頭。谷間は竹ノ沢. 右岸尾根を綴り.左のコブの裏側からキレットを越え竹ノ沢を渡渉して.左岸から街道にでている。 左岸尾根には「金比羅宮」の石板が安置されているが管理され入山通行止。 イタドリ沢ノ頭竹ノ沢右岸尾根 左方アップ・・右下の末端に小中里橋が架かる先程下りてきた右岸尾根. 手前のコブがヤラシ400m圏. ここからは分らぬが以外と広い台地状の頂が奥深くにある。コブから高度差10m ほど下って.尾根の裏側から回り込むよう山腹を綴り.再び尾根に戻っている。中間の尾根は間違った460m圏の南西尾根。 相模川下流流域 南東方面・・津久井湖を取り囲む山並沢井川出合に架かる中央自動車道の高架橋の彼方に石老山や鉢岡山が望まれる。 左手奥は高尾山南山稜? 手前はイタドリ沢ノ頭南尾根で下端は町道.吉野日野線にぶつかり沢井川出合へ下りている。 小渕丘陵 藤野駅の北側に低い尾根が横たわっている。小渕丘陵で最高峰の鷹取山472.4mと低い。藤野町の藤野とは「この丘陵の東の)縁にある野」を 意味するとされ.小渕山やや麓の小渕地区の小渕とは「尾根の縁」の(尾縁)が転訛したものと云われている。 2020年10月. jr相模湖から小原宿を経て孫山東尾根・矢ノ音―イタドリ沢ノ頭から竹ノ沢右岸尾根を下り.中里の大日野原・小渕丘陵を越えjr藤野 2025年02月. 陣馬山原下bs.富士小屋山北尾根から陣馬山一ノ尾尾根590m圏北尾根を下り裏甲州街道.倉子峠.矢沢峠から鷹取山北尾根と藤野台からjr上野原 大日野原から西側の台地.小渕丘陵・・第六天へ 藪絡む小尾根から入山 フェンスのL字角から取付き小渕丘陵へ.14:35フェンスの扉を開閉し.獣柵が右に折れる角から獣柵から離れ.薄い踏み跡を追って枝の突き出す窪み状の台地へと 直進し.左の小尾根に乗っている。竹林混ざる少々荒れた絡みを持つ尾根を詰めると右手から大日野原からの踏み跡が合わさった。 先程分かれた作業道の尾根だろう。 ここから左に折れ.穏やかな尾根に変わっている。本来は再び扉を開閉し.獣柵沿いに進み. 正面に見える小尾根を右に回り込み小鞍部から尾根の作業道に乗り.小渕丘陵の第六天にでている。 第六天 先の鞍部が変形五差路.14:42右手から踏み跡が合わさる。人の手が入るも道標類は小渕丘陵にでるまでない。 jr藤野駅北側を取り囲む尾根・・藤野町の「藤野」とはこの尾根の「縁ある野を意味する」.尾縁から取ったもの。 ここから藤野丘陵を南下し.jr藤野駅北側のどてっぱらから下山した。 小渕丘陵を南下 主尾根に乗り.左に370m圏コブを巻くと長閑な尾根道に.14:43 下小渕への分岐.14:47右のコースは岩戸山への巻道.途中の鞍部に下小渕下へ下る巻道の分岐がある。又頂からも小渕への道を分けている。 ここから「←鷹取山・岩取山・藤野駅→」の道標は点々と綴られていた。私は右の巻道を避け.少し岩稜混ざりの2つの小コブを越え小渕山に立つ。 小渕山 15:03小広い平頂でナラ・ギクヌ林に囲まれ展望はない。下小渕に下る確りした登山道を合わせる台地。 シーズンオフに入ったのか? 擦れ違うハイカーとも擦れ違わぬ里山の静かなただずまいの山道を感じ取っている。 又.山名標の裏側からは八-上線96号鉄塔を通れば.小渕に下りられた。 藤野15名山の7番目にあたり.8番目が岩戸山。参考にトップは生藤山.茅丸.陣馬山.明王峠.矢ノ音.鷹取山(烽火台跡)で. ・・12鉢岡山(烽火台跡)・13が石老山.峰山.石砂山の順になる。峰山は一昨年.旧秋山村東端の尾根を順次歩き回り訪れている。 萩原山 2つ目の310m圏コブを登り返す.15:09何故だか分らぬが頂の南側角によく見るといびつな石祠が祀られていた。急坂を下って鞍部のあまどうりへ, あまどうり あまどうりについては「増珠寺の脇の沢に沿って登ると峠越しに旧沢井村に通じる古道があり. 地元住民の生活道として沢井村から上野原への往来などに使われていた。婚礼の花嫁がかどわされた悲しい伝説から あま通りと呼ぶ」という伝説が残っている。・・「新バリエーションハイキング」松浦本. 又この道は相模と甲斐の境にある沢井川に架かる小猿橋の替えの時に使われた「甲州道の中枝わかれ道」で. 吉野宿と関野宿を結び.小渕丘陵を横切り増珠寺へ下るよい道だといわれている。 朝方から曇天の重い空に覆われていた。丘陵を綴ってからまだ展望には恵まれぬが.満る樹林に黄昏は更増し 薄暗さが低山の深みを誘っている。予定ではこの辺から里に降りる予定をしていた。一度.増珠寺への山道へ下り掛けたが戻っている。 まだ3時と思い.小渕山から旧小渕峠を越え.もう1つ.岩戸山を越えて小渕峠にでて.下小渕へ下ることにした。 小渕丘陵に建つjr八-上線93号鉄塔が尾根を横切る.15:24桂川の左岸を並行していたjr八-上線と八ッ沢線は小渕丘陵に入り.jr八-上線だけが小渕峠の先で丘陵を越え. 相模湖の北岸を進んでいる。東電の八ッ沢線は桂川の対岸に渡り.相模湖の南岸に連なる送電線。 岩戸山 岩戸山(高度389m→377mへ).15:36〜46小高い整地されたような小平頂でベンチがあり.樹林の小さな切れ目の一部から南南西方面だけが一部分開かれている。 左肩は山頂に並ぶ八ッ沢線16号鉄塔の頭。足元には台座に乗る日本道路公団設置の三角点「日道公」と刻まれた標石がある。 日没までまだ2時間近くあるものの今にも雨が落ちそうな薄暗さが朝方から続いている。もう里に出なければ。 頂には「藤野駅25分」の道標が立てられていた。コースは示されていぬがホッとすると同時.大休止を取っている。 山頂からの展望.ぎりぎりの範囲をアップ前道志最東端の旧秋山村の山並を越え.奥に広がると境界山稜・奥道志の山々。更に丹沢山系の山並を一望。 東電の八ッ沢線16号鉄塔基部 ![]() 下る鉄塔巡視路 鉄塔基部より見上げる暗い空.15:48 岩戸山から下りだして直ぐ.右手に16号鉄塔への巡視路が合わさる。「巡視路→」とあるだけの簡単な案内板。 里まで下れるのかと辿るも基部まで。基部から空を仰ぐも周りは更に暗さを増し.基部角から下る踏み跡はあるのか.ないのかよく判らず。 綴られていたとしても暗すぎて降りえぬだろう。まして道標にしても登山道には見えぬ行き止りのようだ。 戻り.東電の八ッ沢線鉄塔基部にでると今までない展望が開かれた。 八ッ沢線 東電の八ッ沢線は昭和32年に開設されている。上野原市鶴川出合付近にあり.JRの車窓からも見える八ッ沢発電所から 橋本変電所を結ぶ66KVの送電線。八ッ沢発電所は明治45年7月に運用を始め.府中開閉所とを結ぶ古くからある55KVの4回線の送電線。 その後.淀橋変電所まで2回線で併用されている。上調整池式発電施設としては日本初の発電所で.国の重要文化財に指定されている。 jr中央東線沿いに綴られた水力利用の送電線で.桂川沿いを東進し.小渕丘陵との間を抜け.日連から相模湖の南岸に渡.津久井湖付近では 城山を避けるよう橋本変電所と結ばれている。そして奥入多摩方面や港北方面に送電されていた。接線は駒橋線と道志川線.城山線. 藤野丘陵 17号鉄塔より相模湖の対岸.15:55開かれた鉄塔台地にでる。朧に霞みだすも明るさは一段と増している。 桂川が相模川と名を改めて間もない相模湖南岸にあるひと群れの山々。里の相模川対岸は日連(ひつれ)地区になる。 左上は石老山. 正面の藤野丘陵には鉢岡山.金剛山(日連).京塚山(石山).金剛山(名倉)と標高500mに満たない藤野15山の里山が連なり. 右奥は石砂山(いしざれさん)か? 今日は大日野原の草付きと.ここ17号鉄塔の広大な展望が見納めになる。 薄暗い小渕峠? ![]() 鞍部分岐・・16:00 次に岩戸山から下り樹林が影を落とす薄く暗い闇の鞍部にでる。17号・18号鉄塔との間に間道が横切り. 道標・標柱と看板類が多くある。左脇のL字プラ標柱には「←91号・92号↑」とあり.巡視路は県道552号線の沢井隧道先.80mに下りている。 ただ下るべき右(南)側の道標は見付けられなかった。 右手にある「パノラマコース」の看板は裏側を向き立ち.小沢沿いに浅い踏み跡があることから昔の山道か? 岩戸山には確りした道標で示されていた。この先はベンチやテーブルが点在する尾根上の巡視路にがある。 9号鉄塔まで「パノラマコース」の中心部になっているようだった。この先進めば登山道は藤野神社へと降りるのだろう。 この窪んだ台地から小沢沿いの薄い踏み跡を下ってみることにした。そして大変な災難を生むことになる。 後に調べたウェーブ上の地図では南面の中央自動車道との間には藤野神社へのコースを含め複雑に絡む破線路が記されている。 一番西側の破線路は17号鉄塔と18号鉄塔の間を抜ける破線路が沢沿いに描かれ.又中央自動車道のトンネルがある。 それ以外に中央自動車道に沿い北側にピッタリと黒線が長く記されている。 この網のような複雑さは中央自動車道沿いにある「小字渕ふれあいの森」の中にある「ふれあいのコース」だと後に知った。 平成24年12月以降.3の団体が主体になって「ふれあいのコース」を中心に草刈りなど行って再整備を進めているが 長い間放置されて廃道に近い。それにしても山頂の道標は確りし過ぎるほど明瞭な道標だった。 ただ短いながら沢筋そのものが山道になしてをり.雨天の場合は悲惨な状況に陥るだろう。他を下るにはその先は19号鉄塔を過ぎ. 右下に藤野駅への山道が綴られている。分岐から左上は藤野坂を横切り.藤野神社にでる。 藪絡む「ふれあいのコース」 南側の間道を下る.16:06右に折れ谷間に向い下る沢沿いに流心はない。沢底がそのまま山道になってをり.故道に迷う恐れはなかった。沢筋を離れると 中央自動車道が横切るのを真近にして.自動車道沿いに左に回り込む。ここにはガレ落ち防止のガードレールが付けられている。 駅前北面の明るい小さなススキの斜面に出て横切る.16:07 問題を起こした腰下のススタケの斜面.16:244m四方の範囲にある筈だが? 右ストック紛失 短い範囲だが深いススタケで足場が分らず。段違いの足元にストックを突きながら横切り滑り転ぶ。少し仰向けに頭が下になった状態で. 右のポケットに入れておいた柑橘の実が3つほどこぼれ出し.押し込んだ。その動作が悪かったのか? ストックが手を離れ.1本不明に。 笹薮の中.数mの距離だが何処に行ったのか.探すも分からず。見える範囲の恐らく狭い2m範囲にストックはある筈だが分らず。 夕暮れの薄暗くなる中.褪せるのみ。笹の上にストックを乗せ.感じを覚えるも分かりずらく.残る1本はザックと共に別の所に置いている。 斜めに刺さると分かりずらいストック。膝を着け探るも分らなくなる。日没を気にし笹を潰しては掘り起こし.30分ほど探すも見付けられず。 一度休み.探す見た目を変えようと試み.再び探すも.ある筈の所にあるも分からない。.目の前の手の届く筈の狭い範囲にあるのだが諦めざる得なかった。 そこが葦場だったため気を付けず手を離したのが悪かった。3m四方の葦の中が分らなくなりストック1本を紛失した。 情けないやら馬鹿らしいが見つからず.ないものはない。葦の中にあるも諦めるしかなかった。 中央自動車道の車道縁に降りる.16:37中央自動車道が横切り如何に抜けられるか不安が募る中.墓地を見下ろしひと安心。周りを探ること数分で. 「相模湖10」のトンネルを右端に見付け潜っている。左脇の縁沿いが地形図の黒線と云えば道路とも思えるのだが。 相模川を隔ててた三角点峰374.4mと423m点峰 今度はjr中央本線のjr藤野駅ホームにジャスト突き当たる.16:40・・伐採から植林と壊れる自然と見栄えの良い登山道 トンネルを抜け次に現れたのは段違いの下方空地 .jr藤野駅上り線ホーム・路線が先を塞ぎ.この草付きの斜面にも墓地を見付けている。 この段は確りした歩道が綴られ.左手に何軒もの軒並べる住宅地を見下ろしている。進むもその先は確りした柵で塞がれていた。 灯りの点いている玄関で問うしかなく.尋ねるも以外な返事が返ってきた。反対側へ出向くには墓地の更に先に抜けられるトンネルがあると云う。 礼を述べ別れるが玄関は裏庭先だったのだろう。 そんな筈はないと呟きながら駅ホームを遠巻きし.トンネルから無事藤野駅にでている。 16:54jr藤野17:30=17:53高尾:45=立川.特快18:08=18:35大江戸線西新宿・・日没17:15.藤野駅. 改札口で入線している電車を見るも擦れ違いガッカリ.最後も付いていなかった。観光協会に寄り.駅前のコンビニは定休日でビールもを我慢。 又駅の左脇には国道に出なくとも.手前の線路沿いの近道から藤野中学校まで行ける道標「沢井・陣馬山」を見付けている。 イタドリ沢ノ頭から林道に下りた時は分からず街道を歩んでいた。 今回の地形図 地形図「与瀬」.高尾山登山道明細図.20201012沢井川両岸.zzz193小渕丘陵・・シリオブーツ.29471歩 麦茶・水500cc.コーヒー150cc.小豆.ネーブル.弁当.大福.バナナ. アイゼンはゴムが破損・ヤマプライニング.Gripwell.カーボン黒のストック1本を紛失 10/18・・感関東地方は前線の影響を受け「初冠雪」が観測される。甲斐駒ケ岳.浅間山.武尊山.男体山 相模湖小原の孫山東尾根から吉野矢ノ音越え イタドリ沢ノ頭と竹ノ沢右岸.のラシ西尾根.中里 大日野原の台地と小渕丘陵を南下・・大日野原遺跡.藤野駅直下でストック紛失 |